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堕天使奪還戦①

「最近、何だか結衣と兄さんの距離が近い気がするんですけど」

そう言ったのはカノン。校長代理の居る校長室でマフィンを食べている。


「そうね・・・ほら3日前、準一君お出かけしてたでしょ? あの日から?」

言うのは代理。興味深々と言った顔で何か企んでいる。


「はい」

「具体的にどの位距離が近い?」


聞かれ、カノンは説明を始める。




朝倉家では、一緒に寝るというのは準一が嫌だと言うので行われない。そして、みんな基本それぞれで起きている。しかし、最近では結衣が毎朝早起きして準一を起こしている。


それに準一はまんざらでもない様に「ありがとう」と微笑みながら頭を撫でる。今までなら「ありがとうな」と無表情だった筈なのに。


食事を作る際も、2人は最近は常に並んで料理している。同じように準一はまんざらでもない様子。


基本、準一はしっかりカノン、エルシュタ、結衣の3人には同じように構っている。しかし、ここ最近はやたら結衣に甘い。


「こんな感じです」

「アウトね」


カノンが説明し終えると、代理は深刻な顔で言い、紅茶のカップを持つ。


「え?」

「いい? 今準一君はねデレ期なの」


カノンはマフィンを食べる口を止める。


「た、確かに・・・兄さんはツンデレですけど」

「そう。準一君はツンデレ。そして、現在彼はツンが終わりデレの時期なの。このままいけば、カノンちゃんにとっては最悪の結果になるわ」


息を呑んだ。最悪の結果とは?


「兄とその彼女のデートに無理やり着いて行くお邪魔な妹!」


カノンはショックでマフィンを落とした。


「そ、そんな・・・」

「でも今ならまだ間に合うわ。アナタの頑張り次第で最悪の結果は回避できる。その為には、準一君をメロメロにしなさい」


カノンは立ち上がると「はい!」と返事をすると出入り口の前まで行き「ありがとうございました!」と礼を言うと退室する。


「ふふ・・・デート尾行作戦が失敗。あの日あたしは1人でとても暇だった」


言った代理は紅茶を一気に飲み干す。


「今日から一時は暇しないかな」


本当に楽しそうな笑顔で足をパタパタさせ、代理は言った。







準一、綾乃のデートより3日経った今日。早朝。準一は、日本国海上自衛隊、拠点防衛用新型ベクター、淡雪の試験射撃を見に来ていた。


別に準一が見に来たかった訳では無く、九条艦長から「もしかしたら今後淡雪とは共同作戦もあり得るかもだから。見に来て」と言われたから来たのだ。


試験会場は横須賀基地より沖合の特設軍港。準一は九条艦長と共に軍港個別VIPルーム。他にも多数要人が参加しており、ルームの真下はドック。そのドックから、淡雪が姿を現す。


「ほぉ。流石拠点防衛用、どっしりした機体だね」


淡雪を見た九条はそう感想を漏らした。


確かにデカい。準一は思った。


淡雪の全高は40m。全長は70m。人型と言えば上半身は人型ではあるが、下半身は人型とはかけ離れた、後ろに伸ばしたスカートのような形だ。機動力は明らかにないであろうが、移動だけの飛行能力を有するユニットはスカート状の下半身に内蔵されている。


「武装は砲が多め・・・なかなか思い切った機体だな」


淡雪の武装は、数基の内蔵型ミサイル発射管と数機の小型レール銃座を除けば、他の武装は45cmを超える大砲が数十個と2門の巨大荷電粒子砲。


「大艦巨砲主義、って言葉が似合いそうですね」


そう言いながら準一は淡雪を見て「ハリネズミみたいな機体ですね」と感想を漏らす。


幾つもの砲が生える淡雪は、確かにシルエット的にはハリネズミだ。


「ハリネズミか・・・良いじゃないかその呼び方」


九条もハリネズミに同意する。



『では、これより淡雪試験射撃。開始致します』



軍港にアナウンスが響き、淡雪は全砲門を前方、水平線上ダミー目標に向ける。


カウント3の後に淡雪は全砲門から砲弾を発射。砲撃時の衝撃波でVIPルームがビリビリと揺れる。


砲弾は全て目標に命中し、爆発。あっという間に水平線上に100m以上の水柱が立つ。


「凄まじいな。ハリネズミ」

九条が準一に向き言う。


「ええ」

準一は静かに頷く。



その後は、淡雪の対空戦闘能力、飛行能力のお披露目。そして長い長いお偉いさんのありがたいお話。


話の間は、下の席へ移動。


「帰りたいよね」と九条は話の間小声で準一に言っていた。準一はその度「そ、そうっすね」と苦笑い。


話が終わると、準一と九条は滑走路にとまっている米国軍V-24の廉価輸送機に向かい、乗り込む。


直ぐにローターが回転を始め、機内の2人はインカム、ヘッドセットを付ける。


「正直、ハリネズミの射撃試験以外はどうでも良かったね」

「ええ。俺もそう思います」


九条と準一は席に着き、ベルトで身体を固定する。


「あ、そうそう。準一君の耳に是非入れてもらいたい話があってね」


俺の耳に? と準一は顔を隣の九条に向ける。


「イギリス王家の事なんだけど」

「イギリス王家? 何でまた」

「いや、どういうわけか。イギリス王家の皇女候補、レイラ・ヴィクトリア姫がゼルフレスト教団の標的にされたらしい」


「それはまた」と準一が言うと、機体は飛翔。そして準一は少し考える。何故俺に? イギリスの事なんざ知った事ではない。


「・・・九条さん。なんか、嫌な予感がするんですけど」

「え? 嫌な予感? やだなー止めてよ俺が悪いみたいじゃん」


この反応。何か隠してるな。


「別に準一君に押し付けるとか、碧武に転入とか、四六時中護衛とかそんな・・・」

「あるんですね」


諦めの表情を準一が浮かべると「いやぁ、ほんとゴメン」と九条は両手を合わせる。


ゼルフレスト教団が何かを狙う、とすればそれには天使が絡んでいる。いや、最近聞いた堕天使かもしれない。


どちらにしろ、ロクな事ではないだろう。


「いやあ、わざわざ姫を日本まで送りつけるなんて・・・イギリス王家も自国の力を分かっているみたいだね」


九条が言うと、準一は「一族の殺し合い、ですか?」と聞く。


「国内の治安が悪化し、国家衰退の原因になった殺し合い」と九条は悪い笑みを浮かべ、外に顔を向ける。



現在、イギリス国内は治安が悪い。王族が次のトップを決める為に親族を殺す。血を血で洗う殺し合いが続いている。殺し方は刃物での暗殺から狙撃、挙句の果てには銃火器、戦闘車両を行使しての殺し。


故に、大々的な殺しは民間人への被害も甚大で、王族の勝手なそれに反発し、暴徒と化した民衆と、暴徒鎮圧隊との衝突。


王族への信用も無くなり、今やイギリス王家はただの金持ち貴族でしかない。


そしてそんな中、皇女候補がゼルフレスト教団に狙われる。王族である以上、死なせれば国家の信頼は失墜する。故に、死なせる訳にはいかないので護らなくてはならない。


だが、今のイギリスにゼルフレスト教団を退ける程の軍事力は無い。


ならば、姫の護衛は他国に助けてもらうしかない。


姫の疎開先候補として真っ先に上がったのは、英国と友好的関係にあった米国、ではなく日本国。王家は、準一の存在と、魔術師としての力。そして、それを行使しての戦闘能力の高さを知っていた事と、姫が年齢的に準一に近い事から姫の疎開先を碧武校を選んだ。


つまり、準一の護衛はもう決定事項であった。


「今すぐ、ってわけじゃないけど。そうなる筈だから覚えておいてね」


面倒臭い事になりそうだな。準一は思いながら窓の外に目を向ける。






昼前に準一は碧武に着いた。


本当はもっと早く着いた筈だったのだが、九条の愚痴につき合わされ、煙草臭くなった制服を洗濯したり、アイロン掛けたりで時間が掛ってしまった。


校門前で準一は制服の袖をクンクンと匂ってみる。タバコのにおいは消えている。


さて、入ろう。と準一が思い、校舎に目を向けると、校舎への入口から結衣が顔を出す。どうも昼休みだったので、準一を待っていたらしい。


「あ、兄貴!」


結衣は両手を広げ準一に駆け寄り抱き着く。


「兄貴、どこ行ってたの?」

「ああ、ちょっと野暮用がな」


言うと、準一は胸元の結衣の頭を撫でる。


「危ない事?」


結衣はまた、作戦にでも参加したのかなと気になり聞く。


「危なくない」

「良かったぁ」


聞いて安心したように顔を胸元に埋める。


「朝起きたら居なくて。心配したんだから」


結衣は顔を「むぅ」と頬を膨らませる。


「ごめんな、結衣」


微笑み、頭を撫でながら準一が謝ると「許したげる」と結衣は微笑む。


「ありがとう。じゃ、学校に入ろう」

「うん」


結衣は笑顔で頷き、準一の腕に抱き着く。


「そういやカノンとエルシュタは?」

「カノンは校長と悪だくみしてて、エルシュタは志摩甲斐先輩に着せ替え人形にされてる」


ああ、と準一は返事をしながら校内へ入る。




「どうですか代理。あれが現在の兄さんと結衣です」

「友達以上恋人未満ってトコかな・・・何にせよ兄妹の関係じゃないよ」


何か喋っているのはカノンと代理。校長室のカメラモニターで準一、結衣、2人の様子を確認している。


「カノンちゃん・・・どうやら作戦決行は今日が良いね。準備は?」

「出来てます」


カノンが返事をすると代理はニヤリと笑う。


「じゃあ、準一君メロメロ作戦、始動。でいいのかな?」


代理の言葉にカノンは無言で頷く。







校内に入った準一、結衣は昼休みが終わる少し前には教室へ入った。


「結衣、もうすぐチャイムが鳴るから席に着きな」

「で、でも」


準一に言われた結衣だが、どうにも名残惜しそうに腕を離す気配は無い。


「ったく。家に帰ったら好きなだけ抱き着いていいから」

「本当?」


頬を膨らませた結衣が確認する。


「本当」


それに準一が答えると、結衣は顔をパアッと喜ばせる。


「じゃあ席に着くね」


結衣はやっと腕を離し、席に着く。


そしてすぐに担任が入り、少し遅れてニヤニヤと悪い顔を浮かべるカノン、志摩甲斐の着せ替え人形にされたエルシュタ、ゴスロリverが教室に入室。


そう言えば、結衣がカノンは代理と悪巧みをしていたな。と思いだし、カノンの悪い顔を見て「面倒臭い事にならなければいいな」とため息を吐き、右手に顎を載せた。




あっという間に放課後。準一は生徒会室へ向かっていた。いつもはカノンも一緒に向かっていた。しかし、今日はカノンは居ない。


取り敢えずは1人で向かい、生徒会室で雑務パシリを遂行していた。そして30分経った頃、生徒会室にカノンが入り、たまたま出入り口のカノンに近かった準一が「遅かったな」と聞く。


別にどこに居たかなんて聞く気は無かった。


そして、準一がカノンの返答を待っていると「気安く話しかけないで下さい」と静かに言われる。


その瞬間、生徒会室は凍りついた。


全員がポカンとしている。


あ、聞き間違えだろうな。と全員が思った。


「聞こえませんでしたか、兄さん。私に気安く話しかけないで下さい」


だが、その冷たい言葉はしっかりとカノンの口から放たれ、準一は唖然としている。相当な間抜け面だ。


「え、えっと・・・カノン?」


「気安く話しかけるなと、何度も言わせないで下さい」


準一にカノンは冷たく言い放つと「生徒会長。今日は用事が御座いますのでこれで失礼いたします」と一礼し、生徒会室より立ち去る。


「準一君。ずいぶん怒ってたみたいだよ」


言った揖宿も流石に驚いている。


「な、何ででしょうか・・・」


理由が分からない準一は、ただその場に立ち尽くした。







「フェイズ1、成功だね!」


校長室へ入ったカノンに、代理は言った。


「も、もうしてしまった後ですけど・・・あれじゃ絶対兄さんに嫌われてしまいます! に、兄さんから嫌われたら・・・私、私・・」


言ったカノンは涙目、いやもう半泣きだ。


「大丈夫、何のための作戦と思ってるの? カノンちゃん、少しの間は準一君に冷たく当たってね。勿論、甘えるのも禁止よ」

「うぅ・・・」

「全ての作戦過程が成功すれば、準一君はカノンちゃんにメロメロよ。大丈夫、あたしは応援してるから、頑張って!」


涙を流すカノンに代理はグッジョブ、と親指を立てる。






同時刻、エルシュタは屋上に綾乃と居た。


「綾乃、あたしに用って?」

エルシュタは、自分を呼び出した綾乃に聞く。


「あなた、堕天使って言葉に聞き覚えない?」

「・・・? 知らない」

「そう」


エルシュタの反応を見て、本当に知らないんだなと綾乃は理解する。


「ごめんね。要件はこんだけ」

「そうなの?」

「うん。そう」

「分かった」


言うと、エルシュタは校内へ入る。それを見送った綾乃は「記憶が無いのは本当か」と小声で呟く。





「見て見てー準一」

生徒会室から出た準一に合流したエルシュタは、身に纏ったゴスロリ衣装を披露する。


「可愛い可愛い」


棒読みで準一は言いながら頭を撫でる。


「褒めてなくない?」

「褒めてるよこれでも。本当に可愛いって」


準一は言うが、エルシュタは納得していない。ちなみに、エルシュタも最近準一が結衣にばかり構っているので独自にメロメロ作戦を実行している。


尚、志摩甲斐に着せ替え人形にされたのは、衣装が無かったので貰いに行ったら「あなた逸材だわ」と認められたからである。


「むぅ・・・じゃあ、可愛いって思うなら今日は添い寝ね」

「しません」


頬を膨らませたエルシュタの要求を準一は華麗に流す。


「まぁいいや。そういや準一、さっきね、結衣が探してたよ」

「俺を?」

「うん」


エルシュタが頷くと「探しに行くか」と準一が聞き「オッケー」とエルシュタは答える。






結衣は、校舎に入る正面玄関。その近くの巨大な木の下に居た。


準一達は、結衣を発見すると近寄ろうとするが、なぜか数名の男子、女子生徒も一緒に居たので、近くの柱に身を隠す。


「準一、何? あの集団」

「確か・・・2組の人間だ」


エルシュタに聞かれ、準一は答えた。面識はなくとも、すれ違ったりなどで2年生という事は把握していた。


「朝倉さん。俺にはまだ理解が出来ない。君は何故、あんな男と一緒に居るんだ」


口を開いた男子生徒が言うと、話しかけられた結衣は誰の事かを理解する。


準一達にも聞こえているので同様に理解する。


「あんな男って・・・兄の事?」


結衣に聞かれ、男子生徒は頷く。


「あ、あんな野蛮で下劣なクズ、朝倉さんの隣に置いておくに相応しくないわよ。絶対に」


別の女子生徒が結衣に言う。結衣は野蛮で下劣なクズ、のくだりから女子生徒を睨み付ける。


「だから朝倉さん。これからは、私たちと一緒に居ましょう。アナタはあんな低俗な集団に居るべきではない人間よ」


更に言った女子生徒に「居るんだね。あんなつまらない人間って」とエルシュタは血も凍りそうな冷たい目線を送る。


低俗な集団とは、普段集まる3バカやカルメン達の事だ。


そして、準一がため息を吐くと同時「・・・あの、あんまり好き勝手言わないで下さい」と結衣が口を開く。


一目で見てわかる。今の結衣は真剣に怒っている。


「あたしの兄貴が野蛮で下劣なクズ? 低俗な集団?」


結衣は言葉を一旦止め、下げていた顔を上げ続ける。


「あたしは、アナタ方とは一緒に居たくもありませんし口も利きたくなければ顔すら見たくありません」

「あ、朝倉さん」

「俺達は、君の事を思っているからこそこうして――」


女子生徒、男子生徒が言うと、結衣は一層睨み付ける目を強くする。


「余計な気遣いです。例え、アナタ方があたしの事を思ってそう言ってくれているのだとしても、あたしの兄貴と友達を侮辱した事は許しません」


言い放った結衣の言葉には、怒気が混じっており男子生徒、女子生徒は少し怯える。


「では」


怯えた事を確認すると、結衣は彼らの前から立ち去る。



準一、エルシュタはこっそりと、彼らにバレないように結衣の後に続く。






堕天使が日本に居るかもしれない。という情報は、既にゼルフレスト教団は握っていた。堕天使と思われる存在の近くには、朝倉準一とアルぺリスが居るのも知っていた。


近くに朝倉準一とアルぺリスが居る、と分かっている以上下手に手出しをすれば、大部隊を送り込んだとして、壊滅に等しい被害を被る事は分かっていた。


ならば、朝倉準一を碧武から一時的に離し、朝倉準一の居ない碧武九州校から堕天使を奪取する。これが、堕天使奪取を目論むゼルフレスト教団の作戦だ。


ゼルフレスト教団は、世界各国に基地支部がある。支部の種類は幾つかある。普通に街中に一般の建物としてあったり、人目に付かない場所にひっそりとあったりする。


その中の1つ、アルプス支部がある。


アルプス支部は、アルプス山脈周辺の中規模な施設だ。その施設は、かつて中世に栄えていた王国の城を利用している。その施設には、大掛かりな薔薇庭園があった。噴水を中心に、成人男性の膝上まである真っ赤な薔薇が、螺旋を描き咲き乱れている。


その薔薇庭園に、堕天使奪取を担当する魔術師が居た。


金髪に色白の肌。真っ赤な瞳。左目には黒に金色の十字架の模様が入った眼帯。真っ黒なゴスロリの少女だ。年齢は準一と近いだろう少女は、噴水を背に咲き乱れる真っ赤な薔薇の上に座り込んでいる。


少女は左手で薔薇を摘むと宙へ投げ、右手で身長程ある銀に輝く大検を握り、薔薇を投げた左手で膝元の対戦車狙撃銃を握ると、立ち上がり噴水に対戦車狙撃銃を向け、数発発射し噴水を破壊。


そのまま右手で大検を右に大きく振るい、下の真っ赤な薔薇を幾つか切る。切られた薔薇からは、花びらが少女を取り囲む様に宙へ浮き、少女はそれを見ると、まるで踊る様に庭園を掛け、華麗に剣を振るい、狙撃銃を庭園中に乱射、薔薇を切り、撃ち続け、顔を上に向け瞼を閉じる。


薔薇の真っ赤な花びらが庭園の宙を舞い、少女はクルクルと回る。


そしてすぐに、狙撃銃は弾切れになり、少女は回るのを止め、その場にへたり込むと同時、舞っていた花びらが全て堕ちる。


少女は目を開ける。すると庭園への柵が開き、メガネを掛けた中年男性が入る。


「派手にやったな」


中年男性は少女に声を掛ける。


「ここは私だけの空間。勝手に入って来ないで」


少女は目を中年男性に向ける。


「そうなら呼んだ時に来い。貴様は本作戦に於いて中核を担うのだぞ」

「知っている」

「ならばいい。明日からは忙しくなるぞ、エリーナ」


エリーナと呼ばれた少女は立ち上がり狙撃銃を向け「分かった。出ていって」と中年男性に言う。


「おお怖い怖い」


中年男性は背中を向け、右手を振りながら庭園を出る。


エリーナは中年男性が消えると「いよいよ。明日からね」と呟くと、頭に自身の機械魔導天使。現在、地下最下層。魔術を煉り込んだ巨大な鎖で拘束されたそれを思い浮かべる。


そして左目の眼帯を外し「ああ。楽しみ」うっとりとした顔で寝転がり、堕ちた花びらが再びふわっと舞い上げる。


「イレギュラー天使エンジェルアルぺリス―――」


言うとエリーナは目を閉じ眠りにつく。





「兄貴とエルシュタ、聞いてた?」


結衣は、後ろの2人に聞く。2人は「うん」と頷く。


「そっか・・・ああいう事、まだ言う人居たんだね」


言った結衣は、2人に向く。


「この学校、ああいう下らない人間多いの?」


エルシュタは結衣に駆け寄り、結衣の手を握る。


「うん。案外居たりするかも」

「お前は優秀だからな。こういう位の高い学校だと、色々な派閥に誘われるだろ。シャーリーや綾乃達は兎も角、俺が近くに居れば誘う口実が出来るからな」


準一は結構な無表情で言う。聞いた結衣は少し顔を俯ける。


結衣は、準一、エルシュタに「ごめんなさい」と謝る。


聞いた2人に不快な思いをさせてしまった。と思ったからだ。


しかし、謝られたエルシュタは「謝んなくていいよ」と結衣の顔を覗き込む。


結衣は覗き込むエルシュタに目を向ける。


「悪いのは結衣じゃなくて。あのつまらない集団でしょ」


エルシュタは悪くないよ、と優しく微笑む。


「じゃ、さっさと帰ろう。すぐにご飯作るからな」


言いながら準一は結衣の隣に立ち、頭を撫でてやる。


安心したような表情になった結衣は顔を上げ「うん」と返事をする。


「でも準一、今日の朝、あたし間違って冷蔵庫のコンセント抜いたから中身全部腐ってるんじゃない?」


「え?」


エルシュタの言葉を聞き、準一、結衣は同時に声を漏らす。


ごめん。初耳なんだけど。


準一はため息を吐くと「買い物行くからな」と2人に向く。


「分かった」


結衣が返事。


「お菓子ねー」


エルシュタの要求。準一はそれに「お前はお菓子は無しだ。結衣は良いぞ」と言い放つ。


その後、買い物の間、エルシュタはずっと拗ねていた。


そして家に帰り、カノンの準一に対しての冷たい態度を見て結衣とエルシュタは腰を抜かしたらしい。


やっぱり、信じられないよね。


準一は2人の反応にそう思いながらも口には出さなかったらしい。


翌日、準一はエディ・マーキスに呼ばれ、会館に居た。学校へは遅刻すると連絡が行っている。会館のホールに2人は入り、すぐに準一が口を開く。


「先輩、今日俺を呼んだ理由は?」


聞かれ、エディは「気になっているだろう。堕天使の事だ」と言い、準一は顔を険しくする。


準一は独自に堕天使について調べていたが、人間関係を辿って調べ上げられた事はほぼ皆無だった。


「お前が連れてきた少女。エルシュタ・・・だったか関係はある」

それは綾乃から聞いた。


「だが、誰が堕天使かは重要ではない。最も重要なのは堕天使の利用価値だ」

「利用価値と言うと?」


準一が聞くと、エディは瞼を閉じ「機械魔導天使の心臓、魔術回路の中心、コアへの転移利用だ」と一言。


聞いて準一は息を呑む。


「お前は魔術師としてかなりの情報を持っている。転移利用、と聞いてもう分かるだろう?」

エディの言葉に準一は頷く。



魔術回路、一定の循環機構があるとはいえ、魔力自体は魔術師、人間から供給している。堕天使の転移利用、恐らくは魔力供給源を魔術師から堕天使へ変えるのだろう。


準一の使用する加速魔法は、異例の魔法で、身体全体を加速で移動などさせた場合、かなりのダメージが身体に負荷され尚且つ、魔力の消費体力の消費が激しい魔法だ。


こう言った魔法はまだある。仮にゼルフレスト教団の耳に入りでもすれば必ず高位魔術師が奪取に来るだろう。



ここまで考え、準一はエディの素性を怪しむ。この男、何故ここまで知っている?


「先輩。あなた、何者ですか? 一般の魔術師ではないでしょう?」

聞かれ、エディは「ふっ」と笑う。


「その通りだ。俺は米国軍、魔術師部隊テンペストの隊長だ」

まさか、準一はエディの言葉に驚いた。


米国軍魔術師部隊テンペスト。その隊長。テンペストでの隊長クラスの魔術師は全て高位魔術師。重戦術級魔法を行使できる、とんでもない強さの人間だ。


「驚きました。テンペストを率いる人間がここに居るなんて」

「俺はお前に驚いているよ。現状、俺の知る魔術師の中で、かなりの戦闘能力をお前は有している。俺では到底敵わない」

言ったエディは目を開ける。


「いや、戦いを挑んだ所で、勝負にすらならないか」

少し、諦めた様な口調でエディは言う。


「そんなに自分を卑下する事は無いのでは?」

「お前の様に規格外の強さを誇る魔術師相手では、どんな高位魔術師もそうなる。この間の日本海。そこで戦った男も同様だ。あれだけの氷結系魔法を使用できるのは高位魔術師だ。だが、お前はそんな相手をいとも簡単に倒した」

「アルぺリスの性能です」

「それに適う性能を、あの機動兵器が有していたとして、それを使い敵を倒したのはお前だ。故に、それはお前の力だ」


淡とした口調でエディは語る。どうにもこのタイプの人間は苦手だ。これからは、よっぽどの相手以外、ゆっくりと時間を掛けて潰そう。


「先輩、あなた何故堕天使の情報を?」

「その事か、つい先日の事だ。俺の部隊、テンペストはメキシコでゼルフレストと関わりのあった商売人を確保した」


その事は把握していた。西側の兵器を紛争地へ流す死の商売人。


「その男をすぐ本国へ輸送し、本部で情報を吐かせた。勿論、拷問でな」

言ったエディは悪い笑顔を浮かべる。準一は苦笑いし「かわいそうに」と心にもない事を言う。


「ま、この事については口外はしないでくれ。一応、米国軍の機密情報だからな」

「機密なんざ言う割には簡単に俺に話しましたね」

「仮に、敵対勢力が堕天使を奪いに来たとして、頼りになるのはお前だ」


なんとも言えない表情で準一は息を吐く。


「そう言えば先輩。聞きたいことがあるんですが」

「何だ?」

「前回の出撃時。米国は核を中華軍に使用させようとしましたよね」

「ああ、確かだ」


静かに声を出すエディに険しい表情を向け「あなたは俺の敵ですか? 味方ですか?」と聞く。エディはアメリカだ。信用していいのか。


それに「悪いがどちらとも言えない」とエディは返す。


「だが、米国政府は日本国所有の大和型戦艦と、日本国の管轄下に置かれているお前みたいな機械魔導天使を所有する魔術師を恐れている」

分かっている事だ。


「まぁ、先輩からの助言としては―――」

言いながらエディは準一に近づき


米国アメリカは信用するな。絶対にな」

準一の肩をポンと叩くと「頑張れよ」と言い残し、会館を後にする。


そして準一は気付いた。米国政府、米国軍は信用できないが、エディ・マーキスは間違いなく味方だ。テンペストの隊長。高位重戦術級魔術師。心強い。準一も会館を後にする。





少し遅れて登校した準一が教室へ入ると誰も居なかった。どうやら碧武校らしく、ベクターの操縦訓練らしい。


準一はアリーナへ向かった。


アリーナではすでにフォカロルと、訓練用ベクターが数機機動しており、隅では結衣の専用機、椿姫改と椿姫3番機が膝を曲げて待機している。訓練授業では、訓練機だけで良い筈。だが、アリーナには実戦配備可能な機が3機も居る。


やけに今回は張り切ってるな。準一は思いながら、生徒が集まっている場所に向かう。


「来たか、朝倉」

大庭が準一に気づき、声を掛ける。


「遅れて申し訳ありません」

準一は大庭に一礼し謝る。大庭は「話はついてるから構わん」と一言言うと、生徒が並ぶ列を指さす。混じれ、という事だろう。準一は従い、列に混じる。


「先生、今日の訓練は何を?」

生徒の1人が担任に聞く。


「今日は適性ランクごとに分かれ訓練だ。A、Bは機動力。C、Dは射撃訓練。では各自、用意されている個所へ向かえ」

生徒は直ぐに移動。


「先生、俺は?」

準一が聞く。手動操縦というバカげた事が出来るほどの彼は、どこへ行けばいいのか分からない。


「そうだな・・・お前の妹が射撃の指南をする。お前は手動で高い機動力を生徒に見せつけろ」

「分かりました」

準一は言うと、椿姫改の居る場所へ向かう。そこはA、Bの生徒が集まっている。


成程、自分の乗る3番機があるのはそういう理由か。


準一とかかわりのない他の生徒は、準一が来て驚く。そんな事を全く気にせず準一は椿姫に乗り込み起動させ、立ち上がらせると右手を胸の前に持って来て、指を動かす。


問題ないな。思うと、椿姫をジャンプさせ上空へ上がる。そのまま回転しながら着地する。


何か、1人で高機動演出するの寂しいな。準一が思っていると、訓練機の一機が起動する。


「一機じゃ虚しいからあたしが相手するよ」

外部スピーカーから響く声は綾乃だ。


「じゃあ、頼む。本気で攻撃を繰り出してきてくれ」


準一が言うと、二機は生徒たちから離れる。別に攻撃と言っても剣で切ったり、銃火器で撃ったりするわけでは無い。ただ、殴ったり蹴ったりするだけだ。


「んじゃ、遠慮なく!」


叫ぶと綾乃は訓練機の右足を繰り出す。椿姫は蹴りをしゃがんで回避。次に足払い。跳躍で回避。


「これなら!」


訓練機の右と左の腕が高速で繰り出され、同じように蹴りも繰り出す。それを椿姫は、いとも簡単に回避。そして訓練機は一歩前に出て、片方の足を振るう。椿姫は後ろへ下がる。


間髪入れず、もう片方の足を振るい、それを交互に繰り出しながら、ジリジリと前に出る。椿姫は後ろに下がりながら回避。つぎに訓練機は、右手を前に繰り出す。椿姫はヒラリと避けると、繰り出された腕を掴み背負い投げ。


機体が大きな音を立て豪快に地面に叩き付けられる。


「嘘でしょ・・・」


綾乃はそれなりに自身はあった。一応は実戦を経験している人間だ。一撃も加えられず投げられてノックアウト。情けない。綾乃は少しプライドを傷つけられた。


「おい、無事か?」

言いながら準一は、椿姫の手で訓練機を抱き起す。


「無事。やっぱり強いね」

「そりゃどうも」


息を吐きながら準一が言うと「何か技やってよ」と一人の女子が椿姫に叫ぶ。


訓練機から手を離し「技って?」と準一は女子生徒に聞く。


「何でも良いよ」


無言で準一は了解する。そして椿姫は高速で格闘術を披露。(ただ速いだけのパンチ、キック)


そのまま、椿姫は腰から大きな縄を取り出す。それを結び輪っかにし、あやとりを開始、色々と披露する。生徒は「凄い」と感心する。


「微妙だけどね」


言ったのは結衣。確かに器用で凄いが地味だ。そんなこんなで訓練は無事に終了した。




あっという間にお昼休み。わーい、弁当だ。お昼だ。と生徒がはしゃぐこの時間。エルシュタ、結衣は、準一をお昼に誘う。それにカルメン、本郷、3バカ、綾乃が強制参加。


一方カノンは、準一へ冷たく当たる、というストレスしか溜まらない作業に疲れていた。そんなカノンに気付いた準一は「カノン。一緒にお昼ご飯食べないか?」と聞く。


「は、はい・・・じゃなくて。気安く話しかけないで下さい」


思わず返事をしてしまったが、今は作戦中。すべては輝かしい未来の為に。カノンは悔しそうな表情で椅子から立ち上がる。


「そっか・・・残念だな」


どこか寂しそうな準一の声に、ごめんなさい兄さん。と心中で謝りながら教室を後にする。


その時、準一の携帯が鳴る。


相手は九条。電話の内容は『機甲化飛行戦隊と一緒に太平洋へ飛んでくれ』との事で、すぐに綾乃と準一は出発の準備に入る。


弁当を食べる暇が無かったので「義明、俺の手作り弁当だ」と準一が本郷に渡すと顔を真っ赤にし、卒倒しそうになったが「お前今すぐ来い。機体整備だ」と城島に呼び出され格納庫へ向かう。






準一達が呼び出された時、ゼルフレストの作戦が開始された。


既に碧武には、魔術師エリーナが潜入していた。何故、こうも簡単に潜入できたかと言うと、それは彼女特有の魔術を使用したからで、他の魔術師がしようとしてもこうは行かない。


潜入した彼女は、監視に引っ掛からずに学校へ入り込み、術式を組む。


機械魔導天使を呼び出す術式だ。


エリーナは校門前に紋章を展開させ「ブラッドローゼン」と機体の名前を呼ぶ。直後、名前に相応しいくらいに真っ赤な巨人が姿を現す。エリーナは乗り込み、屋上にエルシュタを発見する。


校舎内では、機械魔導天使を見て生徒が恐怖していたが、構わず右手をエルシュタへ伸ばし掴む。一瞬の出来事について行けなかったが「エルシュタ!」と結衣は名前を呼ぶ。


3バカや、カルメン達がどうにかしようとするも、それより早くブラッドローゼンはエルシュタを掴んだ手を、自機の胸元へ寄せる。


「今回の目的はこの子だけ。アナタ達に用はない」


エリーナは外に聞こえるように言うと、学校に背を向ける。直後、アリーナの方角から2機のベクターが飛来し、ブラッドローゼンの前に降り立つ。


機体はフォカロル、スティラだ。パイロットはカノン、本郷。2人はたまたま整備をしており、すぐにベクターで駆けつけることが出来た。


「フォカロル、それにスティラ。どちらも良い機体ね」


エリーナは言うとエルシュタを掴んでいない左手を2機に向け「でも操縦者はどうかしら」と一言言うと、魔術を使用し、フォカロルの足元に魔法陣を形成させ、そこから巨大な茨を生やし、フォカロルを縛り自由に動けなくする。


「魔術!」


カノンは動かそうとするも機体は動かない。頭部のバルカンで茨を破壊しようとするも首を抑えられ、腕部のバルカンも押さえつけられ使用できない。


その時、スティラが頭部バルカンでフォカロルの茨に穴をあけ、フォカロルは力任せに茨を千切る。同時、フォカロルはライフルを、スティラはブレードを構える。


「・・・面倒臭い」


エリーナが言うと、どこからともなく薔薇の花びらが現れ、ブラッドローゼンを覆う。直後、花びらは一気に散り、いつの間にかブラッドローゼンも消えていた。



「ま、マジかよ」

本郷は驚く。


「う、嘘でしょ」

一緒のタイミングで結衣、カノンは口を揃えた。そして、エディは駆けつけるが一足遅く「チッ」と舌打ちする。



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