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ヒーローside: 法子/闇

 何となく空しかった。

 敵を撃退し、人々の賞賛を受けた訳だけれど、何か足らない。友達も恋人も家族も居て、満たされた毎日なのに何か一つ足らないでいる。

 沢山のお話に囲まれているのに、かつて読んだ一番面白くて一番好きな話だけが無い。そんな気分。

 何かが確かに足らないのに、それが何だか分からない。心に空いた欠落に隙間風が吹いている。その隙間は以前埋まっていたはずで、そこに無い事がむず痒く、その過去を思う所為で今に満足できないでいる。

 きっとそれが自分を自分たらしめている何かなのだろうなと法子は思った。

 そうしてぐるりと真昼間の繁華街を見回して、辺りに誰一人居ない事を確認すると、とりあえず自分探しは後にしようと、変身して刀を構えた。

 法子の居る繁華街から人気が消えていた。さっきまでは大勢歩いていたはずなのに、今は何処にも誰も居ない。その欠落は明らかに人為的なものだ。

 どうせテロリストだろう。しかも辺りから人気を払い、自分だけを誘い込んだという事は、ただ一人自分を標的にしたテロだ。

 法子はにっと口の端を吊り上げた。

 面白いじゃん。

 法子は笑って注意を凝らす。

 相手の目的は分からないが、自分を狙って来たというのは簡単で良い。誰も守る必要が無く、誰かに気兼ねする必要無く、ただ戦えば良いのだから。

 いつ何処から攻撃が来ても良い様に身構えていると、道の先に人影が現れた。

 三十か四十頃の男は何処か芝居がかった様子で一礼すると、にこやかに笑った。

「さて、今からあなたには死んで頂きますが、疑問がありましたら質問をお受けいたします」

 法子は静かに問いかける。

「誰、あんた」

「魔検に身を売ったしがない魔術師。名乗る名は捨てました」

「魔検? じゃあ、ヒーロー?」

 法子はじっと男の顔を見るが、見た覚えがまるで無い。ヒーローだったら大抵一度位は見た事があるはずなのに。

「いいえ、私はヒーローではありません。何と言いましょうか。危険人物を抹殺する特殊部隊と思っていただければ、そう間違いではありません」

 危険人物を抹殺?

 法子の頭に疑問符が浮かぶ。

「そんなの聞いた事無い」

「当然、極秘裏の事ですから」

「何で、そんなのが私の所に」

「無論、殺す為」

「だって、私、何も」

 もしかして何かしただろうかと考えたが、何もした覚えがない。

 殺される理由なんか見当たらない。

 なのに何で。

「私はあくまで標的を殺す為の道具。殺せと言われれば殺し、理由を聞く事はありません」

 馬鹿げている。

 理性はそう言っている。

 いきなり現れて殺す? それも魔検の命令で?

 ありえる訳が無い。

 けれど何故だか背筋に嫌な汗が流れ始めた。

 男の言葉を嘘だと断じようとしてもどうしてだかそれが出来ない。

 それが何故だか分からない。全く分からなくて、男の言う事なんて嘘に決まっているはずなのに、どうしてか男の言葉が妙に真実味を持って聞こえた。

「質問は以上ですか? 無いようでしたら殺しますが」

 殺すという言葉が何だか重たく圧しかかってくる。殺すなんて言葉は言われ慣れているはずだ。ヒーローとして活動する中で、敵から散々言われてきた。そんなの一一気にしていなかったのに。

「本当に魔検の命令で?」

「勿論。ああ、そう言えば書類が何処かに」

 男はそう言って懐を探り、それから四つ折りの紙を取り出し、広げた。

「あなたを殺す様書かれた指令です」

 法子にはそれが本物かどうか分からない。分からないが、書かれている事がもしも本当であれば大変な事だと、何処か他人事の様に思った。確かに男の示す紙には、格式張った書式で法子を殺す様に通達が書かれている。

 もしもその書類が本物であったのなら。

 それは即ち、犯罪者の烙印を押された様なものだ。

 幾ら抗議しようと反論しようと、向こうには国家という正義を後ろ盾に全てを封殺するだろう。幾ら抵抗し切り抜けようと巨大な組織力はいつまでも追いかけ捕まえようとしてくるだろう。自分一人が逃亡し身を隠せば自分の知り合いを標的にするかもしれない。恋人家族友人に手が及ぶかもしれない。人質として、あるいは同類として。

 今ここで目の前の何者かを倒したとしても、きっと状況は改善しない。むしろ悪くなる。逆らった罪が加わって、更に深みにはまっていく。

 もしもこの状況から助かる可能性があるとすれば、それは目の前の男が嘘を言っている事だけ。

「どうやら私の言葉を信じていただけていない様ですね」

 心を見透かす様な言動に法子の体が震えた。男の余裕のある表情がひたすら不吉に見えた。

 嫌な予感が胸中を苛んで止まない。それでも法子は声を振り絞って対抗する。

「当たり前でしょ。そんなの信じられない。胡散臭すぎて」

「でしたらデータベースを見て下さい。あなたはヒーローから外されたと聞いております」

 完全に息が止まった。呆然として呼吸すら出来ず、数秒の間、穴が開く程、男の事を見つめ続けた。

 ヒーローとは自分にとっての支えだった。

 ヒーローだけが自分にとっての埃だった。

 ヒーローでない自分等考えられないし、ヒーローでない自分に価値等ない。

 ヒーローだからこそ、今の自分の生活があって、ヒーローだからこそ今まで笑ってこられた。

 のろのろと端末を取り出してデータベースを検索する。

 嘘だ。

 心がそう叫んでいる。

 自分がヒーローじゃなくなるなんてありえない。

 ある訳が無い。

 心が否定し続けているのに、指先は震えながら検索を続け、呼吸は止まり、動悸が激しい。

 何だか頭と視界が揺れている。辺りの静寂が忌々しい。自分が一人である事が堪らなく寂しい。耳が痛くなる様な静けさに、自分が世界から要らないと言われている様な気がした。お前には何も無いんだぞと。

 嘘だ。

 ヒーローは自分を支える唯一の取り柄なのに。

 そんな事。

 だって何もしてないのに。

 そんな事ありえない。

 自分の名前はちゃんと載ってるはずだ。

 検索が完了する。

 データベースから自分の名前が弾き出される。

 まだ自分の名前は登録されていた。

 その瞬間、法子は全身から力が抜けそうになった。

 ある。

 自分の名前がある。

 ヒーローの名簿の中に。

 やっぱり嘘だった。

 あいつの卑怯な嘘だった。

 そうして安堵したのも束の間、自分の名前の隣、区分と書かれた蘭に『1』という数字がついていた。

 息が止まる。

 喉が一度に干上がり、全身から汗が一気に吹き出し、思考が一瞬で真っ白になった。

 区分の一とは、重大な犯罪あるいは失態を犯し、ヒーローとして不適合だと判断された人間を指している。

 つまりヒーローでなくなったという事を示している。

 つまり自分が何にも持っていない事を表している。

 つまり自分は世界にとって必要無いものなんだとという事を意味している。

「どうです? 殺される理由は納得行きましたか?」

 法子は顔を上げ、口を開く。

 混乱していて考えが纏まらないが、一つだけ確かな事がある。

 認められる訳が無い。

「認めない。認められない。認められる訳無いでしょ? だって私何もしてないのに」

 法子の目尻から涙が零れ落ちる。

 ふと気が付いた。

 もしやこれは今この町を混乱に貶めている巨大な陰謀の一部なんじゃないかと。

「もしかしてあなたが最近の連続殺人の犯人? こうやって区分一に振り分けられた人を殺して回ってるの?」

 男が始めて余裕の表情を崩して不思議そうな顔をした。

「いいえ、違います。私はむしろあなたが連続殺人の犯人だと思っていたのですが」

「そんな事する訳無いでしょ!」

「しかし私の様な者が差し向けられるという事は、そのレベルの犯罪を犯したのでしょう」

「してない! ねえ、もう一回調べてみてよ! 何にもしてないのに、何でこんな。犯罪なんてした事無い! こんなの間違いだよ! 絶対何か間違っている。きっと何かエラーがあって、それで私が犯罪を犯した事に。絶対に何かの間違いだから。多分データを入れる人が間違って」

「そんなミスがあればすぐに修正されますよ。そのデータ一つで判断してる訳が無いでしょう。まして私達の様な部隊が作られる程の事態ですよ。ちゃんと二重三重、それどころではない数多の確認の上に、あなたは抹殺対象として選ばれたのです」

「でも、でも分からないじゃん。それでも間違ってるかも。だってそんな、全然身に覚えが無いのに。きっと、何か間違ってる。不安に思わないの? だって、あなたが今まで殺した人の中にだってもしかしたら冤罪の人も」

「いいえ、ありえません。私が人を殺すのはあなたが始めてですから」

「え? でもあたなは人を殺す部隊に」

「そもそもその部隊というのが、あなたを殺す為に作られたものだと思いますよ」

「私を? 嘘。何で?」

「私の調べたところ、部隊が出来たのは最近です。ほんの数日の間、恐らく魔検本部の爆破テロがあってから。しかも今回の任務を与えられるまで動いた形跡も無い。あなたが連続殺人犯かテロリストの首謀者か、あるいは他の何かなのかは知りませんが、あなたは社会にとって殺害せねばならない程の不利益で、私達はあなたを殺す為だけに集められたのでしょう」

 もう男の言葉は理解の出来ない境地にあった。

 言葉の意味が溶け崩れて、男の言葉を上手く解せない。

 ただただ今自分が絶望的な状況に追い込まれている事だけは良く分かった。

 そしてそれが全てだった。

 今自分は窮地に立たされている。

 ここで男を倒そうと逃げ出そうと、きっと二度と明るい世界は歩けず、自分の周りに居た人達とも会う事は出来ない。今まで味わっていた平穏な幸せは盆から零れ落ちて、二度と返る事は無い。

「さて、もう疑問はありませんか? それではそろそろ行きますよ?」

 何だかもうどうでも良いような心地だった。男と戦う気が起きない。どうせこの場を切り抜けても無駄なのであれば、殺された方が楽かもしれない。

 そんな考えが湧いてくる。

「阿呆か、法子」

「タマちゃん」

「気をしっかり持て。あいつの言う事なんか嘘に決まってる」

「でも実際にデータベースに」

「何か間違いがあるんだ! とにかく死んだらお終いだ。とにかく生きろ。生きるんだよ」

「でも」

 法子がタマの思念に対して逡巡を返した時、犬の吠え声が聞こえた。

 法子は自然な動作でその場から飛び退くと、一瞬前まで居た場所に三頭の影で出来た犬が飛びかかっていた。

 犬達は一度着地すると、地面を蹴って法子目掛けて飛びかかってきた。法子は無意識の内に退きながら、一頭を刀で切り裂く。切り裂かれた犬は霧散したが、すぐさま犬の形に直って襲い掛かってくる。

 法子は再びそれを避けながら、反射的に犬達を解析する。

「そうだ、戦え! 死んじゃいけない」

 タマの言葉を聞きながら、法子は自分が戦っている事に違和感を持っていた。

 どうして自分は戦っているのだろう。

 戦う気なんて無かった。絶望で、そんな事を考えられなくなっていたのに。

 それなのにからだが勝手に動く。いつもの癖で、自然と戦ってしまう。

 自分の体には骨の髄まで戦いが染み込んでいるんだと気が付いて、法子は呆然とした。

 自分が破壊の権化になった気がした。

 殺し屋を差し向けられても不思議では無い気がした。

「タマちゃん私」

 迷いながらも体は正確に動いて、犬の攻撃を飛び退いて避けながら、一方で犬を操る男の動きを探る。男は動こうとせずその場で犬を操り続けている。

 それを見て、自然と法子は刀を握っていた。

「どうした、法子?」

「私殺されても文句言えないかもしれない」

「何で」

「だって私戦おうとしてないのに、勝手に戦ってるんだもん。勝手に相手を倒そうとして。もしかしたら本当に連続殺人の犯人て私なのかも」

「何、自信失ってるんだ。そんな事してないのは、私が保証するよ。いつも君の中に居るんだから、そんな事してないのは分かる。今はとにかく目の前の敵を倒す」

 大きく後ろに下がって、飛び上がり、デパートの側面に着地すると、飛びかかってきた犬達に噛み付かれる直前に、壁を蹴ってそれを避け、地面に着地して男を狙う。

「ありがとう。でも、倒したって結局何にも解決しない」

「倒さず捕まったって何も解決しない。今はとにかく戦え」

 法子は迷いつつも、体は自然に男へ向かう。

 迫る法子を前にして、男は余裕の表情で立っていた。

 不可解な態度だが、法子は何も考えずに、男へ向かう。

 法子が男の目前に迫った時、突然、男の服の内から大量の犬が出現した。影で出来た犬達が法子を覆い尽くさんばかりの量となって襲い掛かってくる。攻撃に移る直前の回避が出来ない咄嗟の時を狙って、犬の瀑布が叩きつけられる。

「法子! ちゃんと集中しろ!」

「もう良いよ! 分かったから!」

 法子は自分に牙を突き立てようと迫ってくる犬の一匹を切り裂く。同時に解析から算出した敵の魔術を分解する魔術を発動させる。瞬きした時には、大量の犬達が完全に消えていて、後には驚愕の表情を浮かべた男が残り、法子は躊躇わず男に肉薄すると、男の側頭部に向かって刀を振った。

 男は再び影の犬を生み出そうとしたが、それよりも早く法子の刀が男を昏倒させる。

 倒れ伏した男を見下ろし、息を吐くと、法子は唇を噛んだ。

 背後から敵の気配を感じた。拍手の音が聞こえてくる。

 振り返ると、背格好のばらばらな男女六人がこちらに向かって歩いてきた。先頭の女性が拍手を止めて、法子の傍らに倒れた男を指さす。

「流石は音に聞こえた元ヒーロー。ほとんど労せず倒してしまうとは」

 法子は女性を睨む。

「あなたは?」

「私は『覗きこまれた鏡』を主催する『彼方より出る者』と申します」

 法子の睨む眼に涙が浮いた。

「やっぱり、あなたも」

「その男と同じ、と言えば分かりますでしょう?」

 法子が傍に倒れた男を見下ろすと、その瞬間、男の四肢が弾け飛んだ。小さな悲鳴を上げて飛び退く法子を見て、女性は言った。

「ああ、何と酷い」

 法子は慌てて顔を上げる。

「あんた、何でこんな。仲間じゃないの?」

「その男を殺したのはあなたです」

 意味が分からない。

 黙っている法子に向かって、女性は重ねて言った。

「その男を殺したのはあなたです。そうしてこの光景は電波に乗って日本中に発信される。私が何を言いたいのか、お分かりですね?」

 それはつまり、殺人犯という明確に分かりやすい形で、法子が人々の敵になったという事。

 法子が歯噛みして、女性を睨み続ける。もう逃げ場がない。きっとこいつ等を倒しても、更に次の敵が。それをまた押してもまた次が。もう深みにはまって抜け出す事は出来ない。

 涙が次々と溢れてくるのを拭って叫ぶ。

「ああ、分かった! もう分かった! 良いよ、もう! 私を無実の罪で殺そうって言うのなら、掛かって来なよ! でも勝てるとは思わないでよ! 絶対負けないから」

 女性が笑って指を鳴らした。

「これを見てもまだそう言っていられますか?」

 法子が辺りを見回す。目の前の女達に加え、法子の背後にもう十人、更に辺りの両側の店の屋上にもう三十人程の敵達が現れた。合計してざっと五十人。それだけの数の人間が法子に向かって敵意を発しながら囲っている。

 法子は呆然と辺りを見回していると、女性が言った。

「さあて、あなたは先程何とおっしゃいました?」

 女性の挑発に、法子は女性の事を思いっきり睨む。

「聞こえなかった?」

「はい?」

「絶対負けないって言ったんだよ!」

 その瞬間、法子は刀を振って斬撃を飛ばし女性を切り裂くと、その集団へ駈け寄った。敵達が身構える。女性もすぐに傷を回復させて、こちらに立ち向かってくる。

 法子は敵達が攻撃してくるよりも一瞬早く、急加速して敵の集団に踊りこみ、もう一本刀を生み出して二刀流になると、回転して一団を切り裂いた。一団が倒れ伏すと、敵の一人が自分達の仲間が焼ける事等お構いなしに、法子の周囲を火焔で囲んだ。倒れた人々が炎に焼かれる。法子は冷静に炎を刀で切り裂いて消化すると、振り返って後方の集団を睨んだ。魔術の詠唱をするもの、巨大な鳥を生み出した者、こちらに向かってくる者、、大勢の人間がこちらを殺そうと敵意を向けてくる。法子は集団へ向かって駆けながら、向かってくる敵に斬撃を飛ばして切り裂き、あっけなく倒れようとする敵を踏み越える。するとそれを狙いすました様に、幾多の敵が詠唱した魔術が現象となって襲いかかってきた。だが法子は刀に魔力を込めて最小限の動きで自分に迫る魔術を全て打ち消し、更に襲い掛かってきた鳥の喉を刺し貫いて、集団に接近し、目にも留まらぬ速さで切り裂いて、敵達の意識を奪う。

 これで残りは屋上に居る奴等、と法子が振り返ると、先程切り裂き、その上炎に焼かれた敵達が立ち上がっていた。その上、最初に対峙した四肢の破裂した男もまた五体満足で立っている。

 異常な回復力。どうやら治癒の魔術を扱う敵が何処かに居るらしい。恐らく隠れているのだろう。気配を探っても何処に居るのだか分からない。

 立ち上がった女が勝ち誇った様子で言った。

「私達はこの様にいつまでも戦う事が出来ます。あなたは確かに強いですが、延々と戦い続ける事が出来ますか?」

 女の笑みが深くなる。

「さあて、あなたは先程何とおっしゃいました?」

 法子は息を吐き出して足元を見る。たった今切り裂いて昏倒させた敵の一人が既に意識を取り戻し、法子の足を掴んでいた。法子はその腕に刀を差し込み眠らせ、呟いた。

「だったら全員の魔力が切れるまで切り続ければ良いんでしょ」

 顔を上げ、叫ぶ。

「何度だって言ってやる! 私は絶対に負けない!」

 いつまでも何処までもどんな敵が襲ってきたって、ずっとずっと一人で闘いぬいてやる。

 そんな決意を持って法子が駈け出した時、唐突に辺りを薄闇が覆った。

 敵の攻撃かと疑うが、敵達も困惑した様子で辺りを見回している。

 そうして全員の頭上から声が聞こえてきた。

「あったしの親友に何してくれてるのかな?」

 全員が上を向く。一際背の高い五階建てのビルの屋上に、人影が立っていた。闇の中、顔立ちははっきりしない。

 正体の分からない人物に対して、女性が叫ぶ。

「何か勘違いをしておられませんか? 我々は犯罪者である彼女を」

 その叫びを人影が遮る。

「だからー、別にあなた達が誰で何をしようとしているのかは関係なくて、私の親友が何処かの誰かに傷つけられそうっていう事が問題なの!」

 その瞬間、薄闇の中に幾筋もの光が生まれ、屋上に立つ人物を照らしだした。

「闇色の魔法使い、マコ! 助けを求める声を聞きつけ、ここに推参!」

 ポーズを決めたマコを見上げて、その場の誰もが動けない。

 誰もが動けない中、マコはポーズを解くと、一つ回転して持っている杖を突き立てた。

「じゃあ、とりあえずお仕置きだから」

 辺りの闇が蠕動する。所々の闇がある場所に固まり、より濃度の濃い闇を作っていく。

 敵達が危険を感じ取って反応した時には遅かった。凝り固まった闇から沢山の腕が生まれ敵達へと伸び、逃げようとした者も、魔術で対抗しようとした者も、全て絡めとって闇の中へ引きずり込んだ。

 一瞬にして敵を飲み込んだマコは、もう一度杖を振るって、闇を払う。闇が消えた時には全てが消えていた。敵達の姿はもう何処にも無い。

「はい、お終い」

 全てが消えた中で、マコは屋上から飛び降り、法子の前に立つ。

「大丈夫だった? 法子」

 力強いマコの言葉に、法子は震える声で尋ね返す。

「摩子。どうしてここに?」

「そりゃあ、親友を救いに」

「でもチェパカブラを倒しに行くって南米に」

「うん、昨日帰って来たの。そしたらテロとか色々起きてて、しかも法子が襲われてるし。どうしたの? 何があったの?」

 法子は首を横に振る。

「分からない」

 涙が溢れ出す。

 けれどそれは苦しくてじゃない。

 安堵感で胸が詰まったからだ。

 ヒーローになった十年前からずっと競い合っていた一番の親友が助けに来てくれた事で、様々な重荷が剥がれ落ちた様な気がした。

「そっか。私も良く分かんないけど。とりあえず金厳屋に行こう。落ち着ける場所に、そこでゆっくり話を聞くよ」

 摩子が手を引いてくる。法子はそれに付き従いそうになって、自分がどんな状況に陥っているのかを思い出して、慌てて手を振り払って離れた。

「駄目! このままじゃ摩子を巻き込む事に。相手は魔検なんだよ? 私ヒーローを辞めさせられて犯罪者にされて。今、凄く危ない状況なの。一緒に居たら摩子も」

「はいはい、分かったから行こう」

 摩子が強引に手を取って引っ張ってくる。

 法子は抵抗しようとしたが、あまりにも力強く引っ張ってくる。こうなると摩子は聞く耳を持たないので、仕方なしに、助けに来てくれた親友と並んで歩きだした。

 状況は逼迫している。

 それなのに何故だか心は満ち足りていた。

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