テロside: 組織/sweep, swap, slapper
「はい、そのモラルという組織が魔術によって生み出したのがこの子供です」
影だった子供を連れ去ったジェーンは全くの無表情と平坦な声音で、自分の所属する組織の者達に、連れ去ってきた子供を紹介した。辺りから拍手が沸き起こる。子供は辺りを見回している。見回したところで、何処にでもあるビルの何の変哲も無い会議室なのだが、子供は実に珍しそうに辺りを見回している。
五十に差し掛かった年頃の女性が子供の元へと歩み寄った。
「可愛いぃ」
そう言って、しゃがみ込んで子供の事を撫ぜ始めた。それを見た他の組織の者達も我慢を止めて、子供へと群がっていく。
「葵さん、自分ばっかりずるいですよ。俺も俺も」
「お前は強面なんだから下がってろよ」
「お手柄じゃないっすか、ジェーンさん」
「この子、喋らないけど、言葉分からないの?」
「いえ、喋っていましたよ。今は困惑しているのでしょ」
「可愛いぃ!」
「魔術に因って生み出されたって言ってたけど、普通の人間と変わらないなぁ」
群がって囲み上げ愛で始めた配下達を眺めながら、組織のトップである凡はうんざりとして溜息を吐いた。
「それで?」
全員が一斉に凡へと振り返る。
凡の問いに全員が同じ疑問を抱き、代表してジェーンが尋ねた。
「その質問の意味が分かりません」
「お前が首を突っ込んだ状況については聞いた。まあ、テレビに映ってた状況そのままだったが。聞きたいのはそうじゃなくてだな。どうしてお前はその生命体を連れ帰ってきたのかだ。理由だよ、理由」
「生命体とは疎外する様な響き。名前で呼んであげてください」
「分かったよ。そいつの名前は?」
凡がジェーンに尋ねると、ジェーンが子供に尋ねた。
「何というお名前でしょうか?」
「名前?」
「おお。もしやまずは名前とは何かからですか」
「違います。名前が何かは知ってますけど、僕の名前が何かは」
「まあ、そりゃあそうだよな。生まれたばっかりだし」
凡の言葉に、子供は項垂れた。組織の全員が凡を睨みつける。
「な、何だよ」
困惑する凡を余所に、全員溜息を吐いて肩を竦め、首を振ると、再び子供に向き直る。
「じゃあ、名前を決めましょう」
「何が良いかな?」
「この子の意見を尊重しないと。ねえ、どんな名前が良い?」
問い尋ねられた子供はおろおろと落ち着かなげに服を掴んだ。
「僕は、名前は……何故なら僕の目的は破壊であって」
「破壊? 破壊ねぇ」
「壊すみたいな意味合いの言葉?」
「うーん、あんまり良くなくね?」
「なあ、そぐわないよな」
「可愛くないよねえ」
「そういえば、モラルの良く分からない人がポセイドンと名乗っておりました。それに合わせてギリシャ神話から持ってきては?」
「え? でもそうすると、付けた名前が、モラルの誰かとかぶる可能性無い?」
「そうしたらその方は私が消します」
「じゃあ、それでいっか。で、どの名前が良い? 敵の名前がポセイドンだったんでしょ? ならポセイドンに勝った奴の名前とか?」
「ポセイドンに勝った神なんて居たっけ?」
「やっぱり女の子なんだし、可愛い神様の名前が良いんじゃない?」
「え? こいつ女の子なの?」
「どうみてもそうでしょ?」
「目が腐ってんのか?」
「僕は人の性別で言うと女です」
「あ、そうなんだ。いや、うん、ごめん。あの、えーっと、可愛い神様っていうと、エロスとかアフロディナとか?」
「エロスとかお前死にたい訳?」
「いや、あの、ごめん」
「アフロディナも何か如何にも狙ってる名前で嫌だな」
話し合っている人々を眺めていた子供が手を上げた。
「ギリシャ神話の神々の中から僕の名前を決めれば良いんですか?」
「そうそう。君はギリシャ神話を知ってるの?」
「知っています。それならパンドーラーが良いです」
「え? パンドラ?」
「はい、パンドラが良いです。僕はこの地上に災厄をばら撒く存在になりたい」
全員が一斉に静まり返る。静まり返った人々を子供が不安そうに辺りを見回す。やがて全員が一斉に凡を見た。凡は驚いて身を引いた。
「何だよ、また」
「良かったな。お前の後継者だ」
「すまん。意味が分からない」
「世界に災厄を与えたいからと迷い無くパンドラを選択するセンス。間違い無くお前の子供だよ」
「いやいやいや」
凡が顔の前で手を振って否定する。
ジェーンが無表情で子供を抱きしめ、凡を見る。
「ついに私達も授かりましたね」
「おい、変な冗談は止めろ」
否定する凡を無視して、一人が鬨の声を上げた。
「じゃあ、歓迎会やるぞ! 次期リーダーの誕生だ!」
他の者達も大声でそれに応じる。
結局誘拐されてきた子供はパンドラと名付けられ、その組織に加わる事になった。
「あれー、ポセイドンさん。どうしたんですか、電気も付けないで」
カウンターに付いて非常灯の灯りだけで酒を飲んでいた男に、少年は電気を点けながら声を掛けた。
ポセイドンは振り返って少年を見つけると、つまらなそうに溜息を吐く。
「ああ、ハデスか」
「もしかして落ち込んでいます?」
隣に座ったハデスを見つめながら、ポセイドンは独り言の様に言った。
「今日の我の失態は既に見ただろう? どう思った?」
「どう思ったも何も」
ハデスは少し考えそれから言った。
「面白かったですけど」
「荘厳さは感じられたか?」
「いえ、全く」
ポセイドンが項垂れる。
「ポセイドンさん、僕は」
「にゃーにゃにゃにゃー!」
唐突に駆け寄ってきた少女がポセイドンの背に飛びつき、ポセイドンは前のめりになってグラスに頭をぶつけた。
「あ、こら、ガイア!」
ハデスが慌ててガイアの肩を掴むが、ガイアはお構いなしにポセイドンの体を揺する。揺すられる度にポセイドンの持つグラスから酒が飛び散っている。
「テレビ見たよ、テレビ! ポセイドン、凄く格好良かったよ!」
ポセイドンは揺すられながらも、酒で赤くなった顔を更に赤らめる。
「本当か?」
「格好良かったよ!」
「荘厳だったか?」
「荘厳だったよ! にゃー、特にあの魔検の徳間ってのと睨み合ってるところは映画みたいだったにゃー!」
「そうか」
ポセイドンが照れながら、酒を呷った。体を揺すられているので上手く飲めず、辺りに液体が飛び散るがお構いなしに飲む。
「徳間とも戦うんでしょ? 絶対勝ってよね!」
「ああ、心配するな。我は最強だからな」
そう言って、ポセイドンは立ち上がる。
「ポセイドンさん、何処へ?」
「修行という奴だよ。何、そろそろ新技の一つでも出さんと、ただでさえ我の戦いは圧勝なのだ、貴様等も飽きがくる頃だろう? 我の心遣いと心得よ」
「はあ、それはどうも」
「格好良い! すっごい技身につけてきてね」
「ははは、我が使えば如何なる技も別次元の技へと昇華される。まあ期待していると良い」
ポセイドンが上機嫌でふらつきながら去っていった。それを見送り、姿が見えなくなってからしばらくして、ガイアが言った。
「全く、ハデスも馬鹿だなぁ。ポセイドンは単純なんだからとりあえず褒めとけば良いんだって」
「そうだな。面目ない」
「にゃっと」
ガイアが椅子から飛び降りる。
「ポセイドン、やっぱり処罰されるのかな? あの魔法生物奪われて、任務失敗しちゃったし」
「それは無いよ。メリットが無い。ポセイドンさんが規格外なのは誰でも知ってる。うちの規律はそこまで堅固なものじゃないし」
「そうだよねぇ。もしもポセイドンが居なくなったら、モラルの崇高な趣旨を本気で信じてるのが誰も居なくなっちゃうもんねぇ。首領も大変だにゃあ」
「それより、ガイア。君から見て、あの魔法生物を奪った人は強いと思ったかい?」
「そこそこ強そうだけど、私達とおんなじレベルじゃにゃいかにゃあ。ポセイドンよりは弱いと思うよ。正面から戦えばポセイドンなら勝てるって信じてるにゃ!」
「ああ、そうだね。でも逆に言えば不意打ちであれば、遅れを取る事があるって事だ」
「まあねぇ」
「どうにかしないといけない」
「簡単だにゃ」
「何か策でも?」
「戦うのはポセイドンだけじゃない」
「でもきっと、ポセイドンさんは横槍を嫌う」
「気付かれなければ良いんだにゃ!」
ガイアがのんびりとした様子でハデスに背を向けて歩き出す。
「私もハデスも汚れ仕事は得意でしょ?」
ガイアは何処からともなく取り出した人形の首を親指で押し飛ばすと、にゃーにゃにゃにゃーと唄いながら、部屋の電気を消して、去っていった。
暗がりに残されたハデスは細く息を吸って椅子を降りた。
「ああ、その通りだ」
ハデスもまた部屋を出て、後にはグラスが一つカウンターに載っている。




