夏の終わり
翌々日午前9時。
朝倉準一は大破した椿姫と共に碧武校へ帰り着いた。
碧武整備班(アルぺリス、魔法を知る人間)はほぼ全員、驚いていた。
手短な報告として、手も足も出なかった。
と準一が伝え、校長代理の元へ向かい、アルシエルとの交戦、事を話した。
淡と準一が言うと、代理はため息。「まーた厄介事かね?」
「でしょうね」と準一は苦笑を向け、代理はあきらめの表情を浮かべる。
そして一転、代理は「あ、忘れてた」と何かを思い出す。「準一君にお客さんだよ」
「お客さん?」
「うん。ピエロ」
まさか。と思いながら、準一は代理に言われた場所へ向かう。
ショッピングエリア中央の巨大な広場。
見覚えのあるテント、その前には『スウィートペインタイム』とデカデカと書かれた看板。
予感的中。
無断でテントに入る。サーカスは行われていない。準備中だからだ。
そのまま観客席を抜け、壇上に上がると虎が飛び出し、準一の前でお座りの体勢になる。
虎は、ブラウン。
直ぐ後、鎧の騎士、ランスロットが幕の後ろから出て来る。
「おっと。サーカスへの入団希望か?」と出て来たエルディ・ハイネマンは準一に言う。
「冗談。……何しに来た」と準一はブレードを取り出し、切っ先を向ける。
ブラウン、ランスロットが臨戦態勢に入る。
「殺すか?」
「それも手だ」と準一は言うが、ブレードを下ろし、仕舞う。「……本当は殺してやりたいが」
「賢明な判断だ」
「そう言うなら聞かせろ、何が目的だ?」
「そうだな……しいて言えば、私はこの碧武にとってのお助けキャラだ」
お助けキャラ? と準一は頭に?マークを浮かべる。
「こっちは独自に情報を持っているんだ。氷月千早の黒い機械魔導天使、反日軍のヨアヒム。仮面の男。パワードスーツ集団」
それに、とエルディは続ける。「一番得体が知れないアイルマン・キースだ」
「それで、何であんたはお助けキャラなんだ?」
「まぁ、言えば助ける代わりに、匿って欲しいわけだ。氷月千早は脅威だからな」
「あんたと関係が?」
「氷月千早は私を良しとしいないからな。1人じゃあいつらの相手は出来ない。だが、ここにはお前がいる」
エルディは準一に近づき、握手の為の手を差し出す。「私は手を貸す。その見返りに匿ってもらう。協力関係だ」
「はいそうですか、で納得すると思っているのか?」
いや、とエルディは差し出した手を挙げる。「だが、私は戦力に数えて損は無い筈だが、少なくとも邪魔にはならないだろう?」
エルディ・ハイネマンの強さは、イギリスで体験している。
トランプ魔法と召喚獣でのコンビネーションプラス、彼の体術は確かに戦力として数えて問題ない。
「……はぁ、ま、いいか。千早の件が片付くまでだ」
「目途は付いているのか?」
「ああ。あいつは、また仕掛けてくる。その時に倒せばいい」
「殺すのか?」
「そのつもりだ。一応言っておくが、あんたも俺の殺す対象だ」
そうか、とエルディは左手を挙げ、指をパチンと鳴らす。
ブラウン、ランスロットが舞台裏に下がる。
「そろそろ開演だ。見て行くか?」
「そうさせてもらう」
準一は最前列真ん中の席に座り、30分ほどで満席になり、サーカスが開始された。
サーカスは昼前に終わり、準一は暇になった。取り敢えず、ショッピングエリア西街、コアな層の集まる街へ繰り出そう、としたのだが
「あー! 兄さん!」
の叫び声と共に、背中にロケットタックルを喰らわされ、カノンに捕縛され、買い物に付き合う事になった。
「兄さん兄さん!」と嬉しそうなカノンの声は、あのナイスガイの経営する店の試着室から聞こえ、外で待っていた準一は黙って顔を向けた。
「じゃーん。どうです? 魔法少女衣装です」
カノンはステッキを手に、ポーズを決める。
白人でブロンドの髪のカノンはかなり似合っている。
「おお。凄く似合ってる」と準一が素直に称賛すると、カノンは目を輝かせ喜ぶ。
「じゃあ待ってて下さい。次の衣装です」
「分かった」
数分後、カノンは試着室から飛び出す。
衣装は、和服ベース、袖の長いミニスカートの衣装。
「可愛い」と準一。カノンは再び試着室へ。
「次はこれです!」と言いながら出て来たカノンは、オーソドックスなメイド服。
続いてチャイナドレス。スクール水着、メカ娘的なソレ。金剛さん的な衣装。
準一は全てに称賛。
「会計は5万円よ。思い切ったわね」
「はい」
カノンは財布から5万を取り出し、支払う。
購入した衣装は全て試着した物、準一に称賛されたのがかなり嬉しかったらしく、衣装の入った紙袋を抱き「うふふー」と嬉しそうな声を出している。
「いえば俺が買ったのに」
「いいんです。私は兄さんが称賛してくれただけで満足です」
「そっか。しかしもう昼だ。何か食べるか?」
そうですね。とカノンは食べる意思を示す。
「なら昼は俺の奢りだ」
「はい、お言葉に甘えますね。ところで、何食べます?」
「そうだな―――」
と準一が何を食べるか考え始めた時
「あら? 私、レイラ・ヴィクトリアの夫、朝倉準一じゃありません?」
レイラが2人の後ろから声を掛け、振り向く。
完全に私服。可愛らしくコーディネートしているが、ツインドリルは健在だ。
「あら、いつから兄さんはあなたの夫になったんでしょうか?」とカノンは威圧的な笑みを向ける。
「イギリスでの私の護衛任務後、準一は私のお願いを一つ聞いてくれる事になってましたの。だから、準一は私の夫です」
「そうは言っても順番は守ってほしいですね。先約は私です」
「あらー。あなたは妹でしょう? 兄妹じゃ結婚は出来ませんわ」
すると、2人は睨み合う。雰囲気的に2人の間では火花が散っている。
さわらぬ神に祟り無し。
準一はベンチに座る。
「もう高校生でしょう? いい加減兄離れしては如何?」
「高校生だからと兄離れする義務はありません。あなたこそ、そんな口約束が成立するとお思いですか?」
「約束は約束ですわ。成立して当然、私と準一は同じ趣味を持つ者同士、通じ合ってますわ」
そうなの? と準一は諦めた笑みを向ける。
「神話では、兄妹での結婚は当たり前です。そこを越える事は出来ません。私と兄さんは愛し合っていますから」
お前、結構デタラメ言ってるな。と同じような笑みを向ける。
もう目に見えていた。
収拾のつかない事になる。と。
「それとこれとは別ですわ。兄妹で結婚なんて、トチ狂っているとしか言いようがありませんわ」
「お城の中で育ったお姫様は視野を広げるべきです。そんな、前時代的な考え。世界は日々進んでいるんですよ」
その進み方はしていないだろう。
「ところで準一、お昼はフレンチなんか如何? 美味しいお店を見つけましてよ?」
「兄さん? お昼は和食にしましょう? 美味しいお店を知ってますから」
2人は睨み合う。
「お昼はフレンチですわ!」
「兄さんは和食が好きなんです!」
直後、2人は互いに頬を抓り合う。
もう、そこからの叫びは言葉になっていない。
20分ほど言葉にならない叫びを上げながら、抓り合ったが、疲れ果てその場にへたり込む。
「仕方ないですわね。ここは」
「ええ。休戦しましょう」
2人は立ち上がり、準一の腕を掴み、立ち上がらせる。「あの、2人とも……お昼はどうします?」
2人は顔を見合わせ、声を揃える。「中華」
ああ。そうね。和食でも洋食でもないもんね。うん。と準一は2人に引かれ、中華料理店で昼食を済ませた。
そして、夏休みは最終日を終え、2学期。
秋の祭典、選抜戦は始業式翌日から始まる。