特訓開始
その日、訓練は終了。内容はターゲットクレーへの射撃。そして近接格闘を兼ねた準一機との模擬戦。
機体をケージに収め、ロッカールームのシャワー室で三木原凛はため息を吐いた。
どうして自分が。と考える。別に悪事を働いたわけでもないのに、何故こんな状況が誕生しているのか理解できないのだ。実際、三木原からすれば成績が分かった翌日から、クラスでそういう状況が出来てしまった。
理由は? 僕の何が気に入らないの?
小学校、中学校そういう事を経験していないのでさっぱり分からない。
そして、最も分からないのはあの先輩。2年3組朝倉準一が何故、ここまでしてくれるのかだ。正直、信頼の方が強いのだが、隅では不気味だった。
と考えた矢先、シャワー室に準一が入ってくる。三木原は一度礼をすると蛇口を捻る。
そして、聞いてみる。
「先輩……その、どうして俺にここまでしてくれるんですか? 感謝しています……でも」
「ああ、そうだな。まぁ、言わなきゃここまでされて不気味だよな」
少し微笑みながらの準一の言葉に、三木原は心を覗かれたように感じる。
「気を悪くしないでくれ。正直に言うとお前の事なんかどうでも良いんだ」
三木原は黙って聞く。
「でもな、事情を知ってしまったしな。それだけじゃなく、本当の事を言うと気に入らないんだ」
「気に入らないって?」
聞き返すと、準一は蛇口を捻る。
「別に悪い事をしていないのに、人から邪険に扱われる事がだ。……俺も最初それに近かったからな」
「え?」
三木原的には意外だった。結構、学内では噂になっていたのだが、三木原は知らなかったのだ。
「知らないか。俺は転校してきたんだが、何でか学内で俺が妹のコネで入った。って噂されてな」
朝倉準一の妹。と聞いて高等部最強の異名を持つ朝倉結衣を浮かべる。
「先輩って高等部最強の朝倉結衣と兄妹なんですか?」
「ああ。似てないだろ?」
「う……」
「隠さなくていい。正直に言われた方が良いからな。まぁ、そんな妹と仲が悪くてな。来て直ぐは喧嘩ばっかしてたんだ。そして俺は本郷義明と一騎打ちする事になった」
知っている。三木原はアリーナで見た。
「仲悪かったんだが、妹は俺を気にかけてくれてな。凄く、嬉しかったんだ。……大嫌いな妹だったんだがな。正直、お前を助けるってのはその事が大きいんだ。俺の自己満足に近い。……迷惑だったか?」
「いえ! そんな事ないです!」
声を大きくした三木原に驚きながら準一は微笑む。
「相手は榊原だったか。別にそいつが悪いわけじゃないが、俺はお前の味方だ。必ず勝とう。んで、勝ってもまだ何か言ってくる輩が居て、困ったら俺を頼れ」
「―――必ず助ける」
声は大きくなかったが、力強い声だった。三木原は無意識に顔が緩む。それに気づくと顔を背け「はい」と頷く。
2人がシャワー室を出ると既に辺りは暗かった。
三木原は学生寮エリアの男子寮。準一の自宅からはさして離れていなかったので、送ってあげる事にする。2人が学生寮エリアの駅のホームに降り立つと同時、三木原の携帯が鳴った。
準一の知るアニメの主題歌だ。それに準一が反応しないわけが無い。無表情な顔なのだが、瞳に希望を宿す。
「失礼三木原。その歌……」
「うぅ」
三木原は携帯を隠す。そう三木原はアニメが好きなのだ。しかし、準一がアニメ好きとは知らないので隠す。引かれる。と思ったからだ。
「俺はそのシリーズを全て見ているぞ。プラモデルも買った。原作小説もだ。コミックス版も全巻買った」
しかし、それは大きな間違いだった。
三木原自身が引いてしまったからだ。
「いやー。良い作品だった」
ギャップが激しすぎる。だって、ついさっきまで無表情で世界の何処を見ているか分からない目をしていたのに、今は輝きに満ち溢れている。
「先輩、そっち系好きなんですね」
「ああ。大好きだ」
良かった。変な人だけど、いや、良い人でもあるけど。と三木原はクスと笑ってしまう。
そんな三木原に気づき、準一は頬を人差し指で撫でると前を見る。そのまま2人は帰宅し、一日が終わる。
筈だった。
「あらー、兄さん。随分と遅いお帰りですね」
「ホント。あたし達には殆ど構ってくれないくせに」
「「ねぇー」」
玄関先で妹達に迎えられ、準一は苦笑いを浮かべる。
同時刻、代理はエディと会っていた。場所は校長室。エディは幾つかの資料を代理の机に置く。
「テンペスト、私の部隊が独自のルートで入手した情報です」
代理はそれを拾い上げ、目を通す。「へぇ……」
内容は、準一が黒妖聖教会、シスターライラから聞いたものだ。
「準一君は知ってるの?」聞くと、エディは頷く。「黒妖聖教会から聞いていたようです」
椅子にふんぞり返り、代理は息を吐く。
「はっきり言って驚きですよ。我々米国がここまで掛ったのに対し、黒妖聖教会は今朝の段階で知っていた」言うと、後頭部を掻く。「何故、朝倉にこの事を?」
「例の大規模魔術時、準一君はその集団と交戦してるの」代理が言う。
エディは眉間にしわを寄せる。「聞いてませんが」
「そりゃあ、コレは日本の事だからね」微笑む代理。エディはため息を吐く。
「とは言っても、君もあそこに居たしね」
「なら先に教えておいてください」
そうエディが言うと、代理は目を細める。「だったらALの件も聞きたいな」
「何の事です?」シラを切るエディ。代理は調べが着いていた。
ALの米国との密売。それを行うのは合衆国陸軍だが、先導したのはテンペスト。エディの隊だ。
「いやぁ、おかげであたしは兎も角。準一君は精神的に疲れただろうから」代理は続ける。「それに、最後は投げ出したよね?」
諦めたようにエディはため息を吐く。「密売の件が漏洩しかけたのでね。体裁は保たなければなりません」
「その為の駆逐艦?」
「ええ。おかげで最後は全て朽木研究所に投げる事が出来ましたよ」
「尻拭い自体は準一君だったけどね……」
それだけですか? エディが聞くと、代理は「うん」と答える。
「では、今夜はもう遅いので」エディは続ける。「失礼します」
エディが去ると、代理は机上のコーヒーカップを持ち上げる。「彼も大変だな」
小さく言うとコーヒーを啜る。
「にがっ!」
次からはブラウンシュガーを淹れようと代理は考える。
「そう。学業へ勤しむ精神も大切です」というのは保険医の舞華だ。場所は準一の自室。その部屋では準一は頭を抱え、机上の数学問題を眺めている。
「さぁ解け! 貴様の様に中途半端な方向に傾いた生徒はその精神が健全に保たれるまで補講だ!」舞華はどこからか取り出した鞭で教卓を叩く。「私に殆ど構ってない罰だ」
本音それかよ。準一はため息を吐き。問題解答欄にシャーペンを向ける。
「無理だ」準一は手を止める。「普通に考えてこんな複雑な計算式を覚えるなんて無駄以外の何物でもない」
「馬鹿め。普通の学生はその位の計算問題すぐに解いてしまうぞ。現に順位を見ろ」と舞華は少し前にやった中間試験の順位を見せる。「お前の妹2人は1位、2位だ」
結衣が1位。カノンは2位。他にも綾乃達も上位キープ。そして準一は最下位。
「我が弟としてこれはいけない。良いか? 確かにこんな計算式は日常生活で使う事はまずない。だが、これくらい解けなければ現在の学力社会日本では大人になれない」
良いよ。年齢重ねればなれるよ。と準一が言おうとすると舞華は続ける。「次の期末試験。30以内じゃなかったら喫煙ばらすかんな。後、禁煙してもらう」
「オッケー。マジで頑張る」
準一は本気を出し、参考書を開く。「数字ばっかだ」
参考書は数字だらけ。仕方ない、数学の参考書だからだ。キャッチコピーは『サルでも解ける。最強問題網羅』。
「おら! どこが分かんないんだ!」舞華が聞く。準一は問題を見せる。「1番から最後まで」
「全部じゃねえか! お前これ中学校2年生の問題だぞ! 何してた授業中!」
準一は思いかえす。「何してたっけ……あ。学校脱走してたわ」
「……毎日勉強ね?」
微笑みながらの舞華に準一は苦笑いを浮かべ「そんな殺生な」と呟いた。