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ヒーローside: 法子/オープニング

 静まり返った宵の道を一人の魔女が歩いている。何処か警戒した様子で辺りを伺いながら刀に手を添えてゆっくりと道を進んでいく。この泰然自若とした静かな夜に一体何を警戒しているのか。それは魔女自身にも分からない。詰まるところ、ただの予感。ヒーローであれば誰もが持っている、異変を察知する予感が働いたから。だから魔女は知っている。今、この辺りで何かが起きていると、知らないながらも知っている。それがどんな事件で、どれだけの規模で、どれだけ危険なのか、それは分からない。ただ何かが起きて、それは自分でないと止められない事を知っていた。

 魔女の目が細まる。

 道の先の曲がり角がほんの微かに周りよりも明るい。光が揺らめいている。些細な違和だが、目に分かる異変。ただ光が揺らめいているというだけの事象に、魔女は警戒を最大まで引き上げる。誰か居る様だ。

 魔女は息を吸い、止めると、駈け出した。

 いきなり攻撃される可能性もある。全身に防護を張り、刀を抜き、何が飛び出してきても良い様に身構える。

 角を曲がって、そこに広がる光景を見て、魔女は息を呑んだ。

 静寂の漂う道に炎が見える。照明に掻き消されそうな淡い炎。炎の中には黒い人影。壁にもたれた人間が燃えている。燃える人間を見下ろす様に、黒いローブに黒いフードの何者かが銃口を燃える人間に向け、今まさに止めを刺そうとしていた。

 引き金に掛かった指は引き絞られ、無音の弾丸が射出される。

 その銃弾を魔女の刀が弾いた。

 燃える人間と銃の間に割り込んだ魔女は、弾いた刀とは逆の手に持った漆黒の刀で、銃を持つ腕を狙う。刀はローブの袖を切り裂いたが、それ以上の感触が無い。訝しむ魔女の前で、ローブは重力に引かれて落ち、それを着込んでいたはずの何者かは何処にも居なかった。

 驚いて辺りの気配を探るが、敵の気配は消えていた。残っているのは自分と、背後で燃えている人間のみ。

 魔女は慌てて振り返り、炎を上げている人間に対して刀を揺らめかせた。炎が消える。炎の下から現れた体は全身火傷を負って、その上切り傷もついていた。魔女は急ぎ屈みこんで、魔術による治癒を行うが、焼け石に水。

 救援を呼んで、更に治癒を続けていると、やがて救急隊と警官がやって来て、大火傷を追った人間は運ばれていった。命は助かるだろうと伝えられた事に魔女は安堵しつつ、警官に事情を伝える。警官が何処かへ無線を飛ばし、次々に警官の数が増え、段々と事態が大事めいていくのを眺めながら、魔女はそっと息を吐いた。

 久しぶりに大きな事件になりそうだ、と。


「はあ、凄いねぇ」

 十八娘法子は感嘆しながらビルの窓から下界を眺めた。一面全てがガラスで出来た大きな窓に張り付いた法子の視線の先、下界には塔を見る為に集まった人々が公園の一角に出来たステージに群がる様にして犇めき合っている。

 人々の居る広場の前方にはステージがあり、その奥には広い芝生があって、その先には塔が立っている。天を摩す様な巨大なビル。現在の日本で五番目に高い建築物だとか。そう言うと一番じゃないのかと有り難みが薄れるけれども、実際に見ると気圧されそうな威圧感を放っている。

 子供っぽい容姿の法子が子供っぽく素直に嘆息しているのを見て、傍らに立つアイナ・テイラー・ブリッジは苦笑する。自分もこれ位素直であれば可愛げがあるんだろうかと考えて。背が高い上に、隻腕の自分が何をしようと、可愛さとは無縁な事を理解しつつ。

 背の高いアイナは、法子を見下ろしながら言った。

「なら、私達も参加しようか?」

 アイナの言葉に法子は渋い顔を作る。

「嫌!」

「あ、ああ、そう」

 法子の予想外に力強い否定にアイナが怯んでいると、背後から声が掛かる。

「そうですよ。あんな人が一杯居る所に行ってはいけません。痴漢にあってしまいます」

 法子とアイナが振り返ると、エプロンドレスにカチューシャという如何にもメイドな格好をしたサクラがお茶を机の上に置いていた。

「どうせ、疲れるだけです」

 飄々と言って笑顔を向けてくる。

「ああいうイベントは実際その場に行ってこそだろう」

「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら見ている方が疲れない分、ましです」

「斜に構えてるなぁ」

「馬鹿騒ぎに参加してもろくな事はありません」

 サクラは手を叩いて二人を呼んだ。

「さあ、アイナ様、法子様、そんな所に居ても仕方がありません。どうぞこちらへ」

「法子君、魔術検定協会の一員である君から言ってやってくれ。この魔検の総本部の落成式がいかに重要かと」

 アイナが溜息を吐いてそう言った時には、既に法子がお茶の前に座ってお菓子に手をつけ始めていた。

 アイナはもう一度溜息を吐く。

 おせんべいを貪りつつ、チョコレートを掴んだ法子が首を振る。

「え? さあ?」

 三度目の溜息が漏れた。

「魔検の職員が嘆き悲しむよ。折角知名度を上げる為に、巨大な本部を作ったのに」

 落胆しているアイナの様子を見つめながら、法子が不思議そうにチョコレートの包を開ける。

「確かに私ヒーローだけどさ。どうでも良いよ、正直」

 法子はテレビを見る。

「あ、この辺りが映ってるよ。窓から手を振ったら私達も映るかな」

「どうだろう。けど恥ずかしいから止めなよ」

「どれか一つ位、私達の居る部屋映ってないかなぁ」

 テレビのチャンネルが変わっていく。大体どのチャンネルでもビルの落成式の中継をやっている。法子は切り替わる毎に画面をじっくりと見回すが、残念ながら今居る部屋が入り込んでいるチャンネルは無かった。

 もうちょっと右だとか、マンションの端っこだけ映ってるだとか騒がしい法子によってチャンネルは次々と変えられていく。だが唐突に変わり続けるチャンネルが止まった。

 そのチャンネルだけは落成式とは違う映像が映っていた。

 報道しているのは、法子達の住む研究都市で起こっている一つの事件。女性のリポーターが道を歩きながら事件のあらましを伝えている。

 またヒーローが殺された、と。

 これで三人目。事件の最初に大火傷を負ったヒーローも含めれば被害は四人。一人のヒーローが大怪我を負い、三人のヒーローが殺されておきながら、事件は一向に進展する気配が無い。一体誰が高い戦闘能力を有するヒーローを殺したのか。一体どうしてヒーローだけを殺しているのか。事件は未だ闇の中。

 法子が嫌そうに顔をしかめながらチャンネルを変えた為、テレビには再び落成式の様子が映る。

「怖いよね。私達の町で」

「君も気をつけなよ」

「それは大丈夫。私は多分標的じゃないから」

 どういう事だとアイナが聞く前に、法子が立ち上がった。

「っていうかさ!」

 嫌な事件を振り切る様に殊更元気に叫んで、窓の外の巨大なビルを指差した。同じビルがテレビの画面にも映っている。

「あのビル地味じゃない? 真っ白で四角で。綺麗かもしれないけど、何か地味だよ」

「そうは言っても、一応公的な機関だし」

「でも有名になりたいんでしょ? だったらあんなんじゃ駄目。もっとこう」

 法子が胸の前で両腕を交差させ、

「芸樹は爆発だー、みたいな」

思いっきり上へ振り上げた。

 その瞬間、窓の外の巨大なビルが爆発した。

「え?」

 法子が呆けた声を出したのと同時に爆音が響き、窓が振動する。

 法子達は床に倒れこむ。

 丁度その時、画面の中のビルも爆発した。窓と画面の向こうから爆音と崩壊と悲鳴の輪唱が響いてくる。

 けたたましい騒ぎの聞こえる中、アイナが何とか立ち上がると、「変身!」という声が聞こえた。

 部屋の中を見回すと法子の姿が消えていた。


 爆発はビルの中階層に集中していて、他の部分は無傷の様だった。爆発している部分は絶望的だけれど、他の階層にいる人々ならまだ助けられる。

 そう判断した法子は何も無い空中をまるで階段を上る様に駆けながら考える。爆発が起こっている階よりも下の階なら逃げられるが、上に居る人々は逃げられない。だから爆発の起こっている階から順番に上って、生存者が居たら救助していこうと考え、爆発の起こっている階層の一番上の階へ飛び込んだ。

 飛び込んだ瞬間、意外な光景に法子は目を見開いた。爆発によってビルの柱以外が吹き飛び、真っ更になった焼け焦げたフロアに一人の人間が立っていた。爆発の起こったフロアだというのに煤一つついていない身綺麗な姿。線の細い柔らかで整った顔立ち。一見女性の様だが、法子はその人物が男である事を知っていた。

「おや、一番乗りはあなたでしたか」

 実際に顔を合わせた事は無いが、伝聞で男が過激な反社会集団に属している事を知っていた。知っていたから足を止めずに、そのまま男へ接近し、間合いに入ると、刀を抜き放つ。

 法子の刀が迫った瞬間、男の姿が消え、横手から声が聞こえてくる。

「血の気が多いなぁ」

 法子が声のする方を睨むと、男が微笑みながら黒く焦げたフロアを無為に歩いている。

「本当なら徳間さんが来てくれたら良かったけど。まあ、あなたでも問題無いか」

 法子は男の言葉を不審に思う。

 徳間というのは、法子と同じくヒーローで、日本最強と謳われている魔術師だ。そんな人物に来て欲しいという男の言葉が理解出来ない。もしも徳間が来たとしたら、目の前の男なんてあっさりと捕まってしまうだろうに。もしかして何か罠でも張っているのだろうか。男の言動は何だか不気味だった。

 だが、と法子は刀の柄を握る。

 危険があろうと爆発の首謀者が目の前に居る。それを前に立ち止まっている選択肢なんて無い。相手の手が読めない以上、迷う必要も無い。最善を尽くすだけだ。

 殺気を漲らせ始めた法子を見て、男が笑いながら両手を上げた。

「待ってください。戦う気はありません」

「そっちに無くてもこっちにはある」

「おや、一体どんな?」

「この爆発を起こして、人を傷付けて、そんな奴を目の前にして、ヒーローが戦わない理由が無い」

 男は笑みを浮かべながら天井を指差した。

「でしたらまずは上の階に居る方々を救っては?」

 法子が強く歯噛みしたのを見て、男がまた笑った。

「ところで、気がついていますか? このビル、誰も居ませんよ?」

「え?」

「気配を探ってみれば良い。今このビルに居るのは私とあなただけ」

 男に言われて、法子は辺りの気配を探った。ビルの上から下まで探っても、今同じフロアに居る男以外、誰一人として感知出来ない。訳が分からず、法子は混乱する。何故ビルの中に誰も居ないのか。何故目の前の男は誰も居ないビルを爆破したのか。

 分からないなら考えても仕方が無い。

 法子は首を振って刀を構え、男との間合いをゆっくりと詰め始めた。

「ただの花火ですよ。ほら丁度、オープニングセレモニーがやっている訳ですし」

「花火?」

「ええ、目印です」

 すり足で近寄る法子に向かって男は恭しく胸に手を当てた。

「我々マスカレイドは日本魔術検定協会の掲げる魔法社会に異を唱え、その欺瞞に満ちた未来を防ぐ為に、宣戦致します」

 驚いた法子の足が止まった。

「ふざけてる?」

「いいえ?」

「魔検と戦う、みたいに聞こえたけど?」

「お使いになっている耳は正常みたいですよ?」

「馬鹿じゃないの? 魔検に一体どれだけのヒーローが居ると思ってるの? そのふざけた名前の組織に何人仲間が居るか知らないけど、魔検を潰すなんて絶対出来ない」

 怒りを含んだ法子の言葉を聞いて、男は笑みを強めた。

「我々は波紋を拡げる為の一石ですよ。聞こえませんか? 広場の方から」

 耳を澄ませたところで、下の階から聞こえてくる爆発音がうるさすぎて、それしか聞こえてこない。

「何が言いたいの?」

「秩序面をしている魔検に唾を吐きかけたい人々はそれなりに居るという事です。現に今、広場で銃を持った男達が人々を人質にとって何かしようとしているみたいですよ?」

 法子は慌ててビルの縁へと駆け寄った。吹きさらしになったビルのフロアからは広場を仔細に見る事が出来た。広場ではさっきまで起こっていた混乱がすっかりと消えて、皆同じ様に恐れた顔でへたり込んでいる。強化された視力によってその怯えた表情を克明に見る事が出来る。そうしてその周囲を囲う様に銃を持った男達。皆スカーフで口元を隠している。銃を持った男達の視線はステージに送られている。男達が何を見ているのかは、ステージ裏の壁に阻まれて見えないが、恐らく彼等のリーダーが立っているのだろう。

 テロリスト、という言葉が良く似合っていた。

 法子が広場を眺めてあっけに取られていると、背後から男の声が聞こえた。

「お分かりいただけましたか? まあ、詳しくは我々のウェブサイトを御覧下さい。私達の宣戦布告が、有象無象のヒーローにではなく、あなたの様な有名人に受け止めていただけた事を嬉しく思いますよ」

 慌てて振り返ると、もうそこに男の姿は無い。

 法子は男を追うべきか一瞬だけ迷ったが、直ぐに踵を返して、テロリストの占拠する広場へ向かった。

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