進行する計画
横浜中華街、その一角。麻雀倶楽部、ウォンバットはそこにあった。3階建ての建物の二階。一階は中華料理屋。三階はテナント募集。ウォンバットに入るとタバコの煙で薄く白くなり、煙で臭い。しかし換気扇は回っておらず、窓も開いていない。
「臭い場所だ」
ヨアヒム、彼はそこで呟く。するとウォンバットの受付カウンター奥から中国人が姿を現す。女。名前は瑠・鈴明。まだ20代前半で、美人顔。チャイナドレスの彼女はスリットから白く細い足を覗かせている。
「そう言わないでほしいわね。ヨアヒム・リアーター」
瑠からの声にヨアヒムは向く。「あんたは?」
「瑠・鈴明。ここで店長をやりながらあの連中を匿ってるわ」と瑠は親指で麻雀をする人間達を指す。日本人ではない。中華系。朝鮮系。
不法入国者だろう。それも犯罪紛いの事を平気でやってのける。
「で、俺を呼んだ理由は?」
「簡単でしょ?」シガレットケースから長いタバコを取り出し、瑠は咥え、ジッポライターで火を点ける。「京都での一件。話は来てるの」
ふぅ。と煙を吐く瑠。ヨアヒムは抱えたスーツの上着から煙草の箱を取り出し、一本咥える。
「どこまでだ?」
「朝倉準一と交戦。引き分け、だったそうね」
違いない。ヨアヒムは言うと火を点け、煙を吐く。「想像以上だったよ」
「知ってるわ。ウチにはよく名の知れた人間でしょ? お互いに、組織が同じなんだから」
ふっ。とヨアヒムはタバコを人差し指と中指で挟み、口から離す。
「あんた、反日軍か?」
「ええ。ここは安心していいわ。反日軍の癒しの街よ。酒も女も揃ってる」
「へぇ」とヨアヒムはタバコを咥える。「あんたは? 幾らだ?」
「残念。あたしはノーよ。風俗嬢じゃないもの」
「そいつは残念」
ヨアヒムは煙を吐き、タバコを手近な灰皿に押し付ける。「俺はお払い箱か?」
「俺は京都で朝倉準一と戦い、実際には負けた」
空間魔法を使用し、機械魔導天使、その他武装を封じた状況。ヨアヒムは後に聞いた。黒妖聖教会、シスターライラの護符を所持していた事を。
つまりはそれだけ整っていたにも関わらず、魔法の展開装甲を破られた。
「まぁ、そうね。違いないわ。でもお払い箱なんかじゃないわ」
「へぇ……どうする気だ?」
「決まっているでしょ? また戦ってもらうわ。だから、ここに呼んだの」
成程。とヨアヒムは椅子を寄せ、腰掛ける。「何にせよ、次はインチキなしだ。空間魔法は使わない。ただ戦闘魔術のみで奴を、朝倉準一を殺す」
「勝てるの?」
「どうだか。こればっかりはやってみなきゃ分からん」
「随分と弱気ね」
瑠はタバコを同じように灰皿に押し付け、胸を支えるように腕を組む。
「当たり前だろ? 話に聞いていたよりも化け物だ。白兵であれだけって事は機械魔導天使を使用すればもう手が付けられない」
「まぁ、現に朝倉準一は洋上基地で機械魔導天使を撃破している。それに、この間の件」
何だそれは? と知らないヨアヒムは聞く。
「神聖なる天使隊。知っているでしょ? 教団の機械魔導天使を起用した執行部隊」
瑠はカウンター席に座る。「完全な機械魔導天使専門部隊」
「怖い話だ。で、それが?」
「朝倉準一は撃退に成功したそうよ」
ヨアヒムは笑みを浮かべ、息を吐く。
「秋の碧武校による選抜戦。知ってるわね」
「ああ」
「そこで、あなたには攻撃を仕掛けてもらうわ」
「おい、冗談きついぜ。碧武には朝倉準一以外に、五傳木千尋と米国軍のテンペストの人間が居たはずだ」
それに「大丈夫よ」と瑠は言う。
「何がだ」とヨアヒム。
「こっちの手に入れた情報通りなら、隙はある。朝倉準一とあなたが一対一で戦える隙がね」
それがある事を願うばかりだ。とヨアヒムは立ち上がる。
「どこへ?」
「酒だよ。飲みたい気分なんだ」
そう。と瑠は返し「選抜戦まではここで寝泊まりしてもらうわ」
承知した。とヨアヒムは返し、店を後にする。