第二次日本海侵攻戦①
深夜間の東京の空に2機の天使が飛翔した頃、カノンと永華の2人は第3女子寮の前に来ていた。もう帰れ、と言おうとした永華だがふと思いつき、カノンに疑問を問いかける。
「ねぇ、あんたさ。もし朝倉準一が殺されたらどうする?」
バカげた質問だ、と思ったが殆ど無意識の内に出てしまっていた言葉だ。
「後を追います」と答えたカノンは、自分の後ろの永華に振り向く。嘘を言っていない、本心からの瞳。永華は少し驚く。「ですが」と続けるカノンは一呼吸置き、月の蒼い光によって彩られた目を光らせる。
「殺した相手が居るなら。その人間を殺します」
これが彼に全てを捧げる少女の言葉。「そうか」と言い、永華は「悪い。変な事を聞いた」と言うと踵を返す。
質問の意味は分からなかったが、カノンはただ心中で思う。そんな事にはならないでほしいと。
踵を返した永華の背中から目を離し、カノンは寮の扉を開け、ばれない様に自室へ戻った。
「ねえ」と聞いた千早は、付けたインカムに声を掛ける。オールビューモニターの左側を同じ高度で飛翔するアルぺリスを見、少し息を吐く。「暇だから、適当に話でもしない?」
「話、いや言葉ってのは人間の持つ武器の一つだ。相手を傷つけれるし、庇う事も出来る。それに聞き出したい事を聞き出すのも言葉の仕事だ」
「別に何か聞き出したいわけじゃないわよ」
「だな。悪い、面倒臭い事を言って」
と準一の声を聴き、少し笑みを浮かべ千早は聞く。
「あなたは、あの可愛い妹や友達が、人質だって知ってるんでしょ」
「……それが?」
「どうして、そこまで国に付き従うの?」
千早は聞きながら、インカムに耳を凝らせる。一度聞こえた息を吐く音。
「よかったよ。この通信端末が八王子製で。盗聴の心配が無いからな……聞くが、人質だとして俺に何ができる?」
「確かに、そうね」
「だろ? 解放に一番手っ取り早いのは俺が死ぬ事だ。考えたよ、何度もな。魔術師になった経緯がどうであれ、この道を選んだのは俺だ。何も知らず、皆を殺した魔法が憎く、復讐の為に詰められるだけの知識を詰め、勉強したよ。でも、もう遅かった。俺が人質ってのに気付いたのは碧武に来てからだ」
アルぺリスのコクピットで、準一は左手を操縦桿から手を離し、何かを確かめる様に数回、握る。
「まだ何にも染まってなきゃ、引返せたかもしれない。何も知らないまま、拒否していれば俺は政府認定魔術師の魔法で都合の良い人形に慣なれた。そうすりゃ、家族とも縁が切れ、何も考えずに戦えてた。多分な。だが、人質って、それに気づいた時俺はもう人殺しに染まって、気が付けば政府認定魔術師のソレは、事象変換魔法で効かなくなっていた。遅かったんだよ、何もかもな」
言い、左手を強く握る。
「俺は馬鹿だよ。必要以上に親しくなれば、人質としての有用性を高めるだけなのに、妹のいざこざに首を突っ込んで、結局は関われるだけ関わった」
「精神を破壊、いえ、そう言った情を失くすために、残存兵の虐殺任務なんかがあったんじゃないの?」
「確かにそうだな……ま、だから俺はバカなんだよ。そんだけ理解してても、碧武って学校が楽しくて仕方なかったんだ」
だから、と言いかけ口をつぐむ。
「すまない。余計な話だったな。忘れてくれ」
と千早に言うが到底無理だ。彼の本心からの言葉は、千早からすれば意外だった。
「手伝おうか」
千早は聞く。何の事か理解した準一は首を振り「いや」と言うとまだ暗い空を見る。
「ありがたいが、全部が上手く行ったとして、それからどうすればいい?」
「後から考えればいいわ」
「そうかもしれないが、俺はこの国に逆らうつもりはない」
そう、と千早が言った時、通信がアルぺリスに入る。日本海の洋上基地が近づいたため、基地の日本部隊が通信を入れたのだ。
『こちら、洋上基地部隊。そちらは』
「魔法戦部隊統括部部長のオーダーを受けた者だ」
『所属は?』
「七聖剣、朝倉準一だ」
機甲艦隊を辞めさせられたのは、準一も知っている。向こうも把握し『了解した』と言うと広く作られた滑走路を開け、2機はそこに着地。明け方の作戦に備える。
「黒機神、白機神」
と式神を発動させるための札を撒き、西園寺永華は言う。碧武の滑走路に発動術式2つが出現し、15m級の鎧を纏った巨人が出現する。
「任務開始ね」
永華は小さく言うとメガネの位置を整える。直後、永華は背後からの気配を感じた。
「任務とは?」
先ほどまで一緒に居た人物の声。「さっきとは逆転ね」
「本当なら術発動前に抑えたかったんですが、あなたの任務は碧武の守護……当分外出の予許可は降りない筈です。」とカノンは狙いを定める。「どうしてそこまで知ってるわけ?」と永華は聞きながら振り返る。
「私だって、兄さんの妹です。それなりに考えもしますし、兄さんの任務と変わりない事も知っています。それに、代理から色々と聞いていますから」
「……そ、にしてもあの物陰の銀髪の奴。見えてるわよ」
カノンより後ろ、物陰から狙撃銃を構えていたマリアは姿を現す。
「残念」と言いながらカノンの隣に並ぶマリアはライフルを畳む。「でも、ここにいるという事は」
「察しが良いみたい」
と永華がマリアに言うとカノンが首を振る。
「察しが良いのは兄さんですよ……何の悪巧みを?」
一度笑みを浮かべ、永華は口を開く。
「任務……機甲艦隊西部方面隊、安蔵司令からの依頼。元機甲艦隊大和戦隊所属、朝倉準一特級少尉の殺害よ」
「やっぱり」
永華の次、声を漏らしたカノンに永華は目を細める。「やっぱり、って口調からして知ってたわけ?」
「準一から聞いてたもの」とマリア。「誰かが動く、もしかしたら学内の誰かだと」とカノン。
「随分と、あからさまですね」
「そうするように命令されたから」
笑みを浮かべ、答えた永華は右手を振る。手を振った軌跡が光り、カノンとマリアを包む。
「大丈夫、死なない魔法だから。取り敢えず、誰かが見つけると思うけど……ま、空港の連中も空間魔法で眠らせたし」
一瞬、光が強まり魔法の効果が表れる筈、なのだがカノンとマリアに効果は無い。何故、と結論は直ぐに出た。
「……黒妖聖教会の護符。面倒なモノを。効かないわけね」と永華は手を挙げ投降の姿勢を取る。が、それは魔法発動の合図。次の瞬間には2人とも倒れ込んだ。「ま、一定以上なら効くのは知ってるから」
そのまま、黒機神の掌に乗り日本海へ飛んだ。
「動くのは2人じゃなかった?」
と船舶の停泊する区画で、準一の隣の千早は呆れ気味に苦笑いする。
「そんな事言ったか?」
「言ったわよ」
ため息交じりの千早は停泊している艦を見る。フェニックスに戦艦大和が載り、実戦装備。
「で、いつ反日軍を潰すわけ?」
「午前9時、既に数隻が出航しこっちに向かっている。俺達は先遣隊兼斬り込み部隊だ」
成程、と声を漏らし千早は自分の機体に向かう。「じゃ、私はアルシエルに居るから」
「おう」と返事を返した準一は千早を見送り、大和へ向かった。
「おおよそ、考えた通りだね」と声を出す九条は、前甲板に受け入れた準一を見る。「ええ」と応じた準一は手すりに手を置く。「自分の殺害命令、まさか本当に起こすとは」
「意外だった?」
「いえ、薄々誰かがやるだろうな、と考えていました。恐らく、安楽島部長的には余興程度でしょうが」
脱いだ帽子を左手に持ち、停泊場を見渡し九条は口を開く。
「どうする?」
「どうするも何も、敵対して来るなら倒すしかありません」
「相手は?」
「さぁ、でも学内の人間を差し向けて来るのは確かです。それも、派遣された2人のどちらか」
その目的は、来栖、西園寺どちらかを自分が倒す事で安楽島は新たに七聖剣を1人、迎え入れるつもりだ。
「そっか……ま、反日軍もあるし俺からは頑張ってしか言えないよ」
「はい。そちらも気を付けて下さい」
九条の頷きを見、準一は大和を降りると出撃命令が下ったのを確かめアルぺリスを飛翔させた。