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ヒーローside: 法子/悪の組織

 痛みは無い。

 体は痛くない。

 けれど重い。

 何かが圧しかかっている様な。


 コンクリート片が積み上がって山が出来ている。何度か脈動し、コンクリート片が崩れだしたかと思うと、中から法子が現れた。

 法子は自分の突き破った壁を見た。突き破った外壁から背後にある内壁まで、破壊跡の道筋が出来ていた。床が抉れて、机が破壊されて、書類が散乱している。

「あの、大丈夫ですか?」

 隣を見ると制服を来た女性が立っていた。その後ろには同じ制服やあるいはスーツを着た会社員達が集まっている。辺りを見回すとそこはオフィス。

 法子は慌てて女性に問い尋ねた。

「あの、怪我した人とか居ませんか?」

「え? このオフィスで? それは大丈夫です。みんな会議だったから。それよりあなたは、大丈夫? 見たところヒーローみたいだけど」

「私は大丈夫です! 痛くも痒くもありません!」

 法子が笑って埃を払う。

 女性の背後に居た年配の男性が不安そうな顔で前に出た。

「なあ、外が騒がしいけど大丈夫なのか? あんたもやられたみたいだが」

 隣に居た初老の男性も追従する。

「ヒーローが居るから安心だと思っていたのに」

 法子はそれに対して胸を張る。

「安心して下さい。大丈夫です! 私達ヒーローが守りますから!」

 おお、と感心する声に笑顔と拳で応えると、法子は自分の突き破った穴へと向かう。

 外にはさっきの黒い影が見える。何か言っている様だ。さっき見た時よりも随分と姿形がはっきりしている。

 更に穴に近付くと、下界が見えた。皆、思い思いの表情で空に浮かぶ黒い影を見上げている。中には好戦的な表情をしている者も居る。早く外へ行かなければ。

「法子、大丈夫なの?」

 頭の中でタマが語りかけてくる。

「大丈夫。油断しただけ」

「するなよ。全く。何年戦ってるんだか」

「わざとだよわざと。最初に不意打ちで頭を叩いちゃったからね。一発位は」

「嘘ばっかり」

 タマが呆れた思念を伝えてきたので、法子は苦笑いをしてビルに空いた穴の縁に足を掛けた。

「私がやろうか?」

「やだよ、タマちゃんが戦うと私記憶なくなるんだもん」

「だったら無様な戦いはしないでくれよ」

「分かってるって」

 広場から歓声が上がった。見下ろすと、法子に気が付いた人々が興奮した様子で手を振っている。法子がそれに手を振り返すと歓声は更に高まった。

「まるで私、ヒーローみたいだね」

「ああ、そうだね」

「でも本当にそうなのかな?」

「さあね。ただヒーローとしての君が必要とされている。それは確かだよ」

 法子は息を小さく吸い、思いっきり吐き出すと刀の柄を握った。

「それじゃあ行くよ」

 法子がビルの縁を蹴って空へ駆け上がる。下からは沢山の応援の声が聞こえてくる。

 法子が黒い影と同じ高さまで辿り着くと、人々の声は更に高くなった。

 黒い影がさっきまでは無かったはずの眼で法子の事を見つめる。法子はその純朴そうな瞳を見返すと、刀を抜いた。

「それであなたの目的は?」

「破壊」

 簡潔な答えに法子は笑う。

「奇遇だね。お揃いだ」

 黒い影が不思議そうに目を瞬かせる。それに対してまた笑みを返す。

 息を吸い、吐いて、空中で軽やかに足踏みをする。

「ここからは瞬きする暇なんて無いんだから」

 その瞬間、黒い影の背後に回った法子はその脳天に刀を振り下ろしていた。だが紙一重で体を捻って躱される。振り下ろした刀を途中で横に薙ぐ。影の姿が消える。法子は背後に気配を感じて、振り向きざまに刀を振るう。法子の振るう鋼色の刃と影の持つ黒色の刃がぶつかりあい、甲高い金属音が辺りに響く。

「私の刀と同じ形?」

 法子はそう呟く間にも、刀を器用に操り影の上下左右を休む間無く攻撃する。対して影はそれを全て刀で防ぎ切り、法子の呟きが終わるのと同時に、法子の背後に瞬く間に回り込んで脳天目掛けて刀を振るってきた。法子はそれを避け、反対に影の首を狙うと、影もそれを避け、法子の首を狙う。

 法子は後ろに跳んでそれを大きく避けると、納刀し、一つ呼吸をしてから、刀を抜き放ち、魔力を斬撃に変えて影へと飛ばした。影はそれを食らって腕が取れかけたが、すぐさま復元すると、一瞬前の法子と全く同じ動きで刀を納刀して、抜刀と同時に斬撃を飛ばした。

 法子はそれを避けて笑う。

「成程。コピーキャットなんだ」

 影も笑う。その姿はいつの間にか細部まで人の形を成し、肌も髪も眼も服も全て真っ黒な人間になっていた。

「その上、成長中なんだね。それに辺りから魔力を吸収してる? 摩子みたい」

 法子はそう呟いてそして笑う。どんどんと笑う。段々と声を大きくして、更に笑う。実に楽しそうに、実に嬉しそうに、盛大に笑い上げる。

「良いよ! 良い! 面白い能力じゃん! 強くなれるよ、これからきっと。でもね。今はまだ足りない。まだ、まだそれじゃあ駄目。もっともっと強くならないと! もっともっと強くなって! この場に居る誰もが勝てない位にもっともっと!」

 法子は笑いに笑って、涙を拭い、涙を拭うのと同時に段々と笑いが収まって、そうして微笑みを残して刀を構えた。

「あなたが強くなれば、それを倒した私の価値が上がる。あなたが誰よりも強くなれば、それに勝った私は誰よりも価値のある人間になれる。将刀君の隣に並んでもおかしくない位に。だから強くなって。もっともっと」

 興奮した法子の言葉に対して、影は刀を振りかぶった。先程と同じく、魔力を斬撃に変えて飛ばしてくるに違いない。

「私の価値を証明させて。私には戦うしか無いんだから」

 法子も刀を振りかぶって相手の攻撃に備える。同じ様に魔力を込めて、斬撃を飛ばす準備をする。

「さあ、来てよ! 勝負!」

 法子が威勢良く挑発すると、それを合図とした様に、影は魔力を込めた刀を振った。魔力が具現化されて刀から生み出される。弾丸ミサイル人形刃物建物粘液人拳金属植物ビーム音波水炎風土、ありとあらゆる遠距離攻撃用の力が生み出されて空を覆わんばかりの凄まじい物量となって法子目掛けてやって来た。

「えげぇ?」

 斬撃がやって来ると思っていた法子は、あまりの驚きに奇妙な呻きを漏らし、反射的に斬撃を飛ばす。斬撃は襲い掛かってくる塊の中央に穴を開けたが、すぐさま他のあらゆるものが穴を覆い、ほとんど体積の変わらないまま法子に覆い被さってきた。

 法子はそれを避けようとしたが避けきれず、まともに直撃を食らって、物量の中に押し潰される。

 数多の攻撃は法子を飲み込んで押しつぶすと消え去り、中から傷だらけになった法子が現れた。すぐに修復されるが、魔力が目減りする。

 自己を修復し終えた法子は呆然として呟いた。

「何、今の」

 頭の中にタマの言葉が流れ込んでくる。

「下の広場に居る連中がさっき黒い物体に向けて無闇矢鱈とぶっぱなしてた遠距離攻撃だろ」

「え? さっきのもコピーされてるの?」

「そうなんじゃない?」

「そっかぁ。凄いなぁ。びっくりし過ぎて危うく変な声が出るところだったよ」

「いや、出てたよ」

 法子は関心しつつ、攻撃を放った敵を見る。だがそこに黒い影は居なかった。平均的な背丈に、特徴が無いが整った顔立ちの中性的な人物が、色付いて立っていた。法子は一瞬面食らったが、相手の目を見て、それが先程の影だと知る。

「また強くなったのかな?」

「そうだろうね」

「よし」

 法子が嬉しそうに笑って、飛び出す為に構えを取る。

「法子、油断しないでよ」

「まだ出来る!」

「何を?」

「油断を!」

「するなよ!」

「だって、負けっぱなしじゃ悔しいじゃん。油断して勝つ!」

「君は本当に、何処までも馬鹿だね」

「馬鹿で良いもん。馬鹿な位が可愛いんだよ」

「多分君の馬鹿さと可愛い馬鹿さは違うと思う」

 法子はタマの言葉を無視して目の前の敵に向かって言った。

「さあ、行くよ、影の人!」

 法子の叫びに呼応して、敵も構えを取る。

 一瞬場が止まり、静寂が訪れ、そうして場が動く。

 唐突に構えていた敵の体を突き破って針が現れた。

「え?」

 法子がビルの屋上に立つ徳間を見下ろすと、徳間は敵に短剣を向け、魔術を発動させていた。

「ちょっと、徳間さん! 邪魔しないでください! 一対一の決闘に横槍は卑怯ですよ!」

「勝ちゃあ良いんだ! てめえは何だ! ヒーローなら必ず悪に勝て! 戦いを自分だけのものだと思うんじゃねえ!」

 徳間が魔力を込めると、敵の体を更に数多の針が突き破った。

 敵の体が溶け崩れる。うにの様な棘の塊が現れる。溶け崩れた体は棘の塊から逃れると再び再構成されて元の体に戻った。

 徳間はその様子を眺めて頭を掻く。

「周囲の魔力を吸い上げて、自在に自分の体を再構成する。悪くは無い」

 そうしてもう一度、短剣を向けて魔力を込めると、再構成された敵の体を再び無数の針が突き破った。

「だが回復してばかりじゃ脳が無い」

 無数の針に突き破られた敵は体を変形させて、徳間の物と同じ短剣を生み出すと、徳間へと向けた。

「甘い」

 徳間が呟いたのと同時に、敵の短剣を持つ手を針が一瞬にして蹂躙する。

「魔力ごと破壊すりゃあ、回復出来ないだろ」

 針の蹂躙は、手に留まらず、肩口へと侵食していく。

 その時、突然辺りが暗くなり、法子の叫びが響いた。

「徳間さん!」

「もう終わるからそこで黙ってろ!」

「上! 上!」

「上?」

 徳間が上を見上げると、空に巨大な黒い円が存在していた。小さな町なら覆えそうな程の巨大な円はその中心、丁度徳間達の頭上に巨大な眼を備えていた。

「徳間さん! 何ですか、これ!」

 法子の怒鳴る様な質問に、徳間も怒鳴り返す。

「知らん! 知るか! 一先ず今戦っている方を先に潰してから」

 そう言って、徳間が敵へと視線を戻すと、今まで戦っていた敵の背後に新たな人物が現れていた。豪奢な装飾の付いた白いローブを身につけ、頭には目出しの白い三角フードを身に着けている。徳間は相手が相当の強さである事を見抜いて警戒する。法子は相手が相当の強さである事を見抜いて、嬉しそうに言う。

「徳間さん! 何か危ない人が現れましたよ! 良いですか?」

「は? 何がだ?」

「だから! 後ろの危ない人は仕方ないから徳間さんに譲るんで、影の人とは私が戦って良いですか? 成長性的には影の人の方が良さそうだし。あ、いや、あの危ない人の方が強いと思いますけどね? 仕方が無いですね。流石に徳間さんには強い方を譲らなくちゃいけないし。私は仕方が無いからあっちの影の人と戦わなくちゃ」

 嬉々としている法子に徳間が何か答える前に、新しく現れた白装束が徳間と法子に向けて言った。

「我々はモラル。君達の頭上に存在する戦艦を本拠地としている。我々は地球を取り巻く汚れた社会を徳化する事を世界に向けて宣言する。手始めにこの日本からだ」

 白装束の宣言に法子は眼を見開いて、徳間を見た。

「徳間さん! 徳間さん! 何か如何にもな事言ってますよ!」

「ああ、もう! 分かってるから、お前はちょっと黙ってろ!」

「どうしてこういう組織ってとりあえず日本から何でしょうね?」

「日本の組織だからだろ。アメリカだったらアメリカからやるんだろう」

 話し合っている二人を無視して、白装束は尚も続ける。

「我の名はポセイドン。人類の高みに位置する我々組織の中でも最強の力を有し、貴様等愚かなる人類にとっての恐怖の象徴である」

 それを聞いて、法子が目を輝かせて徳間を見た。

「徳間さん! 徳間さん! 聞きました? 最強だって言ってますよ! もしかしたら四天王の一人かも」

 法子の興奮した言葉に、白装束が頷いた。

「良く分かったな。確かに我は、我が組織から武力の高さに拠って選り抜かれた四天王の一人だ。先にも述べた通り、我が最強だが」

 法子が益々興奮する。

「徳間さん! 徳間さん! 聞きました? 四天王だって。凄いです。凄くないですか? 物凄く噛ませ犬っぽい事ばっかり言ってますよ、この敵!」

 白装束が不思議そうに呟く。

「噛ませ犬?」

 それを無視して、法子は刀で白装束を指し示した。

「徳間さん! やっぱりそっちの影の人は譲ります! 私こっちの最強さんを倒すんで!」

 対して徳間が呆れた様子でつまらなそうに言った。

「いや、もう面倒だから二人共俺が倒す」

「絶対駄目です! 最強さんは私が」

 その時、くつくつと白装束が笑い声を漏らした。

「仲間を庇って、囮として我と戦う役を買って出ようとは。貴様等中々に殊勝だな」

 白装束の言葉に、法子と徳間が怒りを顕にする。

「は?」

「おい、勘違いすんじゃねえぞ」

 それを無視して、白装束は続ける。

「強がるのは結構だが、足が震えているぞ? まあ安心するが良い。今日は戦いに来た訳ではない。我々の生み出した殺戮兵器の回収を」

 言葉の途中で、白装束の背後に突如として女が現れた。

 女は手に握りしめた何か透明な物で、白装束の首を掻き切ると、白装束の前に居る影だった者を抱き締め、喉を押さえる白装束に冷たい声音を吐いた。

「それではこの子は私達が貰っていきますので」

 喉を修復した白装束が女へと手を伸ばす。

「待て、貴様は一体」

 女の手が霞み、同時に白装束を纏った者がばらばらになる。

「それではごきげんよう」

 そう言って女は消えた。

 それと同時に、辺りに光が戻り、上空を見上げると戦艦の姿が消えていて、視線を戻すとばらばらになったはずの白装束も消えていた。

 まるで白昼夢であったかの様に、全てが消え去って、法子が困惑して徳間を見ると、徳間が微かな声で呟いた。

「ようやくか」

 強化した聴力でも辛うじて聞こえる位の呟きに、法子が尋ねる。

「今、何て言いました?」

 徳間は手を振ってから下を指差した。

「いや、何でも無い。それより下で観客達がヒーローを待ってるぞ。行ってやったらどうだ?」

 その言葉通り、広場では多くの人々が興奮した様子で、法子と徳間を褒め称えている。

「じゃあ、徳間さんも一緒に」

「俺は遠慮しておくよ。ああいうのは嫌いなんだ」

 徳間はそう言って背を向け、ビルの階段へ向かって歩き出す。法子はしらばくそれを不思議そうに見ていたが、やがて隣に将刀が立って広場を指差したので、頷いて広場へ向かった。

 何となくすっきりとしない気持ちだったが、同時に喜ぶ気持ちもあった。

 何だか強大そうな敵組織。

 全く以って分かりやすい悪の組織。

 明確な目標が生まれた事で、法子の心は高揚していた。

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