1 ヒーローを拾いました
ある国に、二人の王子がひっそりと生まれた。
同じ日の、ほほ同じ時刻に──
しかし、双子ではない。王子を生んだ母親は、それぞれ別の女性だった。
一人は美しい聖女。
生涯純潔でなくてはいけないという掟に背き、国王が無理やり汚して授かった禁忌の王子だった。
もう一人は妖艶な魔女。
その正体を見抜けなかった国王が、誘惑されて授かった不吉な王子だった。
出産後、聖女は自害し、魔女は処刑された。
そして王子たちは──
何度殺めようと試みても死ななかったため、仕方なくそれぞれ離れた場所へ捨てられた。
一人の王子は肉体労働用の奴隷として、もう一人の王子は見世物小屋の奴隷として。過酷な環境で生きてきた十歳のある日、隙を見て脱走することに成功した。
偶然同じ日に、命からがら逃げてきた二人は、同じ森で倒れてしまう。たが、運良く助けの手を差し伸べられたのは、そのうち一人だけだった。
愛を知った王子は、母親から受け継いだ神聖力を覚醒させヒーローへ。
孤独な王子は、母親から受け継いだ魔力を制御できずにラスボスへ。
何も知らない兄弟は、残酷な因縁がもたらす悲劇に呑み込まれていくのだ。
さて、そんな因縁が明かされるのは、まだ発売されていない三巻のクライマックス。
作者と編集者だけが、わくわくと温めている『設定』だ。
この小説の読者であり、一巻を読み終えたばかりで転生してきた彼女は当然、そんな『設定』など知る由もなかった──
◇◇◇
その日もジェナは、朝早くに目を覚ました。
まだ薄暗い中、痩せた身体にエプロンを締めると、寝ている祖父を起こさぬよう静かに家を出る。
歩き慣れた森を進み、向かったのは湖の畔。
この場所でしか生えない高価な薬草を採るため、地面に這いつくばって必死に探していた。
(何とか見つけてお金に替えなきゃ。もうすぐ麦が底を突いてしまうわ)
汗を拭っては雑草を掻き分け、その手により良い未来を掴もうとしていた。
ジェナの前世は、令和の日本で、小さな会社の事務員として働いていた二十九歳の女性だった。
離婚と再婚が繰り返される家庭で育った彼女は、人付き合いにも恋愛にも強い不信感を抱いており、遠い世界を舞台にした美しいロマンス小説を読むことだけを生き甲斐にしていた。
あの日も、発売されたばかりの本を夜遅くまで読んでいたため、眠い目をこすりながら会社へ向かっていた。
(きっと二巻では、ヒーローとヒロインはもっと深く結ばれるのでしょうね。あんなに人を愛せるなんて……リアルでは絶対にあり得ないのに)
そんなことを考えながら駅の階段を降りていた時、足を滑らせて派手に落ちてしまった。
ついひと月前に甦った前世。
まさか、死因になったあのロマンス小説の中に転生するなど思いもしなかった。もちろん彼女は驚いたが、幸いこちらで生きてきた記憶も残っていたため、順応するのは早かった。
彼女が転生したのは、十歳の少女ジェナ・ホリー。両親を早くに亡くし、祖父と二人、森で慎ましく暮らしている。薬草や薬を町で売り、何とか生計を立てていた。
(貧しいのは大変だけど、悪女でもヒロインでもないモブでよかったわ。目立たぬよう平和に、ひっそりと生きていければ……)
そう安堵していたジェナだったが、この日、彼女の人生を変える、大事件が起きてしまったのだ。
昼近くなってもまだ、草の中をじっと睨み続けていたジェナの指先に、突如生ぬるい枝のようなものが触れる。何だろうと顔を上げると、ボロボロの布を纏った、傷だらけの少年が倒れていた。
「どうしたの? 大丈夫!?」
細い全身で、はあはあと苦しそうに喘いでいる。周りを見回しても連れはいないようだ。
(どうしよう。この子、このままじゃ……)
ジェナは迷わず、自分よりも上背のある少年を背負い、よろよろと家へ歩き出していた。
僅かな薬草の入った、大切な籠をその場に置いて──
薬草ではなく、ボロボロの少年を連れて帰ってきた孫娘に、ジェナの祖父ダンは驚く。
だがすぐに、いざという時のために取っておいた貴重な薬草を使うようジェナに指示し、二人がかりで少年を手当てした。
最初は警戒し、「止めろ」と抵抗しようとしていた少年だが、手当てをしているだけだとわかったのか、そのうち大人しくなった。薬草を患部に塗り包帯を巻く時も、相当染みるだろうに、唇を噛んでじっと耐えていた。
「しばらくは倦怠感で動けないでしょうけど、薬草が効いている証拠よ。身体が動くようになった頃には、だいぶ楽になっているはずだから。つらいでしょうけど、少し辛抱してね」
ジェナの言葉に少年は素直に頷き、鎮痛薬入りの砂糖水も飲んでくれた。
一通り処置を終えたジェナは、少年の顔の汚れを落とそうと、濡らした布を手にする。顔を覆っている長い髪をそっと分ければ、そこには息を呑むような美貌があった。
(綺麗な銀髪に、サファイアみたいな青い瞳。……この子! もしかして……)
ジェナは、ふと気付いた。自分が住んでいるこの森は、小説の冒頭で、倒れていたヒーローをヒロインが助けた森ではないかと。
少年が眠ったことを確認すると、ジェナは地図を引っ張り出し広げる。王国に一つしかない森──ここで間違いない。しかも日付けは、王国歴915年の建国記念日。ヒーローとヒロインが出逢うその重大イベントは、ちょうど今日だった。
(確か湖畔にピクニックに来たヒロインが、楓の大木の幹にもたれ掛かる傷だらけのヒーローを見つけて、家に連れて帰るんだったわ。それでヒロインが治癒魔法でヒーローの傷を綺麗に治して……生まれて初めて人の優しさに触れたヒーローは、ヒロインを深く愛するようになるのよね)
そこでジェナは、ある過ちに気付き青ざめる。
悪気がなかったとはいえ、ヒロインより先にヒーローを拾って、連れて帰って来てしまったことに。
つまり、二人の尊い出逢いを、モブの自分が妨害してしまったのだ。
(ヒーローの神聖力が目覚めるのは、きっとヒロインが愛を教えてくれるからだわ。まだ一巻しか読んでいないから、神聖力の詳細も、先がどうなるかもわからないけれど……。もし私のせいでヒーローの力が覚醒しなかったら、この世界は……)
ジェナはゾッとする。少年をダンへ託すと、ヒロインを探すため、森へ飛び出した。




