王室軍のファントム
京都、安楽島塾に戻った準一は、収容所での戦闘から翌日でもあるのに関わらず講義に参加している。隣の剣崎は、何をしてきたんだ、と言いたげに疑問の目を向け加耶も同じような目。他の塾生は、七聖剣だから忙しのだろう、と考え、黒板前で喋る池澤は意味ありげに笑みを向けると黒板に向き直った。
「なーにしてきたの?」と聞いた加耶は、準一、剣崎と共に屋上にいた。3人はそれぞれ弁当を広げ、同じ部屋である準一、剣崎は同じ弁当だ。加耶は菓子パンを幾つか購入してきており、カスタードパンの袋を勢い良く開け、少し後ろにずれる。
「俺に聞いてんの?」
聞いた準一、「お前しかいねえじゃん」と剣崎は準一製作の弁当からから揚げを箸で掴み、口に運ぶと「う、美味いだと」と正直な感想を漏らす。
「で? 七聖剣の朝倉準一君。この数日間、何をしてきたんでしょうか?」
「何って、こっちには情報は流れてないのか」
情報? と聞き返した加耶はカフェオレのパックに刺したストローに口を付ける。「何の情報?」
「何のって……」と準一。これを言って良いものか、と考えるが箝口令など敷かれていないのでいいか、と判断。「お前ら、収容所、しってるだろ?」
ああ、と剣崎は箸を止める。「あれだろ? 反日軍とか反日の魔術師とか収容してる」
「そ。そこだよ。つい昨日な、そこで戦闘があったんだ。中規模な戦闘がな」
「どこと?」
と加耶はストローから口を離す。
「反日軍。揚陸艇やベクター、航空機や、ミサイルの射程圏外からのロングレンジスナイプなんかもあったな」
「って、お前、それに参加してたのか?」
それなりに、と準一。2人は「流石」と思う。流石七聖剣。自分たちと格が違う、と思う中剣崎は反省する。
何で自分はあんな奴に喧嘩売ったんだろう。と。
「あんた、今朝倉に喧嘩売ったの後悔したでしょ?」
「なッ! 馬鹿言うな! 俺の勝ちだった」
咄嗟の苦しい言葉。加耶は苦笑いしパンを一口。相手にされないので「ぐッ」と剣崎は唸ると弁当をバクバクと食べる。
それを見、準一は笑みを浮かべ、緑茶のボトルを持ち、キャップを開け一口飲む。
「ビター・ファントム……」
ふと、あの知らない天使が過り、口に出る。「ビターって?」と加耶。剣崎も同じことを聞こうとするが「いや」と準一に言われ口を閉じる。「何でもない」と準一。
ビター・ファントムの事は言わない方が良いだろう。
と言うより、気になる事がある。
やたらと協力的だったあの2人の事だ。
リンフォードにハイネマン。
今頃、何をしているやら―――
「ランチだよ」
そう準一に告げたハイネマンはピエロの化粧を取っていた。元は白人、髪は茶色でまだ30代くらい。若く見える彼は、リンフォードと向かい合い、ファミレスのランチを食べている。
2人は私服だ。
準一は放課後、リンフォードに携帯電話で呼ばれファミレスに向かったのだ。
「ああ、ランチだ」とリンフォード。準一はドン、と音がなる程の勢いでテーブルを右手で叩くと、口元を引くつかせ苦笑いで2人を交互に見る。「お、お前ら……もうちょっと逃げろよ。え? お前ら2人とも、日本じゃお尋ね者に近いんだぞ」
ふっ、とリンフォードは笑い紙切れを見せる。「ほれ」
「ん? 何だこれ」と見ると内容は驚く物。安楽島部長の直筆『両名を、収容所での戦闘に於ける功労者とし。リンフォードを収容所から釈放。両名は、手配などを行わない』
マジか、と準一が聞くと2人はマジだ。と答える。
「あんた、ゴーレムは? 心臓は? 教団は? 復讐は?」
「君に会ってしまってからだ。俺は負け続き、挫折もするさ」
「浅い野望だったな」
「何とでも言え」
リンフォードはエビフライをムシャ、と食べ、続ける。
「俺だって、まだあきらめが付いたわけじゃない。……君は」とリンフォードは準一を見、水の入ったコップを持つ。「興味深い。凄くな」
言うと、バカ言え、とハイネマン。
「何だ、馬鹿とは」
「おい準一」
リンフォードの後、ハイネマン。呼び捨てされ「名前で呼ぶな」と準一。「照れるな」とハイネマンは笑みを向け続ける。
「こいつ、こんな興味あるなんて意味ありげに言ってるが、俺と同じだ」
「同じ?」
準一がハイネマンに聞くと「おい」とリンフォードはバツが悪そうにする。
「そ、俺と同じ。ただお前を気に入っただけだよ」
「気に入った?」
「悪い奴じゃない。良い奴だ、お前は。ギャップが大きいからな、その分好感が持てる」
持たれちゃ困る、と準一は思うが口には出さずリンフォードの隣に座る。
「マジか?」と聞くとリンフォードは顔を背ける。「目、合わせろよ」と準一。
「……君は、ほら。あれだ、言っただろう。快楽で人を殺さない。調べたんだ。色々とな、君の事を」
「どんなことだ?」
「だから、君の事だ。それに、昨日解散した後だ。君が先生と呼ぶあの女性からいろいろ聞いたよ」
リンフォードが聞いたのは、準一の過去。それに人間性。背負うには重い力。
「いつか、君は壊れるんじゃないか。と彼女は心配していたよ」
「俺も、コイツと同じだ。そう聞いた」
何を勝手な事を、と準一は思いテーブルに肘を付くと学生服のポケットに手を突っ込む。
「つまり、俺もこいつも、お前には壊れて欲しくない。だから組んでやる」
「上からかよ」
「お前は、組んでいる以上、絶対に見捨てたりしないだろ?」
よし、絶対にこのピエロ野郎は見殺しにしてやる。と準一は思うとボタンを押し店員さんを呼ぶとパフェを頼んだ。
海堂陸佐は陸上自衛隊の正装でいた。現在、彼が居る場所は安楽島塾塾長室。陸佐は偶々近くを通ったので挨拶に来ている。室内の長椅子に座り、向かいの安楽島を見る。
「部隊復帰ですか?」と聞いた陸佐は資料をテーブルに置く。「反抗の意思がある可能性あり、として部隊を外され安楽島塾へ入塾したのでは?」
ええ、と安楽島は応じ陸佐を見、資料を持ちあげるとトントンと纏める。
「ですが、そうですね。彼の事をもっと見ておくべきでしたよ。彼は、そんな事が出来るタマじゃない。彼は次々とやってくる重荷で手一杯だ」
「それはまた……反抗する余裕も無いと?」
「それに、理由も無い。彼には、護るべきものが多すぎる」
「ですね……部長、報告にあった事ですが。昨日の収容所襲撃時、七聖剣2人は所属不明の未確認機を見たとか」
「陸上自衛隊と言えど侮れませんね。どこでその情報を?」
独自に、と言い陸佐は続ける。「あなたの知っている機ですか?」
「いいえ。……日本国の所有する機体にはあんな天使はありません。衛星写真でも、途中で途切れていますしね」
そう言えば、と陸佐は思いつき口を開く。
「現在、朝倉準一は1つの巨大勢力となっていますが、彼の側、確かアルぺリスを含め、3機でしたね」
「ブラッド・ローゼン、アルシエル、エリオットですね。まぁ、無視できるレベルじゃ無いですね。それに、今日、彼はゴーレムを味方に引き入れましたよ」
それはそれは、と陸佐はワザとらしく驚いて見せ、安楽島は呆れたような顔を向ける。
「ま、そういう事です。陸佐、わざわざ挨拶に来てくれてありがとうございます」
「いいえ、では。有意義な時が過ごせましたよ」
ええ、と言い安楽島は陸佐を見送る。下におりた陸佐はジープで基地に帰り、安楽島は部長室からそれを見、疲れたようなため息を吐く。
「しかし、本当に次から次へと……」と資料を引き出しから取り出し、折りたたんでいたソレを開く。資料内容は、元皇女、レイラ・ヴィクトリアの騎士である朝倉準一のパーティー参加の要請だ。
「イギリス……か。出て来るな、ビター・ファントム」
「旦那様」と聞いた漆黒の燕尾服に身を包んでいる男は、ティーポッドを両手で持ち上げると『旦那様』の座る椅子の前、執務机の上のカップに紅茶を注ぐ。
チラ、と顔を向けた旦那様、20代前半のエドガー・アニェスは「何だ」と聞き返すと肩に掛った自身の銀髪を後ろにやり、整った顔、口元をゆるませるとカップを持ち上げると、一口飲み置く。
「気分はミルクティーだ」
「かしこまりました」
答えた彼は、すぐにミルクティーを作り、注ぎ直す。
「日本旅行は如何でしたか?」と淹れ終え聞いた彼は、言うまでも無く執事だ。名は、エドワード・ディレーゼル。「ビター・ファントムを使うほど、お楽しみだったようですが」
言うと、エドワードは長い髪の少女を見る。少女は、少し離れたガーデンが見渡せる大きな窓の側、置いてあったチェアに腰掛け、外を見ている。
「死を予告するバンシー……旦那様は、どうやってお連れしたのですか?」
「普通にさ。日本旅行もそれが目的だ……それに、もう1つの目的の人物にも会えたよ」
それはそれは、とエドワードは長い髪を耳に掛け、整った顔をエドガーに向け、笑みを浮かべる。
「どうでしたか? その目的の相手は」
「想像以上だ。……彼女に」
とエドガーはバンシーに顔を向け、すぐにエドワードを見「訊いた以上に好みだ」
「それは。……いけませんよ、旦那様。欲は身を滅ぼします」
「悪いなエドワード……俺は我慢したくないんだ。直接会って伝えたい」
そう言ったエドガーは、一枚の写真を取り出すと、その写真の人物を見、微笑むと人差し指で写真を撫でる。
「止まらないよ。久しぶりの高鳴りだ。エドワード、お前以上に彼は俺を熱くさせる」
写真に写った朝倉準一は何も答えない。ただ感情の無い瞳を向けるだけだが、エドガーはそれに笑みを返しエドワードはため息を吐きポッドを置く。
「旦那様の悪い癖だ。全く、欲深い。彼が私の様にあなたのモノになりますか?」
「ならなければするだけさ。俺が興味あるのは、彼の魔法や力じゃない、彼その物だ……エドワード、パーティーが待ち遠しいな」
ええ、とエドワードは応じ、続ける。
「旦那様の、イギリス王室軍司令官就任パーティー……楽しみですよ」
「言っておくが、お前も出席だ」
「かしこまりました。粗相のない様、努力いたします」
「何、そんなにかしこまる事は無いさ。集まる王室関係も、やっと後継ぎが決まって自分たちも、民衆も大人しくなってほっとしている奴らだ。気にするな」
そういうわけには参りません、と応え、エドワードは執務室を後にする。
聞いていた少女は、自分の膝上を見、左手に持っていたプリクラを見る。去年の夏、一緒に撮ったモノだ。
3人で車でいろんな場所へ行った。その最後の思い出。
プリクラには、若い男女と彼女自身の3人。
日本人の少年の腕に、外国人の少女が抱き着き、少年の正面に彼女が。
少年は困った顔をし、外国人の女の子、彼女自身は楽しそうだ。
ちゃんと、名前を日本語で書いてある。
少年の下には準一、外国人の少女の下にはカノン。そして、彼女の下にはセラ。と書いてある。下手な日本語だ。慣れていないからだ。
「会えなかった……2人とも」
そう呟くと、バンシーいや、セラはプリクラを強く握った。