世界最強の大魔法使いですが、誰も僕のことを覚えてません。
「アンタ、あたしのこと見えるの?!」
彼女との出会いは突然だった。
透明な妖精、メア。
彼女の能力は“存在しないこと”。
世界は彼女を認識しない。
魔法も、物理攻撃も全てが素通りする。
彼女は誰の目にも映らない。
……だから、彼女は僕の特別になった。
***
世界改編の禁呪を使いこなす、フェルナンド・アイロニ大魔法使い。
それが僕だった。
魔法王国ノストラダムスにおいて、最高位の紫ローブを許された唯一の存在。
だが、こうも呼ばれている——魔力ばかり最強の『無能』大魔法使い、と。
***
それから僕らは旅の途中、森で魔物に襲われている少女に出会った。
今にも魔物の牙が彼女の首に襲いかかろうとした時——眩い光がその場を包んだ。
光が消えると同時に、倒れてきた大木の下敷きとなり、魔物は少女から離れた箇所で死んだ。
少女を家に送り届けると、瞳を潤ませた彼女の母親が出迎えてくれる。
「送ってくださって、ありがとうございました……!
……本当に運が良かったわ、魔物に襲われなかったなんて」
「——ええ、本当に運がいい」
僕は、顔に微笑みを貼りつけて答えた。
***
またある時は、広場の屋台を巡っていると酷い地震が起きた。
広場の真ん中の巨大な時計塔が轟音を立てて傾いて行った時——光の粒子が広場から広がり街全体を包む。
次の瞬間。
まるで大地震なんて夢だったかのように、広場は揺れひとつなく、人々は笑顔で過ぎ去っていく。
僕は、手に持ったクレープに齧り付いた。
「——うん、これでいい」
***
それからしばらくして、僕らは王国魔法協会に呼び出された。
額に青筋を立てた、魔法協会会長が顔を合わせるなり怒鳴りつけてくる。
「フェルナンド・アイロニ大魔法使い!!
お前はまた、旅ばかりして魔物討伐にも戦争会議にも顔を出さなかったらしいな?!」
「……」
「なぜ黙っている!! 忘れたのか?!
大魔法使いの称号は、この王国を守るために与えられているのだぞ?! お前のその世界改編の力を、王国のために役立てないでどうするのだ!」
「——はい、申し訳ありません」
僕は、腰を深く折った。
言い訳すら考える気にならなかった。
***
「ねぇ、どうしてアンタはそこまで自分を犠牲にできるの?!」
協会を出た途端、メアが金切り声をあげた。怒ってるような、泣いてるような声音で。
でも僕には、これしか返せる言葉がなかった。
「——だって、僕なら助けられるから」
理由なんて、とっくの昔に忘れてしまった。
***
だが、魔法の代償は日に日に大きくなっていった。
「失礼ですが、身分証を拝見できますか?」
いつも使う宿屋の店主にそう呼び止められた。
彼の目は、まるで初対面みたいによそよそしい。
僕は、紫のローブから王国魔法協会発行の大魔法使い認定証を取り出してカウンターに置いた。
「……これで大丈夫ですか?」
店主はまじまじと認定証を見て、人好きのする笑顔で頷いた。
「フェルナンド・アイロニ大魔法使い様ですね!
この街は、初めてですか?」
その言葉に息が止まる。
でも直ぐに、僕はいつも通りの微笑みを顔に貼り付けて、認定証を懐にしまう。
気のせいだろうか。なんだか、認定証の印字がいつもより薄い気がした。
「ちょっと! どういうこと?! だって先週“フェルナンド大魔法使い様に、いつも使ってもらって光栄だ”って、言っていたじゃない……」
僕にしか聞こえないメアの声が聞こえる。僕は、店主にもメアにも答えずに、曖昧に笑うとその場をあとにした。
***
僕は宿屋のベッドの上でうずくまる。
ソファに掛けた紫色のローブに目をやった。懐からのぞく大魔法使い認定証は、もう半分ほどが霞んで見えなくなっていた。
ベッドの横の書き物机の上で、ふわふわと浮かびながら眠っているメアが見える。
「僕たちは似ているね、メア……」
つぶやきが零れ落ちた。メアの体は向こう側が透けて見えるほど透明で、僕でさえ目を凝らさないと見失ってしまいそうだ。
あの日のメアの驚いた声は、今も忘れられない——
「アンタ、あたしのこと見えるの?!」
いつものように街を出た街道で、うっかり彼女にぶつかりそうになったから、何気なくごめんと声をかけた。
実際には彼女はほとんどすり抜けていて、ぶつからなかったんだけど。
手のひらサイズの小さな体で、光を通してキラキラ煌めきながら、彼女は僕の顔の周りを飛んだ。
「わ……ほんとに見えてるんだ?!」
「見えてるよ」
「えっ、声も聞こえるの?」
「うん、聞こえる」
「嘘でしょー?! あたし、誰かと喋るのなんて初めて!」
僕の言葉を聞くなり、彼女は飛び跳ねて弾けるように笑った。
「ねぇ、あたしメアっていうの。アンタの名前は?」
——それから彼女と僕はいつも一緒だった。
“世界から忘れ去られる”僕と、“世界に存在しない”メア。僕たちはいつも寄り添いあって歩いた。
「メア……誰からも気付かれないって、どんな気持ちだったのかな。もうすぐ、僕も——」
きっとこの世界にいた証が無くなる。
でも実感が湧かない。
今まで、魔法を使えば忘れられて、なかったことになって。誰にも評価されず。何もしない大魔法使いだとそしられて。
もうそれが当たり前になりすぎていた。
「——うん、それでいい」
いつものようにその言葉を口にすれば、無意識に唇が貼り付けた微笑みの形をなぞる。
***
けたたましい騒音と、人々の叫び声で目が覚めた。
メアが、いつもみたいに金切り声でキンキン叫びながら飛び回っている。
「何……?」
「あっ起きた! ねえフェルナンド!! 早く空を見て!!!」
言われて慌てて窓から身を乗り出せば、遥か上空に浮かぶ隕石の群れが見えた。
隕石群は、炎に包まれながら段々とその姿を大きくして行く。遠目に見てもあれだけの大きさだ。もしも落ちれば——
人々の逃げ惑う足音と、泣き叫ぶ声がこだまする。
その瞬間、ソファに掛けてあったローブをひったくると駆け出していた。
「フェルナンド!!!!」
メアの悲痛な叫び声が追いかけてくる。
僕はローブを被ると、空中に飛び出していた。
——止めないと……!
考えたのはそれだけだった。反射のように、体が勝手に動く。空中で、燃え盛る隕石群と対峙する。
上空の空気が燃やされて、酸素が薄くなっているのを感じた。喉が締まる。息が上手くできない。それでも僕は、前を見据えた。
「ねぇ……次魔法を使ったら、フェルナンドが消えちゃう……!! こんな大きな魔法を使ったら……!!」
メアは、透明な体でぐしゃぐしゃに泣いていた。透明な涙が太陽を透かしてキラキラと煌めいている。
知らず知らずに、僕の頬は緩んでいた。
「——だって、僕なら助けられるから」
それに。
もうひとりぼっちじゃない。
すっと目を閉じ意識して深呼吸する。ほとんど酸素は取り込めないが、それでも瞑想するかのように、僕は息を整えようとした。
もう熱さを感じるほどに隕石は迫ってきている。
目を閉じた僕の足元に魔法陣が出現した。
それは一瞬で膨張し、隕石の群れ全てを覆うほどの、何万キロもある巨大な魔法陣へと変わる。
「……世界改編術式、発動」
目を開けたその瞬間、僕を中心にした閃光が隕石の群れ全てを飲み込んだ。
——静寂。
その一瞬、時が止まったかのように世界が硬直した。
次の瞬間、轟音と共に世界が書き換わっていく。
目が開けられないほどの風が吹き荒れ、僕はとっさにメアを胸に庇うように、両手を伸ばしていた。
***
「……さん、……びとさん」
誰かに呼ばれた気がしてガバッと起き上がる。
「ああ、よかった。旅人さん。どうしたんですか、こんな街中で倒れて」
声のするほうを振り向けば、それはあのいつもの宿屋の店主だった。
どうやら僕は倒れて気を失っていたらしい。紫のローブのホコリをはらいながら立ち上がると、肩口でメアが浮かんでいるのが見えた。
「よかったら、うちの宿屋で休んでいかれませんか?
見たことないローブを着ていらっしゃる。きっと長旅でお疲れでしょう」
「……はい、ありがとうございます」
***
宿屋で名前を書きながら、懐に手を入れる。取り出した大魔法使い認定証は、もう全て真っ白になっていた。
「あの、すみません。……その、身分証を持っていなくて」
「ああ! 構いませんよ、遠い国からお越しになったのでしょう」
***
——その日、魔法王国ノストラダムスから、魔法使い最高位の紫ローブは消えた。
「ねぇ、どうしてアンタはそこまで自分を犠牲にできるの?」
僕の顔の周りを飛びながら、メアがそう言った。
クスッと笑って答える。
「——だって、僕なら助けられるから!」
それからこう付け加える。
「それに1番好きな人は、僕のことを忘れないからね」
「なっななな、フェルナンド?! どーゆーことよー?!?!」
聞き慣れたメアの金切り声がする。でもそれはもう、怒ってる声でも、泣きそうな声でもない。
誰にも知られず、1人の旅人と透明な妖精は、2人きりの世界を寄り添いあって歩いていく。




