学生side: 早弥/ヒーローヒーローヒーロー
噂のヒーローが姿を現した。
見付けた早弥は、まず聞いていた変態のイメージとその容貌がかけ離れている事に驚いた。丸みを帯びた中年男性である事は変わりないが、少なくとも格好は高そうな服で身綺麗に決めている。そうして隣に連れた可愛らしい少女。あまり似ていないが娘だろうか。嬉しそうな少女を隣にした男性はどうみても休日に娘と遊ぶ良いお父さんで、話に聞いていた全身タイツの変態と重ならない。
続いてその目付きが気になった。何やらこちらを警戒している。いきなり呼び出されたのだから警戒していてもおかしくはないけれど、警戒の度合いが強過ぎる。まるで敵を見る様な目付きをしていた。それに何だか少女を庇う様な動き。娘の命でも守る様な様子。そんな危機に見えるだろうか。こちとら花も恥じらう乙女で、その上、辺りには大勢の人が居る昼下がりのファストフード。男性の危機意識の高さが妙にそぐわない。
そんな男性の様子に気付いているのかいないのか、法子はアイナと一緒になって嬉しそうに机を繋げて場所を確保している。
さっきもうすぐ事件が起こると言っておいて何だってそんなに嬉しそうなんだ。全部冗談か。
早弥が釈然としない気持ちを抱えている間にも、噂のヒーローは少女と共に、テーブルの前に立ち、値踏みする様に早弥達を見回した。それに対して、法子が嬉しそうに挨拶をする。
「どうもこんにちは。さっきも電話で言いましたけど、私はヒーローのノリコ、十八娘法子です。こっちがアイナ・テイラー・ブリッジ、それから」
法子がそれぞれを紹介していく。早弥も紹介をされたので会釈をした。
早弥達側の紹介が終わると、今度はヒーローが胸に手を当てる。
「これはこれは、歓談中失礼致します、麗しいお嬢さん方。私は柴田平治、ヒーローをしております。こちらはナナ。ナナちゃん、ご挨拶」
ナナは不思議そうに平治の事を見上げてから、早弥達に向き直ってぴょこりと頭を下げた。
「私の名前はナナです。シニョリーナじゃありません」
法子と舞奈と涼子が歓声を上げた。
平治がナナの頭を撫で、それから法子に目をやってにこやかに笑った。
「それで今日はどの様なご用件でしょうか?」
法子がそれに答えようとした時、それより先に涼子が立ち上がって頭を下げた。
「あの、すみませんでした」
今にも泣き出しそうな涙声が店内に響き渡る。店内の視線が一瞬だけ一点に集まった。
平治は目を丸くして涼子に顔を向け、それから困った表情になった。
「失礼、何か謝られる様な事をされた覚えが無いけれど」
「あの、今日、大学で助けてもらったのに、それなのに、助けてもらったのに、蹴っちゃって」
「ああ、あの時の」
頭を上げずに謝る涼子を見つめながら、平治は得心が言った様に頷いた。
「頭を上げて下さい。全く気にしていませんから。むしろあの時は驚かせてしまってすみません」
涼子が涙の溜まった顔を上げる。
「でも」
「私達ヒーローは皆さんを守る為に戦っています。それが私達ヒーローの存在理由です。だからむしろ、そんな風に謝られると困ってしまうんですよ」
「あの、すみません」
涼子に再度謝られて、平治が笑顔を浮かべる。
「謝らないで下さい、お嬢さん。私は皆さんが笑顔で居てくれればそれで良いんです」
やっぱり謝られたって困るだけだ。ほら見た事かと、早弥が涼子を見ると、涼子は感極まった様子で涙を流しながら口元に手を両手を当てていた。
「すみません。ありがとうございます」
「良かったね、涼子ちゃん」
法子が泣いている涼子を抱き寄せて、平治に向けて頭を下げた。
「ありがとうございます。柴田さん」
平治が笑う。
「いいえ、さっきも言いましたけど、私達ヒーローの喜びは皆さんの笑顔を守る事。そうでしょう?」
法子も嬉しそうに笑った。
「はい、そうですね」
それから少し考える様な素振りを見せてまた口を開く。
「あの、柴田さん、今日呼んだのはそれだけじゃなくて、今、この町で沢山事件が起こってますよね」
「危惧していますよ。ヒーローとして」
「はい。私も。あの、だから頑張りましょう。もしも何処かで何か起こってたら連絡して下さい。私も連絡して。あの、連絡しますから。それで協力して事件を解決したいなって。あの魔検の連絡っていつも遅いし。それなら私達ヒーロー同士が連絡し合えばって。その迷惑じゃなければ」
「全然迷惑じゃないですよ。とても良い事です。いまいちヒーロー同士は横の繋がりが少ないですから。それを変えて行くという案は大賛成です。いつでも」
そこで平治の言葉が止まる。
「いえ、すみません。連絡されても駆けつけられないかもしれません。その、この子の面倒を見なければならないので」
法子がナナを見る。
「娘さんの面倒を? いえ、あ、そうですよね。確かにお子さんは大事です。そうですよね。すみません勝手な事を言って」
「いえ、私の方こそ」
「私はヘイジ蝶の娘じゃない」
平治が目を見開いて、ナナを見る。法子は不思議そうに平治とナナを交互に眺める。
「ナナちゃん、ちょっと」
「私は第二研究所っていう所から逃げてきた。それを助けてくれたのがヘイジ蝶で、私はヘイジ蝶の娘じゃないけれど、一緒に居ます」
「そう、なんだ? どういう事? ただの家出とかじゃないんですよね?」
法子の問いに、平治は溜息を吐いて、「やっぱりどうにも交渉事は向かないな」と呟いてから答えた。
「ああ、どうやらその子は何処かの研究所で虐待を受けていたみたいで、そこから逃げてきたらしいんだ」
「虐待!」
「ああ、そうらしい」
「じゃあ、魔検に連絡しましょう! 保護してもらわないと」
「それは駄目だ」
「どうして?」
「それは」
アイナが横から口を挟む。
「魔検が関与してるんじゃないかって疑っているからだろう?」
平治が鋭くアイナを睨む。
「君は何か知っているのか?」
「いいや、全く。ただ研究所には魔検の息が掛かっているところが多いから、当然そう考えるだろう。それで分かったよ。最初にあなたが私達を警戒している理由が。魔検のヒーローである法子君その子を取り戻そうとしているとが勘違いした訳だ」
「実を言うと、まだ君達を疑っている訳で」
「まあ、それは良いけど。だったら、どうするんだい? 私達に会いに来たという事は八方塞がりという事だろう?」
法子はアイナの言葉が理解出来なかった様で眉根を寄せた。
「どういう事?」
「匿う仲間が居るなら、町中でその子を連れまわさないだろう? まして疑いを持っている相手の前に連れてくる訳が無い。そもそも、人の目、町中の監視カメラ、買い物、宿泊、もしも魔検が相手なら何をするにしたって、何処かで見つかる。だから逃げ切れない。魔検は沢山のヒーローや魔術師を抱えているから人の捜索だってお手の物だろうし。そんな時に丁度魔検のヒーローから連絡があったから、虎穴に入らずんばという事で少しでも手がかりや突破口を見つけに来たんじゃないかな? 何の準備も無く来た様に見えるのは、きっと準備する時間が無い内に私達が見付けたから、少々自暴自棄になってといったところだろう」
「手厳しい。その通りだよ」
「へえ」
法子は感心した様にアイナを見つめてから、嬉しそうに平治に笑いかけた。
「なら私も手伝います! 大丈夫です。私はナナちゃんを研究所に連れ戻したりしませんから」
「ありがとう。しかしだね」
「困っているなら助けます! だって私はヒーローですよ? 見過ごせません」
「それは有難い。だが止めた方が良い。これは俺の勘だけど多分大事になる。魔検を敵に回すかもしれない」
「はい! でも見過ごせません! ヒーローですから!」
「いや、しかし」
何を言っても聞きそうに無い法子に、平治が何と言えば良いのか迷っていると、今度はアイナが言った。
「なら、私も協力するよ」
「協力?」
「監視システムに見つからない隠れ家位なら提供出来るよ」
「それは有難いが、迷惑を掛ける訳には」
アイナがふっと息を吐いた。
「どうやらあなたは分かっていない様だね。良いかい? 既に私達は巻き込まれているんだ。あなたが私達に会い、事情を話した時点でね。もしも本当に大事だったとしたら、あなたが捕まれば私達が困る。仲間扱いされるかもしれないんだからね。あなたが勝手に動いた方が余程迷惑だ」
平治はその事に考えが及んでいなかった様で、呻く様に俯いた。
アイナが溜息を吐く。その肩を舞奈が叩いた。
「ねえ、アイナ」
「何だい?」
「もしかして私も巻き込まれてる?」
「ああ、さっきの話を聞いた時点で巻き込まれているよ」
「そんな!」
舞奈が悲痛な声を上げた。平治が申し訳なさそうに、すまないと呟いた。
「だってだって、魔検の人に嫌われるって事だよね?」
「まあ。嫌われるというか。うん、まあ、嫌われるね」
舞奈が頭を抱える。
「じゃあ、就職不利になるじゃん! お姉ちゃんのライバルになる計画が!」
「え? そこ? もっと命の危機とか社会的な立場とかについて何か感じないのかい?」
「命はお姉ちゃんが守ってくれるし、社会的な立場がどうなったってお姉ちゃんは私を認めてくれるもん。それより就職だよ!」
「ああ、そう」
呆れるアイナを無視して、舞奈は早弥を見た。
早弥は色々言いたい事があり過ぎて、何から指摘して良いのか分からずに少しぼんやりしていたので、突然向けられた舞奈の視線に驚いて身を引く。
「早弥もそうでしょ?」
「は? え?」
「だって早弥は魔検でバイトしてるし、それで就職先も魔検でしょ? 私よりよっぽど不味いじゃん!」
「いや、まあ、そうだけど」
そうだけれど違う。今はそんな事が問題なんじゃない。
早弥は更に何か言おうとする舞奈の口に手を押し当てて遮ると、もう片方の手を上げて全員を眺め回した。
「っていうか、みんなちょっと良い?」
皆の視線が早弥に集まる。
「さっきから何でそんな悠長に話し合ってるの? いや、今まで口挟めなかった私も私だけどさ」
法子が慌てて言った。
「そ、そうだよね。確かに魔検が相手だとしたらこんな気軽に話してちゃ駄目だよね」
「いや、そこじゃなくて。っていうか、その話は一旦置いといて」
不思議そうに首を傾げる法子を睨む。
「あんたさっきこの場所で事件が起こるって言ったよね?」
「うん」
法子が頷いたのと同時に、平治が反応して顔を上げた。
「何? 事件?」
それに対して法子が笑顔で答える。
「はい。そうそう、そうなんです。私の勘ですけど、きっともうすぐ」
「この店で?」
「はい。それで柴田さんを呼んだっていうのもあって」
「なら早くこの店の人々を避難させないと」
「それだと混乱が起きるし、私達が守った方が早いですよ」
「だが」
うろたえる平治を眺めながら法子が更に笑みを強くした。
「もう遅いです」
法子がそう呟いた瞬間、二階に屯す客の半分が椅子を蹴って立ち上がった。
羽織っていた上着を脱ぎ、中に着込んでいた白い服装を晒し、白い覆面を被る。
日中のファーストフード店に突如として現れた怪人達は一つ奇声を発すると、中央に座る法子達に目を向ける
「ほら来た」
法子は席を蹴って立ち上がった。