襲撃②
「良かった・・・出血が多かったけど、何とか。一応、終わったら病院へ搬送します」
格納庫でカノンに治癒魔法を使用し終えた代理が言う。それに城島が頷く。
「にしても、新型ユニット。よくあの短時間で調整したね」
代理に聞かれ城島は顔を曇らせる。その曇った顔に代理は顔を顰めさせる。
「実はまだなんです。ユニットの出力調整。ただ椿姫にユニットを付けただけ、実際は」
「まさか・・・戦闘中に調整させるつもり? 無謀よ。従来のユニットとは規格違いで、あのユニットはフィートバックシステム専用の筈」
「ええ。俺は戦闘に使用できるだけにしようとは思いましたが・・・」
聞かなくても分かった。多分、準一は我慢できなかったのだ。
「準一君は戦闘中にユニットの出力を随時変更させてるわけよね」
「ですが、心配はいらないでしょう」
「準一君の心配なんかしてないよ。だって、負けるなんて絶対にあり得ないし。あたしが心配してんのは機体の事よ」
悪鬼の? 城島は聞き返す。
「準一君さ。怒ってんじゃん。戦闘終了後、悪鬼はバラバラってなってたらほら、あれって一応自衛隊の新型機だし怒られるから」
おい、とは言わず城島はアリーナでの戦闘を映すモニターに目を向け、仕事が無くなった整備員達も神妙な顔でモニターに目をやる。
「良かったな実妹。弟が間に合って」
舞華に言われ安堵の表情を浮かべた結衣は胸を撫で下ろす。
「他の生徒も安心しているようだな」
辺りを見渡し舞華が言うと「兄貴って凄いんですよ」と結衣が口を開く。
「凄い・・・か。どう凄いんだ?」
会話を続けようと舞華は聞いてみる。
「兄貴が碧武に転入して来た時、どっかからかコネで入ったって噂が流れて・・・周りからの当たり、酷かったんですよ」
この事を舞華は代理から聞いていた。根も葉もない噂で冷たく当たられ、そんな中、準一は嫌っていた妹を助ける為に一騎打ち。自らの力を証明し、汚名を返上した。
「そんな中、兄貴はあたしを助けて、尚且つ自分の力を証明して汚名を返上したんです。その後も攫われた私を助けてくれたり、そして知っての通りの堕天使奪還戦・・・」
「聞くと、見てないから信じられないんだよ。ほら、普段ってあんなに冷めた感じだから」
舞華のそれを聞き、結衣は舞華に笑みを向ける。
「確かに、冷めてますよね」
結衣は瞼を閉じ、思い出すように続ける。
「あたし、驚いたんです。碧武に来た兄貴ってあの冷めた感じが更に酷くて・・・正直、怖かったんです」
「怖かった?」
「はい。兄貴の目が黒くて、すごく濁ってて・・・昔みたいな元気で明るかった兄貴じゃなくて。でも兄貴、本質は何も変わってなかったんです」
何も言わず結衣の言葉を待つ。
「昔みたいに明るくなくても、元気な悪ガキな兄貴じゃないですけど。誰かの為に頑張って、嫌々言いながらも面倒見が良くて、優しくて、カッコいい」
言った結衣に「ブラコン」と舞華が言うと結衣はこう返す。
「違います」
アリーナでは悪鬼、椿姫が近接武器で互いを攻撃しようと動き回っている。だが、誰が見ても分かった。椿姫の方が動きが良く、強い。悪鬼は繰り出す攻撃を悉く防がれ、流されている。
秦は想定外の準一の強さに驚いている。距離を取ろうとしているが椿姫はそれをさせない。付きまとい離れない。ガンブレードよりもリーチの長い槍による攻撃。秦は舌打ち。
『何て強さだよ!』
秦は叫び、ガンブレードからの粒子弾を椿姫に連射するが、椿姫はユニットのハッチを開かせ、翼に似た幾つもの放熱フィンを出すと最大出力で煙を巻き上げ上昇し、回避。
『何だよソレ! 何なんだよそのユニットの翼は!』
ユニットのそれを知らなかった秦は悪鬼を上昇させる。だが、追いかけようにも出力が違う。追いつけない。
やはり、あの秦という奴は悪鬼のユニットの事を知らない。気づき、準一は笑みを浮かべると腕部ガトリングガンとショルダーアーマー内の多目的ミサイルを斉射する。気づき、秦は悪鬼に回避機動を取らせ、ミサイルをサイドアーマーのガトリングガンで全て落とす。
だが、次の瞬間には椿姫は追いかけてくる悪鬼に向け急降下を開始。加速時の渦を纏いながらの椿姫に気づき、悪鬼はブレードを振り上げ、椿姫と悪鬼のブレードがぶつかり衝撃音が響く。
悪鬼はブレードを押し、椿姫は槍を押す。単純な力比べなら悪鬼の方が勝るのだが、椿姫はユニットを同じように最大出力にさせその推進力任せに悪鬼を地面に叩き付ける。
落下時の衝撃と、ユニットを使っての椿姫に押され、悪鬼は地面にめり込みそのコクピット内で秦は歯ぎしりする。
『何故・・・何故ここまで違う! 同じユニットの筈だ!』
「同じじゃないんだよ」
大声を上げる秦に準一が小さく言うと秦は目を見開く。
「直に分かる事だが、あんたの悪鬼のユニットは最新鋭とは名ばかり、第5世代ベクター、標準機としての椿姫をベースに開発された試作型なんだよ。対して俺の椿姫のユニットはプロトタイプモデルじゃない。完全な完成品だ」
言うと、準一は椿姫の槍を一度振り上げ脚部で悪鬼がブレードを持つ右手を踏みつけ、目に入った射撃武装はすべて破壊する。
「今更だが、あんたは完全に判断ミスをした。悪鬼を手に入れた時点でさっさと中華圏連合にでも帰れば良かったものを」
このっ、と秦は言うが悪鬼は抑えつけられ動けない。胸部に迫った槍の先端を見て死を悟り、次の瞬間にはコクピット内の秦は槍で上半身を貫かれていた。すぐに悪鬼は動きを止め、沈黙。直後、アリーナのロックが全て解除され、戦闘が終了した。
代理はすぐに富士総合火力演習場に悪鬼を持ち込んだ自衛隊に連絡を入れると、準一にカノンを搬送した病院を伝える。
私の記憶は曖昧だ。親や家族の事は覚えていない。だが、名前だけは覚えていた。カノン。それだ。
今、私は教会に居た。十字架の後ろの聖画が描かれたステンドグラス。まるで古いアルバムの様なセピアな感じのそれは夢の様だった。
私の周りには歳幾ばくも無い少年少女数十名が居た。私は自分の恰好を見た。白衣、と称すべきそれは衣服としての機能は無く、ただ裸体を晒さない様にしているだけだった。何故か、私も彼らと同じようで、身長が低くなっていた。
そして、私の手には殺傷能力の高そうな刃物が握られていた。他の子たちも同じだ。
何をするのだろう、と皆困惑している。そんな中、全員の座る席の先にある十字架の前に1人の男性が立つ。迫力は無いが、威厳がありそうな老人。老人は全員を見渡すと口を開いた。
「これより魔術教団主催、聖なる存在へ近づく為の儀式を始める。君達には、これからその手に持った武器で殺し合いをしてもらう」
誰もがふざけている。と思った事だろう。かくいう私もふざけていると思った。そして次の瞬間、老人は懐から装飾の行き届いた銀色のリボルバーガンを取り出すと、喚き始めた女の子の胸を撃ち抜いた。
気が付けば、私は数十人以上を刺し、斬り、殴り殺していた。白衣は血に塗れ、持っていた刃物は刃こぼれしていた。刃物を持っていない手には切断された首。髪の毛の長い女の子の首だ。
そんな私に老人は近寄り褒めてくれた。全く嬉しくない。その後は電極を当てられ、気が変になりそうな薬を飲まされた。分かっている。これは実験だ。
その生活が数年以上続いたある日。私は数人と共に場所を移動させられた。別の教会だ。とても汚かったのを覚えている。生々しい、卑猥な場所だ。若い男達に少女たちは嬲られていた。
私もそれをされる。老人に言われ、嫌だった。だが、その時私は既に感情が死にかけており、顔には何も表情が出なかったのを覚えている。
そして、私の番が来た日、教会の外から爆発音が聞こえた。何の音かは知らなかったが、次の瞬間には教会は爆発し、炎に包まれていた。重い瓦礫が身体に圧し掛かって動けない。辺りを見ると皆死んでいる。炎が迫り、私は焼き死ぬのだろう。と悟った時、私は巨大な手の上に乗せられた。
その正体は機械魔導天使アルぺリス。助けてくれたのだが、アルぺリスの人相はとても悪く少し恐怖した。その機体から青年が降りてきた。降りてきた青年は小さな声でこう言った。
「生きてて残念だったな。どうする。望むなら、楽にしてやる」
それに私はこう答えた。
「死に・・・たく・・なぃ」
久しぶりに声を出したが、随分と擦れていた。通じたのか青年は優しく微笑み「分かった」とだけいうと私をお姫様抱っこし、コクピットに入れてくれた。その彼は、機体を宙へ浮かすと私に名前を名乗って来た。
「朝倉準一、それが俺の名前だ」
最低限の礼儀、私も名前を教えた。
「カノ・・・ン」
答えると私は意識を失った。
病室のベットに寝かされていたカノンはゆっくりを目を覚ました。随分と懐かしい夢を見ていた。と思いながら上半身を起こすと無言でリンゴの皮を剥いている準一を見つけ「兄さん」と声を掛ける。
準一は一度驚いたような表情を浮かべると「起きて大丈夫なのか?」とカノンに聞く。
「はい。心配しましたか?」
「当たり前だ。お前の事を聞いてエルシュタもエリーナも半泣きで、結衣は大泣き。皆心配してたんだぞ・・・俺だって」
聞き、カノンは微笑む。ああ、私はなんて恵まれているんだろう。と心中で思った。さっき見た夢は昔の事。他の皆がどうなったかは知らない。
「兄さん・・・私って幸せ者ですよね」
「どうしたいきなり」
「・・・昔の夢を見ました。兄さんが助けてくれた時の」
「良いか結衣。病院では静かにしなさい」
「ぐしゅッ。だって、カノンが。病院に運ばれる位怪我したって!」
舞華は結衣を注意しながら病院の廊下を歩く。そしてカノンの居る病室の前に着くと話し声が聞こえてきた。
「あれから1年ほど経ってますよね?」
「ああ、第二北九州空港事件から3か月位の頃だからな」
その事件を結衣も舞華も知っていた。2人は出会いについて話しているのだろうと察しは付いた。今は入らないでおこう。
「最初はホント手が掛ったよお前。無口だし、ご飯食べないし」
「そういえば、あの頃兄さん私が食べるまで色々な料理を作って来ましたよね」
「食べたかと思ったらマズイって言い始めて、喋りかけたら話しかけないでって・・・キツかった」
「まだ兄さんを信じ切っていなかったですからね・・・あの頃。もしかしたらこの人も同じ事をするかもって―――」
「―――でも、兄さんは全くそんな人間じゃなかった。なんやかんやで面倒見が良くて優しくて・・・だから私は決めたんです。私の今後の人生は全て貴方の為に使うって」
カノンのそれを聞き、準一はカノンに近寄り頭を撫でる。
「いつも言ってるだろ? それは嬉しいけど俺の人生は俺の人生。お前はお前の人生があるんだって」
「だから、兄さんの為に使います。もうこれは決めた事です。それに、私はもうこれから一生兄さんから離れるつもりはありません」
全く。と準一が言うと病室が開き「ならば私は身体を捧げよう!」と舞華が入室。「聞いてたのか?」準一に聞かれ後から入った結衣が頷く。
程なく、病室に代理を筆頭に会合会メンバー、3バカや本郷。そして朝倉カノン非公式ファンクラブ組織。カノン親衛隊がお見舞いの為に押しかけてきた。
「兄さん。私って幸せ者ですね」
微笑んだカノンに準一は笑みを返した。