驕った心
対天使装備、それを使用して回路を破壊された筈のアルシエルは目に光を灯していた。胸部、コクピットの氷月千早は操縦桿を握っている。アルシエルは攻撃を受けて少しの間は機体は動かなかったが、今は動く。
ひしゃげたクレーン、クレーン移動用のレールを下敷きにしていたアルシエルは上半身を起こし、掌を握ったり開いたりし、動くか確認。首も動く。
モニターも良好。サイドアーマーも動く。
しかし、魔法は使えない。
どういうわけだ。回路を破壊されている以上、機体を動かす事すら厳しい筈なのに。
「何で動けるんだろ」
千早はそう呟き、依然、吸血姫の天使、カレンデュラ・オフィシナリスや神聖なる天使隊と共に日本国首都へ東京湾より侵攻した際、アルぺリスの無人起動、一種の暴走に近い状態の事は知っている。まさか、と思う。
聞けばアルぺリス、アルシエルは同型機らしい。それに、食い違いがある。アルぺリスが一号機だとか、アルシエルが一号機だとか。しかし、同型機である事は変わらない。中身も同じなら、自分と準一以外が同じだとすれば。
この機体にもそれなりの武器があり、あんなヤバい機能も付いているのだろうか。
それよりも、現在は戦闘中だ。魔法は使えないにしろ、ベクター並みの戦いは出来る。しかし誰に加勢したモノか。あの銃を持ったメイド、下手にアルシエルで手を出せば、準一の妹達を殺してしまうかもしれない。
あのエドワードとか言う輩は、血薔薇とお姫様に任せておいて十二分に事足りる。
ゴーレムなんかが相手しているのは、と確認すればエドガーの息のかかった部隊が迫っている。
大和と潜水艦はこの混戦状態の基地に攻撃できずに離れている。
「どーせあたしが行っても準一の邪魔になるだけだし」
ゴーレム、ピエロに加勢してやろう、と千早はアルシエルに英国ベクターの銃火器を持たせると迫る部隊へ向け飛翔した。
「あなたそんなに強かったの」と訊いたエリーナはブラッド・ローゼンの活躍の場をレイラに奪われため息を吐いた。レイラのベクターでの強さは異常だ、近接戦、射撃戦共に優れており、知る人は少ないが、砲戦仕様、キャノン、スナイプ仕様の機ではカノンにこそ追いつかないが、普通より圧倒的に命中率が高い。
そして、近接戦では高等部最強、朝倉結衣に少し劣るが互角の鍔迫り合いを生徒に見せている。
「そうなんですのよ……なのに、活躍の場が無かったものですから」
活躍したかったレイラは学校での事を思い出しため息を吐くと、片腕を失いプロトⅡに踏みつけられているレイフォンを見、笑顔を向ける。
「でも、今、私は活躍していますわ」
「結構殺伐としてるけどね」
中継回線を受信しているため、レイフォンのコクピット内には2人の呑気な会話が漏れる。当然、お姫様に負けたエドワードはイライラしており、フットペダルを踏み込む。地面を抉りながら離れたレイフォンは起き上がる。そのまま、レイフォンは残った腕の腕部ブレードを起動させるとプロトⅡに向く。
「参ったな、お姫様にやられたんじゃカッコ付かない」
イラつきを抑え、精一杯の冷静さを装い言うとフットペダルを深く踏み込みスロットルレバーの出力値を上げる。紅い火が青に変わり、前に押されたレイフォンはプロトⅡへ。
「こんな連中に……!」
エドワードは声を漏らす。プロトⅡはブレードを下に下げ、コクピット内のレイラは深呼吸し、レイフォンを睨む。レイフォン、プロトⅡに接近。加速。プロトⅡは膝を付きしゃがむ。それに間に合わず、レイフォンは腕を振るうが腕部ブレードの刀身は宙を裂く。
そんな、とエドワードが声を漏らしたのは束の間、プロトⅡは機を左に回転させ、ブレードを振るう。レイフォンの背後を取ったプロトⅡはそのまま、レイフォンの頭部を弾くとブレードを落とし、背後から蹴り。レイフォンは頭部を弾かれメインモニターが死ぬ。エドワードは操縦かんを強く握り、モニターをサブに。オートバランサーのおかげでたたらを踏むだけで済んだが次の瞬間には、ブラッド・ローゼン、プロトⅡに銃を向けられ、エドワードは敗北した。
吸血姫、クイーン・シェリエスがそうであったように、半分吸血鬼のカノンは血を得る事で身体能力を上げ、普段はありはしない魔法を使えるようになる。準一はそれをライラから聞いていた。こういった場合、カノンが体術での白兵戦を想定しての場合を備え、準一は魔法を教えた。
発火、水冷、雷撃なんかの属性魔法は無理だったみたいだが、加速魔法、硬化魔法は覚えている。
「では、第二楽章へ移行……吸血鬼を狩ってあげますよ」
フリスベルグは一言、光った銃身。飛び出したのは赤い閃光、爆発するあれだ、とカノンは迫ったそれを睨むと術式を組む。加速魔法、硬化魔法、同時発動。全身を硬化させ、閃光を避けフリスベルグへ接近。
「ふん」とフリスベルグはスカートを翻し、左回し蹴り。カノンはそれより早くしゃがみ、左拳を構えフリスベルグを睨む。「早いですね」フリスベルグはトリガーを引き銃を撃つ。飛び出したそれは地面を抉り、小規模な炎魔法の影響で爆発。
カノンは後ろに飛び
「私も飛び道具欲しいな」
と無い物ねだりし、爆発の爆風で飛びあがり銃を向けているフリスベルグを睨み付けると、彼女の周りが爆発する。フリスベルグの周りには術式、幾つもの魔法陣。爆発系魔法、舞華の太刀からの攻撃だがフリスベルグには効いていない。
フリスベルグは風を纏わせ、水を巻き上げ自分を護っているのだ。厄介な武器だ、と思いながら舞華は太刀を構え飛び上がる。
爆発が収まり、フリスベルグは防御に使っていた水を束にし、
「お呼びじゃないんですよ!」と舞華へ飛ばす。
舞華は左に太刀を振るい束を裂く。飛沫が舞華を濡らす。
「悪かったなぁッ!」と、舞華は飛沫に舌打ち。
笑んだフリスベルグは脚に風を、蹴りが加速。舞華は肘で受け、「遅い!」と脚を振り上げ振り下ろす。フリスベルグは受け止め、「そっちこそ」と銃を向けるが、舞華はそれを避け、太刀を振り爆発を。防御が少し遅く、銃2つに亀裂が入る。風の防御力が弱まった為か、爆風を受けフリスベルグは木箱に激突する。
背中に痛みを覚えたフリスベルグだが、すぐに起き上がり舞華に銃を向け撃つ。水冷弾に炎、風を纏わせ舞華は爆発で相殺しようとするが水冷弾を受け、尻餅をつく。
「全く、やはりまだ多重演奏者は調整が……残りは吸血鬼」
爆風の威力はそれなりに高く、フリスベルグはダメージを受けている。防御に使っていた風魔法は無い。早く、仕留めなければ。
と、フリスベルグが銃を持ったまま一歩踏み出すと、カノンが走って来ている。
「死ね」
トリガーを同時に引き、風、水、炎、3属性のそれを撃ちだす。カノンは硬化魔法を全身に張ったまま、加速魔法で攻める。カノンの進行ルート上にそれは命中し、瓦礫が四散する。四散した瓦礫はカノンに迫るが硬化魔法の前に効くわけなく、瓦礫を飛び越え拳を構え突っ込む。
防御の魔法を発動、と思うが間に合わない。銃を向け発射。カノンは右腕に直撃を受ける。硬化魔法のおかげで外傷は無いものの骨が折れ、カノンは歯を食いしばり、左腕に加速、硬化魔法を発動させ拳を下ろす。フリスベルグの次弾発射より先に拳を振り上げ、彼女の顎に拳を勢いよく叩き付けアッパーを決める。
風の防御が無くなった為、モロにダメージを受けたフリスベルグは宙に舞うと、ダン、と音を立てて堤防に落ち、気を失う。フリスベルグから銃を奪ったカノンは膝を付き、折れた腕を抑えため息を吐く。
「か、勝ちましたよ……兄さん」
とカノンは初めての魔法戦に疲れたのでその場に倒れ込み
「……帰ったら兄さんの血を吸ってみなきゃ」
と言い、「でゅふふ」と声を漏らし、身体の痛みに堪えながら抱き起そうと近づいた舞華は「変態め」とカノンに言い、ため息を吐くと膝を付き、カノンを抱き起す。
「舞華さん、兄さんの血って美味しいと思います?」
「どうだか……きっとバイオエタノール的な薬品的味じゃないか?」
「興味深いですね……兄さんの血」
舞華は再びため息を吐くと、「お前、血フェチだったんだな」と一言。カノンは「んふふ~」と声を漏らすと半身を起こし、舞華の首に抱き着くと、首筋に歯を立て血を吸った。
メガセリオン、大和からの対地ミサイルは光の元へ向かうが、展開していたエドガーの部隊、その対空防御隊により落とされてしまった。その爆発は、アルぺリス、ファントムの対峙する花畑の真上。オレンジの爆炎が空を覆い、それを合図にアルぺリス、ファントムは同時に迫る。
同時に振るったブレードがぶつかり、鍔迫り合いになるかと思いきや、アルぺリスは加速魔法で足を振り上げ、ファントムの顔を蹴る。
ファントムは蹴られ、一瞬怯むも膝を曲げ、屈むと立ち上がりブレードを突き出す。アルぺリスはその刀身を肘で流すと蹴りを突き出し、避けられたのが分かるとその足を振るうもそれすら回避される。
やはり、魔法を使用しなければ勝てない、と判断。加速魔法、硬化魔法発動、左手のブレードを振るう。その早い斬撃は、勘で機を動かしたエドガーにより、ファントムの頭部の装甲の一部を抉っただけ。
続けて、と思うより早く魔法がキャンセルされる。
「こ、これで……アルぺリスは魔法が使えない」
対天使装備を使用、言ったエドガーは肩で息をする。魔法の大量消費、それが二度。彼の身体の疲労度は半端ではない。訊いた準一はその疲労度に気付く、しかしアルぺリスは回路を破壊され、動かなくなる
筈なのだが、倒れそうになったアルぺリスは倒れずに持ち堪える。
「冗談きついぞ。……何でまだ動けるんだ」
エドガーは睨んだ。デュアルアイを深紅に染めたアルぺリスはそれを光らせると、ブレードを構える。
「こっちの台詞だ、何で動ける。アルぺリス」
答える筈の無い愛機への問いかけ。操縦者である自分さえ知らない。何故、回路を破壊されて動けるんだ。お前は、前の東京からおかしい。自分の知らぬ何かを孕んでいる。信頼できる性能の機体だが、何を隠しているか分からない。
信用できない訳じゃないのだが。
「迷ってる場合じゃない」
機体が動くなら。ファントムを倒せる。もう奴は限界だ、循環させ、増幅させるほどの魔力も残っていない。ここから先は、単なる腕、操縦技術での勝負。
ここで、通信回線が回復。
すぐにサブモニターに目をやると、メガセリオンからの連絡だ。
「もしもし」と言い、ファントムに目を向ける。「はぁい」と帰って来た声は代理だ。
エドガーは何か言う力も無く、ただファントムに武器を構えさせアルぺリスへ。準一は、「代理」と声に出すと機を動かし、ファントムからの攻撃を防ぐ。
「何ですか。戦闘中です」
「分かってる。だから訊くの」
だから、と訊きかえさず、ファントムから振り下ろされた近接武器を腕の装甲で流し、裏拳を叩き込ませる。
「ねぇ、準一君。バンシーをどうする気なの?」
聞いてくる奴はいなかった。やるべき事は決まっている、まだセラ、バンシーの意思を聞いていないが、もし来るのであればカノンに会わせる為、連れて行くつもりだった。エルシュタや、エリーナの時の様に。
これに代理は反対的だ。
エリーナの時はそうだった。
「エルシュタや、エリーナの時と同じです」
と、準一はアルぺリスのブレードを逆手に持たせ、迫ったファントムを下から斬りつけ、腹部の装甲を弾くとファントムは倒れ込み、エドガーは体力消耗と重なって気を失う。
「同じって事は、連れて来るわけだよね。……でもね」
代理が何を言いたいのか分かってしまった。ファントムの腹部、そこには人が入る位の隙間があり、少女がチューブで機体に繋がれている。
「こうやって発動しちゃった魔法だけどさ、手っ取り早いんだよね。それに効率的。分かる? これが、対機械魔導天使装備よ」
機体内部、チューブで繋がれているのはバンシー、チューブは彼女の中に入り込んでいる。引き剥がせない。
「このバンシー自身を機体内部にパーツとして取り込み、武器とする。そうなっている以上、彼女はもうそのままよ。……バンシーを生かすには、エドガーを殺さず、ファントムを破壊せず、魔法をキャンセルするしかない」
準一は、何か任務を受けているわけでは無い。ただ巻き込まれただけだ。本当であれば、エドガーを殺す理由なんて無かったが、対天使装備、セラが関わって来た。ここまで、この英国で戦って来たのはバンシーの為だ。それに、対天使装備の無力化は、先生の意思でもあった。
考えが甘かったわけじゃない、知る訳ないのだ、そんなバンシーの事など。自分の知っていたバンシーは、バンシーではない。セラだった。昨年の夏に、義妹との旅行に関わって来、一緒に行動していた。
「準一君、きっとこの国でこうやって巻き込まれの戦いに参加して来たのって、私たちが攫ったのもあるけど、あのバンシーの事もあるでしょ」
まだ、バンシーをカノンに会わせていない。
「でも、助けられないよ。天使のパーツになった妖精はパーツに過ぎない。本体に取り込まれ、本体を動かす歯車になるだけ」
時間が無い。エドガーの世界改変に似た魔法は、おまじない、という不自然な発動の仕方であるが故、強力になってしまっている。発動はしている、だが止めるなら今しかない。術式の中心は屋敷、エドガーを殺しても魔法は止まらない。エドガーを殺せば、ミサイルを撃ち落とすエドガーが魔法で造り出した防衛隊は沈黙し、屋敷は無人になる。
そして、バンシーを殺せば、この魔法の幾つかが止まる。
そうなれば中心に零式弾頭搭載ミサイルを撃ち込める。
どっちにしろ、2人とも殺す訳だ。
「……ごめん、でも。時間が無いの。魔法が完全に発動されれば、世界規模で影響が出ちゃうから」
「ええ……分かっています」
準一は歯を食いしばり、操縦桿を強く握る。サイドアーマーは使えない。魔力が供給できない以上、魔導砲は撃てない。だがブレードがある。ファントムの上に立ち、ブレードを構える。振り下ろせば、終わる。
と、斬ろう、と思い操縦桿を押す。ブレードが、真っ直ぐファントムへ降り、まずエドガーを殺す。次に血の付いたブレードの切っ先をバンシーへ、眠るように瞼を閉じている、純粋で無垢だった、元気で明るい少女へ向ける。
折角また会えたのに、こんな事になってしまった。魔法があるからと、助けられるわけでは無い。こんな事もある。いや、前にも、碧武に来る前にもこんな事はあった。
「ごめん、バンシー……いや、セラ」
と覚悟を決め、せめて彼女が眠っている間に、とブレードを勢いよく落とし、その巨大な刃が歳幾ばくも無いであろう小さな少女の眼前に迫った時
バンシーは目を覚まし、絶望か、恐怖かの表情を浮かべた直後、バンシーの小さな体は巨大なブレードに貫かれ、溢れる血は刀身を逆なで、屈んでいたアルぺリスの目に鮮血が噴きかかった。
目を覚ましたバンシーの表情はよく見えた。見たくなかった顔だ、目を覚ましてほしくなかった。
準一は瞼を閉じ、操縦桿を引く。グチュ、と肉と血の音が鳴った後、金属の擦れる音を立て、アルぺリスはブレードを引き抜く。アルぺリスは、空いている方の手を顔に当て、目についた血を人差し指で撫でると、準一の目の前のモニターに地が広がる。
隙間から下を見れば、血、肉片。髪、腕。どこか分からない臓器、細かな皮膚。顔があったであろう部分にはより一層血が広がっている。
「これは……カノンには言えないな」
そう言った準一は、眼帯を外す。眼帯をしていない方の目元を手で拭う。 だが、眼帯をしている方、魔法の影響を受けた片目からは涙は出なかった。
涙を流すなら、ちゃんと両目からの方がいい。
片目だけの涙は気持ち悪かった。