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京都の影

悪鬼との戦闘より数日。そろそろ6月中旬。既に夏服への移行期間は終了していた。だが、日差しは明らかに熱くなっており、夏服であっても登下校する生徒たちは汗で唸っていた。


その日は平日。生徒は学校で午後、最後の授業を受けている。授業内容は各学年異なるが2年生は戦術をレクチャーされている。


2年3組では黒板の前に投影ディスプレイが出され、ベクターが戦闘を行っている映像が流されている。それに合わせ、担当教師が説明をしている。生徒たちはその言葉を聞き逃さない様に熱心にノートを取っている。


教室で、結衣はふと準一の席に目をやる。その席は空席。準一は休みだ。6月には中間試験があるのに何をしているんだろう。結衣がため息を吐くと教師に当てられる。


「朝倉、兄貴が居ないのは分かってるから集中しろ」


教師の言葉に他の生徒は相変わらずだなあ。と困った様な笑いを浮かべ結衣は「すいません」と顔を赤らめ謝る。





そんな事が行われているとは知らず、準一が学生寮エリアに居た。一応制服は着ている。今日、準一は朝から富士総合火力演習場にて新型飛行ユニットでの高機動を披露していた。そして帰ってきて今に至る。


準一が居るのは学生寮エリアでも生徒が最も近寄らない場所。寮のある区画からはかなり離れた海辺の道。その道にある寮がある区画を背にした塀に隠れる様に準一はヤンキー座りしてタバコを吸っている。


赤マルボロのボックスを胸ポケットに入れ黒のジッポライターを右手に握っている。


半分まで吸ったタバコを咥えたまま鼻から煙を吐き、左手で額の汗を拭う。日差しが熱い。と準一がため息を吐くとポケットの携帯が鳴り、左手で取り出し出てみる。


『もしもし? あたいだよ』

「あたいだよの前に名前名乗れよ、千尋」


相手は五傳木千尋。関東校のエースで、ベクター、機械魔導天使での操縦技術、強さは準一と同クラス。


『いやぁ、あたいと準一の仲だろ? それより、遅くなったけど悪鬼の事、大変だったんだ』

「まぁな。・・・それよか、お前、新型ユニットの完成品2号を受け取ったんだって?」

『まぁね。これで選抜戦に出るよ』


こいつ、ガチ勢だな。


「お前くらいの腕を持つ人間が機体性能高くして選抜戦なんて、他の学校の生徒が圧倒されるだろ?」

『そう言わないでよ。去年の選抜戦は勝つな、負けろ。って言われてたんだから。今年くらいは本気で暴れたいんだよ』


負けろ。聞いて準一は義妹VS実妹対決、第3回戦のベクターでの戦いを思い出す。


『それに、今年は本気で暴れても大丈夫なんだよね~』


何か隠す様な千尋に「何が言いたい?」と準一は聞いてみる。


『今年の碧武校選抜戦。九州校のエース、朝倉準一が参戦って、もう各校では有名な話だよ』


俺は聞いてない、とは言わずタバコを大きく吸い煙を吐く。


『閃光の伯爵に黒い3連星も、それに赤い彗星って通り名のあたいも楽しみにしてんだよね』

「ぞっとするよ」

『こりゃ、今年は準一との戦いを皆が望んでるかもね』

「マジでやめてくれよ。面倒臭いなぁ」

『負けると?』

「お前以上に強いなら知らないけど。そうじゃないなら負けないよ」

『じゃないと困るんだよね。準一との一騎打ちって決着ついてないじゃん』


前に基地で準一と千尋は模擬戦を行った事がある。互いに雷でだ。その際決着がつく前に任務が入りうやむやになっていた。


「はいはい。じゃ、切るぞ。明日から忙しいんだ」

『了解ー。じゃあね』


通話が切れた事を確かめると準一は画面を見、カレンダーを開く。


「・・・今日は墓参りだな」


そう呟くとタバコを捨て学校、校長室へ外出許可証を受け取りに向かった。





「まったく、私の夫という自覚はあるのかしら。流石に寂しいですわ」


と帰り道、ショッピングエリアのカフェでレイラは言いながらチョコアイスをパクパク食べるエルシュタに抱き着く。傍らエリーナはパフェをモグモグ食べており、結衣、カノン、綾乃、真尋も同行している。


「そういや、朝倉だけど代理と学校外に出かけるらしいよ」


タピオカドリンクを飲みながら真尋が言うと「へぇ、どこに?」と綾乃が聞く。


「お墓参りだって」


聞いて事情を知っている人間は第二北九州空港事件を連想するが「でも空港事件は今の時期じゃなかったよ」とカノンに言われ考え込む。


「結衣。親戚のお墓参りとか?」

「ううん。うちは爺ちゃんも婆ちゃんもピンピンしてるから」


綾乃に聞かれ結衣が答えると「そっか・・・」と黙り込む。


一体誰の墓参りなんだろう。全員は思いながら注文した品を食べ始める。




「・・・一応聞きますが、何であなたが来るんですか?」


学校から用意されたを運転する準一はタバコを吸いながら助手席の代理に聞く。


「誰のお墓参りかなと」


墓参りに好奇心で来るとは、なんて失礼な奴だ。と思いながらタバコを灰皿に押し付ける。


「それにさ。資料で君の事を知ってても、結局は自分の目で確かめてみたいんだよね」


何をです? と準一が聞くと代理は窓を全開にする。風が代理の長い髪をたなびかせると口を開いた。


「元気やんちゃだった悪ガキが、どうしてこんなに大人しい鞘に収まってしまったのかを」






「犬?」と代理は訊いた。墓参りはペット霊園の一角。「ええ」と準一。「犬だって家族です」

「あ、ああ。そう」


 言いながら、代理はその墓に違和感を覚える。「犬だった? 本当に」


「ええ。犬でしたよ」

「可愛かった?」

「ええ」


 ふーん、と代理は声を漏らし準一に目を向ける。


「何で死んだの?」

「何でって……中学の時、俺が散歩してて車に轢かれそうになったのをこいつが。引っ張って場所を入れ替えて、轢かれましたよ」


 準一が説明する中、代理は違和感がぬぐえず、手を顎に当て真剣な顔つきでいた。



この後、代理は準一に言った。海にリゾートだと。

山岳地行軍訓練は海ですると。



6月のリゾート。代理はそう言った。準一が居るのは日本の領海に停泊する大和前甲板。すぐ横には艦首VLS。46cmを越える3連主砲は雄々しく、その砲口を何故か準一が見据える先、浜辺に向けている。


現在、浜辺には結衣、綾乃、真尋の3人。3人ともスクール水着で浮き輪を抱えている。


「ねぇ、あたし達さ海水浴って聞いてたよね」


結衣が言うと他2人は静かに頷く。


「なのにさ、何で海水浴にさ、戦艦大和が居るの?」


聞かれ、綾乃は顔を顰めた。


「そう言えば、代理が言ってたよね。山岳地行軍訓練って」

「ああ・・・騙されたわけね」


綾乃の次に真尋が言うと女の子3人は大和に向け砂を掴み投げ始める。


「この馬鹿野郎ー!」

「バカンス返せー!」

「トキメキ損だー!」


当然、届きはしないが。




「代理、3人が喚き始めましたよ」


甲板で準一が言うと主砲の陰から代理が姿を現す。


「やっぱだまくらかしたのはマズったかなぁ」


騙すなよ。普通に言えよ。


そんな準一を代理は訝しげに見つめながら近寄り、昨日の話を思い出す。準一の犬の話だ。代理には気になっている事があった。準一は犬、と言っていたが代理は墓を目の前に違和感を感じていたのだ。埋葬されたのは生き物では無い。しかし、これを準一に言っていいものか。


「代理、何か言いたい事でもあるんですか?」


聞かれ、代理は「ないない」と言いながら表情は変えず浜辺を見る。女の子3人は砂投げに疲れ、ぜえぜえ言いながらへたり込んでいる。


「じゃ、さっさと訓練始めようか」





山岳地行軍訓練。なぜか場所は海。どこの海かは秘密。浜辺から300m程沖合に島がある。そこから先に幾つか。3人の訓練内容はその島まで遠泳の要領で泳ぎ、一番奥の大きな島の頂上までのサバイバル。帰りも同じ道。ふつうに一日以上かかる案外過酷な訓練だ。


そして、何故この3人かと言えば、他の生徒は幾つかのグループに分かれ他の教員に扱かれている。エリーナ、エルシュタはお留守番。カノンは別にしなくても十分なので準一達と共に大和。そして、この3人の訓練担当が代理と準一である。


「おっけー!? 分かった!?」


拡声器で浜辺の3人に代理が言うと、3人は案の定暴言罵声。準一は苦笑いしながら大和艦橋へ手を振る。


ウィング要員が気付き「準備オッケーです」と艦橋の艦長に言うと、艦長はCICに内線を繋ぐ。


「後部主砲。撃て」


静かに言うと後部主砲が空へ空砲を放った。その砲声を合図に3人は海へ飛び込み叫びながら島を目指す。




訓練開始より1時間。暇になった船員は甲板に飛び込み台を設置。海にはゴムボートを浮かせ、救出隊を編成。すると若い船員たちが海パンで飛び込み台から飛び込む。


そうしない者は釣りをしている。すると程なく巨大な釣竿を携えたフォカロルが沖合からゆっくりと水面ギリギリを飛翔してくる。


「何か釣れた?」


九条が聞くとフォカロルはでっかい網に掛ったワケの分からないグロテクスな魚を見せびらかし「どうです。珍魚ですよ」とカノンは燥いでいる。


だが、見ただけで分かる。絶対に食べられない、いや食べてはいけない。すると魚は暴れ出し海に飛び込み泳いでいた船員たちに襲い掛かる。


船員たちは悲鳴を上げながら逃げている。魚は魚雷みたいに早いのだが、船員たちも負けていない。


「真面目な回じゃないしね」


サングラスを掛け、麦わら帽子。スクール水着の代理はボートで踏ん反り返っている。準一はそのボートをオールで漕いでいる。無理やり付き合わされたのだ。


「何わけの分からない事口走ってんですか。そんな事より本題に入って下さい。何の話ですか?」


催促され代理はサングラスを外し、置いていたジュースを一口。


「昨日の事。ま、君のワンちゃんの事」


俺の犬? 何故そんな話を? こう思った準一はオールを漕ぐ手を止め、代理の顔を見た。いつになく真剣な顔だ。


「ついさっきね。調べてもらったの。ワンちゃんのお墓」


何してるんですか。と準一が言う前に代理は続ける。


「そしたら何が出てきたと思う?」


骨、じゃないのか?


「式神召喚の為のお札。知ってるよね?」


準一は驚き、何も言えない。


式神、日本固有の召喚魔法によって召喚される使い魔。


「ねぇ、どういう事? あのワンちゃん。式神だよ」


自分自身理解していない準一は「俺が聞きたいですよ」と返す。めずらしく準一は動揺している。


「ふーん。知らないワケか。・・・でもさ結構長い事居たんだよねワンちゃんと」


妖艶な笑みの代理を見て準一は気付いた。式神の使用方法だ。術者の実力次第ではその札をあらゆる姿に変えられる。使用方法は色々あるが。


「観察・・・いや監視?」


考え出した結論に「ご名答」と代理は拍手する。


「しかし、理由が全く思いつきません。おれはあの時は魔法なんて使えなかった。アルぺリスも召喚できなかったんですよ」

「だったら? 使えなくてもさ、使えるようになったワケでしょ? ・・・そうね。もう君がアルぺリスや魔法を使用できる・・・と分かっていたとすれば?」


まさか。準一が言うと代理はジュースを飲み干しコップを置く。日差しでコップ内の氷が溶け、カランと涼しい音を立てる。


「例えば、中学の時、ワンちゃんがこなったら君はどうなってたと思う?」


多分、死んでいた。


「・・・俺を死なせるわけにはいかなかった」

「そう。アルぺリスの召喚には君が必要だった・・・。そして式神の持ち主はアルぺリスが欲しかった。だから、召喚させた。あの事件が起こるのも知っていた」


それに予知魔法を考える。だがそれが出来るならもっとスマートな方法があった筈だ、と考えを消し去り、一つの魔法一族を思い出す。


「御舩一族・・・」


言うと代理は「流石、本当に頭の回転が速いね」と言いながら立ち上がる。


「ありがとう準一君。これで合点いったわ。夏休みは忙しくなりそうかも」

「出向くんですか?」


「ええ。勿論――」



「―――私あの一族嫌いなのよねぇ」


言った代理は立っている所為か迫力が凄く、準一は驚いた。普段のふざけた様子は全くない。侮蔑と軽蔑の目。どうやら御舩一族と何かあったのか。


考えても仕方ない。と準一はオールで水をすくい代理に掛ける。


「冷たッ! こんにゃろー! 人が折角真面目にしてたのに!」


ぶーたれる代理に準一は真剣な眼差しを向け言った。


「京都へ出向くなら俺も行きます。俺自身聞きたいことがあるんで」


聞いて代理は笑みを浮かべると「じゃ、2人で京都旅行だね」と笑顔で言った直後、さっきの巨大珍魚がフォカロルの顔を尾びれでぶっ叩き、フォカロルは倒れ、波でボートは転覆。


「ほんと最後まで締まんないよね」


不満げに代理はボートに掴まると、準一が水面から顔を出す。


「良いじゃないですか。貴女らしくて」

「ちょっと! 貶してるよね!」

「いえ、本当に俺なりの褒め言葉です。・・・ガチガチの堅い雰囲気の四角い野郎よりも、貴女の様な丸みを帯びた人間の方がよっぽどいい」


と準一は褒めたのだが代理は頬を染め小さく言った。


「・・・あたしって・・・そんなの太ってるの?」


本当に恥ずかしそうな代理はそっぽを向いて可愛いのだが、意味を勘違いしている。


「代理は細くてスタイル良いですから。十分可愛いですよ」

「・・・準一君ってロリコン?」

「あなたは一度頭を打った方が良いですよ」


呆れながら準一は言うと、3人の向かった島を見る。


「可哀想に・・・」


そう呟き、ボートを復元させ再び乗り込むと、代理の手を引き乗せ大和へ戻った。


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