碧武選抜戦①
選抜戦、その会場は日本海に面した人工島。その巨大なアリーナで行われる。数千の人間が座る事の出来る観客席。
まだ午前9時前なのだが、観客席は埋まりつつあり、人で賑わっている。
全て、観客席の確保だ。
空には中継ヘリ。海上には護衛の為の艦隊、ベクター。
余興の航空自衛隊によるブルーインパルス、ベクター共同編隊のアクロバット飛行が披露されている。
その会場、観客席を一望できるVIP席に、朝倉準一とシスターライラの姿があった。まだ、席にはライラ以外いない。
「朝倉準一、夏休みはどうだったかしら?」
「この16年間で一番最悪の夏休だった」
ご愁傷様、と椅子に座るライラは隣の準一に微笑む。「リンフォードにアイアン・ゴーレムだったかしら?」
「どうやって知ったのやら」
「黒妖聖教会は情報が力よ。知っていて当然。だから、あなたに教えておこうと思った事があってね」
「俺に?」
「ええ。この秋の祭典、各碧武選抜戦、聞くと深夜に魔術師対抗戦があるらしいわね」
「まさか、一悶着あると?」
ええ。と頷き、ライラは続ける。「あるわね。確実に」
「あなたはあの黒いアルぺリスと会ったでしょ? 部隊所属の知り合いに聞くと、あなたは椿姫で戦って、一方的に負けたらしいわね」
「確かに、見事な負けっぷりだった」
「だからこそよ」
「俺ともう一度戦うと?」
「ベクターじゃないあなたと、同じ土俵でのリターンマッチ。第二ラウンド」
準一は左手を後頭部に当てる。「それが分かっているのなら、来ない方が良かったんじゃ? 危ない筈だが」
「見る価値はあるわ。ああ、それとお土産」とライラは護符を準一に渡す。
「京都前に渡したものより、効果は上げているわ。詠唱時間を長くしているから。体力が奪われる、なんてことはないわ」
「ありがたいが」と受け取り、ライラを見る。「何で俺にこれを?」
「あなたと私は敵対する理由が無いでしょう? 貸し、でどう?」
「ならいい。返す」
「冗談よ。ただ、あなたに負けてもらっては困るの。教団も反日軍も、黒妖聖教会からすれば厄介だから」
ライラは、準一を戦力として数えている。
別に、それに何とも思わず、準一は護符を制服のポケットに仕舞う。
「あ、そうそう。赤羽岬玄武だけれど、何を考えているか分からないから、注意した方が良いわよ」
「それは分かっている。忠告ありがとう。護符もな」
「いえ。じゃあ、私はほぼここに居るわ」
準一がVIP席のある場所から去る。
各碧武選抜戦、それは3日以上かけて行われる。
試合数が多いわけでは無いが、ベクターの調整。修復、メンテナンスその他諸々で時間がかかる。
その為、各碧武校からは、魔術師会合会の事を知っている整備員を総出。自衛隊、機甲艦隊などの組織からも支援の整備班部隊が集結。
そして、期間の長さから、生徒、観客が飽きない様にアリーナ周辺には出店が出ている。
航空自衛隊のアクロバット飛行もそれと同じ理由だ。
まず初日、各碧武校より生徒、ベクター到着。格納庫、ケージへ。生徒の機体設定、武器調整。
そして、宿泊施設での部屋割り当て。
その後、開会宣言。
ここまでで、夕刻になる。
それを、準一は関係職員に聞き、皆が到着する昼まで時間を潰す事にする。
「あら? 久しぶりね」と人で賑わう出店のある個所に出向いた準一に声を掛けたのは、御舩家現当主、御舩京華。
「ああ、お久しぶりです」と準一は一礼し、近づく。「選抜戦を見に来たんですか?」
「違うわ。私はあんな紛い物に興味は無いもの」
京華の言う、紛い物とはベクターの事だ。
本当の開発経緯を知っていれば、紛い物と表現しても不思議はない。
「では、魔法の方ですか?」
「ええ。そういえば、茉那はいないのかしら?」
「まだですね。昼に選抜戦参加生徒と一緒に来る筈です。会いますか?」
「あの娘は嫌がるでしょう?」
「はい」等と言葉に出さず、準一は頷く。「そういえば、代理の妹さんは?」
「あら、茉耶も落としにかかるのかしら?」
「冗談」
「ふふ。茉耶は対抗戦の時に来るわ」
そうですか。準一は一礼し「では」と去る。京華は準一の背中に一度手を振る。
まだ昼まで1時間以上あり、暇になった準一は制服のまま、堂々と施設屋上、職員用喫煙スペース、その『SMOKNG SPOT』と書かれた、銀色の灰入れの前で、準一はタバコを取り出し、一本咥え、ライターで火を点け、深く吸い、煙を吐く。
現在、喫煙スペースには準一以外誰も居ない、職員は忙しそうにしている。
そして、準一が3口目に入ろうとした時、屋上の扉が開き、ピエロ。エルディ・ハイネマンが姿を現し、準一の隣に立つ。
「吸うか?」と準一はマルボロの箱を差し出す。エルディは「すまんな」と一本取り出し、咥え、人差し指を先に向けると火が点く。
「凄いな、手品か?」
「魔術だ。……意外に人が多いな」
「ああ。どうだ? 見た感じは」
準一が聞くと、エルディは椅子に座る。「今の段階では、怪しい事もモノも何も無い」
「だが、警戒にブラウンとランスロットを回している」
「目立つだろう?」
「姿を消す位はできる」
なら大丈夫か、と準一は息を吐く。「戦闘は確実、と考えていい」
「機械魔導天使、あの黒い奴はお前が相手する。白兵は俺、で構わないか?」
「ああ。今更、だが一応聞く。あんたを信用していいのか?」
「お前を裏切った所で、俺に敵は居ても味方はいない」
エルディは短くなったタバコを灰入れに落とす。「だから、最大限お前を助けよう」
心強い。本当に、と準一も灰入れにタバコを落とす。「朝倉準一、何か食べないか?」
「そうだな。出店が出ている。あんたは何が食べたい?」
「折角だしな」
エルディは少し考え「はし巻とタピオカドリンクなんてどうだ?」
すげえチョイスだな、と言いながら準一は苦笑いを向け、2人は出店のあるエリアへと向かい、早めの昼食を取る事にした。
ウォンバットに滞在していたヨアヒム。店主の瑠は、魔法装甲の展開術式訓練を行うヨアヒムに招待状を渡す。
「これは?」とヨアヒム。取り敢えず、招待状を見る。それは、選抜戦会場への招待状だった。
「黒いアルぺリスを駆る少女からよ。朝倉準一とのリターンマッチ、ここがチャンスよ?」
ヨアヒムは笑みを浮かべ「世話になった」と店を出ようとする。
「あら、選抜戦へ?」
「ああ。下見だ」
ヨアヒムは店を去り、瑠は妖艶な笑みを浮かべ、タバコを咥える。「今年は化け物が勢揃いね」
会場の側(側と言っても、1キロ以上離れている)の滑走路。その滑走路は旅客機用の物より倍近く大きい。形は直線ではなく、クロスし、2つある。
昼過ぎ、輸送機は数キロ以上先でギアダウン。着陸アプローチ。管制官が誘導、滑走路に止まっていた戦闘機は退避。
着陸した。
輸送機はかなり大きく、上には弩級戦艦大和を載せている。言うまでも無く、フェニックスだ。
着陸後、輸送機内からはベクターが十機以上出て、格納庫へ続く直通エレベーターに乗り、ケージに納まる。
そして、生徒たちは全員到着。
準一は格納庫に居た。格納庫は地下。碧武の格納庫より大きく、各学校ごとに区画分けされている。
「お前の椿姫は大破したが、この通りだ」と城島。ケージに納まる椿姫を指さす。
機体色、装備、追加装甲。そして、新型ユニット。だが、中身は変わっている。
見た目は椿姫だが、篤姫クラスの近接性能、フォカロルクラスの射撃性能。
城島曰く、椿姫ではなく、椿姫改。
朝倉準一専用のワンオフの機体だ。
「では、機体設定を始めます」と準一はワイヤーでコクピットに入り、シートに座るとハッチを閉じ、モニター起動。
端末を接続、起動。
出力系、レーダー系共に大幅に数値アップ。各駆動系もアップ。
中身のフレームも新型。
見ると、飛行ユニットも更に強化されており、翼を模したスラスターが飛び出し、可動。
可変翼に変わっている。
以前の新型ユニットでは1つ問題があった。
使用すると高熱になる点だ。悪鬼との戦闘時、準一はそれを知っていた為、短期決戦を行い、成功したのだが、このスラスターは可変する事で放熱フィン箇所を確保。
高熱問題を克服している。
素直に凄い、と思い武装をチェックする。
カノンと同じ、レーザー系のライフルだが、変形しマシンガン状態にはならない。
弾幕は張れないが、それでいい。
固定装備として、腕部内にガトリングガンがあるからだ。
そして、レーザーライフルは、準一からすれば近接戦も行える武装だ。
一定以上の出力にすれば、レーザーを放出し続け、剣を形成できる。
だが、元はライフルの為、銃への負担は大きい。
それを使用し続ければ、冷却パイプが高熱で解け、銃身が溶解。内部動力が爆発する。
しかし、これはあくまで選抜戦。模擬戦の延長線上の様なモノだ。出力は抑えられているため、すぐに爆発なんかはしない。
近接武器は他に2式モーターブレード。
ライフル以外に射撃武装はガトリングガン、ドラムマガジン装備、サブマシンガン。
機体確認、武装確認が終了。準一はキーボードパネルを映しだし、OSの構築を始める。
すると、ハッチが開き、カノンが顔を覗かせ、OSを組む準一を見てため息を吐く。
「何で数学は出来ないのにOSは組めるんですか?」
最もな問いだ。OS構築等という所業は、電装技研、重工企業専属のエンジニア等の高度なコンピュータ技術がある人間にしか行えない。
それをこなす。学生の所業ではない。
そして尚且つ、ベクターでかなりの操縦技術を持つ。
普通のエンジニアがOSを組んだ所で、それを使いこなす人間はほぼいない。
そして、軍人が手動操縦の為、OSを組んでもらったとして、戦闘状況が変われば地形、環境データを打ち込み、OSに新たなデータを与えなければならない。
そんな事、出来るわけが無い。
「やっぱり、兄さんは凄いな」
カノンが感嘆の言葉を漏らすと、準一は端末を仕舞う。「構築終わりだ」
「早いですね。もう良いんですか?」
「ああ。元々俺が組んだシステムはこの端末に入れてある」と端末を見せる。「だから、ユニットや装備品の追加をな」
「ですが、機体の見てくれは若干変わっています。その点、修正が必要では?」
「数値でしか見てないからな」
「まさか、戦闘中に修正する気ですか?」
と驚くが、悪鬼の件、報告を読んでいたカノンは思い出した。
悪鬼との戦闘中、準一は新型ユニットの最終調整を行った。
「あー……そういえば、兄さん悪鬼の時」
「したな。まぁ、同じ要領だ。お前は終わったのか? 調整」
「私はイメージフィートバックシステムを使ってますから、乗って同調すれば、勝手に終わりです」
カノンの適性は高い。Aクラス。
まぁ、射撃は得意だが、近接戦は苦手ではあるが。
「でも、特訓しましたから。結衣とレイラさんと」
え? と準一が驚くとカノンは続けた。「結衣も強かったですけど、レイラさん凄いんですよ。射撃も格闘もほぼこなしてましたから」
準一は知らないが、レイラは強い。実際、本郷義明以上にベクターでの戦闘は得意だ。
射撃も格闘も生徒のレベル以上。とまではいかないが、結衣が格闘戦を挑んで手こずるほど。
カノンとのダミーバルーン射撃でも、それは発揮されていた。
「だからレイラ様は補欠なのか」
「ええ。出られないって聞いて結構不機嫌そうでしたよ?」
聞くと、結構親しい様だが、この間は何かいがみ合っていた。
お前らは仲が良いのか悪いのか。
「そういや、結衣との訓練は何をしたんだ?」
「決まってます。近接戦ですよ?」
「結果は?」
「一本も取れませんでした」
恥ずかしそうにカノンが言うと、準一は端末を小脇に抱え、コクピットから出て、コクピット前の足場に立ち、カノンは少し避ける。
「互いに本気か?」
「ええ。兄さんは特訓しましたか?」
問いに、トラック泊地でな、と言うと「兄さんも負けですね」とカノン。
確かに、と準一は答え、カノンと一緒に下に降りる。
すると、九州校からの選抜戦参加メンバーも設定が終わったらしく、集合する。
「次って確か部屋割りだったよな?」とテトラ。綾乃は頷き「集合場所は宿泊施設前だよ」
「部屋は女子と一緒がいいなー」とロンはボソッと呟き、女子組は「うわぁ」と引いている。
「俺は朝倉とがいいな」と本郷は準一に目を輝かせる。あまりの輝きに、サッと目を逸らし、準一達は綾乃を先頭に歩き出す。
関東校校長、桜木夏美と九州校校長代理、御舩茉那は滑走路、フェニックス前で米軍の高官と向き合っていた。
「選抜戦は日本政府の管轄の筈ですが」と夏美。高官は白髪を撫で「だが、米国国籍の生徒も在籍している筈だが?」
「そうであっても。納得いかないわ」と代理。
「何、申し上げた通りだ。我々米国軍は選抜戦を円滑に行う為に協力を惜しまない」
「そうであったとして、大会運営に報告が行っていないのはどういう事ですか?」
桜木は目を細め、高官は含み笑いを浮かべる。「いきなりのサプライズ。で、どうです?」
「納得するとでも?」と代理は息を吐く。
「いいえ。ですが、米国も情報を得ているんですよ。日本国政府はひた隠しにしていますが、朝倉準一と交戦した黒い天使の事を」
代理は舌打ち。
「事が起こるのは確実。反日軍の魔術師の事も含め。黒妖聖教会からお客さんが来ているのが証拠だ」
お客さん、とはシスターライラだ。
「本当は何をしでかす気?」
「おや、完全に疑ってかかっているんだな」
「当然でしょ? 日本海での核。ALの件。端っから米軍は信用していないわ」
残念。と高官は背を向ける。「拒否、ととっておくが、事は起こる。確実にな」
「まぁ、朝倉準一とアルぺリスが米軍に敵対しない様に努力するよ」
それを言うと、高官は向こうでローターを回す輸送ヘリへ向かい、乗り込むと、ヘリは飛び去る。
「あんたのトコの朝倉準一。凄い知名度ね」
「仕方ないでしょ? 九州校一の問題児よ」
そうよね。と桜木夏美はタバコを取り出し、咥える。「準一君と同じ銘柄のタバコね」と代理。
「あんた一応校長でしょ? 注意しなさいよ」
「したけど無駄」
はぁ、とため息を吐き、桜木は火を点け、白い煙を吐いた。
「何だ! このふざけた部屋割りは!」と案内された部屋でロン・キャベルは絶叫する。
「何がふまんなんだよ」と準一。持って来た荷物を3つあるベットの左端の横に置き、聞く。
「不満しか無いだろ!」とロンは部屋を見渡し、ルームメイトを指さす。「男3人じゃねえか!」
対し、準一は冷静に対応。「何を言っている」
「男だけの空間なんて最高じゃないか」
女難。そう呼んでいいかは知らない。だが、妹達を筆頭に、女子組はパワフルすぎる。
だからこそ、準一にとって男だけの空間は輝いて見えた。
その為か、言った準一は目が輝いている。
「俺も満足だ。あんたは要らないが、朝倉と居られるなら」と本郷は頬を染め、準一を見るが目を逸らされる。
「逸らすなよ」
「頬を赤らめるなよ」
と準一、本郷が言うと「何男同士でイチャイチャしてんだよ」とロンは右端のベットに腰掛け、ため息を吐く。
「信じられねぇ。選抜戦の間男だけの部屋かよ」
「いいじゃねえか。最高の期間だ」
準一は親指を立て、ロンは一層大きなため息を吐く。すると本郷は左端の準一のベットに荷物を置く。
「おい」と準一は本郷を見る。「何で俺のベットに置くんだよ」
「え? 添い寝だろ?」
「お前、やっぱバカだろ? マジで」
「え? 何が不満なんだよ」
「不満も何も、ベットは真ん中が空いているだろう? そこを使えよ」
分かった、と本郷は荷物を真ん中のベットに置くと、ベットを左へ動かし、準一のベットにくっ付ける。
「完璧だな」
「「変わってねぇよ」」とロン、準一は口を揃え、ため息を吐いた。
部屋割りが終了し、夕刻前。生徒は全員アリーナに集まり、整列。生徒の前の壇上で、赤羽岬が少しの演説、その後生徒代表(今年は四国校、東北北海併合校より1名づつ)の宣誓により、選抜戦の開始が宣言された。
何で準備するであろう日に開会宣言をするんだろうな、と準一は思っていた。
「翌日は割とすぐに始まるからな」と準一の隣の東北北海併合校、閃光の伯爵こと須崎大悟が答えた。
「成程」と準一は納得、2人のヒソヒソ話に近畿校の1人が「怒られるぞ」と注意。2人は、そうだな、とちゃんと前を見る。同時、空砲が響いた。
「誰と対戦するか、はいつ発表なんだ?」と準一はロンに聞く。
「明日だよ。開始1時間前にアリーナの大画面に表示される」ロンはジャージのまま、2人は宿泊施設屋上、手すりによっかかっている。
「そうか」と準一は咥えていたタバコを手に持つ。「お前の機体は?」
「僕の機体は雷だ。一番信用できる」
「ネバダでは何を?」
テストパイロットとして使用していた機体を聞く。
「主にアメリカ軍で採用する為にロールアウトした機体を」
「へぇ……陸戦用のヘルブレイカーは?」
「僕の居たネバダ基地は空軍だよ」
ああ、そういやそうだったな。と準一は頭を掻き、タバコを咥える。「お前、選抜戦を断ろうとは思わなかったのか?」
ネバダ基地はアメリカ空軍の試験部隊基地。別に選抜戦には出なくても良いだろう。
「最初は断る筈だったさ。まぁ、碧武生の力を体験したくてね。それに、雷がどこまで使えるか」
「雷は日本製だ。何で米国製を使わないんだ?」
「米国機はある分野に特化した機体が多いだろ?」
スティラ、フォカロルは射撃、陸戦用ベクター、ヘルブレイカーは制圧用の機体。
確かにそうだ。
「だが、日本機は汎用性が高い。篤姫は例外だが、雷や椿姫」
「どっちも量産機だぜ? 性能なんてタカが知れてるだろ?」
「いいや、性能差は操縦技術で埋め合わせできる。それは君自身が証明しただろう? 対スティラ戦、君の操縦技術は本郷義明を凌駕した」
無言で煙を吐き、準一はタバコを持っていた空き缶に入れる。「さて、今夜はこれ以上やる事ないな。どうする?」
「僕はもう寝ようかと」
「早いな。まだ8時だぞ」
「明日の為に体力は温存だ。君も、部屋に帰る事を薦める」
理由は聞かなくても分かっている。女子組、主に結衣、カノンが準一に話しかけようと待機している、と予想できたからだ。
「そうだな。俺も寝るよ」
「じゃあ、戻ろう。……男達の空間へ」とロンは大きなため息を吐いた。
「いいじゃねえか、気兼ねしなくて良いんだぜ?」
「僕の過去を知れば、君はそんな事言えなくなるさ」
過去? と聞き返すと、ロンは準一に向く。「まぁいい機会だ。聞かせてやる」
「僕がまだジュニアスクールに通っていた頃だ。僕には初恋の相手、ミシェルが居た。金髪の長い髪で可愛い子だった」
準一は大人しく聞く。
「ある夏の事だ。プール授業があってな、更衣室へ入るとミシェルが居て、僕は見てしまったんだ」
「何を?」
「ミシェルの裸をだ。ミシェルは……男だった」
無言でロンの肩を叩く。「悪かった」
「いい。すまない、つまらない話を聞かせたな」
「いや、誰しも色んな過去がある。今夜は、バカ騒ぎだな」
「ああ」
2人は熱く握手を交わすと、フードサーバーで軽食を買い、ドリンクも購入。スナック菓子も大量に購入し、本郷を交えての枕投げを開始した。
それは、深夜2時まで続き、3人は力尽きた。