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あんたにだけは会いたくなかった

「ふざけるなよ」が彼、朝倉準一の心境だった。何にふざけるなか、それは碧武九州校への転入通知を見てからだ。


彼は玄関先で転入通知を握りクシャと握りつぶす。少し歯ぎしりをして目を瞑り落ち着こうとすると、ある人間の顔がよぎった。



  彼の妹である結衣の顔である。


  最後に見た日、中学に上がった日の朝の時のままの幼い顔である。


「ちょっと、準一どうしたのよ」


  そう準一に声を掛けたのは彼の母である。


「あ、いや・・・転入通知が来た」


  準一は淡々と告げると、廊下を進み先の台所から顔を出していた母親に通知を渡す。



「・・・これ断れないんだっけ」


 母親がため息を吐きながら聞くと「ああ。政府の決定事項だから」と準一は言い玄関隣の階段を上がり自室に行く。自室の戸を閉め、ベットに座り込み「また・・あいつに会わなきゃいけないのか」と両手で顔を覆う。


「最悪だ」

  彼は静かに言い放った。





<><><><><><><><><><><><>





「ねぇ、聞いた? まだ噂なんだけど」

  1人の碧武九州校女子生徒が教室で隣の友人に言う。


「え?何が?」知らないと友人が返す。

「ほら3組の朝倉さんいるじゃん?朝倉結衣さん」

「あー・・・はいはい知ってるよ。高等部最強の朝倉さんね。喋った事ないけど・・・でその人が?」

「その朝倉さんのお兄さん。どうしてか知らないけど適性も何も無しに碧武に入るんだって」

「え?なにソレ? 適性無しでどうやって入ったのよ」

「さぁ・・? でも碧武卒業したら高給取り部隊に強制入隊でしょ? 今はまだ戦争状態じゃないからそれが目的のコネ?」


「うっそマジ??それって最悪じゃん」

「まぁあたしも詳しく知らないけど・・もう学校中の噂なんだよこれ」



<><><><><><><><><><><><>



「ほんっっと最悪」

  ショッピングエリアストリート、カフェテラスで結衣は言った。栗色のボブヘアが揺れ、整った可愛い顔 は怒りに歪んでいる。


「いいじゃん別に噂なんだし」

  結衣の右隣を歩く友人、羽田菜月が宥めようとする。



「だって意味わかんない! 何でアイツが碧武に来んのよ!」

結衣は菜月を見て怒声を放つ。



「それって結衣のお兄さんが碧武で使えるって事でしょ?よかったじゃん?久しぶりに兄妹再開だよ」

  菜月が喜んだら?と言わんばかりに言う。



  結衣はさらに怒りのボルテージを上げ「あいつになんか会いたくない!」ときっぱり言う。


  そして菜月に「あたし帰る」と言うとカフェテラスの階段を下りて歩道に出る。



「あんな奴・・・」

  結衣は呟く。


「あんな・・・あたしを放った奴」

  再び呟く。


「いきなり何なのよ・・・電話も何もくれなかったのに・・バカ兄貴」

誰にも聞こえない声で結衣は呟くと寂しそうな表情で歩き出す。



<><><><><><><><><><><><>



 朝倉家に碧武からの転入通知が来たのは高校1年生の2月。

 準一は碧武に向かう為に準備をしていたが、碧武のショッピングエリアにすべてが揃う為、持って行きたい必要最低限だけを持って行くことにした。


  そんなこんなで4月5日。

 入学式前日。

 準一は碧武の校章の付いた学生服(学ラン)を着て家を出た。

 手荷物は通っていた高校のカバン。

 そのカバンに荷物がすべて入っている。


「じゃあ。行ってきます」

  準一は玄関先まで見送りに出た母親に言う。


「結衣と仲良くね」

  母親は返す。


  準一は苦笑いを返し、最寄りの駅へ歩く。


  駅はすぐにつく距離にあり、準一は5分と経たず駅のホームに入る。

 大きな駅ではない。

 私鉄電車の小さな駅。踏切音の後に駅に滑り込んできた電車はクリーム色の2両編成。


  整理券を手に電車に乗り込み一番後ろの席に座る。


  電車の車窓から見える見慣れた景色を見ながら(見納めかな)と心で考える。


  程なく電車が発車し20分ほどで終点の駅に着く。


  そのまま終点駅から目の前のJR駅に入り碧武行きの片道券を取り出す。 駅のホームに入ると一般人用ホームがありその真正面側に碧武行きのホームがある。


  碧武ホームには誰も居ない。

 準一はその碧武ホームに立つ。

 真正面のホームには通勤、通学の人間たちが入り乱れていて全員がただ1人いる準一を見ていた。




 碧武行きなんてめずらしいよなぁとか思ってんだろうな。

 と準一は思い椅子に座る。


  そして5分経った頃、一風変わったビジュアルの車両が駅に入る。


「・・・これが碧武行き?」

 準一は初めて見るそれに戸惑った。


  碧武行きと書かれた黒く雄々しい車両は見間違いようのない蒸気機関車。

 煙突より黒煙をモクモクと吐いている。

 前車輪部分より蒸気を勢い良く吐く。

 準一は無言で立ち上がり炭水車後ろの1両目客車に乗り込む。


そこで準一はふと結衣にメールしようかと思う。


「そういや」

と呟きアドレス帳の中から朝倉結衣の名前を探す。


 準一はずっと結衣と会話なんかはしていなかった。

 だがアドレスが変わるたび結衣からは律儀に変更メールが来た。


ガラケーのボタンを押し文字を打つ。


『ひさしぶり。昼には碧武に着く』


このメールは母親から結衣にはメールしなさいとのことで準一は渋々やっている。


そしてすぐ機関車は蒸気を吐き走り出す。



<><><><><><><><><><><><>




  同時刻。

 学生寮エリア。

 女子寮3階コミュニケーションルーム。



  コミュニケーションルームは主に同じ寮内の人間が関わる為にあるルーム。

 その階のフロアを殆ど使用した大広間だ。

 設備は5つの自販機。ジュース、お菓子、アイス、フードサーバー。

  大画面テレビもありソファーも多数ある。

 今コミュニケーションルームには女子生数十人が居る。

 皆私服、制服と服装はバラバラ。それぞれの事をしている。



  そんな中に朝倉結衣は居た。

 シャワーを浴びた直ぐ後で栗色の髪は濡れており、服装はピンクに黒のラインの入ったのジャージ。


  右手には黒のカバーを付けたスマホを持って画面を親指で操作している。

  途中、結衣が画面を見て固まる。

 画面にはメールが表示されている。差出人は朝倉準一。


本文『ひさしぶり。昼には碧武に着く』


結衣は何度もそれを読み返す。知らない内に頬が朱色に染まる。気付いて首を振る。別に嬉しくなんかないと自分に言い聞かせる。


結衣が顔を赤に染め首を振っていると、座っていたソファーの後ろから「あらあら顔が赤いですわね」と結衣の同級生の女子、イギリスからの留学生シャーリー・アーペントがからかう。


「な、何よシャーリー・・その気持ち悪い言葉遣い」

 

結衣はスマホを両手で隠す。


「いやいや久しぶりに結衣の緩んだ顔が見えたから」

 

シャーリーは長い金髪の横髪を耳に掛ける。


「緩んでたって何よ・・緩んでなんかないけど」

 

結衣はばれない様に言う。


「やだなー結衣ー隠さなくても分かってるよ」

 

シャーリーはニヤニヤしながら結衣の隣に座りパッとスマホを取り上げる。


「あ、ちょ!」結衣が取り返すよりも先に「朝倉準一」とシャーリーが口に出す。


結衣は取り返そうとした手を止め顔を真っ赤にする。


「成程ね。菜月の言った通り」


  シャーリーがそこまで言うと結衣のスマホが鳴る。


  着信音? もしかして? と思い結衣はシャーリーからバッとスマホを奪い画面を見る。



『校長室』



  結衣は期待と違った事に肩を落としながらも通話を始める。


『お、出た。もしもし?朝倉さん?』若い女性の声が聞くと「はい。聞こえますよ。校長代理」と結衣が答える。


『よし。もうすうぐさ君のお兄さん到着するでしょ。どうする?』

「いえ・・別に」

『じゃあお迎えヨロシクね』

「・・・・・え?え??え、ちょっ!」


通話の終わったスマホを耳から離す。シャーリーが「お迎え?」と聞くと結衣はバタバタと急いで支度を始める。




<><><><><><><><><><><><>




碧武が窓から見え始めた頃、準一はパンフレットに目を通す。


碧武九州高等学校。その高校は一般高校とは違い、数ある人間の中から適性の高い人間を選び育成する学校である。

何の適性か、それは日本国の開発した人型戦術兵器、ベクター兵器との同調適性である。尚、日本国内だけではなく海外からも選出される。

 高校での授業は一般授業、そしてベクター兵器を操る為の訓練授業。毎年一回文化祭がある。そして、体育祭ではなく碧武祭と言う名のベクター兵器を使用しての破天荒体育バトルが催される。

 この高校の生徒は、自らの意思とは関係なく卒業後は自衛隊か特別機動兵器部隊、通称特機隊に入隊させられる。

 外国人であればその国の軍、公安などに入れられる。


学校の施設は校舎、学生寮、ショッピングエリア、アリーナとあり、学校と言うよりは都市に近い広さを持っている。

各エリアは人工島となっており、移動は徒歩での横断橋かレトロな機関車になる。校舎エリアは学生寮エリアと同じ場所にある。総面積は東京ドーム4つ分。

ショッピングエリアの総面積は東京都の3分の1。アリーナの総面積は東京ドーム7つ分。そして生徒総数は各校共に10000人を超えるマンモス校である。

現在日本にこの高校と同系列の学校は、碧武九州校、碧武四国校、碧武近畿校、碧武関東校、碧武東北北海合併校の5つある。


日本にこの高校が置かれたのは各国と比べ余った海上人工島が多くあるからだ。

 合衆国、中国等各国が、是非我が国にと申し出てきたが、各国国連委員の満場一致で日本に置くことが決定した。

学校の目的は、社会秩序維持。悪化の一途をたどる世界情勢に対抗しての措置。とここまでが一般的に公開されている部分である。



朝倉準一はまだ転入していないながらも生徒でさえ知らない情報を持っている。


それは碧武校、本当の創設目的である。


準一はその創設目的を身をもって体験している。



そんな事を準一が思い返しているとケータイが鳴った。


開くと結衣からで新着メールだ。


『駅で待ってる』と無愛想な文が書いてあった。


居なくて良いのに。と準一は思いながらケータイを閉じる。


準一が結衣が駅に居ることに憂鬱になっていると『間もなく碧武九州校駅です』と客車内にアナウンスが入る。


俺はベクターにのるんだろうか?準一が考える。


「もしかしたら機械魔導天使かもな」

準一は呟く。





<><><><><><><><><><><><>





汽車は駅に入り準一は客車から降りる。出口に向かいながら歩いている途中、準一にキャリーバッグを引いていた今時女子がぶつかる。


ぶつかった拍子に準一は尻餅をつく。カバンからは準一の私物のアニメ雑誌が落ちる。


ぶつかった女子もこけたがすぐに起き上がり「す、すいません!大丈夫ですか??」と慌てて聞く。

「あ、はい。大丈夫です。そちらこそ怪我は?」

準一はゆっくり起き上がり女子に聞く。


「私は大丈夫です・・・すいません余所見してて」

「いえ。気にしないで下さい」


準一が言い終えると女子は準一が落としたアニメ雑誌に気付く。


「あ、あの・・これアナタの?」女子は拾い上げ女子に聞く。

「あ、はい俺のです・・すいません拾ってもらって」準一が礼を言うと「あの・・・アニメ見るんですか?」と女子が聞く。


少し準一は驚くが「まぁ・・」と返す。するとすぐに「今期は何を見てます?」と女子が聞く。


準一は「えっと・・」と幾つかの深夜アニメを上げる。


女子はそれを聞くと「わ、私も見てるんです」と食いつき「あのアニメだとどのキャラが一番好きですか?」と準一に質問する。


「俺はあのライバルの犯罪者が好きかな」と準一が答えると女子は嬉しそうな顔をして「あ、あの!私碧武に今日来たばかりの転入生なんです!」と言い出す。


「ああ。俺もなんです」準一は人差し指で自分の顔を指していう。

「あ、そうなんですか・・あの学年は?」

「2年です」準一は答えると学生証を見せると女子は意を決し準一に「そ、それじゃあ友達になって!」と頼む。


「え・・・ああ・・・・・・良いですよ」

微妙な間を置き準一は肯定の返事を出す。


良かった。と女子は喜ぶ。



「取りあえず。駅から出よう。俺の名前は朝倉準一」

「私は西紀綾乃。綾乃って呼んで」綾乃は自己紹介しながら歩き出す。準一もそれに合わせ歩き出す。

「俺も準一で良いよ。宜しくな」



そうして2人はホームから出る。



<><><><><><><><><><><><>



駅の前は車の通りの多い所だ。結衣はその駅の前でお洒落をして待っている。準一からメールが来たのは今より1時間以上前。結衣はメールが来て10分と経たない内に駅に来てずっと待っている。


結衣は腕の女性用時計の時間を見る。12:50


到着時間は12:40分。もう出てくるだろうなと結衣はすこしワクワクしていた。もちろんそれを表に出す事はない。


でも兄が来たら何を話そうか、等と結衣は準一との距離を縮める為に色々考えていた。結衣が駅の入り口に目をやると、学ランの男子生徒が歩いてきている。


顔つきも身長も成長しているが見間違いようのない兄、朝倉準一である。約4年ぶりに見た姿に結衣は内心大喜びする。


しかし結衣の喜びはすぐに消えた。


「綾乃は一緒の列車じゃなかったから別の列車で来たのか?」

「うん。準一より20分くらい前に来てたの・・・・出口がわかんなくて」


誰?あの女?結衣は緩んだ顔を一瞬で崩す。


そんな結衣に準一は気付き顔を結衣に向ける。そして小声で「ホントに居んのかよ」と嫌そうに言う。


「準一の知り合い?」と綾乃が聞くと「ああ・・妹だよ」と顔を曇らせ応える。


めちゃくちゃ可愛い。と綾乃は考えるが口にはせず「あ、あの」と結衣に話しかける。


結衣は不満そうな顔で「何か?」と綾乃を睨む。


「い、いや・・あのさっきお兄さんと友達になって・・・そのあたしの名前は綾乃。あなたの名前は?」綾乃は睨まれたじろぎながら結衣に言う。


「朝倉・・・結衣です」

話しかけるな。と言わんばかりの眼光を綾乃にぶつける。


宜しく、と綾乃は言おうとしたが結衣が準一に顔を向けたので言い留める。



綾乃は心中で結衣の不機嫌を察する。嫉妬してるのかな?と結衣の心中を当てる。


「・・・何?」

話しかけるなよ。と準一は心で思いながら結衣に言う。


結衣はその拒絶とも取れる反応に一瞬顔を俯かせ、寂しそうな表情を浮かべるが、それを作った感情の噛み殺し顔を上げ、準一を見る。


そしてこう一言言う。




「あんたにだけは会いたくなかった」




結衣は踵を返し寮に向かう。


「くそ兄貴・・・!」

目に涙を溜め、聞こえない声で結衣は言った。




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