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ヒーローside: 法子/理事会

 エレベーターを降りた法子は溜息を吐きながら、そのやけにふかふかとした廊下を歩き出した。

 ここは魔検の本部、たった数時間前に爆破されたばかりの巨大なビル、その47階。丁度爆破された階を法子は歩いている。

 法子は綺麗な廊下を見渡しながら凄いなぁと思う。

 丁度一時間前、このビルは復元した。司会のカウントダウンがゼロに達した瞬間、瞬きをする間も無くビルは復元した。爆発も含めて全てがオープニングセレモニーの催し物なんじゃないかと思う位に一瞬で、まるで何事も無かった様な真新しい姿に。

 法子はその復元がどんな技術で行われたかは知らないが、噂ではビルを施工する何倍ものお金が掛かったとか。しかも施工の際には一流の魔術師達を何人も使って壁の中に魔法円を描いていたとか。

 やっぱりあのテロリストも含めて全部デモンストレーションだったのかなぁと思いつつ、だったら私怒られる必要ないのになぁと呼び出された事を理不尽に感じた。

 何故呼び出されたのか。

 普通ヒーローは魔検に来ない。手続きは全部ネットで事足りるから。報酬だって振込だし。だからヒーローが魔検に来るのはよっぽど何かあったか、カードを再発行するか、何となく見学したくなったからのどれかだ。そうして法子がやって来たのは、よっぽどの何かがあったから。

 テロリストを捕まえた後、何だかインタビューを受けたり、ヒーロー達にからかわれたり、アイナに助けてもらったりした後、ようやくアイナの部屋に戻って人心地ついて、ビルが復元される瞬間をお茶を飲みながら眺めていた時に、メールが入った。上層部が話したいらしいから一時間後に来いという内容の、慇懃だけれど事務的なメール。送ってきた魔検の事務方に問い合わせると、詳細がまるで分からないがとにかく来いと言う。良いから来いと言われて、その強引さに腹立つものを感じながらも、作戦の邪魔をした負い目があって、承諾してしまった。今はそれをとても公開している。

 自分達を待ち受けている人々を思い浮かべて溜息を吐く。魔検の上層部、更に詳述すれば日本魔術検定協会の理事達。法子は彼等が何をしているのか知らないし、話した事も無い。知っているのは理事長が魔検の切り札徳間真治の父親だという事と、何人かの顔を遠くから見た程度。

 ただ偉い人達なので偉そうな態度に違いないと確信していた。偉そうに上から叱りつけて来るに違いない。何故オープニングセレモニーでの作戦の邪魔をしただとか、そんな事を言ってくるんだ、きっと。そりゃあメールに気が付かなかったのは悪いけれど、それにしたって自分がそこまで悪い事をしたとは思えない。ビルの爆発は自分が最初に駆けつけたんだし、ヒーローとしては何も間違っていなかった。それで相殺にならないだろうか。まあ、誰も怪我人が出なかったし、ビルもすぐに直ったので、実質的に被害が出なかった事を考えると、駆けつけた事に何の意味も無かったのかも知れないけれど。あるいはもっと理不尽に、この町で起こっているヒーローを標的にした連続殺人事件についてかもしれない。きっと何故まだ解決出来ないのかだとか、そんな理不尽な事を言ってくるのだ。そんなのこっちの責任じゃない。そもそも警察の仕事だし。でもきっと向こうはそんなのお構いなしに、偉そうに叱ってくるに違いない。ヒーローが殺されたという汚名を誰かになすりつけたくて、きっと責任をこっちに押し被せようとする気なんだ。そうしたらどうする。確かにこちらは魔検に所属しているヒーローだ。だから上下関係で言うなら魔検に従う必要があるのかもしれない。でも別に魔検に所属したくてヒーローをしている訳じゃ無い。目指しているのはあくまでヒーロー。世の中の理不尽に対抗するそんなヒーロー。それなら理不尽を突きつけてくる理事にだって。

 そんな風に、頭の中で勝手に作り上げた偉い人々に対して一人で勝手にを爆発させていると、頭の中に意識が流れ込んできた。

「法子、もうちょっと真剣に物事を捉えられないのかな?」

「タマちゃん」

 法子は携えた刀に目を向ける。

「だってさ、緊張するじゃん。真面目に考えたら死んじゃうよ」

「死なないよ。それよりちゃんと冷静に自分に非の無い事を話さなくちゃ。もしも作戦違反で処罰される事になったらどうするんだい?」

「理事会を皆殺しにする」

「だから」

 呆れた思念が伝わってくる。それだけでなく心配する思念も。それが法子にとって心強い。家族や友達や恋人とは少し違う次元の繋がり。前者が世界を広げてくれる様な心強さを感じるのに対して、後者は自分自身を広げてくれる様な心強さ。ヒーローに変身させてくれる魔法の刀。中学生の時に出会ってから今までずっと支えてくれた相棒。まさに一心同体のかけがえの無い味方。タマという存在が一緒に居てくれれば、それだけで何に対しても立ち向かっていける。

 緊張していた心が一気に溶融していく。

 目の前には会議室の扉、その向こうには理事達がふんぞり返っているに違いない。

 法子は刀に触れると気合を入れて扉を開けた。


 中はごく普通の会議室で、コの字型に並べられた机についている理事達も実に平凡な様子で座っていた。偉そうにふんぞり返っても居らず、怪しげな雰囲気も無い。何となくフィクションの中に出てくる悪の組織の幹部を期待していた法子は拍子抜けした。

「やあ、久しぶり」

 法子がコの字の内側に入ると、正面中央に居る理事長が朗らかに笑い掛けてきた。久しぶりと言われても、ずっと以前、もう九年も前に一度あったきりなのでほとんど覚えていない。その時もほんの二言三言話しただけで、ほとんど初対面と同じだ。

 そんな事を考えつつも、久しぶりと言われてしまったので、法子は「お久しぶりです」と返した。

「どうぞ」

 理事長がそう言うと、法子の隣にソファが現れる。

「あの、どうも」

 座ると、あまりの柔らかさに体が沈み込んで、酷く不安定な気分になった。何だか早く帰りたくなって、法子は単刀直入に聞いた。

「それで、どうして私は呼ばれたんですか?」

 これからされるであろう糾弾を思って、法子は愛想無く尋ねる。

 理事長が最初に浮かべた笑顔でこちらを見てくる。

 それがいつ鬼の様な形相に変わるのだろうと身構えながら、法子は無表情でその笑顔を見返す。

 理事長はまだ笑顔でこちらの事を見てきて、法子はそれをじっと見つめ返す。

 じっと膠着した見つめ合いは、理事長が愛想笑いを浮かべた事で解けた。理事長はいやぁと意味のない呟きを漏らし、困った様に視線を彷徨わせ、隣の理事を見た。理事長に視線を向けられた理事は驚いて理事長を見つめ返し首を横に振った。理事長が反対の理事を見る。反対の理事も同じ様に驚いて首を振る。

 周囲が役に立たない事を確認した理事長は笑顔をゆっくりと法子へ戻した。

「あー、つまり、呼び出したのは他でも無い。あー、つまり、今回、そう、今回ビルの爆破や広場のテロリストが、現れてだね、それを、解決してくれたお礼というか、いや奨励というか、つまり感謝の意をだね、伝えようと思っていたんだよ」

「え? 感謝?」

 てっきり怒られると思っていた法子は驚いて聞き返した。

「ああ、感謝だ。いや、今回は本当にありがとう」

「はあ」

 訳が分からず法子は頷いてから、やがて頭が働き始めると怒られる訳じゃなかったのか安堵し、更に感謝された事に優越感を覚えた。何だか得意になって、じゃあ感謝の言葉を聞いてあげましょうと、心の中だけで居丈高になっていると、理事長があろう事か追い払う様に手を払った。

「じゃあ、もう帰っていいよ」

「え?」

「ほら、もう感謝の意は伝えただろ? だからもう帰って良いよ。君もこんなところで時間を潰したくは無いだろう?」

「は?」

 理事長が指を鳴らす。すると法子の座っていたソファが消えて、支えを失い、尻餅をついた。右側に居た理事の一人が空気を吹き出した。

 法子は状況について行けずに呆然と座り込んで動けない。

 それに向かって、理事長はにこやかに手を振って、ばいばいと言った。

 法子はしばらく何も考えられずに理事長を見つめていたが、やがて顔を紅潮させて、勢い良く立ち上がり、理事の全員を睨みつけてから、床を踏みつける様に歩いて、扉を思いっきり開け放し、そのまま苛立ち露わに部屋を出た。


 やがて扉が自動的に閉まると、理事長が目を瞑って言った。

「データ」

 理事の一人が机の上を擦る。

 しばらくして理事長が目を瞑ったまま言った。

「魔力は人並だね」

 理事の一人が同意した。

「ええ、そうですね。少なくとも肉体的な部分で特筆すべきところはあまり」

 別の理事が頬杖を突いて尋ねる。

「背が低い点と筋力が平均を超えている点は?」

「それも特別重要な事では。背が低いとして何がプラスになる訳でも無く、筋力だってスポーツをしていればこの位。ましてヒーローの中だと」

 そこで言葉が途切れる。

 誰も発言せず、静寂が訪れた。

 しばらくして理事長が言った。

「他に何か気付いた事は?」

「気づいた事では無いんですけど、データに無い部分が重要なんじゃないかと私は思います。彼女の評判を聞くと、多彩な魔術を使えるとか。それはこのデータを見ただけでは分からないと思いますし。要は才能というか、センスが」

 ためらいがちな言葉の途中で、別の理事が口を挟む。

「センス? 僕はそういう曖昧な表現は嫌いだな」

 その言葉を、更に別の理事が皮肉混じりに笑った。

「実に机に齧り付いている輩の言いそうな事だ」

 二人が睨み合う。

 険悪な雰囲気を壊そうと、また別の理事が言った。

「私はあの刀が気になりますけど」

「刀? ああ、何だか、意志があるって。報告書に書いてあった気がするな」

「でも数値的には大した」

「こんな項目で何が計れるんだよ」

「この評価項目は多くの研究で」

 また諍いになる前に、一人の理事が理事長へと尋ねた。

「それで、理事長は何か」

「良いと思うよ」

 簡潔な理事長の返答の意味が分からず理事は焦って聞き返す。

「え? ええっと、申し訳ありませんが、何の事でしょう」

「あの子、良いと思うよ」

「それはどういう。いえ、私も魔検の立場向上やヒーローのイメージアップに彼女は実に使えると思っておりましたけれど」

「息子の後を継がせるのに、良いと思う」

 その瞬間、会議室が静まりかえった。

「良いと思う。改造し甲斐がありそうだ」

 理事長の言葉に、理事の一人がおずおずと聞き返す。

「あの、息子というのは、真治さんの事ですか? 魔検に所属しているヒーローで、最強と噂されている、あの?」

「私は真治以外に息子を持った覚えはない」

「ええ、ええ、そうですよね! ええ、全く! それで、その後継ぎというのは?」

「どういう意味で聞いてる訳?」

「あのつまり」

「ただヒーローに改造するだけだよ」

 再び会議室に静寂が訪れた。

 やがて理事長が立ち上がる。

「それじゃあ、準備をよろしく。まずは前の研究をなぞって行こう」

 去っていこうとする理事長に、一人の理事が必死で食いついた。

「待って下さい!」

「何?」

「彼女は、まだ使い用があります。戦闘にも広告塔にも、人脈だって。そんな、今、壊すのは」

 その瞬間、理事長が笑顔を収めて、その汗を拭いながら喋る理事を無表情で見つめた。途端に理事は息を呑み、黙りこむ。

「私がいつ何を駄目にした?」

 言葉を発せられなくなった理事が必死で首を横にふる。

「そうだろう? そんな後ろ向きな結果が起きる訳が無い。何故ならヒーローになりたいと信じる彼等をヒーローにする事が私の願いだからだ。この世界に本物のヒーローを到来させる事が私の目標だからだ。それの何処に、何を駄目にする要素がある?」

 理事長の問いに、死にそうな表情で何度も何度も首を横に振る。

 理事長は、千切れそうな程首を振り続ける理事から視線を逸らすと、白い靄の中に足を踏み入れた。

「それじゃあ、準備をよろしく。まあ、これから一騒動起こるだろうから、それが終わってからになるだろうけど」

 そうして靄の中に身を滑り込ませ、理事長は消えた。

 同時に靄も消え、それを確認すると会議室の空気が一気に弛緩した。

 誰かが舌打ちし、誰かが溜息を吐き、誰かは未だに首を振り続けている。


 会議室を出た法子はエレベーターに乗り込むなり、タマに思念を送った。

「褒めて!」

「え? 何が?」

「私怒らなかったでしょ? 褒めて!」

「いや、うん、まあ、そうだね。良く我慢したと思うよ。お疲れ様」

 タマの労いを受けた法子はエレベータの中で強く足踏みをしながら一回転すると、壁を思いっきり叩いた。

「ああ、もう! 何あれ! 何あれ! 何あれ!」

「さあ、私には」

「あれが大人? あんなのが? 椅子を引っ張って転ばせるなんて、小学生の時の弟がやってた位だよ」

 激昂している法子を宥める様に、タマが言った。

「例えばだけど、君を試したんじゃないかな?」

「え? どういう事?」

「つまり、命令違反した君が、魔検に従順であるかどうかテストしたんじゃないかな? 椅子を引っ張って食って掛かったら反抗的、我慢したら従順ってな具合で」

「え? じゃあ、私が怒ってたらどうなったの?」

「捕まって、命令違反の罰を受けたんじゃない? 魔検のルールは知らないけど、命令違反は所によっては死刑だよ」

 法子は足を止め、呟いた。

「一気に冷静になった。そんな重要な意味があったんだ、あれ」

「まあ例えばだけど」

「ううん。凄い信憑性あるよ。そうじゃなきゃ、あんな馬鹿みたいな、小学生の男子しかやらない様な事、大人がする訳無いもん」

「実際のところは分からないけどね。何か意味のある行為だったんじゃないかって勘繰りたくなるね」

 エレベーターが一階に着いた。

 扉が開くと、小太りの中年男性が居た。

 エレベーターの中に入ろうとしていた様で扉が開き切る前に一歩踏み出し、中に法子が居る事に気がついて慌てて退いた。

 法子はこの人何処かで見た事があるなぁと思いながらエレベーターを降りる。

 小太りの男は法子と擦れ違ってエレベーターに乗り込み、上っていった。

 それを背に、法子はエントランスホールを抜け、出口のゲートをくぐって、そこでようやく男の事を思い出した。

 確か蝶々の人だ。

 一体魔検に何しに来たんだろうと不思議に思ったが、話した事も無い人が何の用で来ようとどうでも良くて、一瞬後にはもう別の事を考える。

 この後、関わり合いが出来るなんて、ほんの微かにも想像せずに。

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