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ヒーローside: 法子/騎士

 法子は溜息を吐きながら人混みを縫って歩いている。

 友達にヒーロー失格と言われた事が相当堪えていた。今までテレビやネットで批判される事はあったが、今回友達にヒーロー失格だと言われたのは、周囲の人々に非難される事なんかよりも余程、今までの何よりもきつかった。

 本当に身近な、自分の知っている人すらも守れない自分。そんな弱さを突きつけられた気がして、この十年間ヒーローとして生きてきた事に何の意味があったんだろうとすら思えてきた。

 ショウウィンドウのテレビではニュースが映っていて、この町で起こっている騒動について報道していた。町の各地で起こった騒ぎが次々と映っては消えていく。そのほとんどがヒーローによって解決されている。魔検本社の落成式で法子に突っかかってきた来夢の姿もあった。皆々実にヒーローらしく立ち回っている。人々を助け、悪を討ち、人々に讃えられて。

 見ていて思う。格好良いなぁと。これが本当のヒーローなんだと。

 さっきの自分は何をしていた?

 自分が活躍出来る機会だからと騒ぎが起こるのを黙認して、起こった騒ぎがパイ投げなんていうお気楽なものだったから思わず楽しんでしまって、楽しんでいた所為で油断して子供を危険にさらして。一体自分は何をしていたんだろう。さっきの自分は。この十年間の自分は。

 私はヒーローとして本当に正しい行動をしていただろうか。本当にヒーローと呼ばれる様な存在だったのだろうか。勘違いしていただけなんじゃないだろうか。本当は誰も救えていなかったんじゃないだろうか。

 自分はヒーローなんかじゃなかったのかもしれない。けれど私からヒーローを取ったら、後には何も残らない。駄目な自分しか残らない。

 自分にはヒーローしか無いと思っていたのに、そのヒーローですらなかったとしたら、自分の価値とは何だろう。

 そんな事を思いながら、鬱屈として歩いていると、ふと傍のコンビニエンスストアの中に異変がある事に気が付いた。どうやら三人組がレジの前で店員と言い争っている様だった。

 まさか強盗?

 そこまで危険な様子では無かったが、何か言い争っているのは確かで、法子は用心しつつ店の中に入った。

 店内に入ると、男の粘りつく様な声が聞こえてきた。

「はあ? だから俺等が何か悪い事したんですか?」

 男達の一人がそう言いながら、入ってきた法子も来店のチャイムも無視して、くじ引きの箱を脇に抱え、中から取り出したくじを電灯に翳している。

「いえ、ですから、くじを」

「はあ? お前等が当たりを入れてない疑いがあるから、調査してやってるだけだろ? くじだって透かしてるだけで開けて無いだろ? 調べたら後で戻すんで。むしろ感謝して欲しい話なんですけどぉ?」

 男はどうやらくじの中身がハズレばかりだと疑って調べているらしい。魔術で中を透視しながら、まるで誇示するかの様に一枚一枚確認していっている。

「でもくじを」

「だから、うっせえんだよ。俺達が何かあんた等に損害を与えましたか? 難なら警察呼んでみろ」

 男が店員を突き飛ばし、店員はよろけて棚にぶつかった。

 法子は慌てて変身しようとして、思い止まる。

 変身して相手をやっつけ事件を解決するのは簡単だ。でも本当にそんな風にヒーローとして正義を執行して良いのだろうかと疑念が湧いた。さっき言われたヒーロー失格という言葉が蘇る。

 法子は小さな刀の垂れたブレスレットを握りしめ、頭を振り、結局変身せずに男の事を睨みつけた。

「止めて下さい!」

 法子の叫びに、男達と店員とその他の客の視線が法子に向いた。沢山の視線に晒されて法子の背に汗が流れた。

「何、その餓鬼」

 くじを脇に抱えた男が後ろを向いて尋ね、男の背後に居る二人の仲間が肩をすくめた。

 男は法子に向き直り言う。

「邪魔しないでくれる? 俺達は魔検の支配に抵抗する聖戦の真っ最中だから」

 魔検の支配とくじにどんな関係があるのか、法子にはまるで分からない。

 法子が不思議そうなかおで黙り込んでいるのを見て、三人は馬鹿にする様に笑った。

 笑われた事で法子は顔を赤らめ、握っていたブレスレットを更に強く握り締めると、さっきよりも大きな声を出す。

「止めて下さい! 警察を呼びますよ!」

 男達が目を見開いた。法子は見開かれた目を恐れながらも、端末を取り出して、男達に見せつける。男達の視線が端末に注がれた。

 どうやら効き目がありそうだと、法子は幾分安心して、もう一度言った。

「警察、呼びますよ!」

 法子が少し得意げに言うと、男の一人があっさりと言った。

「呼べば」

「え?」

 今度は法子が目を見開いた。それを見て、男達が下卑た笑みを浮かべた。

 男は笑いながらもう一度言った。

「呼べば?」

「でも」

「呼べば良いじゃん。そうしたら、この店滅茶苦茶にするから」

「え?」

 混乱する法子に、男達の笑みが更に強くなる。

「何でお店を? 関係無いのに」

「別に理由なんて無いから。ただ君が警察呼んだら、俺達はこの店を滅茶苦茶にして逃げる。それだけ。理由無し」

「そんな」

 法子が言い返せずに居ると、やがて男は鼻で笑い、再びくじを調べ始めた。

「まあ、大人しくしてろよ。すぐ終わるからよ」

 仲間が笑いながら尋ねる。

「あとどん位?」

「知らね」

 男達が笑い声を上げる。

「けどやっぱハズレばっか。このコンビニ終わってんな」

 男達は勝手な事を話し合いながら、更にくじを調べていく。

 法子はどうする事も出来ずに口の中を噛んだ。

 やっぱり素の自分じゃ何も出来ない。変身するしか、無い。

 法子がブレスレットを引きちぎる。

 その瞬間、仲間の一人が声を荒げた。

「おい、餓鬼! ストップ!」

 法子の動きが思わず止まる。

「今、何かしようとしただろ。何する気か知らないが、何かしようとしたらその前にこの辺りの商品全部ぐっちゃぐちゃにするからな」

 そう言われて、法子は固まった。

 出来るとは思う。男達がこちらを幾ら警戒していようと、相手が反応する前に、変身して三人を昏倒させる事は出来るはずだった。けれど先程のファーストフードで、こちらの不注意によって子供を危険に晒してしまった事を考えると、どうしても自分に自信が持てない。もしかしたら、何か手違いが起こって、店の商品が、あるいは怯えている店員や、知らぬ存ぜぬを貫こうとする他の客に危害が加わるかもしれない。

 法子が迷っている間にも、男達はくじを調べていく。

 目の前で悪党が我が物顔で悪事を働いている事に屈辱感を感じながら、けれどどうする事も出来ずに立ち尽くす。目に涙が溜まり、視界がぼやけ、喉から悲しみがせり上がって来た。

 その時、法子のすぐ後ろから来店を告げるチャイムが鳴った。

 店中の視線が入り口に集まった。

 法子も振り返り、そして息を呑む。

 そこには黒い甲冑が剣を手にして立っていた。

 男の一人が声を荒げる。

「何だ手前は!」

 黒い甲冑が一歩踏み出した。

「ヒーロー。お前等を止めに来た」

 男達の中から息を呑む男が聞こえた。

 黒い甲冑が更に一歩、男達との距離を詰める。

「それで? お前等、そのくじを調べて何がしたいんだ?」

「俺達は魔検の支配に抵抗する為の聖戦を」

「ああ、騒ぎに便乗して、適当な理由をでっち上げて、小事を成そうとしている訳か。見下げ果てた醜さだな」

 黒い甲冑の静かな罵倒が響き渡る。

 男達の内の一人が激昂して陳列棚から商品を掴みあげた。

「手前、何かしてみろ! このサクサクメロンパンが」

 男の言葉は最後まで続かなかった。入り口を見ていた法子の視界から黒い甲冑が消えたのと同時に、法子の背後で黒い甲冑を静止しようとしていた男の声が消え、同時に物音が聞こえて、振り返ると男を昏倒させた黒い甲冑がメロンパンを陳列棚に戻していた。

 陳列棚に戻し終えると、黒い甲冑は倒した男になど意識を向けず、踵を返して入り口の近くに立つ法子の下へ歩んでくる。途中、戸惑っている残りの二人と擦れ違い、擦れ違った瞬間二人の男は地面に倒れ、やはり倒れた二人を見もせずに、黒い甲冑は法子の下まで歩んできた。

「大丈夫だった? 法子さん」

 そう言って、変身を解くと、黒い甲冑の中から、整った顔立ちの男が現れ、法子を抱きしめた。

「将刀君。どうしてここに?」

「法子さんが危険な目に遭う予感がしたから」

 法子は思わず泣きそうになって、将刀の胸に顔を埋めた。

「どうして変身しなかったの? 簡単に倒せただろうに」

 将刀の穏やかな口調に涙が溢れてくる。嗚咽を堪えながら、法子は答える。

「だって、ヒーロー失格って」

 それ以上、続けられなくなって黙りこむと、将刀は更に強く抱きしめてくれた。

「ごめん、ここは人目が多いから、場所を移そう」

 法子が頷いて、離れようとすると、更にもう一度強く抱き締められた。

「でも一つだけ。何処で何があって、誰に何を言われたのかはまだ知らないけれど、俺にとって法子さんは世界でたった一人の特別で、俺にとってのたった一人のヒロインだから。だから、何ていうか、自信を持ってくたら嬉しい」

 法子が泣きながら頷いて顔を上げると、将刀は優しく微笑んでいた。心の底から安堵が湧き上がってきた。


 公園の奥まった場所に据えられた遊歩道脇のベンチに法子と将刀は座っていた。法子がファーストフードで起こった出来事を話し終えると、将刀はそうかと言って黙ってしまった。法子は何だか不安になって、将刀の事を見つめながら尋ねてみた。

「やっぱり私が悪かったのかな」

「いや、そうは思わないよ」

「本当に?」

「ああ。何ていうかさ、法子さんは他人の目を気にしすぎなんだと思う」

「他人の目を?」

「あ、ごめん。ちょっと待って。何か違う。そうじゃなくて」

 将刀は法子の目の前に手を翳してしばらく黙り、そしてゆっくりと言葉を発した。

「つまり、結局さ、法子さんは何がしたいのかって事」

「私は、その、ヒーローに」

「でもヒーローになりたいだけなら、別に誰に何を言われたって良い訳でしょ? 自分がヒーローだって言い張れば。魔検にヒーローとして登録されてるんだし」

「それは、そうだけど、違うよ。だって」

「分かってる。ヒーローになりたい理由や目的なんてそれぞれだ。俺だって昔特撮に憧れてたとか、実際に助けてくれたヒーローの様になりたいだとか、法子さんと一緒に戦いたいからだとか、色んな理由と目的がある。だから自分がヒーローだって言い張れば、っていうのは違うって分かってる」

「どういう事?」

 法子は将刀の言っている事がよく分からず、不思議に感じて、将刀の瞳を見つめ返していると、将刀は困った様に耳を触った。

「何か違うな。あの、だからさ、法子さんは、その子供を危険な目に遭わせただとか、怪人の襲来を告げなかった事だとか、戦いを楽しんだ事だとか、色々思い悩んでるけど、でも今回それは大事な事じゃ無いと思うんだ」

「大事じゃないって、何で? それは、もしかしたらそうかもしれないけど、私にとっては」

「ううん、だって法子さん自身が言ってたけど、子供は無事だった訳だし、襲来を告げなかったのはその方が被害が少なくなるっていう予感があったからだし、戦いを楽しんでた事は別に誰にも迷惑を掛けてないんだから」

「うん、そうなんだ。そうなんだけど、早弥が」

「それなんだよ、結局は。早弥さんに誤解されて、信頼されなくなった事に悩んでる訳でしょ?」

「え? あ」

 法子は少し考えてから頷いた。

「そうかも知れない」

「信頼ってそんな一朝一夕勝ち取れる様な物じゃない」

「う」

「でも法子さんは今までずっとヒーローをやってきて、信頼に足る存在だっていうのはきっとみんな知ってる。この前テレビで、関わった事件の被害が少ないヒーローの一人に法子さん入ってたよ」

「え? ホントに?」

「うん。だからヒーローとしての法子さんはきっといずれ信頼してもらえる。今回は色々と重なって誤解されたけど、今まで通り活動していればきっと分かってもらえるよ」

「そうかな?」

「うん。それに、法子さんと早弥さんは友達なんだから、法子さん自身の事もきっと信頼してくれてる」

「そうかな?」

「当然。だから結局今回は、ヒーローがどうとかじゃなくて、早弥さんとのちょっとした喧嘩だよ。謝って仲直りして、後は今まで通りヒーローとして頑張っていればきっと分かってもらえる」

「そっか」

 将刀の言葉を聞いている内に、本当に今回の事は何でも無い事の様な気がしてきた。むしろ何を思い悩んでいたんだろうとすら思う。

「ありがとう、将刀君。何か、私分かったよ」

 法子が笑うと将刀も笑った。

「良かった」

 将刀は空を見上げ、そうしてふと呟く様に言った。

「俺、ヒーローってさ、良いものだと思うんだ」

「え? 良いもの? うん。私もヒーローって良いなって思うよ」

「けどさ、ヒーローって便利できっと色んな人に安心を与えてて、だからこそ弊害があるんだと思う」

「弊害?」

「例えば本当なら怖くて逃げている様な場面で、ヒーローが居るから逃げずにその場に留まったりとか。覚えがあるでしょ?」

 法子は頷く。確かに逃げて欲しいのに逃げてくれず、むしろ周りに集まって応援をし始めるので、人々が危険に陥った事が多々ある。何より法子が変身ヒーローになった当初、攻撃が逸れて近くで観戦していた子供を切り裂いて大怪我を負わせた事があった。

「何でもそうで、ヒーローに限らず、どんなに便利でも、どんなに素晴らしくても、何処かに弊害って必ず在るんじゃないかなと思う。むしろそれが良いものであれば良いものである程、弊害の部分が見えなくて、ふとした拍子に大惨事になる事があるんじゃないかなって思う」

 不安にさせる様な将刀の言葉に、法子が黙り込んでいると、将刀はふと安心させる様な笑みを浮かべて、法子の頭に手を載せた。

「特にヒーローは華やかで、だからこそ見えない部分で凄く歪んでいる箇所があると思う。俺達はそういう歪みとも戦わなきゃいけないんだよ、きっと」

「あの」

 法子が何か答える前に、将刀は立ち上がって、伸びをした。

「変な事言ってごめん! さて、折角出会えたんだし、これから何処かに行かない?」

「え? あ、うん!」

 将刀と一緒に遊びに行けると思った瞬間、ほんの一瞬前までの不安な気持ちは消え去って、胸の中が喜びで一杯になった。

「何処か行きたいところある?」

「え? えーっと」

 何処が良いだろうと考えながら法子が立ち上がろうとした時、唐突に地響きが辺りに満ちて、法子は再び座り込んだ。

「何?」

 アラームが辺りに響き、将刀と法子は同時にそれぞれの端末を取り出して、魔検から届いた連絡を確認する。それによれば、上空に黒い飛行物体が現れて町を攻撃し始めたらしい。

「将刀君!」

 法子が顔を上げて将刀を見上げると、将刀は既に黒騎士へと変身していた。

「さあ、デートへ行こうか」

 黒騎士が手を差し出してきた。

 法子は微笑むと、魔女へと変身して、差し出された手を取った。

「うん!」

 立ち上がらせてもらった魔女は、空に浮かぶ黒色の物体を目指して駈け出した。自分の隣に居る世界でたった一人の騎士と共に。

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