堕天使奪還戦②
気が付けば結構書いてますね。
魔法って難しいですね
「やられた」
輸送機内で綾乃が言った。
「何が?」
準一が聞く。
「エルシュタちゃん。敵の魔術師に奪取されたわ」
その言葉に、準一は顔を険しくさせ歯軋りする。
2人を乗せた輸送機は目標の太平洋へ到着。しかし、存在している筈の敵は無く、陽動と知った準一は「くそったれが」と言葉を漏らし、綾乃を驚かせた。
碧武九州校校長室にはエディ・マーキス、西紀綾乃、揖宿洋介、朝倉カノン、朝倉準一が招集された。各員とも、生徒の枠には納まりきらない実力を持った人間だ。
代理は、敵に堕天使が奪われた事を良く思っていない。堕天使の能力は、代理もエディから聞いているからだ。
「5人に集まってもらったのは他でもありません。堕天使が奪取された以上、我々は堕天使を奪還しなければなりません」
いつもふざけている代理は、真剣な表情で言葉を発し、校長室は緊張した雰囲気に呑まれている。
「あなた達5人は、あたしが知る中で、圧倒的戦闘能力を有している生徒です」
ここに至るまで、準一、カノンは知らなかったが、揖宿洋介は政府が認定した高位魔術師。テンペストを率いる重戦術級魔術師、エディ・マーキスと並ぶ力を持っているらしい。
「ここに、碧武九州校選抜。堕天使奪還隊を結成します」
と代理は言ったが、実際敵はエルシュタを攫い、どこへ連れて行ったか分かっていないのだ。
「代理、敵の行方は国内の捜索部隊が請け負っていますよね」
「ええ。でも、監視衛星を使用して探しても日本海でパッタリ。国内の捜索隊は気休めにもならないわ」
聞いた揖宿に代理は言う。
つまりは国外に居る。という事だろう。この招集された5人は、現在碧武九州校で実戦に投入して問題のない人間だ。
「あ、そうそう。ついさっき、この事を知った米国政府からこの九州校へ直接通達が来たわ」
「何の通達です?」
顔色を変えたエディが聞く。
「奪還を考えているなら、米国軍は協力を惜しまない、と」
この間の日本海での件があったばかりでよく言う。と思いながら準一はエディに目をやるとどうにも呆れた様な表情をしていた。
「代理、米国にはどう返事するつもりですか?」
そんなエディが聞くと代理は「ふふん」と笑うと「お断りしようかな」きっぱり言う。エディは「それがよろしいかと」と少し笑みを浮かべる。
「エディ君。きみ、米国側でしょ? いいの?」
「俺は米国側ですが、今は碧武の人間です。信用できないのであれば、祖国の軍であろうと利用はしません」
代理に聞かれ、淡と言うエディに呆れ気味の表情を準一は向ける。どこまで信用が無いんだ米国よ。
「あ、これ言うの忘れてた。割と大胆に攻めるかもだから。奪還を阻害する敵や部隊は構わず」
言うと、代理は悪い笑顔を浮かべ、目線を準一に向ける。
「お望み通り、皆殺しにします」
「もう、兄さん。顔が悪人ですよ」
完全に悪人の顔の準一にカノンは注意する。口調は今まで通り優しい口調。もうメロメロ作戦での口調の悪さを演出していない。一方、言われた準一はわざとらしく「そりゃいけないな」と言うと無表情になる。
「しかし、皆殺しとは穏やかじゃないですね」
何か納得いかない顔の揖宿に「どうして?」と代理は聞く。
「いえ、外国からの奪還を考えているのであれば隠密がセオリーでは?」
揖宿の提案は最もだ。代理は大胆に攻め入るつもりらしいが、外国の軍隊との衝突も十分にあり得る。それは、回避しなければならない。碧武はあくまで日本国籍。戦闘状態が開始されれば、その国と日本とで戦争になりかねない。
「ぶっちゃけ、あんまそうも言ってらんないのよ。堕天使の利用価値がはっきりしている以上、教団に易々と利用させる訳にはいかないの。エディ君、お願い」
答える代理に呼ばれ、エディは4人に向く。
「堕天使の利用価値は魔術回路への転移利用。だが、堕天使を機械魔導天使に実装するには条件がある」
「条件とは?」
綾乃が聞く。
「七月七日の七夕。その日である事」
現在はまだ5月一歩手前。7月まではまだ結構ある。
「ちなみに朝倉が洋上基地で彼女を発見した時、カプセルに入っていたそうだが、あれは解析の結果長期睡眠装置である事が分かった・・・以上」
どうにも疑問しか残らなかったが、エディは説明を終えた。
「んじゃ、一旦解散。準一君とカノンちゃんは結衣ちゃんに説明お願いね」
と言う代理の言葉で5人は校長室から退出し、エディ、揖宿は格納庫へ。綾乃は部隊へ必要事項の報告。準一、カノンは結衣を校外へ呼び出した。
「2人とも話って?」
校外へ出て、駅の前で結衣は聞く。聞かれた2人は真剣な顔で、結衣は少し不安になった。
「エルシュタの事」
カノンが言うと、結衣は「やっぱり」と小さく言う。
「俺とカノンは、エルシュタを敵から奪還する作戦に参加する。・・・言わなきゃお前文句言うだろ?」
不安そうな結衣に、少しでも気を紛らわせようと準一は気を利かせ、冗談を言うように言うが「また、兄貴達戦いに行くの?」と聞く。
「・・・そうだ」
「だったらあたしも行く! エルシュタとはあたしも一緒に暮らしてる妹みたいなものだし!」
事情を言えば、結衣の性格上こう言う事は分かっていた。友達思いと言うべきだろうか。
「兄さん・・・」
結衣の言葉はカノンには理解できた。2人とも妹の様にエルシュタを可愛がっていたからだ。
「お前の気持ちは理解できる。だが、駄目だ」
準一は言うが、結衣は「でも!」と一歩踏み出し、引く気は無い。
「でもじゃない。引く気が無いならはっきり言ってやろう。お前が幾ら強いと言っても、あくまで学生の中での話だ。そんな半端な力で来られても逆に迷惑だ」
かなりキツめに準一に言われ結衣は畏縮する。
「ごめんな。キツめに言って・・・」
畏縮した結衣の頭を準一が撫で始めると、カノンも結衣の頭を撫で始める。
「大丈夫よ結衣。絶対に助けるから」
カノンに優しく言われ「うん」と結衣は小さく言うが、納得したわけでは無いようだ。それをしっかりと準一は見逃さなかった。
格納庫では、揖宿、エディはベクターの仕様変更の旨を整備員に伝えていた。
揖宿の乗る機体は結衣と同じ篤姫。適性はA。近接戦用の刀系武装に、遠距離戦闘用武装であるガトリングガン2門を両手に、砲狙撃戦闘用のショルダーアーマー装備の180mmカノン砲。
エディの乗る機体は、本郷と同じスティラ。適性はA。同じように近接武装に、ガトリングガン2門を両手に。追加アーマー、その中に多目的ミサイル。
そして、2機には特殊装備がある。廉価、簡易型の魔術回路を内蔵した特殊な槍が2本。あくまで簡易、廉価型なので、使用制限があり、長期戦になれば壊れるが、短期戦では魔術回路を持たない魔術師にとって多大な力になる。
これにより、機械魔導天使、魔術回路を持たない2人は、重戦術級魔法をベクター搭乗のまま行使できる。すなわち、ある程度であれば対魔術師戦が行える。
攫われたエルシュタは、エリーナの駆るブラッドローゼンによりアルプス支部へ連れて行かれた。エリーナはすぐにプライベートルームを兼ねる薔薇庭園にエルシュタを連れて行った。
エリーナは、庭園の端にあるコテージに入り、装飾の行き届いたテーブルに紅茶のカップを2つ並べ「来て」とエルシュタに手招きしコテージに招き入れる。
エルシュタは何か出来るわけでは無いので大人しくコテージに入り、椅子に座る。エリーナも椅子に座り、カップを右手で持ち上げる。
「あたしは、攫われた理由が分からないのだけれど」
カップを持ち、エルシュタは無表情のままのエリーナに聞く。エリーナは一口紅茶を飲むと「あなたが堕天使だからよ」と一言言うとカップを置く。
まただ。綾乃も言っていた。堕天使? エルシュタが疑問に表情を変えると「自覚が無いのね」とエリーナは静かに言う。
「自覚?」
「そ。あなたは堕天使。機械魔導天使のコア、その代用品になる為の存在なの」
どうにもエルシュタにはしっくり来なかった。
「いいわ。簡単に説明してあげる。あなたは機械魔導天使、そのコアになる事で魔力の供給源になるの」
つまりは、魔力を送るだけの存在になるという事。エルシュタはある程度、機械魔導天使について理解があったので納得する。
「じゃあ、あなたいい人だね」
理解したエルシュタはエリーナに一言言った。そのバカげた言葉にエリーナは「?」と言葉が出なかった。
「だって、あなたは機械魔導天使を所有し、使ってる。だったら、あたしをすぐに使えばいいのにそうしない。良い人でしょ?」
再びのエルシュタに「凄い勘違いよ」とエリーナはため息を吐く。
「あなたを使わないのは、7月7日にしか転移作業が行えないっていう条件があるからよ」
「だったらそれまであたしを幽閉でも監禁でもすればいいじゃない?」
「あなたがそれを望むなら」
「望むって言ったら?」
「・・・」
開き直った様なエルシュタの言葉にエリーナは言葉を出せなかった。
「ねぇ、早くしてよ」
エルシュタが言うと「席を外すわ」とエリーナはコテージを去り「調子が狂う」と悪態を着くと庭園を後にする。
「やっぱり・・・。根っこが優しい人なんだ」
ただ残された、何かを見透かしたようなエルシュタはカップを持ち紅茶を一口飲むと「あ、美味しい」と言いながら庭園に目をやる。
放課後、準一は生徒会でこき使われていた。そして「書類を渡してきてくれ」と言う子野日の言葉に頷き、職員室へ向かう途中の事だ。
準一はスケキヨマスクの2人に囲まれていた。
「ヘイヘイ! リーリー!」
バカみたいにテンションの高いスケキヨマスク2人は準一の周りをぐるぐると周り「パラリラパラリラ!」と暴走族の真似をしている。
そんな状況じゃないだろうに、と準一が思っていると「エルシュタちゃんの救出はあたし達も参加するよ」と動きを止めたスケキヨマスクが声を出す。シャーリーだ。シャーリーは言うとマスクを脱ぐ。
「そうそう。俺も黙っちゃいないぜ。お前の助けになるのであれば何でもするぞ!」
言いながら本郷もマスクを脱ぐ。
「そりゃありがたい申し出だが、お前らにはお留守番しててもらうしかない」
「え? なんでさ?」
「俺達十分戦えるぜ」
準一の言葉の後に、シャーリーと本郷はファイティングポーズをとる。
「お前らが十分戦えたとして。それはあくまで学内での戦闘だ。あくまで模擬戦であって実戦じゃない。いくらベクターでも、魔術師が相手じゃ無理だ。それに、お前たちはベクターで俺に勝てないだろう」
言いながら「最後のはあまり言いたくなかったな」と準一は思った。
「うん」
「確かに」
案外と2人は納得した。
「そういう事だ」
最後に準一は2人に言うとその場を去る。
「あの堕天使。一緒に居ると調子が狂う」
庭園を後にしたエリーナは、メガネの中年男性とばったり会い、いつになく言葉を漏らしていた。
「だとしても、あの娘の一切の処遇はお前が決定するんだ。自分で言いだした事だろう」
「分かっている」
中年男性の言葉に、イラつきながらの返事をしたエリーナ。どうしても、調子が狂う。さっさと幽閉でも何でもすればよかった。
「分かっているのなら、幽閉でもなんでもしたらどうだ? 調子が狂うのだろう?」
他人に言われ、幽閉。と考える。もういつの事か、目の前の汚い床、繋がれた手、足。迫る男性の手、体中を弄られ、玩具の様に扱われる。そして、次の瞬間の真っ赤な床、薔薇の花よりも真っ赤な液体が、目の前を染める。
と、ここでエリーナは考えを止める。思い出したくない事を思いだした。と思いながら、エルシュタを閉じ込める事に抵抗がある自分を発見し顔を険しくする。
「どうでもいいが、移送準備を始めろ。上からの命令だ」
「どこに?」
「中東の砂漠だ。イラクのな」
「中東?」
いきなり代理に呼ばれ、準一は校長室に居た。他のメンバーは居ない。
「そのイラク。これ見て」
代理は準一に言いながら2枚の航空写真を渡す。航空写真には砂嵐に紛れて良く見えないが巨大な兵器がある。予想的には淡雪と同等のサイズ。
「この写真・・・どこから?」
「イスラエル空軍の無人偵察機。どうにもイラクでの武力衝突中に撮影したのが米軍に渡ってね。それをちょちょっと頂いたの」
「ちょちょっとですか」
聞いて代理が答えるが、準一は苦笑いだ。この女、どんなコネを持ってやがる。と凄さに呆れている。
「でもここにエルシュタが居るっていう確証は無いんですよね」
「まあそうね。正直、ここにはあんまり居て欲しくないかな」
「それはどうして?」
中東、砂漠は広い。奪い返すなら絶好の場所だろう。
「現在のイラクは政府が暫定的にあるだけ。治安は最悪な上に、暫定政府に刃向う反乱軍との戦争で内乱状態」
ま、そこを考えれば最悪だな。反乱軍は暫定政府率いる軍よりも力を持っている。理由ははっきりしていて、欧州の武器商売人が流しているからだ。変に高性能な兵器を手に入れた反乱軍は、イラク内各所に地対空ミサイル、迎撃用ベクターでの対空陣地を築いている。
「そして決定的なのは、航空写真の兵器。多分それだと思うけど、ペルシャ湾の国連軍艦隊が数十隻沈められたわ」
「写真地点より600km離れているペルシャ湾の艦隊を?」
「そう攻撃方法よく分からないけど、闇夜に多数の細い閃光が降り注いだらしいよ。魔法使用時の紋章も確認済み」
準一は、そんなタイプの攻撃法は知らない。
「今回厄介なのは、この巨大兵器。そして反乱軍の対空陣地かしら」
「ベクターと機甲化飛行戦隊の戦闘機で攻め入るなら確かに厄介ですね」
言った準一に「いや、今回戦闘機は使わないよ」と代理。どういう事だ?
「今回は、機甲化飛行戦隊と機甲艦隊から大和での部隊で攻めるわ」
「代理、砂漠の敵は結構な内陸に居るんですよ? そこに大和を使うとは・・」
「機甲化飛行戦隊から本当にさっき、隠し玉の準備が整ったって通達が来たの」
「隠し玉?」
「そ、大和が航空戦艦になれるってね」
それはまた。なんて馬鹿げた話だ。
代理のバカげた話を聞いた準一は、その日の夜の内に選抜メンバーと共に芦屋へ向かった。機甲化飛行戦隊の最寄基地は芦屋だ。航空自衛隊の訓練基地と隣接している。
選抜メンバーは、碧武からティルトローター輸送機に乗り込んでいた。そして、みんなでトランプ、ババ抜きを行っている時「後ろの皆、荷物が増えてんだけど」と操縦士が声を掛ける。
「あ、ババ」
準一はババを引いた。そして「荷物って何です?」と揖宿が聞く。操縦士は無言でメンバーが座っている所から、後ろにある荷物置きを指さす。同時、ガサガサと物音がする。
「見てきます」
カノンは言うとカードを置き荷物置き場に向かう。その間「今のうちにカードを変えよう」と準一はババをカノンのデッキに忍び込ませる。
「悪だね」
「悪いね」
「悪すぎだよ」
揖宿、エディ、綾乃が順で言うが「いえ、ばれなきゃ大丈夫です」と準一はニヤリと笑う。
「そういや荷物って」
気になり綾乃が荷物置き場に目をやると「ええッ!!!」とカノンの驚く声が響く。
「爆弾か!」
「何!? クレイモアだと!!」
「まさか! スケキヨマスクっ!!」
揖宿、エディ、綾乃がトランプを放り投げ叫ぶ。
爆弾だろうが、クレイモアだろうが、スケキヨだろうが何にせよ危険だ。準一はカノンに駆け寄り「どうした」と聞く。
「に、にににに兄さん! う、腕が出てる!」
取り乱したカノンは準一に抱き着き指さす。咄嗟に準一はカノンを抱き留め、カノンの指さす場所を見ようとした直後「機体揺れるよ」と操縦士が言ったため、壁に張り付く。
他3人も壁に張り付き、機体は左に大きく傾く。
すると荷物置きからゴトン、と大きな衝突音と「痛ッ!」と言う声が響く。あれ? この声聞き覚えがあるな、と準一が思うとすぐに機体は安定する。
「荷物ねぇ」
言った準一はどうにも冷や汗をかいてしまう。聞き覚えのある声。いや、まさか。と思いつつ、荷物をかき分けると見覚えのある栗色のボブヘアが目に入る。
「やっぱりか結衣」
「へへ」
名前を呼ばれた結衣は、打った後頭部を撫でながら起き上がる。
「あれで諦めたとは思ってなかったけど」
「まさか輸送機に乗り込んでくるなんて」
準一、カノンが順に言うと「大丈夫! ちゃんと篤姫持ってきたから」結衣はグッジョブと親指を立て、もう片方の手を腰にあてる。
もうこうなっては聞かないな。今回ばかりは仕方ないのかも。と準一、カノンはため息を吐き、手引きをしたであろう代理を電話でとっちめた。
機甲化飛行戦隊芦屋基地は隣接してある主施設を除けば、もう1つ沖合に巨大な滑走路がある。輸送機はそこに着陸し、すぐに飛び立つ。
6人は降りてすぐに基地司令官に「ようこそ」と言われ歓迎される。他の基地要員は慌ただしく動き回っている。
「良いものを見せてやろう」
基地司令は少し笑みを浮かべると、海に停泊している大和を指さす。大和は、滑走路の後ろに停泊している。まっすぐ進めば乗り上げるな。
「おっきい」
初めて大和を見た結衣は、感嘆の言葉を漏らす。
「良いものって、隠し玉ですか?」
準一が聞くと「航空戦艦誕生の瞬間だ」と基地司令が言うと、大和の下の海面が波打つ。直後、波が音を立て、大和の下から巨大な輸送機が姿を現す。その輸送機は大和を一気に押し上げる。
全員無言でいる。目の前の光景が信じられない。
「超弩級航空輸送機、フェニックス。機体上部には、艦艇を搭載し、装備として使用できる。大和も例外ではない」
基地司令が言う中、大和を装備したフェニックスはゆっくりと滑走路に乗りあがる。機体下部からは、離着陸用の車輪が5つ出ている。
「どうだ。凄いだろう」
自慢に近いその言葉に、誰も声を出さず頷いた。B-2爆撃機を大きくしたようなその機体。そこに搭載された大和。準一達はただ凄いという感想しかなかった。こうなっては、大和の火力は場所を選ばなくなる。
「これが隠し玉か」
小さく準一は声を出し頼もしすぎるな、と思いながら「これのプラモデルは出るのだろうか」と緊張感の欠片も無い事を考えた。
今日からは堕天使奪還戦終了まで基地で寝泊まりらしい。準一たちは荷物を抱え、宿舎の代わりの輸送機へ向かった。
現在、全員は大和ではなく輸送機内のテレビやモニター、自販機、ソファーのある広間にいる。なんとも機内とは思えない広さで、感覚的には、ホテルや旅館に近い。
「やっほーッ! あたしも来たよ!」
あーあ、やっぱり来たか。と選抜メンバープラス結衣はため息を吐いた。当然の様にこのテンションの高い奴は、碧武九州校校長代理だ。
「あれ? あれれ? 何か皆テンション低くない?」
「あなたのテンションが高いんですよ」
どんよりしたメンバーに代理が言うと、準一が対応する。
「高くないぜよ! ってか何だよみんな! 折角来たのにブーブー」
見た目の幼さにピッタリな態度の代理。見かねた綾乃が「はい。どうぞ代理」とペロペロ出来そうなカラフルなうずまきキャンディを渡す。受け取った代理は「ひゃっほう!」と叫ぶとキャンディをパクと咥える。
割とそのまま口に含んでいるので、代理の口からはキャンディの白い棒が出ている。
キャンディは結構おっきいので、代理の頬は何か膨らんでおり「よくあの口に入ったな」とみんな関心していると、ボリボリと代理の口からキャンディをかみ砕く音がする。
「あの、俺一応機内を見て回りたいんだけど」
代理を横目に、準一は言う。まだどういう機体で、どういった兵装が積まれているか分からないので機内を見て回りたかった。
「兄貴が行くならあたしも」
「兄さんが行くなら」
結衣、カノンがついて行くと挙手すると「来んでいい」と準一に言われる。
「やだやだー! ついて行くんだい!」
「来なくていいです」
すぐに、どうしてか代理と綾乃が駄々を捏ねるが、準一に言われ「えー」と残念そうな表情を浮かべている。
「じゃ、俺は機内を見てまわります」
「朝倉君。電話」
言った準一に、揖宿が携帯を渡す。準一は誰からだろう。何でわざわざ会長の電話に? と思いながら携帯を受け取る。
「もしもし?」
『出たか朝倉! 俺だお前の天使! お前だけの天使―――』
準一は、相手が言い終える前に通話終了ボタンを押す。
「誰からだったんだ?」
エディに聞かれ「義明です」準一は答える。全員が「ああー」と同情し、変な空気になる。
チクショウめ、奴からの電話は着拒にしたのにこんな手で来るとは。と準一は呆れながらも、いつの間にかラインで通じた遠藤にメッセージを打つ。『本郷が先輩を探していましたよ。個人レッスンがしたいそうです』
「ま、とりあえず女の子はシャワーでも浴びようか!」
代理が空気を変えようと提案し「さんせー」と女子組はシャワー室に向かう。
「さて、男子組はどうする?」
「俺は上に出て大和を見て見たいのだが」
エディに揖宿が言う。それに「大和か、俺も見ておきたいな」とエディが言うと「では一緒に行かないか?」と揖宿に誘われ承諾する。
「朝倉はどうする?」
「俺は何回か見ていますので、さっきの通り、機内を見て回りたいので失礼します」
揖宿に言うと、準一は機内探索に向かう。
シャワー室に向かった女子組は、その温泉の様な設備に驚く。ああ、税金ってこういう使い方してんのか。そう思いながら衣服を脱ぎ始める。
そして奴が動き出す。
「結衣ちゃん。マジでおっぱいあるね」
「え?」
下着姿の結衣に「はぁはぁ」とセクハラ紛いの発言をした奴、校長代理は下着姿で両手、指をワキワキと動かしている。なんだその手の動き。結衣は思いながら後ずさりする。
「もー、逃げないでよぉ」
「そう言うならその手の動き、止めて下さいよ」
言いながら結衣は両手で胸をガードし、触らせまいと意気込んでいると「隙ありぃッ!」とカノン、綾乃に抱き着かれ胸を弄られ、結衣は艶めかしい声と熱い吐息を漏らす。
「結衣ちゃん・・・良い声で鳴くね」
完全に犯罪者と化しつつある代理は結衣の前に立ち、右手で優しく下腹部から上へ撫でて行く。その行為に結衣はゾクゾクと体を震わせ「んッ」と声を漏らす。
「ぐへへ、結衣柔らかいね」
「本当・・・肌もスベスベ」
カノン、綾乃は結衣の肌に頬を擦り付けている。
「いやぁ、こんな光景見れるあたしって幸せ者だなぁ」
ニコニコしながら結衣に抱き着き言った代理。結衣は思った。この人がシャワーに行こうと言った時点で何故こうなる事を予想しなかったのだろう。
機内を回る準一は、すれ違う隊員達に「頑張れよ」と何故か応援されていた。気になりすれ違った相原一等海士を捕まえると「お前、シスコンでロリコンだから嫁いだロリ妹を中東まで連れ戻しに行くんだろう?」等と頭の痛くなることを言われ「誰に聞いたんです?」と聞くと案の定「お前の連れのゴスロリツインテール」と言われる。
相変わらず手の早いバカだ。思いながら拳を握る。
「そういや相原さん。妹さんとは仲直り出来ました?」
「おお! よく聞いてくれたな! では早速俺が帰宅した時の事を説明してやろう」
今回は再生するタイプじゃないんだね。
『ただいま』
『あ、お兄ちゃん! お帰り!』
『お、おう真美。ただいま』
『へへ。約束忘れないでよね。結婚の』
『な、結婚だと! 貴様このバカ息子!』
「はい。ここまで」
「今回短いですね。最後のはお父様?」
相原は無言で頷く。何とも意気消沈している。直後「おにいちゃーん」と大きな声が響き、相原一等海士に準一と同じくらいの少女が抱き着く。赤毛の長い髪の少女は、はっきり言って美少女だ。
「あ、相原・・さん?」
「ああ。紹介しよう。俺の妹の相原真美だ」
相原が言うと「あ。・・ごほん。初めまして、相原真美です。いつもあたしの旦那もといお兄ちゃんがお世話になっています」抱き着いたままの真美は言った。
「あ、ああ。初めまして。朝倉準一です」
驚きながらも準一は一礼する。
「じゃあな朝倉。一応先輩として助言してやる。近親相姦はいけないんだぞ」
知ってるわ。準一は肩をガクッと落とす。同じタイミングで「あたしは歓迎だよお兄ちゃん」と表情の緩んだ真美が言う。
相原は何もかも諦めた顔で妹の頭を撫でながら歩き出す。
まぁ・・いい。機内捜索を再開しよう。と準一が気を取り直すと携帯が鳴る。見るとメールだ。代理からである。
今度は何だ。と準一が半ば呆れ気味にメールを開くと『シャワー室に来て! 緊急事態』とだけ書いてあり準一はシャワー室に向かった。
「はぁ」
シャワー室で結衣はため息を吐いた。入浴中、ずっと体を弄られゆっくり出来なかったからだ。
「ごめんってば結衣」
「本当にごめんね。悪乗りし過ぎて」
「おっぱいデカかったからつい」
綾乃、カノン、代理に謝られ「もういいですよ。別に」と頬を膨らませ拗ねる。
「その顔かわウィーね!」
チャラい代理は「あ、そうそう先に上がってて」と3人に言う。「どうしてです?」結衣に聞かれ「忘れ物したから。これ以上入ってると湯冷めするよ」と答える。
「分かりました」
3人は了承すると服を着る為に浴室を後にする。それを確認すると「さて、もうすぐ準一君が来るかな」と代理は呟き湯船に深く浸かる。
シャワー室。緊急事態。導き出される答えは見つからない。なれば、直接確認するしかない。
シャワー室の皆が危険だと判断した準一は、脱衣所に飛び込んだ。暖簾には女。と書いてある。
「・・・え」
まず声を出したのは結衣。完全に裸で他2人、綾乃、カノンも同様で、バスタオルで髪を拭いている。
「・・・じゅ、準一?」
ポカンとした表情の綾乃に声を掛けられ「緊急事態は?」と聞く。聞かれた綾乃は「ないよ」と一言。
「に、兄さん・・あのここ、女のところですよ」
「い、いや・・・」
カノンの言葉にめずらしく準一は焦り、左足が一歩後ろに下がる。
「兄貴・・・そんなに一緒に入りたかったの?」
「い、いやそういうわけじゃ」
結衣の後に言って準一は思った。そういえばメールを送った本人は? 代理は?
そしてこうも思った。奴の指示におとなしく従ったが、もっと警戒するべきだったと。なぜ俺はこれが予想できなかったと。
「いやー、準一君。そんなに妹達と入浴したかったの? エッチだなもー」
準一が困っている所に諸悪の根源が上がってきた。恰好はスクール水着。まぁ、世間的に此奴の裸は結構まずいからな。
「入る? 今から入っちゃう?」
入らねえよバカ。
「まぁ・・こほん。どっちにしても準一君。ここ女湯だよ」
咳払いした代理に言われ準一はゆっくり後ずさりし「ごちそうさまでした」と言うと廊下をゆっくりと歩き出す。
その後ろから代理の断末魔と結衣、カノン、綾乃の怒りの絶叫が響いたのは秘密だ。
「あっはっはっはッ! マナに騙されて女湯に? マンガじゃあるまいし」
「学校での話には聞いていたが本当に災難だな」
「災難? 何言ってんだ前島。どう考えても役得だろう?」
「役得じゃないですよ。まったく」
機長室で、フェニックス機長、前島弘明。大和艦長、九条功。が、準一から事情を聞き話していた。どうにも九条には受けたらしいが、前島は同情の視線を送っていた。
「にしてもあのツインテールの子が碧武の校長代理か・・・」
言った前島は九条に目線を送る。どうにも以外らしい。当然ではある。あんな中学生に見える娘が特殊専門校の校長を名乗っており、なお且つ権力を持っているのだ。
「あんな見た目で、バカやってても頭はいいからな」
「そうなんですか?」
答えた九条に真っ先に準一が反応した。お飾りじゃないの?
「ああ、マナは一応大学出てるよ」
タバコを吸いながらの九条に言われ、準一はため息を吐いた。本当に何であんなのが。神様の人間へのステータスパラメータ配分は最悪だな。
「凄いなあのツインテール」
前島はタバコを灰皿に押し付け火を消すと、手前のコーヒーを持ち一口啜る。
「ってか九条さん。何でおれを呼んだんですか?」
「あ、ああそうだった」
準一に言われ、九条もタバコを消す。
「大和の新装備についてだ」
「新装備?」
九条の後に、準一、前島は口を揃えた。
「そう。大和の主砲。そこにエネルギー回路を積んだんだ。それにより、大和は主砲から、砲弾とエネルギー弾を発射する事が可能になった」
言うと九条は幾つかの写真を取り出す。その写真の大和は、主砲から青のビームに似た光線を発射していた。
「俺はこれをショックカノンと呼んでいる」
完全に宇宙戦艦じゃねえか。と思いながら準一はタバコを消した。その傍ら前島はショックカノンに大きく反応している。
「ってことは九条・・・艦首魚雷発射管とか波動砲とかは・・・」
「くッ・・・それは無い」
「チクショウめ!」
嘆く2人のおっさんを横目に準一はコーヒーを啜る。
「まぁ・・こんだけなんだけど」
短いけど結構重要な内容だったな。
「そういや前島さん。大和を載せる事には反対したそうですが」
「あ、ああ。その事か。反対した理由は簡単だ。フェニックスのがデカいのに、大和を載せたらそっちのが目立つだろ」
確かにそうだ。
「それだけでも目立つのに、ショックカノンなんか積んだら・・・フェニックス陰になるだろ」
「確かに」
コーヒーのカップを置くと準一は頷く。
「あ、一旦艦に戻らないとな」
「俺も一旦報告しないとな」
「俺も帰りますね」
すんなり3人は機長室を出る。2人のおっさんは宇宙戦艦のアニメについて熱く語りながら歩いてゆくのを見ながら、準一は思った。
ショックカノンか・・・カッコいいな。と。
機長室を出た準一は、さっきの広間に向かった。そこには女子組の手により布団にぐるぐる巻きにされ、顔だけ出した代理を見つける。女子組は訓練弾を装填した銃を手に、代理の周りに居る。
準一は眠かったので寝ます。とだけ言うと、一緒に寝る。と飛び掛かる妹2人にチョップをかますと用意された自室に戻った。
そしてすぐに深い眠りについた。
眠りについていた準一は、気配を感じ目を覚ました。目だけ開け辺りを見るとテーブルに座る女のシルエットを見つける。女子組ではない。そして、枕元のリモコンで照明を点けると、案の定見知らぬ女だった。
「おはよう。まだ深夜よ」
口を開いたのは女、エリーナの方だった。椅子に座る彼女の隣には、対戦車用狙撃銃と大剣。
「誰だ」
「自分から名乗ったら? 常識よ」
目線だけ送るエリーナに「朝倉準一だ」と言いながらベットから出る。準一の恰好は下が黒のズボンに、上は灰色のスウェット。
「名乗ったから私も名乗るわ。私の名前はエリーナ」とエリーナが名乗った瞬間、準一は後ろ腰から拳銃を取り出し銃口をエリーナに向けると同時、エリーナも対戦車狙撃銃の銃口を向ける。
「挨拶ね。常識が無いの?」
「常識ない人間に常識を持って接する必要は無いだろう」
と準一が引き金に指を掛けると、エリーナは対戦車用狙撃銃を床に落とす。
「やる気な所悪いけど。今回私はこういう事をしに来たわけじゃないの」
「・・・分かった」
準一は了承すると、拳銃をベットに投げ捨てる。
「ありがとう」
「じゃ、おとなしくしてろ。何か飲むか?」
「遠慮なく紅茶を」
エリーナに「わかった」と言うと部屋の設備のキッチンに向かい紅茶を淹れながら「おい。エリーナ。クッキーはいるか?」と聞く。
「お願い」聞くと、適当に用意していたクッキーをお皿に盛る。
準備を終え、準一はテーブルに紅茶のカップ2つと、クッキーを盛った皿を置くと、エリーナが居ない事に気付く。
どこだ? まさか部屋から
「ねぇ、これ何?」
なんだ部屋に居たのか。と準一が声のした方に向くと、エリーナは手に準一所有のエロゲーを持っていた。
『恋する同級生メイド セカンドシーズン』
このエロゲーは結構前に店頭に並んで相原と共に購入した限定版。メイド萌えの準一には最高のアイテムだ。
「何勝手に漁ってんだ」
言いながら準一はエリーナからゲームを奪い取る。
「あ、これは?」
『朝も夜もエロ三昧 俺の子を産んでくれ』
「返せ」
準一が奪おうとするとエリーナはひらりと避け「これは?」と再度聞く。
「抜きゲーです」
「抜きゲーって何?」
「知らんでいい」
頭に?マークを浮かべたエリーナから準一はゲームを奪い取る。
「ほら、さっさと紅茶飲みなさい」
ゲームを仕舞った準一は、エリーナの背中を押しテーブルに向かわせる。
「案外面倒見いいね」
「妹が居るからな」
「成程」
妹が居ると聞き、エリーナは納得すると席に着き、紅茶のカップを持ち一口啜る。
「美味しい」
「あんがとな」
クッキーにも称賛の言葉を送り、紅茶のカップが空になるとエリーナは真剣な顔で準一に向く。
「・・・エリーナ。エルシュタは無事なんだろうな」
「やっぱり気付いた?」
「赤の機械魔導天使。姿が消え消息不明。ここに入る時も監視されなかった理由は、お前が機械魔導天使の操縦者だからだ」
「流石。アルぺリスの操縦者。頭が働くね」
「ある程度の情報を知っていたらすぐに分かる。それより、質問に答えろ。エルシュタは無事なんだろうな」
口調を強めた準一に、エリーナは「無事」と一言だけ短く答える。
「そうか・・・」
準一は少し安心した。
「ねぇ、攻めてくるんでしょ?」
「そうだ」
問いに準一が短く答えるとエリーナは「残念」と声を漏らす。
「なんでだ?」
「私、アルぺリスの話は聞いてたから、操縦者は極悪人と思ってた。だから、ここまで来たのは殺してやろうか、って思ってたの」
それはまた。
「だったら、今からでも殺しにかかればいいじゃないか」
「気が変わった。今は、あなたを殺したくもないし、戦いたくもない」
「そうか」
答えた準一の目を覗き込むようなエリーナはため息を吐く。
「あの子、エルシュタもあなたと同じ。私の調子を狂わせる」
準一は言っている意味が分からなかったが、顔には出さなかった。
「あなたの戦う意味が知りたい。どうして、国に付くの?」
「家族や友達が居るからな」
答えた準一は、ポケットから煙草を取り出すと火を点け吸い始める。
「未成年」
「国家に良いように使われて、人権なんてものは皆無だ。それで法律が適用されるようなら堪らないな」
少し準一は笑みを浮かべ答える。それにエリーナは「ちゃんと、分かっているのね」と聞く。
「ああ、魔術師で、戦闘が可能な機械魔導天使を所有している俺は、国家というシステムにおいては軍事力と言う枠に収まる。兵器という道具としてな」
「そこまで分かっていて何故?」
理解できない。と言いたげな表情のエリーナに
「さっきの通りだ」
と準一は答えると「ふぅ」と煙を吐く。
「私がアナタを殺そうとしたように、あなたも私を殺せたはず。どうして殺さないの?」
エリーナは、気になっていた事を聞く。
「碧武で戦闘を行った際、お前は誰も殺さなかった。簡単に殺せたはずなのに。それに、話していて悪い人間とは思えない」
無表情で準一に言われ「本当に調子が狂うわ」とエリーナはため息を吐く。
「だが、戦場で会った時。容赦はしない」
途端に口調が強くなった準一。
「それはこっちも同じ」エリーナも同じように答えるが「でも、あなたとは違う会い方が良かった」と少し残念そうに言った。
「俺もだ」と準一が静かに言うと、エリーナは「じゃ、中東で」とだけ言うとどこから出たか分からない薔薇の花びらを舞わせ消える。
どうやら、中東にエルシュタが居るのは確実だ。と得た情報を纏める。
そして、準一は思った。ああ、喋るんじゃなかった。と。