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世界改変魔術①

「あ、いえ。そこは・・・そう、こしょうを・・あ、いい感じです」


言った準一は現在、自宅、ではなくレイラに用意された部屋に居る。最初に結衣が居た第3女子寮だ。本当は男子禁制なのだが、特例中の特例で入る事を許可された。女子寮の女子生徒たちも特に気にしている様子は無い。いつぞやの代理の流したコネ疑惑も払拭した。準一は自分では気づいていないが、案外陰で人気があるのだ。


ちなみに、今は放課後。授業はちゃんと午後まであり、それを終えて今に至る。


「そ、そうですの」


言われたレイラ・ヴィクトリアは照れている。現在、2人は料理中だ。一人暮らしになったレイラは、家事万能の準一に助けを求めたのだ。


「お世辞抜きで、レイラ様は物覚えが早いようですので、難しい料理に挑戦しても大丈夫かもしれません」


準一が言うと「そ、そんな」と更にレイラは照れる。準一はレイラの物覚えの速さに驚きつつ、感心していた。


「で、では・・・その、また料理する時は、その・・お教えいただけますこと?」


モジモジしながらのレイラに「良いですけど、ちゃんとフライパンを見ててください」と了承しつつ、注意する。すると、レイラは顔を赤らめる。どうも、恥ずかしかったらしい。


「にしても、別に私に敬語を使う事は無いんじゃないですこと? 私はもう王族じゃありませんわよ」


そう、レイラの言う通り、彼女は皇位剥奪。王族としての地位を失くした存在だ。準一も承知しているのだが、準一は敬語を止めない。レイラ的にはそれが嫌だった。なぜか、距離があるように感じられ、彼女的には普通に呼び捨てにしてほしいのだ。


「そういう訳には参りません。私は貴女様の騎士ですので」


準一は現在学生服、胸ポケットのあたりにブローチを付けている。


「それはそうですけど・・・今、階級に上下はありませんしその・・・もっと友達というか恋人というか、それくらい親しく喋りたいんですの」


言うと、レイラはIHの電源を落とす。つまり、呼び捨てにして言いたいことはバンバン言って良いのか。レイラの言いたい事を理解した準一だが、敬語は止めるつもりはない。


「では、少し距離を縮めたと仮定して、レイラ様1つ宜しいでしょうか」


距離を縮めた、にレイラは反応する。何を言われるのか、と良からぬ妄想が膨らんでいる。


「あの、レイラ様。制服の上ですが裏表逆です」

「へ?」


レイラは動きを止め、うなじの部分を撫でてみるとタグがある。無言のままキッチンを去ると脱衣所でちゃんとして出て来る。


「申し訳ありません。言った方が良いのかと思いまして」

「いえ、良いですのよ。分かってましたの、分かってましたからいいですの」


言うとレイラはフライパンの料理をお皿に盛る。そしてスプーンを戸棚からだし、準一に渡し、椅子に座りテーブルに料理を置く。


「分かってましたけど・・・準一は私の夫なのですからもっと・・・その」


準一は思いだした。レイラ転校より2日、最初の1日目彼女は言っていた。自分が妻だと。


「レイラ様。その、夫とか妻とかって・・・冗談ですよね? 何かのゲームに影響されたとか」


とりあえず、準一は言ってみた。


「え? 私本気ですわよ」

「へぇ」

「だって、こんなに人を好きになったのって初めてだから。最初は準一を嫁にしよう、って思ってたんだけど良く考えたら逆だなって」


やっぱこの人ゲーム脳だ。だが、こんなに人を好きなったのって初めてだから、で少し準一はドキッとした。


「さ、食べましょう。冷めてしまいますわ」

「ええ。では」


「「いただきます」」


言うと2人はチャーハンを食べ始めた。





チャーハン作りを終え、準一は皿洗いを手伝った後、レイラに見送られながら第3女子寮を後にし、学校外、外出許可を貰う。汽車で最寄駅まで行くと、学校関係者が車を用意していた。


準一は車の運転席に乗るとエンジンを掛ける。学生服のままではマズイかな。と思ったが免許証はあるので問題ない。走り出した車の向かう先は山口県だ。



2時間弱で準一は、門司から関門海峡を渡り下関に入り、山口県内の山中にある施設に着く。施設内の駐車場に車を止めると、物騒な物をぶら下げた軍人の様な男達に連れられ、施設地下に案内される。


その中の一角にあるマジックミラーで中が見える様になっている部屋の前に着くと九条が居た。


「九条さん」

「来たか」


準一に気づき、九条は「よう」と手を振る。それに準一は会釈するとマジックミラーから室内を見る。中東で捕縛したサジタリウス操縦者、劉が右腕が無い状態で椅子に縛られ俯いている。


「奴が魔術を使う危険性は」


疑問を九条に聞く。


「ほぼ無い。あの男は純粋な魔術師ではなく、腕のタトゥー、紋章を使って魔術を発動させていた。だから」


九条が言おうとするが「腕を切り落とした」と準一は無表情を作る。


「正解。さすが」


その言葉の後、部屋の扉が開き「朝倉準一。入れ」と案内人に言われ準一は入室する。


すると劉は顔を上げ「来たか」とにやりと笑う。


「俺を呼んで、何か用か?」

「ああ。用があるから呼んだ。エリーナの様子はどうだ?」

「実験体の症状が確認されている」


その言葉にだろうな。と劉は声を漏らす。


「エリーナ、あいつは実験の被験者の中でも成功体だな?」


準一が聞くと劉は「ほお」と言うと「良く知ってるじゃないか」と続ける。準一は自分の考えが間違いではなかった、と確認すると「あんたの要件を聞こうか」と劉に聞く。


「ああ、そうだったな。俺の要件は単純明快。お前、ゼルフレストに入らないか?」


想定外だった。準一はまさかこんなバカな事とは思っていなかったからだ。


「お前ほどの力を持つ人間なら歓迎だ。魔術師である以上、国家に尽くす意味は無いだろう」


呆れる準一は顔を手で覆うと、劉に目を向ける。


「要件とはこんな事か?」


「いや」と劉はが答えると準一は顔から手をどける。


「朝倉準一、貴様7月7日。どうするつもりだ?」

「どうするとは?」

「決まっている。堕天使を機械魔導天使に転移利用するのかどうかだ」


堕天使が利用可能になる7月7日。


「今の所転移利用する気は無い」


準一は本心からそう思っていた。


「では、あの娘をどうするつもりだ? 米軍にでも引き渡すのか?」

「まさか、渡す訳ないだろう」


米軍に渡して、エルシュタが何も無しでいるわけが無い。実験は確実。そんな結果を予想出来て、わざわざ渡す気は無い。


「まぁ、妥当だな。米軍にあの娘を渡せば、良いように操作する為に人格破壊を促す劇薬を飲まされ、脳実験やいろいろされるだろうな」


やけに詳しいな。と思い準一が聞く。


「ああ、エリーナが以前米軍で実験されてたしな」


顔色は変えなかったが、準一は驚いた。


「本来、彼女は活発な少女だったが、教団の実験後、米軍の劇薬実験。脳実験による記憶混濁が人格を狂わせた」


聞いてしまえば納得できてしまった。異常なまでの豹変ぶりはそれか。と準一が納得し、前髪をかき上げると劉は上半身を少し前に倒す。


「記憶混濁、それに人格の様な物が狂うとは、人間だけではない。この世界に対しても言えるのではないかと私は思っている」


いきなりスケールアップしたそれに準一は意表を突かれた、だが世界に対しても同じことが言える。について少し考えた。


世界の記憶は歴史と仮定し、人格とは? 今の記憶? いやそれでは記憶とごっちゃになる。では、世界にとっての人格とは。準一の導き出した結論は民、人間だ。


「どうやらお前は頭が案外働くらしいな」


他人の考えを見透かす様な劉の言い方に、準一は不快感を覚える。


「記憶混濁、人格変化。何れも何かあれば起こる。世界にも、それを起こりえる」


劉が笑みを浮かべると「魔術か」と準一が聞く。劉は離れた背中を椅子の背もたれにつけると「正解だ」と瞼を閉じる。


「別に答えるとは思っていないが、あんた等の組織はそれだけの大規模魔法を使用できるのか?」


その問いに劉は右目だけを開ける。


「いや。しかし、目下捜索中ってとこだ。仮に存在したとして、発動されてしまえば世界は確実に狂ってしまう。歴史もな」


意外にも答えたが。教団も存在確認したわけでは無いのだろう。


「俺にそれを話して何かメリットは?」


問いに悩むような表情を浮かべ、劉は左目も開ける。


「お前の様な人間は、存在も力も可能性もイレギュラーだ。イレギュラーは、時として意外な力を発揮し楽しませてくれる」


呆れ気味の表情を浮かべる準一は「あんたは快楽主義に近いのかな」と聞いてみる。


「どうかな。避けている筈だが、苦痛というものは向こうから勝手にやって来る」


「そうか」と準一は言うと立ち上がると「待て」と呼び止められる。


何だ。と言わず無言で振り返る。


「いや、一つ言い忘れていた。さっきの大規模魔術の話。覚えておけ、そしてお前と言うイレギュラーが世界を乱している事も忘れるなよ」

「忠告どうも。覚えておくよ」


準一が部屋を出るのと入れ違いに、武装した男達が部屋に入り扉が閉まる。マジックミラーにもカーテンの様な物が下り中が見えなくなる。


「外へ出ます」


そう九条に言うと「一緒に行くよ」と後に続く。




外へ出ると、準一は九条の車の助手席に乗せられる。そして2人はタバコを吸い始め、さっき聞いた話について話し始める。


「準一君。さっきの話。世界を改変できるほどの大規模魔術。君の見解を聞かせてくれる?」


九条は、左に座る準一に目を向ける。


「どうですかね・・・。あそこまで大規模であっては、信ぴょう性に欠けます」


実際、劉の言葉に対しては半信半疑であったが、敢えて存在を否定するような言い方をする。


「俺的には、あってもおかしくは無いと思う」

「どうしてです?」


聞くと九条はタバコを深く吸う。


「サジタリウスは神様の兵器だよ。神や天使は人間の枠、領域、位を越えた存在だし、魔術の枠から外れるような大規模術式があったって不思議はないかなって」


ま、確かにそうだ。と思いながら準一は外に目を向ける。


「準一君、俺はね。何だか嫌な予感がしてならないんだ。ここ最近の出撃、日本海、中東。敵の目的の近くには必ず君が居る。また、君が厄介事に巻き込まれるんじゃないかって」


心配してくれているのか、と準一は察すると九条の予感が当たらない事を祈った。





「兄さん。随分と帰りが遅かったですね」

「兄貴。どこで誰と何をしていたのかな」


帰宅直ぐ、準一は不機嫌な妹2人に追及される。時間は深夜直前。追及されてもおかしくない時間だ。


「もう、準一。遅くなるなら遅くなるって言わなきゃ」


すぐにエルシュタがパジャマ姿で出て来る。するとエリーナもパジャマで出て来る。


「悪いな。少し、九条さんと会わなきゃいけない用事があったんだ」


と本当の事を言うとエリーナが準一の肩を叩き「準一って、女の子たぶらかしまくってるんでしょ?」と言う。


準一は絶句した。何の話だ。一体。


「兄さん。真尋さんや綾乃にも手を出してるみたいですね」

「しかも次は英国のお姫様」


見てわかる。妹達は怒っている。しかし、何の話だ。俺が真尋と綾乃に手を出した? 誰がそんなデタラメを・・・。そういえば代理がフェスティバルやら何やら言っていたが、まさかこんな事とは。


「すけこまし」

「たらし」

「兄さんのバーカ」

「兄貴のバーカ」


エルシュタ、エリーナ、カノン、結衣の順番で罵られる。準一がどうしよう。となっていると、携帯が鳴る。準一は取り出し通話ボタンを押す、そして耳に当てようとする。


だが、携帯は床に落ち、どういうわけかスピーカー状態になる。


『あ、もしもし? あたしだあたし、テトラだ。約束通りお前あたしとデートだかんな。ドタキャンしたらマジしばくから』


最高のタイミングで最悪の電話だった。妹2人はズカズカと準一に近寄り右肩をカノン、左肩を結衣が掴む。かなり強く。少し、痛いかも。と準一が思っていると「ほんと、言ってるそばからこれだね」と妹2人は、怒気を含んだ強い声を出す。


エルシュタは何処か冷めた目で準一を見ている。準一をたらしと思い込んでいる目だ。エリーナはよく分かっていないようで、エルシュタの背中に張り付いている。


「さ、兄さん」

「兄貴」


2人は準一の腕に手を回し、がっちり抱き着く。


「今日から添い寝ですね」

「今日から添い寝だから」


良いよ。別に慣れてるから。


「あたしも」

「なら私も」


エルシュタと、エリーナも抱き着く。


これは全くの余談であるが、エリーナは準一、エルシュタ以外にも結衣、カノンには割と気を許したらしく、2人にもくっ付いている。


「そういや、兄貴が女たらしな話は真尋って人も綾乃も知ってるよ」


実は準一、今日綾乃、真尋と目が合い挨拶をした所、2人は頬を朱に染め準一の前から走り去った。避けられていた感があったのはその所為か。


「まぁ、本妻は私ですけど」とカノン。


「いや、お嫁さんはあたしだけど」と結衣。


2人は目を合わせ、にらみ合い「あたしが」「私が」と言い合いを始め、互いを頬をつね合う。


「取りあえず俺風呂に入るから」


2人を横目に、エルシュタ、エリーナに言うと「着替え持ってくるよ」と準一の部屋に走る。



着替えを受け取った準一は風呂に入り、30分ほどで上がる。そして部屋に行くと、ベットでは妹2人がパジャマで頬の抓り合いを継続しており、シーツも毛布も乱れ放題。


安眠は期待できないかな。と思い準一はリビングのソファーに寝転がり、タオルケットを下腹部から下に掛ける。するとエルシュタとカノンがどこからか準一のタオルケットに潜り込む。


あの2人よりかは安眠できそうだな。


「おやすみ」


準一が言うと2人も返す。そのまま部屋の電気を消す。エルシュタ、エリーナはすぐにすやすやと寝息を立てるが、準一は眠れなかった。



どうしてか、あの大規模魔術が頭から離れない。世界を改変できるだけの魔術。考えていると、久しぶりに胸騒ぎがした。でも、考えていてどうにかなるものではない。と準一は眠れるように努力をし、数十分後やっと寝息を立て、深い眠りについた。


「ちょっと! 準一! あんたさっさと起きないと学校遅刻するよ!」


その日、福岡県内の朝倉家に準一、結衣の母親の台所からの大声が響いた。大声を聞いて部屋で眠っていた準一は目を覚まし、勢いよく上半身を起こす。


ここで疑問が浮かんだ。何故、自宅に居るんだ?


「あんた聞こえてんの! 今日みんなと待ち合わせって言ってなかった!?」


みんな? 誰だみんなって。と思いながら準一は階段を下り、リビングに入る。


「ほら、急ぎなよ準一。ほれパン」


作業着を着た父親が、イチゴジャムを塗った食パンを渡す。準一は受け取ると「みんなって?」と聞く。


「何言ってんだ皆って――――」


準一は、父親が発した言葉にパンを落とした。





学校への通学路。とはいっても碧武校ではない。向かっているのは準一が一年間通っていた高校だ。そして、『皆』が待っている近所の電停に自転車で向かう。


準一が着くと『皆』と呼ばれる6、7人の集団が手を振る。その6、7人は第二北九州空港事件の中、準一の目の前で死んだ友人たちだ。


6、7人はタバコを吸いながら自転車にまたがると、準一に近寄り「学校行こうぜ」と笑顔で声を掛ける。


「ああ」と作った笑顔で答えた準一だったが、内心激しく動揺していた。



学校へ到着し、友人たちと教室に入ると他にも死んだはずの友人たちが笑顔で出迎えた。顔には出さず、準一は驚いた。


どういう趣旨のドッキリなんだ。と考えるが多分違う。と結論を出す。すると程なく担任が教室に入りホームルームが始まる。その中、準一は机の中で携帯を隠しながら操作し、ネットで検索を開始する。


碧武校をだ。


だが、信じられない事に検索結果は0。今まで感じた事の無い不安感に襲われ、脚が震え、正気を失いそうになったが何とか堪え、アドレス帳の中の妹達や学校で出会った人間のアドレスを探す。


だが、入っているのは父親、母親。そして小学、中学時代の友人たちだけだ。


不安を更に煽られ、ネットで再び検索を開始する。ゼルフレスト、ベクター、機甲艦隊。この3つの内、ベクター、機甲艦隊がヒットした。どうやら、ゼルフレスト、碧武、結衣や碧武の人間たちが居ないらしい。


取り敢えず、落ち着こうと携帯を閉じ、おとなしく一日の授業を全部受ける。




死んだはずの友人たちと談笑しながら田んぼ道でタバコを咥える準一は、友人たちに対しある感情を持っていた。


『気味が悪い』


確かに彼らは居る。だが、準一の記憶では彼らは死んでいる。死にざまも、死体も見た。墓参りも行っている。それでも動き回る彼らは、何だかこの世の者とは思えず気味が悪いのだ。


「準一、お前今日元気なくね?」

「え、ああ。んな事ねえよ」


作り笑顔で答えながら、準一は背筋に悪寒が走った。周りの友人たちの心配する声すら気味悪く感じているのだ。





そんなこんなでおかしくなって3日。気味が悪いのを耐えた準一は母親に聞いた。


「母さん。結衣とカノンは?」


正直、聞きたくなかった。3日、ずっと居ないのだから。そして、予想通り母親から帰って来た言葉は「何? ゲームの話? 言っとくけど母さんあんたのゲームなら触ってないよ」だった。


ここにきて、準一は考えないようにしていた大規模魔術を考える。


世界の改変。大規模魔術。可能性としては一番近い。だが、それならどうして俺には影響がないのか。準一は目の前に紋章を展開させた。魔術は正常に使える。


魔術が使える事を心強く思い、気を持ち直しネットを開く。


自分の置かれた予期せぬ状況で最も大切なのは、情報収集と、それを見極める目だ。


理解している準一は、世界地図を表示させどこからおかしくなっているのかを探し始めたその時、携帯が鳴り、準一は誰からだろう。と見る。通話、非通知だ。


警戒しながら通話ボタンを押と、すぐに相手は喋り始めた。


『準一君かい?』

「はい」


その声には聞き覚えがあった。


『良かった。君じゃなかったらどうしようかと思った。じゃ、確認。俺が誰か当ててくれ』


碧武九州校生徒会長。


「揖宿洋介・・・会長、ですよね」


『俺を揖宿、生徒会長と認識しているようだな。君、今出れるなら来てほしい場所があるんだが』


「どこです?」


『芦屋のファミレス。川沿いの』


了解。と準一は言うとジャージに着替え母親のバイクを勝手に使用し、芦屋へ向かう。







ファミレスへ着くと、奥の喫煙席で揖宿が手を振っている。準一はその席に行き、揖宿の向かいに座る。


「準一君。君、1週間前どこで何をしてた?」


揖宿のこの聞き方は、確認するような口調で、準一は灰皿を目の前に寄せると口を開く。


「イギリスでレイラ・ヴィクトリア様の護衛を」


すると「どうやら俺がおかしくなったわけじゃないようだな」と揖宿は安堵の息を吐く。準一はそれを確認するとタバコに火を点ける。


「会長の前で堂々と吸うかい?」

「吸わなきゃやってられませんよ」


言うと準一は一番気になっている事を聞いた。


「会長。あなたの周り、何が変わりました?」


やはり君もか。と言いたげな目をする揖宿はため息を吐く。


「実家の場所、総資産は変わらず。病気で亡くなった弟と事故で亡くした許嫁。そして死んだはずの両親がピンピンしてた」

「その、生き返った人と会って感想は?」

「はっきり言って気味が悪かった。生者と喋っている感覚では無かった」


やっぱり、この人も同じ感覚を持っていたか。準一は安心した。


「その様子だと、準一君も似たりよったりみたいだね」


揖宿のそれに準一は説明する。妹が消えた事。そしてエルシュタ、エリーナの行方。生き返る友人たち。


「カノンちゃんや結衣ちゃんが消えたか」

「ええ。消えた。というか、最初から居ない事になってたみたいで」


と準一の言葉の後、携帯が鳴り、開くと公衆電話と出ている。取り敢えず、通話ボタンを押し出てみると聞こえるのは飛行機の音だろう。かなりうるさい。


「も、もしもし?」


何か言っていたみたいだが、聞こえなかったので呼びかける。


『あ、準一』


これも、聞き覚えのある声だったが、声を聴くのは約半年ぶり。


『今、北九州空港に着いたんだけどさ。あんたあたしの事わかるよね?』




「―――ああ。よく分かるよ。五傳木千尋だろ」







五傳木千尋。碧武関東校に通う元気が有り余る女子だ。準一と同等の強さの魔術師で、機械魔導天使を所有している。


所属は機甲艦隊だが、準一とは違う部隊だ。基本、彼女は彼女で厄介な事に巻き込まれている。



「ですね」


と準一は粗方説明を終える。ちなみに現在、準一がファミレスに来て3時開場経過している。説明が始まる少し前に五傳木はやって来た。


真っ黒のブーツにデニムのミニに灰色のシャツ。黒のパーカーはフードを被り、何かお洒落なサングラスを着け。髪は茶色のロングウェーブ。そしてガムをクチャクチャ噛んでおり、手にはキャリーバッグを引いている。


「あのさ、準一。説明するのは良いけど。あたい揖宿さんとは会った事あるよ」


サングラスを外した千尋のそれに「そうなんですか?」と準一は揖宿に聞く。


「ああ。去年の選抜戦でな」


そう言えば、千尋が準一より1年早く碧武に居た事を思いだす。


「んでも、準一さ、あたいの事覚えてるとか、やっぱあたいと結婚したいでしょ?」と言いながら千尋は準一の隣に座り腕に抱き着く。


「何? タバコ欲しいの?」

「何でそうなんのよ!」」


と2人が会話を続ける中、揖宿は2人の関係を考えていた。するとそれに気づいた千尋が「あ、揖宿さん。教えておきますね」と準一に抱き着く。


「あたいは、準一の許嫁です」


この女子のカミングアウトに、ここに妹ちゃんたちが居なくてよかったよ。と揖宿は苦笑いする。





集合した3人は気を取り直すと、ドリンクを飲みながら現在の状況を確認する。


全碧武校は消失。かなりの碧武生が消息不明。代理や教師、整備員も消息不明。


だが、ついさっき揖宿の携帯にエディからの電話が入り、エディは碧武を覚えている事確認する。つまり、今現在変化が訪れていないのは準一、エディ、揖宿、千尋の4人。


準一は劉に聞いた大規模魔術の話を2人にする。2人はまさか、と半信半疑。


ちなみに、世界地図は太平洋に浮かんでいる訳のわからない国、フレンウォールを退ければ変わっていない。


「ま、どう考えても現状怪しいのはこの太平洋のフレンフォールだし。魔術云々含めて」


地図から目を離した揖宿は向かいの2人に目を向け確認すると「乗り込みましょう」と準一に言われ笑みを浮かべる。


「あたいも賛成。正直、力は使えるワケだし。待ってんのは退屈なのよね」


コーラを飲みながら千尋も賛成する。だが、ここで準一には問題が発生した。先立つものが無い。


「何、安心したまえ。飛行機とかはウチで手配する」


心配事を読み取った揖宿に言われ、取りあえずは安心する。


「何、安心しろ。あたいは準一の家に泊まるから」

「は?」

「いや、だからあたいあんたの家に泊まるんだってばよ」


バカ。駄目に決まってるでしょ。そんな事、ウチの母さんは許しません。


「お義母さんには許可貰って来たよ」


と千尋の後、揖宿は立ち上がる。


「取りあえず。また近いうちに集まろう。何が起こるか分からない。十分に用心してくれ」


分かりました。と2人が返事をすると揖宿は3人分の会計を済ませ店を出た。




準一は店を出るとバイクの後ろに千尋を乗せ、家まで飛ばす。そして、バイクを降り家に入ると、親には本当に説明していたようで「あらーホントびっくり。何でうちのオタクボーイにこんなに可愛い彼女が出来たのかしら」と母親は嬉しそうに悩んでいた。


「まぁまぁ、母さん。準一だって男だ。彼女くらいいるさ」


父親は禁酒中でウーロン茶を飲んでいる。


「どうする? お布団一つでいい?」


どうして別の部屋で寝る、という事を我が家の母親は提案しないんだろう。と準一は思いながら「千尋は2階の余ってる部屋で寝かせればいいだろ」と提案するが、両親、千尋に却下される。


バカだよあんた達。


流石にお風呂は一緒に入らなかったが、どうしても千尋が引っ付こうとするので布団にぐるぐる巻きにし拘束。とりあえず準一は安眠できた。




翌朝「準一ひどいー」と嘆く千尋を布団から解放する。そして「千尋、今から来る連中を見てお前の感想を聞きたい」と要件を言うと顔色を変え、千尋は頷く。


間もなく朝倉家に友人たちが来て、準一はこっそりと千尋に見せる。彼らには先に行ってくれと言うと、部屋に戻り千尋に感想を聞く。


『気味が悪い』と準一と同じ感想を持ったようで千尋は背筋を震わせていた。案外怖がりなのだろうか、と思った準一は肩を叩くと「じゃ、おれは学校へ行くから」と家を出る。




準一は学校へ行くまで知らなかったが、この日、準一の通う福岡県立香月高等学校1年生は福岡市内まで進路のガイダンスへ行く事になっていたらしく、1時限目からバスで移動が始まった。


かなりゆっくり向かい、パーキングエリアで昼食を取ったりしたので着いた時刻は昼前。香月高校の生徒がガイダンスの会場に入る中、準一はこっそり抜け出す。そして博多駅に向かう。


世界がおかしくなっている中、大人しく進路の話なんぞ聞いてられるか、と心でボヤキながら駅の近くのゲームセンターに入り峠を4回ほど攻めた後、ファーストフード店のカウンター席でLサイズのストロベリーシェイクを飲み干すと駅を出る。


案外、暇だな。次は何をしよう。と困りながらバス停近くのベンチに座り、目の前を通り過ぎて行く人達を眺める。


友人たちと同じように気味の悪い奴、普通の奴が入り混じっているように感じられ、気持ちが悪く感じ、準一は顔を下に向け目を逸らす。すると、突然準一は左からの衝撃に押され地面に倒れ込む。


何かが当たった。何だ一体? と準一はのしかかっているであろうモノに目をやる。女の子だ。赤毛の長い髪。恰好は女の子の私服、といった感じだが顔を上げた女の子はサングラスをしている。


お忍びのハリウッド女優かこいつ? と思いながら「おい」と女の子に呼びかける。女の子は顔を上げ「す、すみません」と謝り、準一の上から退こうとするが足が滑り、再びのしかかり「ぐほっ」と準一はのしかかりの重みで声を出す。


この野郎。と思いながら準一は女の子を押しのけ起き上がると、女の子に手を差し出す。「すいません」と言いながら女の子は差し出された準一の手を握ると起き上がる。


「あんた怪我は?」

「あ、ありません。そちらは?」

「無いよ」


準一が答えると女の子は申し訳なさそうに何度も頭を下げ走り去っていった。その少女の走り去る様は何か逃げる様によそよそしく、準一は彼女の事は記憶に留めておこうと再びベンチに座る。


そして、向かいの通りにスターバックス的な店を見つけカフェモカを買った。





会場へ戻ると、担任と学年主任に怒られ学校で生徒指導室で説教を喰らい、準一が学校を出て駐輪場へ行くと、自転車のタイヤに石が刺さっておりパンク。歩くしかない、と空を見ると薄い紫とオレンジが混じった薄暗い夕方だ。


これは、帰り着く頃には日が暮れるな。


通学路である田んぼ道を歩きながら夕食の買い出しを考えたが、今は碧武では無い。夕食は母親が用意する。どうも主夫根性が身に付きつつある。と考えながら久しぶりの田舎を堪能していると、進行方向に赤の着物の女性を見つける。


右手に持っている物は杖、かと思ったが違う。鞘に納まった日本刀だ。顔は長い髪で見えなかったが、近づくにつれその顔が露わになる。白の鬼のお面。準一は取りあえず素通りしようと、顔色を変えずに着物の女の横に差し掛かると、刀の切っ先を首筋に向けられ動きを止める。


「あんた、何の真似だ?」


準一が聞くと、女は顔を準一に向ける。


「想定外のイレギュラー、つまり貴様らが居る。私の役目は貴様の殺害だ」

「つまり、あんたは俺と戦う気なわけだな」


「そうだ」と女が答える前に準一は女の腹部に回し蹴りと叩き込み、蹴り飛ばす。女は宙で体勢を立て直すと、田んぼの中を走る道路に着地し刀を抜く。


「随分といきなりじゃないか」


女は顔を準一に向ける。


「こっちは周りがおかしくなってイライラしてるんだ。悪いが容赦はしない」


環境の変化やらなんやらでイライラしていた準一は、腰から刀身が碧に輝く剣を抜くと女に向く。


「面白い。私はフレンウォールに仕える人間だ。名前も教えてやる。牧柴舞華だ」

「そいつはどうも」


と準一は名前を言った舞華に向けてジャンプすると、両手の剣を右に構え、左に振る。舞華は剣を下にしゃがみ躱すと、右手の刀を準一に突きつけるが準一は消え、舞華の真後ろに回り込むと左からの回し蹴りを、左横腹に決める。


蹴りによって飛ばされ、舞華は体勢を崩したまま田んぼに落ちそうになるが、何とか持ち直し、ベチャと音を立てながら田んぼに着地。着物に少し泥がつく。


「随分動きが早いな」


加速魔術について教えるつもりはない。


「まあいい。貴様相手ならこっちも魔法を使える」


言うと、舞華は日本刀の切っ先を空に向ける。直後、切っ先に赤の紋章が展開。その切っ先を準一に向ける。


何か危険を感じ、準一は硬化魔法を発動させジャンプし上空へ逃げる。それは正解で準一が居た場所は、爆発の炎と煙に埋もれ地面は吹き飛ぶ。


「勘の働く奴」


舞華は呟くと上空の準一に切っ先を向ける。気付いた準一は咄嗟に紋章盾を目の前に出現させ、防御に転じた瞬間、盾の目の前が爆発。衝撃に押され準一は田んぼに落下するもすぐに起き上がる。


「褒めてやる。ここまで攻撃を躱した人間は初めてだ」

「称賛どうも」


舞華の後に答えると、準一は剣を下に構え加速。舞華の後ろに回り込み剣を振り上げる。


「ワンパターンな奴」と舞華が小さく言うと、準一は右横から迫った爆発に押され、田んぼを転がる。


まさか。準一は何かに気付いた。


「どうやら貴様の使う能力は加速か」


起き上がる準一に目を向け舞華は言いながら刀の切っ先を向ける。


この女やはり。と準一は舞華を睨む。


「大層な能力だが、どうにも貴様の使用法はワンパターンだ」


その言葉の後、紋章が光り、準一の足元が爆発し、左に跳躍した準一を追うように爆炎を迫る。準一は加速魔法で舞華に迫る。すると舞華は姿を消し、準一の後方に現れ切っ先を向ける。


跳躍を止め、地を蹴り左に大きく跳ぶと準一の居た個所が爆発。すぐに盾を張り舞華に向く。


「やっと確信ができた。俺の加速に対処できて、なお且つ加速した俺の後方に回り込む。あんたも俺と同じ加速魔法が使えるわけだろう」

「まぁ、気付いて当然だな。・・・まぁ、今日は良い。どうせ、貴様はフレンウォールに来るのだろう?」

「ああ」

「そうか。まぁ、安心しろ観光する貴様を攻撃しようなんて考えていない」


と舞華は刀を鞘に納めると鬼の面を左手で取る。すると、見た事の無い銀に輝く目が準一に向けられる。


「なぁ、あんた。どこまで知っている。この大規模魔術、世界を改変するほどの力を持つ狂った魔術についてだ」

「気付いていたか・・・。まぁ、すぐに真実は分かるだろう。それに貴様の言う通り、確かにこの魔術は狂っている」


やはり、この女。知っているんだな。


「答えてくれて助かったよ」


準一は舞華に礼を言うと剣を仕舞う。


「お前は、この世界を否定するわけだな」

「当たり前だ。あんな気味の悪いものがウロウロしてる世界なんざ願い下げだ」


そう言いながらタバコを咥える準一に舞華は「ふふ」と笑みを浮かべる。


「お前は嬉しくないのか? 死者が生者となり、再び会う事が出来ているのに」

「だが、死者が生き返った変わりに俺の知り合いはかなり消えた。嬉しいわけがない」

「私が聞いているのはそうではない。ただ、生者となった彼らと再び会う事が出来て、嬉しいか嬉しくないかを聞いている」

「嬉しくないね。全く。あんな気味の悪い奴ら」


そうか。と言うと舞華はお面を被り「お前との会話は楽しかったよ」と言うと跳躍し、森林の方へ消える。それと同時、車の音や人の声が聞こえ始める。


舞華は、戦闘開始直前、人払いの術式を発動させていた。その効果が切れたのだ。準一は泥がついた事を思いだし帰ったら母さんにどやされる。と思いながら田んぼから道路へ上がると、一枚の封筒が落ちていた。


中を開くと、飛行機のチケットだ。4人分。手紙も入っていた。『これで知人と観光を楽しむと良い』恐らくあの女が置いていった物だろう。随分親切な事だ。


取り敢えずは揖宿に教えてもらった自宅番号にかけ、揖宿にチケットが手に入った。と伝えると揖宿は丁度人数分チケットを取る直前だった為、助かったとそのチケットを使う事にした。


出発は明後日。集合場所は、県内で唯一フレンウォールへの国際線がある空港。


第二北九州空港。


そして明後日、準一は第二北九州空港ターミナルに居た。忙しく行きかう人々には目もくれず右手の携帯の画面を見ていた。画面に表示されているのはメール。揖宿からだ。


『エディは勝手に向こうに行ってるよ。ちなみに俺は一緒に行くつもりだったけど道端で困っているお婆さんを空港まで案内してたら飛行機に乗ってしまっていたよ。ゴメンね』


案外あの人はおっちょこちょいなのか、それとも勝手なのか。


「揖宿さんからでしょ? 何て?」

準一の左の千尋にメールを説明する。


「じゃあ、あたいと2人っきりなわけだね」

途端に満面の笑みを浮かべる千尋はサングラスを外す。


「そうだな」

「何でそんな冷めてんのよ」

「そうか? そうでもないぞ」

「じゃあ嬉しいの?」


それに困ったがフレンウォール行きの飛行機に搭乗する時間が迫るのに気付く。


「そろそろ行こう」

「むぅ」


頬を膨らませた千尋はサングラスを掛けると準一に続く。






準一達が乗る飛行機は、エンジン4基のジャンボ機だ。席は一階の左側。3人席に座り、窓際に千尋。真ん中に準一。席につき荷物を上に置く。そしてほっと一息つく。


すると準一の隣の空いている席に赤い着物の女性が座る。すぐに準一は嫌な予感がし、横を見ると昨日の日本刀を持った女。牧柴舞華。


嫌な予感は的中した。準一が舞華に声を掛けようとすると、舞華は唇に人差し指を当て制止する。準一は従い口を閉じる。すると舞華は窓の外を眺める千尋の後頭部に、左手の人差し指を当てる。


直後、千尋はすうすうと寝息を立て準一の肩に頭を乗せる。


「何をしたんだ」

少し睨む様にし舞華に聞く。


「安心しろ。ただ眠ってもらっただけだ。お前はすぐに気付いたようだが、この娘は私を知らないようだしな。話してないんだろ?」

変に気付くから面倒臭いな。と思いながら舞華が居る理由を聞く。


「私も丁度フレンウォールに行かなきゃならないんでね。だが、昨日言った通り、観光中のお前達に手出しはしない」


そうですか。と準一は静かに答えるとまもなく離陸、というアナウンスを聞き千尋にシートベルトを付ける。





離陸して20分ほどしたあたりで機内サービスが回って来たので準一と舞華はコーヒーを頼む。そして舞華は貰ったコーヒーを飲みながら手持ちの荷物からトランプを取り出す。


「何かの魔法か」


準一が聞くと舞華はふっと笑い「ただのトランプだ。暇つぶしにどうだ。ババ抜き」とカードをくる。


「じゃああんたが抜きだな」


ババ抜きだから。


「殴るぞ。私はまだ20代前半だ」


言った舞華に「冗談だ」と準一は笑みを向ける。




そして2人は40分ほどババ抜きをし、勝敗は準一の全敗。


「随分弱いなお前」

「悪かったな」


おかわりのコーヒーを飲みながら準一は悔しそうな表情を作る。


「にしても、昨日お前を襲ったというのに、お前はあまり警戒しないのだな」

「あんたは嘘を言わなそうだ。一応、嘘を言う人間と本当の事を言う人間位分かるつもりだ」


成程。と舞華は笑みを浮かべるとトランプをカバンに直す。


「お前、彼女は居るのか?」


いきなりの舞華の質問にコーヒーを吹き出しそうになるが、頑張って耐えると苦笑いを舞華に向ける。


「どうなんだ? あ、そうか。隣の娘がお前のコレだな」


そう言って舞華は小指を立て、何やら笑みを浮かべている。


「ちげえよ。俺に彼女は居ない。後、小指じじ臭いぞ」


じじ臭いに納得いかない、と言いたげな表情を浮かべるもすぐにまた何かを閃く。


「じゃあお前コレか?」


今度は小指ではなく親指を立てる。それを見て、準一の脳裏には何故か本郷義明が浮かんだ。


「・・・いや」


その返答に間が空いてしまい、舞華は食いついた。


「おい、何だ今の間は? まさか居るのかコレ? おいどうなんだ? え?」

「何でそんな食いつくんだよ。あんたはどうなんだ? 彼氏とか居ないのか?」


準一が聞くと舞華はコーヒーを一口飲む。


「私は処女だ」


そこまで聞いてないんだけど。準一は呆れ顔を向けコーヒーの入ったカップを置く。


「何だ。私を狙っているのか?」

「何でそう考えが極端なんだよ」


一応は敵、な筈だがこの会話はあまりにフレンドリー過ぎ、気付いた準一は少しため息を吐く。そしてそこからは舞華にひたすらからかわれながらフレンフォール国際空港に到着。


現在は空港ターミナル。


「じゅんいち~、頭痛い~」


嘔吐してしまいそうな程、気分が悪くなった千尋は、キャリーバッグが置いてある場所へ向かいながら準一の手を握っている。


「もう少し待て。薬と水買うから、そこまで我慢できるか?」


保護者の様な準一が言うと千尋は「うん」と口元を抑える。そんな千尋に「これ飲みな」と舞華は日本で市販されている薬を渡す。


「あ、どうも」


千尋は受け取るとカプセル剤を飲む。


「あんた用意が良いな」

「私、乗り物酔い凄いからな」


感心した準一に舞華は何故か勝ち誇る。


「お薬ありがとうございます。ところで・・・どちら様?」


千尋のそれは最もな疑問だ。着陸後、起きたら準一と親しそうに喋っていて今も一緒に着いて来ている。誰? と思って当然だ。


「ああ、私はこいつの姉だ」


言うと舞華は準一の肩に手を回す。


この女。とんでもない嘘を言いやがった。準一は肩に回された手を横目に見ると視線を舞華に向け絶句した。


「準一ってお姉さん居たの?」


今初めて知ったよ。とは言わず「ああ、まぁな」と舞華の嘘に乗っておく。




キャリーバッグを引く3人は空港を出る。出た先に目に入ったのは路面電車にとんでもない数の電線。そして並ぶ屋台。更に屋台の前で食い物をたくさん両手に抱えるゴスロリツインテール。


「あ」


気付いたゴスロリは3人に駆け寄る。そのゴスロリにどうにも見覚えのある準一は咄嗟に顔を背ける。


「何で顔背けるの? 準一君」

「ここで何をしているんですか代理」


聞かれ代理はふふん、と綿飴を丸ごと口に入れる。


「準一、代理って九州校の?」

「ああ」


準一が言うと代理は飴を飲み込み「びっくりしたよ。いやマジで、何か学校消えるしさ」とケラケラ笑いながら言う。


どう考えても笑い事じゃないよ。と準一は思ったがすぐにハッとする。


どうして俺の事を覚えているんだ?


「ま、あたしを見て目を背けるって事は準一君は正常みたいだね」


ああ、代理は俺や会長、千尋、エディ先輩と同じく碧武校を含め、改変以前の記憶を持っている、という事か。


「で、隣の着物美人お姉さんは?」

「俺の姉です」

「どうも、こいつの姉です」


準一と舞華が答えるが代理は何か嫌そうな顔をする。どうやら、嘘と見抜いたらしい。


「で、そっちの可愛い子が関東校の千尋ちゃんよね」

「あ、どうも。五傳木千尋です」


千尋は頭を下げ、目線だけ代理に送り「ああ、あれが九州校のバカな人か」と以前話に聞いた事を思いだす。


「何か、やな視線感じるんだけど」


可哀想な人を見る目をした千尋に困った様な表情を向ける。代理に自覚は無いようだ。


「で、あなたは今まで俺たちの事を知っていながらどこで何をしていたんですか? 碧武九州校校長代理」

「何で怒ってるの?」

「怒ってません。何か、あなたを見ていたら全てが馬鹿らしくなってきました」

「あれ? あたし今貶された? ・・・まぁいいよ。あたしはね。取り敢えず皆をストーキングしてたのよ」


「は?」と代理以外の3人が口を揃えた。


「いやね。エディ君を見つけてストーキング。次に鹿児島の揖宿君。北九州の準一君に福岡空港からの千尋ちゃん」

「最初から話しかければいいじゃないですか」


言った準一は呆れた。そこまでしていて何故話しかけてこなかったんだ。


「いやね。話しかけようとは思ったんだけど、ほら一応校長だし。教員だし、生徒が自力で頑張ってるのを阻害するのは憚られたというか・・・ね?」


なーにが、ね? だこの野郎。


「ところでエディ君と揖宿君は?」

「来てるはずですが」


千尋が答えると「やぁやぁお待たせー」と声が掛り、準一達は声の方向に向く。そこにはキャリーバッグを引くアロハシャツのエディと揖宿が居た。


南国リゾートにでも行ってたのか、あんた達。


「ハワイにでも行ってたんですか?」


格好に疑問を持った準一は2人に聞く。


「この格好はこいつが」


呆れ気味にエディは右の揖宿を指さす。


「いや、外国行くんだから正装で行こうとね。俺がこの格好提案しなきゃこいつ、迷彩服だったんだぜ」


迷彩服よりは断然アロハシャツの方が良い。が、もっと無かったのだろうか。


「よーし、皆揃ったところでホテルにチェックインだ!」


元気になった代理は先陣切って歩き出すが、何故か躓き前に倒れ、食い物がベチャと音を立て潰れ、起き上がった代理の顔や胸元に食い物がこべり付いている。


「うぇー。いっぱい付いたぁ」と代理は5人に向くと子供の様な声を出す。


見かねた準一はピンクのハンドタオルを取り出し「ほら、ちゃんと前を向かないから」と代理の顔を拭いてあげる。


他5人は散らばった食べ物を拾い、適当なゴミ箱に捨てる。


「代理、これからはちゃんと前に注意してください」


準一に注意され「うぅ、ごめんなさい」と代理は素直に謝る。その後、5人は首都のグランドホテルにチェックイン。取った部屋は3つ。そして街を探索しようと決定するが、ホテルにも舞華は着いて来ており、どうしよう。と舞華以外の5人は困った。


現在6人は準一の部屋に集合している。


「さて、準一君のお姉さんはどうしよう」


困る揖宿が聞くと「あんたどうするんだ?」と準一に聞かれ舞華は「うーん」と悩む。


「まぁ、そうだな私は眠いから寝ていたいんだが」


ちなみに舞華は無理やり準一と同じ部屋に泊まる事にしている。


「ま、そういう事なら探索メンバーを決定しよう」


とエディが言った後、舞華はベットに横になる。そして彼女が寝息を立てる頃メンバーが決定した。



エディ、揖宿ペア。千尋、代理ペア。そしてシングル準一。


ちなみに千尋は「あたいは準一と行くんだー!」と喚いていたが、代理のキャメルクラッチを喰らい泣く泣く諦めた。






探索が開始されて1時間経った頃、準一は首都西街のコンビニでタバコを買っていた。どうにもこのフレンウォールは日本通貨が使用でるので買い物は困らなかった。だが、街を歩く人間の大多数に、生き返った友人たちの様な気味の悪さを感じ、居心地が悪い。


取り敢えずは買ったタバコを咥え、火を点け歩き出す。吸っていないと落ち着かない。


街の地面はレンガの様な小さなブロックを並べたような茶色。車の行きかう道路の中を路面電車が走り、往来する人間の恰好はバラバラ。そして、家が一軒も無い。準一は移動手段に路面電車を選び、乗り込み電車の2階に登り、屋根のない席に座る。客はかなりの数が居る。


走り出した電車は30分ほどで建物が乱立する市街を抜け、緑生い茂る平原に出る。平原には麦畑やとうもろこし畑。トラクターに作業をするおっさんやおばさん。欧州の田舎の様な光景だ。だが、辺りに倉庫などはあるが民家は無い。


景色を見渡す準一は、作業をする人間や景色がとても現実的なモノとは思えない。現実感が無い。人間味が無い。幽霊? 蜃気楼? いや違う。


「夢・・・」


咄嗟に思いつき、言葉に出すがまさか。と考えを止める。だが、可能性が無いわけでは無い。とは言ってもあまりに馬鹿らしい。


一応、皆に相談しよう。準一が決めると電車が止まる。再び市街地へ入っている。準一は取りあえずそこで降りる。そして、降りた先の大きな広場の様な場所に見覚えのあるテントを見つけ、息を呑んだ。


まさか、あいつが。思いながらテントに近づくと『サーカス団。スウィートペインタイム。最高の一時をあなたに』と書いてあり、準一はテントに入った。


テントの中のレイアウトは、エルディ・ハイネマンの時と同じ、しかし客席に座る客たちにはちゃんと顔がある。そして、準一が入った時、サーカスは始まる直前。テント内の照明が落ちたかと思うと、ブラウン、ランスロットと出て他にも色々な団員が姿を現し、最後に団長のエルディが挨拶しサーカスは始まった。






サーカスは結構長くあったが、それは時間にしてみればの話。実際、サーカスを楽しんだ客からすればこの楽しい時間は相当短く感じている。準一もその1人だ。そしてテントから出ようとすると、入口で構えていたエルディに呼ばれステージに向かう。


「正直驚いたよ。どうしてお前が」


ステージに上がるなりエルディが聞く。しかし、それは準一も同じだ。


「さあな」


答えにエルディは笑みを浮かべる。


「朝倉準一、お前どこまで把握している? この世界」

「いや、全くだ」


正直、準一はあまりこの世界については知りたくなかった。どうしてかは知らないが。


「ま、どうせすぐに気付くだろうが・・・そうだな。この世界の魔術師、どういう状態になってるか知ってるか?」

「いや」


全くノーマークだ。


「なら、聞いてびっくりかもな。どういうわけかこの世界。魔術師に対しての迫害が無いんだよ」


まぁ、こんだけいろいろ改変されていれば不思議ではなかったが、驚く事には驚いた。


「ナポレオンがまだフランスを駆けまわっていた頃。俺の記憶じゃ魔術師ってのはこの辺から姿を現してきた。その奇天烈な事を起こす力に、人は魔術師を神とも呼んだ。だが、第二次世界大戦終了直後の米国の魔術師による民間人虐殺でそれは終わった。その後の魔術の様な物を使う人間は徹底的に迫害され、欧州じゃ魔女裁判なんてものも始まった」


これは改変以前の魔術師についての事柄だ。準一はこれをすべて知っている。習ったわけでは無い。今話した中の幾つかは民間人には与えられない情報だ。あくまで独学だ。


「その後誕生したのがゼルフレスト教団。そして、国連の打ち出した法案、魔術師保護法。日本の人工島。術師地区。だが、その後、ロシア軍が日本へ侵攻。第二次日露戦争だ」


そこまで言うと、エルディは準一に顔を向ける。


「ここまで話したが、これだけの歴史が消えてしまっている。他の歴史が出来上がっているのかと思い、俺は調べた。この世界の歴史には争い、戦争が全く無いんだ。お前、何か考えついているんだろ?」


エルディは見透かしたように準一に言う。準一はため息を吐きさっき考えた可能性の話をする。


「俺は、この世界は夢。じゃないかと思っている」


どうしてだ。と言いたげなエルディに続ける。


「この国、めちゃくちゃなんだよ。風景も人も、そして世界に至っては歴史がおかしくなってる」

「それが?」

「いいか、夢の中ってのは都合がいいんだ。あり得ない事があり得る。出来ない事ができ、ある筈のない物がそこにあり、ある筈のものが消える。夢は、一種の仮想世界だ。見ている段階でその世界は出来上がっている」

「つまり、お前が言いたいのは。夢を見ている奴の夢がこの世界。だと言いたいのか」


顎に手を当てたエルディに準一は頷く。


「どういう事かは知らないが。恐らくは、現実世界に夢が入り込んで改変されたんだ」


つまり、夢を見ている張本人をどうにかしないと元に戻らない訳だ。


「よく思いついたな。そんな話・・・ま、馬鹿らしくはある。だが、あり得ないなんてことはあり得ないのが魔術だ」

「信じるのか? こんなバカな話」

「ああ。お前は頭が働きそうだからな」


どうも、と準一は息を吐く。


「しかし、そうなるとどうにも面倒臭そうだ」


言ったエルディは「俺は厄介なのは御免だ」と言いたげだ。


「何が言いたい?」

「何、厄介なのはお前に任せる。それに一応、俺は対人戦に特化しただけだからな」


どういう事だ? 何故ここで対人戦の話が。


「知らないのか? この国、どういうわけか暗躍している組織があってな、その組織は魔術師がメイン。そして機械魔導天使も所有している。あのサジタリウスと同等のな」

「改変以前に戻すには、その組織と当たってしまう。って訳か」


「その通り」エルディは拍手しながら踵を返す。


「本音を言えば、本当は俺も手伝ってやりたい所だが、俺はお前がどういう風に戦うかを見て見たい」


手伝ってくれるに越した事はないのだが、面倒な奴だ。


「にしても、次に会ったら殺す。と言わなかったか?」

「状況が状況なんだ。あんたに構う暇はないさ」



テントを出ると、準一は再び電車に乗った。取り敢えずはもう一度、色々な場所を回ってみる事にした。さっきに比べ人が少なかったので割と快適だ。壁を見るとポスターが貼られてあった。風車、そして湖。湖畔のホテル。湖の中心の時計塔に伸びる水道橋。


何かファンタジックなそれに引かれ向かう事にした。その場所は電車の終点だ。




電車がつく頃、あたりは茜色に染まっていた。準一は料金を払って降り、そして降りた人間は準一以外にもう1人。赤毛のサングラスを掛けた女の子だ。電車が発進した後、女の子は躓き、準一の後ろに倒れ掛かる形になり、準一は体勢を崩し前に倒れる。


「何だ」と準一は思いながら背中に目をやり「あんた」と声を漏らす。


「す、すみま・・・あ、あなたは」


倒れてきた女の子は、ガイダンスをサボって博多駅のベンチに座っていた時倒れてきた女の子。互いに気付いた2人は目が合う。女の子は「すいません」と退くと起き上がり準一に手を差し出す。


「ありがと」


差し出された手を握り準一が礼を言うと「こないだと逆ですね」と申し訳なさそうに女の子は言う。準一は苦笑いを浮かべ「そうだな」と言い起き上がる。


「奇遇ですね。こんな所で会うなんて」


言いながら女の子は微笑んだ。日本人の様だが目の色は赤、整った顔はとても可愛らしく綺麗でもある。


「そうだな。ここには旅行で来てるのか?」

「いえ。ただ・・・何ででしょうね」


女の子は、顔を駅から見える森の向こうの茜色に染まった湖に向け、遠くを見るような目で答えた。


「・・・あ、自己紹介しときますね。私、氷月千早って言います」


やっぱり日本人か。と思いながら「俺は朝倉準一。よろしく」と顔色も変えず不愛想に答える。


「よろしくおねがいしますね」


と千早は準一に笑みを浮かべた。


「あ、敬語使わなくていいよ」

「どうして?」

「いや、何か・・・むず痒い」


それにクスと笑いながら「じゃあ、今からは敬語無しでいくね」と答える。





駅から出た2人は、湖へと続く森の中の道を歩いていた。湖へと向かう目的が一緒だった為、一緒に向かう事にした。


「へぇ、準一は家族と友達で旅行なんだ」

「ああ、訳の分からん姉に手のかかるツインテール。あたい口調の同級生。それに何しでかすか分からない先輩2人」


苦笑いの準一に、羨ましそうな表情を千早は向ける。


「千早は家族で?」

「ううん。私は1人」


何でまたこんな所に1人で、と思ったが詮索はしなかった。何故だか、聞いてはいけないような気がしたからだ。


そこからは他愛もない会話をしながら森を抜け、湖を一望できる場所へ出る。


「これは凄いな」


茜色が水面に反射し輝き、見た事ないくらい綺麗な光景に準一は声を漏らした。


「私ね。この景色が好き」

「俺も好きかな。確かにきれいだ」

「ううん・・・いやうん。綺麗だね」


準一の感想に何か違う事を言いたかったらしい千早は、返答が遅れた。それを準一は見逃さなかった。


「綺麗とは思わないのか?」

「ううん。思うよ。凄く・・・ただ、好きな理由とは違うっていうか」

「言いたくないか?」

「うん・・・あまり」


なら詮索する必要は無い。準一は目線を湖に戻す。


「なぁ、お腹空いたからご飯食べていい?」


お腹を押さえた準一に言われ千早は小さく頷く。


2人はホテル内のレストランで食事を済ませた後、再び電車に乗り別れ、準一はホテルに戻った。



ホテルに戻り、部屋に向かうとベットで千尋が寝込んでおり、その千尋の頭を舞華が撫でていた。


「何で千尋は寝てるんですか?」

「酔い止め飲まずに電車に乗っちゃって」


準一のそれに答えた代理はアイスクリームを舐めている。にしても、酔ったなら空港の時の薬を持っていないのか。と舞華を見ると「無い」と言いたげに手を合わせる。


「そう言えば先輩2人は?」

「ラブホテル」


代理の答えに準一はブホッと吹き出してしまった。エディ・マーキス。女子に人気のある長身のイケメン。揖宿洋介。同じように長身。イケメン。まぁ絵面的には悪くは無い。


「準一君、今なんか考えたでしょ? やーらしー」


口元を押さえ、可愛らしく笑みを浮かべる代理に近づき準一は頬を抓る。


「いひゃいいひゃい」


痛いと言いたいであろうが、頬を抓られているので言えていない。


「ひゅ、ひゅんいひくんにゃんかきょうきびひいよ」

「そうですかそうですか厳しいですか」


悪い笑みを浮かべる準一は抓る頬を上下左右にひっぱり、代理は涙目になっている。


「この位にしましょう」


別に悪いと思ったわけではなく、ただ飽きたので頬を抓る手を離す。代理は両手で頬を撫でながら「ひどい」とその場にへたり込む。


「ところで、何か探索に出て収穫はありましたか?」

「うーあまり無かったよ」


代理は痛そうに撫でながら答える。


「でも一個仮説は立ったよ」

「仮説?」

「うん。あたしの建てた仮説じゃこの改変って夢じゃないかなって」


代理の建てた仮説は準一と同じもの。そして、それを建てるに至った理由もほぼ同じ。


「ま、見ている奴が居たとして。この世界に戦争なんてものが無い以上、見ている張本人は争い事が嫌いみたいだね・・・ねぇお姉さん。合ってる?」

「ああ。ほぼ正解だな・・・準一、お前も同じことを考えていたんだろう?」


お見通しだ、と言わんばかりの舞華に言われ準一は頷いた。


「でもお先真っ暗だね。仮説が証明されたとして、張本人が全く見当つかないよ」


言いながら代理はベットに腰掛け脚をパタパタさせ、アイスを舐める。


「あんた、知らないんだろ? 夢を見ている奴って」


瞼を閉じ、準一は舞華に聞く。しかしその通りで、舞華はフレンウォールに仕えていながら夢を見ている張本人を知らない。それを見抜いていた準一に感心しながら、舞華は頷く。


「取り敢えず、今日はこのくらいにしよう」


ベットから立った代理は言うと首を傾げニコッ笑い「お風呂入ろ!」と大声を出す。







「ほぉ、温泉形式のお風呂か」

「女湯男湯混浴露天風呂ね・・・」


「混浴一択だろ?」


と舞華、代理に肩を掴まれ準一は顔を引きつらせた。


「何だ。嫌なのか?」

「準一君、妹達が居ない事で寂しさを感じてるんでしょ?」


舞華の頭を叩き、代理の頬を抓る。結局、舞華と代理は混浴に入る事叶わず女湯に向かい、準一は男湯に入る。


男湯は、準一以外居らず。湯船の奥には露天風呂へ通じる扉がある。混浴は別にあった。ここは大丈夫だろう。と準一が扉を開けると、裸の代理と舞華が居た。


目が合い、代理は硬直、舞華は冷静に湯船に深く浸かる。


「じゅ、じゅじゅじゅ準一君?」


どうしてか代理は泣きそうな顔になる。おいおいあなたさっきまで混浴とか言ってたよね。


「だ、代理・・あのその」

「ここは露天風呂でしょ? 女湯の」

「俺は男湯から入って来たんですが」


準一は弁解するが、代理は泣く直前なのでほぼ無駄だ。悟った準一は更なる弁解を考えるが、それよりも早く涙目状態の代理からのキックが顎を直撃し、準一は湯船に沈む。






女子陣より早く温泉から上がった準一は、私服に着替え自動販売機で買ったミネラルウォーターのペットボトルを握り、もう片方の手には携帯を持ち耳に当てている。


「えっと、会長。今、どこに居るって言いました?」

『え? ああ、だから今ね―――』



『――――東京湾』



現在、夜11時。エディ、揖宿両名は東京湾を航行するフェリーに乗っている。何故、こんな事になったかと言えば、フレンウォールを一周するフェリーと東京行きフェリーを乗り間違えたのが原因である。


『ごめんね準一君。頑張って戻るから。それまで頑張って』


『代理の相手』


準一が苦笑いを浮かべているとは知らない揖宿は通話を終了させた。すると着替えと風呂セット一式を持った千尋が歩いてくる。


「もう、準一冷たくない? あたいも誘ってよ」

「お前は寝込んでただろ。もう起きても大丈夫なのか?」

「うん。今は元気。心配してくれてありがとね。じゃ、あたい風呂入って来るから、覗くなよ」


どうやって女湯を覗けばいいんでしょうね。と準一がため息を吐くと千尋は女湯へ消え、入れ替わるように舞華が出て来る。


「よう、覗き魔」

「誰が覗き魔だ」


このホテルの温泉説明が不親切なんだよ。とは言わない。


「でも役得だな。美人と美少女の裸を見れて。夜は困らないだろう?」

「何馬鹿言ってんだ。あんた、いつまで俺達と居る気なんだ?」

「何、明日の朝には消えるさ。観光中のお前たちをどうこうする気は無いが、真実に近づくお前たちは排除する・・・かもな」


この言い方に、準一は何故か敵意を感じなかった。はっきり言っていない所為だろうか。


「お前と、あの千尋という娘はかなり手強そうだからな。お前1人でも大変なのに一気に相手をしたくはないからな」


それは妥当な判断で千尋はベクター、機械魔導天使、白兵戦の何れに於いても準一とほぼ同格の強さを誇る。


「それに、お前たち以外にも改変以前の状態で、なお且つかなり強い人間がこの国に入ってきているしな」


準一の脳裏にはエルディ・ハイネマンが浮かんだ。白兵戦に於いては準一以上、と準一自身エルディを警戒している。実際、エルディもとんでもない位の強さの魔術師だ。


「ま、私自身最も警戒しているのはあのゴスロリ娘だ。何を隠しているか知れたものでは無い」


見抜いた彼女に感心した。代理は手の内を一切明かしていない。何故、記憶を持っているのかを含め戦闘能力も謎だ。魔術を使えるのか、ベクターで戦えるのか。


「とは言っても・・・お前の手の内も知れたものではないな。こないだの戦闘がお前の全てとは思っていない」


不敵に微笑むと舞華は準一の手のミネラルウォーターに目をやる。


「それ・・・どこで売ってた?」

「自販機」

「私財布を忘れたんだが」


さっきまでの緊張感はどこへやら。呆れた準一は舞華に同じものを奢った。

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