番外編・追憶の夏季休暇⑨
あと少しで夏季休暇編は終わりです
たぶん、別にまた番外編は始まりますよ。きっと
ウォーカー、桜吹雪。決定的に違うのはパワーだ。パワー重視のウォーカーは、9m級ベクターの中でもトップクラスの力持ち。大して桜吹雪は身軽、器用さが売りだ。
しかし、武器無しでの取っ組み合いをご所望らしく、素手での取っ組み合い。
普通に考えれば目に見えているが、ルールを守らなくてもいい。浜辺に行けば周辺に気を遣わなくても良くなる。
起動させ、システムを立ちあげると『NPA』と文字が出た後、厳島電装のロゴが現れ、出現したキーボードを弾き、機体を完全に起動させる。戦闘も可能な状態となった桜吹雪は、ゆっくりと膝を伸ばし立ち上がる。
「やっぱ低いな」
普段は椿姫などの、正規のベクターの大きさ。15mに慣れた身としては9mは低い。電線や電柱がすぐ目の前にあり、地面も近い。
キーボードを弾くとサブモニターに武装を現すCGを映し出す。リボルバーガン。左腕にはコンパクトシールド、シールド内にはスタンロッド。
ここでは上手く機体を扱えない。周辺住民への被害がデカい。なれば海へ出てもらえば。
『ヒヒヒヒっ! ウヒャヒャヒャッ!』
聞こえるのは、目標。ウォーカー操縦者の笑い声。さて、相手にはどこまで日本語が通じるのか。
「おい。ここじゃ戦えない」
準一はウォーカーに呼びかける。桜吹雪が居るのはコンビニ前の大通り。ウォーカーは、少し街に入った道路。少しでも手をつけば、テナント募集の3階建ては巨体に潰されるだろう。
「向こうの浜辺は空だ」
言うと通じたのか、ウォーカーはゆっくりと歩きはじめ海に向かう。準一もそれに合わせ足を動かした瞬間、大漁の旗を振り上げウォーカーが迫る。マズイ、と後ろを見る。まだカノン達、野次馬や警官が居る。
避ければ潰される。
取っ組み合いはやむを得ない。と覚悟しフットペダルを踏み込むと、振り下ろされた旗をシールドで防ぎ、左肩でウォーカーの腹部にタックルし、怯んだ瞬間に腹部を押さえ少しの木々の間を抜け浜辺に出る。
むこうにチラチラと見えるパトカーの回転灯。浜辺に人がいないのは、これを見越しての人員規制。上手くやってくれている、と後ろに倒れたウォーカーから離れ、桜吹雪は海側に立ち、ウォーカーはその向かい。
素早くリボルバーを抜こうとすると、ウォーカーが突っ込む。手を腰から離し、取っ組み合いになりすぐに握られた掌を押し返され、バチバチと配線が悲鳴を上げる。
――まずい
咄嗟にシールドで顔を殴り、回し蹴り。だがウォーカーは腹に突っ込んできた蹴りを受け、腕で押さえると浜に投げ、桜吹雪はテトラポッドに挟まれた堤防に激突。
「準一!」
急に聞こえた自分を呼ぶ声。下から。いや少し潰した森の方から。セラが叫び、テトラポッドの後ろを指さしている。モニターに映すと、まだ小さい、女の子と男の子がテトラポッドの後ろに蹲っている。男の子が女の子を庇う形。
正面を見ると、ウォーカーの拳が迫り腕で受ける。ガンガンと音が鳴り、フレームが嫌な音を立てる。運動性は高くとも、殴り合いには向かない桜吹雪。クソ、と思いながら足を突きださせると、左に避けたウォーカーは桜吹雪の両腕を、片手で一緒くたに押さえつけると、空いていた左手を腰にやる。
何をする気か、と思えば9m級ベクターサイズの工具である、ドライバー銃を抜く。
てっきり桜吹雪に向けるかと思いきや、その先端を2人の少年少女に向け、準一は舌打ち、頭部を突き出しウォーカー胸部に当てるが、怯むだけで抑えられた手は変わらず、しかし少し体勢がずれた事によって2人の盾になる形になった瞬間、音が鳴り、杭に似たネジが桜吹雪に刺さる。
そしてその1つがコクピット、左側に入り込むが、準一にはギリギリ当たっていない。
後ろを映すモニターを見る。カノンとセラ、他警察官たちが回収し、逃げている。
「この」
と声を出し桜吹雪の下側になっていた左手を横に出すと、未だ右手を抑えつけているウォーカーの腕に、抜いたスタンロッドを突き刺し電流を流し込むと、バチンと一度、ウォーカーの関節が爆発しぐったりと垂れる。
その隙に脚を振り上げ腹部を蹴り、圧し掛かられていた形から向き合う形になると、腰からリボルバーガンを抜き、撃鉄を下ろし、トリガーに指を掛けさせる。
投降しろ、と言いそうになったのを止める。撃って来た、自分にではない。女の子と男の子にだ。それに説得は通じない。
ウォーカーのコクピットの位置は頭部。一瞬、狙いを頭部にしてやろうか、と思うが殺すのが目的ではない。
今は警察活動。
一発目で腹部を撃ち抜き、動力であるバッテリーを破壊。続けて二発目で冷却部を撃ち抜くと、白い冷却液が漏れ、ウォーカーの脚部、腰部を凍らせ白い煙が立つ。
支える力が無くなったウォーカーは、膝を曲げ膝を付かせるとそのまま大きな音を立て、前に倒れ込み
『確保ぉッ!』
と年配警官が叫び、若い警官たちがウォーカーから酔っ払いの30代を引き摺り出す。酔っ払いは一升瓶を抱え、もう一つの一升瓶をゴクゴクと飲みながら引っ張り出される。
準一は「はぁ」と息を吐くと桜吹雪に膝を付かせ、機から降りる。
「いやぁ」と近づいてきたのは婦警さん。「凄いな。よくもまぁ、あんな凶悪な武器を持ったベクターを倒したものね」
そりゃどうも、と準一は大きくため息を吐くとコンビニへ戻ろうと浜辺から出る。すると、先ほどの少年少女が近寄り
「あれ、お兄ちゃんが乗ってたの?」と女の子に聞かれ「おう」と答える。
女の子はポケットから取り出したグルグルのキャンディを「はい!」と準一に差し出す。
「これは?」と準一は受け取ると、しゃがみ、目線を合わせる。「お礼、お兄ちゃんありがとね」
女の子が言うと男の子もやって来
「ありがとうございました」と丁寧な口調で礼を言う。「兄妹?」と準一が聞くと、男の子、女の子2人は同時に頷く。
「そっか」
笑みを向け、準一はキャンディを返す。
「これはお前の兄ちゃんにあげな。しっかり護ってくれたのはお前の兄ちゃんだろ?」
「あ、ぼくは持ってるんです。1つ」
あ、ああ。そう
「じゃあ、貰う」
と準一はキャンディを受け取る。野次馬たちは警察官達が抑えている。その中へ戻ると、セラとカノンが駆け足で近寄り怪我は無いか、としつこく聞いて回ったが、どうにかこうにかその場を切り抜け、車に乗り込み高速へ戻った。
あの作業用ロボットの騒動。桜吹雪には警察官が乗っていた、という事で収まった。その後、ドライブの中何がしたいかを聞くと
「塩水の中を馬鹿みたいに泳ぎたい」
というセラの要望があり海に行く事に。しかし水着が無い。よし買いに行こう。
が現在だ。
今は高速道路沿いにあった大型ショッピングモールのスポーツウェアショップに居る。夏だけあって水着はより取り見取りだ。
「どう?」
と出て来たセラは緑の水着。スポーツブラみたいな上に、スカートの様な下。
「うん、可愛い」
「おお。好評だね」
とセラは胸を張る。準一はセラの頭を撫で「じゃあ、着替えてきなさい」
「はーい、お兄ちゃん」
「誰がお兄ちゃんだ」
そう準一が言うと、セラはシャッと試着室のカーテンを閉め、次に隣のカノンの試着室が開く。
「ど、どうですか?」
カノンの水着は白をベースに黒でなぞられ、黒い点々のマーク。金髪のカノンにも似合う水着でかなり可愛い。
「可愛い。凄く」
本心、笑顔で言うと準一は鼻から血を流す。
「血が出てますよ?」
「何? まさか」
と準一は鼻に手を当て手の甲に付着した血を見、カノンを見る。カノンは今まで肌を晒していなかったが、かなりプロポーションが取れている。胸には谷間、くびれはあり、尻は出過ぎていない。
「……エロいな。お前」
「せい」
エロい、と準一に言われカノンは呆れ気味の顔で頬を張った。パァンと音が響いた後、カノンはカーテンを閉め、水着を持ったセラが出て来る。
「準一、変態だね」
「仕方ないんだ。男には、堪えられない時がある」
「む、私の時は堪えた?」
セラが聞くと準一は顔に悪い笑みを浮かべる。
「フッ。おこちゃまめ」
「ぬぁッ! やっぱ準一もおっぱいが良いのか!」
「バカ言うな! 尻もだ!」
直後、カノンの試着室のカーテンがシャッと開き「謹んで下さいね。2人とも」と2人を怒り、2人は「はい」と大人しく応じた。
「全く、周りの目も考えて下さい」と言うカノンは、手に水着の入った紙袋を持ち、準一の隣。3階のショップ前を歩いている。「高校生じゃないんですか?」
「悪かったって……これからはスポーツウェアショップじゃ言わない」
「人目を気にしてください! もう」
カノンは頬を膨らませ準一を見、それを見て「ぬふふ」と口に手を当てたセラが笑う。
「どうしたのセラ、その怖い笑い方」
「ぬふふ……カノン、すっかり女房役だね」
そうか、と準一が思う一方、カノンは顔を真っ赤にさせその場に止まり口をパクパクさせる。
「こら。駄目って言ったろ?」
「ごめんごめん、つい」
テヘ、と笑ったセラの頭にチョップを落とすと、動かないカノンを見る。
「おい、カノン? セラにからかわれただけだ……ね?」
「え、ええ。ええ、そうですね。ええ、分かってますよ。ええ、冗談ですって」
そうは思えない、と思うだけで口には出さない準一は前を見、先に知り合いを見つける。
「……あ、ああ! 準一じゃん!」
「副部長」
副部長? とセラは聞く。「俺の所属してる部活、弓道部のな」
「弓道って?」
「ハンティングの事だ」
準一の嘘に「へぇ」とセラは信じ込む。「ってかあんた何よ、この可愛い女の子2人は」と副部長は準一に近づくと肘でゲシゲシと叩く。
「拉致ったの?」と副部長。準一が「従妹」と言おうとすると、カノンが不機嫌そうに準一の裾を掴み、下唇を噛んでいる。
「カノン?」
どうしたの? と副部長、セラが覗き込むとカノンは副部長を睨み付ける。
「い、妹です……私、兄さんの妹です」
いつお前は妹になったんだ。従妹だろ? 従妹が限界だ。妹だなんて、明らかに嘘だってばれる。
「あんた……妹は碧武じゃなかった?」
「ああ、そうだった筈」
返答に困る準一はそう言いながら目を逸らす。
「あれだよ。妹ってさ、自称だよ」とセラが副部長に言うと「ああ。なる程ね」と納得。助かった、と準一は思い一息吐く。カノンはずっと微妙な表情をして裾を握っている。
「準一準一、この副部長さんと仲良いの?」
「え? ……なぁ、俺達仲良かったっけ?」
副部長に聞くと少しして「さぁ?」と返事が返ってくる。
「でも、私たちって腐れ縁だからね。私たち、小学校は一緒で中学校別になって、んで高校で再会したの」
「へぇ……縁だね」
とセラが言うと準一は手をセラの頭に置く。
「そう考えりゃ仲良いのかな?」
「いいんじゃない? ねぇ、準一達はどこ行くの?」
副部長は、別に誰に聞いたわけでは無く3人に聞いた。案の定、口を開いたのはセラ。
「海! いいでしょ」
「へぇ、いいなぁ。海」
いいだろ、と言い準一は副部長に笑みを向け、それを見たカノンは不機嫌そうになるが、準一は気付かない。
「お前は?」
「私は親戚の家、このモールのすぐ近くなんだけど。よかったらだけど、一緒に遊ばない?」
一緒に遊ばない? とは自分を含め4人とで。と言うわけなのだが、カノンにはそう捉えられていなかった。
「そっか……まだ時間はあるし。セラ、どうだ?」
「いいよ。あたし副部長好き!」
「おお、嬉しいねおチビさん」
と副部長がセラに抱き着くと、カノンは「んー」と唸り準一の裾を引っ張る。
「どうした?」
「ど、どうした……じゃありません。京都は……? 私は?」
「え? おい、何言ってんだ?」
準一が聞いた瞬間、カノンは乱暴に裾を離し、持っていた水着の入った紙袋を投げつけ
「嘘つき!」
と言うと走り去った。
理由の分からない準一は2人を見る。
「ど、どうしましょ」
「んー、ねぇ? 副部長」
「うん、そうだね」
2人は頷き合うと準一を見るとカノンの走り去った方を指さす。
「「追え」」
準一は頷き「イエス・ユア・マジェスティ」と言うと水着の紙袋を預け、駆け足でカノンを追いかけた。