兄妹の夏休み
夏休み。山奥の川は日差しが強くとも水は冷たい。川のせせらぎは暑さを緩和してくれる。そんな気がした準一は取りあえず適当な岩に座り、足元の川に釣竿を振るう。
チャポンという水音の後、小さな沈黙。それを破ったのは追いついた結衣だった。
「ちょっと兄貴早いよ」
「悪い悪い」
「もう」
頬を膨らませた結衣は、帽子を深く被り、2つもったラムネの一つを準一に渡す。「はい。冷たいよ」
「さんきゅ」
準一はラムネを開ける。すると中身がシュワと溢れ、それを零さない様に口を付けゴクゴクと飲む。
「あ、兄貴! 掛ってる! 引いてる!」
「何!?」
その結衣の声に準一はラムネを置き、竿を引く。「あたしも手伝う!」
と結衣もラムネを置き立ち上がるのだが、体勢を崩し、準一に倒れ掛かり、2人は豪快に川に落ちる。しかし川は本当に浅い、腰を付けて座ってもお風呂より低い。
「ぅ……ごめん」とずぶ濡れの結衣が言うと、同じくずぶ濡れの準一は「いいさ。それより濡れたな」と立ち上がり、結衣に手を差し出す。
今日の結衣の恰好は白いワンピースに麦わら帽子。いつもの恰好と違い、新鮮。なのだが、濡れた事により下着が透けてしまっている。
「あれ? ……どったの兄貴」いきなり目を逸らした準一に結衣は聞く。
「いや、なんでもない。気にするな」
「むぅ。何かあるでしょ! 言って!」
ったく。俺は悪くないからな。と準一はため息を吐く。「お前、下着は白なんだな」
「なっ!?」
結衣は自分の胸元を見る。
下着スッケスケ
「兄貴のバカ! 何で見ちゃうの!」
「バカっていう前に隠しなさい。見えてるでしょ」
「キャー! 見んなー!」
言いながら結衣は立ち上がり岩に隠れる。
「兄貴見たかったの?」
「そうだな。見てしまった後だ。嘘は言わない。良いもの見せてもらった」
「変態」
「……あら? 俺今何口走った?」
知らない。と顔を真っ赤にした結衣はそっぽを向く。全く。と準一は脱いでいたジャージの上を結衣に投げ渡す。投げ渡したそれは結衣の顔に掛る。
「取りあえずこれ。脱いで乾かす間着てな」
「うん……兄貴、ごめんね?」
「良いって。見てないから。早くしな。風邪ひくぞ?」
「うん!」
と結衣は少し奥に隠れ、服を脱ぎジャージを着てジッパーを閉める。
さて、段階はすっ飛ばしたが何故、準一と結衣が2人で楽しく釣りをしているのか。それは夏休みで夏季休暇で田舎の祖母祖父の家に来ているからだ。
時は戻って1日前。碧武九州校にて。
「ちょ、ちょっと待って下さい……つまり?」
碧武九州校校長室でカノンは聞き返した。聞き返された代理はあったかいお茶を啜る。「つまりね」
「カノンちゃんは機体関係で整備が長引いてて、エリーナちゃんとエルシュタちゃんは外出許可が降りないのよ」
「つまり?」
「うん。つまり、朝倉家で外出できるのは準一君と結衣ちゃんだけかな」
というやり取り。それを聞いて準一、結衣は外出を渋ったが、カノン、エリーナ、エルシュタは「気にしなくても大丈夫」と気を遣った。取り敢えずそれに従い、自宅へ福岡の自宅へ帰ろうとしたのだが、自宅に両親不在。
どうやら母親は奥様方での旅行。父親はハワイへ慰安旅行。仕方ない。と2人は祖父母の家のある県内某所の山奥へ向かった。祖父母の家は本当に山奥だ。一応、周辺に民家はあるが。
魔術師としての準一の活躍、は知らないが、未成年の準一が車を運転する事に怒っている祖母。準一は賄賂を渡した。(準一が漬けた糠漬け)
結衣と準一(前に会ったカノンも含める) を溺愛する祖父には笑顔で「久しぶり」と言うだけで大喜び。取り敢えず祖母が「ちょいと野菜採って来るね」と家を去り、祖父は趣味の干物作りを始め、暇になった2人は釣りへ向かった。
そして今に至る。
脱いだワンピースを日当たりのいい岩場に置き、ジャージを着た結衣は準一の隣に座る。
「暑いね」
「今年は特にな……お前日焼け止めは?」
「へっへー。塗ってる。でも何で?」
「何でって」と準一は隣の結衣に目を向ける。「折角肌が綺麗なんだから」
うぅ。と結衣は頬を赤らめる。何の前振りも無く綺麗と言われ、結衣は恥ずかしがっているのだ。
「唸ってどうした?」
「兄貴が褒めるからでしょ!」
「え? だってお前綺麗だぜ? 可愛いし」
その瞬間、結衣は鼻血を出す。「えへへ……綺麗って可愛いって」
「おい! 鼻血出てるぞ!」と準一はズボンのポケットを漁りハンカチを取り出し、鼻に当ててやる。
「可愛いって言われたー!」
「鼻血止めるから動くなっての!」
「なんじゃい2人とも……随分とあくてぃびてぃに魚を捌いたようじゃの」
鼻血に溢れる戻って来た2人(特に結衣)を見た祖父、朝倉重文は言った。
「ねぇねぇ爺ちゃん!」
「おおどうした結衣」
「兄貴がね。可愛いって綺麗って」
「おお2人とも結婚か! めでたいのぉ!」
ちなみに祖父、重文は常にこんな感じだ。結衣のブラコンを気に留めるどころか賛成している。
「爺ちゃん兄妹って結婚出来ないんだぜ」
「何を言うか準一。こーんな可愛い女の子がお嫁さんじゃぞ? ハッピーじゃろ?」
「ハッピーなのは爺ちゃんの頭だよ」
「はっはっはっは! 準一はキツイのぉー」
何でこんなに爺ちゃんは元気なんだろうと思っていると、祖母、朝倉春代が野菜をカゴ一杯に乗せて帰って来た。
「あんた達何騒ぎよん?」
「おお春代。結衣が準一のお嫁さんに確定じゃて。赤飯炊け!」
「何馬鹿言いよんの。それよかお野菜冷やすかんね。結衣、準一、あんた達食べるね?」
2人は「食べる」と返事をすると家に入る。
「良いね結衣に重文、兄妹じゃ結婚出来んのよ?」
春代の言葉に準一は頷きながらトマトにかぶり付く。
「でもな春代。よう考えて、どこぞの馬の骨に結衣が嫁ぐ事になったら嫌じゃろ?」
「嫌とかそんなじゃないやろうも。結衣も、いい加減準一から離れな駄目やろ?」
「やだー! あたし兄貴と結婚すんのー!」
結衣の言葉は子供の様だが、マジだ。と準一が思っていると結衣は準一に抱き着く。
「うんうん。仲良き事はええじゃろの」
「はぁ……準一、何か言ってやってちゃ」
「婆ちゃん。結衣は学校じゃいっつもこんな感じ」
と準一が言うと春代は更にため息を吐く。
「そういや準一、あのこんじきのすーぱーすとれーとへあ―のカノンはどうしたんじゃ?」
「あ、ホント。今日は居らんねぇ。どこおるん?」
「ああ。カノンは学校。忙しいらしくてな」
そうか。と重文はきゅうりをポリポリ食べる。
「あら、んじゃ今年は来んのかね?」
「いや、別の機会に連れて来るよ」
準一はトマトを一気に食べ終えると立ち上がる。「婆ちゃん昼飯作ろうか?」
「お、ええの。春代のも美味いが準一のも美味いからの……準一何作るんじゃ?」
「ああ。そうだな。……婆ちゃん天ぷらつくっから。油使うよ?」
「ええよ。野菜一杯使ってな」
の春代の後「兄貴あたしも手伝う―!」と結衣。結衣は料理は上手だ。
「よし、頼むな結衣」
「ガッテン」
そんな2人に「仲良いのー」と重文が言うと春代は「疲れるわぁ」とトウモロコシを食べ始める。
2人の作った天ぷら。それは老夫婦が取り合う程美味しかったらしい。取り敢えず再び釣りに赴き、夕刻。祖父は買い物袋を片手に「花火買って来たんじゃが、一緒にせんか?」
準一と結衣は良いよ。と承諾し、外に出る。適当に花火を楽しんだ兄妹は今日近所の神社でお祭りがある事を知る。
そして暗くなった頃、祭囃子が聞こえ始める。女の子らしいピンクの浴衣に着替えた結衣は準一の腕に抱き着く。
向かうは神社。田んぼ道の先。そこに神社はある。見える長い階段には鳥居が幾つも立ち、出店の灯りは階段下まで続いている。
「随分と久しぶりだ」と準一は見える出店を見る。「何年振りだろう」
「あたしもあんまりお祭りには来てないなぁ」
「そうなのか?」
「うん。夏休みは基本海外に居たよ。シャーリーの家とか」
へぇ。と準一は海外に居た理由に心当たりがあった。実家に帰れば俺に会うから帰れなかったんだろう。
「だったら久しぶりのお祭り。楽しもうな」
「うん」
2人は出店が並ぶそこを通り過ぎ、階段をのぼり、更に店の多い神社境内に入る。
セオリー的に、という準一の意見でまずは綿菓子。
「お! 準一じゃねえか! 久しぶりだな……良い身分じゃねえか彼女か?」綿菓子屋のおやじ。自動車工場勤務のハゲは知り合いだ。
「違うっての。結衣だよ。わかんないの?」
「あ!? 結衣ちゃん!? こりゃあ驚いた。昔も可愛かったがまーたべっぴんになってなぁ。よし!」
おやじは綿菓子の袋、アニメの絵の描かれたそれ2つを準一、結衣に渡す。「持ってきな。結衣ちゃんと準一が久しぶりに揃った祝いだ」
「さんきゅ」
「ありがとうございます」
まず綿菓子2つを無料でゲット。歩きながら2人は食べ終え、昔よく遊んでいた人間を見つける。たこ焼き屋の出店でたこ焼きをひっくり返している。
「なぁ、あれって」
「うん。裕樹だ」
準一が気付き、結衣が答えるとその裕樹と呼ばれた男は2人に気付く。「お! 準一!」
「よお裕樹」と準一が言うと「兄ちゃんあとは任せたな!」と裕樹は2人に近寄る。「久しぶりだな。そっちは……?」
「みんな分かんないんだね?」
「まぁ結構凄いレベルで違うしな」
おい、この子は誰なんだ? と裕樹が聞くと「結衣だよ」と結衣。裕樹は頭に巻いたタオルを解き驚く。
「マジか!? 結衣ちゃん!? 結婚して!」
「え? 嫌だ」
裕樹は膝を落とし落ち込む。
「見た目に反してブラコンは相変わらずなのな」
「だな。裕樹。お前んとこのたこ焼き。2つ買うよ」
「おう。任せな。兄貴! たこ焼き2つ!」
あいよ! と筋肉ムキムキの男が手を振り、たこ焼きをひっくり返す。手際がいい。流石。と思いながら準一は近寄る。
「ほらよ! 準一。久しぶりだな」
「ええ」と準一はたこ焼き2つを受け取る。「また一段と凄い筋肉ですね。博也さん」
「まぁな。っつかマジか? 結衣ちゃんめっちゃ可愛いじゃねえか」
「まぁ……確かに。でもそういう事言ってて良いんですか? お嫁さんに殺されますよ」
「はは。良いっての。今嫁は実家に帰ってるからな」
ああそう。と準一は苦笑いを向け裕樹、結衣の方を見ると1人増えている。長い黒髪の女の子だ。女の子は結衣に抱き着いている。
準一はその子に見覚えがあった。「柚?」
「ん? ……あー! お前!」と女の子は準一にズンズンと歩み寄り人差し指を顔に向ける。「準一か!」
「ああそうだが、分かんないのかよ」
「分かんないって。いつのまにそんな幸薄そうな精力の欠片も無い顔になったんだよ」
「何て失礼な事言ってんだよ」
準一はため息を吐いた。彼女は柚。裕樹の姉である。ちなみに裕樹は準一達より1つ下。博也は6つ上。
「でも久しぶり。随分会ってないから」
「そうだな。お前は相変わらずで安心したよ」
え? そんなに変わってないの? と柚が言う前に「ところで結衣。結婚しよう」と裕樹が再び言う。
「ヤダ。あたしは兄貴に嫁ぐって決めてるんだから。ってか裕樹彼女居なかったっけ?」
「とうの昔に別れたよ。ってか何年前だよ」
「んー……5年前?」
あまりに昔過ぎて準一は忘れていたが、裕樹には彼女が確かに居た。
「でも裕樹。お前役得だぜ」
「え? なんでさ」
準一が言うと裕樹、柚は口を揃えた。
「結衣は学校の男子にそんな風に親しく喋りかけないぞ」
「え? マジ?」
「おお。マジマジ」
「まぁ……裕樹とかこの辺の人は仲良いし。昔からの仲じゃん? 気兼ねしなくていいし」
そう結衣が言うのは、この辺だと勝手が知れている。しかし碧武の男子、結衣に声を掛けてくる輩は結構家柄が良かったりする。変に相手していてはたまにパーティ―に招待されたりする。
たまにある派閥勧誘の事だろう。
「結衣も大変だな」と裕樹。
「うん」
結衣は項垂れると準一に顔を向け「兄貴疲れた」
「え?」
「おんぶ」
やだよ。と準一が答えると博也、柚、裕樹は「相変わらずだな」と思いながら2人を見る。
「おんぶ! おんぶ!」
「お前高校生だろうが!」
「おんぶに年齢なんか関係ない!」
「いや、あるから!」
普段準一はここまで声を出さない。これは博也達の前であるからこそだ。
「んー……じゃあお姫様抱っこ」
「状況悪化してんじゃん」と柚。
すると準一は貰ったたこ焼きのタッパーを開け、一つ爪楊枝で刺すと「結衣あーん」と差し出す。
迷いなく「あーん」と結衣は食べると「おいひ」と右手を口に当てる。
「準一。私にも」
「次俺な」
続く柚、裕樹にもちゃんと食べさせてあげる事数分。気づけば準一の分は無くなっていた。
お祭りのシメは花火。開始時刻は8時半。柚、裕樹、結衣と一度別れた準一は場所を変えた。先ほどまで居た境内、ではなく神社裏から降りられる小さな川。
その小さな石ころが敷き詰められた川辺に1人の女の子を発見する。
「氷月千早」
そう準一が声を掛けるとゆっくり振り返る。月明かりに照らされた彼女は氷月千早。世界改変魔術を彷彿とさせた大規模魔術。それを発動させた張本人。
「偶然って怖いよね。こんな所で会うなんて思ってなかった」
「ああ。全くだ」
答え、準一は警戒する。どこにジェイバック達が居るか分からない。
「警戒してる?」
「まぁな」
「だったら警戒しなくても良いよ。別に戦う為に来たんじゃないの。本当にお祭りに来ただけ」
だったとして不気味過ぎる。この女が一体何者なのか、全く把握できていないのだ。
「京都ではお疲れ様。反日軍のヨアヒムって言えば教団も手を焼いている魔術師でしょ? よく生きてたね」
「何でその事を知っている?」
「情報は戦いの術だよ。調べるなら自分の脚で、でしょ?」
その口ぶりから察するに見ていた。と考え、準一は口を開く。「千早。お前たちは何なんだ? 組織は? 目的は?」
「どうして? 教える必要があるの?」
「お前が良く分かんないからだ。あの男やパワードスーツ集団とどういう関係だ?」
千早は笑みを浮かべ、川に向く。「別に、協力者だよ」
「協力者?」
「そう。私はね」千早は顔を準一に向ける。「戦争が嫌い」
前に聞いている。
「別に戦争を失くそうなんて馬鹿な事は考えていないよ? ただね。知識を得なきゃいけないの」
知識。と聞いて準一は少し考え、思いついた事を言ってみる。「この間のお前の魔法。あれは不完全だった……だから」
「流石」と千早が言うと花火が上がる。もうそんな時間に、と準一は息を吐く。
「私の目的は書き換える事。戦争なんて馬鹿な事が起こる世界を、私の理想とする戦争の無い世界に」
「無理だな」
「でしょうね。この間のレベルで負荷がかかりすぎて私は不安定だったのに。ま、ただの理想論ね」
言うと空に咲く花火を見ながら千早は口を開く。「ねぇ、私たちに付かない?」
またか。と準一は呆れた。一体今日で何回目だろう。勧誘的なモノは。
「付かないけど」
「残念」
と千早は準一に向き、微笑む。「戦争を失くすんだよ? 無理かもしれないけど、アルぺリスの力があれば出来るんじゃない?」
アルぺリスの力をもってすれば、世界の軍事のバランスは崩せる。大国の主力艦隊、主力航空隊。首都防衛の部隊はフルブラスト・アーチェリー。デストロイ・アローの同時使用で壊滅させられる。
現に中東で使用した際。民兵を吸収した2個師団以上に及ぶ部隊が潜伏し、籠城状態になった大都市を壊滅させた。
「戦争をなくすのは無理だな」
そう。と千早は再び花火を見る。「ねぇ、面白くなりそうだから。今度国に刃向ってみてよ。ううん。やっぱ、日本を滅ぼしてよ」
「俺にそのメリットが無い」
「米国でも中国でも韓民共和国でもロシアでも良いよ」
だから、メリットが無いっての。と準一はため息を吐く。
「つまんない……本当に」と千早は神社と反対側の山へと一歩踏み出す。「つまんない準一をつまらなくないようにしてあげる」
「役者を揃えた秋の祭典でね」
遠くなる千早の背中を準一は訝しげに見送る。
秋の祭典。秋にある事といえば各碧武校による選抜戦。まさか、そこで? 役者? 一体誰を。と考えるが花火が終わりに近づいた事に気づき、慌てて3人の元へ戻った。
花火の翌日。準一、結衣は自宅へ帰る事に。祖父母家を去る際、2人は結構悲しんでいた。そして着いた自宅。久々の我が家。結衣にしてみれば3年以上帰っていない家。準一からすれば4カ月ほど。