開始直前
「暇だ」
呟くのは弩級戦艦大和艦長、九条功。彼が居るのは艦橋、艦長席。他の船員もダラダラとしている。一応は任務中である。
「はぁ、艦長、少しだらけ過ぎではありませんか?」
釘を刺すのは副長、磯島直哉。
「そうは言ってもなぁ」
艦長はため息を吐き携帯を開く。
「唯一メールを返してくれる準一君でさえさっきのそれっきり」
艦長が言うと大きなため息を吐き副長は呆れる。
現在、大和は東京湾より数十キロ先の海域に留まっている。周辺には、イージスシステムを積んだミサイル護衛艦4隻。任務内容はハワイでの改修を終えた空母、赤城の出迎えである。予定では3時間前に来ていたはずだが遅れている。
理由は無線で伝えられていた。艦載機のF-35J一機が着艦に失敗し海中に落下。引き上げを行った作業用ベクターも巻き込まれ時間を食ったらしい。
それに加え、乗艦していたデッキクルーが素人同然の訓練生で作業時間が予定よりも大幅に掛った。タイムロスの理由としては申し分ないが、失態である事に変わりはない。パイロットもデッキクルーも明らかに人選ミス。
故に副長は、時間の遅延で退屈になる船員、艦長の気持ちが分からないわけではない。寧ろ彼も退屈だと感じている一人である。
副長は艦橋から外を見る。真下は副砲。その両脇に垂直ミサイル発射管、VLS。その先の主砲の上に数人のクルーが立っている。甲板では掃除をする者、釣竿を垂らし釣りをする者。
ま、いいか。と副長が艦長に目を向けた瞬間、通信士が顔色を変え耳のヘッドセットを押さえる。
「了解」通信士は言うと艦長に「艦長、至急電です」と通話を艦長席受話器に送る。艦長は只ならぬそれを確認すると受話器を取る。
「代わりました。こちら大和艦長、九条」
『待機任務中すまんな』
通話の相手は九条の先輩にあたる人物。防衛省の人間だ。
「いえ。それより秘匿回線での至急電とは?」
『反日軍だ。つい先ほど米大使館から報告が来てな。米国海軍、自衛隊艦が日本海での射撃訓練中、反日軍海上部隊と遭遇。小規模な武力衝突を起こしたらしい』
「そうですか・・・。ですが何故それを大和に?」
『恐らく近いうちに大規模な戦闘が起こる筈だ。大和の作戦参加は決定済み。そして君の部隊は主力として扱う』
艦長はここまで聞いて察する。
「分かりました。朝倉君は我々主力部隊に参加ですね」
『ああ。要件は済んだ。では』
通話が切れる。
艦長は内容を全員に伝える。
「彼には?」
副長は準一の事を聞く。
「取りあえずは概要資料のコピーを速達で」艦長は言うとポケットの煙草を確認し「吸ってくる」と一言言う。
副長はため息を吐く。
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駅から女子寮へと向かう道、結衣はまだ腕を組んだままだった。離す気配は無い。
ちなみに辺りはもう暗い。シャーリー達と公園であった時点で夕刻であった。遅くなった理由は芝生公園に行く前にショッピングエリアを結衣が案内していたからである。
「ねぇ、兄貴」
結衣が準一に声を掛ける。
「ん?」
準一は返事をする。
「生徒会入ったでしょ・・・その、放課後忙しい?」
結衣的には、忙しくなければ放課後一緒に居たいのだ。
「まだ分かんないな。入ったばっかだし。多分、忙しいかもな」
一応、結衣の気持ちは察したが、ウソを言ってぬか喜びさせる訳にはいかない、そう思った準一は本当の事を言った。
案の定、結衣は「そっか」と残念そうな顔をする。
「悪いな」謝罪の後「うん」と結衣は小さく返事。
女子寮へ着く。女子寮だけに女子しかいない。朝はそう感じなかったが帰宅となると生徒の数は多い。準一的にはとても肩身の狭くなる場だ。
入り口前で腕を組むのを止めた結衣は、肩を縮めている準一に気を使って手を引き早歩きで部屋へと向かう。
部屋へ着くと準一は胸を撫で下ろす。そんな準一に「さ、ご飯の準備しよ?」と結衣は昨日準一の使っていたエプロンを渡す。
「了解」
準一は言う。2人は台所へ行き料理を始める。
始めてすぐ、結衣が玉ねぎを包丁でリズミカルに切り始める。準一はその手際の良さに驚きながらひき肉を捏ねる。
「切るの上手だな」と準一の褒めに「そ、そう?」と結衣は顔を赤らめ喜ぶ。
そして調子に乗り左手の親指を切ってしまう。
「いたっ」
その結衣の声に準一は向き親指からの出血を確認する。ほんの数ミリ切っただけなので出血は少ない。
指を押さえる結衣に「救急箱は?」と準一は聞く。
「クローゼットの上に」結衣は答えてクローゼットに行こうとするも「待ってな」と準一に制止される。
「うん」結衣は素直に従う。準一は救急箱を取ると台所へ行き結衣の左手を取る。
その手を水道で洗い、箱の中から消毒液とティッシュを取り出す。
「い、いいよ、自分でする」結衣が言うも「いいから、じっとしてな」と傷口に消毒液を垂らす。しみるので結衣は一瞬身体をビクと震わせる。
その傷口にティッシュを当て液を取る。そして絆創膏を巻く。
「これで良し」
準一は言うと道具を箱にしまい結衣に向く。
「ごめん」
結衣は自分を情けなく思い謝る。
「いいって」
準一は言うと結衣の頭を一度撫で、救急箱をクローゼットの上に戻す。
「さ、作るの再開しよう」
「う、うん!」
結局のところハンバーグ作りは結衣がほとんど行った。食事中、結衣は準一に美味しいと褒められ顔を赤にし照れていたので箸の進みは遅かった。
そして今に至る。
準一は部屋。シャワーを浴び終え、明日のルールを部屋の2人掛けソファーの上で確認し、機体情報を見ていた。(データ端末ではなく紙類をクリップで纏めた資料である)
すると結衣が大浴場から戻ってきた。
黒のジャージズボン。上はキュートなデフォルメ動物がプリントされたピンクの長袖シャツ。
髪はドライヤーで乾かし栗色のボブヘア。首にはタオルを掛けている。両手には炭酸飲料とコーヒー飲料。
戻ってくるなり準一に駆け寄り「はい」とコーヒーを渡す。
「ありがと、助かるよ」
そう言われ結衣は顔を緩ませ、空いていた準一の右隣に座る。
準一の持つ紙に目を向け「明日の資料?」と聞く。
「ああ」
準一は肯定すると貰った缶コーヒーを開け一口飲む。
自身の乗る機体はVCT-15J椿姫。国産で国内最新型。性能の高さは折り紙つき。
対する本郷義明の乗る機体は 日米(本郷重工、マイクス・マシン・エレクトロニクス社)共同開発のYFV-07スティラ。椿姫よりも数段性能が高い。
近接格闘戦を強いられる明日の決闘では、スティラの方が有利である。(あくまで一般的な視点からである)
しかし準一は機体差をなんら恐れてはいない。彼が一番恐れているのはスティラは碧武のベクター基準を満たしていない部分である。外部FCSシステムを積んでいないのだ。勝手に火器を使用できない様に、FCSを外部コンピュータに接続しそこからオンオフを切り替える物である。
スティラは碧武用に改修された訓練機とは違う。完全な実戦想定型の機体である。
FCSの全操作はコクピット内からパイロットが行える。
決闘内容が近接格闘戦であっても、スティラは火器を制御できる事を想定しなければならない。腕部内蔵型衝撃砲。内蔵型100mmオートカノン。頭部30mmバルカン。警戒すべきはこの内2兵装。頭部バルカン以外の2つである。
実戦想定型の機体、その出力ならば椿姫は衝撃砲を一撃でも貰えばフレームがバラバラになるだろう。100mmオートカノンも同様だ。確実に貫通する。
本郷の自信は本物。仮に準一の敵でないとして、圧倒してしまえば逆上しFCSをオンにし兼ねない。
それに、本来は決闘、もとい模擬戦闘では実弾は積まない、が鉄則であるが、昨日今日で碧武九州校最高権力者の校長代理はかなり遊び心豊富なのを準一は理解していた。
面白半分、自身の力見たさ半分で実弾を積んでいる。準一はこれは確実と踏んでいる。(その通りであるが)
資料を見た結衣も性能差は理解した。準一の様な実戦経験が無くとも碧武九州校高等部ではかなりの実力者。資料だけで心配になる。
「その・・大丈夫なの?」聞きづらそうに結衣は言う。準一は顔は資料に向けたまま「ああ」と一言。
「多分・・・校長代理は本郷義明の機体に実弾積んでると思うよ」結衣が言うと「だろうな」とまた一言。
「例え実弾を積んでたとしても本郷義明は理性のある人間だ。流石にルールは無視しないと思う。けど使われたら面倒だな」
そう言った準一の顔には一切の焦りがない事に結衣は驚く。
望ましいのは早期決着、とは言っても機械魔導天使での戦闘の様に好き勝手出来るわけではないし魔術も行使できない以上難しい。
準一が悩んでいると結衣が準一のジャージの袖を握り「・・・怪我だけはしないでね」と小さく言う。
言われた後準一は結衣に向き「ありがと」と微笑む。結衣は顔を向け「絶対だから・・」と真剣な顔で言う。
準一は「任せとけ」と一言言うとコーヒーを飲み干す。
「じゃ、俺寝るな」
準一は言うと昨日と同じ場所に行く。今日は結衣が布団と毛布を用意してくれた。
ちなみに朝になると結衣は準一の布団に居た。
本郷義明との決闘当日。女子寮から出て学校へ向かおうとする準一は注目の的だった。
寮内の女子生徒がひそひそと喋りながら準一を見ていた。
結衣に聞くと決闘の話は学校中に広まっているらしい。どうも碧武の生徒広報部が暗躍したらしい。
その視線の中寮の外へ出て数分ほど歩き駅へ向かう。駅でも同じ様に注目の的だった。
準一は碧武でのベクター兵器を使用しての模擬戦もとい決闘は、秘密裏に行わられると思っていたので参っていた。
しかしながら本日は普通に学校があるので本郷、準一以外は授業が行われる筈。と準一は踏んでいたのだが、学校へ着いてホームルームが始まると同時、校内放送で校長代理が決定的な事を放送する。
『えー、本日は目玉イベント、本郷義明VS朝倉準一の決闘・・・じゃない模擬戦が行われます。よって今日の授業は無し。行ける生徒は至急アリーナへ急行せよ』
準一は机に突っ伏す。聞いた生徒はラッキー等と言いながら教室から出る。
残った準一に結衣が近寄り「ご、ごめんね」と謝る。
「いい」
準一は言うと結衣と一緒に居る3人に気付く。
3人の顔はとても楽しそうな顔をしている。
その顔の理由は分かる。決闘が楽しみなのだろう。
準一がそう思い格納庫へ向かおうとすると綾乃が準一に近寄る。
「綾乃」
「整備班長が呼んでるよ。いこ」綾乃が言うと結衣も「3人ともいこ」とシャーリー達を引き連れ教室を出る。
地下格納庫は案内された時よりもざわついていた。準一が乗るのはVCT-15J椿姫の3番機。ショルダーアーマー、胸部には黒で3とマーキングされてある。
「来たか」城島は言うと準一に近寄り「お前の注文通りイメージフィートバックシステムは外してマニュアルにしてある」聞くと「ありがとうございます」と一言。
「準一マニュアルでやる気?」
綾乃はえっ? と驚き聞く。
「ああ」準一は言うと「最初来たとき俺の適性言ったろ?」と綾乃に言う。
適性ランク圏外。機体との同調が全く出来ないレベル。圏外だと機体はほとんどと言っていいほど動かない。
「城島さん、アリーナの武器垂直射出機ですけど」
「あれも注文通りにしてある。コンバットシールドで良いのか?」
「ええ」
「そうか」城島は言うと椿姫のコクピット、パーソナルコンピュータにケーブルをつなぎ、小型端末で出力表示を見ている整備員に「おい! 終わったか!」と大声で聞く。
整備員は一瞬ビクッと震えると小型端末で何か操作をし「終わりました」と返事する。
準一は操作の瞬間を見逃さなかった。
「朝倉、設定だけはお前がやれ。できるな」
「はい」
準一は答えると昇降機に乗る。なぜか綾乃も乗り込む。そしてコクピット内に入りシートに座る。
「設定も出来るんだ」驚く綾乃に「まぁな」と言うとモニターを立ち上げハッチを閉じる。
ハッチの閉じを確認すると綾乃はヘッドセットを付ける。
準一はメインモニターを起動させ設定を始める。そして一番気になる先ほどの整備員の操作を確認する。最終外部操作をされたのは、サイドアーマーに装備された飛行推進兼高速移動ユニット。
「綾乃」
準一は綾乃を呼ぶ。
「なに、どうしたの?」
「悪いがサイドアーマーと飛行ユニットを繋ぐロッキングボルトを見てくれるか」
「分かった」
綾乃は言うとロッキングボルトを見る。別になんの異常もない。
「何もないよ」
綾乃は報告する。
「そうか」と言い「ありがと、綾乃」と礼を言う。
しかし、ロッキングボルトじゃないとすると残るはユニット内の出力をいじられたか。準一は即座に確認する。しかし、出力も推進剤も規定内だ。
「準一、どうかしたの?」
何でロッキングボルトの事を聞いたか分からない綾乃はそう聞く。
「いや・・ちょっとな」
確信が無いのに言うわけにはいかない。準一ははぐらかす。
綾乃は言わないな、と思うと「私もアリーナにいくね」と言いヘッドセットのスイッチを切り格納庫を去る。
それを見た準一は、サイドアーマーの事はもういいや。と出力操作を止め武装の確認を始める。
「腰、腕にワイヤーガンか」
とそこまで確認するとサブモニターにsound onlyと出る。
誰だ? 考える間もなく声は聞こえる。
『逃げずによくやるな』
本郷義明だ。出力表示画面をすべて閉じ、メインカメラからの映像をメインモニターに映す。椿姫の斜め前にスティラは立っている。
『・・・お前に彼女は相応しくない』
無言の準一にイラつきながら本郷は言うと舌打ちし通信を切る。直後、スティラは格納庫内を歩きリフトに乗る。
続き椿姫も別リフトに乗る。
リフトはゆっくりとアリーナへ向かう。
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アリーナは楕円形になっている。観客席はそれを囲うようになっており、客席の段数は10段。生徒全員が収容できる。来客用の席は地下にある。
今回は近接格闘の模擬戦であるため客席の対核防隔壁は降りていない。
今現在、客席は生徒で一杯だ。声がざわざわとしている。その中に結衣、アンナ、シャーリー、菜月は居た。
「凄い人の数だね」
菜月が3人に聞く。アンナ、シャーリーは頷くも結衣は黙って準一が上がってくるであろう場所を見ている。
「結衣?」アンナが聞くと「え?」と結衣は返事する。
「大丈夫?」アンナが聞く。「う、うん。大丈夫」と結衣は答えるがとてもそうは見えない。やはり責任を感じているのだろう。3人は、本郷を止められなかった自分たちにも責任があるのを分かっている。
結衣に一言言われたからと言って自分たちは指をくわえて見ていただけ。友達としてはかなり最低な事をやっていた。
自分たちに何か出来る事は、と考えないわけでは無かったが、本郷義明の権力の前では無力であった。仮にベクター兵器で3人がかりで挑んでも勝てはしなかっただろう。
本郷義明は強い。それは確かである。結衣は悲しそうな、心配そうな表情で戦闘の行われる場所を見つめる。
結衣は優しい。自分たちがこの場で戦う事になってもその目を向けたであろう。
「結衣」
シャーリーが切り出す。他2人も結衣に向く。
「どうしたの3人とも・・真剣な顔して」結衣が聞くと3人は声を揃え「ごめんなさい」と謝る。
結衣は戸惑い説明を求める。
「あたしたち・・・さ結衣に言われても無理にでも本郷義明を止めるべきだった」
菜月は申し訳なさそうに言う。
結衣は黙って聞く。
「本当に私たち最低な事したと思う」
とアンナ。
「準一まで巻き込んじゃったし・・・人任せにして」
とシャーリー。
聞いて結衣は優しく微笑み「良いよ」と赦す。
「あたしの方もゴメン。3人にここまで背負い込ませて」
その結衣の謝罪に3人はとんでもない。と首を振る。
「でも、大丈夫。兄貴が来てくれたから」
そう言った結衣の顔は心から信頼している顔だった。3人は友情も『恋』には敵わないなと思う。
「まあ・・ちょっと心配だけど」結衣がそう困ったような顔で言うと「大丈夫」とシャーリーが結衣に向く。
「え?」
結衣を含むシャーリー以外の3人は驚く。
「準一は絶対に勝ってくれるから」
そのシャーリーの言葉は自信たっぷりだった。(シャーリーも準一の実戦経歴を聞いたからである)
「結衣、信じてあげなきゃ」シャーリーに言われ結衣はハッとし「う、うん。ありがとう」と礼を言う。
その後、結衣たちの近くに数人の集団が来る。
「あら。朝倉さん」
と声を掛けたのは志摩甲斐悠里。生徒会メンバー5人プラス綾乃の6人が来ている。
「先輩、どうも」
結衣は頭を下げる。すると生徒会メンバーは結衣達4人の下のベンチに腰掛ける。
「もうじきだな」
会長、揖宿が言うとリフトが上がるサイレンが鳴る。
聞いて綾乃は「頑張って準一」と言う。
生徒会メンバー、結衣達4人は準一を応援している。
アリーナ地面隔壁が開く。リフトが上る為のレールが見える。
結衣は心の中で気を付けてと言いながら、両手を合わせ指を絡ませ祈るように上がってきた椿姫を見る。