初めての休暇
幽霊騒動から2日。騒動はなぜか準一、結衣の2名しか覚えていなかった。
そしてこの日、準一にとっては碧武に来て以来初めてゆっくり出来る日で、学校は休み。ショッピングエリアに買い物に来ていた。
「ほんと、準一はやっとだね。ゆっくりできる日って」
ショッピングエリア、中央街カフェテラスで綾乃が言った。
「ホントにな」
綾乃の向かいに座る準一は、少し笑みを浮かべながらコーヒーに砂糖のブロックを1つ入れ、スプーンで混ぜる。
「でも良かったの? 折角ゆっくり出来る時にあたしと一緒で」
「今日の予定は西市街のショップに行く事だから、趣味が合うお前が居てくれた方が良かったからさ」
「成程ね」
綾乃はチーズケーキを一口食べ、ミルクティーを啜る。
「今日は何を買うのかな?」
「取りあえず月刊ミリタリー新刊と、買い損ねてたライトノベルかな」
「そりゃまた結構買うね」
「まぁ今買っとかないとイベントが起これば買えないからな」
確かにね。綾乃は言うと困った様な笑いを浮かべる。
準一の言う通り、校長代理はいつどのタイミングでどんなイベントを画策しているのやら、見当もつかない。
「じゃ、今日はデートだね」
「そうだな」
冗談だと分かりきっているので、準一は普通に言う。
「エスコートお願いね」
言うと、綾乃はケーキを再び口に運ぶ。
「デート尾行作戦」
校長室で代理が言った。代理の座る偉そうな椅子の前で大庭教諭が右手で顔を覆う。
「のつもりだったけど・・・先手を打たれたわ」
言った代理は椅子に縛られている。
「まさか、綾乃ちゃんがグルだったなんて」
どうやら、お出かけ前に綾乃に縛り付けられたらしい。
「あれだけ色々なバカ騒ぎをすればこうもなるでしょうよ」
大庭はため息交じりに言うと校長室を出ようとする。
「ちょっと待って・・・縛られてるんだけど?」
「それが?」
「・・・解いて?」
代理は可愛く笑顔を作る。営業用のスマイルだ。
「代理・・・解いたとして、朝倉達を尾行とかして、なお且つ朝倉妹達を嗾けて、面倒臭い事にはしませんよね?」
代理は顔を逸らす。どうやらするつもりだったらしく「し、しないにょ」と焦って変な言葉になる。
「代理、今日は反省してください」
まったく、と言いながら大庭は退室。代理は「ちょ、ちょっと!」と声を出すが解かれなかった。
「ま、参った・・・」
静かな校長室に代理の声だけが響いた。
ショッピングエリアの西市街は、そういった特殊なメディアが集まるコアな市街だ。そして反対に東市街には、流行り、最先端のお洒落ファッションが集っている。
準一と綾乃が向かったのは当然西市街。いかにもな喫茶店やいかにもな巨大ポスターが並び、コスプレをした集団が視界に目立つ。
「やっぱ凄いね。ここ」
準一の右を歩く綾乃は、その市街の様子に驚く。
「ああ、正直、この街にこんだけ凄いとこがあったなんて。俺の住んでた所とは大違いだよ」
「そういや、準一の実家どこなの?」
「俺の家は北九州だよ。綾乃は?」
「同じ、北九州」
案外近場だな。と準一は思いながら綾乃に目を向ける。
「やっぱこういう買い物するなら小倉?」
「そこしかないしな。時間があったら博多まで行ったけど」
綾乃の問いに答えると、準一は目的の店を見つける。ア○メイトだ。
2人は店内に入り、目的の商品を探す。綾乃が探すのは乙女ゲーのコミカライズ作品と、その関連書籍。そして準一に借りてハマったガ○ダム関連商品。
一方準一は、目的のライトノベルを見つけ、置いてあった月刊ミリタリーと一緒にライトノベルをレジへ持って行く。
一緒のタイミングで綾乃も物を持ってきたので「奢ろうか?」と準一は聞く。
ちなみにさっきの喫茶店でも奢っている。準一は今回、綾乃に付き合ってもらっているのでそのお礼を兼ねている。
「ううん。いいよ。さっきも奢ってもらったし」
「そっか。じゃ、先払うな」
綾乃が頷くと、準一は商品をレジに置き、財布から現金とポイントカードを取り出す。
「あ、ポイント貯まってますね。このポイントならこれらの商品と交換できますよ」
店員は準一にポイントで交換できる商品のカタログを見せるが「いや、まだいいです」と準一は断る。
次に払う綾乃も同じ位ポイントがたまっており、交換しますか? と聞かれ断る。
目的の品は手に入ったので、ここからは店を出て西市街を見て回る事にする。そして綾乃は結構歩いたところで、ま○だらけを発見し「ねえ、見ていこうよ」と準一の手を引いて店内に入る。
綾乃に引かれるがまま店内に入った準一はなぜか地下の同人誌コーナーに居た。一般向けなので別に居づらいな事は無い。
「あ、これ絵が好き。これも可愛い。ああ、迷うなー」
綾乃ははしゃいでいる。準一は思わず微笑んでしまう。
「ご、ごめん・・・一人で盛り上がってた」
微笑む準一に気づき、はしゃいでいた所を見られ、気恥ずかしくなり、綾乃は頬を染める。
別に良いよ、と準一が言うと「そういや気付いたんだけど」と綾乃が言う。
「ん? 何に気付いたんだ?」
「この店、前商店街にあった小倉店と似てない? ほら、同人誌が地下にあるのとか」
「ああ」
言われて準一は思いだし納得する。確かに似ている。しかし、もうま○だらけが、あ○あるcityに移転して結構経つ。忘れかけていた。
「確かに似てるな。少し懐かしいかな」
「でしょ?」
綾乃の同意を求める声に頷き「俺2階見てきていいか?」と聞く。
聞かれ「あ、それならあたしも行く」と綾乃は準一に着いて行き、2階、フィギュア、プラモデル売り場に上がる。
案外、綾乃のお気に召すモノがあったらしく、綾乃はそこでもはしゃぎ、結構な数のアクションフィギュアを買い込んだ。
準一はそれには及ばずとも、それなりにプラモデルを買った。
そして店を出た2人は、店先で福引に呼び止められる。
準一はやってみたが5等。商品は痛スマホ入れ。スマホ持ってねえよ、と当たった準一は思った。
綾乃は4等。どこの高校の団かは知らないが、団長腕章だ。早速綾乃は腕章をつけ「むふふー」と喜んでいる。
そんな綾乃に「お前スマホ?」と聞く。
「うん。スマホだけど?」
「俺、スマホじゃないし。貰ってくれないか?」
「え? 嬉しいけど・・・いいの? 結衣とかカノンとか欲しがるんじゃない?」
「これ1個しかないからな」
あ、そっか。綾乃は納得すると「ありがと。大事に使うね」と痛スマホ入れを受け取り早速スマホをしまう。
「おお、ピッタリ」
「だな」
準一は微笑むと「綾乃、行きたい店あるか?」と聞く。
綾乃は少し悩み「ある」と言うと「どこだ」と準一が聞き返す。
「メイド喫茶!」
「いいだろう。俺も行ってみたかった」
この時、碧武に来て以来、初めて準一の目が輝いたのを綾乃は見逃さなかった。
そっか、準一はメイド萌えなんだな。綾乃は思うと対決時の結衣メイドverを思い出す。
「ねえ、準一。ぶっちゃけ結衣のメイド服姿、どうだった?」
「・・・かなり可愛かった」
答えるのを渋ったが、準一は答えた。何故か顔はキリッとしている。綾乃は微笑むと「良かったね。結衣」と小声で言った。
「今の結衣にも誰にも言うなよ」
どうやら小声は聞こえていたようで綾乃は敬礼し「保障は出来ませんねー」と笑顔を見せる。
口が笑い、八重歯が可愛らしい。
そんな笑顔を向けられた準一は「どうも自分も周りの女子はレベルが高すぎるな」と思った。
「お帰りなさいませ。ご主人様。お嬢様」
メイド喫茶、エンジェルティータイムの扉を開けると、髪型さまざまのメイドさん達が出迎え。準一、綾乃は圧倒された。
メイド喫茶初挑戦。なんてレベルだ。綾乃は言うとメイドの中にテトラ・レイグレーを見つける。
「準一準一」
「ん? どうしたよ」
「見て、ほら。テトラが居る」
ホントだ、準一は綾乃の言う方向にテトラを発見する。同時に、テトラは2人に気づき笑顔を向け手を振る。
2人は手を振りかえすと、メイドさんに案内されたテーブルに着き、向かい合う。
「ごゆっくり」
言うとメイドさんは他の注文を取りに行く。
早速2人はメニューを開くと、1ページ目に大きく『店内撮影禁止!』と書かれていた。
まぁ、撮影なんか許可したらフラッシュで眩しくなるだろうな、と準一と綾乃が思い、メニューに目を向け「げっ!」と同時に声を出す。
ほぼすべてのモノが1000円以上。オプション1000円。
金銭的被害を忘れていた2人には思わぬ不意打ちだ。
出てしまうか、とコソコソ話を始める2人に「お二人さん? デートですかなー?」とテトラが声を掛け、水の入ったコップを2つ置く。
「デートじゃないよ。デートみたいだけど」
「にしても、結構お金かかるな」
綾乃の後に準一が聞くと「まあ、んなもんだろ? メイド喫茶なんざ」とテトラは答える。
シビアだな。準一は思った。
「でも、アンタら2人、仲良かったんだな」
テトラは聞く。
「碧武に来て初めての友達は準一だし」
「俺も綾乃だしな」
聞いて「ふーん」とテトラは言うと「なに注文する?」とメニュー表拾い上げ、ビシと2人に突き付け聞く。
「あたしは・・・初めてだし愛情たっぷりオムライスで」
「俺も同じの。初めてだし」
2人の注文を聞き「了解」と言うとテトラはスプーンやフォークの入った箱をテーブルに置く。
「じゃ、ちょちょっと待ってな」
テトラは言い残すと厨房に消え、2人はコップの水を一口飲むと、そこからアニメトークで盛り上がる。
「お待ちどうさま、ご主人様、お嬢様」
言いながらテトラはオムライスを2つ運んで来た。オムライスを置くと、手に持ったケチャップの蓋を開け「呪文をかけます」と笑顔で言うと「おいしくなぁれ」と普段の口の悪さからは考えられない口調で呪文を数回唱えながらケチャップをかける。
「あたし達オプション頼んでないよ?」
「良いって。ここはあたしの奢り」
綾乃と準一に言うとテトラは右手でピースする。
「良いのか? 流石に悪い気が」
「うんうん」
準一が言うと、綾乃が同意するように言う。それにテトラは「いいって。気にすんな」と笑顔を作る。
「そっか」
言うと準一は「ありがとな」と礼を言う。綾乃も「ありがとう」と礼を言う。
「あ・・・でも待って。悪いと思ってるんなら頼みがあるんだけど」
言ったテトラの言葉は、確実に準一に向いていた。
「・・・なんだ」
準一は無意識に苦笑いになる。
「今度、あたしの買い物に付き合ってよ」
「あ・・ああ、その位なら別にいいけど」
案外普通の頼みだったな。準一はホッとする。
「じゃ、約束だかんね」
テトラは可愛く微笑むとスカートを翻し他の注文を取りに行く。
「あ、おいしい」
オムライスを一口食べた綾乃が言った。
準一も「うまい」と一言。
2人は黙々と食べ、オムライスを完食。
「・・・ねぇ、準一。もうさ気付いてるんじゃない?」
「だな・・・じゃ、単刀直入に聞くぞ」
綾乃が頷くと準一はスプーンを置く。
「機甲化飛行戦隊、お前の所属している部隊だな」
「うん。その通り、階級は少尉」
準一は息を吐くと「やっぱりか」とコップを持つ。
「よく分かったね」
「まぁ、こないだ九条艦長から聞いたんだ。君と同じ位の年齢の女の子が飛行戦隊にいるってな」
流石にばれない方がおかしいか。機甲艦隊、機甲化飛行戦隊は同系列組織。他には陸戦機甲化部隊も同様。同系列組織なだけに、今までばれなかったのが不思議だ。
「綾乃、お前、碧武に来た時は本当に俺の事に気づいてなかったんだよな」
「うん。知らなかったよ」
「そっか」
準一は言うと水を一口飲む。
「そういえば、特級少尉殿にお話しがあるんだけど」
綾乃が言った特級少尉と言うのは準一の階級である。異例の大戦果に異例の急昇格。その為の特別階級、特級である。
「お話って?」
「これは大まかな部分しか分かってないんだけど・・・堕天使って聞いた事ない?」
準一は顔を真剣にした。聞いた事ない話題だ。
「知らないみたいね」
「ああ、さっぱりだ。堕天使だなんて」
「天使が存在してるんだし、堕天使が居ても不思議はないでしょ」
それはそうだ。あんな、天使と呼称される巨大人型機動兵器が存在しているわけだ。不思議なんてことは無い。
「なぁ、堕天使って天使と同じように巨大人型兵器、と考えていいか」
「いや、人間の姿をしているらしいよ」
「人間の姿をした堕天使・・・か」
少し準一は考える。堕天使には特別な能力か、何かがあるだろう。恐らく、どこぞの組織が狙っているはずだ。
「堕天使は、天使の位から落とされた負の存在。堕天使となった存在は、命が短いの」
「命が短い?」
綾乃は頷く。
「そう。本来あるべき場所から落とされた堕天使は、罰として命を削られる。だから、堕天使はかならずあるモノを求めるの」
「あるモノって・・・機械魔導天使?」
準一が答え、綾乃は驚いた顔をする。
「よく分かったね」
「勘・・・かな」
言った準一は途端に無表情になる。準一の頭にはある人間の顔が浮かんでいた。
無表情になった準一を確認すると綾乃は再び口を開く。
「堕天使は機械魔導天使を求める。失くした天使の階級を取り戻し、失くした命を補う為」
「つまりは延命措置って事か」
「うん」
綾乃が頷くと、準一は「知ってるのはここまで?」と聞く。
「うん」
「俺に話した理由は?」
「・・・エルシュタちゃん」
名前が出てやっぱりか。と準一はため息を吐いた。
「やっぱり、さっきエルシュタちゃんの事考えてたんだ」
「なんか、思い浮かんでな」
しかし、エルシュタの目的はアルぺリスの召喚の阻止。契約者が出来る事の阻止。だった筈。エルシュタが堕天使だったとして、堕天使の目的からは大きく逸れている。
アルぺリスの召喚を阻止すれば、延命措置は無理だ。そして契約者に関しては?
「ま、あくまで可能性の問題として覚えておいて。現時点でエルシュタちゃんは堕天使の可能性が高い。何か起こるとすれば、あの子の周りか、アナタの周り」
言った綾乃の真剣な顔に準一も顔を真剣にし「覚えておく」と言う。
すると綾乃は表情を笑顔に変え「じゃ、暗い話はここまで、デートを楽しもう」と言う。
「分かった」
準一も表情を柔らかくした直後。
ふと窓の外を見ると何か冷たい目をした妹(実妹)が私服で立っていた。
実妹、結衣は準一と目が合うとズカズカと入店、準一達の席まで直行し、準一の隣に腰をおろす。
「兄貴、奇遇だね。綾乃も」
そう言った結衣は冷たい目をし、なんだか不機嫌。
綾乃は準一に目線を送る。
(どこから気付いてた?)
(ア○メイトに入る前)
準一も目線で返す。
どうやら2人は尾行者に気付いていたらしい。
「結衣。お前、今日俺たちの事つけてただろ」
聞かれ、結衣は身体をビクッと震わせる。分かりやすい反応だなあ、と準一綾乃はため息を吐く。
結衣は口を開かない。
「別にあたしも準一も怒ってないから。正直に言って」
綾乃がやさしく聞くと「ホントに怒ってない?」と確認する。
2人は「怒ってない」と口を揃える。
「・・・えっとね。東街に服を買いに行こうとしてたの。そしたら兄貴達もエリアに居て。仲良さそうで」
「心配になってつけて来た訳ね」
言った綾乃は凄いブラコンだな。と思いながら微笑む。
「ごめんなさい」
「ったく」
準一は、謝った結衣の頭を撫でる。
撫でられた結衣は気持ちよさそうにしているが、どうにも元気がない。2人の関係についてハッキリ知らないからだ。
「仕方ない。ここはあたしが結衣を元気にしてあげよう」
見かねた綾乃が言うと結衣は頭に「?」を浮かべる。準一も綾乃が何をするかは知らない。
「準一ね。メイド服が好きなんだよ」
このバカ。言いやがった。準一は片手で顔を覆う。
「そ、そうなの?」
「そうなんですよ。んで、さっき対決の時の結衣のメイド服姿。どうだった? って聞いたらかなり可愛かったって」
綾乃の後、準一が結衣に目を向けると結衣はフリーズしていた。
「お、おい・・・結衣?」
準一が呼びかけると「か、可愛いって・・・・可愛いって」とこの単語を噛みしめている。
ああ、嬉しいんだ。2人が理解すると結衣は顔を真っ赤にさせテーブルに突っ伏す。
「お、おい」
「ゆ、結衣? 大丈夫?」
2人の声に「だ、大丈夫」と結衣は顔を上げる。結衣の表情はとんでもないくらいに緩みきっており「えへへ」と声を出しており。
尚且つ鼻血がボタボタと零れている。
「結衣、鼻血」
準一が言うと、綾乃がティッシュを渡す。結衣は表情を変えず受け取り、ティッシュで血を止めようとするも手元がフラフラしており上手く行かない。
仕方なく準一が結衣の鼻にティッシュを突っ込む。
「ふぇぶッ・・・・あれ?」
声をだし、結衣は正気を取り戻す。
「結衣、はい」
鼻にティッシュを突っ込んだ結衣に鏡を見せる。結衣はティッシュに気づき顔を真っ赤にし俯く。鼻にティッシュの入った顔を準一に見られたくないのだ。
「よしよし、このマスクを被りなさい」
鼻血ティッシュに困る乙女に綾乃はマスクを渡す。
スケキヨマスクを。
何でよりによってそれなんだよ。と準一は思った。
結局、準一、綾乃は結衣の鼻血が収まるまで店に居たので、テトラのバイトも終わった。テトラは3人に合流し適当にブラブラし、準一がいつかのクレープを3人に奢りお出かけは終了。
「じゃあなー、朝倉兄妹ー」
「じゃあねー」
テトラ、綾乃が学生寮エリア駅で手を振りながら言う。
「バイバイー」
結衣は笑顔で、準一は無言で手を振る。
「じゃ、帰るか」
「うん」
準一と一緒に居れる時間が多く、少し上機嫌な結衣は笑顔で答えた。