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英国のオタクなお姫様 ①

「え!? イギリスに2週間滞在しろ!?」


と携帯に大声を出したのは準一。場所は碧武学生寮エリア内の朝倉家。堕天使奪還戦の翌日だ。携帯の向こうでは九条が耳を抑えている。どうも九条の周りは音が凄い。損傷した大和の修理に付き添っているのでドッグにいるのだろう。


『そうなんだって! さっき王室からこっちに連絡来てね! レイラ姫がフォートウィリアムのお城から出たくないんだって!』


あまりに周りがうるさいので九条は持った電話に叫ぶ。


「そんな我儘なお姫様の事情なんか知りませんよ! さっさと碧武に連れて来ないといかんでしょう!」


『いかんのだけどね! お姫様は人嫌いでね! 苛められてたんだって! 何でも碧武に居れる前に君に懐くようにしろってさ!』


懐く? まて。何の話だ。あくまで護衛だろ? そんな所まで面倒見る気は無いぞ。


『んで! いきなりだけど! すぐにフォートウィリアムに向かってくんない!』


「何でそんないきなり!」


『拒否権無いらしいから! あ、ああ! そうそうもうすぐ学校に音速ジェット機が来るから! それ乗って! じゃあ健闘を祈る!』


通話が終了すると同時、準一は携帯を落とす。手元にはゲーム予約証。受け取りは明日。限定品なので本人以外は予約証は使えない。


準一は絶望に淵に立たされ嘆きそうになっている時「お兄ちゃん!」と背中に結衣が抱き着く。


違和感しかない。兄貴、じゃないの? と思う準一だったが結衣はどうも頭部を強打した影響で多少記憶が混乱しているらしい。


「ねぇお兄ちゃん」

「ん?」

「その人、どこから拉致して来たの」


と結衣は目線を準一の左腕に抱き着くエリーナに向ける。エリーナは結衣の視線に気づき「ひッ」と怯える。それに「ご、ごめんね」と結衣は謝る。


「拉致したわけじゃないんだが」


思い返すが拉致だ。気を失う少女を抱え連れ帰る。拉致だよ完全に。しかし準一はエリーナの豹変にも違和感しかなかった。フェニックスで会った時、彼女は自身の考えをはっきり言える人間だった。


だが今の彼女は、準一、エルシュタにすがり助けを求めているような感じだ。


「結衣。そういやエルシュタとカノンは?」

「2人なら料理してるよ」

「手伝いなさい」


準一が台所を指さすと「えへへ~。残念ながらあたしはじゃんけんで勝ったからお兄ちゃんに甘えるの」と結衣は準一の背中に顔を埋める。その表情は凄まじく緩んでいる。しかし結衣は可愛いから大変ねこれ。


「ああ、そう」


ため息交じりに準一は声を出す。そしてエリーナを見る。


「どうしたの?」


全く濁っていない純粋な瞳を向けられ「ほんと。どうしよう」と準一は思いながら、料理する2人を呼ぶ。そして説明を始める。



「4人とも、2週間お留守番宜しく。何か質問は?」

「はい」


真っ先に手を上げたのはエルシュタ。


「どこに行くの?」

「フォートウィリアム」


イギリス? とカノン、結衣が口を揃える。なんで知ってんだよ。


「ちょ、ちょっと兄さん! いきなり何でイギリスに!?」


カノンの声に驚き「いやぁ・・・お姫様の護衛らしくて」と頭を掻きながら答える。


「お、お兄ちゃん! お姫様ってイギリスの王室!」

「ああ」準一は頷くと部屋に向かい荷造りを始めるがすぐにメールが来る。


『荷造りは大丈夫。全部向こうで用意するから』と代理からだ。


はぁ。準一はため息を吐くと必要資料を持って家を出る。

妹2人とエルシュタは思った。ああ、ハーレムの手がイギリスに伸びるのか、と。



「ぬぁんだとぉ!」


1年生でありながら2年生の教室で叫んだのは本郷義明。綾乃に2週間居なくなることを聞いて発狂中だ。


「まぁまぁ。2週間後帰ってくんだし」


テトラが宥めると「朝倉準一成分が足りない! 何故だ!」本郷は抱きしめるように肩を抱く。どうやら彼は準一に抱きしめて欲しいらしい。


ちなみに結衣、カノン、エルシュタ、エリーナは見送りに行っている。


「んー、つってもあたし、朝倉と約束してたしな一緒にデートするって」


人差し指を顎に当てながらテトラは言う。どうにも話を盛っている。ただ出かけるだけの筈だが。しかし、この言葉に大きく反応する者も居る。


言わずもがな、本郷義明だ。しゃがみ込み「馬鹿な・・・俺とはデートしないのに」と嘆き始め「へっへーいいだろ」とテトラが挑発しはじめる。


「でもさ、それって一緒に出掛けるって話じゃなかった? デートじゃなかったよね」


綾乃が思い出した様に本当の事を言う。すると「うげッ」とテトラが声を漏らす。何故バラした。と思いながら本郷を見ると「ははは! 馬鹿め!」と言いたげな悪意のある笑みを浮かべている。


すぐに2人はぎゃーぎゃーと口論を始め、その傍ら真尋はため息を吐いた。


「また居ないのか。退屈だな」


小さく漏らした声を綾乃は見逃さなかった。




準一は音速ジェットの中に居た。当然ながら乗っているのは準一だけ。彼の手元には必要資料が纏められてある。ちなみに現在、結構な距離を飛行しており、もうそろそろイギリスに着くかな、と言う所まで来ている。


資料は、レイラ・ヴィクトリアに関するモノだ。趣味、禁則事項。スクールにて日本語学専攻。人間関係、苛めについて、禁則事項。


他には何も書いていない。顔写真すらない。おい、ふざけるなよイギリス王室。と準一が資料を置き、目の前のテーブルに置いてあるタバコの箱を持ち、一本咥えると同時「朝倉君。君に支給される服だ」と機内員が呼びかける。


タバコを注意しないのは九条、代理の息が掛っているからだ。ちなみに準一の服装は制服。学ランだ。


「分かりました」


準一の返事の後、機内員はスーツケースを渡すと立ち去る。受け取るとすぐにスーツケースを開ける。そこには真っ黒のスーツに封筒が添えられていた。恐る恐る封筒の裏を見ると『校長代理より。純粋無垢な乙女の愛に似た物を込めて』と可愛く丸文字で書いてあり、捨てるか破るかしてしまいそうになったが、どうにかその衝動を抑え封を切り、中から数回折られた手紙を取り出す。


『準一君へ。最近、中途半端に暑くなってきましたね。さてさて、今回この様な手紙を書いた理由は結衣ちゃんとカノンちゃんのスリーサイズを教えようと思ったからです』


苦笑いすらできない。呆れるしかない。しかし準一は折られた部分を捲り、続きを読む。


『でも教えない』


くそめ、と声には出さず準一は言った。ここまで書いて教えないとは。


『と、冗談はここまでにして。この手紙には、必要書類に書いてある事以外が書いてあります。まず、レイラ姫は水色と白のストライプのパンツを愛用しています』


いらねえよ。そんな情報。どこから聞いたんだあのバカ。


『そしてブラジャーもそれに合わせています。あ、ああそうそう。封筒に写真が入ってるよ。やだねもう。下着じゃないよ。顔写真だよ』


準一は封筒から写真を取り出す。顔が若干右を向いている。金髪、青の瞳。ツインドリル。そしてかなり可愛い。


『苛めの事は書いておこうと思いましたが、説明するとあまりに長いのでレイラ姫の事情を知る人から直接聞いて下さい。ああ、そうそう。最後にこれだけ』


最後の部分を準一は捲り


『君が帰って来る頃には、結衣ちゃん、カノンちゃん、エルシュタちゃん、本郷君とかを焚きつけて修羅場を作っておきます(笑)』


粉々に破いた。あのゴスロリバカツインテールはどうやら俺を本気でおもちゃにしている。帰ったら本気でどうにかしなければ。と思いながら誰も居ないのでその場で着替えを開始。スーツを着て、ケースの中に入ってあった四角のサングラスを掛ける。


何だこの格好。SP? ま、護衛なんだから当然か。と思いながら席に座ると、結構な音が聞こえ始める。戦闘機のジェット音だ。窓から外を見ると案の定、十数機の戦闘機が飛んでいる。


王室護衛軍の戦闘機。YF-23だ。試作機でありながら、実戦データ収集の為に投入されている高性能戦闘機だ。他にはタイフーンにハリアー。随分と豪勢な出迎えだ。王家が力を失っている、と聞かされていたがにわかに信じられないな。


「朝倉君。そろそろ、降りる準備をしてくれ。一度空港で乗り換えだ。ハリアーに乗ってくれ」


何だと? 思いながら準一は急ぎ、服を畳み、資料などをケースに直し、タバコを吸い始める。




ハリアーに乗る理由は簡単だ。フォートウィリアムにある王家所有のシャムロット城は人里離れた山の中だ。普段は、リムジンやらヘリやらで移動するらしいのだが、今回は急を要するのでハリアーで直行。そのままシャムロット城の前に無理やり着陸するらしい。流石、垂直離発着機。


そして、あっという間のフライトが終わりを告げる。ハリアーは本当に無理やり着陸し、準一が降りるとすぐに飛び立った。ハリアーの護衛にあたっていた機も同様だ。


さて、ここからどうしようか。と準一がシャムロット城の門の前で困っていると、人の良さそうな白髪、白髭の爺さんが門を開ける。


「準一様で御座いますね。私、このシャムロット城にて大体の作業をしております。バーネットと申します。2週間、短い間ですがどうぞよろしく」


バーネットは準一に一礼する。準一もケースを置き「こちらこそ。宜しくお願いします。2週間、お世話になります」と一礼。


「ほほ。では、城に入る前に昼食は如何ですかな? 私、コック長もやっておりますので宜しければ」

「それでは是非。お言葉に甘えます」


願ってもない申し出だ。お腹は確かに空いている。



案内されたのは職員用の食堂。流石に王族が使う間は無理だろうが。と思っていたのでどうという事は無い。


「少々お待ちを。そういえば準一様、ビールはお飲みになりますか?」


厨房から顔を出したバーネットに言われ「いえ、お酒は未成年ですので」と断る。


「分かりました。暫しお待ちを」


ここまでバーネットは全て日本語で話している。後で聞いてみよう。準一は一先ず食堂を見渡す。とても綺麗な食堂だ。大きな窓もあり、天井も高い。解放感があり圧迫感が無い。戦艦の食堂になれた準一はそんな印象を持った。


「お待たせしました。サンドイッチにローストビーフ。ヨークシャー・プティングで御座います」


バーネットは言うと、皿を静かに並べて行く。


「お飲み物は何に致しますか? ジュースに紅茶。コーヒーが御座いますが」

「ではコーヒーを」


かしこまりました。バーネットは一礼すると厨房へ入り、あっという間にコーヒーの入ったグラスをテーブルまで運ぶ。


「どうぞ。冷めない内に召し上がって下さい」


バーネットの言葉に準一は無言で頷き「いただきます」と言うとローストビーフを一切れ口に入れる。美味しい。くそ、王族め毎日こんなモノ食べてるのか羨ましい。と思いながらサンドイッチをパクと一口。これまた美味しい。


ヨークシャー・プティングも美味しく、コーヒーも美味しかった為、準一はものの数分で食べ終わる。その食べっぷりにバーネットは嬉しそうな表情を向ける。


「準一様、デザートなどは如何ですか? チョコレートケーキを作っておりますが」


是非、と準一は口の周りを拭きながら言う。バーネットは「ほほ」と言いながら厨房へ入り、ケーキを切り分け2切れをお皿に盛り、ミルクティーを入れる。


「どうぞ」


バーネットはケーキの盛られたお皿、フォーク、ミルクティーの入ったカップを置き言う。準一はすぐに一口。あ、帰りにレシピ聞かなきゃ。と思わせる程美味しかったらしい。





「バーネットさん。昼食、ありがとうございました」


食べ終えた準一は、皿洗いを手伝い終わり、テーブルに向かい合ったバーネットに言う。


「ほほ。お気になさらず。客人を持て成すのは当然です。それに、あなたは私の作った料理を美味しそうに食べて下さった。それだけで十分です」


本当にいい爺さんだ。準一は思いながら「ここにレイラ様が?」と聞く。必要資料に書いてなかった事を聞くつもりだ。


「ええ。この城に居られます。レイラ様の事、どこまでお聞きになっていますか?」


パンツとブラジャーの柄。等と言えば俺は間違いなく消されるだろう。


「スクールで日本語学を専攻している。としか聞いておりません」


やはり。バーネットは声を漏らすと「では、私からお話しします」と言い事情を説明し始める。


「お聞きになっていると思いますが、現在、このイギリスは治安が宜しくありません。原因は明白で、王族の殺し合いが始まっているからです。そして、このお城に居られるレイラ・ヴィクトリア様は、現女王陛下カルミラ・ヴィクトリア様が次期女王に推薦したお方です。その地位奪還を狙って、王族達がレイラ様殺害を目論んでいます。そして、もう1つ、レイラ様はゼルフレスト教団に狙われております」


次期女王に推薦。と言うのは結構重要な部分だろう。だが、ゼルフレストに狙われていて理由が分からない? どういう事だ。知らず内に機械魔導天使を使役できるとか堕天使とか、準一は幾つかの理由を考えていたのだが予想外だ。


「ですから、私自身、準一様に来ていただいて嬉しく思います。貴方様の戦場での噂はかねがね。ああ、準一様、レイラ様には魔術師である事は言わないで戴きたい」


それはまた。準一は聞いた。


「レイラ様の母君は、魔女裁判で殺されました」


魔女裁判。準一は久しぶりに聞いたその不愉快な言葉に顔を顰めた。確かに、魔女裁判で失ったなら言わない方が良い。だが、碧武生である事はバラしてもいいらしい。


取り敢えずは、一度会ってみよう。準一はバーネットに連れられレイラの部屋の前に来る。


「お待ちを」


バーネットは言うとドアをノックする。


「レイラ様。お話しした通り、レイラ様の護衛が到着いたしました」


すると10分ほど経った頃、レイラはドアを開け顔だけ出す。写真と同じ、ツインドリルの美少女だ。そして訝しげに準一の顔を見て「日本人・・・私と年齢が大差なさそうですわね」と取ってつけた様なお姫様口調で感想を漏らす。


「必要な時は呼びますわ。それ以外は私に構わないで下さる」


何とも不機嫌なお姫様に「面倒臭いな」と思いながらも「了解しました」と準一は一礼する。それを見たレイラは更に不機嫌になり、ドアを勢いよく閉める。


ちなみにレイラも日本語が上手だった。




「申し訳ございません。レイラ様は日ごろあの様な様子で・・・恐らくは」


部屋の前から歩き出した2人、バーネットはここまで言うが最後を言わず「いえ、これはまだ」と言うと部屋へご案内します。と話を切り替える。


その恐らくの後、アンタは何を言おうとしたんだ。と準一は思ったが聞かないでおこうと大人しくバーネットの案内に従う。


連れて来られた部屋はとても綺麗な部屋だ。装飾の行き届いた部屋で、レイラの部屋の右斜め前だ。ま、近いのに越した事は無い。準一が部屋の豪勢な椅子に座ると「では、お寛ぎ下さい」とバーネットは部屋を出る。


準一は椅子の前のテーブルに置かれている灰皿を、近くに寄せポケットの煙草に火を点ける。


その時だ。


『大佐! メタルギアだ!』


確実に聞いた事のある音声が耳に入る。廊下に響くほどの大音量でゲームをプレイしているらしい。しかしまぁ、聞こえて来るのはレイラ姫の部屋から。準一はまさかと思いながら一つの可能性を考えながらタバコを吸った。




バーネットが夕食です。とレイラを呼びに来て10分ほど経った頃。レイラは部屋を出る。同じタイミングで準一も部屋を出る。それを見たレイラはどうにも不機嫌そうだ。


そんなレイラが歩き始め、食事に向かおうとすると全く同じタイミングで準一も歩き出す。そのままスタスタとレイラの後ろに付かず離れずの状態で歩く事数分。とうとうレイラの我慢の限界に来たようだ。


「付いて来ないで下さる! 目障りですわ!」

「申し訳ございません。私の任務は貴女様の護衛。ある程度、距離を近づけておかなければいざと言う時に動けませんので、ご容赦を」


感情の籠っていない準一の言葉。それは更にレイラを不機嫌にさせる。


「護衛? 私はその様な事頼んでいませんわ!」

「貴女様が頼まなくとも、貴女様より高位階級の方から頼まれましたので。貴女様が拒否しようとどうしようと、その方からの命令の撤回が無い限り私は任務を遂行します」


これもまた感情が籠っていない。レイラは準一に「日本人とはつまらないですわね。律儀で命令に忠実で・・・あなた命令されれば何でもやりますの?」と煽る様に言う。


だが、準一はこれに動揺も何も無い。「お答えできません」


ただそれだけを淡と告げる。





食事の間、準一はずっとレイラの側に立っていた。レイラは不機嫌そうにしながらも全て食べ終え「ごちそう様」と言うと入浴する為にシャワー室へ向かった。


バーネットは後片付けをしながら「この後、レイラ様のお部屋に」と短く言う。来い、という事だろう。俺は何か間違った事をしたのだろうか。



準一はすぐに部屋に向かった。すると部屋の前で、バーネットは手に持っていたカバンからあるモノを取り出す。


「これは、レイラ様がいじめにあった原因の物です」


そう言ったバーネットの手元には日本の萌えアニメのブルーレイディスクパッケージがあった。さっきのメタルギアと言い、こういう事か。


「・・・まぁ、いずれ知るでしょうから。レイラ様のお部屋に」


バーネットは言いながら部屋のドアを開ける。おい、いいのか仮にもお姫様候補だぞ。


「問題御座いません。私や準一様はレイラ様の側近の様な者、部屋の掃除と言えば問題ありません」


ああそう。準一はバーネットに続き部屋に入る。バーネットが、部屋に掛ったカーテンっぽい物を下に引く。するとおびただしい数のフィギュア、プラモデル、ポスター、ギャルゲー、アニメDVD諸々がすぐ目に入った。


準一が言葉を失っていると「ちょっと!! 何してますの!!」レイラが大声を上げながら部屋に戻ってきた。


「部屋の掃除で御座います」


言うバーネットだが、整頓されている。掃除する必要はあまりない。


「勝手な事しないで下さる!」


レイラは、バーネットに怒鳴るとカーテンが降ろされているのに気付き、動揺する。


「み、見ましたの・・・?」

「ええ」


震えながらのレイラの言葉に準一は返事する。


「・・・何か言いたいんじゃありませんの?」


レイラは俯きワナワナと震えている。準一は部屋を見渡し、アニメDVDの入った棚に目をやり、目を細める。


「はっきり言って最悪ですね」


言った途端に「じゅ、準一様」とバーネットが何か言おうとするがそれよりも先にレイラが口を開いた。


「そうです! 私の趣味は最悪ですの! 何? 王族に相応しくないって言いたいのでしょう? 好きに言ったらいいじゃないですの! 気持ち悪いと!」


レイラはどうにも怒っているのか悲しんでいるのか分からない。しかし、まさかこれが苛められていた理由か。


「ええ、でははっきり仰います」


準一は一度呼吸を整えると口を開き、バーネット、レイラの予想外の事を言った。とても大声で。


「何故あなたは全巻揃えておきながら、スペシャルエディション、HDリマスターを揃えていないんですか!!」


当然ながら、バーネットとレイラは口を開けポカンとしていた。





「全く、代理も人が悪いですね。何故、レイラ・ヴィクトリア姫の趣味の事、教えなかったんですか?」


準一の状況を把握しているエディ・マーキスは真横に居る校長代理に聞いた。教えていれば割と簡単に信頼関係は築けるだろうに、趣味が同じと言えば簡単に付け込める。


代理はベクターの納まるケージを眺め「紙に書くのが面倒臭かったから」とキャンディを咥える。


少しはあいつをフォローしてやれよ。とエディは休み無しの準一に同情した。可哀想に。


「でも、準一君なら大丈夫じゃない? ハーレム凄いんだし。女の子を嗾けてみる?」


言った代理はニコリと笑う。悪気の欠片も感じられない。自分に素直に生きているんだな、この人は。とエディは苦笑いしつつその場を去る。


「さて。今回はどういう訳か――――」



「――――――ゼルフレストはレイラ・ヴィクトリアなんて小娘、狙ってないんだけどな」







「で? どうしてリマスターとスペシャルエディションを揃えていないんですか」


再び準一に言われレイラは言葉に詰まった。何故、こんなに熱くなっているのだ、この男。先ほどまでは信じられない位無関心、無表情だったのに。


「貴女様が好きに言え、と言うので言わせてもらっているのです。お答えください。さぁ!」

「り、リマスターは・・・そのネットで買おうとしたらIDを忘れてしまいまして」

「スペシャルエディションは?」

「お、同じ理由ですわ」


畏縮したレイラに「分かりました」と準一は言うと携帯を操作し、何かを送信する。


「え、えっと・・・何を?」


恐る恐るレイラが聞くと「此方に届けてもらいます。スペシャルエディションとリマスターを」準一は携帯を仕舞い答える。


「あ、あなた、リマスターとスペシャルエディションを持ってるの?」

「ええ。それどころか、貴女様のお部屋に御座いますDVDは全て所有しております」


何故かドヤ顔の準一にレイラは胸を撫で下ろした。だが、まだ準一がどういう人間かは分からない。


「では、レイラ様。勝手に部屋に入室して申し訳ございませんでした」


バーネットの謝罪に続き、準一も謝罪。レイラは「もう良いですわよ」と準一をジト目で見る。どうにも、さっきの行動を見ていたら馬鹿らしくなったらしい。


そして、2人は部屋を出て、すぐに準一の部屋に向かう。




「準一様。ありがとう御座いました」


部屋に着くなり、扉を閉める準一にバーネットは感謝の言葉を述べ、礼をする。はて? 理由が分からないぞ。


「あの、何故?」


準一が聞くとバーネットは顔を上げ


「準一様がレイラ様の趣味を見て、レイラ様にどういう印象を持たれるか、正直不安で一杯でした。最悪、と言った時はまた苛めに遭っていた頃の様に、部屋に閉じこもり出て来なくなるかと冷や汗を掻きました。しかし、あなたは今まで、レイラ様の趣味を見た人間とは反応が全く違いました。それに、レイラ様は最後、あのような表情をおつくりになられて」


言いながら涙を流す。本当に嬉しいらしいが、最後の表情? あの呆れきった表情の事か。


「苛めから今まで、レイラ様のおつくりになられる表情は無表情か不機嫌そうなモノだけで、今日の様な表情は本当に久しぶりなのです」


成程。準一が言うとバーネットは部屋を後にする。


「明日から、レイラ様を宜しくお願い致します」


やれやれ、オタクなお姫様か。準一は椅子に座りタバコに火を点ける。そして、必要書類とは別の誓約書の様な紙を手に取る。


イギリス滞在時、如何なる場合も魔法類の行使は禁止。しかし、緊急を要する場合のみ、多少の使用を特例を以って許可する。必要最低限の人間以外には魔術師だと知られるな。


つまり、お姫様が仮に攫われたとして、ほぼ魔法無しでなければならない。という事だ。はっきり言ってメチャクチャだ。イギリスは一体何を考えているのやら、と紙をテーブルに置き、タバコを吸い煙を吐く。


ああ、明日から忙しくなるのかな。





その翌日早朝。お城に宅配物が届いた。バーネットは宅配物を受け取ると、すぐに準一の元へと運ぶ。昨日頼んだものだろう。


準一は受け取ると、バーネットは「では」と言い食事の準備に入る。中身を確認する。すべて入っている・・・が、謎の手紙が紛れ込んでいる。まぁ、大よその見当は付く。碧武の自宅から運んで貰ったものだ。一度、権力者の目にも入っただろう。


取り敢えず、準一は手紙を開いてみる。今回、差出人は書いていない。


『拝啓、遠い遠い英国にて任務遂行中の準一君へ。昨日よりちゃくちゃくと皆を煽る準備は整っています。帰って来る頃にはフェスティバルになっている筈です。ご期待ください。さてさて、本題に入らせていただきますが。実はレイラ・ヴィクトリアは、日本のコアな趣味を持っています。どうにか、彼女の理解者になってあげて下さい』


恐らく代理だろうが、何故これを最初の手紙に書かなかった。


『校長代理より、結衣ちゃんカノンちゃん綾乃ちゃんの着替え写真を添えて』


最後のこの一文、準一は動揺し手紙の裏を見る。本当に写真があった。まさか、思いながら捲ると・・・・。


本郷義明が遠藤渉にキスをせがまれている写真だった。


希望を打ち砕かれ準一は項垂れるも、取りあえずはレイラ・ヴィクトリア姫の自室に荷物を運ぶ事にする。





同じ時刻、レイラ・ヴィクトリアは困っていた。理由は簡単。朝倉準一が原因だ。教団に狙われているのは知っていた。護衛役が来る事も然りだ。


だが、趣味に理解がある人間とは思っていなかった。初めて理解してくれた人間、準一とアニメについて喋りたい、と思いつつまだ信用しきれておれず。尚且つ、どう接したらいいかも分からない。


それを考えながら、レイラはベットにうつ伏せに倒れ枕に顔を埋める。すると、部屋をノックする音が聞こえ。バーネットかな、と思いながら開けると問題の人物だった。


「おはようございます。レイラ様。昨日話した通り、届けてもらいました」


え? とレイラが言う前に準一は中身を見せる。まだ封も切っていない新品のアニメ映像ディスクだ。


「いいんですの? まだ新品でしてよ」


流石に悪いだろうと、遠慮するレイラ。


「いえ、問題ありません。自分は、保存用、観賞用、布教用を揃えておりますので」


一瞬、準一のサングラスが光ったように感じたレイラは、思った。こいつは本物だと。そして信用しきれていない部分が無くなった。


「では、遠慮なく」


レイラが受け取ると、「では後程」と準一が去ろうとする。レイラはほぼ無意識で準一のスーツの背中を掴んでいた。


それに驚いた準一は「レイラ様?」と声を掛けるも、レイラは俯き顔を赤らめたまま何も喋らない。困ったな。と準一は思いながら思いついた言葉を言ってみる。


「レイラ様。もし、今からアニメを見るおつもりなら、宜しければご一緒させて頂けますか?」


さてさて、お姫様がどう出るか、と準一が思っているとレイラは部屋の中に目を向け、準一に背を向ける。どうやら怒らせるか呆れさせるかしたようだな。準一は自室に帰ろうとすると。


「べ、別に・・・貴方が見たいのであれば一緒に見るのも吝かではありませんわ。ま、まぁ、どうしてもと言うのであればですけど」


なにソレ? マジのデンプレなツンデレじゃん。準一は微笑み「どうしてもレイラ様とご一緒にアニメを見たくあります」と言う。するとレイラは一度準一に向くとすぐに前を向き「じゃ、じゃあさっさと見ますわよ。どうしても一緒に見たいだなんて・・・」と何かブツブツ言い始めながらも、準一を部屋に招き入れ、一緒の長めのソファーに座り、テレビを点け、ディスクを入れ再生する。


アニメを見ている間。レイラは結構準一に意見を求めたりしていた。この機体がどう、とかキャラがどうのと。それを準一はスラスラと意見を述べ、レイラをびっくりさせ、レイラは準一への好感度がこの時だけで、かなり上がった。




結局2人はご飯も食べずにお昼過ぎまでアニメを見ていた。時間に気付いたレイラは「ご、ごめんなさい。お昼過ぎまで付き合せてしまいましたわ」と準一に謝罪する。


「いえ、私は自分からレイラ様とアニメが見たいと言ったんです。それよりも、謝罪するは私の方です。申し訳ございません、さぞお腹も空いていたでしょうにアニメに付き合せて」


準一はソファーから立ち上がり謝罪の言葉を述べ礼をする。


「い、いえ良いですのよ。別に私も見たかったですし。そんなに謝る事はありませんでしてよ」


本当に申し訳なさそうに謝られ、レイラは必死にフォローする。言っている事は本当の事だが。


「それより、ご飯を食べに行きませんこと?」


レイラからのお誘いに「喜んで」と準一は受けると、まず部屋を出る。何故出たかは簡単だ。お姫様がお着替えを始めたからだ。



着替えは割とすぐに終わり、2人は食事をする部屋まで談笑しながら歩いていると、通り過ぎる使用人たちが手に持ったモノを落としていった。その顔は、レイラに向けられており、信じられない、と言った顔だ。


すぐに2人の元にバーネットが飛んでくる。使用人から話を聞いたのだろう。


そしてレイラが楽しげにお喋りしていたのが嬉しかったらしく、涙を流す。それをレイラと準一は宥めていた。


翌々日の昼、準一はバーネットと厨房の人間の手伝いをしていた。バーネット達は、手伝う準一の手際の良さに驚いていた。


「準一様、どこかで働きになっていたのですか? 手際が良いようで」

「いえ、私は自炊ですので、慣れているだけです」


最後の皿を洗い終え、拭いている最中バーネットに聞かれ、準一は顔だけ向けて答えた。


「レイラ様はお部屋で?」

「いえ」


聞いたバーネットにあそこです。と準一は厨房の入り口を指さす。バーネットは目を向けると「おや」と声を漏らす。


厨房の入り口からはレイラが顔だけを覗かせているのだ。


「ほほ。準一様、どうやらレイラ様に懐かれたようですね」


嬉しそうにバーネットは微笑む。準一は「いえ」とだけ答えるとエプロンを外し、レイラの元へ向かう。


「お待たせしました」


準一のそれに「遅いですのよ」とレイラは頬を膨らませる。どうやら、レイラはまたアニメ鑑賞の続きがしたいらしい。長い間、1人で趣味に興じていた為、準一と言う理解者が出来て嬉しいのだろう。


「じゃ、さっさと行きますわよ」


レイラはスタスタと歩き始め、準一はそれに着いて行く。





レイラの自室に入り、紅茶を入れスコーンの乗った皿をレイラの座るソファーの隣の小さなテーブルに置く。テレビから流れるアニメの映像を見ながら準一は考えた。


最初の日、その段階で準一は気になっていた事があった。これだけ悪条件が揃って何故、国外へ移動しないのか。それは、王位継承権推薦に縛られているからであった。


王位継承権推薦、それを断った時。2週間の国内待機後、皇位剥奪となっている。そして、断ったとして、断った事は女王他数名しか知らない。他の王族には聞かされないのだ。


昨日、準一はこれを代理から聞いた。


つまり、この2週間で王位につかせない様にする為、敵対勢力である他の王族は仕掛けてくる。そこで疑問なのが、何故こんな任務に魔術を使えない俺を、1人で向かわせたのか。ゼルフレスト教団はどうしたんだ。


準一は応援を要請したが拒否。だが、代理はゼルフレスト教団については答えてくれた。とても意味深な言葉を残している。


『今回の護衛任務。ゼルフレスト教団なんて関わってないんだよね』


代理の口調は、悪い企みをしている時のモノ。恐らく電話の向こうでは悪い笑みを浮かべていたのだろう。


しかし、分からない。バーネットに聞くかぎりは狙われていると。彼は嘘を吐くような男ではない。だが、どこからゼルフレストの情報を手に入れたのだろう。


準一はただ無言で考えていると「ちょっと。起きてますの?」とレイラに声を掛けられる。


「ええ。起きてますよ」


口調を整え答える。しかし、レイラは何だか納得していない。


「何か不安ごとでも?」

「特に御座いません」


レイラの心配する声に、準一は一言。レイラは準一の素っ気なさにムッとする。


「何かあるのでしたら、教えてくれても構いませんじゃありませんの」


そのレイラの言葉に「では」と準一は言うと言葉を続ける。


「あなたはご自身が教団に狙われているのは存じ上げておりますよね」


真剣な表情。レイラは「ええ」と静かに答える。


「どうやってそれを知りになられたのですか?」


真剣だった準一の表情は、疑うような表情に一転する。


「ピエロですの」


答えたレイラに「え?」と準一は聞き返す。ピエロ?


「え? じゃなく、ピエロですの」


再びレイラは言うと、言葉を続ける。


「つい先週、この城にサーカス団の一員を名乗る男がやって来ましたの。不安な国を我が無償サーカスで盛り上げよう等と言っていて、正直胡散臭かったですわ」


確かに胡散臭い。治安が悪化の一途を辿る国にやって来てサーカスだ。盛り上げよう。何と無償です。胡散臭さバリバリだ。


「そして、その翌日もう一度ピエロが来ましたの。バーネットが対応して、手紙を預かりましたの。私は手紙が怖くて、バーネットや皆を呼んで開けてもらいましたの。手紙には短く一言が添えられていましたわ。『我が、ゼルフレスト教団はレイラ・ヴィクトリア姫を攫いに参上いたします』と」


「そんな手紙が来て、何故レイラ様は国外へお逃げにならなかったのですか?」

「逃げようとは考えましたわ。でも、私には移動手段がありませんの。城には、乗り物と言う乗り物はありませんし。空港へ向かうには下降りなければならない。でもその間に何かあっては、とバーネットに強く止められ」


成程ね。流石、力が衰退した王室だ。だが、車位は置いておいても損は無いんじゃないか? 一応、今は椿姫はあるが、イギリスの街中で使用するわけにはいかないし。


「お答えいただき、ありがとうございました」


準一が少し笑みを浮かべると「このくらい。気になさらずともよろしいですわ」レイラは取って付けた様なデンプレお嬢様返しをする。


2人はその後、夕刻まで談笑しながらアニメ鑑賞をする。




アニメ鑑賞終了後の夕刻。フォートウィリアムのシャムロット城へと続く一本道路に、一台のワゴン車が停車していた。


ワゴン車の周りでは、人相の悪い男達がタバコを吸い、時折双眼鏡でかなり上にあるシャムロット城を覗いている。彼らは、昨晩からそこに張っている。


だがそれは既に準一に気付かれていた。ちなみに準一は万一を考え、部屋までの移動の際、レイラには窓際ではなく、壁際を歩いてもらった。狙撃などされては堪らないからな。


彼らの正体は、レイラを殺す為に雇われたイギリスのギャング集団だ。車の中にはちゃんと必須アイテムのバットやパイプを積んでいる。


しかし、それに備えない準一ではない。ちゃんとサブマシンガンとハンドガンを取り出し、用意された自室で弾倉に弾丸を詰めていた。あの連中は攻めて来るんだろうな。準一的にはもうすぐ来るだろうな、と考えていた。見るからに気の長い連中ではない。


取り敢えず、準一はレイラを自室に居させるようにし、バーネットや他の人間を警護に当たらせ、正面玄関の前で待った。


すると、1時間としない内に城の門にワゴンが突っ込み、門がガシャンと音を立て倒れる。ワゴンからはギャング達。すぐに正面玄関の準一に何か言うが、さっぱり分からない。


だが、ワゴンから近接格闘用武器であるバットやパイプを取り出すあたり敵意は感じた。恐らく何か汚い言葉を発しているだろう口には、ピアス等が付いている。


暖かそうなジャンパーを羽織る彼らは、ここを皇族の城と知りながら口に咥えたタバコをプッと吐き捨てる。


さて、どう料理してやろうか。と準一が考え始めた矢先、ギャング達は一斉に襲い掛かってくる。だが、彼らが持っているのは近接武器。流石に銃火器で攻撃するのはマズイ。


準一は手に持った銃をその場に落とし、拳を構える。




門が破られる音を聞いて、2分と経たない内にバーネットは様子を見ようと玄関を勢いよく開けた。


「・・・おや?」


準一は銃を手に外へ出ていた。ここまで銃声は響いていない。だが、準一はギャングを1人残さず気絶させていた。その光景を見たバーネットは、まさか。と思い準一に聞く。


「じゅ、準一様まさか・・・その」


恐る恐るのバーネットに気づき、準一はバーネットに向くと「ご安心を」と優しく笑みを浮かべる。


「魔法は使っておりません。それと」


言うと準一はワゴン車を指さす。


「足を確保しました。さ、彼らから情報を引き出しましょう」


準一は作った様な笑いを浮かべると、懐からナイフを取り出す。





「ねぇ、外ですごい音がしましたけど・・・何かありましたの?」


少し不安そうにレイラは外の使用人達に聞く。


「いえ。何もありませんよ。レイラ様、ゆっくりなさって下さい。何かお持ちしましょうか?」


外の使用人のメイドさんが聞くが「いりませんの」とため息を吐き、退屈そうにベットに倒れ込む。


「レイラ様、準一様はバーネット様と一緒ですよ」


メイドさんが気を紛らわせようと言うとレイラは頬を真っ赤にし「べ、別に私はそんな!」ベットからバッと起き上がり反論する。


「レイラ様、大きな声での反論は逆効果ですよ」

「うぅ」


メイドさんの言葉にレイラは小さく声を漏らすとクッションを持ち、顔を押し付ける。





「えっと・・・何か有益な情報は手に入りましたか?」


城の地下室の入り口でバーネットは苦笑いを浮かべ、地下室から出てきた準一に目を向ける。


「ええ。彼らはスコットランドを中心に外国人観光客を狙った集団暴行、窃盗を繰り返していたギャングですね。かなりの高額で雇われたらしいですよ」

「誰が雇ったかは分かりますか?」


バーネットに目を向け「いえ」と準一が答えると「そうでございますか」とバーネットは息を吐く。


「彼らはクライアントから、シャムロット城は警察以下の装備での警護だから、簡単に仕事を済ませられる。シャムロットに仕える使用人、金は好きに使って構わない。レイラ姫も殺すのであれば好きにして構わない。と言われていたみたいです」


それはまた。とバーネットは声を漏らす。その困った様な表情は、普段微笑んでいるバーネットがあまり浮かべない表情だ。


「取りあえず。彼らは幽閉しています。処置は如何なさいますか?」


準一が聞くがバーネットは答えない。参ったな。と言いたげに準一は息を吐くともう一度聞く。


「彼らですが、解放後、元気になられては迷惑です。殺しておきますか?」


優しく聞きつつも、しっかりと答えを求める聞き方に、バーネットは多少の恐怖を覚えるが、準一の言う事はもっともだ。元気になってはまた厄介だ。


理解した為、無言で頷く。


「かしこまりました」


準一は一礼すると、再び地下室へ潜る。直後、発砲音と悲鳴と絶叫が数回響く。するとすぐに地下室から準一が姿を現し「終わりました」と手に持った拳銃を懐に仕舞う。


「ギャングの死体ですが、置いておくのも邪魔でしょうし、ワゴンに載せてその辺に捨ててきます。切り分けるので、黒い大きめの袋なんかあれば助かるのですが」


これは、とてもレイラ様に言えたものではない。ついさっきまで好感を持っていた準一に、バーネットは多少、ではない恐怖を感じた。彼は、そういった事に手馴れているようだ。




ギャングの死体の処理が終わる頃、辺りはすっかり暗くなっていた。手を泥だらけにした準一は、ワゴンに乗り込み車をシャムロット城まで走らせる。


城に付くと、門は無く、正面玄関の前ではレイラが待っていた。今は汚れている。マズイな。と準一は思いながらも正面玄関の前に車を停め、外へ出る。


「ど、どうしましたの・・・? すごく汚れてましてよ」


レイラから、準一を見ての第一声。まぁ、そうだろう。居なくなったと思ったら泥だらけで戻って来たのだ。


「いえ、少々車が泥濘にハマりまして。抜け出す為に押していたら泥だらけになってしまいました」


笑みを浮かべ、さも当たり前の様に嘘を吐く準一。


「そ、そうですの・・・ところでその車は?」

「快活で生気溢れる若者が無償で貸してくれました」


またも嘘、ではない。快活で生気にあふれる若者、ギャングだ。確かに無償で貸してくれたが、あの車はもう返す必要は無い。車の所有者たちは、バラバラにされ、森の中に埋まっているのだから。


「と、取りあえずシャワーを浴びませんと」


レイラの後に「お連れしますよ」とバーネットは準一に近づき、シャワー室まで案内する。そのシャワー室までの2人きりの道のり、バーネットは軽蔑するような目を向け言った。


「準一様、いくら粗暴な若者たちであったとしても、殺すのはどうかとおもいますが」


その言葉に準一は「ああ」と言うと後頭部に手を当て「実は誰も死んでないんですよ」とバーネットに向かって微笑む。


「地下室で撃ったのは訓練用のペイント弾。赤の弾でしたが、最初に実弾を撃って恐怖を植え付ける、その後仲間に真っ赤なペイント弾が撃ち込まれ、その赤の塗料を血だと思うでしょう?」

「だ、だが・・・黒の袋にバラバラ死体を入れたはずでは?」

「バーネットさん。あなたはその場面を見ていないでしょう?」


一度動きを止め、バーネットは頷く。


「私は気絶した彼らを車に乗せ街に放り、身分証明書を埋めて来ただけです」


悪ふざけが過ぎました。と言いたげに準一は「もうしわけない」と謝る。


「いえ・・・。やはり貴方は良い人の様ですね。準一様」


ふっ、と微笑んだバーネットに準一は一言言った。


「そんな事ありません」

「しかし、彼らを解放してまた来られては」


これは準一自身が言った不安要素だった。なのに何故?


「いえ、どのみち彼らは消されます。失敗しようが成功しようが、クライアントからすれば目障りでしょうし。明日になれば死体で発見される筈です」


準一が言うとバーネットは歩き始める。


「ここに俺が居る事も知られているわけですし、遅かれ早かれ本格的に武装をした集団が乗り込んで来るはずです」


ここに至って、準一が逃げる、という選択肢を選ばなかったのは、大きな都市の方に出向くと、暴徒と鎮圧隊が対立しており、軽い戦闘状態だからだ。


「つまり、あと数日はここに留まり、レイラ様の警護にあたると」


歩きながらのバーネットに「ええ」と準一は力強く答える。


「では、今日届いたこれをお渡しします」


急に止まったバーネット、後ろの準一も止まると、バーネットは振り返り、懐から小さな箱を取り出し、蓋を開け、中からブローチを取り出す。


「それって」


声を出した準一には見覚えがあった。そのブローチは騎士に渡される証の様な物。


「私は日本人ですが」

「レイラ様が心をお許しになった貴方であれば。さ、お受け取り下さい」


受け取りを渋る準一にバーネットは言う。準一的に、このブローチはあまり受け取りたくない。騎士、の位を手に入れてしまえば、例えレイラ・ヴィクトリアが皇位を剥奪されようと、位だけは残ってしまう。


「ご安心を、この騎士の位はレイラ様にしか適応されません。どうか、レイラ様だけの騎士に」


一度息を吐き「はい」と準一は受け取り、左胸にブローチを付ける。


「準一様、レイラ様をどうかお守りください」


懐に小箱を仕舞いながらバーネットは一礼する。


「分かりました」


返事を聞くと「では、シャワー室へ参りましょう」とバーネットは顔を上げ、準一はそれに着いて行こうと足を踏み出した瞬間、城の3階が爆発し、音が響き準一はすぐに音の方へ走った。





爆発した3階、その下の門の前には速射砲、20mmCIWSを装備した軍用装甲車が3台停車していた。3階への攻撃はあくまで威嚇射撃。使用人達も殺しはしない。装甲車にしても、牽制用だ。


あくまで平和的にレイラを攫うのが目的、先ほどとは明らかに手口が違う。


3階に着いた準一が装甲車を確認すると同時、装甲車から降りたスーツの男の手に重機関銃やアサルトライフルを確認する。他にも軽装備の人間が居る。レイラが危ない。準一は思うとレイラの部屋に向かう。




既にレイラの自室の前にはスーツの男達が辿りつき、使用人達をスタンガンで全員気絶させていた。外の只ならぬ音を聞き、レイラは室内でベットに潜り、震え、心の中で名前を呼んだ。


祈る様に手を合わせ、準一。と何度も呼ぶ。


だが、祈りは届かず扉を蹴破り入って来たのはスーツの男達だ。ズカズカと部屋に入った彼らは、ベットに潜るレイラの髪を引っ張り無理やりベットから引き摺り出し、そのまま髪を引っ張ったまま部屋の外へ引きずり出す。


「いやッ! 準一!」


レイラは悲鳴を上げ、準一の名前を叫ぶ。だがそんなのお構い無しに男達は装甲車へとレイラを運ぶ。そして正面玄関に着く頃、準一はレイラを引き摺る男達を発見し、後ろに着きハンドガンを装甲車に向けると同時発砲。すぐに手前の男にも発砲。こめかみを撃ち抜く。


直後、外に居た人間が準一に気づきアサルトライフルを連射。準一は左肩を掠る。


「準一!」左肩を抑える準一にレイラは叫ぶ。


気づかれた、準一は手近な部屋に入り、銃撃を回避。しかし、その間にレイラは装甲車まで運ばれる。舌打ちし準一が飛び出す。装甲車3台に装備されたCIWSが起動し、回転音が聞こえ始めた直後、20mmの弾丸が正面玄関に撃ち込まれ、壁も扉も床も天井も柱も粉砕され煙で玄関が隠れた瞬間、装甲車3台は一斉に速射砲を撃ち込む。


炸裂音が響いた後、大きくは無いが爆発の炎が見える。


「あぁ・・ぁぁ」


攻撃を受けた正面玄関を見て、レイラは声を漏らす。煙からは何の音もない。準一が木端微塵にされたと思い、ショックのあまりに目から光彩が消える。


「さっさと乗れ」


レイラは男達に無理やり装甲車に乗せられると、その場に倒れ込む。男達も乗り込むと、装甲車は城の敷地内より走り去る。




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