番外編・追憶の夏季休暇①
本編に行き詰ったら番外編ですね。
「ねぇ、カノンってさ。兄貴と前はあんまり喋らなかったんだよね? でさ、今みたいになったのって何かあるの?」
第三女子寮、自販機の置いてあるコミュニケーションルーム。午後8時の風呂上り、結衣はカノンに聞く。隣の自販機でコーヒーを購入したカノンは、ゴトンと落ちた缶コーヒーを取り出し口から取り出す。
「何かって……まぁ、あると言えばあるけど」
ほう、と声を漏らしたスウェットの結衣はカノンにすり寄る。「教えて?」
「んー、やだ」
「何でよー、教えてよー」
やだ、と言ったカノンは開けた缶コーヒーを一口飲んだ。
眠気がやって来る頃。急に頭が冴えた。結衣があんな事を聞くから、とカノンは結衣の言っていた何か、と思い出していた。
―――碧武九州校に来る前
夏休み、準一とカノンの2人は八幡東区、スペースワールド駅前に居た。何故こんな場所に居るかと言えば、準一の所属である戦艦大和艦長からの命令で
『駅前のごみ箱の上に命令書があるよ。皆の艦長、九条☆功』
準一は福岡県内の自宅に届いたその命令書を破り捨てた訳だが、追伸があった。カノンと一緒に来ること。と短く。
この時期、まだ朝倉家に来て日の浅いカノンは、準一に対して心を開いていない。少しは喋るが、まだ警戒している時期で準一が手を焼いていた頃だ。
一緒に行く、と言ってもその紙切れを見せなければ警戒し続けていた。
そして、この時のカノンは準一の過去をまだ知らない。
さて、今回の話は朝倉準一とカノンが碧武に来る前の、カノンが心を開く切っ掛けを書いたものである。
「マジでゴミ箱の上じゃん」と準一は駅前のごみ箱の上の茶封筒を取り、開け見中身を取り出し黙読する。
『仕事も学校も夏季休暇なので、少しカノンちゃんとドライブしよう。よし、京都だ。待ってます。2人で旅行だね☆』
再び破り捨てそうになったが、押さえ、ため息を吐くと車の前で退屈そうにしているカノンに近寄る。「ほら、艦長からの指令」とこう言わなければカノンは見ない。
少し警戒しながら手紙を受け取り、カノンは黙読し突き返す。
「いいか?」
「仕事での命令なら従うしかないでしょう。一々確認しないで下さい」
苦笑いし、手紙をポケットに押し込み準一は運転席に、カノンは後部座席に座り窓に頭を置く。
特に会話も無いままドライブが始まる筈だったのだが、まずは少しの旅行の準備をしなければならず、帰宅した。
「ちょっと準一」と準一の自室に押し入った母は「カノンちゃん服が無いわ」と言う。まぁ、考えてみれば結衣の服は入らない。小学生までの服しかないからだ。
「じゃあ、少し店に寄って買ってくる」
「ならいいけど……あんた、襲う気?」
息子に何て事を聞くんだこの母親は、と思いながら「襲わない」と答えた準一は続ける。「母さん、糠漬け頼んだ」
「了解。にしても、あんた何処まで行くの?」
「任務、なのかなぁ……あの適当な艦長だから。ま、京都まで」
「いいわねー、京都。桜が咲き乱れる美しい街……八つ橋ね」
一転し、お土産を要求する母に苦笑いする。「分かった」
「それと、あんたカノンちゃんと仲良くしなきゃね。女の子をリードしてあげなさい」
ああ、と答えながら準一は気付く。これは九条艦長から気を利かせての事だと。しかし、そうであっても何でイベント事みたいに言うかな、あの人は、と思いながらキャリーバッグを引き、玄関へ向かった。
一応、カノンは服を着ているがジャージだ。お洒落に興味が無いらしく、母親が「何かいる?」と言っても「いえ、お気遣いなく」と必要以上の言葉を重ねる事を嫌っていたため、余っていたジャージを着ているのだ。
その為、荷物もほぼ無いらしく小さなエナメルバッグを持っているだけ。移動用の乗用車の前で疲れ切った眼で空を見ている。
「日差しが強いだろうに」と私服の準一が言うと「あんた、ちゃんとあの子見なきゃだめよ」と母親に言われ返事をすると車に向かう。
準一に気付いたカノンは一度目を細め、自分の乗る後部座席の扉に向く。運転席の扉にキーを差し回すと鍵が開きカノンは無言で乗り込み、準一は一層大きなため息を吐いた。
車を走らせながら、ミラーで後部座席を確かめる。窓の外の流れる景色を退屈そうに眺めるカノンは、やはり美少女で少し目を奪われたがすぐに前を見る。
「お前の服を買わなきゃならないが、何か希望はあるか?」
「ありません。それより、運転に集中したらどうです」
可愛げのない返事。別に生意気、とは思わなかったが取り付く島も無い。
「これでも免許はゴールドだ。ってか、マジで服を買わないと。お前その一着しかないだろ?」
「不都合はありません。洗濯すればいいんですから」
先ほどの様に言ったカノン。「どこで?」と準一が聞くと、返答を考えていたカノンは何も思いつかず「さぁ」とシートに背を預ける。
「だろ? じゃ、服を買いに」
「いりません!」
声を荒げたカノンは、ミラー越しに準一を睨む。彼女がこうまで意固地になるのは、準一が何の見返りも無しに自分を助け、尚且つまともな生活空間で生活を送らせているから。見返りの無い無償の救済、それを信用できないのがカノンだ。
「助けてもらったのは理解していますが」
そこから先、口を開こうとしないカノンを見かね、母からリードしろと聞いていた準一はもうヤケクソだ。とため息を吐く。
「はい、服を買いに行くの強制。はい決定」
「な、何を勝手に」
とカノンが何か言おうとするのを聞かず、準一はアクセルを踏み込んだ。車が加速したのを理解し、カノンは睨みの視線を外し、息を吐くと窓に頭を預けた。
適当に見つけたコンビニに車を停め、準一はドアを開け肌に伝わる暑さに嫌気が刺すも後ろを見る。「お前、何か食べたり飲んだりするか? 冷たいものとか」
出る様子が無いので、エアコンは付けたまま。暑いだろうと気を利かせていったのだが
「いりません」
と突っぱねられ、口を尖らせ外に出るとゆっくりドアを閉めコンビニに入る。店内はかなりエアコンが効いており、少し寒い位。しかしまずはブックコーナーへ行き、適当なファッション雑誌を2冊、次に緑茶を2本。適当なお菓子、アイス。と次々に手に取り、レジに向かう。
「あ、マルボロ」
「はい、ボックスですか?」
「はい」
「2290円です」
丁度の金額を払い、店を出るとすぐに車に戻る。ドアを開け、運転席のシートに座るとシートベルトをする前に購入した物を後ろにやる。
「アイスとお菓子、お茶もある」
「……いらないって言った」
そうカノンが言うと思っていた準一は口を尖らせ
「食わないと溶ける」
と言うとキーを回しエンジンをかけベルトをすると車をバックさせる。
「だったら、あなたが食べればいいじゃないですか」
「俺は運転中だ。余所見運転も駄目なんだからな」
自分が余所見運転にケチを付けた手前、何も言えないカノンは仕方なくソーダ味の氷菓子の封を開け、一口齧る。
初めて食べたソーダ味のアイスは美味しく、カノンは無意識の内に黙々と齧っていた。それをミラーで見ていた準一は少し笑みを浮かべる。
「美味いか?」
と準一。茶化すのはどうかと思ったが、言わずにはいられずカノンの反応を待つと、すぐにそっぽを向く。
「別に、冷たいだけの氷です」
「あ、ああそう。ま、それはいいが」
準一は続ける。「その袋の中、雑誌が入ってるだろ?」
袋から雑誌を取り出し、カノンは表紙を見て軽蔑るような視線を送る。
「これ、女の子向けの雑誌じゃないですか。まさか、趣味ですか?」
「違う。お前の服を買う為だ。一応、それを参考にするから、目を通しておいてくれ」
「いらない、と言いました」
そう言い切ったカノンに呆れ、準一はポケットから取り出したタバコを助手席に置く。
「却下だ。買うのは確定だ」
「勝手に」
何とでも言え、と思いながらタバコの封を開け、聞く。
「お前、タバコは大丈夫か?」
「未成年では?」
「堅い事言うなよ」
そのまま窓を開け、咥え火を点ける。一度ふかし、次に深く吸うと灰を落とす。ミラーで後ろの覗き見てみれば、カノンは雑誌を黙読している。
何か気になるモノでもあるのだろうか、と思いながら前を見る。
先に高速道路への入り口を見つけ、高速に入る。大きなカーブを2回ほどまわり、真っすぐな道が続く。
現在の時刻は13時。8月1日だ。
考えてみれば、弓道部での活動があった。それを思い出し、ケータイを取り出そうとするが後ろの奴が五月蠅いだろう、と思い止めパーカーのポケットに入れようとしていた手をハンドルに戻す。
吸い終わったタバコを車内灰皿に押し付け、ミラーで後ろを見る。
カノンはまだ雑誌を読み続けている。それから目を離すと
「どこで服を買うんです?」
とカノンからの質問。準一は結構驚く、カノンが自分から質問なんてあり得なかったからだ。
「この先、またスペースワールド前。ショッピングモールがある、良い店も入ってるだろうから、そこで買う」
「そうですか」
多分、服を買う事に承諾したのであろうが「面倒臭い奴だ」と準一は思うが別にイヤなどとは思っていない。彼女の過去、何をされてきたか知っている為、不器用でぶっきら棒でも仕方ないと思っている。
今回のこの旅行は、家から出たがらなかったカノンを連れ出すいい機会、その点九条功には感謝だな。と思いながら左の車線に入り、高速を降りるコースに入った。
オープンしてから5年以上だがそれなりに綺麗なショッピングモールに入り、車を停める。不機嫌そうなカノンを見、ため息を吐くと車を降りる。準一の5歩あとをカノンは続いている。
「じゃあ、服買うか」
と後ろのカノンに言うと居ない。まるで独り言、少しイラッとしたが堪え見渡すと入り口のすぐ隣のペットショップのガラスに張り付いている。
「……おい」
呼ぶとカノンはゆっくりと振り返る。ショーウィンドウの犬や猫に向ける輝いた目から一転、再び不機嫌に。何と分かりやすい奴だ。
「何か?」
「何か? じゃなくて、服を買いに来たんじゃなかったか?」
「私は服を買うなど一言も言ってませんが」
と言うと再び犬や猫に目を向け、瞳を輝かせる。黒とピンクのジャージ。ブロンドの長髪。外国人美少女、野球のキャップ。目立つ目立つ。
見かねた準一はズンズンと近寄り
「ほら」
と手を握り引っ張る。「可愛いのは理解するが、張り付いてたってウチでは飼えません」
「わ、私は別に!」
顔を真っ赤にしたカノンの否定など聞かず、適当な服屋に入った。女性服を専門に扱うピンク色な服屋。奥に行けばランジェリーコーナーもあるが気にしない。この服屋は依然、準一が高校の友達に聞いていた服屋でかなり良いらしい。が良く知らない。
「あら、可愛い彼女ですね」
2人が入るなり、茶髪でポニーテールなスタイル抜群の店員さんがカノンを見て笑みをこぼす。
「彼氏さんからのプレゼントですか?」
「いえ、従妹です」
「ああ。申し訳ありません、お似合いですよ」
そう店員さんが言うとカノンは口を尖らせ準一を睨む。何で睨むんだよ、等と思いながら店員さんを見る。
「では、従妹さんに似合う服ですが、私の方でコーディネート致しましょうか?」
「助かります」
更衣室から出て来たカノンは、女性店員の手によって劇的に変化していた。
水色のミニワンピ・黒のショートパンツ・茶色のブーツ。かなりキュートになっており、髪も毛先にカールを掛けてもらって、可愛さを一層引き立てている。
「如何です?」と店員さん。はっきり言って驚きだ。こうも変わる物なんだと。いや、元々可愛いのはしっていたがジャージしか見た事無かった為新鮮だ。
「買います」
準一が返事をすると「ちょ! 勝手に」とカノンが反論しようとするが再び更衣室に連れ込まれ着替えさせられ、何着かの服を購入した。
店を出る時のカノンの恰好は、先ほどのキュートな格好だ。目立つ具合が半端ではない為、準一はため息を吐く。話しかけようかと近づく男、目線の厭らしい奴。
殴り飛ばした方がいいのだろうか、と思っているとカノンは隣に並ぶ。
やはり視線が嫌なのだろう、準一は洋服の入った紙袋を持っていない右手を伸ばしカノンの手を握る。
「さっさと出よう。不愉快だろ?」
ゆっくりと頷いたカノンを見ると車に戻る。後部席に紙袋を乗せ、カノンが乗ったのを確かめると車を走らせる。さっさと関門海峡を渡って本州へ入ろう。
そして、準一の運転する車は門司港駅付近でエンストした。