カノン・ローレイン⑦
大気圏突入用装備に覆われた機械魔導天使アルシエルは、フランスのベリーニュを降下地点として登録。コクピットではずっと眠っていた氷月千早がゆっくりと目を開け、操縦桿を握り、モニターが起動。
「降下地点の登録を完了したわよ」
千早はヘッドセットのスイッチを入れる。
『了解した。では、安楽島部長からの指示を伝える』と、答えたのは陸上自衛隊、海堂陸佐。『降下地点の町、ベリーニュに眠る魔導兵器を奪いに来たのが今暴れている機械魔導天使だ』
「それは知ってる」
『続きだ。そのベリーニュには機甲艦隊の朝倉カノンがいる。既に彼女は機甲艦隊、日本の戦力として組み込まれている構成要素の一つだ。失うわけにはいかない、との事だ』
「成程ね……それにしてもいいの? 大気圏に突入してフランスの町に入っても。アルシエルは日本戦力でしょ?」
『君の存在は公にはなっていない。とにかく、頼んだ』
それに了解した千早は操縦桿を引く、アルシエルを覆っていた大気圏突入装備が角度を下げ、突入角度になると一気に加速しベリーニュへと降りていく。
ドラゴンが町を炎で埋め、コルテージュの大群が空を駆け人を追う。避難民はとにかく町から離れようと逃げ、それを護る為の護衛ベクター部隊が追いつきコルテージュに攻撃を開始する。コルテージュ自体は大した強さではない、耐久度もかなり低く銃弾が一発命中しただけで召喚が解除される程度だ。しかし数が多い、それに攻撃を仕掛けてこないわけでもない。
護衛ベクターの攻撃で近づけはしないものの長くは持ちこたえられない。
一方の基地では展開してるベクター部隊と機械魔導天使、が戦闘を続けておりベクター部隊は劣勢だった。動きの速いサントールに翻弄され、気が付けば正面にサントールが現れランスで破砕されてしまうのだ。
「このっ!」
カノン、椿姫は弾切れになったライフルを投げ捨て、腰にマウントしていたサブマシンガンを撃ちながら刀を抜きサントールに振るが、刀は簡単にランスで止められる。
『狙撃の腕はよかったですけど、近接戦では動きが雑ですね』
そのルミアの声の直後、サントールは左手で椿姫の腕を掴み投げ飛ばし、ランスを向ける。「まずい!」光が来る、カノンはすぐにユニットを全開に、地面に叩き付けられる前に左に動き、光を避ける。
「化け物が!」
フランセットのラファエルが仲間と共にガトリングガン、マルチランチャーをサントールに。ランスで防がれる。
『さぁ、コルテージュ!』
減った分のコルテージュが続々召喚され、町を破壊して回っていたドラゴンがとうとう人狩りに動き出す。「おい! あのドラゴン避難民がいる方へ行く気だぞ!」一人が叫び、ベクター数機がそれを阻止しようと避難民の方へ行こうとするが、コルテージュとサントールに行く手を阻まれる。
『指揮系統はバラバラ』
基地施設は最初の攻撃でアンテナやレーダー各所を破壊され、外との連絡が取れず基地施設内であっても指示が出せない状況だった。『さあ、よそ見している暇はありませんよ』ルミアの心底うれしそうな声で言いながらサントールで椿姫に肉薄し、ランスで刀を弾く。
サントールならベクターなんて簡単に破壊できる。なのに破壊はしてこない。
「遊んでいる……」カノンは呟き、椿姫の体勢を立て直させ頭部バルカンとサブマシンガンを斉射。しかし同じようにランスで防がれ、再び迫ったサントールから蹴りを受け地面に叩き付けられ、コクピットにランスを突き付けられる。「動きは一番よかったですね。ですけど、それだけです」
そういって椿姫にとどめを刺そうとしたサントールは上空から迫る脅威に気づき、離れる。ベクターのレーダーにも反応、直情から接近してくる機体あり。各機に該当する機体コードでもなく敵味方識別装置にはアンノウンと。
基地施設屋上でロランドと並んで立っていたシミオンは基地での戦闘が止まった原因を見て、少しの笑みを浮かべる。
「その顔……どこまで知っていたんだ君は」
「少なくともこの町に騒乱の元があるとしか」
どうだか、とロランドはシミオンの顔から目を逸らし、舞い降りてくる黒き天使に向ける。
「私はあのタイプの機体は白い方しか知らないんだが、あの黒い奴は味方なのか?」
「フランス軍に攻撃を仕掛ける事はありませんよ。大方、日本のお偉方が命じたんでしょう。騒乱の元、機械魔導天使をどうにかしろと」
「それで? 他国で暴れているんだ。見返りは出るのか?」
「それはもちろん。この戦いの終結」
シミオンの言葉にロランドは深く溜息を吐き呟く。
「大和に頼まずネットで頼めばよかった」
と。
黒き天使は翼を大きく動かしゆっくりと地上に降り立つと、腰のブレードを抜きサントールと睨みあう形になる。
『まさか……朝倉準一のアルぺリスと同じ型の機体が出て来るとは思いませんでした』
ルミアはサントールにランスを構えさせ、アルシエルを睨みつける。
「通信は聞かせてもらったわ。いい趣味してるわね、人狩りが趣味だなんて」
『殺さないでと懇願してくる様が好きなんです』
アルシエルからの千早に答えたルミアはサントールをアルシエルへ、アルシエルはサントールのランスをブレードで受け止める。
「じゃ、懇願してもらおうかしら」千早の声の直後、アルシエルの足元にオレンジの魔法陣が出現し、何もない空間から火柱が飛び出しサントールに迫るも、サントールはアルシエルから離れランスを振るって炎を振り払う。
「機体よりそのランスが問題みたいね」言いながら千早は次の魔法を発動させる。先ほどの火柱が一瞬で凍り付き、アルシエルがブレードでそれを殴って砕く。砕かれた結晶は刃に変わりサントールに襲い掛かるのだが、サントールはランスを輝かせ結晶は届く前に溶けてなくなる。
『色々と魔法が使えるみたいですね……』
ルミアは術式を組む、召喚術式。コルテージュの数を増やす。アルシエルはサントールと召喚されたコルテージュにサイドアーマーの魔導砲を放ち、サントールは回避、コルテージュは次々と撃墜されていく。
「そこにいられると邪魔」
ただ見ているしかなかったベクターに、千早が言う。「あなたがどうしてここに」カノン。「上からの命令よ」そう答えた千早、アルシエルはブレードを振り上げ構え、サントールへ迫る。
「どういう事だ! この機体は大尉が乗っていた機体と同じタイプだろう」
砂漠でアルぺリスを見た事のあるフランセットはカノンに聞く。だが一応は日本が隠す秘密の一つだ。答えるわけにはいかない。
「とにかく、私たちはここにいたんじゃ邪魔になります。今は避難民を優先しましょう」
直後、アルシエルがベクター部隊の前に立ち盾、紋章を目の前に張り、サントールからの光を防ぐ。
「さぁ早く離れて! 本当に邪魔だから!」
千早に強めの口調で言われ、ベクター部隊は基地から離れ避難民の援護に行こうとした時だった。金色の巨大な十字架が基地滑走路に突き刺さり、ベクター部隊は足を止めざるをえなくなる。今度は何だ、とラファエル各機のパイロットが思う中、カノンは思い当たる節があった。
『ルミア……! 今回の目的はあくまで機械魔導天使の確保だ』天空からゆっくりと舞い降りるその機体は、オリバーアズエルのハンニバル。周りにはハンニバルを模した量産モデルが十機。『民間人に刃を向けるとは何事だ』
オリバーの声に舌打ちし、ルミアはハンニバルを見る。『まさか神聖なる天使隊が来るなんて……』
『貴様が無用な戦いを引き起こしているからだ。ベクターを相手にするなら空間魔法で片を付ければいい、それに民間人を狙う理由はないはずだ』
『流石、反吐が出るほどに人道的ですね。まぁいいでしょう。私は天使を回収してきます』
サントールを見送り、オリバーは取り巻きの機体をアルシエルに向かわせる。ベクター部隊が掩護しようとするが、ハンニバル型の量産モデルはコルテージュと違い、機械魔導天使としてのスペックを満たした機体、歯が立たずアルシエルも囲まれ振り払えずにハンニバルの出現させた十字架へと張り付けられる。
『安心しろ、殺しはしない。天使としての力を奪うだけだ』
この、とカノン、椿姫が動こうとするも量産モデルに飛行ユニットと脚部を破壊され、動きを封じられる。「その十字架は魔法を奪うんです!」
『もう遅い、アルぺリス型の魔法だ。これで神の力に逆らえる者は―――――』
オリバーの言葉の途中で、ハンニバルの右腕が膨らみ破裂する。『何だ! これは!』魔法を奪ってすぐだ、オリバーはアルシエルを睨む。
「そんなに簡単にこの機体の力を奪えるわけないじゃない……幾ら神だと名乗っても、この機体とは物が違うんだから」
『くそ……! ハンニバルが耐えられなかったのか、あの化け物の力に』
そうこうしているうちにアルシエルは十字架の拘束から脱出する。
『いや、それなら機体を奪うまでだ……各機! アルシエルを捕えろ! 両手足は無くても構わん!』
オリバーの命令、量産モデルが一斉にアルシエルに飛びかかろうとするが避けられ、アルシエルは上昇。それを量産モデル各機は追いながら、腕部につけられた魔導砲をアルシエルに向けて放つ。アルシエルは迫る魔導砲からの光線を簡単に避け、量産モデルの一体をすれ違いざまにブレードで破壊。
「一体一体やれば問題なさそうね」
「姉さん!」フランセットのラファエルが身動きの取れなくなった椿姫に駆け寄り、コクピットハッチを開けカノンを回収しようとするが「私に構わず!」と、大声で言われ回収作業を止める。「しかし姉さん!」
「とにかく避難民を! 私は大丈夫ですから」
「……わかった。後で必ず!」
ええ、とカノンは返事しラファエルを見送ると、アルシエルとハンニバルの戦闘に集中。そうし始めた時、アルシエルの翼が天からの一閃で千切れ、同じように一閃で右腕部が破壊される。
「そんな」その攻撃の後上を見上げたカノンは呟いた。「まだ敵がいるなんて」
フェニックスは再びフランス領に戻るために反転し、航路変更手続きを済ませた直後だった。対空、対地戦闘状態のフェニックスの格納庫から直結しているリニアカタパルトには使用する予定のなかったアルぺリスがスタンバイし、コクピット内の朝倉準一はオペレーターからの説明を聞いていた。
『フランス政府からの正式な支援要請だ。ベリーニュ基地が襲撃を受けた、未確認機を捉えベリーニュへ向かった特務機二機は交信途絶、ベリーニュ基地も更新を途絶したらしい。そしてベリーニュ基地を最後にとらえた衛星も破壊され、現在の基地の様子は不明』
頷いた準一は操縦桿を強く握り、一呼吸。
『最後に送られた情報では機械魔導天使にドラゴン、ベクターは戦っていたらしいのでベクター殺しの魔法は使われていないかと。ユニオン構想対策に明け暮れていたため、フランス軍は対魔導兵器用武器を使用できる部隊の編成に時間がかかります。それに、アルぺリスの速度ならどの部隊よりも早く駆けつける事ができます』
「はい」
『作戦目標は基地部隊の援護、敵勢力の撃退、または壊滅。また民間人への被害は抑えてください。それでは』
準一は了承、リニアカタパルトに電気が送られパワーが上がって行き、『発進どうぞ』の声。
「行きます!」
アルぺリスがリニアカタパルトに弾きだされ、純白の翼を広げるとベリーニュへと急ぐ。
翼をもがれたアルシエルは量産モデルに拘束されていた。しかしそうであっても千早が動けば多少なりの抵抗は出来るのだが、衝撃で千早は気を失っている。椿姫以外のベクター各機は避難民の方へ。誰もアルシエルの手助けは出来ない。
『日本では零式弾だったかな。教団も所有しているんだ。魔導兵器に有効な弾丸を』
オリバーは言って、空を見上げ、長砲身ライフルで武装した量産モデルに礼を言う。
『ルミア……こちらはアルシエルを確保した。そっちは?』
『天使は廃城の地下みたいなんですけど、誰かが結界を張って入れなくしてます』
『わかった。すぐにそっちへ向かおう。お前はコルテージュの数を増やしてベクターと民間人を一か所に留めておけ、殺すなよ』
はいはい、とルミアの返事を聞いてオリバーは移動しようとするが、アルシエルを狙撃した量産モデルのパイロットからの通信が入る。
『どうした、何か問題が?』
『あ、あいつです! アルぺリスが! こっちはもう狙撃されて通信機能しか生きていません!』
『何!? 奴はどこに!』
『そちらへ向かっています……!』
その言葉にオリバーは一瞬震える。自分力を、神の力をものともしないあの機体に。
『ルミア! アルぺリスがここに来る! 上から来た奴の位置だ』
『アルぺリスが? ……じゃあ、私が足を止めます』
確かに、そうせざるを得ないだろう。ハンニバルは腕を破壊されているのだから。そう思うオリバー、ハンニバルの上空をサントールが駆け抜ける。
『急いでここから離れるしかないか』
ハンニバルは量産モデルにアルシエルを運ぶように指示、ハンニバルと量産モデルがその場を離れようと飛行を始めようとした時だった。辺りに展開していたコルテージュ全機、ドラゴンが一斉に召喚を解除されたかと思えば、頭部、脚部、腕部を失い胸部だけになったサントールが彼らの居た場所に飛んで来て無残にも地面を転がった。
『なっ!? ルミア!』
オリバーに呼ばれたルミアは何とか意識はあるが、既に機体は動かない。ハンニバルがすぐに降り、サントールを回収すると高速で迫ったアルぺリスによって量産モデルが斬られ、アルシエルは奪われてしまう。
しかしそれに固執するわけにはいかない、アルぺリスとまともにやりあうには腕が一本足りないからだ。すぐに十字架を解除、十字架を組むために使っていた力を撤退用の移動術式へ変換、全機が姿を消し追跡不能になる。
「くそ……逃げ足の速い」
準一はアルぺリスの中で呟くと、機体の腕に抱かれているアルシエルを見て目を細める。砂漠ではベクター殺しの魔法、その実験。今回は何の目的で来たんだ。ここを攻め落としても戦略的に、教団に何の価値があるんだ。
『あ、繋がった! 兄さん!』
準一が施行を巡らせているとアルぺリスに通信、あの倒れている椿姫から?
「カノンか? ……何でここに」
『それはこっちのセリフです』
ここでどっちがと言い合っていても解決はしないだろう。とにかく準一は自分に追いついてきたフェニックスを見上げた。