学生side: 早弥/ジェネラルウィッチ
可愛いなぁと思う。
周りを見ると綺麗で可愛い人だらけ。
周りを見渡して可愛いなぁと思ってから、自分を省みて不思議に思う。
私って他の人と何が違うんだろうと。
大学生にもなって彼氏が居た事無いなんて普通にやばい。
そう思うのに、ぼんやりとそう思うだけでどうする事も出来ない。
ただどうすれば良いのか考えながら、何の答えも出ずに、のんびりと過ごしている。
少なくとも中学の時はそんな事考えた事無かった。周りでちらほらと彼氏が作られ始め、惚気話を聞きながらも、きっと高校に入ったら素敵な彼氏を作って、そうして恥ずかしい話、少女漫画みたいなきらきらとした恋愛を送れるんだって信じてた。
高校の時に、女子校に入った時は少し危機感を抱いたけど、先輩達が彼氏作ってるのを見たら、大丈夫なんだって安心した。一年の頃は友達グループに彼氏持ちなんて一人も居なかった。それが二年になってようやく一人だけ彼氏を作って、それをからかって、嫉妬して憧れながらも、結局何にもせずに過ごし、三年になると、私ともう一人以外の全員に彼氏が居て、私は焦ってそれから色々と行動したけれど、何が悪かったのか、結局そのまま最後の一人になるまで私は彼氏を作れなかった。
大学に入って、新しい環境で今度こそと思って色々行動したけれど、一年経た大学二年の時に全てを諦めた。一年頑張って報われないのなら、きっとこの先一生無理だと思って。その予想通り、四年目の今も彼氏は居ない。きっと私は、独り身の星の下に生まれたんだろうと思っている。
でも時たま考える。
私と他の人達は何が違うんだろうって考える。
どうして他のみんなは可愛いのに、私だけ違うんだろうと。
その答えはまだ見つからない。
多分ずっと見つからない。
今まで見つからなかったんだから、きっとこれからもずっと。
それでも考える。
私とあの子は何が違うんだろうと。
涼子って可愛いなぁと早弥は思う。
ちょっとした喧騒に湧いているファストフード店の二階、道路に面したガラス張りの壁からは穏やかな陽気が差し込んできて、涼子を明るく彩っている。いつも陰のある涼子が今は苦悩の表情を浮かべているのでいつも以上に暗く見え、その暗さと麗らかな光の対比が何だか絵になっていた。
何でも涼子は、助けてくれたヒーローの股間を蹴りあげた事に罪悪感を感じているんだとか。それだけ聞くと酷い話だけれど、話に拠るとそのヒーローは全身タイツで太ったおっさんだったらしい。そんな変態なら別に蹴ったところで何の罪悪感も感じる必要が無いし、むしろもっと非難しても良い位だと思うけれど、涼子はそんな事を考えず、申し訳無いと落ち込んでいる。勿論、病気の所為でそう考えてしまうんだろうけれど、そんな変態すらも人間扱いして罪悪感を抱けるなんて、真っ直ぐで優しくて可愛いなぁと思う。だから彼氏が居るのかなぁと思う。
「ねえ、涼子?」
早弥が声を掛けると、涼子は泣きそうな顔になって縋ってきた。
体を揺すられて早弥の眼鏡がずれる。
「は、早弥ぁ。私、どうしたら良いと思う?」
ああ、本当に可愛い。真っ直ぐに優しく悩む涼子は何だか守ってあげたくなる位に愛おしくて、きっと世の男共はあっさりと靡くのだろう。その可愛らしさに見とれて。
私なんかには見向きもせずに。
「爆ぜ散じろ」
「ええ?」
「リア充は爆ぜ散れ」
早弥が辛辣な言葉を涼子に浴びせると、横から法子が割り込んできた。
「早弥ちゃん、早弥ちゃん、今そういう流れじゃなかったよ」
「流れなんか関係無い。リア充爆発しろ」
「もう」
呆れた法子を無視して、早弥は眼鏡を直しつつ更に涼子を責め立てる。
「そもそもそのヒーローの股間を蹴ったから何なの? 何が言いたい訳」
「だから、悪い事しちゃったから、何とか謝りたくて」
「謝って欲しくないよ、ヒーローは。だってそのヒーローはあんたを守ろうとしたんでしょ? 私の知ってるヒーローは守ろうとした人に謝られたら逆に迷惑に感じるよ」
「でもさ」
「そもそも連絡がつかないんだからしょうがないでしょ?」
「うん、そうなんだけど」
「なら諦めなって。気にしたってしょうがないよ、過ぎた事を」
早弥がそう言うと、涼子はあからさまに落ち込んで俯いた。何となく罪悪感を覚えて胸が苦しくなる。
重苦しくなった空気に居心地が悪くなって、早弥が一階でレジに並んでいるアイナ達の下に逃げ出そうかなと考えていると、唐突に法子が大きな声を出した。
「大丈夫! 私連絡先分かるから!」
早弥と涼子が同時に法子を見た。。
「法子ちゃん! 知り合いなの?」
「違うよ。でも蝶の人でしょ? 多分あの人だよね。分かると思う」
法子は何だか決意した様子で涼子を見つめ返し、端末を取り出した。
早弥は法子が何をしようとしているのかに気がついて、慌てて止める。
「ちょっと、まさか」
「うん、ヒーローはヒーローの連絡先が分かるからね。それで検索してみる」
「やめい!」
早弥の手刀が法子の脳天に突き刺さり、法子は呻いた。
「いったー。何すんの、いきなり」
「そんな事で連絡したら迷惑でしょ」
「でも涼子ちゃんが悲しんでるし」
「向こうの迷惑も考えなさい!」
早弥の言葉に涼子の体が震えた。
「ごめん、私がわがまま言わなければ」
それを法子が否定する。
「そんな事無いよ! 涼子ちゃんは悪くない!」
「ああもう!」
早弥が混乱し始めた場に苛立って髪を掻き毟った時、傍から声がやって来た。
「良いんじゃないかな。連絡しても」
早弥達が声のした方を向くと、長身のアイナと、頭に兎の人形を載せた舞奈が、食事をトレイに載せて歩いてきた。
「アイナ。あんた、法子の肩を持つ気? 突然連絡なんかしたら絶対に迷惑が掛かるでしょ、そのヒーローに」
「ちょっと謝るだけだろう? それに私達の大学を守ってくれたそうだし、私としてもお礼を言っておきたいなぁ。そう思うのはそんなに悪い事かい?」
アイナが早弥達のテーブルにトレイを置き、自分も座る。
「だから相手に迷惑でしょ? こっちの気持ちとかじゃなくて」
早弥の反論に舞奈が笑った。
「ねえねえ、早弥早弥」
「何?」
舞奈は笑いながらトレイを置き、右手の人差指を早弥の鼻の頭に付け、物凄く偉そうな決め顔を作った。
「女の子はわがままで良いんだよ」
そう言って、席に座った。
早弥はしばらく呆れて言葉を出せなかったが、舞奈が席につき、舞奈の頭の上に載った兎の人形が飛び降りてテーブルの上に座った頃になって、ようやく開いていた口から声を絞り出した。
「何処からつっこんで欲しい?」
「やだ。早弥、何言ってるの? つっこむなんて卑猥」
「うすら寒い台詞吐くな!」
「いやー、まさかあの早弥からそんなエッチな台詞が聞けるなんて」
「はーん。今、私喧嘩売られてる? 買うよ」
早弥が笑みを浮かべて睨みをきかせた時、突然テーブルに座っていた兎の人形が跳び上がって、舞奈の頬を張った。舞奈が痛いと言って頬を押さえる。
「テト、何で?」
「いや、鬱陶しかったから」
兎の人形から甲高い少女の声が聞こえてきた。
早弥が嬉しそうに兎の人形を見る。
「テト、私の味方はあんただけだよ」
「別に誰の味方って訳でも無いけど」
テトはそう言って、またテーブルの上に座り、法子を指し示した。
「どっちにしても結果は変わらなそうだしね。とりあえず舞奈を殴っとこうかなっと」
「酷い!」
悲しそうな声でテトに抗議した舞奈を無視して、早弥が法子を見ると、法子が立ち上がって何処かに電話を掛けていた。
早弥が驚いて声を上げる。
「まさか、法子!」
法子が人差し指を立てて己の口元に添えた。
黙れのジェスチャーをされて、早弥は思わず黙る。
しばらくして、電話が繋がったのか、法子が端末を強く握った。
「あ、すみません。私、魔検のノリコっていうヒーローなんですけど、御存知ですか?」
端末に向けて話しかけながら、窓際に向かって歩いて行く。それをアイナが追った。離れた場所で背を向けている法子の言葉は正確に聞き取れないが、どうやら近くに居るから会いたいと言っている様だ。
よくそんな失礼な事を言えるものだと早弥が呆れていると、やがて法子が嬉しそうに戻ってきた。
「会ってくれるって! 店のすぐ前を歩いてた」
「え?」
涼子が驚きの声を上げた。
早弥はこれで満足かと涼子に対して苛立ちのこもった視線をやると、涼子は不安で怯えていた。
あれだけ謝りたいと言っていたのに、いざ相手が目の前に来るとなると尻込むのか。
その身勝手さに苛々として、涼子に対して何か言ってやろうと口を開き、怒りが止まらなくなりそうな自分に気がついて、電話を終えた法子へ矛先を変えた。
「何で、会ってくれなんて頼んじゃったの? どう考えても迷惑なのに」
法子は少し困った様な表情になった。
「でも会っておいた方が良いよ。お互いに」
「だから謝られたって向こうは嬉しくないんだって」
「それだけじゃなくて、これからの事を考えたら会っておいた方が良いと思う」
「これからの事?」
「そう。今、この町ってテロが沢山起こってるでしょ?」
法子の言い含める様な言葉に早弥は頷いた。
確かにこの町ではテロルが多発している。魔検の本部ビル落成式の時を皮切りに、この町のあちこちで、様々なテロリストが現れ、そうして混乱を撒き散らしている。現に先程から涼子が悩んでいたのは、大学が魔物達に襲われた事件についてだ。涼子はその場に居合わせ、魔物の一人に人質に取られ、それをあるヒーローに助けられた。にも関わらず、その格好に驚いて攻撃してしまった。事件そのものに悩んでいる訳ではないけれど、とにかくテロルに巻き込まれた所為で悩んでいる。
この町のそこらかしこで人や魔物による事件が起こっている。それは知っている。けれど、それとヒーローに会う事と、一体どんな関係があるのか、早弥には分からなかった。
法子が何故か偉ぶって胸を張る。
「多分あの蝶の人はこの町に住んでる人だと思うのね。だからヒーローだってお互い知っておけばいざという時に色々と助け合えると思うし。それにあの蝶の人、魔検の本部に出入りしてるみたいだから何か情報を知ってるかもしれないし。それにみんなも誰がヒーローで信用出来る人なのかは知っておいた方が良いでしょ? 助けを求めやすいし」
「結局ほとんどうちらのメリットじゃん」
「そうだけど……でも、ほら、もう呼んじゃったし! という訳で、涼子ちゃんもそう怯えてないで。私達がついてるから」
法子がにこやかに涼子を見た。涼子は不安そうな様子のまま必死で笑顔を作り、それに応じる。
「う、うん。頑張る」
「そうそう。あんまり時間も無いしね。元気出して謝ろう」
おー、と法子は一人で拳を突き上げて、誰も追随してくれないので、恥ずかしそうに身を縮こまらせた。早弥も何だか恥ずかしくなって顔を赤く染め、そうして法子の言葉に引っかかって首を傾げた。
「法子、今日用事あるの?」
「え? 無いよ?」
「じゃあ、涼子用事ある?」
「私は、今日は、特に」
「じゃあ、時間無いって何?」
不思議に思って法子を見ると、法子も不思議そうに首を傾げた。
「え? だからこれからこの場所で何か起こる訳だし。そんな混乱した中で謝れないでしょ?」
「え?」
「ん?」
「何? 何か起こるって何?」
「だからこれからここで、多分テロか何かが起きるでしょ? だからその時になってからだと」
「いやいやいや、何? 何で? テロ?」
「そうそう。あれ、さっき言ってなかったっけ? これから何か起こりそうだから、共闘する為にあのヒーローの人を呼んだっていうのもあって」
「全然聞いてない。え? 事件? ホントに? じゃあ何でそんな落ち着いてるの? いや、確かにあんたは事件が起きても大丈夫かもしれないけど」
「うん、だからみんな逃げないなんて勇気あるなぁって思ってたんだけど。そっかぁ、みんな知らなかったのかぁ」
「かぁ、じゃねぇ! おま、ホント、ああもう! とにかくこんなところに居られない。帰ろう! ほら、みんなも早く!」
そう言って慌てて立ち上がった早弥の主張を、法子がにこやかに否定した。
「止めといた方が良いと思うよー。もう遅いって。私達、ヒーローの傍に居た方が安全だよ。大丈夫。守ってあげるから。ね?」
流し見てくる法子を睨み返しながら、早弥は思う。
事件を前にして、しかも友達を巻き込むかもしれないのに笑っていられるこいつはおかしい。こいつだけじゃない。
目の前の友達も、蝶の格好をしているとかいうおっさんも、最近絡んでくるあいつも、みんな。
ヒーローなんてろくなものじゃない。