カノン・ローレイン②
この作品、魔法物とか言ってるくせにメカバトルのが多い気がします。
夜になっても中々帰って来ないカノンの事を、朝倉家では結衣や他の皆が心配していたが、準一は理由があのフランセットの事だろうと分かっていたので特に慌てるような事はしなかった。だが勘のいいマリアは「何かあったんでしょう?」と。しかし決着がつくまでは口外しない様に、と代理に言われていた準一は「全部終わったら話す」とだけ言って、カノンの元へ向かうのだった。
学生寮エリア、運動部のランニングコースになっている海沿いのベンチで膝を抱えているカノンを発見した準一は、隣に座る事はせず声をかけた。
「悪いな、驚かすような真似して」
「いえ……」
カノンの声に力が無い。
「兄さん……いつ、分かったんですか? あの、フランセットさんの事」
「砂漠でフランセットを見た時は確証が無かった。ただ、あまりにお前に似ていたからな。代理もシスターライラも気になって調べた。そこで分かった」
特に返事は無く、カノンは膝を一層強く抱える。「せめて知らせる前に一声かけておいてください」
「……悪い」
「私、どうしたらいいんですか? フランセットさんは、私の事を姉さんって……お父さんもお母さんも喜んでるって」
「カノン、代理がお前の休校届を出した。検査が終わればフランセットはフランスに帰る。一度フランスに行って来い」
フランスに? とカノンは顔を上げる。
「お前がただの民間人なら有無を言わさず家族の元へ帰しただろうが、お前は機甲艦隊の事情に碧武の裏事情、七聖剣の事や魔法に関する事も知ってしまってる」
「……分かりました」
ゆっくりとカノンは頷いて、フランス行きを承諾した。
「フランスに?」
「えーフランス旅行? いいなー」
と、カノンが家に帰って荷造りを始めるなり、マリア、結衣が詰め寄る。「もー、旅行じゃないって」とカノンは先ほどまでの力の無さがばれない様に応じながらバッグに荷物を詰めて行く。だが結衣も何となく彼女の様子がおかしい事には気が付いていた。
「……ねぇ、もしかして何かまたお仕事とか?」
結衣に訊かれ「ううん、違うよ。ちょっとした調べ物なの」とカノン。
「まぁ、調べものが何か知らないけれど」とマリアは立ち上がり「有意義な旅になる事を祈っているわ」と。カノンはそれに頷いて、「じゃあ荷造り手伝うよ」と結衣とマリアで荷造りの手伝いをするのだった。
カノンにとって、それは不思議な一週間だった。フランス行きまでの期間、兄である朝倉準一は大破した椿姫の件でアリシアに呼び出され横浜に。カノンは結衣たちと学校。普段なら連絡位とって当たり前だったが、カノンはそれが出来なかった。
理由は何かと探るまでもなくフランセットから告げられた本当の家族の事だ。
「どうしたら」
教室ではいつもの自分と違う為に他の皆が心配してくるので、人の少ない屋上へ。肌寒くなってきて、こんなお昼休みでも皆教室。手すり近くのベンチに腰を降ろしたカノンは、「はぁ」と溜息を吐き空を見上げる。
手元には兄の代わりに結衣が用意してくれお弁当、だが今は食欲がわかない。
「秋空の元……悩める乙女に食欲無し」
思いついた事をポポーンと言っただけの様なこの台詞、声。「代理ですか」カノンは自分の隣に立っていた代理に顔を。「どうしたんです?」
「どうしたってそりゃ、悪夢から醒めた今と、悪夢を見る前の失くした過去」
カノンの隣に腰を降ろした代理は、羽織っている碧武教職員用上着のポケットから緑茶のボトルを取り出す。
「―――君がどっちを選ぶのかなって」
機甲艦隊横浜兵器工廠でアリシアは、お届けデリバリーされた椿姫を見て目を点にしていた。「……なんこれ」やっと言葉をひねり出したアリシアは、「てへ」と笑う朝倉準一にキレ、ドロップキックを叩きこむ。
「何しやがる!」
「何しやがるぅ……!?」
ブチブチ、とアリシアの血管が切れるような音を感じ取って準一は両手の顔の前で合わせる。「……ごめん」
「ごめんで済んだら技術者なんかいらんよねぇ?」アリシアは右手をチョイチョイと振り、準一を立たせると作業用ベクターがケージに置いた椿姫を指差す。「……さて問題です。朝倉準一大尉? あの零フレームはどのくらい高価な物でしょうか」
「さぁ」
「ぶっ飛ばすぞ……はぁ、あの椿姫の内部フレーム、零フレームは一機分用意するだけで弾薬満載した巡洋艦クラスの艦艇十隻分」
「は!? そんなするのか?」
「やけ大事にしろっち言ったやろ! ブラックドライブにしたって試験終えて機体に積んだのは椿姫の一基! 飛行形態への移行の為の外部ユニットも超高価! 装甲にしたって本郷銃口に無理言って手伝ってもらった特注品やのに!」
「悪かったって」
準一はアリシアを宥めながら椿姫を見る。アリシアは一流だ。その彼女が主に設計した椿姫カスタム、技術者も装備品も最高の物を使ったにも拘らずあの空間魔法であっという間にボロボロにされてしまった。
「……まぁ、話には聞いとるんやけどね。魔法の事とか」そう言いながらアリシアは「ふん」と息を吐く。「対機械魔導天使用に開発された汎用機動兵器、ベクター……。とうとう魔術師連中もベクターを脅威だと判断したわけやろ?」
「だろうな。だからこそのあの魔法だろう」
「ベクター殺しか……技術者として名誉の為に言っておくけど、椿姫カスタムは機械魔導天使戦で十分に使えるんやけね」
知ってる。言って、準一は聞く。「また椿姫を直せるか?」
「零フレームに飛行ユニット、装甲……足りんのが多いいけんどうも言えんね。ってか、あんた金髪妹は?」
アリシアはカノンと準一を一緒に呼び出していた、だが来たのは準一だけ。「金髪妹のフォカロル専用に新装備開発したけん説明しようと思っとったんに」
「あいつはちょっと用事があるんだよ」
「仕事優先やないん?」
「そう言うなって、あいつには俺から伝えとくから」
ったく、とアリシア。「あ、そうやった」唐突にタブレット端末を取り出しデータを表示させる。画面に表示されたのは朝倉準一が操るアルぺリスのデータ。
「あんたからの依頼で、東京戦からの機体データを解析したんやけど……正直さっぱり」アリシアはお手上げ、と言わんばかりに手を上げ準一は肩を落とす。「言わんでもわかるやろうけど、ベクターが天使のコピーつっても天使自体はオーバーテクノロジーの塊なんよ。破損、損傷しようとも次に魔術師が召喚した時には元通り。その召喚にしたって、どっから召喚してきよるんかも分かったもんやない」
「ベクターがこいつらで分かってる事の全てって訳か」
「そ……期待に沿えんで悪いね。ま、こっちで天使の全てが解明できるなら、ゼルフレストは全部解明しとるやろうね」
アリシアの言う通りだ。ゼルフレストは機械魔導天使について詳しい、しかしそれはシスターライラを筆頭にした黒妖聖教会も同じだろう。こちらが知らない情報を向こうは知っている。しかし反対に、兵器面に関しては国家の方が勝っている。
「ってかアリシア、お前この報告の為だけに俺を呼んだわけじゃないだろ?」
「まぁね。ほら、こっちとしては椿姫の改修もやけど、椿姫のセントラルコンピュータ内の戦闘データのサルベージを優先せないけんのよね」
ベクター殺しの魔法により、椿姫はボロボロになった。それは内部もだ。コクピットと直結されているセントラルコンピュータのデータも魔法の影響で消えたりそうでなかったり。研究チームとしては高い金をかけて貸し与えた実験機のデータは次の為に重要なのだ。
「データの引き揚げなら簡単やけど、修復になると時間がかかるんよ。で、こっちは人手が割けんから。ペナルティ」
「ペナルティ?」
「そ、ペナルティ。フランスからラファエルを一機、それに武器やら何やら買ったんよ。そしてフランスは椿姫の実証試験型を購入」
まさか、と準一。ラファエルは近接、支援砲撃、射撃に各種装備換装を可能にしたEU圏で多く出回る機体。EUのヘルブレイカーでの対ロシアがおじゃんになった場合、アップグレードパッケージを使ったラファエルで戦う事になる。それにラファエルはEUから出ちゃいない。そんな機体を日本、アジアに流すわけがない。
日本にしたって椿姫は純国産の最新鋭機だ。
その実証試験機を?
「政府間の売買か?」訊くと、アリシアは首を振る。「まさか、向こうとこっちの兵器研究チームの勝手なやり取りに決まっとるやろ」
その回答に呆れた準一は苦笑い。
「向こうに渡すのは実証試験機やし、実戦配備型とは中身がかなり違うしね」
「にしたって……いやいい、で? それが俺に何のペナルティになるんだよ」
「出来る限り早くラファエルが来るようにしたいんよ。やけん丁度フランスに用事があるフェニックスと大和に輸送を頼んで、あんたは護衛」
それがペナルティなわけか。だが当然アルぺリスの使用許可は下りないだろう。だとすれば椿姫カスタム、なのだがその椿姫カスタムは大破。
「で、あんたには椿姫を使ってもらう予定やったんやけど機体は大破。やけん別の機体を用意したんよ」
「別の機体?」
「素のままの椿姫、ま、それなりに武器は積んだけどね」
それと、と代理は続ける。「今回の護衛はあんたの椿姫のほかに、フェニックス搭載機、後は自衛隊の悪鬼も参加するみたいやね」
準一は驚いた。悪鬼、自衛隊開発の高性能ベクター。三宅島訓練部隊襲撃、碧武襲撃、それに東京戦での援護。あの素性の分からない機体が参加するのか。
「ってか、あの悪鬼。パイロットはあんたのクラスメイトみたいよ」
「え? 名前は?」
「西紀綾乃って子」
綾乃が? あいつは飛行化戦隊だ。何で自衛隊の機体に。
「とにかく伝えるのはこれだけ。準備が済み次第出発みたいやけ、ま頑張ってね」
壊すなよ。と言いたげなアリシアの笑顔、準一は彼女の頬を「ほれ」と引っ張るのだった。
フランスまでは碧武が用意したジェット機で向かって、民間空港で降りたカノンはそこでフランセットと合流した。「カノン!」人の多い空港前のバスターミナル、そこでカノンを見つけたフランセットは彼女に駆け寄り、カノンのキャリーバッグに手を当てる。
「日本からは長旅だっただろう。荷物は私が持とう」
「い、いえ。気にしないでください」
そうはいかない、とフランセットはキャリーバッグを奪い取りカノンを引っ張って止めていた軽自動車に。そのフランセットは本当にうれしそうで、自分とそっくりの彼女が喜んでいる様子にカノンはどうすればいいのか分からなかった。
「すまないな」運転席に座ったフランセットは、助手席のカノンに声をかけると車を動かす。「パン屋の手伝いをしていたので、普通の服にエプロンなんだ」
「そんな、迎えに来てくれるだけ嬉しいですよ」
答えたカノンにフランセットは「そうか」と嬉しそうに。
空港からローレイン家がある田舎町までは自動車で二時間ほど。山の麓にあるメルヘンチックなその町は、観光地などではないので静かな物だ。しかしそのメルヘンチックな静かな村の近くにはフランス陸軍の基地がある。
丁度、村を見下ろせる道を走っている車内でフランセットが言う。「ここが私たちの生まれ故郷、ベリーニュだ」
「ベリーニュ……」
向こうの山に見える城、それに町には教会。山の麓だからこその斜面に建てられたメルヘンな建物が並ぶ町。「ここが、私の生まれ故郷……」呟いて、カノンは記憶からベリーニュの記憶を探ろうとするが、そんな記憶が出てくることは無かった。
日本での記憶以前は教団での実験の毎日、人を殺して返り血を浴びて、肉片を踏み潰して――――
「カノン!」
フランセットに大声で呼ばれ、カノンはビクッとし、顔を向ける。
「どうしたのだ? まるで上の空で」
「い、いえ」
答えて、カノンは外に目を戻す。
「……何か、思い出しそうか?」
そうだ、彼女は思い出してほしいのだ。カノンはフランセットの声に言葉を返さずに、ただ首を振るしかなかった。
大和、そしてフェニックスはフランスに行く準備を進めていた。エンジン系統のチェックやら武器弾薬の詰め込み。それに通るであろう国に対しての通行許可申請やら。しかしそんな事は護衛担当のパイロットには関係のない事だ。
準一はフェニックス内の休憩スペースで、未成年でありながらさも当たり前のようにタバコに火を点けて喫煙を楽しんでいた。
「あ、見ちゃった」
と、声をかけて来たのは西紀綾乃。学校のベクター訓練で使うジャージ姿の彼女は準一を目が合うと「よ」と右手を上げる。
「聞いたよ。悪鬼のパイロットだって?」
「そ、悪鬼のパイロット」
準一はタバコを消し、綾乃が座った椅子の向かいに座る。「今回は戦隊と艦隊の共同作戦だね」
「だな。よろしく頼む」
「うん。あ、そうだ。カノンは? 準一の僚機なんでしょ?」
「ちょっと用事があってカノンは居ないんだ」
「えぇ~、そうなんだ……残念」
カノンの事情を説明するわけにもいくまい、と思いながらの準一が休憩スペースの入口の方を見るとマリアが顔を覗かせていた。
「な、何してんだお前……部外者は立ち入り禁止だぞ」
「失礼ね。これでもあの小っちゃい代理から行って来いって言われたのよ」
そう言って準一の横に座ったマリアは綾乃を見る。
「どうしてクラスの女子がここにいるのよ」マリアは準一に訊く。
「綾乃は飛行化戦隊の人間だよ」
戦隊? とマリアは考え理解する。
「相変わらずいかれた学校ね、機甲艦隊の人間と飛行化戦隊の人間が生徒のふりしてクラスに混じってるなんて」
「それは言えてるね」綾乃は同意する。
「そういや、綾乃とマリアは喋ったりとかした事あるのか?」
そう言えば、と綾乃、マリアは顔を見合わせる。
「少し喋ったくらいだから」
「名前くらいしか知らないわね」
まぁ、そんなもんか。と準一。
「ってか、マリアもあれでしょ? 朝倉準一ハーレムの一員?」
突然綾乃が言って、マリアは驚きのあまりに咳込む。
「これは図星だね」
「違うだろ」準一は言って、咳込むマリアの背中を摩ってあげようと手を伸ばし、その背に触れた瞬間「プチ」と音。それが何か、マリアは一瞬の内に理解すると顔を真っ赤にしてトイレに駆け込んで行ってしまう。
背中を摩ろうとしてプチ、ああ、ブラジャーのホックが外れた音に違いない、準一は胸中で言う。
「後で謝ってあげなよ?」
「だな、にしてもブラのホックって簡単に外れるもんなのか?」
「それを女子に訊いちゃだめだよ」