束の間の休日③
「すっごく疲れた」
ため息を吐きながら準一が言うと、助手席の響が訝しげな表情を浮かべる。
「それはこっちの台詞だと思うんだけど。運転荒すぎるよ」
言った響に続き、本郷は頷く。
「そう言わないでくれ。あの連中に付いて来られたら面倒臭い事になるんだから」
と言った準一だが、もうこの段階でデート作戦は結構引っ掻き回されている。
「で、目的地までは後どの位?」
ため息交じりに響に聞かれ「まだ結構かかるな」と言いながら準一はタバコを咥える。
直後、準一にも九条から電話が入り、自衛隊での事の次第を教えられる。
信号に引っ掛かったりで小一時間ほど経ち、準一達は梶栗町を過ぎ、安岡駅の近くに車を停め安岡海水浴場へと向かった。
当然ながら、夏からは微妙に離れた時期である為人はいない。精々堤防のあたりでおっさんが釣竿を振り回している位だ。
「何か、虚しいね」と本郷が言った直後、準一達から100m程離れた浜辺に通じる細道からワゴン車と装甲車が飛び出した。2台は浜辺に降りると急停止。するとワゴン車からワングラスを掛けた代理が降りてくる。
「あら? 奇遇ね?」
よくもまぁ抜けぬけと。と準一は呆れながら「そうですね」と短く返す。
「まぁ奇遇ついでに一緒にご飯食べよう」
代理の後、ワゴン車のスライドドアが開き、結衣達がバーベキューセットを出している。
「買ったんですか?」
「うん。海に行くって聞いたからね。すぐにお肉とか買いに行ってくるから」
「あ、俺行きますよ」
本郷が言うと代理はお金の入った財布を本郷に渡す。それを受け取ると本郷は響を引きつれ近くのスーパーへ向かう。
「あー、生徒会メンバー。美少女を護衛」
代理の指示を聞き、装甲車が本郷を追いかける。
「さて、あたし達も準備手伝おうか」
「そうですね」
頷くと準一と代理は手伝いを始める。
「ねぇ、兄貴ってさ。やっぱ変わった性癖があるよね」
手伝い始めた矢先に結衣に言われ準一は「え?」と聞き返した。
「心当たりないならそれって結構凄いよ? だってまた新しい女の子を口説いて海デートに持ち込んでるんだよ」
そう言えばこの娘達(代理を除く)はあの美少女2人が男だという事を知らないんだったな。
「まぁ、前から片鱗はあったんですけどね。兄さん、家に居た頃も酷かったんですから」
碧武に入学する前の事をため息交じりにカノンに言われ、準一は苦笑いを浮かべる。
「ほら、結衣」
ふいに名前を呼ばれ結衣が向くと準一にネコ耳を被せられる。
「ふぇ? ネコ耳?」
「そそ。似合ってる。凄く可愛い」
微笑みながらの準一に言われ結衣は顔を真っ赤にさせる。
「兄さん! 私には無いんですか!」
「カノンも結衣も何も手入れしなくても可愛いだろ?」
「でも、結衣にはあげてました! ズルいです!」
確かにそうだ。ここはカノンにも何かあげないと不平等だな。
「ほら、カノン」
言いながら準一はカノンにサングラスを掛ける。
「・・・兄さん?」
「カノン。凛々しいな」
準一が親指を立てると「むぅー!」とカノンは準一の胸板をポカポカと叩く。
どういう訳か買い物組は数時間後に帰って来た。理由は聞いていた。どうもまた装甲車が原因で警察官とジャンケン勝負をしていたらしい。何故ジャンケンかは知らないが。
そういう訳でバーベキューは3時以降に始まり、準一はカノン、結衣、本郷、レイラ、綾乃、真尋に言い寄られていたが、それ以外は恙なくバーベキューを楽しんでいた。
「花火買って来たー」
3時間後。バーベキュー終了後、近くの店に出向いた綾乃、真尋は花火を袋一杯にして帰って来た。代理はテンションを上げ走り回っていた。会合会男子メンバーは食い過ぎで揖宿以外がダウン。ほぼ女子会になっている。
「準一君。いい?」
「ええ」
代理は準一を呼ぶと、堤防へ向かった。他の皆には行軍訓練について、と言ったが、揖宿は事情を独自に把握しており、カノンは疑っていたが、準一、代理が離れると花火が始まった。
「聞いたでしょ? 九条から」
「ええ。自衛隊の新型ベクター。悪鬼の暴走でしたね。確か、反日軍の秦・李醜でしたね」
聞いていた事を短く纏め伝えると代理はしゃがみ込み、夕日に染まった水平線をゆっくりと進むタンカーを見ている。
「悪鬼の稼働可能日数は3日。確実に碧武に来るよ」
「ええ。九条さんからも言われました。ですが」
「そ、君の察しの通り機械魔導天使、魔法は使用できない」
悪鬼は確実に碧武校に来る。目的は考えられて2つ。準一を狙うか、七夕に備えて戦力を削っておくか、このどちらかだ。
「魔法も機械魔導天使も、一般生徒の目に触れさせるわけにはいかない。此間のブラッドローゼンの事もありますしね」
言いながら準一はしゃがみ込んだ代理に目を向ける。
「でも君なら大丈夫と踏んでる。だって、相手はベクターだよ」
「あなたは俺を過大評価し過ぎな気がしますが」
「へぇ? 前年の各碧武校選抜メンバーによる大会優勝者、五傳木千尋とまともに戦えるのに?」
ニヤニヤしながら代理に言われ準一は後頭部を撫でる。
「あいつ、確か通り名がありましたよね」
「赤い彗星、だっけ?」
毎度聞いて準一は思った。このネーミングは不味いだろうと。
「確か近畿校には黒い3連星、北陸北海合併校には閃光の伯爵、でしたっけ」
「そそ・・・まぁ何れにせよ」
代理が言おうとするが先に準一が言ってしまう。
「選抜戦も何もかも、この3日間と七夕を乗り切らないと来ない。ってわけですよね」
言い終えると、結衣達の居る浜辺から小さな花火が数発上がる。
「・・・ごめんね。準一君。多分、この3日間と七夕、一番苦労するのは君になると思う」
分かっている。本当なら3日間も七夕も他の校の強い連中に援護を頼みたい所だろうが、危険なのは九州校だけではない。それぞれ各校は自分の事で手いっぱいだ。
「いえ、俺は構いません。3日間の事は無理ですが、七夕には機甲艦隊から大和も手を貸してくれるそうですし、もしかすると海上自衛隊の護衛艦、航空自衛隊のF-35も出て来てくれるかもですから・・・それに」
「それに?」
代理が聞くと、準一は少し気恥ずかしそうに水平線に目を向ける。
「俺はこうやって皆でバカ騒ぎしているのが楽しいみたいですから。今日、エルシュタ、エリーナが居ないのは出す訳にはいかないからですよね」
「うん。七夕が無事に過ぎるまではね・・・準一君の戦う理由は十分みたいだね」
「ええ。滞りなく終わらせてみせます。悪鬼の事も、七夕の事も」
「おお、心強いねぇ。・・・頼んどいたモノ、届いたよ」
準一はハッと目を向ける。
「椿姫との同調に合わせて装甲も変えるし、準一君は帰って直ぐにシステムを設定し直してね」
「分かりました」
「志摩甲斐ちゃんに頼んでるから女装もやろうか」
「分かりまし・・・は? ちょっと待って下さい。あんたまた何かやらかしたな」
と準一が言及を始めると代理は堤防を浜辺に向かって走り出す。
「やーいやーい! 女装だー!」
このゴスロリバカツインテール。さっきまでのシリアスが一気に吹っ飛んだじゃないか。と準一は呆れかえりながら浜辺に向かい、ロケット花火を連射するロンに追いかけられた。
準一達が碧武校に戻ったのはもう暗くなった頃だ。すぐに準一、代理は学校へ向かう。さっきのシステム設定と椿姫の同調を行うからだ。
結衣やカノン達女子組はムスっとしていたが。
代理と準一は城島達整備員の待つ格納庫へ向かう。ケージには篤姫や椿姫などが収まっており、準一の駆る椿姫3番機はケージから出て膝を着いて待機している。
「来たか朝倉。コイツを見ろ」
着いた準一に近寄り、城島はクレーンに吊るされた新型装甲を指さす。
「この装甲は本来は篤姫用に開発された新型の背部装甲だ。こいつじゃないと、あの新型背部飛行ユニットは装備できない」
成程。準一は理解し、装甲と奥のユニットに目をやる。椿姫は汎用性を求められた機体。スティラは射撃特化。篤姫は格闘に特化した機体で、偏った性能になっている。だが、椿姫は日本国内での最新モデルとなっている。
篤姫やスティラは最新型に近いが第4世代機。ちなみに雷は第3世代機だ。一方、椿姫は各パラメーター配分が半分半分となっている。いわば第5世代ベクター兵器における標準機である。そして、汎用性が高い為、装甲転換なども第4世代機に比べ行いやすい。
「城島さん、あのユニットは?」
新型の飛行ユニット、見覚えが無い。頼んでおいたユニットとはまるで違う。
「ああ・・・あれは」
「自衛隊技術部からかっぱらって来たの」
言いづらそうにしていた城島に代わり、作業服に着替えた代理が凄い事を平然と言う。当然、準一は聞き返す。どうやって? と。
「綾乃ちゃんから飛行戦隊経由で、航空自衛隊に言ったら譲ってくれたよ。今の空自にはこのユニットを使えるパイロットは居ないみたいだし」
「悪鬼のテストパイロットは?」
「無理だね。あくまで悪鬼はお披露目ってだけだから。使いこなすってわけじゃないみたい」
随分とまぁ。と準一は心で呟く。
「まぁ、それは置いといて・・・朝倉、なんだぁお前その恰好は」
ため息交じりの城島に言われ、準一は苦虫を噛んだような表情を浮かべる。
「・・・斬新とは思いますが、これは俺なりのファッションです」
ロングの黒髪のカツラにゴスロリに似たフリフリのドレス。そして施されたメイク。
「いや、女装だろ?」
指摘の通り、ただの女装だ。別に準一の趣味ではない。何故かノリに乗っていた志摩甲斐の率いるメイク女子軍団に確保されこうなったのだ。
「良いです。キモイってないのは分かってます」
「いやぁ・・・なぁ」
嘆くような準一に城島は困った様な顔を浮かべる。何故、城島がこんな顔を浮かべるかと言うと、案外準一の女装が可愛いからだ。
「何だ朝倉可愛いじゃんかー!」
「カワウィイネェ!!」
茶化す若い整備員達に目を向け準一はため息を吐く。
「まぁまぁ、準一君。自信持ちなさいって。可愛さで行けば結構いいセンいってるよ」
全くうれしくねェよ。と準一は思うが口には出さず、椿姫に歩み寄り差し出された掌に乗り、コクピットハッチを開きコクピットのシートに座り、ノートパソコンに似た端末を取り出し、ケーブルをコンソール下の端子に繋げる。
何で女装なんてしなきゃいけないんだ。と心中でぼやきながら準一は端末を起動させる。最初は椿姫と追加装甲との同調テスト。端末には同調確認を示すコンプリートの文字が浮かび、準一はコクピットのコンソールを操作。次は新型飛行ユニットとの同調だ。
同調テストを開始。
「まずは通常のユニットの出力設定」
言うと準一は端末を見る。端末には通常ユニットの規定値が記される。
「次に新型ユニット。出力設定」と準一は言い同じように端末を見る。すると、通常ユニットの出力を圧倒的に上回る数値が現れ、準一は驚いた。
数値は高い。相当性能の良いユニットだ。だが、問題はあった。椿姫があくまで標準機であり、量産機という事だ。椿姫は篤姫、スティラ、フォカロルの様な強度の高いフレームを積んでいない。
故に、新型ユニットの爆発的加速による過剰な負荷に耐えられないという事だ。
考えて、準一はため息を吐くとインカムを付ける。
「城島さん。ユニットの性能の高さは分かりました。ですが、椿姫ではこのユニットは」
「言うと思ったよ。だから、発注しておいた。もうここにある」
と城島の後、作業用のベクターが寝かされた、骨組みの様なフレームを牽引して椿姫の前に来る。
「新型ユニットがしっかり使える様に用意した。強度の高いフレームだ。MME、EU支社が開発した最新モデル。それを本郷重工、壱菱重工が椿姫用にした奴だ」
何とまぁ。大掛かりな事を、と思ったが正直助かった。
「これで、この椿姫3番機は完全にお前様にカスタマイズされる。今日中に終わらせるから、お前はさっさと同調だけ済ませてくれ」
了解、とだけ言うと、準一は同調作業を再開させる。
同時刻、三宅島では夜間訓練を行っている陸上戦隊のベクター部隊があった。12機の雷が投入され、3機4チームの戦闘訓練が行われていた。
訓練は、何も問題なく進んでいたのだが、第1小隊の悲鳴により一変した。ただの悲鳴では無い、本当の悲鳴。最後には断末魔に近い声が響き、本部テントの人間は残った3小隊に訓練中止を言い渡し確認作業に入るように命令。
3小隊は従い、ペイント弾から実弾に切り替え。第1小隊のビーコンが途絶えたポイントへ向かい驚愕した。第1小隊の雷は3機ともコクピットブロックを握り潰されていた。生存者確認の為に近づくが、潰れたコクピットブロックからは血液が漏れ、隙間からは血にまみれた首が覗いていた。
だが、念の為に確認するが生存者は無し。雷のパイロットは一抹の不安を覚えたものの、取り乱す事無く本部に連絡。すぐに第1小隊の機から撃破直前までのモニター記録を回収。その映像を本部へ送信する。
「こいつは・・・」
本部で各員は驚いた。雷のパイロットもコクピット内で見ていた。モニター記録には演習場から脱走し、関東上空で姿を眩ませた悪鬼が写っていた。しかし、悪鬼は逃げた様子はない。飛行音が聞こえなかったからだ。
「藪を突いてしまったな」
テントで1人が言うと「それも蛇ではなく鬼。性質が悪い」ともう1人が続く。
「残存各機へ、まだ三宅島には悪鬼が居る。警戒を厳となせ、援護にヘリを飛ばす。急いで戻ってこい。全員、気を付けろ」
命令が下り、雷は急いで本部テントを目指す。雷は現在飛行ユニットを装備していない。訓練の想定が陸上での戦闘であるからだ。
「ゴング4、5、6。雷の居るポイントまで急げ。飛行中は島を見渡し悪鬼の捜索も行え。良いな」
了解。の声の後、本部テント隣からローター音を響かせライトを点灯させたAH-64、3機が舞い上がる。
飛翔したAH-64、3機は雷の元へ向かいながら下をライトで照らし悪鬼を捜索するが見当たらない。
「ゴング4、悪鬼発見できず」
「ゴング5、同じく」
「ゴング6、同じく」
やはり暗すぎる。とヘリのパイロットは訓練に暗視ゴーグルの使用許可が下りなかった事に舌打ちし、雷に通信を入れる。
「こちらゴング4.雷隊聞こえるか?」
聞くが、応答はない。まさか、と最悪の結果を予想しながら再度聞くも結果は同じ。直後、ヘリのレーダーから雷9機のビーコンが一斉に途絶え、直後山の向こうから爆発音とオレンジの炎が上がった。
「ゴング4より本部! 雷のビーコンがすべて消失。山の向こうから爆音と炎が上がった。急行する!」
通信を切り、ヘリは加速しその場所へ向かい、燃える炎を見下ろし驚く。ガンブレードを構えた悪鬼が雷の首を握っている。「くそッ!」とゴング4は無誘導弾による一斉射撃を命令しようとするが、それより早くゴング5に粒子弾が命中し、跳躍した悪鬼の振るうガンブレードでゴング6も撃墜され、残ったゴング4は高度を上げるも、悪鬼がガンブレードから粒子弾を発射し撃墜される。
「ゴング4、5、6.各機共ビーコン消失」
と聞こえた声にテント内はざわめく。すぐに撤退を始めようとするが悪鬼はあっという間にテントにたどり着く。携行ロケット弾を構えた隊員が悪鬼に向くが、悪鬼は腕のガトリングガンで薙ぎ払い、テント周辺に固まる隊員に頭部バルカンを斉射。隊員たちはバルカンにより一瞬の内に肉塊に変えられ、テント内の隊員は基地へ連絡を入れた。
「三宅島にて悪鬼を発見! 現在攻撃を受けている!」
これが、陸上戦隊の三宅島夜間訓練隊最後の通信だった。