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番外編・追憶の夏季休暇⑤

まだまだ番外編

 神社はパーキングエリアの近くにあった。車、ではなくパーキングを降りたすぐ近くの私鉄電車に乗る。それなりに人が多かったが、座れないわけでは無かった。

 カノンは他人と必要以上に近づくのが嫌らしいので、準一とセラが防ぐように挟んでおり電車で4駅。市街地の外れの田んぼの先、神社の階段に点々とオレンジの火が灯っている。

 駅は田舎で、無人。降りた人だかりは夕刻の薄い紫の空の下の田んぼの中を神社に向け、列を作っている。

 神社に近づくにつれ、盆踊りの音色、太鼓の音が近づいて来ているあたり、あの神社での花火大会は盆踊りも兼ねている。敷地的には広いのだろうか。


「ワクワクするね」


 浴衣姿のセラは燥ぎ回る。他の通行人の迷惑だろう、と思い手を引く。「暴れない」と準一に言われ「はーい」とセラは大人しく従う。


「保護者ですね」


 カノンが微笑み言うと、準一は口を尖らせる。


「違ぇやい」

「お兄ちゃんだもんねー」


 ため息を吐き、準一はセラにチョップする。「誰がお兄ちゃんだ。アホ」


「あー! アホって言った。準一のバーカ」

「バカって言った方がバカなんだよ。バーカ」


 何の言い合いをしてるんだ、とカノンはため息を吐き神社を見ると、少し笑みがこぼれた。お祭り、彼女はかなり楽しみなのだ。





 ゆったりと進む列に続いた3人は神社の敷地に入った。賑やかで、風が吹くたび棚に並べられた風車が回っている。境内に沿って並ぶ提灯、燈籠は同じオレンジ。出店の出ている中を進む大半は浴衣だ。


「おぉー! お祭りってこれか!」


 階段を登りきった所でセラがピョンピョンと跳ね回る。


「あんまり騒いで人様に迷惑掛けるんじゃないぞ」

「分かってる! ねぇねぇ」


 とセラは準一の右手を握り引っ張る。「もっと色々見て見たい!」


「分かった。じゃ、行くか」


 準一は言うとカノンを見る。準一の後ろでそれなりにお祭りに感動していたカノンは「おほん」と咳払い。体裁を取り繕う。

 やれやれ、と言わんばかりの準一は笑みを向けるとセラに続いた。





「ねぇ、何であの人たち鉄砲持ってるの?」


 セラのお目に掛ったのは射的。コルクを撃ちだす普通の射的だ。


「あれはね、棚に置いてあるお菓子とかあるでしょ? それを狙って倒せば貰えるの」


 セラに答えるカノン。


「なぁ、カノンさお前。やけにお祭りに詳しくないか?」

「え……ま、まさか。そんなわけ」


 と弁解より先に、カノンの手からセラが一冊の雑誌を奪う。

『日本の夏祭り。楽しむhow-to』

 お祭りのhow-toって何だよ。と思いながらカノンを見ると、恥ずかしいのか両手で顔を覆っている。一体、この本はどこで手に入れたのやら。


「やっぱりカノン、楽しみだったんだね」

「うん」

「気になってたの?」

「うん」


 そうならそうと、正直に楽しめばいいのに。面倒臭い奴だな。


「射的、してみるか?」


 顔から手を退けたカノンは頷く。セラも返事をし3人は射的をする事に。




 コルク7発500百円。高い、と準一は思った。自宅近くの藤祭りでは15発ほどで500円だったぞ。まぁ、的屋だし。


「よーし! ガンガンゲットしちゃうから!」


 意気込むセラは弾を込めた銃を構え、銃口を適当なぬいぐるみに向けた。その瞬間、的屋のおっちゃんの顔に悪い笑顔が浮かんだのを、準一は見逃さなかった。

 パン、と音が鳴りセラの銃からコルクが飛ぶ。かなり速い速度でぬいぐるみに当たるが、全く動かない。


「ぬぉー! じゃあ別だ!」


 狙いを変えたセラは、お菓子を狙い始めたが同じく動かない。


「成程」と準一が声を漏らすと、カノンは「どうしたんです?」と聞きながら準一の横に立つ。

「あの景品、後ろに止め具があるんだ。まぁ、後ろから支えてるだけだけどな」

「え? フェアじゃないじゃないですか」

「って言っても、射的なんざこんなだぜ?」


 少し不満そうな表情を浮かべ「そうなんですか」と声を漏らし、カノンは銃を構える。


「止め具、と言っても支えてるだけなんですよね?」


 確かめる様にカノンが聞き、準一は頷く。それを聞き笑みを浮かべ、カノンはトリガーを引く。

 飛び出したコルクは景品のお菓子の箱の角に当たり、跳ね、右隣のこけしの側面に命中。こけしは倒れる。


「ば、馬鹿な!」


 と的屋のおっちゃんが飛び上がる。「何故! 倒れるわきゃねぇ!」


「えい」


 カノンは続け、2つのお菓子を倒す。倒れた後には支える為のイカサマ道具。


「おっちゃん。ルール違反じゃないよな」


 おっちゃんはチクショウと言うかと思ったが、おっちゃんは口をあんぐり開けたまま動きを止めている。


「ま、まさかあんちゃん達……!」


 この男、俺達の事を? と準一は一瞬身構える。


「ゴーストハンターか!」


 この一瞬でおっちゃんは頭を打ち付けたのだろうか、いや、熱中症の初期症状か? と準一は考えながらコルク銃を向ける。


「おっちゃん。馬鹿にしてんだろ」

「違う。……何だ、お前ら知らないのか」


 とおっちゃんはポスターを見せる。心霊現象がどうと書いてある。


「ほら、このあたりは最近有名になったんだ。心霊現象の起こる旅館があるとかでな。そうじゃなきゃ、こんな片田舎にこれだけの人間は来ないさ」

「心霊現象?」


 セラが聞くとおっちゃんは準一達を見る。準一達の後ろは人が行きかっており、そう言われてみれば皆ポスターを持っている。


「そう。この近くの旅館なんだが、その一部屋でな。夜中に部屋の外に出たら、向かいに無い筈の部屋が出来てたり。廊下を進んで、色んな部屋に入っても全部廊下に繋がってるとか」


 随分とデンプレな心霊現象だな。もっと、えげつないのを想像していた準一は呆れ気味に息を吐く。


「実際に体験者が居るんですか?」

「さぁ、会った事は無いがな。……ってか、あんちゃん達、マジで知らずにここに来たわけか?」

「まぁな。京都旅行のついでだ」


 準一は言うとコルク銃を置き続ける。


「おっちゃん、その旅館って?」

「この辺じゃ旅館はそこしかない。4階の444号室が心霊現象の起こる部屋だ」


 紫ババアじゃねぇか、と突っ込みそうになるが堪える。


「よし、祭りが終わったら早めに遠くへ移動しよう」

「それがいいな。関わらない方がいい」


 おう、と応じると準一達は景品を貰うのを忘れながら、別の露店へ移動した。

 





「お、珍しいな。外国人の来客か。よし、あんちゃんたちはサービス! もってけ泥棒」


 とたこ焼き屋の兄ちゃんは3パックをタダでくれた。このたこ焼き屋に来るまでにカノンに対してのナンパが4回。ヤバそうなおじさんがセラに声を掛けること2回。

 嫉妬から、準一が絡まれる事3回。

 何ともつかれる、とカノン、準一が思う中セラはたこ焼きをパクパク食べている。


「流石、お前たち2人は目立つな」


 準一が言うとカノンはため息を吐く。


「嬉しくありませんよ。気分が悪いだけです」

「だな。俺もだ」

「私、あんな気分を害するような人たち、旅行に来てから初めて会いました」

「そんなに嫌か?」

「嫌です」


 カノンは本当に嫌、と言いたげに顔を顰める。こいつは、まともに生活するようになって、どこで婿を手に入れるのやら。


「こんな不愉快極まりない話より、花火の方が気になります」

「ああ。今が20時だから……後30分。待てるか?」

「なッ! 馬鹿にしないで下さい」


 フイとそっぽを向いたカノンはご立腹らしく頬を膨らませている。


「冗談だよ」

「……バカにしてますよね」


 さぁて、と準一がセラを見ると自分たちの分のたこ焼きを食べ終えた後だった。


「……おや? おチビちゃん。食べちゃった?」と準一。「うん」と口を拭ったセラはピースし、笑顔を向ける。


「美味しかったよ!」

「はーい。セラはもう食べるの無し」

「な、何だとぉッ!」


 かなりショックを受けたらしいセラは、10分ほど準一に抗議を続けた。

 



 結局、セラの涙ながらの頼みに準一は焼きそばや、鮎の塩焼き。おでん。いか焼き。焼き鳥を買ってあげた。花火が始まるまでの30分、一体セラはどれだけ食べるのだろう、と準一が思いながら呆れ気味に笑みを向けると、鮎の塩焼きを頬張るセラが口を開く。


「そういやさ。カノンって射撃上手なんだね」

「え? そう?」

「そうだよ。だって、さっきの射的屋で凄い当て方してたじゃん」


 ああ、と声を漏らしカノンは景品を貰うのを忘れていたのを思い出す。


「カノンは射撃が上手だから、そのスナイパーの腕前で準一のハートを射抜くんでしょ?」


 セラが無邪気に聞いたのだが、なぜかカノンは準一をポカポカと叩く。


「だって、準一。どうする?」

「俺に聞くなよ」

「準一は当事者だよ?」

「よくそんな難しい言葉知ってるな。鮎没収するぞ」

 

 どうやら、セラは完全にカノンをからかう術を身に付けたらしい。


「い、射抜きませんよ!」

「なーんにも言ってない」


 準一は答えると、人の流れの中を歩き続けて盆踊りのある運動場近くに来た事に気付く。


「あ、踊ってる!」


 とセラはグラウンドに駆け、風車の並ぶ棚に挟まれた通路を走る。

 カノンはそれを追いかけようとし、脚を止め、準一に振り返る。右手で準一の左手を握ると笑顔を向ける。


「私たちも行きましょう」


 ああ、と頷こうとすると、棚に掛けられた風車が吹き抜けた風にクルクルと一斉に周り始め、燈籠や提灯の火がその回転と合わさり、カノンの姿を幻想的に演出し準一は目を奪われた。


「どうしたんです?」


 引き込まれるような感覚から戻り、準一は「あ、ああ」と歯切れ悪く答え、カノンは首を傾げるも、そのまま手を引きグラウンドへ駆けて行った。

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