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番外編・追憶の夏季休暇⑪

 準一とカノンは、副部長の親戚、じいさんばあさんの家に着いた。倉庫群よりかなり離れた田んぼの中、古めかしい一軒家だ。


「遅かったね」とセラ。「何してたの?」ゲスな勘繰りをする副部長は、セラの手を引きサンダルを履くと玄関から飛び出す。


「何も無い」


 準一が言うと2人は不気味なほどに納得し、妙な気味の悪さを覚える。何を企んでいる、と警戒した瞬間だった、セラ、副部長は準一に泣きつく。


「ど、どうした」

「実は」


 とセラが口を開き、事情説明、いや現物を見た方が早い、という事で家の中に案内された。




「つまり、腰をやってしまったと?」


 準一が聞くと、セラ、副部長は頷く。案内された家、寝室を見ると爺さん、婆さんが腰を抑えて寝転がっている。


「あの、救急車呼びましょうか?」


 カノンからの提案、婆さんが叫ぶ。「あかん!」


「え? でも、腰を痛めてるのでは」

「それでも、あかんのよね。そう、腰は痛いけど―――おうッ!!」


 立ち上がろうとした婆さんは、思いっきり腰を痛めたらしくうずくまると「おおう」と唸る。セラ、副部長が駆け寄り準一は見かね携帯を取り出す。

 救急車を呼ぼうとした、だが爺さん婆さんがかたくなに拒む。

 何故、と聞くと爺さんが説明を始める。


 この周囲を担当する病院、その救急車は族車。時速100km越えで田んぼ道を駆け抜け、平気で追い抜きドリフトをかまし、回転灯でのサイレンではなく空砲を鳴らしての疾走。

 

 と爺さんは説明。明らかに救急車としての役目を果たせそうにない、そりゃ拒むわ。 


「……じゃあ、俺が病院まで連れてこうか?」

「そりゃ助かるが、車は?」

「え? この家、車無いの?」


 準一が聞くと婆さんは頷く。だったら、どうやって買い物なんかをしているんだ。見た限り、ここでは車は必需品だ。


「ほれ」


 と爺さんは窓の外を指さす。見ると、9m級ベクター、陸上自衛隊が初期に採用した戦闘形式に改造されたベクター。

 何であんなものがここにあるんだ、と思い、聞いてみる。


「叩き売りしてたからのぉ」


 それより、と副部長がテーブルを叩き準一を見る。「お腹空いた!」セラも立ち上がり「私も」と手を挙げ意思表示。


「で、でもお二人の腰が……優先順位が」


 と戸惑うカノンは、2人を優先すべきでは? と訴えるが、セラ、副部長は「ギャーギャー」と騒いでいる。

 仕方ない、と準一は「台所借りますよ」と言うと台所へ入り、手早く夕食を作った。






 朝を迎えると、爺さん婆さんは農作業やら家事やら出来る程に回復していた。若者の準一、カノン、セラ、副部長の4人はモールに停めっぱなしで駐車違反を喰らった車を指定の場所まで取りに向かった後、海へ向かった。

 九条は「折角だし楽しんで来たら」との事。遊ぶ許可は降りている。


「クラーケンって出て来る?」と後部座席のセラは隣の副部長に聞く。副部長は少し悩み「準一をエサにしたら出るかもね」


 後部座席は盛り上がり、運転席の準一は苦笑い。助手席のカノンは微笑み、準一を見すぐに前を見る。


「クラーケンが出てきたら、どうします?」

「どうしてほしい?」

「出来れば美味しく食べられるように料理してください」

 

 無茶な事を、と呟き準一は高速を降り、海へ向かい、沖合を見て準一、カノンは頭を抱えた。普通の砂浜、夏休みなだけ人が多い。だが沖合、言えば水平線にはミサイル護衛艦3隻。

 多分、九条の言っていた暇な部隊だろう。その暇な部隊、艦の前にベクター。ベクターはまるでお風呂に入ってるかのように海面から上半身を晒し、ミサイルポッドを背負っている。

 その前、浜辺に近づいた所にもう一機のベクター。体力自慢の青年たちが「おい、あのベクターを目印にしてよ。競争しようぜ」等とブイの代わりになっている。


「何だか、馬鹿みたいな光景ですね」

「俺もそう思ったよ……取りあえず護衛は居る。泳ぐなら着替えて」


 と後ろに振り向いた瞬間、セラ、副部長は手を繋いで堤防まで走り飛び込んだ。


「何て奴らだ。いつの間に」

「最初っから着てたみたいです」


 カノンは車のボンネットを指さす。見るとボンネットの上には脱ぎ散らかされた服。


「せめて畳むかしなさいよ」と準一は頭を抱え、車に駆け寄ると後部座席に服を投げ入れ、シートを抱えカノンに駆け寄る。「お前も、海を楽しんできたらどうだ? 俺は荷物版してるから」


 む、とカノンは頬を膨らませる。「一緒……とか、ダメなんですか?」


「あ……ああ、そうだな。そっかそっか」と準一はカノンの頭に手を置くと数回撫でる。「よし、それじゃ一緒に遊ぶか」


 はい、とカノンは元気に応じ2人は水着に着替え海に飛び込む。






 そこから10分後、副部長、カノンは海水を飲んでしまい、堤防まで上り大人しくなる。準一、セラは元気で、準一がセラに泳ぎを教えている。


「くそ……だから海は怖いんだ。海水」

「塩水ですからね……」


 と言ったカノンは副部長の隣に腰を降ろすと、結構先の方の準一、セラを見、息を吐く。


「ねぇ、カノンちゃんってさ……よく分かんないんだけど。家族? 親戚?」

「そうですね……彼曰く、妹みたいなものだと。そう言えば、あの人は実妹が居ましたよね」

「ああ、居る居る。仲良くないみたいだけど」


 そう言えば、前に準一が何か話しにくそうにしていたのを思い出す。


「仲悪いんですか?」

「かな。私はほら、小学校6年生まで準一と一緒だったから。妹は双子だったし、クラスも一緒だったからよく覚えてるよ。目立ってたしね」

「どんな兄妹でした?」

「んー、小学校5年生くらいまでは仲良かったよ。まぁ、でもね……流石に、そう、準一も嫌になるよ」

「嫌になる? とは?」

「簡単な話。あいつの妹の結衣だけど、出来が良すぎたんだよ。勉強もスポーツも、何をやらせても一発で成功して兄とは大違い」


 だから、と副部長は続ける。


「準一に限界が来ちゃってね。私はさ、結衣の方とは殆ど関わり無いの。私は準一達のグループだったから」

「そうなんですか……でも、何で出来が良いだけで仲が悪くなるんです?」

「何でって、ほら。比べられちゃうでしょ? 準一はお世辞にもカッコいい、とは言えない。普通。妹の結衣は容姿端麗成績優秀、周りが比べるのよ。比べて、心無い言葉を準一に浴びせてね。同級生も、後輩も先輩も。周りの、教師や近所の大人。皆が口を揃えて準一に言うの『出来損ない』『落ち零れ』『クズ』とか」


 そんな、とカノンは海を見、目を細める。準一にそんな事があったなんて思いもよらなかった。


「聞いてない?」

「はい。そんなの初めて聞きました」

「どう思う?」

「素直に酷いと思います」

「でしょ? 準一も努力はしたんだよ? スポーツはしてなかったから、勉強だけは頑張って最初こそ妹に負けない様にって、でもね結局勝てなくて風当たりが強くなったの」

「何だか、信じられません。……私の知ってるあの人は、何でもそつなく熟すイメージですから。副部長さんは、あの人とあの人の妹、どちらの味方なんですか?」


 そりゃあ、と副部長は少し前のめりになり、堤防から降ろしていた足をパタパタとさせる。


「準一だよ」

「それは、好きだからとかですか?」

「はは、違うよ。ほら、出来が良いって言ったでしょ? 私はね、結衣が嫌いなの」


 どうしてだ、と思う。関わりが無いのなら。と思うが副部長は続ける。


「自覚が無かったから。見ててムカついたの。結衣は、準一に褒めて欲しくて頑張ってたらしいんだけど、その結果があの酷い罵声。どうしてか結衣にはその罵声の情報が入ってなくて、会話しなくなった時も、一方的に準一が悪いって決めつけてて。そりゃ、結衣が一方的に悪いわけじゃない、けど、あの自覚の無さはホント、今までで一番ムカついたね」


 カノンは何も言えず、ただ黙っていた。


「それと、好きだから、って聞いたね。前は好きだったよ」

「え? そうなんですか?」

「うん。好きだった。グループのムードメーカーで、グループの中心。何をするにもあいつがみんなを引っ張って、いつも笑って元気で無邪気で優しくて、物事をストレートに言う奴だったから」


 正直、そんな事以外でしかなかった。カノンの知っている準一は、あまり喋らずの人間。優しいは知っているけど。


「意外です。本当に。あの人が無邪気だったなんて」

「うん。意外でしょ? 私からすれば、今のあいつは殆ど別人だよ。根本的には一緒だろうけど、まぁ、そりゃ歳も重ねれば落ち着くとは思うけどさ」

「そんなに……変わってるんですか?」

「変わってる。でも、仕方ないよ。私は全部終わった後に訊いただけだから実感ないけど、準一は目の前でクラスメートを殺されたんだから」

「こ、殺された?」

「うん。殺されたの。私たちの学校、区画が特殊で中学に上がる時に色々別れちゃって、準一は中の良かった奴らと中学に上がれたけど、私は別。結衣も違う学校だし、結衣と仲の良かった子達も全然違う学校だったから。多分、結衣も実感ないし、それどころか情報が入ってないと思う」


 これも初めて、と副部長が訊き、カノンは無言で頷く。


「去年の12月、変な時期の修学旅行最終日。魔術師が飛行機をジャックしてテロを起こした。って、ニュースじゃ流れてた」

「そんな事、あったなんて一言も言わなかったのに」

「心配かけたくないんだよ。きっと」

「そうでしょうか」

「そうだよ。それに、あいつ、何か……上手く言えないけど。ヤバい事、かな。うん、多分そんな事を隠してる」


 魔術師である事。なのかもしれないが、この人はその事を知らない。

 話す必要は無い。


「だから、カノンちゃん。いやカノンあいつの事、見てあげててね」

「はい」


 とカノンが頷くと、セラの笑い声が聞こえ、見て見るとセラが海藻を拾っては、準一に投げつけている。準一は「ちょ、タイム」と言いながら海藻を手に受けている。

 

「これでお相子ですよ」


 小さく呟いたカノンは立ち上がり、テトラポッドを駆け降り海に飛び込むと2人に駆け寄った。







 海の家で昼食を食べている時だった。準一は携帯に着信を受け出ると、先生、瞿曇円華から。訊けば、彼女はこの近くまで出張って来ているそうで、海水浴を終えたら会いに来いとの事。

 副部長が居ては困る、と思い彼女を親戚宅まで送ると、円華との待ち合わせ場所。山道の神社へ向かった。

 神社へ着く頃、既に夕刻でそらは茜色。セラはカノンと手を繋ぎ準一の後ろにおり、神社の階段を上がると真剣な顔つきの円華が涼しそうな恰好でベンチに座っていた。


「どうしたんですか。先生」


 準一が聞くと、瞿曇は何も言わず立ち上がり、セラを見、すぐに準一に目を向ける。


「準一。この娘の事をどこまで知っている?」

「い、いえ。何も」


 そうか、と瞿曇。カノンが警戒しセラを後ろにやると、近づいた瞿曇はため息を吐く。


「この子の身元が分かったから届けるんだ。だから、ほら。幾ら何でも未成年に預ける訳にはいかないだろう」


 瞿曇が言い、カノンは「そうですか」とセラを前にやるが準一は疑っていた。しかし瞿曇はセラの手を握り準一を見、一度ため息を吐くと「さっさと京都へ行ってしまえ」とだけ言い神社を降りる。

 カノンが「よかった」と言った瞬間、準一の携帯が鳴り開くとメール。

 瞿曇からで短かった


『セラ、と言う娘の事は忘れろ』


 ただそれだけ。準一は訳が分からず大きなため息を吐くと、この事をカノンに話さず車へ向かう。


「メールですか?」

「ああ。親からだ。お土産忘れるなよ、って」

「そうですか。何にします?」

「八つ橋、って言ってたな」


 とだけ言うと、準一は前を見、平然を取り繕い2人は京都へ着き、無事に旅行は終わりを告げた。

  






 落ち着きなく、と足を動かすカノン。第三女子寮の結衣と同室であるからして、足をバタバタ言わせれば結衣からすればうるさかった。


「カノ~ン何の妄想してるの」


 目を擦りながらの結衣に訊かれ、カノンは「秘密」と可愛く言うと天井を見、瞼を閉じ


「もう一年か、早いな」


 と呟くと深い眠りに就いた。

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