禁断の果実
堕天使。機械魔導天使にプラスになる存在。高位魔術師が手に入れてしまえば相当な戦力になるそれを、朝倉準一は手元に置いている。それは1つではなく、2つ。エルシュタとエリーナだ。
エルシュタは完全な堕天使。対しエリーナは実験によって成功した被検体。疑似的な堕天使だ。しかし、疑似的であっても使用はできる。サジタリウスは使用していた。
しかしここで違いが生まれる。エルシュタの様な純粋な堕天使は、使用する際その魔術師と契約を結ぶ。だが、疑似的な堕天使は契約を必要としない。そして、性能も違う。
その事を書いた資料。それを手に持ったシスターライラは不敵に笑みを浮かべる。
「シスターライラ」まだ若いシスターに呼びかけられる。「シスターライラ。何を嬉しそうな顔を浮かべているのですか?」
「そうかしら?」
シスターライラは聞く。自覚が無いからだ。と
「ええ。何か楽しい事を見つけた様な顔ですよ」
若いシスターは目を細め、笑みを浮かべる。
そんなシスターに向き「この資料よ」笑みを向ける。「朝倉準一の確保した堕天使に関するモノよ」
それに「ああ」と若いシスターは納得したように無表情を浮かべる。「朝倉準一とはあのアルぺリスの操縦者。第二北九州空港事件人間ですよね」
「そうよ。何か気になるの?」
「いえ……ただ、朝倉準一とは確か」
若いシスターが言い終える前にシスターライラは笑みを向ける。「楽園から追い出された人間よ」
それに一度若いシスターは瞼を閉じ、開く。「確か、彼の家系には全く。魔術の血は流れていないんですよね」
「そうね」
「どういう事なんです? アルぺリスとは、朝倉準一とは何なんです? 只の人間、魔術師じゃない。何故、機械魔導天使が」
「それも含めてイレギュラーなのよ」
シスターライラ答えると資料を丸める。「だからこそ、楽園を追放されたのよ」
「どれだけ力があろうと人は人。その位から上がるなんて烏滸がましい事なの。彼は人間よ。でも、人の身に余る力を2つ同時に手に入れた」言うと、シスターライラは目を逸らす。「魔術の事は知らなかった。知らなくてよかった。関わらなくてよかった。でも、アルぺリスという機械魔導天使を手に入れ、友人を失った。それは、何も知らなくてよかった彼を魔術に連れて来るには十分で、何も知らなくて生きていけた平和な世界、楽園から追い出すにも十分なの」
「それには、誰かの意図が関わっているのでしょうか?」
「それは分からないわ。神の悪戯か、それとも只の偶然か、それとも必然だったのか」
しかし、神の悪戯だったとして朝倉準一は神を殺す力、神殺しを持っている。それを考え、シスターライラは笑みを浮かべる。
「あの人間は、見ているだけで楽しいわ」
その呟きをしたシスターライラを訝しげな眼で若いシスターは見る。笑みを浮かべるが、朝倉準一はもう軽視できる存在ではない。
単機で化け物と称されるほど強く、味方だろうが敵だろうが良くも悪くも名前が知られている。数々の作戦に参加し、華々しい戦果を残している。そして、弩級戦艦大和艦長、九条功、五傳木千尋、御舩茉那他多数の強力な仲間が居る。
それは、各組織からすれば嬉しい事ではない。何故なら堕天使も保有しているからだ。そんな彼を最も恐れているのは米国政府だ。恐れるようになった原因としては、教団が合衆国海軍ハプアニューギニア基地の火器管制SYSをハッキングした際。核弾頭を装備した大陸間弾道ミサイル、ICBMが3発発射された。
そして、第二次日露戦争時、ロシア軍が衛星軌道上に置いていった巨大衛星兵器より核ミサイルが2発。太平洋のSLBMより2発。高高度の無人機よりALCM1発。シベリアミサイルサイロより5発。計13発。
何れも核ミサイルで、その狙いは日本国首都、東京都。そのミサイル迎撃には朝倉準一のアルぺリスが単機で駆り出された。しかし、何故、単機かといえば、護衛艦からはPACS-05、地対空対空迎撃ミサイルが発射できなかったからだ。射程が足りていない。
政府からの命令は朝倉準一、アルぺリスは核ミサイルが日本領空に入る前に全て落とせ。それを準一は見事に成功させる。ちなみにその作戦時、準一はミサイルだけを攻撃していたのではない。妨害に来た敵機械魔導天使と交戦しながら、それを成功させた。
この事は、軍事組織にはすぐに知れ渡り、朝倉準一とアルぺリスは化け物として認知される事になった。教団は迂闊に手を出せず、反日軍も然り。世界のトップ、大国アメリカ合衆国(USA)は、日本に危機感を覚えた。その時期は、大和の華々しい戦果が目立っていた頃でもあるからだ。
戦力の高い弩級戦艦に、高位重戦術級魔術師朝倉準一、五傳木千尋。日本は世界をアメリカを敵に回しても戦えるだけの戦力を手に入れた。
しかし、その中でも朝倉準一は最も恐れている。その核迎撃作戦前、アメリカ合衆国は、朝倉準一を引き入れようとした。核発射はその矢先だ。朝倉準一がそれを成功させた事により、幾つかの軍事兵器序列がずれた。
朝倉準一という存在を、アメリカ側は禁断の果実と考えるようになった。魅力的な戦力だが、絶対に口にしてはいけない。世界のトップ、楽園に君臨し続ける為だ。口にしてしまえば、楽園からは追放される。
「笑えるような相手では無いと思いますが?」若いシスターは表情を変えない。「この黒妖聖教会だって、何が原因で朝倉準一と対立するか分かりませんよ?」
仮に敵対すれば、黒妖聖教会という組織は半壊する。
「そうならない様に努力位はしませんとね。敵対、は御免ですから」答え、顔を向ける。「だからと言って、仲間に引き入れるのは御免ですし、無理でしょう」
言ったシスターライラは手近な柱にもたれ掛る。
「別に恐れる事はないでしょう。……良い噂は無いでしょうが、此方と敵対する理由も無いですし」
良い噂。それはシスターライラ自身の事だ。
「確かに、敵対する理由はないでしょうが」
「此方はどちらかというと彼らの雇主よ。この日本に潜伏する敵組織をそれらしい名前で粛清する。こっちにも助かるし、日本政府的にも助かる。一石二鳥でしょう?」
幾つか準一が参加した不穏分子掃討は、それだ。シスターライラが依頼したモノ。国内に潜伏する不穏分子。魔術師、反日軍。そして、単独行動をする諸外国スリーパー 。
全てが全て準一が熟したわけでは無い。その中の殆どは特殊部隊等が行ってはいる。が、魔術師相手は準一が担当している。
「まぁ、すぐにまた何か始まるわよ。碧武九州校でね」
「何がです?」
若いシスターは聞く。シスターライラはクスクスと笑みを浮かべ、顔を向ける。「大きくは無いけど、魔術の騒乱」と答え、瞼を閉じ、顔を戻す。
騒乱? それを聞いて何の事かは察しが付いた。魔術師が来るのだろう。騒乱というには戦闘が起こる。しかし、シスターライラはどうしてそんな事を? そう思いながら「失礼します」と若いシスターは踵を返し、聖堂を後にする。。
結局のところ。準一は返事を言えなかった。それにはちゃーんと理由がある。言おうと思い、女の子を探すが、目が合う度に逃げ回るのだ。
そんなこんなで特訓を行う放課後。アリーナへ向かい、ロッカールームへ。そこで運動着に着替えるのだ。準一がロッカールームへ入ると、何かがロッカーに叩き付けられる音がし、そこに駆け寄ると榊原竜二郎がロッカーにもたれ掛った三木原凛の腹部に足裏を押し込んでいる。
「おい」準一は荷物を置き、2人に近寄る。「榊原インダストリーの御曹司。何してんだ」
「見てわかるだろう。朝倉準一」問いに答え一瞬足に力を入れる。「憂さ晴らしだよ」と足を離すと、運動着のまま制服を拾い上げ、ロッカールームを去る。
「三木原」準一は三木原の肩に手を置く。「大丈夫か?」
「は、はい」言うと三木原は立ち上がる。
「どうしてやり返さないんだ?」
「……やり返して家に何かあったら」
成程。と準一は言う。しかし、ここで言っておこうと思う。
「三木原。お前が家の事を心配するのは分かるがな、榊原の家にお前の家族をどうこうする力は無い」
「え?」
「あのな。結局、お前の家族を如何こうするなんてただの出まかせなんだよ」
聞いて三木原は胸を撫で下ろす。「良かった」
「悪かったな。これ、言い忘れてたんだ」
「いえ、安心しました。先輩、ありがとうございます」
安心しきった表情で微笑みながらの三木原。中性的、というよりは女の子の様なその表情に準一は少し驚くも「いいさ。気にするな」と答えると自分のロッカーに行き、開け、制服の上着を脱ぎ始め、三木原も隣のロッカーを開け、着替えを始める。
「さ、三木原。新武装はもう届いてる。それと」と準一は運動着の上着を羽織る。「今日は俺の椿姫を使え」
「先輩の椿姫を? 僕は手動操縦なんて高等な事は」
「手動じゃない。イメージフィートバックシステムはまた積んだ。向こうの機体は聞いたか?」
「いえ」
「そうか。向こうの機体は本郷重工から仕入れたスティラだ。それも幾つかの出力系はアップされている。そんなのに雷であたったんじゃパワー負けする。俺の椿姫は装甲も内部フレームも、出力系も逸品だ」
それは見てわかる。明らかに椿姫の見た目から離れている。それに背負った新型ユニット。
「それと、お前じゃまだ榊原には追いつけない。それを補うって目的もある」
それはそうだ。と三木原は準一を見る。
「パワーに振り回さなければ俺の椿姫はお前に力を貸してくれる」と準一はロッカーを閉め、インカムを付ける。「イメージフィートバックシステムが働く以上。俺から出来る事はほぼ無い。お前次第だ」
準一は三木原に向く。「どうする?」
「の、乗ります! いえ、使わせてください」
よし来た。と準一は着替え終わった三木原の頭に手を置く。
「頑張ろうな」
優しい微笑みのその言葉に三木原は頷き、2人は格納庫へ向かう。そして、滞りなく特訓は開始され、それは夜8時過ぎまで行われた。その後、2人は遅くなってしまったのでショッピングエリアで食事を取った。
その際、2人はアニメトークで盛り上がり、休日。西街のアニメショップへ行く約束をした。
寮に帰り、シャワーを浴び、三木原はベットの中で考えた。準一の事だ。頼れる先輩で、趣味に理解のある先輩。碧武で初めて親しくなった人間。考えて、表情が緩み、三木原は目を瞑った。
そして三木原は準一に会う事が楽しみになっている事に気付いた。