開始する塾生活
実技場の周囲を囲む様に塾生が集まり、それより少し前で講師陣が術を発動、結界を張る。鬼人化の影響を考慮してか、七聖剣の戦闘能力を考慮してかは知る由もないが、実技場に立った朝倉準一、剣崎は互いを見るが、準一と違い、剣崎の眼光は鋭い。
「……負けて後悔するなよ」
剣崎が言うと、準一は顔色を変えず無言。馬鹿にされたように感じ、剣崎は舌打ちした。
「両者! 魔法使用自由! 構え!」
と講師が言うと、準一は半歩下がり、剣崎は身構える。「始め!」の叫び声。剣崎はまず、鬼人化ではなく体術での戦闘を挑む。
安楽島塾に於いて、剣崎の身体能力は塾生の中でもかなり高いレベルで、それを自負している彼は自信があった。
叫ぶこともせず、ただ身体を跳ねさせ、準一へ向かった剣崎は、宙に浮いた状態から下に回し蹴りをするが、準一はひらりと躱すと後ろにさがる。
床に足裏を付けた剣崎は、得意の体術を遺憾なく発揮する。
蹴り、パンチの繰り返し。早い、と思う者もいるが、準一は無表情のまま避け、剣崎が左足を下げた瞬間、攻勢に出る。
自分の右足を、剣崎の左足のあった箇所へ踏み出させると、繰り出されていた腕を掴み、捻り倒した。
ドスン、と響いた音に、剣崎の強さを知っていた塾生たちは驚くも、剣崎自身は自分が倒された事に気付くのに数秒を要し、頭の理解が追いつくと頭に血が上り、起き上がると同時掴みかかろうとするが、準一はそれを背負い投げ。
再び、剣崎の背中が床に勢い良くぶつかる音がし、誰もが準一の勝だ、と思うがまだ剣崎には鬼人化が残っている。
「どうする。鬼人化とやらを試すか」
準一に言われ、剣崎は「ああ」と答えると、ゆっくりと起き上がり、準一は距離を取っておく。
何も言わず、剣崎は術を発動させる。
剣崎の術、鬼人化は一種の状態変化魔法と同じ扱いで、彼の発動の仕方は自身の体に刻んだ術式を使用する者で、彼は自分の胸の中心に術式を刻んでいた。その為、彼の胸は赤に光り、次の瞬間には鬼人化が成功していた。
赤に光る、武者の鎧。二本の角。ヨアヒム、八千条巳六と似た展開魔法装甲。
「成程。鬼人化とはその鎧に加え、あんた自身の身体能力強化か」
「正解だ。鬼人化の謂われはその鬼の如き強さからだ、と俺の家じゃ伝えられている……行くぞ!」
言うと、剣崎は準一に向け跳ぶ。魔力によって形成された棍棒を構えると、準一の脳天に振り下ろすが棍棒は地面を抉った。爆発に似た煙が広がると、眼前に迫る蹴りを捉え、剣崎はしゃがむ。
「どうやって!」
捉えた筈の準一。次の瞬間には自分に蹴りを、知らず剣崎は叫ぶと棍棒を振るうが、煙を裂いただけで準一には命中していない。
どこに、と探すと準一は後ろから。気づき、回し蹴りをするが、準一の腕に止められ懐に入られ首に、刀身が碧に光るブレードの切っ先を突きつけられ、息を呑んだ。
「俺の勝ちだ」
と、準一が言うと池澤が場内に入った。「参ったな」
そう優男の笑いを浮かべ、池澤は髪を撫でる。
「剣崎君。後は、私が引き継ぎますよ」
「で、ですが」
と答える剣崎からブレードを離すと、剣崎から鬼人化の効果が消える。
「大丈夫」と微笑むと、池澤は続ける。「仇は取りますよ」
はい、と大人しく従い、剣崎は場外に出ると観客に混じる。
「池澤……先生でしたよね。どういうつもりでしょうか?」
「どういうつもりも何も、突然の編入生にしてやられたのでは、安楽島塾の名折れです。幾ら、七聖剣と言えどもね」
「そうですか」
準一が口を開くと、池澤は構える。「飛び入りで申し訳ないが、私と手合せ願いますよ」
それを聞き、戦闘前、加耶から聞いた事を思いだした。
「ウチの担任の池澤先生って、ああ見えて実はとんでもない強さなの。この塾内に於いては、体術じゃ負け無しね。多分、魔術師の中でもかなりのレベルよ」
さて、どれ程の物か、と警戒していると開始の合図なく池澤は準一に突っ込む。一瞬の回し蹴りを紙一重で避け、下半身が天井を向いた準一は、そのまま足を勢いよく下ろすが、池澤はそれを受け止め、拳を繰り出す。
それを腕で流し、準一は身体を捻らせ、脚を掴んでいた手を無理やり離すと、宙に浮いたまま、左の蹴りを二度。池澤はそれを避け、脚を振り上げ、準一は顔の前で腕を交差させ、受けると地面に着地した。
「驚きましたよ。……強い」
「それはこちらも同じ意見です。流石、噂に聞く朝倉準一」
言いながら、池澤はブレードを二本取り出す。準一と同じ二刀流だ。
「どうです? 武器を使って、なんて」
「いいですね」
と、準一も二本構える。眼帯をした状態で、どこまでいけるか、と考えるがすぐに止める。
では、とどちらともなく言うと、2人は両手に持った刃の刀身を幾重か交わらせると、鍔迫り合いになり、目を合わせる。
「本当にお強い。久しぶりですよ、こんなに楽しいのは」
「そりゃどうも」
準一は後ろに飛び、後ろに下げた左手を突き出し、切っ先を池澤に向けるが、池澤は刀身で刃を流し、右肘で準一の腕を弾くと、一歩踏み出し左のブレードを突き上げる。
対応の早い準一は、突き上げられたブレードを咄嗟に逆手にしたブレードで流すと、2人は同時に後ろへ跳ね、動きを止める。
「年甲斐もなく、はしゃいでしまいましたよ。これじゃ、講師失格ですね。今日はここまでに」
「そう言っていただけると助かります」
と含んだ笑いを向けた準一に、池澤は微笑み返した。
2人の戦いは、塾生たちを湧き立たせていた。終わってから、生徒たちはやっと口を開き始め、2人のハイレベルな戦いに感想を漏らしていた。
何れも、凄いや、何だあの2人、など、もはや剣崎との決闘の事など気にしていなかった為、当の本人である剣崎からすれば、負けに関して何も言われず助かった、と言えば助かったが、忘れられた事へは少し、胸が痛んだ。
実技場のある地下の大部屋から出た池澤を追って、準一は背中を見る。
「強いわけだ」
急に声を掛けられ、池澤はゆっくりと振り向く。「おや、私ですか?」
「あなた以外に誰がいるってんですか。気が付かなかった俺がバカでしたよ」
「……本当に、話しに聞いていた通り、頭が働くようですね」
「ええ。まぁ。しかし、教えてくれても良かったんじゃないですか? 七聖剣・池澤琥珀さん」
言われ、池澤は目を細めた。「どこで気づきました?」
「俺と同じ二刀流。名前は、ふと思い出したんです。如何せん、顔写真を見ていなかったモノで」
「いいえ。お気遣いなく。ですが、まぁばれたんなら仕方ありません。身を持って、体験しました。君は本当に強い」
「あなたと俺が本気で戦えば、あなたが勝つか、それとも引き分けか」
「でしょうね。私と君との戦闘能力は拮抗していますから」
それを聞いて、苦笑いした準一を見て池澤は優しく微笑む。「剣崎君は、まぁあんな性格ですから塾じゃ一人なんです。これを切っ掛けとして、彼と関わってもらえないでしょうか?」
「俺が、ですか?」
「ええ。彼は自信過剰ですから、これくらいの痛手を負った方が、人と関わりやすくなると思います。では、一つ宜しく」
と会釈した池澤は踵を返し、エレベーターホールへと向かい、生徒達も解散した。
夕刻。放課後の安楽島塾は、生徒達が塾の外へ出て寮に向かっていた。100mと離れていない場所にあるのだが、その通塾路の片隅に、人目に付かない場所があった。川が流れているので、その川辺に降りる階段の隣だ。
人目に付かないのをいい事に、剣崎恭哉はタバコを吸っていた。
積み上げられたレンガに尻を付け、右手にタバコを持ち、口から煙を吐きながら舌打ちする。
負けた、と言う事実を認めはしたが、自分に対し本気じゃなかった朝倉準一にムカついていた。
しかし、本気を出さなかった理由は分かりきっている。
自分がその程度の相手だからだ。
そう考えても、納得できない彼はただタバコを咥えた。
「悪い。ライター貸してくれ」
「おう」
と、隣から聞こえた声に、剣崎はポケットから取り出したライターを渡す。
「サンキュ」と帰って来た声に、聞き覚えを感じ、ゆっくりと左を見ると朝倉準一がいた。階段には、ジーッと2人を覗き込む、加耶が体育座りをしている。
「な! ななッ! お前! お前ら!」
「うるせぇな。講師が来るぞ」
と、立ち上がり叫んだ剣崎に言うと、準一はライターを返す。その、準一の手に乗ったライターをバッと奪い取り、剣崎は再び座り込む。
「何でいるんだよ。つか、何でタバコ吸ってんだよ」
「何だよ。お前だって吸ってるだろ? 人の事言えないんだから、文句言うなよ」
「そういう事じゃねえよ! 何普通に俺の隣に来てんだよ!」
「何って」
と言うと準一は笑みを浮かべた。まったく悪い笑みで、剣崎は少し下がる。
「お前。俺に負けただろ?」
「……そ、それが?」
「そういう訳だ。よろしく」
差し出された握手の手。剣崎はその笑顔が恐ろしく、握手どころではない。
「な、何が……よろしくなんだ?」
「ああ、それは―――」
「そ、そんな! 嘘だぁッ!!」
と、寮の廊下で自室を見た剣崎は嘆いた。その嘆きは、遊びに来ていた加耶にはうるさいらしく、耳を塞いでいた。
「つまり、俺とお前はルームメイトだ。よろしく、剣崎」
そう告げた準一に続いて、加耶は剣崎に手を合わせた。
「ご愁傷様」
「いやぁ。私としては嬉しい限りですね。剣崎君と朝倉君は、馬が合うようだ」と、翌日。塾の入り口で待ち構えていた池澤は、準一、剣崎恭哉に声を掛けた。
朝だからか、いやこの男には関係ない。池澤は大半の女がコロッと落ちそうなスマイルで、2人を見て満足そうにする。
「何言ってんですか。全く嬉しくないですよ」
疲れ切った表情の恭哉が言うと、池澤は優しく微笑む。
「でも、剣崎君は本気で嫌がっているわけじゃないみたいですね」
「そんな事!」
と剣崎が反論しようとすると、隣の準一は苦笑いした。
「んだよ朝倉。その苦笑いは」
「別に。さっさと行こうぜ。授業が始まっちまう」
納得のいかない剣崎は、不満げに口をへの字に曲げ準一と一緒にエレベーターに乗り込んだ。
時を同じくし、碧武九州校校長代理は、イライラしていた。ワードか何かで打ったのであろう通知、それをクシャと握りつぶすと、舌打ちし、執務机に座った。
通知の内容は、朝倉準一の碧武守護の任務を本日限りで解き、安楽島塾への正式入塾とする。
「……ああー! もう!」
と机に突っ伏すと、落ち着き大きく息を吐くと、引出しを開け、カルメンから購入した極秘、と書かれた茶封筒を取り出すと、一枚の写真を手に取った。
写真は、いつぞやのマッスル同好会のイベントの時、体育館で準一に甘えていた時の写真。
「なんで……すぐどっか行っちゃうかな」
そう呟くと、再び突っ伏す。そのまま考える。任を解かれた、つまりは学校を辞めた訳だ。
「辞めたって事は……いつ会えばいいのよ」
代理は自分の中で思いのほか、朝倉準一の存在が大きい事に驚いた。そして、それは沸々と怒りへと変わっていった。
誰だか知らないが、自分から彼を奪った。
だが、学校長代理と言う手前、何か表立っては動けない、ならばダチを頼るしかない。
「はぁ? 朝倉準一を連れ戻したい?」
とスマホを耳に当てたシスターライラは、ジェシカと共に適当な中華料理屋に入り、中華丼を食べていた。ジェシカはラーメン。ライラと餃子をシェアしている。
『そう。何か知らない? ってか手伝って』
「やーよ」
答え、ライラは餃子に箸を刺した。「あなた自分で何とかしなさいよ」
『ちょ! 何でそんなに冷たいの!? 準一君には優しいじゃん!』
「あなたと彼の扱いは別よ」
『……結婚してないからって、高校生に手を出すの?』
「なっ! あなたねえ。私はまだ24よ」
『もう十分でしょ? 結婚したら?』
餃子を口に放り込み、通話を終了させた。
「どこに?」とジェシカが聞くと、ライラは中華丼をかき込んだ。「碧武よ。あのツインテールめ、言うだけ言って」
「何か、苛々してる。大丈夫?」
「え? ええ、ごめんなさいね」
「いえ」
言うと、ジェシカはメンマを口に入れた。




