熱砂に轟く咆哮④
ゆるしてヒヤシンス
落ち着いた嵐が息を吹き返したように強くなり、その止む気配の無さと空間魔法の影響を確かめる為に椿姫は巨大な洞窟に潜り、搭乗してた準一は機体ダメージや各所の損傷の詳細チェック、フランセットはライトを手に洞窟を歩き回り探索。
「……零式フレームか」端末に表示される椿姫の耐魔法効果のある内部フレームに驚きながら、準一は端末を閉じ奥に進んで見えなくなったフランセットを追いかける為、耐Gベストのポーチからペンライトを取り出し、彼女の後を追う。
「大尉!」ほどなく、フランセットの準一を呼ぶ声。準一はすぐに駆けつけ、彼女がライトで照らすそれを見、目を細めた。「大尉、これは……? まるで儀式で使うような魔方陣だ」
正解だよ、と胸中で呟くと準一は、巨大な空間、地面にでかでかと真っ赤な塗料で描かれた魔方陣の上を歩き、それがどういう効力を持ったものかを理解する。これは召喚術式、そして塗料かと思ったらこの赤は塗料じゃない。全て生物の血だ。人間か、そうじゃないものかは判別できないが召喚に必要になる代償、生贄には人間が最も有効だ。
それにこのデカさの召喚術式。
準一は辺りを見渡す、だだっ広い洞窟、ベクターが入り込んで戦えるだけの広さがあるここは砂嵐が激しければ衛星からも発見されないだろう。恐らく、ここでドラゴンが召喚されたのだ。と準一は呆気にとられるフランセットの手を掴む。
「た、大尉……? どうしたのだ?」
「もしかしたらここは化け物の巣穴かもしれない」
そう準一の言葉を訊き、フランセットは身震いする。今まで見た事のない、得体の知れない魔方陣、そして自分の知らない情報をたくさん知っている準一の言葉に嘘を感じ取れなかったからだ。
そして、椿姫の方へ向かおうと二人が動こうとした時だった。準一はフランセットを背中に、椿姫とは逆、魔方陣の向こうを見る。
「何か?」
「駆動音だ」
駆動音? 吹く風の音、耳を澄ませその中から確かに駆動音を聞き取る。「こんなところにベクターが?」
「まだ分からない」
「逃げなくていいのか?」
「人の耳に駆動音が聞こえるところまで近づかれてるんだ。もう俺達は動体センサーやサーモに引っかかってる」
判断の速い男だ。とフランセットは思いながら、準一の背中から出て右に並ぶ。「並んでていいのか? 遭遇即ハチの巣にされるかもしれないぞ」
「守ってもらうのは趣味ではない。悪いな大尉」とフランセット。そうか、と準一は言うと近づいてきた機動兵器ベクターの肩部に装備された索敵用ライトに照らされる。
『どこの……部隊だ』
ベクターからの声、拡声器を使う機体、一機しか見受けられない。
「フランス軍、ベクター試験運用部隊看護軍曹フランセットだ」
「日本国機甲艦隊所属、朝倉準一大尉」
名乗ると『こちらはシルバークォーター……ヘルブレイカー運用部隊』と声。
『話がしたい』
「こちらの椿姫が向こうに待機している。そこで話しましょう」
準一の提案にヘルブレイカーは賛成し、椿姫の元へと向かった。
艦長、とメガセリオンCIC要員の一人が送られてきたデータを正面モニターに映し出した。「先ほどドラゴンがいるであろう地域を撮影した物です」
「んー……」幾つか画像が切り替わる。だが嵐のおかげで殆ど見えないが、何枚かには翼や爪、頭部が映っていた。「全体像は分からないか……」と代理は困り、隣に来たカノンに顔を向ける。
「今準一君がいるであろう場所は、嵐に覆われ得体の知れないドラゴンとケンタウロス型の機動兵器が闊歩する危険地帯」
「こんな状況で、どうやって兄さんとコンタクトを取るんですか?」と、カノンは呆れ顔を代理に向ける。
「そうだねぇ……コンタクトを取るにしても、まずは邪魔な空間魔法を片付けなきゃならない。それさえ片付けば、椿姫の性能ならメガセリオンと連絡が取れるから」
そもそも、とカノンはモニターに目を向け続ける。「あの空間魔法って」
「あれは」シスターライラが壁際のシートに座ったまま、二人に向かって言う。「対ベクター用の空間魔法よ」
「対ベクター用……ですか」
「そ。……対機械魔導天使用の機動兵器がベクター。でも国や組織によって様々よね。現代の脅威である魔導兵器、魔術師との戦闘に使う組織もあれば、対人類用に特化させたりと。しかし、人に向けようが魔術師に向けようがベクターは有用な兵器、それに変わりはない」
だから、とライラはモニターを指差す。「術師側はベクターや現用兵器を殺す空間魔法を作った」
「どうして……そこまで知ってるんです?」
「必然だからよ。機械魔導天使よりも対機械魔導天使用兵器の方が多く存在し、戦場で活躍している。個人携行火器よりも射程が長くて威力が高い、その上、機械魔導天使をベースに作られた兵器だから魔術回路を積むスペースも存在する。だからこそ、対ベクター用の武器が必要だった。でも、ベクターを疎む連中に兵器を作る資金は無い」
「それで魔法……ですか?」
「そう。一機一機を狙うより、その場に展開する機体全てを潰した方が効率がいいでしょ? でもま、今はまだ試験段階でしょうね」
その根拠は? と艦長席から代理。
「ケンタウロス型は知らないけど、あのドラゴンが展開しているからよ。召喚獣で間違いないでしょうけれど、恐らくあのドラゴンは人狩り担当」
「人狩り……の割には艦隊に向かってきましたけど」
多分、と代理。「ケンタウロス型が入り込んだ敵を陸で叩いて、ドラゴンが上空から急襲だったりじゃないかな」
「ま、大きな役割分担はそうでしょうね。細かいところで動きは変わるでしょうけど」
「ライラさんの予想で、術者は何人いると思います?」
それにライラは両手を上げ、分からないの意思表示を理解したカノンは軽くため息を吐くのだった。
合流したヘルブレイカー、準一とフランセットの疑いの部分は一緒だった。何故、ラファエルが活動不能になったにもかかわらず、ヘルブレイカーは動いているのか。椿姫と同じように特別なのだろうか。
椿姫の方に移動しながら隣を歩くヘルブレイカーに声をかける。
「機体に異常は?」
だが、それに応答はない。
「気味が悪い……」
フランセットが準一の隣で呟く。準一も同じ気持ちではある。だが、合流予定だったヘルブレイカーだ。それに魔術に関してもまだ不明な点が多い、声をかけてこないのもこの短い間に通信機能が壊れたかも……いや、これは無いだろうな。
「そちらはどこからこの洞窟―――」と、訊いていた準一の声を遮って『あれが、椿、姫……?』とヘルブレイカーからの声。向こうに見える椿姫、準一は「そうです」と。
『どうやって……洞窟に? 入って来た?』
どうやってって、と準一は続ける。
―――――接近中の機体……照会。ヘルブレイカーと確認
椿姫が準一の端末にそう、声をかける。それを見る準一の後ろからフランセットがのぞき込む。
―――――生命反応無し、パイロットの存在、確認できず
まだ、椿姫は続ける。
――――――――――敵機と断定
直後、敵を確認次第攻撃するようになっていた椿姫は、頭部バルカンを斉射。直前に準一はフランセットを引っ張り岩の陰に隠れる。
『敵機からの攻撃を確認、応戦する』
ヘルブレイカーは声の後、左腕のシールドを構え、右手のサブマシンガンの弾をばら撒く。
「椿姫!」
準一は椿姫を呼び、椿姫は応じる。脚部ホイールで加速、接近に一瞬怯んだヘルブレイカーにタックルし、ヘルブレイカーは転倒。椿姫は二人の元へ、右手を差し出す。すぐに準一はフランセットを引っ張ってコクピットに、起き上がろうとするヘルブレイカー、準一は操縦桿を握りハッチを閉鎖。フランセットはサブシートに座りベルトで固定。
「大尉! どういうことだ、あの機体生体反応が無いとは」
「こいつの言う通りだ」
と、準一はヘルブレイカーに歩み寄り脚で頭部を踏み潰し、コクピットハッチを引っぺがす。生体反応が無いコクピットに座っていたのは、幾つもの術発動用のカードを貼られた男性の死体。
「あのカードで死者を使っていたんだ」
「……なんて事を」
口元を押さえ、フランセットが言う。その直後、外から腹の底に響くような咆哮が轟くのだった。
「座標は確認した……ああ、いいだろう」
そう言って、神社の長い階段を登り切った女は振り返り、桜が咲き乱れる京の街を見て言う。
「先生として、準一の手助けくらいはしてやるさ」
と。
「くそ、このタイミングで出やがったか」準一は椿姫で外に飛び出し、上空で椿姫を待ち構えていたかのようなドラゴンを捉える。「どうしてわざわざ敵の眼前に!」後ろのフランセットに言われ「広さがあるとはいえ、洞窟の中であいつと暴れたんじゃ崩落するかもしれないだろ。それに、外の方が動ける」
再びの咆哮、ドラゴンが炎の塊を椿姫へ。椿姫は上昇、避けようとするがサブモニターの機体ダメージが一気に上昇し、背面スラスターが黒煙を拭き、次の瞬間には腕部が砂の様に風に溶けて行く。
「機体が!」フランセットが叫び、迫っていた炎が椿姫に命中する。ただの炎ではない、砲弾なんて目じゃないレベルの重質量弾を喰らったかのような衝撃だったがそれは大したダメージにはならない。問題は機体を蝕む魔法だ。
『術式で対魔法戦闘に特化させようと』と、声に振り返った椿姫は衝撃波に弾き飛ばされ地面に叩きつけられる。『この空間じゃベクターは圧倒的に不利です』
くそ、機体ダメージが限界を超え、椿姫は起き上がれなくなる。そんな椿姫の近くに声の主、巨大なランスを構えたケンタウロス型と、それに従うようなドラゴンが降り立つ。
『折角なら天使に乗っていてほしかったですけれど、お会いできて光栄です。朝倉準一』
「俺はお前の事なんか知らない」
『此方が一方的に知っているだけですか――――――ッ』
ケンタウロス型からの女の声が途切れ、直後空が割れた様に白の破片が降り注ぎ、破片は消える。
『空間を壊された……!』
空間を? 準一が思いついた可能性を口にする前に巨大な光線がドラゴンを消し去り、ケンタウロス型は上空へと逃げる。
「……呼んでもないのに来やがったか」
光線を放った、翼を背負うその存在は、出力を上げて放った魔導砲が装備されているサイドアーマーの放熱フィンを開くと、腰に携えたブレードを抜く。
「ベクター……じゃない」
始めて見る装甲を纏う天使に目を奪われるフランセット、それに準一は口を開いた。
「そうだ、ベクターじゃない」
天使の称号を持つ存在でありながら、天使とは程遠い鋭いデュアルアイを光らせたアルぺリスは、向かい合ったケンタウロス型を睨み付けた。
「機械魔導天使――――アルぺリス」
「流石」と護符を手にライラは笑う。「崩壊術式の使い手ね。メガセリオンからの座標指示通りに術を送り込めるなんて」
神社で銃の形を作った右手を空に向けていた瞿曇円華は、左手の護符から聞こえるライラの声に答える。
「教会が日本の軍事活動に関わっていいのか?」
「まさか、これはアトランダムって組織が勝手にやった事よ。それより、朝倉準一に何か伝える事はある?」
「そうだな」
少し考えて、瞿曇は右手を降ろし
「ロボットにばかり乗ってないでたまには白兵戦の訓練をしろ、そう伝えてくれ」
そう言うのだった。
「浮上完了!」CIC要員の声、メガセリオンが海面に顔を出すとエレベーターでフォカロルが発進スタンバイ。「いつでも出られます!」とカノン。それに艦長席の代理が頷くと、瞿曇と連絡を終えたライラを見、「完了よ」のライラの声。
「敵機は!」と代理。
「捉えています!」
アルぺリスが索敵した情報をメガセリオンに転送している。
「ケンタウロス型! 他にもミサイル陣地を幾つか確認!」
「よしッ! 多目的ミサイル準備! ありったけよ! 狙いはケンタウロス型とミサイル陣地!」
「ラジャー!」
モニターにミサイル装填完了の表示、
「一斉射!」
「一斉射開始!」
命令、復唱後、空へと舞い上がったミサイルは一斉に目標へ。
「カノンちゃん! お兄ちゃんを助けてこい!」
「はいっ! 発進します!」
飛行ユニットが全力で火を吹き、フォカロルはミサイルの後に続いてアルぺリスの元へと向かう。
『チッ! 対応が早いですね』ケンタウロス型の操縦者は言うと迫るミサイルにランスを向ける。ランスは金色の輝きを帯び始め、次の瞬間には木の枝の様に金の光線がミサイルに伸び、ミサイルは撃墜される。しかし、陣地に向かったミサイルは目標に着弾。一帯から対空ミサイルの脅威がなくなった。
『あー、もしもし?』椿姫コクピットに代理の声、「通信が回復したのか」と準一は「はい」と応じる。『状況は? 準一君』
「アルぺリスがドラゴンを仕留めた所です。それにあのランスを持った機体がミサイルを全て落としました」
『やっぱりかー……まぁいいや、アルぺリスでサクッと仕留めちゃって』
簡単に言いやがって、と準一は思いながらも椿姫のハッチを開け、「フランセット。お前はここに居ろ。終わり次第回収する」と彼女の返事も訊かずにハッチを閉じ、外からロックを掛けると自分を拾う為に降りて来たアルぺリスに乗り込み、通信回線を開く。
「で、代理はどこから?」
『艦隊を返して代わりにメガセリオンを置いたの』
「メガセリオンで? あれは確か英国王室のじゃ」
『あの化け物を一隻だけ作ってはい終わり、ってなるわけないじゃん。碧武用に一隻用意してたの』
全く、極悪め、と準一はこちらを睨むケンタウロスへ意識を向ける。
『驚きましたよ。空間魔法を破壊するなんて、それに待っていたかのようなミサイル群に』ケンタウロス型の操縦者が言う前にレーダーに反応。零式弾搭載ライフルを持つカノンのフォカロル。『お仲間まで』
『兄さん!』カノンは呼び、まずは一発発射。左腕のシールドで弾丸を受けたケンタウロスは、守護の加護を与えられた金色の盾に弾丸が突き刺さったのを見、後方へ退く。
『これが対魔導兵器用弾……それに、操縦者の腕もいい』
続け様に飛んでくる弾丸を盾で受け、ケンタウロス型の操縦者はアルぺリスに追撃の意志が無いのを確認すると、撤退を開始する。それを追う様子の無いアルぺリス、必要がないのか、とカノンは判断。アルぺリスの隣に並ぶと遠のいていくケンタウロス型を見、軽く息を吐いた。
『宇宙の眼、潰されちゃった』と代理から。おそらく衛星の事だろう。『ま、これ以上は何も無し。戻って来ていいよ』
「待ってください、代理。今回の任務はドラゴン調査はもういいでしょうけど、難民救出部隊の支援が残ってます」
『必要ないよ……』
代理にそう言われ、納得はできない準一だったがカノンと共に椿姫を担いでメガセリオンへと戻るのだった。
メガセリオンでフォカロル、アルぺリスはケージに収まり、大破した椿姫はワイヤーで固定。そして椿姫に居たフランセットは戦闘の緊張感からの解放で気を失ってしまった。
そしてフランセット・ローレインを機体から救護室に運ぶ際、顔を見に来た代理の判断でフランセットの目が覚めるまではカノンと接触させない様にしようという事になる。
あまりにもカノンとフランセットが瓜二つだったからだ。