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インパクトディープ

 あまりの恐怖から、準一は寝る場所を変更した。椿姫のコクピットだ。シートに深く腰掛けサイドレバーを引き、シートを倒す。モニターは付けたまま。人型の状態で膝を付いている。もう夜、月が綺麗な夜で少しそれに見とれていた。

 時間はもう遅い、先ほどまで気を取り直したレイラのゲームの対戦相手をさせられもうクタクタだ。

 そう言えば、とエルシュタの断片記憶捜索組はどうなったのだろう、と気になり、マリアに連絡を入れようかと思ったが、この時間だ。向こうも眠っているかもしれない。

 取りあえずは上半身を起こし、椿姫を待機モードに。仮に、何かしらの侵入者があれば準一に警報音で知らせる。だが火器管制はオフに。


「まぁ……何も起こらないだろう」


 そう鷹を括り、準一はシートに背を預け眠りに付いた。

 




 だが、警報音は鳴った。準一は目を覚まし、飛び起き正面を見、目を見開き息を呑む。椿姫のメインカメラ、その直ぐ目の前に巨大な顔があった。見覚えがある。収容所で出て来たあの天使。


「ビター・ファントム……」


 呟くと火器管制をオンにする。すると、通信回線を傍受されたのか音声通信を現すSOUNDONLY、がサブモニターに表示される。この状況で反撃しても、と見る。腕を抑えられており、動かすのは難しい。

 大人しく通信に従う。


「……どちら様」


 少し息遣いが聞こえ、ファントムの顔が離れる。


『初めまして、朝倉準一……ようこそ、イギリスへ』


 若い男の声。誰だ、何が目的だ。と考えるが思いつかない。


『流石に機械魔導天使を出してはいなかったな。しかし、天使の紛い物たるベクターにしては美しい機体だ。日本製の椿姫か』

「何が目的だ。俺を殺す事か」

『まさか。俺は君のファンの1人だ。今日はこうして挨拶に来た……また明日。会場で』


 戦闘の意思はない、と認識した直後、ファントムはジャンプし翼を翻すと空の彼方へと飛び去った。

 武器を構える、等と言う考えは無かった。

 また明日。会場で。

 何かしらのテロ的な行為、かと思ったが違う。パーティーに参加する人間だ。王族か? それとも軍関係者。どちらにしろ厄介だ。本格的に目を付けられ、目的も分からない。

 神出鬼没、まるで亡霊ファントムだ。

 準一は深呼吸し、城を見る。どうやら、皆は気付いていないらしい。空間魔法の痕跡も無い。余程静かな機体なのだろう。





 シャムロット城より、椿姫は飛翔した。垂直離陸、主翼を広げ宮殿へ。宮殿は大きな市街地を抜けた先の湖畔。レイラに聞くと、大きなパーティーは全てそこで行われるらしい。浮かれた事に、その湖畔前の市街地では軍を挙げてのパレード。

 その所為だろう、バルーンが上がり、軍用車、ベクターが市街地に居る。空には空戦ベクター、ヘリ。準一は椿姫を変形させ、人型へ。イギリスの現用ベクターが椿姫に敬礼、椿姫も敬礼。


「何だか、呑気ですわね」とレイラ。準一も同じ意見で「確かに」と声を漏らす。


 レイラは市街地を見渡し、退屈そうにため息を吐く。


「何だかつまらなさそうですね」

「いえ、そういう訳では……ただ、あれだけバカな事で騒いでいた国なのに、もうこれだけ浮かれていられる状況に」

「嫌なんですか?」

「まさか、祖国の平和は嬉しいですわよ」


 そう言ったレイラは息を吐き、湖を見、押し黙り準一は何も言わず機体を加速させた。








 確かに、英国は浮かれている。しかしそれは当然だ。小競り合いクラスの争いさえなくなり静かな日々が訪れたのだ。だれでも浮かれる。

 宮殿の周りには、英国の報道機関、各国報道機関が押しかけ結構な様だ。争っていた時期では、考えられない光景、レイラはため息に似たソレを吐く。

 準一はずっと、昨晩のファントムの事を考えていた。と言っても、何か答えが出る訳でもなく考えるのをやめ、要人来客用滑走路の管制塔からの通信に応じる。

 要人来客用滑走路は十字の滑走路。指示に従う。ギアダウン、気を降下させ着陸アプローチ。航空機さながらに着陸させ機体停める。

 降りる際にはシステムをロック、もし英国の人間がこの機を探ろうとすれば、準一の元に知らせが入りリモートで動く仕組みだ。



 滑走路に降りると、迎えの車が来ていた。小奇麗なリムジンではなく完全な軍用装甲車だ。しかし運転手の男は若い、長髪で燕尾服。整ったスタイル、ルックス。執事だろうが軍用装甲車には不釣り合いだ。


「レイラ・ヴィクトリア様に朝倉準一様ですね」と男は丁寧に礼をし、顔を上げる。「私はお二人の送迎を担当させていただきます。エドワードと申します。お見知りおきを」


 彼は日本語で2人に言う。エドワードの日本語は流ちょうなモノで準一は少し驚く。


「申し訳ありません。折角日本から来て頂いたのにこの様な無粋なモノで」


 送迎が軍用装甲車だからその事だ。


「いえ、構いませんわ」

「そう言っていただけると助かります」


 とエドワードは頭を下げ、顔を上げた瞬間、準一に微笑む。


「準一様は宜しいでしょうか」

「……ええ、この方が目を誤魔化せるでしょうから」


 軍用装甲車であれば、警備などを理由に幾らでも報道陣に誤魔化しが効く。だが先ほどの視線は、と考えた矢先「どうぞ」と装甲車のドアを開けられ取りあえずレイラと一緒に後部席に乗り込んだ。




 滑走路から宮殿まではかなり近い。滑走路のフェンスを越え、進入禁止の看板を追い越せばその姿を目に入れられる。すぐに関係者用の通路に入り、報道陣を避けて入れば、同じような装甲車が幾つもあり、育ちの良さそうな人間が降りている。

 準一達は少し宮殿から離れた屋敷に入り、部屋に案内される。

 夕刻までは時間があるので、それまでに化粧や着替えを済ませる。


 ぶっちゃけ、時間はあっという間に過ぎた。レイラは着替えなどの前に準一を連れて敷地を見て回り、会場入り2時間前にはメイクなどが始まった。準一もそれなりにお洒落をして、レイラはバッチリメイクしドレスを身に纏い2人は揃って会場へ。

 他の王族などもレイラと同じように騎士を連れ、会場に入っている。

 

 レイラは視線の的だった。あの争いの中心であったが為と、連れている騎士が日本人だからだ。本来であれば騎士は英国軍や、有名家系の人間だったりするのだが外国人は殆ど例が無い。それに、王族間でも接触が無く、人との付き合いに積極的ではなかったレイラだからこそ、視線は集まるが、それだけではなかった。

 レイラは元々かなり見た目が良く、幾つかの有力家系の男は嫁に迎えようとまで言っていた程だ。

 それが今夜はバッチリメイクし、あまり無いドレスなどを身に纏っている。

 いつ話しかけようか、と男達は目を光らせているのだ。


「……嫌な目線を感じますわ」とレイラは準一に先に歩いてもらい、裾を握る。「頼りにしてもいいんですのよね」レイラ、準一に聞く。


 顔を向けず「ええ」と応じた準一は歩き続ける。「あなたの騎士ですから」

 レイラは笑みを向け、そのままの2人は会場に入った。





 会場内は、華やかでそれに見合った音楽を流し、皆はまず主賓、女王陛下の到着まで食事を楽しんでいる。

 レイラが準一の裾から手を離す気配が無く、準一は困っていた。

 それなりに挨拶なんかをして回った方がいいだろうに。と思うがレイラの性格上、それは難しい。どうしたモノか、と思っていると「あら」と声が掛り、2人は声の主を見る。


「あら、レイラじゃないの」と言った女性は、40代くらいだろう。人の良さそうな方で、レイラに微笑む。「久しぶりね」


 レイラは少し間を開け「もしかして、セシリーおばさま?」


「あら、もしかして忘れてたの?」とセシリーが訊くと、レイラは笑みを浮かべる。「お久しぶりです、おばさま」

「悲しいわ。もうレイラは私を抱きしめてくれないのね」


 セシリーが両手を広げると「もう、私は子供じゃありませんもの」とレイラは困ったように言う。


「あらごめんなさい。あなたはレイラの騎士のジュンイチね」

「はい。初めまして」


 それと、とセシリーは笑みを向け「婚約者、だったかしら?」


「違います」

「なっ! 違わない訳ないじゃないですの」


 否定した準一にレイラは反論、レイラは準一の腕をつかむと揺さぶり、セシリーは「あらあら」と優しげに微笑む。


「同年代の子と打ち解けたこの子を見るのは初めてだわ……良い人が見つかって良かったわね。レイラ」

「ええ、私の大切な人ですもの」


 ね? とレイラは確認するように準一を見、無邪気に笑い準一もつられて笑みを向ける。


「ジュンイチ、レイラの事しっかり護ってあげてね」

「はい」


 と答えるとセシリーは2人に手を振り、その場を去る。


「レイラ様、あの方は?」

「私のおばですわ。小さなころから私に優しくしてくれているんですの」


 成程、良い人なんだな。と準一は理解し、レイラを見、すぐに周囲に目を向ける。見れば、数名の男がレイラに話しかけようとしている。


「あちらの方々があなたとお喋りしたいみたいですが」


 顔を顰めたレイラはため息を吐き「却下」と一言。「準一とならいくらでもお喋りしますわ」

 それは、と準一が困った顔を浮かべた瞬間、照明が消える。


「来ますわよ。現女王陛下が」とレイラ。そんな事だろうと思った準一は、近くにあったグラスを2つ持ち、1つをレイラに渡し、レッドカーペットの敷かれた真ん中を見る。


 よく見れば、結構有名な各国要人が来ている。と考えた直後、ドレスに身を包んだ陛下が登場し会場に拍手が響く。レイラ、準一はグラスを持っているので拍手をせず、目線だけを送る。

 女王陛下、カルミラは壇上に立つと、「ようこそ皆さま」と言うと「本日は私もゲストです。ですので、今日のメインであるエドガーに登場して頂きましょう」

 準一はすぐに目を細める。

 エドガー、自分に招待状を送った人物。名前もエドガーしか分かっていない、殆ど正体不明の男。

 一体、どんな奴か、と見るが人が増え始め見えなくなる。

 しかし、背伸びすれば見えるようなので背伸びする。カーペットの上を歩くのは、長い銀髪の若い男だ。軍服にマント。かなりのルックス、男女関係なくその男でありながら、美しい見た目に息を呑む。


「あれが、エドガーか」

 

 準一が呟くと、一瞬、エドガーが目を動かし準一は目があった様な感覚を覚えた。しかし、前の方の女が「私を見たわ」と興奮しており、違うな、と言いエドガーを目で送ると彼もカルミラと同じ壇上に立つ。

 カルミラはエドガーに小さく言い、エドガーは皆を見渡し口を開く。


「初めまして、皆さま、私、エドガー・アニェスの就任パーティーにご出席いただきありがとうございます」


 まず、エドガーの挨拶、準一は目を見開き手から力が抜けそうになった。

 この声……昨日の

 そんな事に構わずエドガーは話を続け、レイラは準一を揺する。


「じゅ、準一? どうしましたの?」


 準一の様子がおかしい、何か驚いているような顔。そのあまり見ない顔にレイラは少し不安になり、エドガーを見る。


「あの男になにかありますの?」

「い、いえ……気のせいです」


 取り繕いだとすぐに理解したレイラは大きなため息を吐き「厄介事が起こりそうな気がしてなりませんわ」と呟くとグラスの飲み物を飲み干した。





 エドガー・アニェス。アニェス、と聞いて思い出されるのはエルシュタ組の報告。エルシュタの名前、エルシュタ・アニェス。エドガーが壇上に立って話している事を聞いていると、アニェスと言うのは一次大戦前までヨーロッパで一番勢力の高かった魔術一族であり、ヨーロッパ各軍に顔の効く有力一家。

 らしい。どこまでが本当かは分からない。確かめるすべがない、エルシュタ組の報告を待つしかない。


 そうこう考えているうちに、エドガーの話は終わったらしくパーティーは食事からダンスへと変わっていた。エドガーを見れば、美しい女性に囲まれダンスを申し込まれているのだが全てを断ると準一に目を向けた。

 気付いた準一は息を呑み、近づいてくる銀髪の青年に目を細めた。


「初めまして、朝倉準一。俺はエドガー・アニェス……ちょっといいか?」

「いいか、とは?」

「話がしたいんだ。姫を守り抜いた騎士、機甲艦隊中尉とね」


 一瞬、準一は顔を顰めたがすぐにそれを解きレイラを見、「いいですか?」と聞く。「いいですけど、目の届く範囲に居ますから」とレイラ。


「では、テラスでどうだ? まだ空はオレンジ色だ。風が気持ちいだろう」

「分かりました」


 応じ、準一はエドガーに続いて歩くと、その後ろからレイラが続いて3人はテラスに出ると、レイラは柱にもたれ掛り、準一、エドガー両名は手すりまで歩く。

 そこで準一はエドガーの声を聞いた瞬間に思った事を聞く。


「昨日ぶりですね。エドガーさん」

「何の事だ?」

「……あなた」


 準一は目を細め、持っていたグラスを面積のある手すりに置く。


「昨日、シャムロット城まで丁寧に挨拶に来ませんでした?」

「何故俺だと?」

「俺と会話しませんでしたか? 案外覚えてるんですよ。相手の声とか」

「……正解だ。朝倉準一、いや中尉。中尉の言う通り、昨日は城にお邪魔した。……俺の機械魔導天使だよ。ビター・ファントムは」

「確か、あなたは女王陛下の親衛軍の指揮官的立場でしたか」

「聞きたいのはそこじゃないだろ?」

「ですね、では」


 一呼吸置き、準一は口を開く。


「アニェス……あなたの名前のは、俺の知り合いと同じ名前です。既に滅んだ名家の名前だ」

「生き残り、と言いたい所だが複雑でな。俺は末端だ。……完全な血を引いた堕天使の少女とは違う」

「やはり、エルシュタの事を知っているんですね」

「それはもう。俺は末端とはいえ同じ血を引く者だ。反日軍に確保されたのは、想定外だったがな」 


 あなたは、と準一は口を開きエドガーに訊く。


「あなたは、あなたの目的は何です? 俺に接触して何を得ようとしているんです」

「何……か。そうだな。分からないか」


 エドガーはマントを翻し、夕日に照らされたその顔に笑みを浮かべると、準一の両手首を握り、その手首を手すりに押し付けると準一の顔に顔を近づける。準一は肘でグラスを落としてしまうが、それよりも近づいてくるエドガーの顔、あまりの事に対処する間もなく、唇を奪われたかと思うと、エドガーの舌が口に入ってくる。


「な! ななっ! なぁっ!」


 と驚くレイラはあまりの光景にバカみたいな顔をし、他の参加者もそれに気づき、何かしら驚いている。皆が驚く中、エドガーは夕日を背にした準一とずっとキスしていた。

 その中、バンシーでありながらセラの名を持つ少女もその光景に驚き、その場に立ち尽くしていた。

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