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復讐者side: 法子/獣

 床を蹴って覆面に迫った法子は右手に持った刀を振るう。その場に居た誰もがその速さを目で終えなかった。唯一人、覆面を除いて。

 覆面だけは、首筋に迫った刃を間一髪で躱す。覆面の結び目に刃が掠り、結び目が切り飛んだ。法子は時を移さず、左手の刀で覆面の腹を切り裂こうとするが、覆面はこれを左手で受け止める。金属と金属がぶつかり合う様な、酷く硬質な音が響き渡った。法子は更に振り切った右手の刀を袈裟懸けに切り下ろすも、覆面の右手がそれを止めた。法子が刃を引こうと力を込めてもしっかりと掴まれて動かない。

 失敗した。

 最初の一手で全てを終わらせ周りの被害を最小限に食い止めようとしたのに、刀を掴まれて膠着してしまった。

「くそっ」

 思った以上に敵が強かった。自分と同等か、あるいはそれ以上。戦えば周囲も只では済まない。覆面の背中越しに将刀の傷ついた姿が見える。

 このままじゃ将刀君が。

 気持ちは逸るが膠着状態から脱する事が出来無い。下手に動いて均衡を崩せば、一気に攻めこまれてしまう様な気がした。どうする事も出来ない。

 どうしようも無くて、法子はせめてもの抵抗に、交差した覆面の腕越しにありったけの怨憎を込めて睨む。視線で覆面を殺せる位に、強い恨みを込めて。

 けれど覆面は笑っていた。

 覆面は布の結び目が切れて今にも顔が現れようとしていた。口元が露わになり、唇が笑みに歪んでいるのが見える。その口が開き、嬉しそうな声が漏れ出てくる。

「中中強くなったな」

 そして覆面が落ちた。

 その顔を見て、法子は思わず息を忘れる。

 魔王が笑っていた。

 それは、まさしく魔界の一国を支配する魔王だった。

 法子は呆然として呟いた。

「何で、ここに居るの?」

 魔王が益益笑みを深め、答えを返した。

「何、少し顔を見に来ただけだ」

「ルーマ」

 法子はそのルーマという名の魔王を知っていた。

 人間世界と魔界の和平調印式の時に遠目で。そして、それより更に数年前に、この町で共に戦った事があった。その時見たルーマの姿は法子の目に未だに焼き付いている。誰よりも強かったルーマは、年月を経た今でも法子の中で最強の存在として君臨していた。

 何を話せば良いんだろう。

 突然出会った旧知の存在に一体何を言えば良いのか迷っていると、ルーマはそんな法子の心を解さずに背を向けてしまった。

「さて、じゃあな」

「は? ちょっとちょっとちょっと! 行っちゃうの?」

 ルーマが振り返って下らなそうな顔をした。

「当たり前だ。俺も暇じゃない。少し顔を見に来ただけだと言っただろう」

「う、まあ」

「しばらくこの町に留まる。また会えるだろう。いや、すぐにでも会うかもしれんな」

 そう言って、本当にルーマは歩みだした。

「あ、ルーマ!」

 その時、法子は重大な可能性に気が付いてルーマを呼び止めた。

「何だ?」

「まさかとは思うけど、将刀君に怪我させたの、ルーマじゃないよね」

 その可能性に気がつくのが遅れたのは、法子にとってルーマがいわゆる正義の存在だからだ。ルーマは悪い事をしない。数年前に会ったきりではあったけれど、法子はそう信じていた。ルーマは強く清い。そう信じていた。将刀とは面識もある筈だ。だから攻撃する筈が無い。

 だが振り返ったルーマの返答は法子の思いもよらぬ言葉だった。

「誰?」

 法子は思わず叫んで詰め寄った。

「ええ! まさか忘れたの?」

「いや、誰だ?」

「将刀君! 変身ヒーロー! 黒い騎士になるの! 優しくて背が高くて、凄く格好良いの! 私の、その、彼氏の!」

 ルーマは首を捻り、しばらく考えてから口を開く。

「おお、おお、おお! 思い出したぞ。ああ、あいつか。何だ、元気にしてるのか?」

「だから、ぼろぼろにやられちゃったの! それをルーマがやったんじゃないかって聞いてるの?」

「はあ? 俺が? いつ」

「知らないよ。さっき!」

「だが、俺はまだここに来たばかりで、戦いなんて今が初めてだぞ」

「ああ、そうなんだ」

 法子が胸を撫で下ろす。

 良かった。やっぱりルーマが将刀君を攻撃した訳じゃないんだ。

「良かった。安心した」

「そうか。俺は良く分からんが、まあ良い。その将刀にもよろしく伝えておいてくれ。またな」

「え? あ、うん、またね」

 そう言って、魔王ルーマは行ってしまった。

 本当に何をしに来たのか分からない。

 けれど今の状況に魔王が加わったとあれば事態が益益混迷するのは必至だ。

 法子は気を引き締めて、将刀の元へ踵を返した。

「将刀君!」

 将刀の傍に座り込んでその顔を覗き込む。血の気の引いた顔が眠った様に目を瞑っている。ただその顔は酷く削れている。一体どうしたらこんな風に傷つくのか。全身も傷だらけだ。常人だったら死んでいる程の重症を負っている。

 目を開ける様子は無い。

「将刀君」

 力無く呟いて、将刀の額に手を添える。

 一体どうしてこんな事に。

 魔検がやったという事だけは分かっている。まさか自分を嵌める一環で? でも何処で誰が。将刀はそこらの者に負ける程弱くはない。ヒーローの中でも将刀と良い勝負になりそうな者はほとんど居ない。居るとすれば徳間だが、徳間の得意とする魔術は針の魔術だ。潰れたり抉れたりしている将刀の傷とは合致しない。

「みんな! テレビ見て!」

 誰かの叫びが聞こえた。それを合図に皆がテレビの前へと集まっていく。そして誰もが驚いた様子で声をあげていた。法子が心労が重なりすぎて頭が働かず、ぼんやりその様子を眺めていると四葉がこちらに顔を向けた。

「先輩、魔検から魔物が!」

 魔物?

 ああ、そう言えば、ルーマが来たから。

 きっとそのお付が集まっているんだろうと軽く思いながら、テレビの下まで歩み寄り息を飲む。地獄の様な光景が映っていた。

 魔検のビルの中から人の何倍もある大型の獣が何匹も這い出てきていた。そのどれもが血で濡れており、中には人間を加えているのも居る。ビルから出た獣達は辺りに居る人間に襲いかかり、辺りを更に血で染めていた。

「何、これ」

 誰も答える者は居ない。

 テレビの中では血に塗れた化け物達が人間を襲い続けている。誰もが息を忘れてテレビを見つめている。法子もしばらくその地獄絵図を眺めていたが、やがて視線を外して歩き出した。それをきんげんやが呼び止める。

「法子君、何処へ行くんだい?」

 法子が振り返らずに答える。

「決まってます。魔検のビルに。町の人達を助けないと」

「法子君」

「止めないでください。きっと将刀君はそいつ等にやられたんだ」

 法子がテレビに映る獣達を指さした。

「だったら私が倒す」

「さっきも言っただろう。君はまず何よりも将刀君の傍に」

「私は」

 きんげんやの言葉を遮って、法子が振り返る。

「将刀君の彼女だから。将刀君はヒーローだし、私自身もそうだから、私が狙われてるならともかく、町の人が襲われているなら、私は、ヒーローとして町の人達を助けないといけない。そうしないと将刀君に顔向け出来無い!」

 きんげんやが黙りこむ。

「今、そいつ等はどんどん外に出て行ってる。遅れれば遅れるだけ被害が広がっちゃう。ビルの中でまとまっている間に出来るだけ数を減らさないと。それにもしもビルの中に化け物を生み出す何かがあるなら、それだって潰さないといけない。一刻も早く対処しないと手遅れになる! だから行く!」

 法子がきんげんやと睨む様に目を合わせる。きんげんやはしばらくそれを見つめ返していたが、やがて溜息を吐いた。

「こうなったらもう」

「何を言っても無駄だから!」

「だよね。仕方無い。分かりました。もう止めないよ」

「はい!」

 法子が勢い良く叫ぶと、エミリーも同調した。

「じゃあ、私も神様と一緒に行きます!」

 それをきんげんやが止める。

「待ちなさい。エミリー君と四葉君、二人にはやっていただきたい事があります」

 エミリーが不服そうに口を尖らせるが、きんげんやは有無を言わさぬ調子で続けた。

「二人は町中に出た獣を狩ってください。恐らく他のヒーロー達も対処しているでしょうが、功を焦る者が多いと不味い」

 四葉が訝しむ。

「どういう事ですか?」

「どう見ても本陣はあのビルだ。功名が欲しくてそこへ向かう者ばかりで周りが、その他が手薄になるかもしれない。それに一番危険な場所であるから、力ある者達はあのビルを目指すだろう」

「だから私達二人に」

 きんげんやは口をとがらせるエミリーの頭に手を載せる。

「そう、だから狐狩りの異名を持つ君にそれを頼みたいんです。法子君を動きやすくする為にもね」

 きんげんやの事を睨んでいたエミリーだが、法子の名を出された事で俯いた。

「仕方ありません。神様の為とあらば」

 そう言って、周囲に数匹の獣を生み出す。そうして法子の下へ歩み寄り、抱きついた。

「私は一緒に行けません。お気をつけ下さい、神様。何か嫌な予感がします」

「エミリーちゃんも気をつけて。四葉ちゃんも」

 法子の言葉に、エミリーと四葉が頷く。そうして法子から離れたエミリーは四葉の手を引いた。

「それでは行きましょう、四葉。さっさと片付けて、神様の助太刀に行くのです」

「うん」

 次の瞬間、二人は地面を蹴って、凄まじい勢いで駆けて行った。その背が角を曲がって見えなくなるまで見つめてから、法子も外へ向かう。

「それじゃあ、きんげんやさん、将刀君の事をよろしくお願いします」

「うん、いざとなれば僕も戦うから。だからこの場所だけは絶対に大丈夫。もしも事態が混迷してどうしようもなくなったらこの場へ戻っておいで」

「分かりました。セーブポイントって事ですね」

「いや、意味が、うん、まあ良いや。無理だけはよして、気をつけなさい」

「はい」

 法子は地を蹴り飛び上がる。屋根の上を飛び継ぎながら凄まじい速さで魔検のビルへ向かう。道中辺りに気を配っていたが、あのテレビで見た化け物の姿は何処にも無かった。まだ町全体へは拡大していない。妙に人通りが少ないのは、町の異変に皆が気がついたからだろう。今回のはふざけたテロではなく、本当に危険な事件なのだと。見れば、建物の中から不安げに外を見ている姿がちらほらと見えた。中には法子の姿に気が付いた者も居て、法子はそれを勇気づける為に殊更明るい笑みを見せる。

 しばらく屋根を飛び継いでいると、次第に辺りが騒がしくなってきた。だがまだ化け物の姿は見えない。警察やヒーローが辺りを警戒している様だった。

 化け物がどれだけの強さは分からないけれど、これならそう簡単に町の人に被害は出ないだろう。

 魔検のビルに近づくにつれて、騒ぎがどんどんと大きくなる。そして遂に化け物の姿が見えた。数人のヒーローと戦っていた。ヒーロー側が押している。

 まずい。

 法子は歯を噛み締めながら、その戦いを素通りし、ビルへ向かう速度を更に上げる。

 化け物一匹にヒーロー数人がかりというのはまずい。まともに戦えるヒーローの数はそう多くない。あのテレビで一瞬映っただけでも、化け物は二十体程居たのに。化け物がどうやって生まれたのか分からないが、魔界からやって来たにしても、魔術で生み出されたにしても、あるいは他の手段だとしても、もしもこれ以上生みだされる様なら、大変な事になる。

 早めに止めないと。

 焦る法子がようやくビルの傍に辿り着いた。隣接するビルから下を見下ろすと、そこは魔検のビルの正面玄関で、さっき地獄絵図を繰り広げていた場所だ。映像と同じ様に大量の化け物が居る。その数、三十。さっきより増えている。けれど映像と違って今はヒーローが集っていた。ビルの前の入口には大量のヒーローと化け物達が戦いを繰り広げていた。ある者は化け物を食い止めようと、ある者は中へ入ろうと、化け物達と争い合っている。その内の数人が化け物達の横をすり抜けて、中へと突入していた。だが数秒後に血まみれになって外へ飛び出してきた。どうやら化け物は中にも居る様だ。

 法子は下界の様子を観察する。

 安全に行くなら他のヒーローと助け合いつつ、化け物を押し込みながらビルの中へ攻め込むべきだろう。けれどそれでは化け物の数が更に増えるかもしれない。それでは駄目だ。けれどあの混戦の中を無理矢理通るのも危険だ。だったら窓から突入できないかと魔検のビルを見る。しかし流石に魔術社会の総本山だけあって、しっかりと防護が張られていた。どうやら正面玄関からでないと入り込めない様だ。

 法子は息を吸うとビルから飛び降りた。そのまま過たず正面玄関の前に着地し、背後で繰り広げられる戦いには見向きもせずに中へと突入する。

 中はやはり化け物達で埋め尽くされていた。人間の死体がそこかしこにちらかり、床は血でまみれている。一階には化け物しか居ない。きっとビルの中に居る人間はほとんど全員殺されているだろう。

 法子は目の前の化け物の群れを見定める。化け物達は荒く息を吐き、血を舐めている。その様子から知性は感じられない。

 内の一匹が法子めがけて襲いかかってきた。その攻撃を飛んでかわした法子は、化け物の頭に乗ると、そのまま一気に跳躍した。化け物達の向こうの通路を見定める。

 魔検のビルは外周を部屋が囲っていて、中央には広場の様な広い通路が走っている。もしも誰かが襲ってきた際、最長距離を移動しなければならない様に、階段は互い違いに設置されている。入り口から通路を通って反対側の階段へ、階段を上ったらまた中央を通って反対側の階段へと面倒な進み方をしないといけない。

 エレベータだったら一気に上まで行けるけれど、どの階で降りれば良いのか分からない上に、小さな密室に閉じ込められるのは恐ろしい。

 やっぱり階段で行くしかない。

 そう考えて、法子は中央の通路をうろつく化け物達の頭を飛び越えて奥の階段へ向かう。その途中で脇のエレベータが音を立てた。見ると扉が開き、中から化け物が降りてきた。どうやら化け物達は上の階からやって来ているらしい。確証は無いが、ほとんど確信する。化け物達は上で生み出され下に降りてきている。

 廊下を駆け抜け、奥の階段まで辿り着いた法子は、一匹の化け物が階段の前に立っているのを見て足を止めた。その化け物は他よりも更に一回り大きく、そして明らかに階段を守る動きをしていた。

「ボスって訳?」

 法子は一瞬浮かべた緊張の表情をすぐに消し去り、薄っすらと笑って構えを取った。

 こうなったらやるしか無い。

 目の前の化け物を倒す為に五感を、神経を研ぎ澄ませていく。そうして研ぎ澄まされた聴力がふと異質な音を聞いた。

 それは小さな子供の苦しげな悲鳴だった。


 電話をしていたきんげんやは将刀の居る部屋から自分を呼ぶ声を聞いた。慌ててそちらへ向かうと、皆が中央に寝かされた将刀を見て安堵の表情を浮かべていた。分け入って将刀の傍に座り顔を覗きこむと、将刀は薄っすらと目を開いていた。その目には力強い光が灯っている。一先ず無事の様だ。

「大丈夫かい、将刀君」

「きんげんやさん。俺はどうしてここに?」

「記憶が混乱しているね。君は大怪我を負ってここへ運ばれてきたんだ」

 その瞬間将刀は目を見開いて、それから痛みで呻き声を上げて顔をしかめた。

「まだ起きられないよ。それより何があったのかを話してくれるかな?」

 将刀は悔しげに眉を寄せてから、一つ息を吐いた。

「はい。魔検で用事を終えて帰ろうとしたら、いきなり凄く大きな犬みたいな奴等が現れて」

「うん、今そいつ等は魔検のビルから溢れて、町中に繰り出している」

「な! ぐっ」

 将刀がまた痛みで顔をしかめた。

「落ち着いて。ところで映像の犬達を見た限り、君がやられる程の強さだとは思えない。どうしてこんな大怪我を負ったんだい?」

「子供達が沢山居たんです。その子達を逃がそうとして」

 また将刀が痛みで呻く。将刀の言葉をきんげんやが継いだ。

「へまをうったと」

「はい。でも、あれは」

 そこで将刀の目が辺りを見回した。

「法子は? さっき法子を見た気がする」

「法子君は今ビルに向かったよ」

「何! そんな!」

 そこで将刀がまた痛みで呻いたが、すぐにその痛みを振り払って、きんげんやにしがみついた。

「速く法子を呼び戻してくれ!」

「無理だよ。あの様子じゃ何があっても突き進むだろう」

「ちくしょう。止めないと」

 将刀が変身する。

 ぼろぼろの鎧姿になった将刀は立ち上がろうとして、変身が解けて倒れ伏す。

 周りの者達が慌てて将刀を布団の上に寝かせた。

 きんげんやが不思議そうに問う。

「何故だい? 今は多くのヒーローが居るし、法子君だってそう簡単にはやられないだろう」

「違う。そういう事じゃないんだ。もしも法子があれと戦ったら」

 将刀の危惧を余所に、法子はその時既に化け物との戦闘に入っていた。

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