可愛いからホント困る
機械魔導天使ハンニバルが去り、ブラッド・ローゼン、アルぺリス、スティラ、篤姫は格納庫へ。アルぺリスは機体チェック。他は損害箇所探し。
アリーナに居た準一達は校長室に居る。
「あの機体、ハンニバルの事。エディ先輩は知らなかったんですか?」準一は壁にもたれ掛るエディに聞く。「テンペストにも資料が行っている筈ですが」
「いや、俺達は口頭でしか聞かされていない」長い息を吐き、エディは準一に向く。「それも聞かされていたのは神の力を使うという事だけ。機体の特徴などは聞いていない」
それを聞き、揖宿が準一に向く。「朝倉君は知っているみたいだな」
「前に映像資料と口頭証言で十字架だけは。……しかし、姿を現すとは思いませんでした」そう準一が言うと椅子に座る代理が息を吐く。「神聖なる天使隊って言ってたよ」
「教団の中の部隊です。詳しくは知りませんが」 そう準一が言うとエディが壁から背を離し、顔を代理に向け、皆を見る。「俺の覚えている範囲だとオリバー・アズエルの様に神の力を使う部隊です」
答えたエディに顔を向け、代理は意味ありげに笑みを浮かべる。「ねぇ。信憑性は?」代理はALの一件、合衆国陸軍との密売。テンペストが先導していた事もあり、エディの事を信用していない。
「嘘を吐くメリットが無いと思いますが」
「だよね」
と代理は準一に向く。準一は腰に抱き着くエルシュタの頭に手を置く。「エルシュタ。あの十字架。説明してもらえるか?」
「うん」エルシュタは頷き、壁際の椅子に座るエリーナを一度見ると代理に向く。「あの魔術は神の十字架」
「対象を封じるための魔法だよ」
そうエルシュタは言うのだが、腑に落ちない点がある。ハンニバルはブラッド・ローゼンを十字架に押し付け、最後は薔薇の魔法を使っていた。
「あの男も封じるって言っていたがそれは本当なのかい?」と揖宿が聞くとエルシュタは頷く。「間違いないよ」
「封じる、というよりは奪っていたような感じだった気がするんだが」
その準一の言葉にエルシュタは顔を向け、頷く。「多分、魔術を封じる際、神の権限で魔法を預かるの」
「預かる? ……だから使用できたのか」
うん。とエルシュタは頷く。準一はエリーナに顔を向ける。「エリーナ。ブラッド・ローゼンは魔法が使えない。どうする? もうお前に俺達に反抗する事なんかは出来ない」
「準一。私は別に反抗する意思はない」
「なら良いが……機械魔導天使を持っている以上、戦力として考えるが構わないか?」
それにエリーナは顔を上げる。「待って。ブラッド・ローゼンは魔法が使えない。戦力になんか」
「なるさ。魔法が使えなくとも機械魔導天使はベクターを凌ぐ性能を持っている」それを言うと準一は代理に向く。「代理、ブラッドローゼンにFCSを積みたいのですが」
「うん。良いよ。流石に射撃武装が無いとつらいもんね」代理は微笑む。「じゃ、城島に内線入れるから。準一君、システム回りお願いね」
「はい」
準一は頷き、エリーナに近寄る。「行くぞエリーナ。ブラッド・ローゼンを改造する」エリーナは無言で首を縦に振り、準一に続く。
「待って―」とエルシュタも準一を追いかけ、残された3人は顔を見合わせる。
「代理。あのオリバーという男、気になる事を言っていました」揖宿の言葉に代理は口を開く。「堕天使の記憶している情報、だっけ?」
「朝倉も知っていた筈ですが……何故聞かなかったんでしょう」
エディの言葉に代理は顔を向ける。「多分だけど、私たちの前じゃエルシュタちゃんが言い難いだろうから言えなかったんじゃない」
成程。とエディは揖宿を一度見ると校長室を出る。それに揖宿も続き代理は机に突っ伏す。すると程なく、扉が開き、一人の男子生徒が入室した。その男子生徒は手に拳銃を持っている。
「あら? 拳銃の使用許可は訓練場以外で出ていない筈だけど?」
ブラッド・ローゼンが格納されたのは最下層区画にある格納庫。アルぺリスが収まるケージの隣。そこまでは区画移動エレベーターで向かう。そのエレベーターに準一、エリーナ、エルシュタが乗っている。
「エルシュタ。堕天使の記憶している情報って?」ここなら、と思い準一が聞くとエルシュタは目を細めた。「ごめん。準一。あたし全然覚えてない」
だよな。準一は息を吐き、階層を現す文字盤に目をやる。
「何で空港に居たのか分からない。でも、準一の事だけは覚えてた」
「俺はお前の声が聞こえた時の記憶が無い。あの反日軍の洋上基地でだ」
「多分、一種の催眠状態だったんだと思う。準一を私の場所へ導くための」
そうか。と準一は言うが驚いていた。準一は過去、代理に自白剤を飲まされたが効果は無かった。そして準一は呪術、催眠の類は魔法だろうが何だろうが全く効かない。でも、洋上基地ではそれが効いてしまった。それだけの魔法を使われた。
どうにも自覚が無い。
「まぁ、いっか。いつか思い出すだろ」それ以上追及する気にはなれず、準一はエルシュタの頭に手を置いた。「うん」
エルシュタは嬉しそうに目を閉じ、言う。
そして、3人は格納庫へ着き、エルシュタは適当なパイプ椅子に座り足をパタパタさせている。
準一、エリーナは城島に続きブラッド・ローゼンに近づく。作業用ベクターがブラッド・ローゼン胸部をチェーンソーで切る。機材を入れる為だ。準一は足元の長椅子に座り、すぐに積み込めるようにシステムを組み始める。
するとエレベーターの扉が開き、代理と見知った男子生徒が入って来た。三木原凛だ。手には拳銃。気づいた整備員が準一達に伝える。
準一は椅子を立ち、三木原を見る。代理はエレベーターを出てすぐの格納庫の壁にもたれ掛り、三木原は拳銃を準一に向け、近寄ってくる。準一もそれに近寄る。
どういう事だ。と聞く前に三木原は口を開く。「先輩。……聞きました魔術師なんですね」
準一はため息を吐き代理を見る。「違う違う」と身振り手振りで伝える。
「三木原。誰から聞いた?」
「避難途中。はぐれた時にフードを被った人間から」
多分、ハンニバルのそれに紛れ校内に入った魔術師だろう。と察し「拳銃は? どこから手に入れた」
「避難に紛れて……射撃訓練場から持ち出しました」
成程。と準一は三木原を見る。何か怒りを孕んだ瞳。過去に魔術師絡みで何かあったのだろう。
「で? どこまで聞いた?」
「先輩があの化け物に乗っているのと、幾つかの作戦に参加している人殺しだと」
あながち間違いじゃないので否定はせず「まぁ正解だな」と言うと三木原の手に力が入る。
「ぼ、僕を! 先輩は! 騙していたんですか!」三木原は銃口を準一の胸に向ける。「魔術師のクセに!」
別にそんな事はなかったのだが、と準一は銃口を見る。三木原が感情的になっているのに対し、準一は至って冷静で、目線は冷徹だ。
「僕はあなたを! 先輩を! 朝倉準一を信じていたんだ! 折角……折角! 仲良くなれた初めての人だったのに!」そう叫んだ三木原に準一は息を吐く。
「―――だったら撃てよ」
その声は大きくはないが、格納庫中に響き、皆が驚いた。
「お前は俺に騙されたこんな事を起こしたんだろう? 撃てよ。お前には撃つ権利がある」準一は一歩前に出る。「さぁ、どうした。撃てよ」
煽るような言い方に、催促するような言葉。三木原はそれを疑問に思わず目を閉じ引き金を引く。
一度の発砲音。それを聞き三木原は目を開き、驚愕する。
朝倉準一は顔色一つ変えず無傷だった。準一は胸元に持って来ていた左手を差し出し掌を見せる。
そこには銃弾。発射した銃弾。朝倉準一を撃ち抜いている筈の銃弾。
「まぁ、そういう事だ」の準一の言葉の後、三木原は再び構えようとする。しかし、手に銃の感覚が無いと思う。すると三木原凛の額に冷たい銃口が当てられた。
「形勢逆転。まさにこの事だ」準一は三木原凛から拳銃を奪い取った。それを聞き、三木原は腰を抜かし、半泣きになる。足元が湿る。尿失禁したようだ。
「お前は俺を撃った。だから、俺もお前を撃つ権利がある」言いながら準一はしゃがみ、再び額に拳銃を当てる。「撃って良いのは撃たれる覚悟のある奴だけだ」
それを伝えると「代理。どうします? 変に知られてしまったので」と立ち上がる。拳銃は向けたまま引き金に指を掛ける。「引き金を引いても構いませんが」
聞こえた言葉に三木原は震え上がる。
「んー。そうする事も手かもしれないけど……イヤでしょ?」
「したくはないです」
「じゃ、別の方法で口を封じちゃう?」
そうですね。準一は頷くと拳銃を下ろし三木原に手を差し出す。
「三木原。納得いかないだろうがまずはズボンを変えろ。漏らしてるぞ」
漏らしているのを確かめる事も出来ない位混乱した三木原は準一の手を握り、立ち上がる。
「朝倉、シャワー室にジャージがある。使え」と城島。準一は頷き三木原の手を引きシャワー室へ入る。
案外忙しい整備班。彼ら専用にシャワー室がある。そのシャワー室に準一達は入り、着替えのジャージを三木原に渡す。
「三木原制服を脱いでくれ。洗濯する」
疲れ切った表情で三木原は頷くと制服を脱ぎ、渡す。準一は受け取ると個室シャワーの近くの洗濯機に制服を入れ、スイッチを押す。
するとシャワーの水音が聞こえ始め、洗濯機隣のベンチに座る。
数分経って水音が聞こえなくなると、服を着る布音が聞こえる。そして三木原が個室を仕切るカーテンを開け、出て来る。
「先輩……申し訳ありませんでした」三木原の謝罪と同時、洗濯完了の音が聞こえ、準一は顔を向ける。
「謝る事は無いだろう。騙していたのは事実だ。……言いたくないなら言わなくても良いが、お前は魔術師に並々ならぬ感情があるようだ。何があったんだ?」
問いに三木原は少し考えるような表情を浮かべ、顔を準一に向ける。「僕の兄は魔術師の起こした犯罪に巻き込まれ死にました」
準一は聞くが口は挟まない。「僕が小学6年生の時でした。兄は中学1年生でした。兄は地下鉄で通学していたんですが、そこで魔術師がテロ紛いの事を起こし、兄の乗った電車は脱線して、後続の電車に追突され」
その事件。準一はニュースで見たのを覚えている。魔術師の風当たりが一層厳しくなった事件だ。
「だから魔術師を怨んでいるのか?」
「はい」
そうか。と準一は立ち上がる。
「先に言っておく。今回は穏便に済ませたが、次にこんな事をするようなら容赦はしない。さっき見て聞いた情報を漏らした時も同様だ」と準一は顔を三木原に向ける。
「殺すぞ」
三木原は再び震え上がる。すると準一は「ふっ」と笑い洗濯機の蓋を開ける。
「なーんてな」
「へ?」
三木原は目の端に涙を浮かべ、呆気に取られた表情を浮かべる。
「別に殺したりしないさ。俺の事情を知っている人間は結構居る。その中にお前も入っただけだ。知りたかったか知りたくなかったかは別として、お前は知ってしまったわけだ。知ってしまった以上、お前はもう楽園の人間じゃない。魔術側の人間だ。否応なくな」
準一は言いながら洗濯機から制服を取り出す。まだ次は乾燥室か。と思いながら三木原を見る。
「悪いな。巻き込んでしまって」
「い……いえ」
「それに、泣くなよ。男だろ?」
「お、男だからって泣いちゃいけないって事はないでしょう!」
「はは。違いない。さ、次は乾燥室だ」
はい。と返事をすると三木原は準一に続く。
「代理、事情は分かりましたが、何で朝倉に会わせたんです?」
城島が代理に聞く。
「あたしは上手く出来ないし、人を丸め込むのは準一君の得意技でしょ?」
「そうですか」
と城島は被った帽子を取り、髪の毛をかき上げる。
乾燥室で制服を干す。時間はまだ掛る。準一と三木原はベンチに座っている。
「三木原。事情を知ってしまった訳だが、魔術師が嫌なら特訓はどうする?」
「どうする……とは?」
「だから、俺が特訓するのを止めても構わないんだ」
準一なりに気を遣ったのだが、三木原は申し訳なさそうな顔を浮かべる。
「いえ……先輩が良いです」三木原は言い、隣の準一の顔を見る。「先輩じゃなきゃ嫌です」
「何でまた」
自分がいいと言う三木原が分からず準一は聞く。
「散々デタラメ言っておいてふざけんなって思うかもしれません……確かに先輩は怖いです。魔術師だって分かってショックでした」顔を下げ、目線を膝に向け三木原は続ける。「でも、先輩は先輩です。うまく説明できませんが、先輩は悪人じゃないです……ですから、その」
「僕は先輩が大好きです!」
「あ、ありがとう」
いきなりの大声に準一は少し驚いた。それを見て「す、すいません……で、でも本心です。先輩は頼りになって優しいから……その兄さんみたいで」顔を真っ赤にし俯く。
「えっと、じゃあ特訓はまだ俺で良いのか?」
「はい!」
「そっか。あんがと」
そう言うと準一は三木原の頭を撫でる。それに三木原は更に顔を赤くする。
「また宜しくな三木原」
「……先輩その……名前で呼んでもらって良いですか?」
何だ。凛と呼べば良いのか? 準一は一度息を吐く。
「凛。宜しく」
「はい! お願いします!」
そう笑顔の凛を見て準一は何度も自分に言い聞かせた。
良いか? 俺。三木原凛は男だぞ。
だが三木原凛は可愛い。こりゃ義明と張れるぞ。と準一は苦笑いを浮かべ、ため息を吐いた。
可愛いからホント困る。