優等生と劣等生
もはや、不法入国者達が出来る事は何も無い。彼らは、装備の大半を張率いる反日軍側の人間に吸収され、立ち往生していたが駆け付けたルミナスにより纏めて殺された。彼らは、何を知っており、何を話すか分かったモノではないからだ。
張は、彼らに変わりルミナスを受領、対椿姫でどれだけの戦果を上げられるか。というMMEの依頼を受けたわけでは無い。ただ報酬代わりのルミナスを持ち帰る為。3機を残して他は全て椿姫の足止めへ。
戦闘に招集された準一は、誰よりも早くルミナスと交戦し。戦闘を終えていた。足止めは成功、メアリー、ルミナスは既に日本から撤退していた。
MME新型機、ルミナスと交戦しての感想は思ったほどでもない。と言う正直なモノだ。装甲の薄さ、コスト削減の為の諸々も相まってか、性能が完全に生かしきれていない。
が、準一の感想だ。結果的には、足止めのルミナスは全て椿姫に敗れ、日本政府に改修され、今に至る。
「張の目的は、ルミナスと核の掠め取り、ですか」と、椿姫を格納庫に戻した準一と向き合う代理は、ロッカールームにいた。自分のロッカーを閉め、準一は代理に顔を向けるとヘッドセットを取る。
「みたいだよ。何か、陸自の海堂って人が」
陸佐が、と言うと気になって来るのは核。米が確保、としか聞いていない。
「ねぇ、休暇出来てる?」
「出来てるように見えます?」
「ふふ、見えてなーい」
悪戯っぽく可愛く笑みを浮かべた代理に苦笑いを向けた準一は、一度ため息を吐く。
「カノン達は? 訓練してますか?」
「うん。乙女は必至だね、ひゅーひゅー、モテ男」
はは、と笑った準一は代理の頭にチョップを落とし、「取りあえず、俺はこれで暇になりましたよ。上が、後は引き継ぐだそうで」
「じゃあじゃあ! 一緒にお出かけしようよ! ね?」
代理は燥ぎ、可愛く無邪気な笑顔を向け、断りきれない準一は「いいですが」と言い淀み、「代理、執務があるのでは?」
それを思い出したのか、校長代理は泣きそうな顔になる。
「わ、分かりました、どうにか終わらせたらどこへでも」
すぐに笑顔になった代理は校長室へ駆け込んだ。現在、夕刻。出られたとして、どこへ行くつもりなのか、と準一はヘッドセットを既定の場所へ戻すとため息を吐いた。
「勿体ないわ。本当に、朝倉君、自分の事どれだけ知ってる?」
と訊いた志摩甲斐悠里は笑顔のまま準一を背後から襲撃、現在は格納庫内のパイプ椅子に縛り付けて、絶賛メイク中だ。
「い、いえ。それなりに知ってますよ」
「でもね、まだ分かってないわ。あなたは女子も驚くほどに肌がきめ細かく色白で、まつ毛も長い。女装するならピッタリなの」
怖い。と思う準一は向こうからその光景を笑顔で眺めている四之宮、雪野小路に助けを求めるが、先輩に逆らう勇気の無い女子二人はダッシュで逃亡。
「悪夢だ」と呟き、鏡で仕上がって行く自分を見顔を引きつらせていると、志摩甲斐は途端に真剣な顔になり、それを鏡で見た準一は「先輩?」と訊く。
「確か、朝倉君は私たち会合会メンバーと同じ、安楽島塾に入塾したでしょ。その間、色々あって碧武が今どうなっているか分からないと思うの」
言われてみれば、現在の学校の状況など知る由も無い、が何か分かった事など。
「碧武は、元々家柄の良い人が多いのは知ってるでしょ? 碧武に於いて、学力よりも適性優先。人型戦闘兵器、ベクターが動かせる事の方が大事。でも、誰しも平等じゃない、適性は良い人悪い人がいる。だから、適性が良い人には二種類居るの」
「心に余裕があるか、それともないか、ですか?」
流石、と言いながら志摩甲斐はメイクを止めない。どんどん仕上がって行く。
「結局、適性が良くても悪くても、その中で順位が生まれる。適性が良くても、射撃格闘が苦手な人。適性が悪くても、射撃が得意な人、格闘戦が得意な人。戦略に優れる人。言ってしまえば、朝倉くんだって、そうでしょ? 適性はランク圏外、なのに手動操縦で名実ともに九州校最強の地位を得た」
そろそろ、先輩が何を言いたいのか分かって来、それがあっていれば面倒臭いな、と準一は嫌になる。
「碧武生の、余裕の無い生徒の特長は、自分より劣っている他者を見下し、貶す事で優越感に浸る。朝倉君はそれを身を持って体験してるでしょ? 今ね、碧武九州校じゃそれが問題になってるの。準一君は適性が無くて、手動でここまでやれている、適性の低い生徒達を鼓舞するには十分でね、皆、影響されて頑張ってるの、でも、それが原因になって、適性の高い生徒が適性の低い生徒に突っかかって、溝が生まれてね」
「考えが的中しましたよ。でも何で、適性の高い生徒が突っかかる理由は無いでしょう。突っかからなくとも、彼らに勝っている」
「だから、戦いは君が原因なの。射撃でも何でもいい、適性の低い生徒が高い生徒を抜かすかもしれない、君の奮戦あって、影響は大きいから。だから、適性の高い生徒は焦ってるの」
それで、と志摩甲斐は続ける。「近々、その高い生徒、低い生徒とで模擬戦をやる事になったの」
「そんな。指宿会長は承認したんですか?」
「しないわよ。揖宿は、適性での差別なんかを嫌ってるから。でも、代理がね。あなたが乗って来るだろうって。模擬戦まで発展したのは、適性の高い生徒達が朝倉君を朝倉さん2人と比較し、馬鹿にした様な言い方をしたからよ」
メイクが終了し、さっさとメイクを水で流した準一は涙ながらに引き留める志摩甲斐に「また今度にしてくださいね」とだけ言うと、代理に電話。どうやら代理は今日のお出かけは無理らしい。訊けば、想定以上に書類が溜まっていたとか。
職務をサボった罰だ、アホめ。
「さて」
どうするか、とショッピングエリアに着いた準一は、十人ほどの碧武生の集団に呼び止められた。見れば、2年生、1年生、3年生混成の集団で、皆適性の高い生徒だらけ。
「何か」
訊くと、1人が口を開く。
「君の学校復帰は訊いた、だから君をスカウトしに来たんだ。訊いたか? 今の僕たちの現状を」
「ええ」
「僕たち適性の高いエリートは、適性の低い屑と近々模擬戦をする。是非、君には我々に付いてもらいたい」
言ったのは3年生。相変わらず、癪に触る言い方をする連中だな、と顔をし負けそうになるのを堪える。
「君は僕らに付く資格がある。だからこそのスカウトだ、適性が無くとも君はここまで上がって来れた。素晴らしい事だ、だからその力を振るうには僕たちしかいないと思うけど」
よく考えてみれば、こいつらは自分を馬鹿にした様な事を言った訳だ。それでよくも抜けぬけと、元々こういった連中は大嫌いだが、さらに嫌いになりそうだ。
「待って!」
と声を張り上げたのは、肩で息をする時雨甲斐雪乃。その後から女子が数名。準一の隣に並び、適性の高い生徒達を睨み付ける。
「皆さんむしが良すぎませんか、一昨日、居ない朝倉君に罵声を浴びせたクセに」
「何だと」
雪乃の後に訊いた、適性の高い男子生徒が睨む。それに続いて、適性の高い生徒は睨むような目になる。
「碧武は、私達みたいな適性の高い生徒の為にあるべきよ。あなた達みたいな適性の低い生徒の所為で、ベクターに乗る時間が減ってしまう」
「何よそれ!」
適性の高い女子、雪乃に続いていた女子が言い合いになる。
「学校側に不満があるなら、学校側に言って下さい」
と言った雪乃は、至極真っ当な事を言っている。
「学校側じゃない、貴様らに不満があるんだ」
「あなた方だけの意見では、何も変わりません」
雪乃は冷静だ、それに腹が立ったのか、適性の高い男子の1人が足を踏み出し、雪乃の腕を掴もうとし、準一がその男子の手首を掴み上げる。
「貴様ッ! 折角俺達側に誘ったというのに!」
スカウトした、のだが結局は準一の事を見下しているのが彼等適性の高い生徒達だ。それを察してか、雪乃は慌てて口を開く。
「朝倉君は巻き込まない、そういう約束だったじゃありませんか!」
「黙れ!」
と、手首を掴まれていた男子はパッと離れ、自分の手首を撫で始めた時
「兄貴ー」
と声が掛る、言わずもがな結衣。結衣は買い物の帰りなのか、本の入った袋を持っている。そして流石、この状況に全く気付いていない。何の集まりなのか、と気になっている様だが、準一の隣に並んだ結衣が声を掛けるよりも早く、適性の高い男子が声を掛ける。
「朝倉さん、君はこっちだ」
「え?」
分からず結衣は雪乃と準一を見比べ、雪乃が小声で状況を教え、「そういうわけだ」と適性の高い男子が手を差し出すと、結衣は呆れ気味の笑顔を向け、ため息を吐くと小さく言う。
「まだあるんだ、そんなの」
結衣は適性は高いが、こういった比べるなどと言った事柄は苦手だ。結衣自身、誘われる事が多かったせいであるが。
「兄貴、加勢するの?」
「いや」
面倒臭いし、したくない。とは口に出さない。
「朝倉さん! 君がそっちに居るのはおかしんだ! いい加減こっちに」
「えぇ」
困った顔の結衣は準一を見、小声で言う。「どうしよう、ああなったら話聞かないよ」
流石、可愛く成績優秀な妹、同情するよ、と準一は言うとどうにかこの場を離れる術を考え始める間、言い合いは継続中。
「よぉし! 分かった!」
と響く低い声、振り向けばムキムキの男が学生服を着ている。マッスル同好会首領、遠藤渉だ。
「貴様たちの想い、しかと聞き届けた。朝倉は雪乃嬢側に付く」
「ちょ、俺は関わる気なんて」
と講義虚しく会話は進む。
「ほら、対立する気満々だ。こいつは戦う気だ。総力戦だな」
「あの筋肉野郎勝手な事を」と言った準一に同情の視線を送る結衣、「ま、また大変だね」
「あ、ああ……それより、カノンはどうだ?」
「いい感じだよ。元々覚えが早いみたいだし、あたし一本取られたよ」
本気でやって? と訊くと結衣はうん、と頷く。こりゃ、うかうかしていたら抜かされてしまうな、と準一はため息を吐くと碧武の家に行くか、北九州の実家に帰るかで迷い、マリアに遭遇、碧武の家に帰る事にした。
それなりに久しぶりな家で待っていたのは、まさに料理中だったであろうマリアだった。結衣から準一が帰って来ると聞き、いてもたってもいられず料理を作っていたらしいが、台所はまるで悪魔の通り道だ。何があれば、ここまですすだらけになるのだろう。
「お前、鍋に爆薬でも入れたのか」
「いれないわよそんなの!」
どれ、と準一は手早くエプロンを付け、マスク装着これまた手早く台所を綺麗にし、マリアが作ったであろう料理、と呼ぶべきか分からない白い皿に盛られたそれを見、苦笑いする。
「何を作ろうと?」
「あ、あなたの好物よ」
俺の好物? と考える。一体自分の好物は何だっただろうか、確か中華料理。ああ、思い出した。
「中華丼ですか?」
「そ、そうよ! 何、その間、自分の好物を忘れてたの?」
そう、忘れていた。がそれを言わず、白い皿のソレを見る。白米の上に、ゲル状の何かが被さっているのだが、香って来るのはパイナップル的な香り。
「中華丼?」
「……中華丼、よ」
何で間が空いた、と訊かずジッと料理を見る。
「食べなくていいわよ。きっと食べられないわ」
「いや」
と準一は顔を向け、口をモグモグさせ呑み込む。
「もう食べた」
「早ッ! って吐き出しなさいよ! お腹壊すわよ!」
「呑み込んだって」
マリアは準一の肩を掴んでガックガックと揺さぶり、準一は目を点にし「遅かったな」とお腹を押さえ、その場にへたりこむ。
「既に壊した後だ」
「食べるからよ!」
慌てふためくマリアは腹痛用の薬を漁り、それが無いと分かると「え、衛生兵ッ!」と間違った答えを見つけ、準一がマリアの奇行を止めた後、2人はショッピングエリアに出向いた。
「ご、ごめんなさい。あんな味覚障害を起こしそうなモノを作ってしまって」
「いやいいよ。お前のはまだ大丈夫、俺の姉を名乗る保険医は異界の魔物的生物が好みそうな食事を作るから」
「ああ、確かそうだったわね」
と仲良く談笑する二人はエリアを歩いている。銀髪の美少女は否応なく生徒達の注目の的になるわけで、マリアはそれなりに不快感を覚える。
「視線を感じるわ」
「目立つからな。お前」
「好きで目立ってるわけじゃないけれど」
「知ってるよ。で、晩御飯どうする?」
迷う事無くマリアは口を開く。
「あなたの手料理が良いわ」
「えぇー」
正直、今日は作るのが面倒なので「やだ」と拒否すると、マリアはそっぽを向く。子供かよ、と小さく言うと、晩御飯をどうするか考え、向こうの公園にクレープ屋を見つける。いつぞや、三バカと結衣と食べたソレだ。
「ほらマリア、クレープ屋」
「クレープじゃお腹は膨れないわよ……あなたの料理が良いのに」
「今日は疲れたからヤダ。また今度、学校に戻ってくれば俺とお前は一緒なわけだし、そん時でも良いだろ」
残念そうなマリアの表情を見、「可愛い」と思いながら準一はクレープを購入。準一はイチゴショコラ。マリアはカスタードショコラ。
「いいでしょ、カスタード」
「ああ、美味しそうだな」
と準一がベンチに腰掛けるとマリアは隣に。「そっちのイチゴショコラも美味しそう」
「ああ、美味しいぞ。割と」
「じゃあ一口ちょうだい」
「何でだよ」
「いいじゃない、一口くらい。ダメなの?」
反則的な上目遣いのマリアに負け、準一はクレープを差し出す。「おお」とマリアは一口食べ笑顔になる。
「私のカスタードショコラ、食べる?」
「いらないです」
「ぇ……」
途端に不安そうになるマリア、その表情に準一は困り果て、一口食べ「あ、美味しい」と声を漏らす。
「美味しいでしょ。結構結構」
「はいはい」
「ねぇ、よく知らないんだけれど、あなた、高校時代に一体いくつの傷害事件を起こしたの?」
「は? 傷害事件?」
急に何を、と訊くとマリアは「いやぁ」と続ける。
「実妹と義妹があなたの昔話をしてて、随分と人柄が食い違ったなと」
「人柄?」
「ほら、魔術師になってからとなる前とで」
「ああ、確かに。違うかもな」
「違うというか別人よ」
言いながら、マリアはクレープをムシャムシャと食べ進め、ため息を吐くと準一に目を合わせる。「実妹が言っていたわ。あなたの目が時々怖いって」
「俺が?」
「ええ」
目が怖い、か、と準一は考えクレープにかじり付く。
「あなたの中で、実妹の時と義妹の時とで変わったきっかけは、間違いなく第二北九州空港事件。ねぇ、私は個人で訊きたい事があるの、不快でなければ、答えてもらいたいのだけれど」
何を、と訊かない。マリアは顔を外灯に向け、口を開く。
「あなたはあの事件で、望まぬ力を手に入れた。代償は、知人たち。あなたの復讐、戦いは、終わったの?」
マリアは代理から聞いていた。朝倉準一が戦うワケ、魔法への、教団への復讐。だが、最近の準一はそうでない気がし、訊いたわけだ。
「あなたは、魔法戦闘に対しほぼ独自の魔法部隊を作り上げた。朝倉舞華、リンフォード、エルディ・ハイネマンの三人。何れも高位魔術師、でもエルディ・ハイネマンはあなたの仇の筈」
「……そうだな、あいつは仇だ」
「だったら、どうして彼を」
「マリア、何で急にそんな事を」
「決まってるでしょ……心配なのよ、あなたが。何となく、嫌な予感がするの」
冗談を言っているわけでは無いマリア、そして自分の事を本心から心配してくれている。
「道化師は、人を騙すわ。奇抜な、滑稽な格好で。人を楽しませるふりをし、平気な顔で人を殺す。道化師にとって、殺しはサーカスの演出の一つ、彼らにとって騙し、殺しは息をするのより簡単な事」
「あいつが、エルディ・ハイネマンがそうだと?」
「分からないけれど、そんな気がするだけ。自慢じゃないけれど、私の勘はよく当たるわ」
「心配してくれたのか?」
「だから、心配だから言ったのよ」
そっか、と準一はマリアの頭に手を置く。「こ、子ども扱い」と不満そうな事を言うが、マリアの顔は満更ではないようだ。
「ま、そう心配しなくていいさ。なるようになる」
「な、なるようになるって、そんな」
「死んだりしないって事だよ。それに、舞華やリンフォードは兎も角、俺はエルディ・ハイネマンを端っから信用してないさ」
「だったらどうして、彼を味方に?」
「使えるからな。戦力として、何かあれば、俺はあいつを、殺す」
その目は、結衣が言っていた怖い目だ。マリアは一瞬身震いし、自分に向けられたわけでは無いのに恐怖を覚えた。