帰省休暇
事の終結は、大和の搭載武装、零式弾頭搭載型対地攻撃用巡航ミサイルにより齎された。エドガー、バンシーを殺す事により、ミサイルは屋敷に命中。魔法が弱まり、空間魔法は発動前に破壊された。零式弾の爆発で術式は破壊され、駄目押しにメガセリオンより対地ミサイルの嵐を降らせることで、各所の光の柱は砕けて、蒼穹の空に散って行った。
脅威は排除された。
翌日、英国では事後処理が行われ、準一達日本国側部隊は大和と共に英国より撤退、撤退時はトーマス中佐所属の艦隊が護衛に付いた。
アトランダムのメガセリオン、完成の為のスポンサーであったカトレアは、国へ戻った。エドガーは消え、小規模な戦闘が各所で確認され、民間人の不安が煽られたが、女王陛下により不安要素は排除され、平穏が戻った。
日本に戻った朝倉準一は、特級少尉から正規中尉、大尉への昇格を正式に受ける為、機甲艦隊の施設に顔を出し、その後、安楽島塾へと戻っていた。安楽島塾で待っていたのは安楽島塾塾長だった。
塾長安楽島は幾つかの書類を手に、応接用の長椅子へ準一を案内し、安楽島は向かいに腰を降ろす。
「茶でも出した方が良いか?」
「いえ」
安楽島からの言葉に首を振った準一は、学生服の胸ポケットに携帯を仕舞い、カバンを椅子の下に置く。
「君を呼んだのは」と安楽島は資料を束ね、準一に手渡す。「これだ」
これ、と言われた資料を手に取った準一は目を通し、長い息を吐く。
「成程、期間終了ですか」
「そうだ。この安楽島塾への入塾は短期であったからな。これで、いや、君はこれを以って安楽島塾塾生じゃなくなる」
「で、俺は碧武生でもありません。何をすれば?」
「残念ながら、君には再び碧武校へ戻ってもらう、が。それまでは時間が掛る、だから」
と安楽島は胸ポケットから資料を取り出し、目を通す。
「それまでの1週間、休暇だ。機甲艦隊も、英国での事が終わったばかり。反日軍も教団も動きなしだ」
「しかし休暇とは」
「もらっておけ。君はいつも休暇中に何かと巻き込まれる。流石にな、今回は君の休暇に横槍は入れない。英国での事もある、ゆっくり休め」
ゆっくりか、と心中で呟くと準一は手に持った資料をテーブルに置いた。
準一は福岡へ帰る事に。車で帰る訳にはいかないので、周辺の部隊の基地を借り航空機を使用する。取り敢えず、基地まで車で行かなければな、と思っていた所、塾の出入り口前で声を掛けられた。準一に声を掛けたのは、陸上自衛隊所属、海堂陸佐。
「送ろう」
陸佐は短く言うとジープを指さす。準一は疑いながらも頷くと、陸佐のジープの助手席に乗り込んだ。
「大尉昇格おめでとう、朝倉君」と、車を走らせ、陸佐は一言。横目で準一の顔をうかがう。「聞いたよ、英国での事」
「流石、情報が早いですね。どうやって陸上自衛隊に情報が入っているのだか」
「聞かないでくれ。にしても、遅い昇格だったな」
「って言っても、俺はこの大尉どまりですよ」
準一は尉官止まり。佐官へは上がらない。機甲艦隊は尉官ではまだ現場任務であるが、佐官までになると基地任務だ。それに、上層部は準一に部下を与えないようにしている。反抗されては堪らないからだ。
「大尉、今日はタバコを吸わないのか?」
「俺は未成年ですよ」
「何を、君が結構なヘビースモーカーなのは聞いている。構わない」
「吸いたいですが、持っていないので」
と準一が言うと、陸佐は胸ポケットからマイルドセブンを取り出す。8mmだ。それをズイ、と準一に押し付ける。吸え、という事なのだろうが拒否する。
「止めときます」
「そうか」
陸佐はタバコを胸ポケットに押し込み、前を見る。沈黙が訪れ、走行音だけが静かな社内に響き、オレンジの照明が照らす細長いトンネルに入る。外を眺めていた準一は、窓の景色が写った自分の顔に変わるとため息を吐き、前を見る。照明を過ぎる度、オレンジの光が車内を駆け抜けていく。
「英国旅行は楽しかったか?」
「ゆっくり出来れば最高でしたね」
「出来なかったか」
「知っているでしょう?」
「対天使装備、バンシーはどうなった?」
「バンシーは……」
準一は思いだす。頭の中に浮かぶのは、ブレードで貫いた少女の、少女だった肉塊。それが思い浮かぶと同時、トンネルを抜け周囲が一気に明るくなり、空港が近いので低空を旅客機が飛び去る。その耳に響く音に、準一は思い出しから現実に引き戻される。
「特段何も」
言った準一の顔は沈んでおり、海堂陸佐は「そうか」とだけ言うと何も言わずハンドルを切る。
「浮かない顔だな」
「そうですか……気のせいですよ」
「……そうか。直に基地だ、君は、福岡県出身だったな。福岡は何がお勧めだ?」
「何と言われましても、俺の住んでる八幡西区は田舎ですし」
考えてみたら、自分の県は何が特産品で何がお勧めなのかなんてさっぱりわからない。調べておくべきなのだろうか。
「来てみれば、色々発見があると思います。良い所ですよ、福岡は。一度いらしては如何です、陸佐」
「そうさせてもらおう、その時は君に案内してもらおう」
息がつまりそうだな、と思った。準一はため息を吐くと近づく基地に目を向けた。
「準一、朝よー」と聞こえてくる声は、一階の台所の母親の声だ。自室のベットで目を覚まし、ベットを出ると窓を開け外を見る。下を見れば、家の真横を私鉄電車が走っている。その向こうには田んぼ、川、建設中の橋。
「何て真面な光景なんだろう」
思わず声に出してしまった。そう、真面すぎる。実家は素晴らしい。考えてみれば、碧武が異常なのだ。片田舎の福岡とは思えない超ハイテクで巨大ロボットが闊歩するハイパースクール。自分の中で、何か麻痺していたらしい。きっと、この光景が福岡県での普通なのだろう。
取りあえず、母親に呼ばれるがまま一階に降り、手をスウェットのポケットに押し込み、片方の手で後頭部を撫でる。
「おはよう。眠そうだな」と声を掛けてきたのは、行儀悪くテーブルに腰を降ろし、靴下を履く作業服姿の父親だ。「夏以来だし、久しぶりにうろうろしてきたらどうだ?」
「そうする。ってか、テーブルに座るの、行儀悪いよ」
「堅い事言いっこ無しだって、今度居酒屋連れてってやるから」
と父親が言うと、台所から顔を覗かせた母親が「お父さん、ダメでしょ」と父親を注意し、父親は「はいはい」と言うと準一の頭を撫で「行ってきまーす」と仕事へ向かった。相変わらず、父親はタバコを吸い過ぎで、作業服からはタバコの臭いがする。
「ほら、準一。朝ご飯食べちゃって」
「ああ」
台所に入ると、朝ご飯が用意してある。ご飯、味噌汁。目玉焼き。焼き魚。主張のない普通の朝ご飯。準一からすれば、碧武に行って以降、食事はほぼ自分で用意している。この食事が用意されているというのがなんとも感動的で、家事は前からやって、碧武ではマリアや結衣、カノン達と分担しているとはいえ、それなりに大変だ。母親の気持ちが少し分かった様な気がした。
食事を終えると時刻は8時を迎えた。とりあえず洗濯物を手伝い、1時間経過。9時になった所で母親はパートへ出かけ、暇になった準一はテレビを見ようとするが、外へ出る事に。まずは、と母親が使っていないスクーターを拝借し、少し離れた場所にある墓地へ向かった。
墓地には、久しぶりに見る顔があった。久しぶりのその人は、第二北九州空港事件で死んだ、自分と一番仲の良かった友人の母親。準一の事を覚えているので、「あ、準一君」と声を掛ける。友人の母親は花を置き、身体を準一に向ける。
「今は碧武って学校だったっけ?」
「はい」
準一は短く、買って来た花を置き手を合わせる。立てた線香から、香りが漂い始めると涼しげな風が駆け抜ける。
「久しぶりね、葬儀以来かしら」と、友人の母親は目を開け、呟く。「はい」と再び短く応じた準一は立ち上がり、息を吐く。すぐにでも離れたい。1人で墓参りならいいが、死んだ友人の身内がいるのは気まずい。
事件当初、魔術師になった事なんかが忙しくごたごたしている中、葬式に参加した。そして、仲の良かった友人、クラスメイトの家族の幾つかから陰口を言われた。いや、あの声はもはや陰口ではなかった。
「何であんなのが生き残って」
「ウチの子は死んだのに、生きてるなんて」
準一の他、生き残った生徒、教職員も言われ続けた。それも何らかの形で落ち着いたが。はっきり言って、顔を合わせ辛い。葬儀終了後、数日たって落ち着いた親族からは謝られたが、気まずいまま。
隣にいる友人の母親、彼女も準一らに陰口を言った1人だ。
「それじゃ、俺はこれで」
と準一は頭を下げる。すると友人の母親は準一に向いて、頭を下げる。
「ごめんなさい、葬儀の時……うちの子の事で、気が気じゃなくて」
「いえ……気にしないで下さい」
それだけ言い、準一はその場を去ると他の友人の墓参りを済ませ、駐車場に置いていたスクーターへ向かうと乗り、墓地を出た。
ジャージにメット、スクーターの準一は、墓地を出てすぐの山道を下って大通りに出る。高速道路の下をくぐり、近くにあったうどん屋の前を過ぎると携帯が鳴る。運転中に出るわけにはいかない、とスクーターを細道に入れ、急いで携帯を取り出し出る。
『に、兄さん』
開口一番、死にそうな声のカノン。だが後ろから女子の騒ぐ声が聞こえて来ている。
「どうした」
『何で、何で休暇なんですか』
「そりゃ……」
と準一は英国での事、バンシーを潰した事を思いだす。カノンには、セラがバンシー、だという事は言っていない。言わなくていい。
「色々な、昇格なんかあったからな」
『むぅ……私も帰りたいのに』
「お前、魔法銃で腕撃たれて、骨が千切れたろ。治しなさい」
言うと、不満げなカノンが何か言う前に通話を終了させ、家に帰る為、細道を出、100円均一の前を通り過ぎ人工林の横を抜けていった。
墓参り後、適当に広い運動場のある公園に入った準一は、携帯とは別の端末を取り出すと届いていたメッセージを開いた。シスターライラからで、準一はため息を吐いた。事後処理の事だろうな、とファイルを開いた。
アトランダム所有潜水艦は、カトレア根回しにより、英国海軍に組み込まれる事に。ステルス性のある装甲は、どこぞの部隊が軍から持ち出したもの。それを英国は採用。ベクターの性能アップを図るらしい。対機械魔導天使は、エドガーのファントムと共に所在不明に。消えた、が一番有力だろう、との事。
あれだけの事があった英国は、事の流れに流れるがままになっており、今の所は平和だとか。
と読み終えた直後、代理からの通話。拒否せず了解し、出る。「もしもし」
一度、代理の咳払い。
「やっほー、休暇はどう?」
「学校から出るだけで、随分とまともな世界ですよ」
「そう……結構、バンシーの事を気にしてるかと思ったけど」
代理の意地悪な言い方に、準一は顔を顰める。
「助けるつもりだったんでしょ? バンシーを」
「何が言いたいんですか?」
「……これで分かったかなって」
何が、とは聞かなかった。自分の中で、分かっているからだ。魔術師になって、訓練をした。日本最強の魔術師の下で訓練し強くなった。そして碧武に来た。何かと学内で地位を占め、部隊の中でも同じだ。堕天使を確保し、堕天使を奪還する際に、エリーナを連れ出し、改変魔法の中では舞華を連れ出した。
助けられると、自分の力を過信していた。驕っていたのだ。
「ま、あたしからはこんだけ。じゃあね」
と言うだけ言うと代理は通話を終了させる。言われなくても、と思う。代理は自分が何かと助けようとすると、それに否定的だ。それは別の厄介毎の火種になりかねない、助けられると過信しているからこそ、何かミスをしかねない
「助けるのは、悪い事か」