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アーティフィシャル・ライフ ②

『パンパカパーン! 碧武九州校広報部部長、カルメンです! さて、今日はとうとう秋の各碧武選抜戦出場メンバー発表です!』


翌日。碧武は、たまにある朝礼の日だ。生徒が全員登校すると、碧武校にその放送が流れ、全員耳を傾けた。


『これより、全校生徒は体育館への移動をお願いします! 揖宿洋介生徒会長より発表されます!』


碧武九州校では発表事は殆ど代理が行っているので、これは結構異例な事態だ。生徒たちは少し駆け足で体育館へ向かった。



『押さないでー。走らないでー。張り倒されないで―』


例の如く、体育館前では綾乃がベクターで入場を整理している。まぁ、間違った「おはし」をほざいている。


その傍ら、マッスル同好会所属、樹利亜が列を外れた男子生徒をセクハラしようとしているが、教師陣の尽力でそれは阻止され、無事に生徒は体育館へ入る。



発表時、体育館の照明は消え、真っ暗になるとステージ中央が照らされ揖宿洋介が登場する。


『おはよう。揖宿です』


うん。知ってるよ。と全員が思った。


『早速だが、今日皆に集まってもらったのは他でもない。秋の選抜戦メンバーが確定した』


その報に喜ぶ者、肩を落とす者が出る。


それには理由がある。選抜戦は学内でのベクター操縦成績優秀者が選ばれる。それは、各組織へのアピールとなり、出場するだけで評価は格段に上がるからだ。


ちなみに、大会に選ばれても辞退は出来る。


『まず、今回の選抜戦だが、俺は出ない』


揖宿が言いきると生徒の大半が驚く。揖宿の肩書、九州校最強が理由だ。


『出ない理由は簡単。毎年代理が勝手に決め、本当は俺は出たくなかったからだ』


心の叫びに生徒は「あぁ」と納得する。


『さて、それは置いておいて発表だ』


生徒がゴク、と息を呑むと揖宿はポケットから資料を取り出す。


選抜戦に選ばれるのは7名。


『まず、碧武校屈指の美少女から4人だ。朝倉結衣、朝倉カノン、西紀綾乃、テトラ・レイグレー』


それを聞いて男子の歓声が沸き起こるも、結衣は膝を抱えて頬を膨らませている。綾乃と真尋が結衣がどうしたのか、と聞くと「兄さんが帰って来ないからいじけてる」とカノンが答える。


『そして、碧武屈指の美男子、本郷義明、ロン・キャベル』


本郷と聞いた瞬間、遠藤渉は狂気に似た歓声を上げる。それに負けず、女子も歓声を上げる。義明もロンも美男子なのでモテるのだ。


そして生徒の大半は考えた。最後の1人は誰だろう?


『さぁお待ちかね。最後の1人の紹介だ。転校してから波風立てまくり、学校の風紀を乱して回り不純異性交遊のし放題』


酷い言われようだが、生徒の大半は分かってしまった。


『期待のエースから学校を暴走機から護ったダークホース。朝倉準一だ』


聞いて、結衣は内心大喜び。カノンや他の選抜戦メンバーもそうだ。まぁ、ロンは喜んではいないが。


『朝倉準一を入れたのは他でもない。どこからか流れたコネ疑惑、皆からの風当たりを己の力で払拭し、この間は自衛隊の暴走機体を撃破。ましてやベクターの手動操縦者だ』


揖宿のその言葉に生徒は黙る。


『はっきり言って俺では勝てない。現在、碧武九州校に於ける最強は彼、と考えていいだろう。彼を選抜戦メンバーに入れたのはそれが理由だ』


言い終え、揖宿は生徒を見渡すと瞼を閉じる。


『じゃあ、問題も異論もないな――――』



「いや、問題ありまくりなんだけどマジで」


寝起きの代理はパジャマ姿で人形を抱いたまま、パソコン画面に話しかけている。場所は用意された高級なホテル。流石に準一とは別の部屋だ。寝起きの代理は結構、というよりかなり可愛いので男子は「天使や」と呟いている。


その代理の顔は体育館にアップで映っている。


『代理。あなたが居ないから仕方なく』

「ちょっとー。あたしは学校の用事で居ないんだよ?」


一応、生徒の前なので準一の事もあり学校の仕事、としておく。本当は人工生命アーティフィシャル・ライフの事なのだが。


『まぁ、俺は出ないんで』

「却下」

『運営に出しました』

「あたしから訂正させる」


とまで代理が言うと「代理。定例会の参加があるんですから。俺はちゃんとノックしましたからね」と準一が画面の端に映り、事情を知らない生徒は「うん????」と混乱する。


「ちょ、ちょ! 準一君!」

「勝手に入ったのは悪いと思いますが時間です。遅刻したら文句言われるんですから……あれ?」


代理の前のパソコン画面を覗き込むと碧武の体育館。準一は考える。


何これ?



体育館内では何故、寝起きの代理と準一が一緒に居るのかでざわめいている。


「準一君。今碧武で選抜戦メンバーの発表があっててね?」


ああ、成程。と準一が納得すると体育館内の生徒の1人が代理に聞く。


「何で隣に朝倉君が居るんですか?」


それに代理は「え、ええ、えっとえっとえっと」と迷う。寝起き、咄嗟の事と重なり頭が上手く回らず。


「な、何故準一君がいるかと言えば!」


「あたしのお兄ちゃん候補だからです!」


体育館内は凍った。


迷って出した答えがそれか、と準一や事情を知っている人間は思った。だが、次の瞬間、男子数十名の叫びが体育館内に響いた。


「何て羨ましい事を!!」





定例会。それが何の定例会かと言えば、AL対策本部の定例会だ。場所はホテル地下の会議室。準一、代理は静かに会議室に入り一番後ろの席に座る。


「全員揃ったようですね」


正面モニター前の長椅子に座る男が言うと、全員が立ち上がり礼をし、定例会は始まった。


「まず、ALに関してです」


長椅子の1人が言うと、別の男が立ち上がる。


「舞鶴基地襲撃後、ALは一度沖合へ潜航し、姿を眩ませました。しかし、次に向かう箇所は予想が着いています」


と言うと、モニターに地図が写る。横断運河の地図だ。


「目的は不明ですが、何度かALはこの運河に入ろうとしています。そこで、我々の考えた対策はこうです」


言った男は長い棒で地図を指す。


「まず、ALが運河に入った時点で運河を塞ぎ、周辺住民の避難誘導。その後、運河中間点。その箇所が狙える沿岸の森に戦車隊を配置。戦車隊が射程に捉えると同時、上空からの攻撃ヘリ。戦車隊からの砲撃。ALの進行先に配置した雷からの砲撃。これで仕留めます」


言い終えると、1人が手を挙げ立ち上がる。


「ALは水圧レーザーを使用する様ですが?」

「それを撃たせる前に攻撃を開始します」


男が言い切ると、代理は息を吐く。


「撃たせる前にねぇ」

「制圧砲撃で倒せるなら苦労は無いと思うんですが」

「様子見も兼ねてるんじゃない? 何が有効かって」


ああ、成程。と準一は呟くとモニターを見る。横断運河へ行くんじゃないかという予想は当たった。


「大袈裟な展開をしているが、今朝の報告ではバッテリー車に有線アンカー搭載車両も駆り出されているんですが。それは?」

「……それは、火力制圧前に電撃を直接与える為の物です」

「待って下さい。電撃は危険では? ALの細胞の活性化が促されたりすれば」

「それが確実に起こるとは限りません。試す価値はあります」


と答えると、発言していた人間は席に座る。


「では、質問はこれ以上無いようですので」


の言葉の後、定例会は終了。


そして報告通り、戦車隊、攻撃ヘリ隊、バッテリー車、有線アンカー搭載車両群が移動を開始。目的地は例の如く横断運河。




定例会後、準一と代理は会議室を出ると、駐車場に停めていた車に乗り込んだ。


「準一君。見に行くの?」

「ええ。自分の目で見極めないと分かりませんので」


と準一は答えるとタバコを咥え、火を点けるとアクセルを踏み込んだ。





『マーシャル02より本部。ALの活動を確認。若狭湾だ。目標は……運河に入った』


知らせを受け、本部はマーシャルに監視の続行を命令し、周辺住民へ避難勧告を出す。




「雲谷山?」


助手席で地図を手に代理が聞いた。


「ええ。横断運河が見える山道がそこにあるんです。現在は交通規制がしかれていますが」

「入れるの?」

「入れますよ。看板を踏み倒して行けばいいんです」


本当に悪い事を平然とやってのける人間だな。と代理は表情を変えず思った。


ちなみに、準一達が泊まっていたホテルは横断運河から来るまで行けば30分と掛からない場所にあった。その為、雲谷山へ向かう事が出来る。


そして、運河は美浜町から雲谷山を突き抜ける。


「あたし達狙われないよね?」

「狙われないんじゃないですか? 脅威は戦車だったりヘリだったり、アンカー搭載車でしょうし」


だよね。と代理は言うと少し窓を開ける。かなり飛ばしている為、風が隙間から入り込み代理の前髪が激しく揺られた。



             *



「会長。あの選抜戦メンバーですが、随分思い切りましたね」


生徒会室で子野日が言うと、揖宿は顔だけ向ける。


「そうか?」

「そうですよ。会長。どうしてあんな濃い面子で?」


困った様な顔を子野日が浮かべると、揖宿は一度瞼を閉じ、息を吐く。


「今の碧武九州校に於いては最高のメンバーじゃないか?」

「あの朝倉準一ハーレムチームがですか?」


子野日の言う通り、準一に好意を持つ女子が集結するチームだからだ。


「朝倉準一は全方面に於いて当九州校最強だろう。それに、結衣ちゃんは近接戦。カノンちゃんは射撃戦、と偏っているが、2人は一緒に組ませることでそれをカバーできる。他3人は誰とでも戦闘スタイルを合わせられる。それに、ロン・キャベルは……説明するまでも無いだろう?」


揖宿が言うと、子野日は湯のみを持ち上げる。


「ロン・キャベルですか……最近まで知りませんでしたよ。彼がネバダのテストパイロット部隊の人間だなんて」

「俺も知らなかったよ……知ってたのは準一君と代理位だろうな」


相変わらず朝倉準一は規格外だなぁ。と子野日は思いながらお茶を啜る。


「まぁ、気にする事は無いさ。今年の選抜戦は例年になく盛り上がる筈だ」

「何故です?」

「何故って、理由は一つだろう。朝倉準一と五傳木千尋の一騎打ちだ。例年以上に高位な官職達が駆け付けるだろうな」


そう言いながら、揖宿は自分が笑みを浮かべた事に気付く。

どうやら、自分も楽しみにしているらしい。






バッテリー車とケーブルで繋がったアンカー搭載車両10両は、ペトリオットに似たその射出機をALに向け、アンカーを一斉に発射する。


アンカーはALの腕や足、首等露出した部分に刺さり、バッテリー車から送電が始まる。流された電気はバチバチと音を立て、ALに流れ込み、ALは痺れからか咆哮する。痛みによるものからかは知らないが「やった」とアンカーを発射した人間は喜ぶが、ALは腕部でアンカーを払い、口から水圧レーザーを発射する。


バッテリー車。アンカー車は切り裂かれ、爆発。そのままALは触手を残ったアンカー搭載車両に伸ばす。


どういうわけか、触手の伸縮距離が伸びている。



電撃による作戦の失敗の報を受け、戦車隊は砲撃可能体勢に入る。







「あちゃー……失敗したね」


ガードレールから身を乗り出し、はるか下に見える運河を見ながら代理が言うと、準一は危ないぞ。と思いながら近寄る。


「失敗なんてモンじゃないですよ。あの様子だと、AL細胞が活性化したようです」

「マジ?」

「ええ。触手の射程が伸びてますし、移動速度も上がっています」

「本気で怒らせたかな?」


多分、と準一は答える。


「……ねぇ、火力制圧で片付くと思う?」

「思いませんね」


準一がきっぱりと言うと代理はため息を吐く。


「火力制圧で片付くなら海中に潜んでいる時点で魚雷やアスロックで攻撃すれば良かったんですが、それをしなかった」

「じゃないでしょ?」

「ですね。出来ない理由が何かあるんでしょうね」

「それは調べが着いてるカンジ?」


代理のそれに準一はワザとらしく「残念ながら」と手を挙げる。行動こそワザとらしいが、本当に調べは着いていない。


「んじゃ、取りあえず観戦に徹しようか」

「ええ」




運河を進むALはあっという間に戦車隊の射程に入り、一斉砲撃が始まる。それに呼応し、戦闘ヘリ、雷からも攻撃が始まる。ヘリはチェーンガン、無誘導ロケット弾。雷は100mmショルダーツインキャノンでの攻撃は、水を巻き上げさせ、周辺の家屋、堤防を吹き飛ばす。


だが、ALはそんな前面からの攻撃を腕の船舶で防ぎ、雷に水圧レーザーを発射。雷はレーザーを多重装甲シールドで防ごうとするが、肩部を撃ち抜かれシールドを落としてしまう。


そのままALはレーザーを上空のヘリへ向けようとするが、首に戦車砲が命中し、悲鳴を上げる。そこにヘリからのチェーンガン。ALは首を捻り、痛みによる悲鳴を上げる。


その悲鳴を聞き、代理は顔をゆっくりと背けた。あまりにも悲鳴が悲痛だったからだ。


「どうしてもああいうのって感情移入しちゃって」


代理が言うと準一は目線だけ向ける。


「一方的な攻撃ですしね……」

「あのALもさ、可哀想って言えば可哀想だよね」


そう言われ、準一は目線をALに戻す。


本来は人の役に立つ、感謝される立場だった筈のALは米国軍に売られる事になり、巨大化させられ、そして逃がされた。


「そうですね……人間の都合で作られて、今度はその勝手な都合で逃がされて、ああなったわけですから」


そう準一が言うと代理は頷く。


「こんな事言えばアレですけど、あのALも不安だったんじゃないでしょうか? 目的も何もかも分からず外に放り出されて、這いずって海を目指して。そして、分からなかったからこそ、東稜丸を恐れ、襲った」


とは言っても、その東稜丸を襲った事実が赦されるわけでは無い。


「それに大和の攻撃だもんね。変に知識も持ってしまったわけだし。……ねぇ、殺さなきゃダメ?」

「ダメでしょうね。ALは人間を脅威と認識している以上、制御下に置く事は出来ませんから、破壊を続けるでしょう。仮にALを制御下に置く事が出来れば、ALは兵器として扱われます。そうなれば、人的被害は計り知れません」


そう準一に言われ、代理は目をALに向ける。依然として攻撃により悲鳴を上げている。


「あれを作った見上浩二があの光景を見たらどう思うでしょうね。役に立つと思って作ったALが、人に被害を出して、人に恐怖され、人に攻撃されている」

「どんな心境で作ったかはしらないけど、役に立つと思って作った以上。悲しむでしょうね。研究結果の生物なんて、彼にとっては子供の様なモノでしょうし」


準一は頷くと、ポケットからタバコを取り出し、一本咥える。







攻撃の様子は、マスコミのヘリを通してお茶の間に生中継されていた。朽木研究所所長室では朽木所長がそれを見ていた。


ヘリや戦車による火力攻撃は、あまり好ましくなかった。それは、朽木がテーブルに置いている資料が原因だ。


細胞が飛び散ってはマズイ。何故か、それは資料の一文。


『本体から飛び散った細胞は有毒性のある気化物へと変換される』


その資料は、研究所内から見つかった見上浩二手書きのノートだ。朽木はそれを手に取り、ALを攻撃している部隊へ連絡を入れた。





朽木より入った連絡は至ってシンプルなモノだった。


「ALを攻撃するな」


ただそれだけだったが、開発者に関係している人間の言葉だけあって従わないわけにはいかず。攻撃隊は攻撃を中止した。


しかし、それはALの反撃を許すことで、攻撃を受け続けたALは怒り狂っている。それを察知した攻撃隊は早々に撤退を開始するが、ALはそれを逃さず水圧レーザーで戦車隊を壊滅させ、戦車の残骸をヘリへ投げつける。


残ったベクター部隊は如何する事も出来ず、逃げるしかない為ユニットで跳躍しようとするが、全機足を掴まれALまで引き寄せられ、コクピットブロックを喰われる。


ほぼ壊滅、となった攻撃隊。ALは構わず前進を始める。





それと同時、準一達の居るガードレールの後ろの森にベクター輸送用ヘリ、アストロンが椿姫を運んで来た。


本来はこれを使用し、攻撃隊を支援する予定だった。のだが、攻撃中止命令が出てしまった以上意味は無くなった。


と思ったその瞬間だった。


準一は取りあえず降ろされた椿姫のコクピットに乗り、無線回線を開き状況確認を始めた。


『こちら、マーシャル03。誰か、誰でも良い。……川辺に女の子が居る。ALの進行ルートだ』


それを聞き、準一はレーダーを見る。動ける味方機は一機だけ。どうにかなるわけじゃない。一機じゃ無理だ。そう思い、椿姫を起動させ外部スピーカーで『代理、少し出てきます』とだけ言うと崖下へジャンプし、運河へ向かった。






ALが前進を再開し数分ほどだ。攻撃隊のベクター、雷の生き残りの一機が500m程先に女の子を見つけた。まだ幼稚園くらいであろう少女は川辺で腰を抜かせている。


彼女は避難時、母親と逸れ、ここ、運河の堤防下の芝生へ出てしまい帰れなくなってしまったのだ。それだけに留まらず、近い距離からの戦車隊の砲撃。その戦車隊が破壊される様に腰を抜かせている。


本部からの命令は少女の保護、なのだがもうALは迫って来ている。動ける機は一機だけ。


マーシャル03は単機で少女の元へ向かおうとする。マーシャル03の雷が居るのは、ALより後ろで、追い越すしかないのだが、追い越した瞬間、ALの触手に掴まれ300m程先へ投げ飛ばされてしまう。


雷は転がるようにして止まり、起き上がると同時、腰を水圧レーザーで横に一閃され、ユニットが破壊され、下半身の駆動が不可になる。


動けなくなった雷は、動ける上半身で射撃するわけにもいかない。それを嘲笑うかのようにALは小さく唸りながら女の子へ近づく。


女の子に近づくと、ALは首を曲げ、女の子に顔を寄せ、その巨大な口を開く。


ALが近づいて来て、女の子は何かに気づき、立ち上がるとその巨大な口へ手を伸ばし、ALと目を合わせる。


「どこか痛いの?」


心配そうにした女の子からの問いに、ALは動きを止めた。その様子は本部でも確認していた。雷のパイロットもだ。準一もそれを聞いており、運河に着地すると、先ほどの雷へ近寄り、肩を貸す。


「痛いの? 怪獣さん。あたしね、絆創膏持ってるよ」


そう言うと女の子はポケットから絆創膏を取り出す。クマやウサギ、可愛い動物がプリントされたピンクの物だ。それをALへ近づける。


ALは何も分からずただ唸っている。


そんなALに女の子は歩み寄り、寄せられていたALの顔、その右目の下に絆創膏を張る。女の子は「これで痛くなくなるよ」と微笑む。


「あ、でもまだ痛い所あったら大変だから……あ、これ全部あげる!」


笑顔の女の子は、ポケットから3枚の絆創膏を取り出すと、ALに差し出す。ALは唸りながら触手で絆創膏を持ち上げる。


それを見ると女の子は更にALへ近寄り、ALの顔に手を当て瞼を閉じ


「痛いの痛いのとんでけー! ってやると痛くないんだよ」


と言うと目を開け満面の笑みで微笑む。ALはそんな女の子の頭を触手で一撫ですると、引返し始めた。



「ど、どうなってるんだ……」


そう呟いた準一は、コクピットのモニターでALに手を振る女の子を見た。





「えっとねー、怪獣さんね、痛がってたの」


パイプ椅子に座る女の子はオレンジジュースの缶を手に喋る。


「痛がってた?」


そう聞き返したのは準一だ。女の子と向かい合うように椅子に座っている。


場所は対策本部のあるテント。時間は既に夕刻で、テント内は照明で照らされている。


「そうだよ。怪獣さんねうーうー言っててね、痛がってたの」

「それで絆創膏を?」

「うん! あたしもよく絆創膏貰うから。怪獣さんにもあげたの!」


そっか。と準一が言うと「偉いねー」と代理が女の子を撫でる。


「えへへー!」


女の子は気持ちよさそううに目を細める。それを見て準一は立ち上がる。



「特級少尉、すまないな。対策部隊には子供の相手が得意な人間が居なくてな」


30代程の自衛隊員に言われ「いえ。構いません」と準一は答えると顔を向ける。


「彼女は本当に善意から絆創膏を与えただけでしょう。あのALや研究との因果関係はゼロ、です」

「しかし……何故ALは大人しく引返したんだ」


一応、準一なりに仮説は立てていたが話す気にはなれなかった。


「さぁ、私には分かりません」


と準一が答えると、代理は目線だけを向ける。嘘を吐いたな。と見抜いたのだ。


「そうか」


言うと自衛隊員は持ち場へ戻る。それを見ると代理は立ちあがり、女の子の手を取る。


「準一君、この子は?」

「自衛隊の人が安全に送る筈です。避難所まで」

「ああ。成程」


そんなやり取りの後、女の子は女性自衛官がジープで避難所まで送った。準一達はそれに手を振りテントを後にする。




日が完全に落ち、空が真っ暗になった頃、準一と代理は宿泊先のホテルに戻った。すぐに各々の部屋に行き代理は着物、準一はジャージに着替え夕食を食べに一階へ降りる。


ホテルの食事はバイキング形式、和洋中の3種が並べられており、準一は洋を中心に。代理は中華を中心にお皿に取り、飲み物を持つと、同じテーブルに座る。


「考え付いていたのに、どうして自衛隊員に言わなかったの?」


言われ、準一は顔を向ける。


「何の事です?」


とぼけてみせると代理はお皿に盛った中華、その中の餃子を一つ箸で掴みあげ、準一に笑みを浮かべ


「あの女の子がALに影響を与えたって事」


と言うと餃子をパクと食べる。


「代理もそう考えますか?」


聞かれると代理は餃子を飲み込む。


「人を吸収し、感情が生まれていたとして、敵意しか向けられていなかった。あの女の子の純粋でストレートな感情に驚いているんじゃない? いや……困惑?」

「に近いでしょう。この事に何人が気付いているか分かりませんが、あの女の子はガードした方がいいです」


どうして? と代理は聞かなくても分かった。


大きいにしろ小さいにしろ、ALに対し何らかの対抗策になりうる要因となってしまった少女だ。自衛隊を含む対策部隊組織。下手をすれば米軍が利用しようとするかもしれない。


ALを呼び寄せる為の餌として。


「とは言っても、俺達は好き勝手に動けませんからね」

「だよねー。ぶっちゃけ考えても無駄なんだよね」


諦めたようにため息を吐き、2人は言うと飲み物を飲む。


「ねぇ、アルぺリスと魔法が使えたらALの件って簡単に済ませられる?」


いきなりな質問に準一はコップを置き少し考える。


実は変える間際。攻撃が中止された理由を聞いた。飛び散った体組織は有毒性のガスへ変換される。


「サイドアーマーの魔導砲をフル出力で撃っても……生きている可能性はありますから」

「難しい?」

「ですね」


と準一は答えるとパスタを食べる。


「さっき隊員から聞いたんだけど、最初の作戦ではALを打ち上げる気だったらしいよ?」

「ロケットで?」

「残念」


と代理は意地悪な笑みを浮かべ、準一はフォークを止める。


「種子島のマスドライバー……ですか?」

「おお、正解」


代理は数回小さく拍手すると、その手でコップを持つ。


「フェニックスで種子島まで輸送するつもりだったらしいんだけど、フェニックスは生憎大和を載せててね。それに水圧レーザーも出ちゃったし、危険には晒せないでしょ」


日本国の戦力。陸海空自衛隊。機甲艦隊。飛行戦隊。陸上戦隊。その中でも、大和は重要で、その運用能力を高めるフェニックスも重要だ。大和は日本の象徴でもあるのもそれで、現在は2番艦までがあるが、片方が消えれば戦力的にも良くは無い。


「そういや、教団と反日軍の武力衝突。聞いた?」

「衝突した。で止まってます」

「へぇ……あたしはシスターライラから聞いたよ」


シスターライラ、と言う言葉に準一は顔を顰める。


「黒妖聖教会ですか?」


準一が答えると代理はため息を吐く。


「相変わらず物知りだよね。感心しちゃう」

「知ってますよ。黒妖聖教会くらいなら。……でも、シスターライラですがいい話を聞かないんですが?」

「何言ってんの、ライラはあたしのマブダチよ」


言うと代理はピースを準一に向ける。


マブダチねぇ。と準一は苦笑いを浮かべ、箸を進める。


「ま、武力衝突後だけどさ。教団も反日軍も相当な被害らしいよ。衝突のあった地区はほぼ壊滅。あと一日長引けばロシア軍、アメリカ軍の介入もあり得たそうだよ」


かなりの規模の武力衝突。というのは理解した。しかし、それだけの戦力を互いの組織はぶつけ合った。その規模の部隊が碧武に流れ込んで来ていればヤバかった。


「取りあえず。理由は追々聞きます。今はそれよりも」

「アーティフィシャル・ライフだったね」


ええ。と準一は頷くとテーブルに置いてあったティッシュで代理の口の周りを拭く。


「女の子でしょ? 綺麗にしなさい」

「はーい、お兄ちゃん」


だれがお兄ちゃんだ。という突っ込みは心の中で行った。

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