英国のオタクなお姫様 ②
「準一様!」
バーネットは正面玄関へ着いた。そこはまるで戦場。夥しい数の弾痕、抉れた床、吹き飛んだ扉。そして準一が殺した男。男の死体は、CIWS、速射砲を受けて肉片が辺りに散乱している。
「うッ」
肉片や飛び散った血液、内蔵を見てバーネットは吐き気を覚えた。そして、正面玄関から一番近い部屋から準一が姿を現す。
「ご無事で!」
準一を見つけたバーネットは駆け寄り、無事な事を安心する。
「私は無事、ですがレイラ様が」
そんな。とバーネットは声を漏らす。すると他の使用人達も集まる。全員無事だ。
「どうなさるおつもりですか?」
メイドさんが準一に歩み寄りながら聞く。準一はメイドさんに目を向ける。いつもの黒く濁った瞳。人殺し状態の目だ。
「勿論。レイラ様はお助けします。そして、無礼を働いた彼らにはそれ相応の切実な対応を致します」
言うと準一は「バーネットさん」と名前を呼ぶ。
「何か」
バーネットは要件を聞く。すると準一は手に持った拳銃を投げ捨て要件を言う。
「レイラ様を助け出す為には、今の俺単体では力不足です。ですので、魔術を使用する事になるかもしれません」
頷かない理由は無い。
「では、さっそくブリーフィングを開始しましょう。レイラ様の居場所を突き止めなくては。宜しければ、コーヒーと軽食を頂けますか?」
分かりました。とすぐにコック達は厨房へ走る。
「ですが、居場所はどうやって?」
至極真っ当な質問をメイドさんは準一にする。聞かれ、準一は携帯を取り出すと、何か操作をする。
「恐らく、私の部屋のノートパソコンに」と準一は言うと、部屋に戻りパソコンを小脇に抱え、全員が集合した食堂へ向かう。
「これを」
準一はパソコンに表示されるイギリスの地図と移動する三角のマークを見せる。
「これは」
気付いたバーネットは準一に向く。一度準一は頷くと「発信器を付けておきました」と説明する。この発信器は、準一が最初に発砲した際、装甲車に撃ち込んだモノだ。
「これを見ていれば、どこへ行ったか分かる。と言うわけですね」
とメイドさんが言った直後「皆さん、軽食とコーヒーですよ」とコック達がサンドイッチとコーヒーを運んで来る。
マーカーはすぐに、とはいかなかったが止まった。止まった場所は、グラスゴー。かなり中心に近いようだ。
「この場所・・」
メイドさんは何かを思い出し、厨房を去ると、手紙を持って戻って来た。
「これを。この間、ピエロが持ってきた手紙に同封されていた地図です」
地図のサーカスの場所と、マーカーの位置は同じ。成程、ピエロの差し金か。
「場所ははっきりしました。私が乗り込んでレイラ様を奪還して参ります。皆さんはここでお待ちを」
「しかし」とバーネットが言おうとするが「ここから先は私の仕事でございます。敵はどういった奴かはっきりしていない以上。自分単体で乗り込んだ方がやりやすいんです。どうか、ご容赦を」準一に言われバーネットは「分かりました」と了承する。
レイラが運び込まれたのは、グラスゴーに建てられた、いかにもサーカスですよ。と言った巨大なテントだ。テントの中は、ステージだけがライトアップされている。
そのテントの中のステージ上にレイラは立たされている。その目は準一が死んだ、と思っている為虚ろだ。そして、レイラの目の前には、ピエロが居る。
「どうも、レイラ・ヴィクトリア様。この道化師、貴女様に拝謁賜りました事、心より光栄に思います」
ピエロは、腰に着けた剣の納まる鞘に右手を当てながらレイラに向く。
「・・また、アナタですのね」
「私は約束を果たしたまでです。貴女を攫いに参上する。手紙に書いていた筈ですが」
ピエロは左の人差し指で頬を撫でる。
「私を攫って、どうするつもりですの?」
「あ、そうだ。先に言っておきますが、私とあのスーツの男達は無関係ですよ」
その言葉にレイラは、ステージの端に立っている誘拐実行犯たちに向く。彼らは何だか身体がフラフラしておりゾンビみたいだ。
「邪魔ですね」
ピエロは言うと指をパチンと鳴らす。するとレイラの後ろの幕から、赤に燃える炎を纏った虎が姿を現す。当然レイラは怯える。
「大丈夫。ブラウンは貴女に危害は加えません」
一言ピエロがそう言った直後、男達は虎に食い殺される。
「あの男達はあなたを攫うように、王族から命令を受けたマフィアです。まぁ、外の軍用装甲車は最新式ですし。王室陸軍から受理したモノでしょう。しかし、私は貴女を狙って攫ったわけでは無い。彼らは私が魔法で操っていただけです」
レイラは食い殺される様から目を離し、吐き気を抑えながらピエロに向く。それにピエロは小さく微笑む。
「私の狙いは、朝倉準一。ただ一人です」
え。とレイラが声を漏らすとピエロはどこからともなくミルクティーの入ったカップを出現させ、レイラに渡すが、レイラは警戒する。
「警戒せずとも何も入れてはいません。本当です。これは、ただ話が長くなるのでお飲みになられた方が、と思ったまでですよ」
そう。とレイラはカップを受け取り一口飲む。そして「準一の淹れた方が美味しいな」と思った。
「では、お話ししましょう。彼、朝倉準一が貴女に隠している事実を」
城からワゴン車で発進した準一は、運転しながらタバコを吸っていた。現在、ワゴン車には準一が持ってきた武器が有りっ丈入っている。フォートウィリアムからグラスゴーまでの距離はかなり遠い。恐らく、着く頃には準一が車に乗せた1カートンの半分は無くなるだろう。
あーあ。また肺がんに近づくなぁ。と準一が思っていた時、準一の進行方向の十字交差点で火炎瓶が炸裂した。暴徒の投げた物だろう。
だがおかしい。ここ数日はあまり衝突は無かった筈だ。何故、今日になっていきなり。準一が交差点を避けよう、と思った瞬間、サイドミラーがバキンと音を立て外れる。正面では、暴徒が投げつける為の鈍器を持っている。
仕方ない。準一は窓からハンドガンを構えた左手を出し、正面の暴徒に発砲し脚を撃つ。そのまま邪魔する暴徒を撥ね交差点を過ぎる。
こんな状態なら、他の場所でもこのような事があり得るかもしれない。準一は右の助手席に置いてあるサブマシンガンを膝上に置くと、目の前の急カーブを、内側ガードレールにギリギリまで車を接近させ曲がる。
次のカーブも同じような感じで曲がろうと、ブレーキを踏みハンドルを切る。そして、ふとバックミラーが光ったのを確認し、後ろを見る。これににたワゴン車が数台近づいて来ている。
何やら嫌な感じだ。カーブを過ぎた準一は、ハンドルから右手を離し、助手席に置いてあるグレネードランチャーを持ち左手に構えさせる。
そして次のカーブに入る直前に、後ろのワゴン車からサングラスを掛けたスーツの男が身を乗り出し、AK-47を構えると同時、発砲を始める。
「こんな時に・・・!」
言いながら準一は、内側のガードレールギリギリに車を寄せブレーキを踏み、右手でハンドルを切ると同時に左手のグレネードランチャーを後ろのワゴン車に向け2発発射する。
先行するワゴン車のボンネットと前タイヤに2発が命中し炸裂、衝撃で乗り出していた男は外に放り出され、後続のワゴン車に踏まれる。グレネード弾が命中したワゴン車は炎上しながらスリップし、後続の車に激突。激突された後続の車はガードレールを突き抜け落下。
2台は消したが、まだ3台残っている。
準一は舌打ちすると、足元のケースから対戦車用のグレネードを取り出し、ピンを抜き後ろにばら撒く。爆発したグレネードは対戦車用で威力が高い為、爆発も大きい。ワゴンは2台纏めて爆発に巻き込まれ、それに1台がぶつかり結局3台とも爆発する。
よし、終わった。と準一が安堵し、カーブを曲がり直線の道に入った時、聞いた事のあるローター音が響く。まさか。準一は嫌な予感がしバックミラーに目をやると、嫌な予感は的中した。
機銃、無誘導ロケット弾を装備した戦闘ヘリだ。両側に装備したライトで準一の乗るワゴン車を照らしている。だが、幸いヘリは一機。
一機だけなら。準一はグレネードランチャーを助手席に置くと、膝のサブマシンガンを握る。
すると、ヘリは高度を上げ、ワゴン車に向け無誘導ロケット弾を連続で発射。ロケット弾はワゴンの進行方向、右横に着弾し爆炎が上がり、衝撃でワゴン車のガラスが割れる。
ヘリは普通にロケットを発射している。こんな事なら、椿姫に乗ってくれば良かった。準一は思いながらサブマシンガンをヘリのロケット弾を装填した発射機に向け、引き金を引く。
サブマシンガンは連続的に火を噴き、発射された弾丸は左の発射機に当たり、ヘリ左側が爆発し、隣に取り付けられていた機銃の銃身が外れ、弾倉から10mm弾がバラバラと零れ落ち、爆発の衝撃でヘリは高度を下げる。
すかさず準一は操縦士が居るコクピットのフロントにマシンガンを発射し弾丸を撃ち込む。弾丸はパイロットの頭に命中しヘリは墜落。暗闇に爆発の炎が上がり「よし」と準一はマシンガンを助手席に置くと車を飛ばす。
山を切り開いた道を通っても、グラスゴーまではまだ遠い。
「準一が・・・私に隠している事?」
レイラはピエロに聞き返した。ピエロは頷く。
「貴女の母君は、魔女裁判でお亡くなりになり、貴女は魔術師を恨んでいますよね」
この段階で、レイラはピエロが言おうとしている事が分かった気がした。まさか・・。
「朝倉準一は、日本を始め、各国家、組織等から名前を知られ、同時に恐れられている高位魔術師です」
予想は的中した。レイラは顔を下に向け、それなりにショックを受けた。
「ショックでしょう。信じていた人間が母親の仇と同じ人種で、貴女自身嫌っている人種なのだから」
何か見透かした様な言い方のピエロにレイラは顔を向ける。
「ですが、一つご安心ください。朝倉準一は現在、このサーカスのテントへ向かって来ています。貴女を助ける為にね。私の差し向けた奴らも簡単に全滅しましたよ」
言いながらピエロはレイラの手にある空になったカップを回収する。レイラは、準一が生きている事に安堵し、目に光彩を取り戻す。
「さて、ここからは朝倉準一が、どういう事を行って来たかについてお話ししておきましょうか」
レイラは聞き、ピエロに顔を向ける。
「まず。彼がどういう経緯で魔術師になったかから話しましょう」
ピエロは笑みを浮かべるとカップを地面に置いた。
「彼が魔術師になったのは中学の修学旅行最終日。飛行機が着陸してもう帰る。と言う時です。ゼルフレストを名乗るオカルト狂信者達がハイジャックを起こし、空港で処刑を行った。そこで、彼は友人多数を失い、どういう事か魔術師になってしまった。私も良くは知りませんがね」
一つレイラは気になった。彼女なりに考えて気になった疑問だ。
「どうして、貴方は彼の事に詳しいんですの?」
「ああ」とピエロは頬を撫でると「実行犯を指揮していたのは私だからですよ」と悪気の欠片も無いような感じで平然と言う。
「どうしてそのような事を?」
その質問は、もはやお決まりのモノだろう。
「どうして・・・と聞かれましても。そこには回収するべき存在が居ましたので」
回収するべき存在? とレイラが聞こうとした瞬間、「回収しようとしたものは秘密です」とピエロは口に人差し指を当てると「話を戻しましょう」と観客席に向きスポットライトを前面に浴びる。
「彼は幾つかの任務に参加しています。殆どは、その国の正規軍に加担する形でね。その任務の中には、多大な犠牲者を出した任務もある。インド洋で暴れる海賊の住処への無警告制圧攻撃。国内の不穏分子摘発、と言う名の殺戮。密猟団壊滅。彼は、今までに数百にも上る人間を死に至らしめている」
言うとピエロは顔をレイラに向け「これを聞いて。貴女は彼をどう思っていますか?」と興味あり気な聞き方をする。
正直、レイラは困った。どう答えればいいか分からない。嫌ってはいない。でも、聞いてしまってからはどうしてか、怖く感じてならない。
「まぁ、まだ良いですけどね。・・・彼はもうすぐ来るはず。それまで暫しお待ちを。サーカスは彼が来てからでないと始まりませんので」
ピエロは、準一がすぐに来る事を分かった様な言い方だった。
ピエロの言った通り、準一は割とすぐに到着し、テント前にワゴンが停まる。ハンドガンとグレネードランチャーを手に車から降り、準一はテントの入り口を見ると、手紙が一枚落ちている。
手紙を拾い上げ中を見ると、招待状だった。
『朝倉準一様。今宵は、当サーカス「スウィートペインタイム」を心行くまでご堪能ください』
書いてあったのはこれだ。スウィートは楽しい。ペインは痛みで良いのか? つまり、スウィートペインタイムは楽しい痛みの時間。という事か。
準一は手に持った手紙を投げ捨てると「ふざけた名前だ」と思いながら、ステージへの入口のドアを開けた。
すると、耳が痛くなるような歓声が響き、金や銀の紙吹雪が発砲音に似たソレと共に会場一杯に舞い散る。
『ようこそ! 我がサーカス、スウィートペインタイムへ!』
ステージに立つピエロにスポットライトが集中し、客席がざわめくが客席の人間には首から上が無い。ただ、その光景と、ピエロの司会に準一は呆気に取られる。
『では! 当サーカスの仲間たちを紹介しましょう! まず、我が召喚獣ブラウン!』
ピエロは腕を、観客側から右のステージ脇に向ける。すると、雄々しい咆哮を上げながら、ブラウンと呼ばれた炎を纏う虎がステージ上に上がる。
『次に! 我が僕! 鎧の騎士! ランスロット!』
ブラウンが出てきた場所から、同じような赤の炎を纏った鎧の騎士が、剣と盾を携えステージ上に上がる。
『舞台を湧き立てる観客の皆様!』
首の無い観客達が、手を上げて歓声を上げる様はあまりにシュールで、一般的に見れば怪談かホラーな光景だ。
『そして、スペシャルゲスト、レイラ・ヴィクトリア姫!』
ピエロは身体ごと後ろに向く。レイラはピエロの後ろに立っている。
『僭越ながら、最後はこの当サーカス団長。エルディ・ハイネマン』
とピエロ、エルディは自己紹介し、観客席に向き一礼すると顔を準一に向け『では、ショータイムの始まりと行きましょう』と笑みを浮かべる。
ピエロに微笑まれ、気味が悪いな、と思いながらグレネードランチャーとハンドガンをエルディに向ける。
直後、エルディはトランプに似たカードを取り出す。しかし、それには番号は書いておらず、ただスペードのマークだけがあった。
『では、最初はトランプショーから参りましょう』
エルディの言葉の後、遊園地などで流れていそうな楽しげな音楽が鳴り始める。
そして、サーカスが始まった。
歓声の湧き上がる中、ステージ上のエルディ・ハイネマンは取り出したトランプを数枚宙に放り、腰から剣を抜き、切っ先を準一に向ける。
するとトランプのクローバーの柄が入った面が準一に向き、紋章が浮かぶ。
「カードのスペードは槍」
エルディの言葉の直後、トランプ数枚の絵柄側から槍が飛び出し、準一に向かって飛ぶ。準一は横に転がり回避し、グレネードランチャーとハンドガンを向け、同時に全弾発射する。エルディの姿が爆炎で隠れる頃、2つとも弾切れになり、準一はその2つを床に投げ、爆炎の中を見る。
爆炎の中では、ランスロットと呼称された鎧の騎士が、エルディを庇うように盾を構えている。あのピエロは無傷か。と準一が息を吐くとランスロットは立ち上がり、その場を退く。
レイラはステージの端の方で腰を抜かしている。それに爆炎から姿を現したエルディが駆け寄り、人差し指を顔のあたりに向ける。するとレイラは気を失う。
「この方が都合が良いだろう。朝倉準一」
エルディはレイラに向いていた身体を準一に向ける。
「ああ、気遣いどうも」
準一は腰に手を当て、刀身が碧に輝く剣を取り出すと、切っ先をエルディに向ける。剣を向けられたエルディは口元に笑みを浮かべると、剣を持っていない手の指をパチンと鳴らし、待機していた虎、ブラウンが準一に飛び掛かる。
飛び掛かるブラウンに右手に持った剣を振るい首を刎ね、そのまま突っ込んでくる身体に剣を突き刺し、左回し蹴りで客席に蹴り飛ばす。ブラウンの首を刎ねられた身体は、客席に突っ込む。
「流石」
エルディは言うとハートの柄のトランプを取り出し客席に倒れ込んだブラウンに投げる。トランプは、ブラウンの身体に刺さり、紅い紋章が浮かぶと、刎ねられた首が元の首元にくっ付き、ブラウンは起き上がり咆哮を上げる。
「トランプのハートは心臓。命。役割を果たす事でこういった事も可能だ」
何てメチャクチャな魔法だ。と準一が思った矢先、エルディは再びスペードのカードを取り出す。するとスペードのカードは勝手にブラウンの口元へ飛び、槍が出現し、それをブラウンは咥える。
合わせてエルディは指を鳴らすと、ランスロットが右手に剣を構え、膝を屈める。跳躍で接近する気だ。と準一は剣を構え、先にランスロットへ跳躍し、剣を振り下ろす。
ランスロットは盾で剣を防ぐと、下に構えた剣を振り上げ、準一を弾き飛ばす。準一はすぐに体勢立て直すと同時、槍を口に咥えたままのブラウンが準一に向け、雄たけびを上げながら飛び掛かる。
準一は加速魔法を発動させ、ブラウンの真上に回り回転しながら蹴りを右横腹にきめる。ブラウンは勢いをつけたまま体勢を崩し、倒れ込む。
すかさずランスロットが準一に跳躍し、剣を振り上げる。だが、準一は加速魔法で剣を回避し、ランスロット後方に回り込み、左の剣を振るい、頭部を刎ね飛ばす。そのまま準一はエルディに向けて跳躍し、両手の剣を横に振るう。
やった。と準一は思ったが、エルディは加速魔法を使用した準一の速度と同等の速さで左に避ける。準一は動きを止め、エルディに向く。どういう事だ。と考え始めた瞬間、エルディが口を開く。
「今のは紛れもなく。お前と同じ加速魔法だ」
その言葉に準一はエルディを睨んだ。加速魔法を使える人間は少ない。まさか、こんな所で会ってしまうとは。
「さぁ、次は火の輪を使用したショーだ!」
エルディは真っ赤に白い星のマークの入ったボール4つを取り出し、宙に投げ指をパチンと鳴らす。するとボールは燃え上がり人が入れそうなくらいの火の輪になる。
そしてその輪がエルディの周りをグルグルと周り始め「行け」とエルディが言いながら左の人差し指を準一に向けると、火の輪は一斉に準一に向けて飛ぶ。
避けるか、斬るか。2つの選択肢を浮かべた準一は、避けるを選び右へ飛ぶ。すると輪は準一を追う様に右へ跳ねる。それがホーミングタイプと気付き、準一は剣を構え、輪を全て両断する。
だが、切断された輪は再生し、再び準一に向かう。再び接近した輪を避けても無駄、と判断した準一は紋章の盾を前面に形成し防ぐ。
今までに無い、間接的な攻撃をする魔術師に準一は対応を考える。一応は防いだ。鎧は倒し、虎も倒した。何故、先ほどの様に復活させないかは分からないが、この男が加速魔法を使える以上、かなり面倒臭い相手だ。
「私への対抗策を練っているのか? ・・・まぁ、良いか」
エルディは言うと手を下げる。同時、火の輪も幽霊の様に消える。準一も全面の盾を解除。
「どういうつもりだ」
剣を構えたまま、準一はエルディに聞く。すると、エルディはハートのカードをランスロットとブラウンに投げ、復活させる。
「ここまでで良い。本当はもっと戦いたいのだがな。何せ、お前は規格外に強い。はっきり言ってこっちも辛い。それに私は対人戦闘専門の魔術師だ。あ、そうそう。俺はゼルフレストなんて教団の人間じゃないぞ」
本当にもう戦闘の意思がない事をくみ取り、準一は剣を降ろす。そして、代理の言っていた事はこれか。と確認する。
「お前、第二北九州空港事件、覚えているだろう」
その言葉に、準一は全身が震えるのを感じながらも頷く。
「あれの実行部隊。いやオカルト狂信者達を嗾けたのはこのエルディ・ハイネマンだ」
「貴様・・」と準一は小さく言うと剣を強く握る。だが、感情的にはならず抑え込む。
「以外に理性的だな。てっきり、この事を聞けば機械魔導天使でも召喚して確実に殺される。と思っていたんだがな」
「別に・・。恐らく、また会う機会があるだろう」
準一は剣を仕舞うと一呼吸置く。
「その時は、アンタを殺してやる。絶対に」
絶対に、を強く言い、エルディを強く睨み付けた。
「おお、怖い。ま、ここからまだお前はイギリスに滞在するだろう。姫の護衛が任務なら、最終日までは何も無い。この戦いに障害になる部隊は全て機能不能に追い込んだ」
「それはどうも」
「お前が帰る頃には、全ての部隊が機能回復し、大部隊が来るだろう。お前がどう切り抜けるか、楽しみにしているぞ」
それだけ言うと、エルディはランスロットとブラウンを引き連れステージから姿を消した。最後に会場中にパチンと指の音が響くと、観客席の首の無い観客は全員蜃気楼の様に姿を消す。
準一はそれを見ると、気を失ったレイラをお姫様抱っこしテントから出て、ワゴンの助手席にレイラを乗せると運転席に乗り込み、タバコを咥えエンジンを掛ける。
最終日までは何も無い。恐らく本当だ。帰りのドライブは安全運転で良いだろう。煙を吐きながら準一は夜明けの近いグラスゴーの街中にワゴンを走らせる。
レイラが目を覚ましたのは、フォートウィリアムに近くなった道で辺りは森。空は明るい紫色で、もうすぐ夜明けが来る事を知らしめている。レイラは窓の外からそれを確認すると、左の運転席の準一を見る。タバコを咥えたまま車を走らせている。
「あなた。免許持ってましたの?」
目を覚ましたレイラに向くと準一はタバコを消し「私は碧武生でベクター兵器に乗っており、特殊な事例で、ベクター兵器を手動操縦できます。ベクターの手動操縦が出来る、という事はかなりの移動機械の免許は自動で取得できてますので」と答えると横目でレイラを見る。
「身体に異常はない筈です。一種の睡眠状態なだけだったので」
準一に言われ、レイラは胸元を両手で隠し「わ、私の身体にお触りに?」と顔を赤らめる。
「触ってませんよ」
最初に思いついたのがそれか。このアニメ、いやゲーム脳め。と呆れ顔の準一に言われ、レイラは安堵の息を吐くと胸を撫で下ろす。
「じゃ、じゃあ。どうして分かったんですの?」
「私は魔術師で、知っている種類の魔法と近かったため、見ただけで分かったんです」
その言葉に「あ・・」とレイラは声を漏らす。そう言えば、準一は魔術師だった。
「侮蔑、軽蔑、何でもしていただいて構いませんよ」
準一は言いながらタバコを咥える。
「しませんわよ」
「分かりまし――え?」
咥えたタバコを落としそうになった。
「別にあなたが魔術師でも私は軽蔑も侮蔑もしませんわ。ちょっと怖いですけど」
やだなこのノリ。何か、タンカーから結衣を救出した時、アイツこんな事言ってなかったかな。と準一はため息を吐くと、ライターでタバコに火を点け、窓を開ける。
「順応力がお高いようですね」
「仮にもイギリスの王族ですので」
そういう物か?
「レイラ様の母親の事を聞いていましたので、激しく嫌われるかと思っていましたが」
言わないでおこうと思ったが、話題が無かった為準一は言う事にした。
「魔女裁判ですわよね。大方バーネットから聞いたのでしょう」
「お察しの通りで」と準一はタバコの灰を落とす。
「確かに、魔術師自体軽蔑していた部分はありましたわ。でも、あなたの様に善良な人間も居る訳ですし」
朱色に染まった頬、何か求めるような顔を準一に向け、準一はその熱っぽい視線に気づき、レイラに顔を向ける。そのレイラの表情は、恋する乙女が思い人にキスを求めているソレだ。
「タバコが欲しいんですか?」
「そうじゃありませんわよ!」
準一はそれに気づいたが、そういう事をする訳にはいかないし、する必要もない。そしてしたいわけでも無かったので敢えて冗談を言った。
「全く。デリカシーに欠けますわ」
ワザとですから。準一は心で呟くとタバコを消す。
「何だかあれですわ」
「あれとは?」
聞くとレイラはシートベルトを外し、運転席に身を乗り出し「何かお願いを聞いてもらいませんと?」と人差し指を立てる。
「良いですよ。俺が出来る範囲であれば」
快くとはいかないが、準一が承諾するとレイラは笑みを浮かべる。
「確か、護衛任務の後、私もあなたと同じ碧武に入学するワケですし。・・・その時に」
何か良からぬ妄想をするレイラは頬に両手を当て「やだ、もう」と一人で悶えている。
オッケーしなきゃ良かった。と準一は公開の念に押されながら車を走らせる。
「あ、タバコは止めて下さいね? 臭いがキツくなってきたので」
「そんな殺生な」
言いながらも準一はタバコをポケットに仕舞った。すると朝日が山の向こうに昇り、車の中が照らされる。レイラはその朝日に照らされる準一の横顔を見ながら、胸元のブローチを見る。
騎士の証。レイラは染まった頬をそのままに思った。
「騎士と姫は古来より結ばれる運命ですわよね」
準一達が城に戻ると、涙を流すバーネットとメイドさんが泣きながら駆け寄る。
「よくぞご無事で!」
喚くバーネットをレイラと準一は宥める。レイラはすぐに自室に向かい、シャワーを浴びる。そして使用人達全員と食事をし、眠りにつく。
そして準一は城の屋上で、タバコを吸っている。最終日、音速ジェット機で帰る予定だったが、恐らくエルディの言った事を真実、と考えた準一は椿姫でレイラと一緒に碧武に向かう事を決定し、学校にも連絡した。
しかし、椿姫で直接向かうとなると、ユニットの噴射剤だけでは足りない。なれば、当然支援が必要だ。その為に、良く知った戦艦を呼ぶ事に決めた。イギリスの部隊では頼りにならない。どこに敵が潜んでいるか分からないからだ。
「頭かいーなぁ」
準一は頭をクシャクシャとしながらタバコの煙を吐いた。
あっという間の最終日。サーカスが終わってからというもの、平和な日々が流れ、レイラは以前よりも明るくなった。その所為か、城の雰囲気は明るくなり使用人達は最終日の別れを惜しんだ。
使用人達は、準一に大層感謝した。レイラの心に光が当たるようにし明るくした。準一自身、使用人達に「普段冷めてるけど、結構熱い所があるから」と気に入られていた。
出発は夕刻後、その時間帯に出れば丁度良いタイミングで支援が間に合う。準一は椿姫の武装を端末で確認していた。レーザーライフルに2式ブレード。そして数発の空対空ミサイル。
かなりの航空部隊を予想している。王族が使えるだけの部隊を投入してくるだろうと考えているからだ。
正直、現状の武装だけでは支援の来る場所まで持つか、アルぺリスがあれば別だか、あれはイギリス相手に使うわけにはいかない。任務だからだ。使用していいのは有事の際、ある程度の魔術とベクターだけだ。
魔法に至っても、硬化、加速は魔術回路が無い限りベクター程の巨大な物は部分展開が限界。あてには出来ない。
まぁ、考えても仕方ない。準一はタバコを消すと城に戻る。取り敢えず、手伝いでもしよう。
ある程度、部隊は準備を整えていた。部隊とはレイラ殺害の為、王族に命令された王室空軍、イギリス空軍の数部隊。そして、中規模なPMCの航空機部隊だ。
何故、ここまでやって女王は何もしないかと言うと、女王の元までこの殺害部隊の話が入っていないからだ。
部隊は、音速ジェットで向かう、と思っている。整えたのは空軍だけ。地上、海上部隊は無い。そして、たかが音速ジェット機の為にこんなに部隊を用意しているのは、ここに至って初めて椿姫の情報が入ったからだ。
ちなみに、護衛に魔術師が居るとは知っている。そして、誓約書の事も知っている。
夕刻後、出発する頃。空は曇り。良い天気とは言えなかった。その天気に一抹の不安を感じ、手を振る使用人達を見ながら椿姫は飛翔した。支援は、すぐに到着するらしい。
だが、それよりも早く空軍と戦う事になるのは明白。飛翔してすぐ、準一は椿姫を雲の上に上げた。雲の上は、夕焼け。
「どうして雲の上に上げたんですの?」
準一の膝、見ればお姫様抱っこに近い状態で座ったレイラに聞かれる。
「雲の上の方が見晴らしがいいからです。晴れてますし。戦いになったら、そっちの方が良いからです」
言うと準一は目の前のパネルを操作し、ルートを決める。北海を抜け、ユーラシア上空を抜け一気に九州へ。恐らく、支援部隊もこのルートで来るだろう。と思った瞬間、コクピット内にアラートが響く。
「な、何事ですの!?」
「分かりきった事を、戦闘開始です」
慌てるレイラに言うと、準一はライフルをロンドン側の雲の中に向け発射。光線が飛び、雲の中が一瞬赤に光ると、雲の中の小さな影が点々と姿を現す。
来たか。準一は空対空ミサイルを発射可能状態にすると、北海に向け飛ぼうとする。だが、それを阻む様に足の速いミサイルが接近する事を知らせるアラートが響く。
仕方なく、雲の中に逃げ、ミサイルを回避。そのまま雲の上に上がると、目に入ったハリアー数機に空対空ミサイルを全弾発射する。ハリアーはミサイル接近を感じると、フレアを散布し旋回。回避行動に入る。その際、機の腹が露わになり、椿姫はすかさずライフルで狙撃。回避する機を数機撃墜させ、すぐに回避機動を取る。
すでに椿姫を囲む様に戦闘機は展開している。装備がこれだけ。ミサイルは撃ち尽した。準一は舌打ちすると、椿姫後方から機銃を撃つ機にライフルを向け、撃墜しようとする。だが、ライフルに別の機のガンポッド30mm弾が命中し銃身の回路が撃ち抜かれ、青の煙を吐きライフルは爆発。
椿姫はライフルを投げ捨てると、左手に2式ブレードを構え、右腕部内蔵の90mmガトリングガンを起動させ、ユニットを全開にし、北海へ向かおうとするも、阻むようなミサイル攻撃が始まる。
接近するミサイルを頭部のバルカンで撃ち落とすも、撃ち漏らした数発の接近を許す。すぐに下へ回避するも高性能ミサイルだった為すぐに椿姫に接近。準一は椿姫の2式ブレードを右、縦と振るい、ミサイルを切断。爆発するよりも早く上昇し、近場の機にガトリングガンを発射し、降下しながら尻を向けた機にブレードの斬撃を叩き込む。
圧倒的に数が多い。やはり、アルぺリスを使ってしまえば良かった。と思いながらレイラに目をやると、怖いのだろう。震えて準一にしがみ付いている。
戦闘は避けた方が良いのだろうが、下手に背を向ける訳にもいかない。小回りが利いても、噴射剤に余裕はない。それに、ユニットにミサイルでも命中したら大事だからだ。機械魔導天使ならそんな事を気にしなくていい。とは言っても、戦闘機の相手は本当にめんどくさい。
「レイラ様。もう少しの辛抱を」と準一がレイラに言った瞬間。無誘導ロケット弾数発が椿姫の背中に命中。コクピットが大きく揺れレイラは「きゃあ」と声を上げる。
椿姫は直ぐに体勢を立て直し、両腕部ガトリングガンを戦闘機群に向け斉射しながら後退する。残弾を表示するサブモニター。数字がみるみる減っている。元々、弾をそんなに積んでいなかった為、後10秒撃ち続ければ空っぽになる。
どうすれば、と準一が考え始めた時、後方に戦闘機が回り込む。マズイ。準一は腕部を向けようとするが、敵の機銃の方が早くガトリングガンを撃ち抜かれ、使用不能になる。
回避だ。と準一は椿姫のユニットを使用しようとすると、ユニットは黒煙をボフと吐く。
「こんな時に・・・!」
準一が声を漏らすと、椿姫の頭部バルカンを辺りにばら撒き始める。戦闘機は一斉にそんな椿姫をロックし、パイロットがミサイル発射ボタンに指を掛けた瞬間。戦闘機数機が青い光線に切り裂かれ、他の数機にもミサイルが命中。
戦闘機群は回避を始める。椿姫はユニットがヤバい為、ゆっくりと前進。
レイラは収まったアラートに気づき、モニターを見る。戦闘機が次々と落とされている。
何が、とレイラが思った矢先『お待たせ準一君』と男の声が通信で入る。
「九条さん。助かりました」
安心した顔で準一が言うので「一体・・?」とレイラは疑問を口にする。
「支援部隊・・・いえ、大和です」
どういう事、と言う前にレイラはモニター右下の端を見る。そこは灰色の雲があり、その中から、光線が飛び出している。すると、光線が途絶え、ミサイルだけになった直後、巨大な船舶がその姿を現した。
見覚えがある。日本の、第二次世界大戦中の弩級戦艦、大和だ。大和は下にフェニックスがあるが、雲でフェニックスが隠れ、あたかも雲海を航行する航空戦艦の様になっている。主砲からは青の光線(九条曰くショックカノン)が伸び、敵の戦闘機を切り裂き、接近するミサイルをCIWS、速射砲で落としている。
『準一君、真っ直ぐフェニックスに乗り移れ』
「分かりました」
了解すると、準一はユニットを目一杯吹かせる。だが、数秒としない内にユニットは爆発し椿姫は勢いを失くし、体勢を崩す。だが、そのまま行けばちゃんとフェニックスに降りる事が出来るも、これでは的だ。
準一は脚部スラスターで体勢を立て直そうとするも『そのままでいい』と九条に制止される。すると、大和主砲が一斉に椿姫に向きショックカノンが飛び、椿姫後方のミサイルを携えた戦闘機を撃墜する。
「凄い」
レイラは口に出して驚いている。
そして椿姫はフェニックス着艦直前、ユニットが再び爆発し更に体勢を崩す。マズイ、と準一、レイラが衝撃を覚悟するが、それ程の衝撃は来なかった。準一は目の前を見る。そこにはあまり見ない機体があった。
機甲艦隊で採用されているベクター。雷だ。どうやら椿姫を支えてくれていたらしい。
『無事か。準一、お姫様』
聞き覚えのある声に安心した。
「俺も、レイラ様も無事です。相原さん」
言うと雷は椿姫を支えたまま、フェニックス内のベクターが収容される格納庫までエレベーターで降りる。
そして、回収を終えたフェニックス、大和は敵対勢力を全て蹴散らし、ユーラシア上空へと入った。
フェニックス格納庫に椿姫は入るとケージに納まり、整備員が応急処置を始めた。数回、フェニックス内を衝撃が襲うが大したモノでは無い。幾つかのミサイルが当たっのだ。
そんな事を余所にフェニックスは中国領を通過し、碧武に近づく。すると、準一は機内アナウンスでフェニックスCICに呼ばれる。レイラも行く場所が無いので準一に着いて行く。
CICに入ると前島が真剣な表情で、九条とインカムで話していた。CIC内は、うるさくは無かったがアラートが響いていた。
「あ、来てくれたか。すまない、緊急事態だ」
どういう緊急事態か準一には分からなかった。まさか、反日軍?
「別に敵が居るわけでは無い。ただ、フェニックスの機体トラブルだ。北海で機体底面部に受けた対空ミサイルだが、今になって効いてきたようだ。着陸用の前輪が出なくなった。恐らく、ハッチが爆発でひしゃげたんだ」
「それって」
前島は頷くと「ちゃんとした着陸は出来ない」とデータを見せる。前輪部を表示するマーカーにばってんが着いている。
「大和が搭載されている以上、胴体着陸は無理ですね。海面着水は?」
準一が言うと前島は前を向く。
「海面への着水、は論外なんだ」
「どうしてです?」
「正直、燃料は高いから基地から飛んで、碧武に向かう分しか入ってない。他の空港まで飛ぶ燃料は入っていない。んで、着水するなら碧武より沖合の海。だが、現在その海域では海自の護衛艦隊が艦隊展開訓練を実施している。中断してもらいたい所だが、その海域内でコンテナ輸送タンカーが沈みかけているらしくてな、海保と海自が救出作業を開始している」
「最悪のタイミングですね」
はぁ、と準一はため息を吐く。何故、こう悪い事は重なるんだ。
「しかも、艦隊はかなり広い範囲で展開し、民間の漁業船舶、輸送船舶も多数航行中だ。準一君、頼みがある。アルぺリスで前輪ハッチを開けてくれないか?」
分かりましたと準一が了解しようとすると「機長、ハッチが開いたとしても前輪の駆動パイプが千切れてます」とCIC要員が言い、前島は顔を顰める。
「出撃前にチャックしたのか?」
「しました。その時は何もありませんでした」
「むぅ」と前島は唸るとミサイル命中時の爆発が原因か。とため息を吐く。駆動パイプが千切れる。つまり、前輪は降りる事が出来ない。下りたとして、駆動パイプが千切れている以上、着陸の重みで元の場所に戻ってしまうか、折れるかどちらかだ。
どうすれば、と前島が頭を痛めていると準一が口を開いた。
「アルぺリスのパワーなら、着陸の支援が出来るはずです」
「待って、それって」
それに真っ先に反応したのはレイラだった。準一の言わんとする事を分かっているらしい。前島も理解し、顔を顰める。
「ええ。着陸するフェニックスをアルぺリスで受け止めます」
笑みを浮かべる準一に「待て」と前島がストップを掛ける。
「流石にアルぺリスも無事では済まないぞ。この機体の質量だけでも凄いのに、大和も載っているんだ」
「ですが、止める事は可能な筈です。アルぺリスのパワーはベクターとは桁違いですので」
そのままの表情の準一に「一歩間違えてみろ、コクピットは潰れるぞ」前島は怒ったように準一に言う。前島なりに準一を心配している。
「硬化魔法があります」
「使えるとでも? 使えない事は君が良く知っているだろう」
言った準一に前島は向く。碧武九州校の滑走路。そこは学校から、学生寮エリア、ショッピングエリアから見える距離にある。イギリスにして夕刻後、フェニックスで割とゆっくりのペースで航行。そして、日本との時差は9時間。碧武に着く頃には学生が学校へ向かう時間帯だ。
着陸支援の為、アルぺリスが支える為に魔法を使ったとして、紋章が見えてしまう。アルぺリス自体は、滑走路にスモークをばら撒けば隠れるので問題ない。
「では前島さん。他に何か手がありますか?」
答えに前島は困った。仮に乗せているベクターをすべて投入し、受け止めに参加させたとして全機が潰され、引きずられ悲惨な結果になる事は目に見えていた。
「前島さん。お願いします。させて下さい。必ず成功させます」
真剣な準一に前島は参り「やりようも・・・ないか。準一君、やるからには必ず成功させ、失敗するな。そして怪我もイカンよ」と少し笑みを向ける。
「分かりました」
準一は言うとCICを出る。レイラもそれに着いて行く。上に出る為の階段を目指し、通路を歩いていると「あの、さっきから出てたアルぺリスとは何ですの?」とレイラが聞く。
そう言えばこの人は知らなかったな。と準一は早歩きを止め、後ろのレイラに向く。
「アルぺリスとは、私が所有する機械魔導天使です」
レイラは驚いた。存在している事は知っていた。だが、まさか準一が持っているとは思わなかった。
「レイラ様は、CICへ。ご安心を、必ず着陸させます」
再び準一が前を向くが、レイラは準一の袖を掴む。準一がレイラの顔を見ると心配そうにしている。
「怪我とか無しですわよ」
レイラの袖を掴む手が強くなる。準一は一度微笑むと「分かりました」と一言。するとレイラは笑みを浮かべ「あ、髪の毛に何か付いてますわ」と準一に頭を下げるように手招きする。
レイラとは少しばかり身長差があり、準一は少し膝を屈める。すると近づいた準一の頬にレイラはそっと唇を当てる。
準一は顔は赤らめなかったが、パッと顔を離す。
「いってらっしゃい」
可愛く笑みを浮かべるレイラに「はい」と準一は返事をすると階段へ向かった。
そしてレイラはCICに向かう。待っていたように前島が別席を出し、レイラはそこに座りベルトで固定する。
階段を上がり、外へ出ると勢いの強い風に押されそうになるが、準一は手すりに掴まり前を見る。巨大な校舎。碧武校だ。もう近い。
すると、フェニックスが主翼に装備された姿を隠すためのスモークを噴出させるも、機首部分は吐出している。
これじゃまずいよ。と準一が思うと携帯が鳴り、一度機内に戻り開くと代理からだ。
『フェニックスが滑走路に入る前に煙でエリア全域を覆います。ですが、煙の中でも紋章は光ります。魔法の使用は控えてね』
準一はメールを閉じ、携帯をポケットに入れると再び外に出る。すると代理のメール通り、滑走路に白煙が次々に上がり、学校に向かっていた移動用の蒸気機関車が隠れる。さぞ、生徒は驚いているだろうな。
煙が滑走路を覆う頃『準一君! 出てくれ!』と前島の声を聞き、アルぺリスを召喚。風に飛ばされない様にしながらアルぺリスの掌に乗り、コクピットに入りモニターを起動させ、白い翼も大きく広がる。アルぺリスの居る場所は主翼に近い部分なのでスモークで隠れる。
にしても、着陸するとして、滑走路が煙で覆われている以上。色々不便だ。と前島に言おうとすると『心配無用だよ準一君。見てな』と前島ではなく九条からの通信が入る。直後、フェニックスは滑走路から噴出し、広範囲に広がった濃い煙に突っ込む。
準一は言われた通り滑走路に目をやる。すると、碧の赤の柱が立ち並び、滑走路の形が露わになる。誘導灯ってあったな。と思いながら準一はアルぺリスをフェニックス機首に移動させる。
すると機体は徐々に高度を下げ、後輪が出る。機体後部が下に向き、機首が上を向く。すぐ後輪が地面に着く、と思い準一はフェニックス機首を持ち上げる様に手を置く。すると後輪が地面に着き、タイヤのうるさい音が響き、すぐに機首が倒れ始める。
そして後部と機首が水平になる時、アルぺリスの足裏が滑走路に着き、金属の擦れる鈍い音が響くと同時、コクピットの準一は上下左右に揺られる。
だが、フェニックスも同じで、普通の着陸時にはない衝撃がフェニックス全体を襲う。しかし、速度は確実に落ちている。
「逆噴射だ!」
前島がCICで叫ぶと操縦士がコンソールを操作し、スロットルレバー後ろにゆっくり引く。
主翼のエンジンが前面に熱を噴く。速度はより一層落ちる。だが、アルぺリスは最後の最後で踵で躓き、支えていた手が離れ、フェニックスの下に入り込む形になり、下から支えられていない機首は真下のアルぺリス胸部にドスンと落ちる。
落下の重みと衝撃で、コクピット内の正面モニターがバリンとガラスの様な音を立てて割れ、破片が迫ると思った準一は自分の身体に硬化魔法を発動させた。おかげで、破片は刺さる事無く弾かれる。
勢いの付いたフェニックスの機首に押しつぶされ、引き摺られるアルぺリスは地面と接した部分からオレンジの火花を散らせ、首がガタガタと衝撃で揺れる。
それをCICで見ていたレイラは「準一!」と名前を呼ぶ。CICのモニターに映るアルぺリスは完全に胸部が潰れているようにしか見えず、前島、九条はフェニックスが早く停まる事を願った。
すると、アルぺリスは動く両腕を一度上に上げると、勢いよく指を地面に突き立て、激しく火花が散る。その直後、再度の逆噴射によりやっとフェニックスは動きを止める。
それの確認後、滑走路に大型トレーラーと教員のベクター数機が入り、機首下のアルぺリスを引きずり出すと、トレーラーが入れ替わりで入り、下からフェニックスを支える。
引き摺り出されたアルぺリスは、胸部ハッチがひしゃげ開かなくなっており、教員のベクターが無理やりハッチを引きはがす。前島と九条はCICからモニターで確認。相原とレイラは着陸後すぐに駆け寄り、準一が無事に顔を出すと安心し安堵の息を吐いた。
だが、準一は安心できなかった。この後、自分に何が起こるか想像がつかない。代理はフェスティバルだと言っていた。修羅場だとも言っていた。
あぁ、嫌だな。
取り敢えず準一は、午後の授業には参加。となり、アルぺリスを召喚状態から解除し、消すと自宅に戻り制服に着替え、掃除をし、準備をしカバン持ち学校へ向かった。
そして、昼休み終了間際に教室に入ると、圧倒的不機嫌な視線に気づき、教室を見渡す。凄いのは結衣、カノン。そしてエルシュタも綾乃も真尋も、何だかそれに近い目だ。
まぁ、良いや。気にしない様に準一が席に着くと不機嫌そうな目は恨みがましさに巻かれる視線に変わる。
やだな。怖いよこの学校。クラスメイト達は「大変だなあいつも」と言いたげな顔をしている。
そして終了のチャイムが響き、昼休みは終わり。教室には担任の大庭教諭が入室し言った。
「今日は転校生が来ます。いや来てます。・・どうぞ」
大庭の言葉の後、教室にレイラが入室する。ちゃんと制服を着ている。髪型は同じツインドリル。居なくなったと思ったら。というか同じクラスになるとは。と準一がレイラに目をやるとニコと笑い手を振られる。
準一は苦笑いで手を振り返す。すると妹達の恐怖の目線に晒され、準一は手を下ろす。
「自己紹介を」
「はい」
大庭に言われレイラは「こほん」と口調を整える。
「私は、レイラ・ヴィクトリア」
ここまでは良かった。
「朝倉準一の妻です」
これがいけなかった。妹達の憤怒の視線に気づかないレイラは、準一に近寄ると「お願い。叶えてくれるんですわよね?」と笑顔で言う。
準一はちょっと待て。と言おうとするがレイラは準一にキスをする。頬ではなく口だ。あまりの唐突さに準一は引き離す事を忘れ、妹達は口を開けたまま唖然としている。
レイラは数秒ほどで口を離すと「私のファーストキスですわ」と笑顔で言うと大庭に指示され、準一の右隣に椅子と机を持ってくる。
「さ、んじゃ午後の――」授業を始めよう。と大庭が言おうとすると『ちょっと待て』とカノン、結衣の制止が入り2人は立ち上がると「どういう事です!」「どういう事よ!」と口を揃える。
ああ、俺、学校に帰って来たんだ。準一は安堵と共に先行き不安な学校生活に向けてため息を吐いた。