3 懐かないヒーロー
まだ声変わりもしていないのに、ヒーローどころか魔王のように凄みがある声が、ジェナの背筋をゾクリと這う。
なぜ急に態度が豹変したのか。自分の何が彼を怒らせてしまったのか。
そう混乱するジェナは、ふと、小説の中でヒーローがヒロインに語ったつらい生い立ちを思い出した。
(ヒーローは奴隷商から命からがら逃げてきたのよね。だから、あんなふうに言ったら誤解されるのも当然だわ。せっかく素直に手当てを受けてくれていたのに、私の失言のせいで……)
どうやって誤解を解こうか考えていると、ジェナの背後でカタンと音が響いた。
振り向けば、ダンが部屋の入口に立ち、厳しい顔でこちらを見つめていた。
「ジェナ、お前は朝飯の用意をしてこい。鍋で粥を煮てる途中だから」
「でも、私まだこの子と話して……」
「いいから」
祖父がこうして腕を組む時は、何を言っても譲らない。ジェナは諦め、大人しく部屋を出て行った。
静かになった部屋に、少年の舌打ちが響く。
ダンはつかつかとベッドへ近寄ると、寝たままそっぽを向こうとする少年の胸ぐらを掴み、こちらを向かせた。
「お前、今すぐここを出て行け。這えるくらいには回復しただろ」
「……ふざけんな。勝手に助けたなら、完全に回復するまで責任持てよ」
「お前こそふざけるな。命の恩人に対して感謝するどころか、あんな暴言吐くヤツ。これ以上家に置いておく義理ねえだろ」
「命を助けろだなんて頼んでないだろ! 俺は別に、あのまま野垂れ死んだってよかったんだ!」
するとダンは、少年の胸から手を離し、呆れたように笑った。
「死にたくないから逃げたんじゃないのか? ……お前、どっかの奴隷だろ?」
図星なのか、少年の顔に恐怖が浮かんだのを、ダンは見逃さない。そして、さらに厳しい声で言った。
「無駄に綺麗な顔してるし、いろいろとつらい目に遭ってきたんだろう。だがな、この国では、王族かお貴族様でもない限り、みんな高い税金に喘ぎながらも必死で生きてるんだよ。お前のために使った薬草、砂糖、包帯……全部儂らの貴重な財産だ。ジェナ……お前がさっき殺すとほざいた子どもだって、お前に負けねえくらい痩せていただろうが」
気まずい顔をする少年に、ダンは続ける。
「生きたいならこの家で手当てを受けて、お前なりの恩を返せ。死にたいなら死にたいでも構わん。奴隷商に売り飛ばして、治療費を返してもらうがな」
少年は俯いたまま何も答えない。だが、部屋に流れ込んできた甘い米の香りに、ごくりと喉を鳴らした。
「とりあえず朝飯を食え。んで脳みそ動かしてから、どっちか選べ。……但し、ジェナに危害を加えようとしてみろ。問答無用で奴隷商行きだからな」
ダンはそう言い残し、部屋を後にした。
ほかほかの白米粥と、ダンの脅しが効いたのか──
あれから少年は、『殺す』とは言わなくなった。
素直に手当てを受け、水も食事も摂る。元々の驚異的な回復力も手伝い、ジェナに拾われてから一週間後にはもう、ゆっくり歩けるまでになっていた。
身体の傷も塞がり、徐々に痕も薄れていったが……なぜか顔の傷だけは、あれこれ試しても一向に治らなかった。
今にも血が噴き出しそうな深い傷口を見ては顔をしかめるジェナに、少年は「別に痛くないから」と言う。
治療法を探るため、傷の原因を尋ねるも、覚えていないと面倒臭そうにあしらわれてしまった。
あれからもジェナは、ヒロインが来ることを願い、薬草を探しがてら毎日湖畔へ行ってみたが、一向に会える兆しはなかった。
(接点もない平民が、いきなり伯爵家に行っても怪しまれるだけだろうしな。しばらくヒロインに会えないようなら、一度街のお医者さんに、顔の傷を診てもらおう。そのためにはお金を稼がなきゃ)
ジェナはダンに宣言した通り、これまでの何倍も薬草採りに励んだ。
ひと月後──
すっかり回復し、普通に動けるようになった少年は、進んで家の仕事を手伝った。
腰に爆弾を抱えているダンの代わりに、薪を割ったり、重い薬草や薬を荷馬車に積んだり。やはり細身の割には腕力があるようで、ダンも感心していた。
力仕事だけではない。彼は頭も良く、すぐに薬草の種類とそれが生えている場所を覚え、一人でも採りに行けるようになった。運動神経も非常に良いため、ジェナでは辿り着けない洞窟の奥深くや高い崖壁から、貴重な薬草をなんなく採ってくる。
『怪我をしたら危ないわ』とジェナに止められても、少年は大丈夫だからと素っ気なく言っては、薬草で一杯の籠を持って無事に帰って来た。
ダンの言葉を理解したのか、誠実に恩を返していく少年。共同生活は充分すぎるほどうまくいっているにもかかわらず、ジェナには一つ気掛かりがあった。
それは、ダンには心を開き、懐き始めている少年が、ジェナに対してはいつまでもよそよそしいことだ。普通に話しはするものの、どこか壁があるというか、一線を引かれている気がしていた。
(奴隷商に売るという誤解は解けたようだけど、あんな言い方をしたから嫌われちゃったのかな。殺してやるなんて言われたくらいだし。……小説のヒロインにはそんなこと言わなかったし、すぐに心を開いて仲良くなっていたのにな)
自分とヒロインの何が違うのか──そんなことは考えるまでもない。
魔力と財力の有無、平民と伯爵令嬢という身分差、そして容姿……も、直接会って比べたことはないが、小説の美麗な挿絵を見る限り想像がつく。全てにおいて自分が劣っていることは明らかだし、ヒロインとモブという設定上仕方がないとジェナは思う。
しかし、そんな設定以上に、ジェナは不仲の原因について思い当たることがあった。
(……この性格がいけないんだろうな、きっと)




