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安楽島塾

「安楽島塾」


 と言われ、準一は顔を顰めた。「安楽島塾?」

 安楽島、等という特殊な名前は、魔術戦部隊統括部部長しか思いつかない。


「それであってるわ」と代理。


 校長室に、声はよく通った。


「碧武は、特殊な対魔術師戦に使えるベクターの操縦訓練の高校。安楽島塾は、魔法を訓練する学校よ」

「それって、魔術師は日本政府管轄下の?」

「そそ。で、ウチの魔術師はみーんな一回は安楽島塾に行ってるわけ」


 と、代理は机から紙切れを取り出した。


「推薦状、安楽島から受け取ったの。それに、安蔵司令からの命令書。推薦状は、安楽島塾への。命令書は、安楽島塾への入塾」

「では、ここは?」

「こないだと同じ。七聖剣2人が来るわ」


 ならいいが、と準一は言うとその2つを受け取る。「いつからです?」


「明日から」

「え? 急ですね」

「向こうも、色々あって予定が遅れてるからね。その埋め合わせをしたいんでしょう。本当は、あの侵攻戦より前に呼ぶつもりだったらしいから」


 へぇ、と声に出さず、扉まで歩いた。「では」とだけ言うと、校長室を出て自宅へ急いだ。




「……で、出掛けるの?」


 と、自室に籠り少しの荷物をまとめ始めた準一を見て、マリアは少し不安そうな声を漏らした。

 どうも、マリアは何故か自分に懐いて来ている、と知っていた準一は少しの息を吐いた。


「出かけるが、短期の筈だ。すぐに帰って来られるとは思うが」

「そうなら……いえ、私は別に構わないのだけれど」


 マリアに付与されたツンデレに、準一は苦笑いした。


「一応、さっき舞華に声を掛けた。お前の面倒を見てくれるはずだ」


 でも、と言いかけた声を呑み込み、マリアは不満げな表情を作る。

 マリアは、自分の言いかけた言葉を考え、息を吐く。


「でも、私はあなたといたい」


 私は何を言おうとしていたんだ、と頬を朱に染め、マリアは首を振った。


「バカ」


 人の好意に関し、変に勘のいい自分を怨みながら、準一は息を吐いた。すると、マリアは部屋を出る。

 その扉の閉まる音の後、準一は荷造りを再開した。





「安楽島塾?」と海堂陸佐は移動に使っていたセダンの中で、同じ後部席に座る安楽島を見た。「あなたの名前ですが」


 長い茶髪、その前髪をかき上げ、安楽島は陸佐を見、「知りませんか?」と聞く。


「存じませんね」と、陸佐は目を細め、安楽島は小さく笑う。「ただの、勉学塾ではないのでしょう?」


 ええ、と安楽島は陸佐から目を離し、外を見る。


「陸佐の察しの通りです。まぁ、陸上自衛隊には関わりはありませんが、安楽島塾とは碧武校と、そうですね。極端に言えば反対の所です」

「反対?」

「碧武は、特殊な対魔術師戦。機械魔導天使に対抗出来うるベクターの操縦訓練。安楽島塾は、魔術の家系や、持って生まれた才能を殺したくない人間が集まり、その各々の魔法を鍛え上げる魔法専門塾です」


 それだけの塾が、よくも公に、それに自分の耳にも入らなかった物だ、と陸佐は思う。


「公の場にその安楽島塾の名が出る事はありません。七聖剣に並ぶ、トップシークレットですからね。安楽島塾の存在は、本当に一部の人間しか知りません」

「だとして、その活動内容などは、どうやって? 情報化の発達した現在では」

「ですから、トップシークレットですよ。ま、あなたにはお話ししますよ」


 と、安楽島はニコリと笑うと続ける。


「安楽島塾の講師、生徒にはまず入塾の段階で呪術を掛けます。公の場で、活動内容。勉強内容を話さぬように。皆も、それを承知です。それに、安楽島塾は厳重です。高位魔術師の式神を多数使用し、塾警備に当たらせていますし、塾の建物自体、特殊な魔法で覆われ、内部には空間魔法。呪術の効力を高める、その為の空間魔法です。その為、南雲家より陰陽術を習った魔術師が呪術を担当し、御舩家より桜花を習った魔術師が空間魔法を」


 如何です? と安楽島が聞くと、陸佐は「ふふ」と笑う。


「いいんですか? 一介の陸上自衛隊のこれだけ話ても」

「構いません。あの塾を如何こうする理由も、力もあなたにはありませんし」

「確かに」


 と、陸佐は安楽島の横顔を盗み見る。「しかし」


「どうして、彼を?」

「朝倉準一ですか?」


 疑問形で返し、安楽島は視線に気づき、目を細めた。


「ええ」

「理由はありません。魔術師で、まぁ、年齢も若いですし。良い機会だと思ったまでです。それに、ウチの生徒は彼に興味津々だ。同じような年齢で、あり得ないほどの戦果を持つ彼をね」

「その目、安楽島部長は楽しんでおられるようだ」


 陸佐が笑いながら言うと、安楽島は「参ったなぁ」と後ろ髪を撫でる。


「自分は、楽しそうな顔を?」

「ええ。新しい玩具を与えられた子供の様に」


 そう言われ、安楽島は膝に手を置く。


「気を付けますよ。ま、楽しんでなど、いませんが」


 まさか、心にもない事を。と思った陸佐は声には出さず。


「そうですか」


 とだけ言い、シートに背を預け、窓に目をやった。





 碧武の人間との接触を避け、準一は用意されていたヘリへ乗り込んだ。準一の乗り込んだティルトローター機は、碧武の滑走路から飛ぶと、安楽島塾へ向かった。

 安楽島塾のある場所は、京都。桜が年中咲き、桜花が常時発動している京都。その京都駅のすぐ近くに、安楽島塾はあった。

 塾の建物は、普通の学校よりも上に伸びており、階が10階以上。

 ほとんどビルに近いが、校舎としての見た目は果たしてはいる。


 舞鶴より車で安楽島塾へ送ってもらった準一は、入り口である自動ドアの前で警察官と勘違いしそうな恰好をした、警備員に止められた。


「ここに用があるのであれば」


 準一は推薦状を見せた。すると、警備員は先ほどまでの警戒を解き、すぐに敬礼をした。


「少尉、失礼しました。お待ちしておりました」


 何とも、と居心地の悪さを感じたまま、スポーツバックを抱え、自動ドアを潜ると受付嬢が笑顔を向けていた。


「朝倉準一様ですね?」

「はい」


 受付嬢が言い、準一が短く返事をするとエレベーターホールへのドアが開き


「お進みください」


 と受付嬢。小さく息を吐き、一番近くのエレベーターに乗ると、受付嬢の指定した最上階へ上った。最上階に上がり、エレベーターの重い扉が開くと、赤い絨毯が真っ直ぐ1つの部屋に伸びていた。

 廊下の気味の悪い絵画や、なんだか分からない飾り物には目もくれず、壁と天井の白い廊下を進み、扉の前に立つと勝手に扉が音を立てて開いた。

 中を見ると、まだ若い茶髪の男が執務机に肘をついて、準一を見るなり笑顔を向けた。

 その顔を見て、礼も無く部屋に入り、準一はバッグを下ろす。


「まさか、あなたがいるとは」

 

 と、茶髪の男。安楽島部長を見て、準一は呆れ、ともとれる表情を作った。


「塾長だ。意外だったかな?」

「安楽島、と言う単語で若干思う所はありました」


 ならいい、と立ち上がり、安楽島は来客用の長椅子に座るように手を差し出す。準一は従い、バックを抱え、椅子に座るとバッグを足元に置いた。


「さて、ようこそ。安楽島塾へ、と言っておこうか」

「歓迎どうも、と言いたい所ですが、殆ど急に連れて来られたんで」

「それもそうだな。ま、君には1つ謝っておこう」


 準一は、安楽島に目を合わせた。


「短期の入塾だったんだが、今朝の会議で、君は正式に安楽島塾塾生となった」

「短期入塾、ではなくですか?」

「そうだ」


 答え、前髪を下ろした安楽島に細めた目を見せる。


「何故、このタイミングで俺を?」

「七聖剣の中じゃ、君は一番若い。高校生と身分は、塾生に溶け込むのであればピッタリの役職だ。まぁ、そろそろ式神や普通の高位魔術師では心許なくてね、君を呼んだわけさ」


 碧武と同じく、守護、というわけか。と理解し、膝に手を置くと息を吐く。


「納得できないか?」

「いえ。それより、入塾が決定したとして、俺は何をすれば?」

「恰好はそのまま、学ランで良い。荷物は部屋に届けよう、必要なモノも言えば用意させる。君は、すぐに教室へ向かってくれ」


 5階の3組だ。と付け加えた安楽島に何も言わず、準一は部屋を出た。





「さて、皆さんいいですか?」


 と、5階の3組では担任講師の優男が手を叩いた。長めの黒髪に長身。優しそうな顔。年齢にして20代後半くらいだろう。


「先日言った通り、今日は編入生です。皆さんと同じ、魔術師ですので歓迎してあげて下さいね」


 どうぞ、の講師の後。戸をあけ、準一は一歩踏み入ると教室を見渡した。特に、普通の学校と変わらない。生徒の大半は、自分を興味あり気に見て居る。碧武の時の、冷たい視線とは大違いだ。


「さて、自己紹介。いいかな?」


 はい、と答えた準一は、無表情な顔のまま口を開いた。


「朝倉準一です。碧武九州校からの編入になりますが、宜しくお願い致します」

 

 と、面白味も何も無い自己紹介の後、ざわついた教室を準一は不審げに見た。


「さぁて皆さん。もうお気づきの方もいるかもしれませんが。彼は」


 続けようとした講師の声を、黒髪のカールの女子生徒が「はい」と手を挙げ立ち上がり、遮った。


「まさか、七聖剣の?」


 準一は、女子の声を聴きギョッとした。何故、彼女はその事を? 否定など無意味だろうが、しておこうと思うと


「ええ。その通りです」


 の講師の声にため息を吐いた。


「これって秘密じゃ?」


 と講師に小さく聞く。「ここじゃ大丈夫だよ」と優しく言われ諦める。


「朝倉君は、皆さんと近い年齢でありながら七聖剣の1人であり、国家認定の高位魔術師の1人。彼の華々しい戦歴は、皆さんご存知かと思いますが」


 講師の話す中、生徒の大半の準一への視線は、有名人へ向けるものと同じ。その中、睨む者、興味の無い者様々だ。


「ま、この事は別の機会に。朝倉君。あのさっき手を挙げた子の隣、空いてますので」


 頷き、その指定された席に座ると、説明の無いままHRが始まり、塾の一日が始まった。




 一限目の前に用意された教材を机に押し込み、何とか昼まで持ちこたえた準一は、椅子に座ったまま背伸びをした。

 すると、隣のカールの女子から声を掛けられる。


「ねぇ」

「はぁ」


 と返すと女子は手を差し出した。「握手。私は宮前加耶」


「朝倉準一だ」


 握手をする。女子は「へぇ」と興味あり気な声を出す。


「七聖剣とか、実力のある人って気取ったもんだと思ってた。何か、あんたって隙だらけ」


 いきなりのあんた呼ばわりにはどうとも思わず、隙だらけ、と言われ苦笑いした。


「気取ってほしいか?」

「結構よ。私、気取った人嫌いだから」


 ああ、そう。と言うと準一は手を離し立ち上がる。


「どこ行くの?」

「昼なんだから、飯の調達だ」

「あんた、愛想ないのね」


 ほっとけ、初対面。と思いながらそれを無視すると、加耶は構わず着いて来る。


「何で付いてくんだよ」

「いいじゃない。一人でしょ? 友達になってあげる」




 安楽島塾の食堂のシステムは、券売機で引換券を買い、おばちゃんに頼むシステムで、前に準一の通っていた高校と同じシステムだった。勝手が分かってしまえば、手早く券を渡し、席の確保に向かったが、既に加耶は一つのテーブルを占拠していた。


「こっちこっち」


 と加耶の手招きに従い、向かいに座る。「よくこの人ごみの中で取れたな」


「流石に慣れてんのよ。何頼んだの?」

「オムライス」

「あ、同じじゃん」

「真似したな?」

「してないって」


 と加耶が笑った時だった。椅子が乱暴に転がる音がし、準一と加耶、他の生徒も一斉にそこを見た。

 椅子は、どうやら蹴られたらしい。蹴ったのは、学ランをきっちり、ではなく緩めて着た男子だ。

 準一だけを見、睨みを利かせ、ズンズンと歩み寄ると、準一の胸ぐらに手を伸ばす。


「てめぇ……」と何か言いたげな男子は、準一を無理やり立たせ、壁に勢いよく押し付ける。「よくも俺の前に出て来てくれたな、あ? テメーの所為でな、俺の転入はパーんなってんだよ」


 話が分からず、準一は「何の事だ」と聞き返す。すると、男子は舌打ちし、準一を地面に投げ捨て睨み付ける。


「碧武だよ! 俺の転入は決まってた! お目に掛ってな、生徒会へ転入する筈だった。そこへお前だ」


 と男子が蹴りを入れようとすると、準一はその足先を掴み、ゆっくりと起き上がりながら手を離す。


「成程。理解できた」


 まるで、何も無かったかのような準一に、男子生徒は苛々を加速させ「あぁッ?」とドスを利かせた声を出す。


「テメーの所為だろうがよ。ただじゃおかねぇぞ」

「好きにしろ。俺ならいつでも相手してやる」


 男子は、頭に血を昇らせた。


「七聖剣だろうがな、俺とマジで戦って無事で済むと思ってんのか?」

「俺を倒せたら、あんたはめでたく七聖剣を倒した事になり、生徒会へ入れるかもな……やってみろ」


 準一からの明らかな挑発。我慢の限界だった男子は右手の術式を光らせた時、パァンと手を叩く音がし、皆は一斉に見る。


「流石、向こうから聞いていた通り。編入早々に早くも問題を起こしてくれちゃって」


 と担任講師・池澤琥珀が優しげに微笑みながら2人の前まで来る。


「参ったな。これじゃ、朝倉君ではなく、剣崎君の気が収まらないだろう」


 細めた視線を、準一へ送る池澤。準一は目を逸らした。


「では、そういう事だ。どちらが上か、ハッキリさせるのも悪くないだろう。互いに魔術師だ。白黒付けて、仲直り。青春しようか」


 担任講師の登場から、トントン拍子で進む事態に準一は少し呆れ、煽った自分を叱責した。




 池澤提案の白黒つける為の決闘は、その日の内の夕刻に、地下の実技場で行われる事になった。時間にして決闘30分前、下見に来ていた準一は、一緒に来ていた加耶に聞き返した。


「鬼人化?」


 うん、と頷いた加耶は続ける。


「鬼人化が、さっきの男子生徒。剣崎の切り札。そんじょそこらの身体強化魔法とは桁違いよ」

「そんなに?」

「そう、まずパワーじゃウチの生徒の殆どは敵わないでしょうね」


 言った加耶は少し、準一を見る。


「でも、七聖剣なら、期待してもいいんでしょ?」

「どうだか」


 まるで手の内を明かさない準一に、加耶は顔を顰めた。


「あんた、友達少なかったでしょ」

「想像に任せる」


 図星かよ、と加耶が呟き、準一は実技場の周りに野次馬の生徒達が集まり出したのに気付く。

 まるで見せ物だ。と思いながら、時計を見た。


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