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犯罪者side: 法子/扇動者

 摩子に連れられて、法子がアンティークショップ『さびあ』に入ると、途端に店員達が集まってきた。

「法子さん!」

「法子さんだ!」

 わらわらと法子の元に集まってきた店員達は、中学生高校生の女の子ばかりで、以前この店で働いていた法子にとってはみんな後輩だった。

 その後輩の一人が言った。

「ニュース見ましたよ! 格好良かったです!」

 ニュースとは昨日法子が影の人と戦って活躍した事件についてだろう。あれからたった一日で英雄から犯罪者へと堕落した。それを後輩達は知らない。そう考えると胸が痛くなった。胸に宿り内側から突き刺してくるのは羞恥。先輩として憧れの対象であらねばならない自分が、皆に失望を与えてしまう、そんな無力に対する羞恥。

「ごめんね、みんな。私は」

 法子が申し訳無さに口を開くと、それに覆いかぶさる様に、店員達が口を開く。

「流石、法子さん! 流石、元副店長! まさか一晩で世紀の大悪党になるなんて!」

「ヒーローがヒーローを殺す! 日本どころか世界で見たって、ここまで公然となされた事は無いってニュースで言ってましたよ!」

「千年先まで歴史に悪名が残るって言ってましたよ! 後でサイン下さい!」

 後輩達が実に可愛らしい声音で実に遠慮無く、法子の悪名を褒め称えていく。

「摩子店長は今まで覇王魔王言われて、泣く子もショック死するって恐れられてたけど、法子さんもようやくですね!」

 それを聞いて、摩子が驚いて声を上げた。

「え? 私そんな事言われてるの?」

「え? 知らなかったんですか?」

「ちょっと待って!」

 盛り上がる場を法子の叫びが遮った。

 全員が黙って法子を見る。

 法子は動揺する自分を沈めながらゆっくりと聞いた。

「みんな私が人を殺して、それで悪い奴になったって知ってるんだよね? それなのにどうしてそんな落ち着いてられるの? 怖くないの? どうしてそんないつも通りに」

 全員が揃って首を傾げ、そうして微笑を浮かべた。

「それはだって」

 その時、店の奥からこの店のオーナーである男性が二人の少女を伴って出現れた。

「勿論、誰一人として君が本当に悪人になったなんて思って居ないからだよ」

「きんげんやさん」

 現れた男性に法子が驚いて声を上げた。

 きんげんやの両脇に居た全く同じ顔を持つ双子の少女達が声を上げて法子に駆け寄ってくる。

「お姉様!」

「お姉様!」

「ああ、まさか我等の仇敵、魔検に反旗を翻すとは!」

「魔検の壊滅こそ我等一族の悲願!」

「ああ、魔検に届く刃が必要とあらば」

「我等を双剣としてお使いください」

 二人に抱きつかれた法子は振り回されながら呻いた。

「また二人がキャラ作ってる! 一族って何?」

「お姉様ご安心下さい!」

「ご安心下さい! お姉様の行く手を遮る障害は全てこのラクラと」

「シンシが切り開いて見せます」

 振り回されている法子に向けて二人が楽しそうに言う。法子は振り回されてくるくると回っている。

「誰か何とかしてー」

 きんげんやが回る法子の肩を掴んで止めた。

「二人共その辺で」

 双子が大人しく引き下がる。

 きんげんやは法子から手を離すと、その顔を覗き込んだ。

「さて君の現況を聞こうか」

 目を回している法子が頭を抱えていると、きんげんやが言い重ねた。

「僕達は、君がヒーローを殺したというニュースを見ただけだ。他に何の情報も入って来ない。それこそ異常でそこから分かる事もあるんだけれど、実際あの場所では何が起こっていたのかをまず聞きたい」

「何がって何も。ホントに良く分かってなくて、何が何だか」

「整理する必要は無い。あった事をそのまま語ってくれるかな」

「そのまま」

 法子は椅子に座り込んで、丸テーブルの上に手を載せ、虚ろな眼で過去を思い返すと、訥々と先程の出来事を語った。

 語り終えると、真っ先にきんげんやが口を開いた。

「妙だね」

 神妙なきんげんやの言葉に法子も同意する。

「そうですよね。私何にもしてないのに」

「そこは問題じゃないんだ」

「え?」

 きんげんやに否定されて、法子は思わず驚きの声を上げた。

「どうしてですか? だって私本当に何にもしてなくて」

「いや、確かに問題の焦点はそこなんだけれど、問題のレベルが違うと言った方が良いかな」

「どういう事ですか?」

「今回の問題は、君一人を陥れる事に魔検という組織の力が使われている事、その上、僕の情報網に一切引っかからなかった事だ」

「え? え? あの、つまり、どういう? 情報網?」

 混乱する法子を余所に、きんげんやは法子の対面に座り込んで、考えこむ様な姿勢になった。

「僕は魔検の知り合いが沢山居る。そこから今回は一切の情報が来なかった。これはつまり、極一部の、それもかなり上層の人間が、魔検内部にも内緒で事を進めているという事になる」

 そう言いながら、きんげんやは端末を取り出して、操作し始めた。

「それに、えーっと、ああ、本当だ。確かに君はヒーローを除名されているね。これは君の話の中で敵が言っていた様に、簡単に変更する事は出来ない。さっき君は何の理由も無しにと言っていただろう? それが本当なら」

「本当です!」

 法子が身を乗り出して口を挟む。それに対してきんげんやは微笑んで話を進めた。

「信じているよ。ただね、当然だけど理由も無しに除名なんてならない。よっぽどの客観的な事実が無いと」

「つまり証拠が捏造されたっていう事ですか?」

「と考えるよりは、その証拠を必要とせずにデーターベースをいじる事の出来る権限を持った人間が君を嵌めようとしていると考えた方が良いだろう」

「そんな。それは」

「理事長、あるいは理事会だろうね。流石にそのメンバーの中に僕の知り合いは居ない。直下なら何人か居るんだけど」

「理事会?」

 法子は、先日魔検に呼び出されて、恥をかかされた時の事を思い出す。まさかあの時に何か失礼な事を? あるいは作戦の邪魔をした事がやっぱり許されていなかった。

「何で、そんな」

 巨大な悪意に法子の視界がぼやけはじめた。

「気を落とすのはまだ早い」

「え?」

「今回の話では更にもう一点解せない部分がある」

「解せない?」

「そう、君を嵌めるにしては余りにも杜撰で不適当だ」

 法子にはきんげんやの言っている事が良く分からない。

 法子は確かに今、絶望の淵に居る。これ以上の方法が何処にあるのだろう。

「君は曲がりなりにも知名度も人気もあるヒーローだよ? 君を乏しめれば、即ちヒーローの信用も落ちる。テロリストが暴れている現在、そんな事を魔検が行うとは思えない。百害あって一利無しだ。それしか方法が無いならともかく、君を苦しめる方法も社会的地位を剥奪する方法も、幾らだってあるのに」

 そう言われると何かおかしい気がしてくる。

「とすると、それは集団としての合理性とは違う、個人の意志によって行われている事になるのだけれど、君は理事会の誰かに、今回の様に人殺しの汚名を着せられ、殺されそうになる程恨まれているのかい?」

 法子は首を横に振る。

「そうだろう? それに誰かが個人的にそんな事をすれば、他の理事達が止めるだろう。それはさっきの組織だって居ないという考えと矛盾する。それにさっきも言ったけど、君を苦しめるなら幾らだって方法がある。例えば君の知り合いを傷付けるとかね」

「え?」

 法子は驚きに目を見開いた。そんな可能性全く考えていなかった。ただただヒーローの資格を剥奪された事にばかり気を取られていた。確かにその可能性はある。ありえない事では無い。

「どうしよう!」

「大丈夫。既に君の家族や主だった友人には、護衛を派遣してある。何かあれば連絡が来るはずだけど、未だにそれが無い。つまり襲われていないんだ」

「あ、ありとうございます」

 皆が無事な事に安堵して息を吐き、それから必死で今の状況を整理しようとして、頭が混乱している事を自覚する。

 きんげんやの話の結論が見えない。

「あの、結局何が言いたいんですか?」

「今回の事はそうするべくしてそうしたという必然性が無ければならないのに、それが全く見えない。つまり解せないっていう事だよ。理解出来ない。恐らく何かまだ僕の考えが及んでいない論理が、裏にある」

 法子は尚も分からず、混乱した頭を必至で整理しようとしていると、不意に店の外から何か言い合いをする様な声が聞こえた。

 法子が驚いて店の外へ出ようとすると、それをきんげんやが引き止めた。

「行ったらダメだ。ラクラとシンシが応対しているから大丈夫」

 法子は耳を澄ます。外から幾人かの声が聞こえてくる。

「ですから、お姉様はいらっしゃいません」

「全く頭の鈍い方。一体何度言えば済むのでしょう」

「分かったから、店の中を検めさせてもらおう」

 そんな風に言い争っていた。

 私を探しに来たんだ。

 法子はそう気が付いて、きんげんやを振り切り外へと飛び出した。

 外にはラクラとシンシの二人と、それから法子にとって見覚えのあるヒーローが五人居た。その先頭に居るのは、昨日UFOを撃ち落とす現場で指揮を取っていた初老の男で、法子を認めた瞬間、何か悲しげな表情になり、そうかと思うと表情を引っ込め厳しい顔付きで法子を睨んできた。

「やはり居たな」

 ラクラとシンシは振り返って法子を認めると、駆け歩み寄ってきた。

「法子お姉様の双子の姉妹のお姉様」

「今ここは危険です。中にお戻りを。法子お姉様と間違われて、連れて行かれてしまいます」

 法子に双子の姉妹なんて居ない。

 二人が必死で庇ってくれようとするが嬉しかった。そして申し訳なかった。これは二人には関係の無い自分の問題なのに。

 男が下らなそうに言う。

「何が双子だ」

「あら、まだ居らっしゃったのですか? 先程も言った通り、お姉様はここにはおりません」

「ここにはお姉様のお姉様であるお姉様が居るだけです。お姉様の妹であるお姉様は別の場所に居るのでしょう」

「よくもそんな見え透いた嘘が付けるな」

 途端に二人は金切り声を上げた。

「何という言いがかり!」

「私達は常に本当の事しか言わない。世界でも類を見ない正直者ですのに」

「一体何を根拠に嘘だ等と言うのです?」

「十八娘法子が双子だなんて聞いた事が無い」

「ああ! この悪鬼は自分の見聞きしていないものは存在しないと言っております」

「恐らくこの鬼畜は私達の存在を今日初めて知ったはず。当然私達が双子という事も。という事は今の今までどちらか片方が居なかった事に」

「ああ、可哀想なシンシ。あなたが今までこの世界に居なかっただなんて」

「ああ、何て哀れなラクラ。あなたの今まで存在してきた奇跡がたったの三分前に作られたばかりなんて」

 調子に乗ってきた二人に、男が苛立たしげに答える。

「知名度が違いすぎる。十八娘法子程世間に知られていればの場合だ。双子の姉妹が居ない事なんて分かるに決まっている」

「知られている。ならばあなたはお姉様の事を知っているというのですか?」

「ああ、勿論だ。同じヒーローだし、一緒に仕事をした事もある」

 男がそう答えた瞬間、二人は鼻で笑い上げた。

「お姉様を知っている? それこそ何て馬鹿げた発言。三千世界が笑っていましょう」

「ほんの僅かでもお姉様の事を知っているのなら、お姉様があんな犯罪を犯す訳が無い事位、あなたが間の抜けた猿である事と同じ位に分かり切った事ではありませんか」

 二人の辛辣な言葉に、男は一瞬言葉に詰まり、それから弱々しく言った。

「分かっている。恐らく何かの間違いであろう事は。だが魔検の命令があった以上、ヒーローとして動かない訳にはいかない。あれだけ大々的に報道もされてしまったし」

 それから男は法子へ向いた。

「とにかく魔検へ来てくれ。誤解を解く為に最大限力を貸そう。悪い様にはしない」

 法子は少し考え、男に付き従った方が良いと思った。このままここに居てもきんげんやを始めに皆に迷惑を掛けてしまう。それに魔検に誤解があるのは確実で、それさえ解く事が出来れば元のヒーローに戻れるんじゃないかと思った。幾ら理事会がどうこう言ったって、魔検の他の大勢の人達が信じてくれれば、それは無視出来ない声になる。それを目の前のそれなりの地位にあるヒーローが手伝ってくれるなら、今は魔検に赴いた方が良い様な気がした。

 だから法子が前に進み出て承諾の意を示そうとしたその直前、ラクラとシンシが笑い出した。

「ああ、悪い様にはしないだなんて、何というしょぼくれた台詞。何だか歴史ドラマで見た事がありますね」

「讒言によって嵌められた人間を引き連れて行こうとする、何も知らない馬鹿な役人の言葉です」

「魔検全体が黒く染まっているのならあなた一人がどうしたところでどうにもなる訳がありません」

「そうしてあなたを信じたお姉様は裏切られて失意のどん底に。そんな光景が目に浮かぶ様です」

「馬鹿げた妄言を吐くあなたと話し合う事等何もありません」

「そもそも初めからお姉様は居ないのですから」

「ほら、かーえーれ! かーえーれ!」

「かーえーれ! かーえーれ!」

 唐突に始まった帰れコールが店から出てきた他の従業員達にも伝播していく、

「かーえーれ!」

「かーえーれ!」

 十数人が声を揃えてヒーロー達を追い払おうとする。

 その声量に、ヒーロー達がたじろぎ始めた。

 やがて帰れコールに釣られて近隣から野次馬がやって来た。不思議そうに辺りを取り囲み始めた町の人々に対して、店の従業員が近付き言葉巧みに取り入り始め、一人一人帰れコールに加わっていく。何の関係も無い一般人達が次々に帰れと叫び始め、どんどんと輪が広がっていった。どんどんどんどん声量は大きくなり、下校途中の学生達が加わると人数は一気に五十を超え、やがては天を揺るがさんばかりの大音声が、五人のヒーローに向けられる。

「かーえーれ! かーえーれ!」

「かーえーれ! かーえーれ!」

 誰も彼もが熱気に浮かされて、今眼の前で起こっている事等何も知らないのに、ヒーロー達を追い払う為に、一心不乱に叫んでいる。そんな大合唱の中、従業員達を押し分けて、きんげんやが五人のヒーローの前に出た。そうして耳をつんざくような言葉の奔流の中で、朗々と良く通る声をヒーロー達にぶつけた。

「お分かりですか? これがあなたと法子君のヒーローとしての格の差です」

 ヒーロー達が恐れの入り混じった目をきんげんやに向ける。きんげんやは朗らかに笑っている。

「ヒーロー、即ち英雄とは、人々を煽動するアジテーター。魔検に使われているだけのあなた方にヒーローという称号は重すぎる」

 ヒーロー達が何か言い返そうとしたが、それをきんげんやの言葉が遮った。

「まだやる気ですか? この場には戦いなんて知らない流されただけの、何の罪も無い町の人々ばかり。そうして煽動の仕方によっては、あなた達を阻む壁となり、あなた方を覆う網となるでしょう。それを傷つけずに、あなた達の目的を果たす事ができますか?」

 ヒーロー達はしばらくその場に留まり、きんげんやを睨んでいたが、益々高まる帰れの大合唱に、やがて悔し気な表情を浮かべてその場から姿を消した。

 ヒーローの姿が見えなくなった瞬間、その場に集っていた人々が一斉に大歓声を上げた。

 口々に消えたヒーローを乏しめ、自分達の勝利を讃え始める。

 そんな中、呆然として事の成り行きを眺めていた法子の前にラクラとシンシが立った。

「お姉様! あいつ等は無事に撃退しました」

「私達の勝利です!」

 そうして無邪気に喜んでいる二人を見て、法子の目から唐突に涙が流れだした。その涙の意味が法子自身には分からなかったが、辺りに居る群衆達には理解出来た様で、その内の誰か一人が声を上げた。

「あんたが悪い事した何て信じてないよ!」

 その言葉を皮切りに、次々に法子を励ます声が聞こえてくる。

「あんなの絶対嘘だって分かってたぞ!」

「応援してるからな!」

 町の人達の温かい声に、法子は益々涙を溢れさせる。

 と、急に不吉な予感が走った。

 続いて頭上から声が落ちてきた。

「かーみーさーまー!」

 法子が驚いて上を見上げようとした瞬間、何かが法子に降り被さってきて、法子は為す術もなくそれと一緒に地面に倒れ込み、思いっきり頭をぶつけて、地面にへばりついた。

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