カノン・ローレイン①
姉が居た。私と瓜二つの姉が。私たちは仲のいい姉妹だった。父親と母親は優しくて、勿論姉も優しくて。家がパン屋だから手伝いをしたりして、そう。よく覚えている。家族で海水浴に行った時だ。
パラソルを立てて、父親が車から荷物を出していて、母は飲み物を準備してて、姉とはかくれんぼをしてて―――それ以来。
目を覚ましたフランセットは、自分がどこかの病室にいるのだと判断した。白が多い部屋、すぐ近くにはテレビに冷蔵庫。そして、起きた自分を見て驚いている朝倉準一大尉。
「大尉……ここは日本か?」
「ああ」
準一は頷くと、起き上がろうとするフランセットに手を回し手助けする。「痛みとかは?」
「大丈夫だ……そうか、日本にいるのか」フランセットは窓に広がる空を見、呟く。「日本には、初めて来たな」
「あんな戦闘の後だ。直にフランス軍の人間がお前に報告書の提出を求めてくるだろうが、それ以降は少し休暇が出ているらしい」
報告書か、とフランセットは準一に顔を向ける。「ドラゴンに遭遇して、神話に出てくるような存在と対峙した。とでも書けばいいのだろうか」
「まぁ、あんな連中と遭遇する事が無かったなら驚くだろうな……」準一はフランセットの顔を見、「何か聞きたい事でもあるんじゃないのか」と。
「そんな顔をしていたか?」
「ああ」
「私もダメだな……大尉、訊かせてくれ」フランセットはシートを強く握り、続ける。「何故、機械魔導天使とやら……いいや、魔術師なのか?」
準一は無言で頷き、椅子から立ち上がる。
「……驚いたな、魔術師だったとは」
「あまり好感の持てる反応じゃないな」
「すまない……大尉には感謝している。あんな化け物、大尉でなければ退けられなかっただろう……」
だが、とフランセット。彼女の顔から滲む、どうすればいいのか分からない、と言いたげな表情。「過去に魔術師絡みで何か、あったのか?」訊いてみるが、話してくれそうにない。
「お前の経歴を調べさせてもらった。看護軍曹、実家はパン屋。お前の父親はフランス人で母親はアイルランド人……そして、姉がいたらしいな」
「……魔術師絡みは、その姉の事だ」
準一に対して、少しの警戒心を向けながらフランセットは口を開く。「九年前だ……家族で海水浴に行って、姉とかくれんぼをしていた。そして私が鬼だった」そこからどうなったのか、簡単に想像できた。
「子供が居なくなる事件が相次いでいた時期だった。まさか自分たちの家族がそうなるなんて思いもしなかった……。事件が事件だからな、警察、海上警察やら自警団やらも動いたがとうとう何の手がかりも発見できなくて」フランセットはベッドから出て、窓辺に手を置いて外、碧武九州校のショッピングエリアを一望する。「数年経って、新聞の一面を飾ったよ。どこかの国の浜辺に乗り上げた不明船舶に、身元不明の子供の遺体が多数だったそうだ」
その新聞の日本記事は準一も知っていた。所謂生贄を使う術式、生贄には人間を使う。船舶に残っていたのは魔術崇拝の異常集団が召喚術式を試したであろう痕跡。それも世に知れ渡っている。
「魔術崇拝、人を攫って魔術師の真似事をして……姉がその生贄になったら、と思うといてもたってもいられなかった」
「それで軍に志願したのか」
「ああ、ベクター部隊に入りたかったのだがIMFとの適正が低くてな。ベクターに乗れないと分かってからは、歩兵でもなんでも前線に出たかったが与えられた役職は看護、後方も後方だ」
「適正って、ラファエルには乗れていただろ」
「私の適正では指定された場所への遠距離攻撃が関の山だ」
そうか、と悔しそうなフランセットの背中を見て、準一は聞く。「軍曹、姉の名前は?」
「名前? ……何故だ」
「いいから」
「名前はカノンだ。カノン・ローレイン」
「容姿は?」
「……今も変わりなければ、私と瓜二つだ。双子だからな」
やっぱり、胸中で呟いた準一は自分の義妹となっているカノンが、このフランセット・ローレインの双子の姉だと確信した。
「今回の報告書、明日までに済ませておいてくれ」
「何か、あるのか?」
「ああ。とにかく、明日の昼までには提出しておいてくれ。それじゃ」
そう言った準一は病室を出て、テレビ横の棚にフルーツの入ったバスケットを見つけフランセットは軽く息を吐いた。
校長代理に呼ばれ、彼女の執務室でパソコンを開き準一は報告書をまとめていた。一方の代理も戦闘で得たデータを纏めている。
「シルバー・クオーターのヘルブレイカー部隊は壊滅、難民キャンプもドラゴンに狩られた。やっぱり、あの空間魔法の試験やってたってのかな」パソコンをカタカタさせながらの代理は、チラ、と準一を見る。「どう思う?」
「それは俺から代理に訊きたいんですけど」
準一は手を止め、コーヒーカップを煽る。「俺が椿姫で砂漠に入ってすぐ、メガセリオンの到着。しかもシスターライラ、それに空間魔法を破壊した先生。対応が早すぎます」
「だよねぇ……。でも準一君をエサに、とかじゃないよ」代理も手を止める。「ライラが機動兵器の情報を突き止めてね。ケンタウロス型の機動兵器、機械魔導天使の一種で間違いないと思うよ」
「シスターライラの興味でメガセリオンを引っ張って来て、揚句、空間魔法の脅威を知って戦力低下を逃れたかった長門旗艦の艦隊の撤退後の海域引継ぎを行ったわけですか?」
「い・え・す」
はぁ~、準一は大きなため息を吐いて「んふふ~」とニコニコする代理に呆れる。
「でもま、個人的な事とはいえ準一君はまだ安心できないんじゃない?」
「間違いないんですね」と準一。
うん、代理は執務机から立ち上がると準一の向かいのソファに腰を降ろす。「カノンちゃんとフランセット・ローレイン、調べた結果間違いなく姉妹よ」
「じゃあ、あのフランセットも吸血鬼ですか」
「だろうね。でも自覚は無いと思う、それに向こうにローレインの家を調べに行った人間からの報告よ」代理は準一がノートパソコンを閉じる動作を見、彼に目を合わせる。「吸血鬼の血を引くのは母親の方らしいわ。父親の方がパン修行の為にアイルランドに行った際、出会って結婚。母親の両親も母親も吸血鬼の事なんかは知らないでしょうね」
「そうですか……にしても、よく今まで見つかりませんでしたね。カノンの家族」
「まさかいるとは思わなかったから。……それにしても、お兄ちゃん的にはどうするの?」
お兄ちゃん的には。カノン、彼女がフランセットと会った時にどんな反応をするか。本当の家族の存在を知ってパニックになるか、泣いて喜ぶか、それとも――まだ自分の元に残りたいと思うのか。いずれにせよ選択権はカノンにある。周りはただ、見ているだけしかできない。
「明日、フランセットとカノンを会せます。そこでカノンが答えを出すのを待ちます」
「カノンちゃんが向こうの家族と暮らしたいって言ったら?」
「引き止めませんよ」
えぇ、と代理は困ったような表情を浮かべる。「ここを預かる校長代理としては、七聖剣朝倉準一と共に戦場で戦ってきた狙撃手って結構な戦力なんだよね……。ほら、カノンちゃんは準一君と同じで誰の戦法とも強調できるから、ペアでの戦闘になった時に優遇しちゃうのよ」
「だとしても、カノン自身がベクターなんかを捨てて、本当の家族と過ごしたいというのならそうするべきです」
「じゃあ僚機は? カノンちゃんほどサポートに向いているパイロットは中々いないと思うけど」
「椿姫はカスタムしてますし、アルぺリスも建御雷装備があります」
代理はソファの背もたれにもたれかかり、「まぁっそうだろうけどさ」と天井を見る。
「カノンちゃんには渡そうって思ってたものがあったから……無駄になっちゃったな」よっと、代理は立ち上がると執務机の引き出しを開け、「見たい?」と準一に。準一は頷く。「よろしい」と代理はゴソゴソと中を漁ると、リボルバーのような形状の銃を取り出し、「それ……多重奏者と同じ」と準一、代理は頷く。
「属性魔法を強化するタイプの武器。準一君みたいに個人での魔法が強かったんじゃこれはいらないけれど、カノンちゃんの場合は少しの属性魔法をこの武器で増幅、強化させれば身体能力と相まって中々いいんじゃないかな、って思ったんだけどな」
確かに、カノンとは相性がいいだろう。舞華は刀、あの刀は舞華の得意とする魔法に合わせて鍛えられた魔導武器。そしてカノンの場合は吸血した状態での身体能力は準一クラス、それに属性魔法強化武器である多重奏者と同じ魔法銃が加われば。
「こっちに残るっていうなら、カノンちゃんに渡してもいいよね」
「いいんじゃないですか。それじゃ、報告書は書き終えたんで。コーヒー、ごちそうさまでした」
ノートパソコンを小脇に抱え、準一は執務室を後にした。
「えっと」と、碧武の総合病院の八階に辿り着いたカノンは、『学校が終わったら病院の子の病室に行くように』と準一に言われており、指示に従っていた。病室を確認、そこに向かって歩きながら「確か……あの病室にはフランスの方がいるんですよね。でも、メガセリオンでも顔も見てない人なのに」と言いながらカノンは病室前に立つ。
軽くノック。
「あの」
「構わない」
返事を訊いてカノンは病室を開け、ベッドから降りたフランセットは開いたドアの向こうにいる自分そっくりの少女に目を奪われ、それはカノンも同じだった。だが、あっけにとられ続けるフランセットとは反対にカノンはすぐに警戒。
「カ……カノン?」
フランセットが驚きのままの表情で声を出し、ゆっくりとカノンの方へと近づいて行く。「私に、私にそっくりな……髪の色も同じ」そのフランセットの様子に敵ではない、と感じたカノンは自分そっくりの少女を避けようとは思わず、フランセットに肩を掴まれる。
「どうして、私の名前を……?」
カノンと言う名を肯定してすぐ、フランセットは涙を流しカノンを抱きしめる。
「夢みたいだ……! 姉さん……」
「ね、姉さん……?」
聞き覚えの無い、姉? 自分に言っているのか。
「ちょ、ちょっと……待ってください。あの、どういうことか説明してください」カノンはフランセットを離し、涙で顔を濡らすフランセットに説明を求め「あ、ああ。すまない」とフランセットは袖で涙を拭う。
「大尉から、朝倉準一大尉から聞いたんだ」
兄さんから?
「私の探しているカノン姉さんは貴女だと……検査をして私と貴女は姉妹だと」
突然の、頭が追いつかない。カノンは力が抜けた様に腕を垂らし
「父さんも母さんも姉さんの事を聞いて喜んでいる……一緒に帰ろう? ―――――姉さん」
何も言う事が出来なかった。