碧武選抜戦②
翌日、午前9時半、第一試合開始30分前、アリーナの大画面に対戦する人間の名前と顔が表示された。
第一試合は、九州校・本郷義明。相手は、東北北海併合校・須崎大悟。
「いきなり閃光の伯爵とか」とロン、準一は観客席隣、手すりを握り驚いている本郷を見る。
「大丈夫か? 義明」準一が聞き、肩に手を乗せると「ああ」と返事を返す。
「大丈夫だ。朝倉、俺頑張る」
「おう。行って来い」
準一は本郷の頭に手を置き、言う。本郷は格納庫へ向かう為、直通エレベータに乗る。
「勝てると思うか?」
ロンが聞くと、準一は首を横に振る。「無理だ。奇跡でも起きない限り」
「機体性能じゃない、パイロットの腕が違い過ぎる」
そうか、とロンは席に座る。準一も座る。
すると、女子組、代理が合流。
時間まで、会話をし、アリーナのベクターを上げるエレベータが上がり、シエル、スティラが姿を現し、観客席は沸く。
『それでは、選抜戦第一試合、開始!』
シエル、スティラは互いに後ろへ下がり、射撃武装を構えた。
開始のサイレンよりも、それは早かった。
シエルの右腕に装備された180mm砲。その砲口はスティラに向けられ、砲弾が発射される。
スティラは滑るようにジグザグ機動で後ろに下がりながら、マシンガンを撃つが、弾丸はシエル左腕の円形シールドに防がれる。
「くそッ」
歯軋りし、本郷は焦る。
自分のスティラは動き回っているが、スティラはほぼ動かず、砲だけを動かし、的確に狙撃してきている。
「流石に動きが良い」と須崎は、サブモニターの残弾を見る。残り2発。
目を細め、スティラを見ると、機体を止め、追撃を中止。
マシンガンを構え、スティラも止まり「何だ」と本郷は疑う。
すると、シエルは右腕の180mm砲の弾倉に左手を当て、抜けない、と言いたげな仕草をする。
乗って来い。
須崎は呟く。
乗るな。誘いだ。
本郷は考える。
だが、仮に誘いでないとすれば? 本郷は目だけを、透明隔壁の降りた観客席の準一に向ける。
誘いだ。
180mmの残弾は2発ある。とスティラを見る準一は心中で言う。
しかし、本郷は目を瞑り、意を決し、スティラにブレードを握らせ、ユニットを全開にさせ跳躍。
「乗って来たか!」須崎は機体を前に跳躍させ、シールド内から伸縮刀身のブレードを取り出し、スティラに振るう。
距離が詰まっており、シエルの方が振るいが早かった為、誰もがスティラの敗北を感じたが、スティラは紙一重でしゃがみ、回避しており、須崎を含む大半の人間は驚いた。
もらった。
本郷は言うと、ブレードを振り上げる。が、閃光の伯爵は伊達ではない。ユニットを上に向け、脚を振り上げ、スティラの顎を蹴る。
コクピット内で衝撃に揺られ、本郷はモニターを見る。
砲口が向いている。
まずい。
だが、回避は間に合わず、砲弾はスティラに直撃。
爆発の中からスティラが飛び出し、転がる。
本郷は起き上がらせようとするが、2発目を肩部に喰らう。
ダメージレベル上昇。
とどめ、と言わんばかりにシエルはブレードをスティラに振り下ろし、サイレンが鳴る。
『第一試合・須崎大悟勝利!』
「兄さん兄さん」
「どうしたカノン?」
隣のカノンが袖を引っ張り聞くので、準一は顔を向ける。「何であの人は閃光の伯爵なんですか?」
「白いからだろ? あのシエルが」
「ああ」とカノンはまじまじとシエルを見る。
よく見ると、トールギスと似ている。円形シールド。頭部中央には赤いライン。意識したであろう180mm砲。
「閃光の伯爵ですね」
「機体はな」
準一は付け加え、エレベーターで降ろされるスティラを見る。
恐らく、コクピット内では本郷が悔しがっているであろう。とそう考え、ため息を吐いた。
「戦ってみてどうだった?」と格納庫内。スティラ前で意気消沈する本郷に声を掛けたのは代理だ。
「見ての通り」本郷は、乾いた笑いを向ける。「完敗です」
「完敗だね。確かに」
代理が言うと、本郷は大きくため息を吐く。「すいません。初っ端から」
「ううん。君は頑張ったよ。本当に」と代理は言うと、後ろを見る。「でも、これはあたしの役目じゃないから」
本郷も、代理と同じ方を見る。すると、制服姿の朝倉準一が歩いて来ている。
「じゃ、任せたよ」
「ええ」準一は答え、本郷の前に立つ。「お疲れ様」
「ああ。疲れた」本郷は同じく、乾いた笑いを向ける。「悪い、朝倉」
「いいさ。だが、驚いた。誘いに乗ったかと思ったぞ」
先の戦い、あからさまな誘い。
「あからさまだったが、誘いじゃない可能性もあった。だが、誘いの可能性の方が遥かに大きかったからな」
「そしてあの紙一重での回避か」
「ああ。負けたがな」
「いいや、あそこまでやれて十分、とはいかないが、相手が悪かった」
この様に、はっきりと言われて、本郷は転入してすぐの準一との一騎打ち後を思い出す。
前も準一は同じようにはっきり言った。
まぁ、気を遣ってくれなくて逆に嬉しいのだが。
「猪突猛進に似た戦法がお前かと思ったが、義明。安心しろ」準一は笑みを向ける。「仇は俺が取る」
力強い、信用に足る言葉。
「ああ。任せる。頑張ってくれよ」
「おう。当たるかどうか分かんねえけど」
そうだな。と本郷は準一の手を握る。ごく自然に。
「離せよ」
「優しい言葉を掛けなかったんだ。これくらいいいだろ? 観客席までコレな」
あっははは。と準一は苦笑いを浮かべた。
「参ったなー。現実でホモは初めてだ」と観客席に戻って来た2人、手を繋ぐ準一、本郷を見て綾乃は困った顔を浮かべる。
若干、引いてる。
「頼む綾乃。引かないでくれ」
「否定する事実は何もないだろう? 俺達の関係は見ての通りだ」と本郷はドヤ顔。
準一は手を離し「このヤロー」と本郷の頬を抓り、引っ張る。
「やっぱ、兄貴って男色?」引く結衣。
「いや、アリだな」としみじみとした顔を浮かべるテトラ。
カノンは無言でため息を吐いている。
「さて、皆」と代理が手を叩く。「第二試合注目だよ?」
第二試合? 準一達はパネルを見る。関東校・五傳木千尋、相手は四国校生徒。
千尋か、と準一は小さく呟く。聞こえたのは、隣に立ったカノンだけ。
「何だか、大物が序盤から出て来てますね」
カノンが言うと、準一は頷く。「閃光の伯爵に続いて、赤い彗星。須崎先輩に千尋」
「次は誰だろうな?」
「見当もつきませんよ。もしかしたら、兄さんかも知れませんよ?」
勘弁、と準一、カノンが観客席に腰を下ろすと、結衣が不満げに頬を膨らませる。
「何か兄貴とカノン近くない?」
「え? 私と兄さんはいつもと同じだよ?」
結衣は、大きくため息を吐く。
カノンは兄の魔術師関係、戦闘関係で大きく関わっている。
自分とは違う。
別に、そんな事は無いのだろうが、結衣は疎外感を覚え、無言で席に座る。
他の皆も座り、数十分後、エレベーターが上がり、2機のベクターが目に入る。
スタンダートな椿姫。
そして、カスタマイズされた篤姫。カラーリングは赤。
赤い彗星の機体だ。背中には、新型ユニットを背負っている。
「千尋さんの機体のユニット。兄さんと同じですね」
カノンが準一に顔を寄せ、小さく言う。「兄さんもですけど、あの新型ユニット。どこから手に入れたんです?」
「知り合いは多いからな。あのユニットは、機甲艦隊技術部が改良したものだ」
「じゃあ、九条さんから?」
「その通り」
千尋もな、と準一は付け加え、カノンは気付き呆れた。
「呆れました。千尋さんがあの改良ユニットを持ってるのって、兄さんと対等に一騎打ちする為に、2人で口裏合わせして用意したんですよね」
「正解。俺だけ改良ユニットは駄目だろ?」
変な所拘るんですから。とカノンが息を吐くと、サイレンが鳴り、2機が動く。
観客席からの歓声が高まると同時、四国校の椿姫がブレードを構え、跳躍。
篤姫も同じく跳躍。
すれ違い様、篤姫は抜刀。ブレードで椿姫を攻撃。
一瞬だった。
椿姫は腹部を斬られ、動力伝達系が幾つか切断され、冷却液が漏れ、膝を着く。
『勝者! 関東校・五傳木千尋!』
呆気に取られていた観客だが、その知らせと共に、大きな歓声を漏らした。
「すげぇ」
「一瞬だぜ」
「強い」
「流石、赤い彗星」
等、称賛の言葉が聞こえる中、綾乃は驚きの表情のまま固まっている。「綾乃?」結衣が聞く。
綾乃は、準一を見ると「準一って」と聞く。
「あの五傳木千尋と互角だったよね。決着が着かないままだとか」
ロンは顔色を変えないが、内心驚き、あからさまに驚いたのが結衣、本郷、テトラだ。
千尋の対戦相手、四国校生徒は負けてしまったが、名の知れた生徒で、ベクターでの戦闘能力は本郷義明よりも上だろう。
それを一撃。
だが、結衣を懸けての準一、本郷の一騎打ち。
あの千尋と互角。
つまり
「準一って、学校ではかなり手を抜いてる?」
綾乃は驚きを隠し、聞く。すると、カノンが顔を向け、答える。
「ええ。兄さんは千尋さんと互角。あの位の芸当なら、楽にできますよ?」
「だ、だったら。朝倉。俺との一騎打ち」
準一は顔を向けず「どうだか」
納得していない。だが、追及する気にはなれず、本郷は俯いた。
一騎打ちの時、準一は確かに手を抜いていた。機体性能差、そんな物は関係ない。
だが、一撃で倒さなかったのには理由がある。
代理さえ知らない。
知っているのは、カノンだけだ。
だかこそ、カノンは何か含んだ妖艶な笑みを準一に向けており、気付いた準一は苦笑いを返した。
すると、カノンが顔を近づけ「言わないんですか?」と耳打ち。
「言えると思うか?」と言いたげな顔を返すと、カノンは「ふふ」と笑う。
代理は2人をチラ、と見ると何をヒソヒソ話しているんだろう、と気になる。
準一が手を抜いたのは、本郷義明の父親、本郷晴之からの依頼だからだ。
「本郷さんの息子さんと決闘する事になりました」
淡と告げると、本郷晴之は困った顔を浮かべ「いい機会だ」
「すぐには勝たないでくれ。勝てる条件が揃ったうえで、バカ息子には負けてもらう」
「いいんですか? 話してみた所、自分に自信、というよりプライドが高い様な印象を受けましたが」
「構わない」
本郷晴之は「バカ息子が現実を知れば。それでいい」
これは、決闘前。喧嘩を売られた時、準一と晴之の電話での会話だ。
仮に、これを本郷義明に言ってしまえば、かなり不憫だ。
ただ馬鹿にされ、プライドを傷つけられ、恥を掻いた。
言ってしまえば、また彼の中でそれをぶり返す事になる。
『第二試合が規定最低限時刻より早く終了した為、昼過ぎまでの休憩を繰り下げます』
休憩の知らせを聞き、観客席で生徒、観客は立ち上がる。
準一達も移動を始める。
そして、準一の肩を掴み、赤い着物の上に白衣を着た女性が声を掛ける。
「お前はこっちだ」
「あ、保険医」とテトラ。それに皆が振り向くと、準一は舞華に引っ張られ、観客席から姿を消した。
「単刀直入に聞くぞ。敵は魔術師か?」人が疎らな観客席の端、柱の陰、舞華が準一に聞く。
「そうだ。だが、それが?」
「それが? ではない。私はお前の従者だ。何故、話してくれないんだ?」
「理由はある。敵の勢力が把握できないんだ。こっちには、エルディ・ハイネマン。あのピエロ男が加勢してくれている」
準一は顔を舞華に向ける。「敵が見つかったとして、生身だった時、お前の出番だ」
「魔法白兵戦」
「ああ。だから、それまでは休んでいてくれて構わない」
納得のいかない舞華は大きな息を吐いた。