アーティフィシャル・ライフ ③
翌日の朝―――庭で鯉が跳ね、水音が聞こえると、1人の少女が目を覚ます。
少女は上半身を起こし、毛布をどけ立ち上がると寝室から居間へと繋がる襖を右手で開ける。すると居間に居た着物の40代位の女性は顔を向け「おはよう」と短く挨拶をする。
「おはようございます。お母様」
少女は挨拶を返し、長い髪をツインテールに結ぶとお母様と呼んだ人間の前に座る。
「それで、貴女は見たのかしら? 予知夢を」
「ええ。見ましたわ。……今騒ぎになっている怪獣の事ですが」
母親からの問いに少女は顔を向ける。その顔はどことなく不満そうだが、母親の方はそんな事は気にしていない。
「いいわ。話しなさい」
「……怪獣が女の子を護っていました。身を挺して、砲撃、ミサイルから。ですが、女の子は死にます」
「そこから?」
「朝倉準一が、この事件に決着を付けます」
朝倉準一。と言う単語に母親はクスリ。と笑う。
「やはり出て来たわね。あの化け物。夢に茉那は出て来たの?」
それに少女は首を振る。
「そう……朝倉準一は茉那のお気に入りみたいだから、近くにいるって思ったんだけど」
「貴女はいつもそうです。お母様。お姉さまにあれだけの辱めを受けさせ、お姉さまの話しをする時はいつも笑顔。何を考えているんですか?」
その言葉に母親はため息を吐く。
「あの子はね。貴女と違って反応が面白いの。男達に乱暴される中、必死に私に赦しを願う姿なんか傑作だったわ」
楽しげに語る母親に、少女は軽蔑の視線を向ける。
「それにあの子は今、居場所を見つけてるわ。朝倉準一っていう、頼れる心強い居場所をね。だから、あの子からその居場所を奪ったらどうなるかしら?」
そう言った御舩家当主、御舩京華に御舩家次女、御舩茉耶は更に軽蔑に似た目を向けた。
「え? 怪獣さんに会えるの?」
目を輝かせ、女の子が言うと、その目の前に立つスーツの男は頷いた。場所は避難所の施設の外。女の子の母親は寝込んでいる。
「どうする? 怪獣さんに会いに行きたい?」
「うん!」
「じゃあ、この事は誰にも内緒だ。いいね?」
それに女の子はうん! と頷くと、男に続きクラウンに乗る。男は運転席に座るなり、携帯を取り出し耳に当てる。
「怪物への土産……いや、エサが手に入った」
その言葉の後、別の場所では米国軍駆逐艦が発進した。
準一と代理はALと接触した女の子に会う為に避難所へ向かった。そこで女の子を探す。しかし、見当たらないので母親に聞く。
「分かりません。夜中に……何か当てられて痺れたようになって。朝起きたらあの子が」
母親は本当に知らないようで、知り合いであろう人たちが女の子を探している。
痺れさせられた。朝起きたら消えていた。
簡単だ。攫われたんだろう。
「準一君。何か、嫌な予感がする」
「ええ。俺もです」
準一は言うと、代理と一緒に避難所を後にする。探しに行きたかったが、そうもいかない。準一が最後のシメを頼まれたからだ。
朽木研究所では、残された資料と復元した資料を元にALの体組織を破壊する毒。の製作が終了した。短時間での製作だった為、ちゃんとしたモノではない。なので、使用方法はベクター用兵器、砲に詰めて使用する。
その事をすぐに朽木は対策部隊に知らせる。
現在、ALの所在ははっきりしている。運河付近の海中だ。対策部隊はその毒が届くまで様子見をするつもりだったのだが、米海軍艦がそこに向かっているのを発見した。
ALに対しての毒は、ベクター用に火器に装填できるように、弾丸に詰められた。それは、朽木研究所から輸送ヘリにより椿姫。準一機の元へ運ばれた。それはすぐに用意された単発式の拳銃に装填された。
準一は椿姫コクピット内でシステムを立ち上げ、出撃を完了させ、インカムを装着する。
『聞こえるか?』
「聞こえます」
『よし……いいか、弾丸は一発。射程は短い。限界まで近づき、口に弾丸を撃ち込め。生憎、援護は少ししか出来ない』
砲撃、火力支援は万一、拳銃、弾丸に損傷を起こさせる可能性がある。なので援護はALを抑える為にベクターが丸腰で出て来るだけだ。
「分かりました。どのタイミングで向かえば良いですか?」
『まだだ。合図がないからな』
合図? と準一は聞き返す。
『ああ、あの怪物はまだエサに引っ掛かっていない』
その言葉に準一は目の色を変えた。
エサ。に心当たりがあるからだ。
だが、こう思うしかない。
まさか。と。
「いいかい? この運河の入り口の堤防をずっと海まで走ってね。そして怪獣さんを呼んでくれるかい?」
「うん!」
人を疑う。という事をしない純粋な女の子は元気に頷くと、朝の運河の堤防を海へ駆けて行った。
「おい、エサが行ったぞ。あの怪物が出てきて動きが止まったら一気に殺せ」
女の子を攫い、嗾けた男は無線機で連絡を入れた。入れた先は米海軍駆逐艦。そして、その目線の先には米海軍駆逐艦が見えている。艦が居るのはかなり沖合の方だ。
海が目の前に見える堤防の上で女の子は立ち止まり「怪獣さーん!」と呼ぶ。
すると、目論見通り、ALは波を立てながら浮上し、女の子に近寄る。
「怪獣さん!」
とテンションの上がっている女の子の目の前まで来ると、ALは動きを止める。
その瞬間――――ALの背中にミサイル、砲弾が命中。沖合からの攻撃。駆逐艦。ALは顔だけ向け、水圧レーザーを発射しようとする。だが、砲撃に震える女の子に気づき、ALは包み込む様に前のめりになる。
火力攻撃はALの細胞を飛び散らせている。直に有毒物に変換される。
AL敵には後方の駆逐艦を沈めたかった。だが、ここで離れれば女の子が危険なのは理解している。だから動けない。ALはただ砲撃に声を押し殺している。
『特級少尉、エサに食いついた。向かって、隙を見てソレを撃ち込んでくれ』
了解、と返事をせず準一は椿姫を急発進させ、堤防へ向かう。
駆逐艦は、後部甲板に装備された試作のレールガンを起動させ、照準をALの背中に合わせ発射する。
レールガンからの電磁弾はALの腹部を貫通。ALは口を開け、悲鳴を上げ、女の子はしゃがみ込み、耳を塞いでいる。ALはさらに前のめりになり、盾になろうとした時だった。
2発目の電磁弾は再び腹部を貫通し、ALの目の前の女の子が消えた。命中して、消えたのだ。ALは、一瞬悲鳴を止め、女の子を探す。そして、理解する。
駆逐艦からの攻撃で、女の子が死んだ。
その瞬間、ALは激しく、悲痛な雄たけびを上げ、顔を空に向け、次の瞬間には顔を駆逐艦へ向け、水圧レーザーで艦橋を右から切り裂く。そのまま海中を潜航し、触手で艦内の人間を1人残らず殺し、艦を沈め、堤防に降り立った椿姫を睨んだ。
レールガンによる攻撃で女の子が消えたのを準一は確認していた。しかし、間に合わず。降り立った時、ALは駆逐艦を沈めていた。
そして、目が合い、準一は拳銃を腰にマウントさせる。
一目で分かった。ALは怒っている。女の子を殺したからだ。馬鹿な事をしてくれたものだ。と準一が心で悪態を吐くと、ALは水圧レーザーを椿姫に発射。準一が椿姫を左に回しレーザーを回避させると、ALは椿姫に向かって前進を始める。
それと同時、雷3機が降り立つ。準一の援護だが丸腰だ。あくまで動きを封じ、押さえつける為だ。
だが、そんな事には構わず、ALは堤防上ると、その巨大な腕部を振り下ろす。椿姫、雷はそれを回避するが、雷2機が触手で脚部を握られ、市街地へ投げ飛ばされる。
残った雷一機はユニットを噴射させALへ突っ込む。だが、巨大な腕部の一撃で弾かれ、堤防を転がり、海へ落下する。
準一はそれを横目に舌打ちすると、マウントしていた拳銃を抜く。同時、ALは触手を伸ばす。準一は跳躍させるが脚部を掴まれ引き寄せられる。本当なら刃物系の武器で切りたいが、あまり細胞を分散させることは望ましくない。
椿姫は地面に叩き付けられ、触手で機体を固定され、ALはその巨大な口を開き、椿姫に噛み付こうとする。
それを待っていた。と言わんばかりに準一は腕部に加速魔法を使用し、無理やり拳銃を持った方の腕を口に向け、引き金を引く。
響かない、鈍い発砲音と共に、ALは断末魔を上げ、海に飛び込み、急速潜航。
「命中……したんだよな」
確認するように準一が言うと、戻ってくるように命令が下る。
対策本部へ戻った準一は、椿姫をキャリアに乗せる。準一の帰りを待っていた代理は「お帰り」と微笑み言うと、準一は「戻りました」と疲れたような表情で言う。
それの原因を代理は知っている。戦闘モニターで見ていたのだ。女の子が駆逐艦のレールガンで吹き飛んだ。
流石の準一も少し滅入っているのだろう。察した代理は準一の手を引き「行こ? 対策部隊責任者からの挨拶だって」と言い、停めてあった車へ向かう。
対策部隊責任者からの挨拶、もとい労いの言葉は、準一達の宿泊していたホテルの近くのパーティー会場で行われた。
「諸君らの過酷な任務。誠にご苦労。ささやかながら諸君らの労を労いたい」
本当に短い挨拶が終わると一旦解散になった。どうやら夜に慰労パーティーを行うらしい。
その言葉の間、準一は無表情のまま顔色一つ変えなかった。
夜になり、集まった関係者たちはパーティーに参加した。パーティーと言ってもただ食事をするだけの会だが。
しかし、食べ物、飲み物はレパートリーが豊富で、口入れる分味覚は退屈しないだろう。
パーティーの楽しみ方はそれぞれで、談笑したり、食べたり等。その広間には、夜風に当たれるよう外に出られる為のガラス扉が開いている。その出た先の長椅子に、準一は座っている。
左手にはコーヒーの入ったグラス。その左手を右手で押さえている。
そんな準一に気づき、代理はお皿に料理を盛ると、外へ出る。そのまま準一へ近づき「はい」とお皿を渡す。
「あ、すいません」
言いながら準一はお皿を受け取り、グラスを左側へ置くと、代理からフォークを受け取る。
「準一君。今日は一段と目が死んでるね」
「ええ。今日はタバコを吸っていないんで」
答えると、準一はフォークで料理を突き、口へ運ぶ。すると代理は灰皿を準一に「ほい」と渡す。準一は灰皿をグラスの横に置くと、料理をガツガツと食べ、数分で食べ終え、お皿を置く。
そのままの手でポケットからタバコを取り出し、ライターで火を点ける。
「事の顛末は聞いた?」
聞かれ、準一は煙を吐く。
「聞きました」と答えると代理は「そう」とだけ言い、前を見る。
駆逐艦での攻撃は想定外。朽木のAL市場販売は闇に葬られた。知っているのは上層部と九条、準一、代理だ。そして、全ての責任は死んだ見上浩二に押し付けられた。
ALを放つのは、見上浩二が兼ねてより画策していた実験とされた。見上浩二は最悪の研究者とされ、ALは最悪の人食い生物とされた。ちなみに、駆逐艦からの攻撃で女の子は死んだのだが、女の子が死んだのはALに喰い殺された、とされた。
見上浩二が身投げをしたのは、朽木が市場にALを売り出そうと気付いたからだ。逃がしたのもそれが原因だ。
人を助けようとして作ったALは、朽木の勝手な野心で巨大化させられ、人を襲った。襲った理由は、何が何か分からずALが不安だったからだ。それが仕方ない、とは言えない。だが、あまりにも不憫だ。
人を幸せにしようとした研究者と、その研究結果は最悪のレッテルを貼られたのだ。
このシナリオは、事が無事に済んだ時、朽木が用意していたものだ。ちなみに、その市場は日本政府が容認したモノで、政府は朽木の戯言を簡単に受け入れた。
準一は結構不満だった。この事もだが、朽木は事の始まりよりずっと見上浩二の残した資料を所持しており、その事を隠していたのだ。
対抗策となる毒が早く完成したのもこれが原因だ。
「まぁ、不満な所は一杯あるよね」
ええ。と準一は答えるとタバコを灰皿に押し付け、コーヒーを一気に煽り立ち上がる。
「でも終わったはずです。すぐに帰れますよね?」
「うん。帰ったら結衣ちゃん達怒ってるよ」
「何でです?」
「そりゃあ、準一君最近全然構ってあげてないでしょ?」
そう言えば。と準一は言うとため息を吐く。それに代理は微笑み、2人は会場に戻り、適当に食事を始めた。
翌日、準一と代理は葬儀に参加した。自衛隊員の葬式、東稜丸乗組員の葬式。そして、不運にも死んでしまった女の子の葬式だ。泣き崩れる親族には本当の事を話したかったが、そんな事で秘密を漏えいするわけにはいかず、準一と代理はただ親族に頭を下げた。
その後、2人は修復された椿姫で沢渡島に向かった。何故かと言えば、体組織が破壊され、浜辺に打ち上げられたALが発見されたからだ。別に行く必要は無かったのだが、準一は見ておきたく、代理も同じだったからだ。
ALは、死に体組織が壊れた事により、風化に近い状態で腐っていたが、大事そうに絆創膏3枚を持っていた。それを見て準一は顔を顰め、代理は準一の手を握り小さく言った。
「知っているからこそ、いたたまれないよね」
代理は準一の心中を察した。知っていながら、助ける事が出来なかった。準一はそれがどれだけ烏滸がましい事か分かっていたが、そう思わずにはいられなかった。
「……お付き合いいただいてすいません。帰りましょう」
意を決したような準一に言われ、代理は頷く。2人はそのままの脚で椿姫に乗り込み、椿姫は上昇する。目指すは碧武九州校。
こんな事があっても、帰ってしまえばいつも通りのバカ騒ぎに溢れた日常が待っている。そう考えれば、少しは気が楽になり、準一は椿姫を加速させる。




